野菜汁の正しい使い方
スポーツテスト初日、オリエンテーション方式で各自自由に回る中、3-6メイツこと不二と英二は保健室にいた。ここで行われるのは身長・体重及び座高の測定。
上履きと靴下を脱ぎ終えた不二は、意気揚々と先に入って行った英二に続き列に並ぼうとした。が・・・
「不二ぃ〜・・・」
何故か測り終えたらしい英二が泣きそうな声でふらりと近付いて来た。
「どうしたの、英二?」
しがみついてくる英二に尋ねてみる。
「俺・・・乾に殺される・・・・・・」
「え?」
か細い声で呟く英二。が、当然の事ながらこれだけでは全くもって何も伝わらない。真剣に落ち込んでいる(笑)英二に悪いかとも思ったが不二はぽかんと口を開けた。
「俺、俺、俺・・・・・・」
「―――うん」
肩を震わす英二にどうやら本当に真剣らしいと受け取り、それに答えるべく不二もまた真剣に先を促した。
「どうしよう! 俺、太ったーーー!!!」
「は?」
頭を抱え叫ぶ英二と不二の間に冷たい風が吹いた・・・。
「―――で、太ったってどの位?」
身体測定をしていた先生にうるさいと注意され、ようやく正気に戻ったらしい英二に不二はそう尋ねた。まあ心の中でため息が止まらないことに関しては目を瞑るとして。
不二にしがみついていた手は離したものの、まだジャージ(学校指定の方)の襟元を弱々しく掴みながら英二はボソリと呟いた。
「2.5キロ以上」
(2.5キロ以上?)
確かにそれは太ったと捕らえていいかもしれない。だがここでそれを言えば英二は再び狂乱するであろう。
それを察し、不二は他の理由を並べてみた。
「・・・でもまだ英二成長期でしょ? ならその位増えるんじゃないかな?」
「身長2センチしか伸びてない」
(まあ当り前か)
幾ら成長期といえど前回から3ヶ月しか開いていなければ伸びなどたかが知れている。
「・・・・・・じゃあまた測定前にお菓子食べたとか朝練の後水がぶ飲みしたとか」
「いつものコトじゃん」
(それもそうだよねえ)
身体(体重)測定前の行為として特に女子には信じられないものであろうが、英二の行為としてはごく当り前である。故に前回の測定と条件はほぼ同じ。
「・・・・・・・・・・・・う〜ん」
「―――もういいよ」
もう理由(ネタ)が思いつかず唸る不二に英二が静止を掛けた。
「もういいよ、俺はこのまま乾に大人しく殺されるから。あぁ、でもできるならみんなと全国大会まで行きたかった・・・。ゴメン、みんな。ゴメン、大石。大石なら俺よりきっと良いダブルスのパートナー見つかるよ・・・・・・」
いつもの猫語すらなく虚ろな笑顔で遺言とも取れる発言をする英二。何故太った事だけでここまで騒ぎが大きくなるのか、理由はしっかりとあったりする。
去年の暮れ、英二は部活中不幸な事故が重なり(いやまあその内容については伏せておくとして)得意な筈のアクロバティックで足を捻挫した。これ自体はそうそう大した事もなく、今ではすっかり完治しているが、更に不幸な事に治る前にランキング戦が行われ、当然の如く出場を止められ一度レギュラー落ちした。しかもそれから冬休みに入りレギュラーはクリスマス・正月返上で練習を行ったが、レギュラー以外には甘い(あくまでレギュラーと比べてだが)、ある意味レギュラー以外切り捨て主義の感のある青学、英二は怪我も手伝いそれにのる形で練習をあまりしなかった。そしてお祝い事の連打に思い切り食べた。現在の生活では摂取したエネルギーを消費する機会がないことをすっかり忘れ・・・・・・。
―――当り前だが結果は過程を反映する。新学期早々行われた身体計測で英二は太っていた。ほぼ同時に行われたランキング戦において怪我も治っていたためレギュラーに返り咲いた英二を待っていたものは、乾の楽しそう(に見えなくもなかったような、むしろ思い切りそう見えたよう)な笑みと特別ダイエットメニューだった。2週間にも続くそれのおかげで体重は元に戻ったが、英二としてはむしろげっそり痩せこけた様な感じだった。それがいかなるものだったのか―――食餌制限もされる中、必要な栄養素は取れるようにと毎日野菜汁を飲まされていた、というとその凄さの片鱗はわかるであろう。いやむしろ、それですら片鱗しかわからないという辺り、このメニューがいかに凄まじいものであったか、想像に難くない。
そんなこんなで、英二は極力部活はちゃんとやるようにしていたのだが・・・・・・。
「不二君、次つかえてるから早く来てね」
保健室の常連という訳でもないが、毎年夏ごとに貧血で何度も倒れるため顔なじみになった先生に名指しで呼ばれ、不二は今だひっつく英二をやんわりとどけ、計測器のある方へと歩いていった。
(2.5キロ、ねえ・・・・・・)
つい最近どこかで聞いた数字のような気もするのだが、イマイチ思い出せず、不二は首をかしげながらまず最初に身長を測った(もちろんその間は首を伸ばしたが)。
告げられた身長は前回とあまり変わりなし。まあ170センチ付近となればもうそうそう劇的な変化もないだろうが。
次いで体重計に乗り―――
「―――あら不二君、ついに私の助言を聞いてくれるようになったのね!」
「・・・・・・?」
何故か体重計を見て感涙にむせび泣く先生に更に疑問を募らせ、不二もまた体重計の針の指す先を見て・・・・・・
(ああ・・・・・・)
ようやく全てに合点が行った。何故英二が『太った』のか。何故先生が自分の結果を見て喜ぶのか。
「すみません、もう一度お願いできますか?」
笑顔で言いながら、不二は体重計から降り2.5キロのパワーアングルを足から外した。
「あ!!」
どうやら英二も気付いたらしく、叫んでからジャージをめくって足元を見た。足首に巻かれたパワーアングルは現在不二と同じ2.5キロ。本来なら部活中だけつければいいのだが、体重の軽い自分や不二などは普段からトレーニングになる様にとつけっ放しだったのだ。あまりにもそれに慣れ過ぎて、すっかり忘れていたが。
「それでだったにゃ〜」
よほど気が抜けたのかへなへなとその場に座り込む英二に苦笑し、不二はもう一度体重計に上った。やはり体重が増えていたのはあれのせいだったらしい、前回とさして変わりない数値に自分もまた安堵する。
「あー、残念。せっかく不二君も人並みの体重になったって喜んだのに」
「いきなりそんなに増えたらそれこそ大問題でしょう?」
心底残念そうな先生に笑みを返してから、今だへたり込んでいる英二の肩を叩いた。
「そんな訳だから、先生に事情話してもう一度測ってもらいなよ。多分前回とそんなに変わってない筈だから」
「うにゃ〜v 不二、ありがと〜vv」
今度は嬉しそうにぎゅーっと抱きつく英二を不二は笑いながら受け入れた。
―――ちなみに再度測った結果、英二の体重は身長に応じて多少増えてはいたが問題になる程ではなかった。
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「ねー不二、俺みたいにコレ忘れた奴って他にいるのかな〜?」
「うーん、越前とかなら忘れてそうだよね」
次の場所に向かいながら、不二はくすくすと笑った。結局レギュラーたちはなんだかんだ言って全員普段からパワーアングルをつけた状態である。
「今みんなって何キロだっけ」
「えっと―――僕と英二が最低で5枚だから2.5キロ、越前が6枚で3キロ、手塚・大石・乾・海堂が7枚で3.5キロ、今のところ最高は桃と河村[タカさん]の8枚で4キロだね」
「誰が忘れても乾のお仕置き決定だにゃ♪」
「そうだね」
顔を見合わせ物騒な事を笑いながら言う二人。この二人の予言どおり『体重の増えた』リョーマ・桃城が、事情のわかっていた筈の乾による特別ダイエットメニューをやらされるハメとなったのはまた別の話。
これで終わって良いのか・・・?
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さて終わりましたスポーツテスト初日です。とか言いつつやった種目はごく僅か、出てきた人も3-6メイツのみ。このネタ自体は前からあったんですけどね、何となく今日文章にされました。なのでかなりやっつけ仕事です。ごめんよう、3-6メイツ。
とりあえず背景は野菜汁っぽさを醸し出して。
あと残すは英二vsリョーマの垂直跳びか〜、スポーツテストにあまり含まれていないであろうけど、番外編として肺活量の測定でマムシが凄い結果出したとか、やっぱ今はないだろうけど立位体前屈とかの柔軟ものでさっぱり出来ずにレギュラーに笑われる手塚とか色々できそうなんだけどなあ・・・。
ああ、そうそう。現時点において大学2年の私は今スポーツテストでどんな項目があるのかわかりません。なので長距離走にしろ立位体前屈にしろ恐らく1世代前のものです。少々おかしなこともあるかもしれませんが、その辺りは見逃してもらえるとありがたいと思います。
あと余談ですが青学はオリエンテーション方式、という事で。時間以内に全種目回れば良いので各自好きな人と自由に周れます。コレは私の高校のやり方なのですが、普通はクラスごととかなんですかねえ? 特に中学なら。
読みにくいお詫び代わりに(なるのか?)小ネタを一つ。英二の捻挫の原因は本当に考えてません。今(中学3年)ならあるんだけどなあ。練習中ボールを追ってハイジャンプすればその先に見えたのは「越前君vv」とリョーマに絡む不二。ボールが飛んできているのを忘れ「おにょれ不二〜〜!!」と拳を固めたところにボールが顔面激突。そのまま落下。そして捻挫という過程。しかし去年の暮れではこのネタは使えない。それに関しては涙をのんで諦めるとして、そもそも4月に入ってすぐに行われるはずのスポーツテストでなぜパワーアングルやら野菜汁やらあげくにペナル茶やらまで登場するのか〔第1弾参照〕。それについてはきっと青学ではスポーツテストは割と遅くやるんだろうな、という事で片づけておいて下さい。
しっかし今回、一応専門分野だけあって(家政科系で栄養士関連)半端に専門っぽく語ってみました。特に深い意味はありませんが。
2002.7.31