隣人事情
Act3.リョーマと不二の場合
青学の学び舎、その屋上にて今日もまたリョーマは昼休みのこの一時を存分に堪能していた。
堪能していた―――はずだった。
「かー、ぐー・・・」
パシャッ―――!
「んあっ?」
いきなりの目くらまし。さすがに目を開ける彼の目の前に、いつもの柔和な笑顔でしかしながらいつもならいないはずの人が笑っていた。
その手に・・・・・・ラケットではなくカメラを持って。
「あっ、起こしちゃった?」
「不二先輩・・・。何やってんスか。プライバシーの侵害ッスよ」
さっきの光がフラッシュであったと察し、リョーマは上半身だけを起こしつつ半眼で尋ねた。何となくだが、手塚相手と違う意味でこの先輩相手には何をするにも身構えていなければならないような気がする―――警戒しなければ、とも言えるが。
しかし、そんな様子を露にするリョーマに不二は気付かなかったらしい。もしかしたら気付いていたかもしれないが、とりあえずそちらは特に様子を変えてはこなかった。
(まあ、この人なら普段のうさんくさい笑顔が警戒そのものって感じだろうけど)
他人と自分を隔てるポーカーフェイス。笑顔でそれを成し遂げる彼にはある種の尊敬を抱ける。―――自分には絶対無理だ。
閑話休題。
リョーマの文句にもやはり・・・というかリョーマの文句を聞き、不二は今度は声を上げて笑ってきた。
「ハハハ。ごめんごめん。あんまりよく寝てたもんだからつい、ね」
「そんな写真撮って、何に使うんスか・・・。
フィルム返してよね」
「うーん。どうしよっかなー・・・。
そうだ越前。いまから僕と勝負して、勝ったら返してあげる」
「ええー?! 何スかそれ。自分が勝手に撮ったくせに・・・」
「フィルムだって安くはないんだよ?」
(え・・・・・・)
不二の台詞に・・・・・・ふとリョーマの中で時が止まった。
(『フィルムだって安くはないんだよ?』・・・・・・?)
自分だってフィルムの値段など詳しくは知らない。だが、
(フィルムって・・・コンビニとかで安く売ってなかったっけ・・・・・・?)
確か1本数百円レベル。高くても千円は越えないと思う。根拠は無いがなんとなく。この上現像代がかかるのだからそんなに高かったらまず写真など撮らないだろう。
(てゆーか使い捨てカメラだって千円前後で買えるよね・・・・・・)
それが高いらしい。いやそりゃ中学生の平均的こづかいしか貰っていないであろう自分からしてみればなんで写真ごときでそんなに金掛けなきゃいけないのかと思う値段ではあるが。
が―――
「どうする、越前。やる? やらない?」
(不二先輩って・・・・・・
――――――バブリーじゃなかったのか・・・・・・?)
少なくとも数百円レベルでこんな話題など持ち出す人だとは思ってなかった。
(って、よくよく考えてみたら金持ちだなんて一言も聞いた事ないけどさ)
確かに本人の口からそんな事は聞いた事がない。そして周りも一言も言った事はない。
だが暗黙の了解というものはある。
不二は金持ちだ。
それがそのひとつ。
一応理由としては物腰がそれっぽいだの姉の乗っている車が高級車ちっくだっただの住んでいる場所が高級住宅街だだの。
―――暗黙の了解以前に、最初のひとつはともかくその他は金持ちであることの何よりの証明だったりするのだが。
「・・・・・・って、ねえ、訊いてる?」
(あ、でも先輩はあんまりお金もらってない、とか)
洗練された物腰を厳しい躾の賜物だとするのならばこの理屈も納得がいく。一切甘やかしはないのだろう。だからこそ必要以上の金は与えない。
自制しろ。どうしても欲しいなら自分で稼げ。そういう教育方針なのかもしれない。
(ああ、それで先輩はなけなしの金でフィルム買ってるのか・・・・・・)
「もしかしてで思うんだけど、今キミすっごく失礼なこと考えてない?」
実のところフィルムなどよりテニスに関連した道具類の方が遥かに金がかかるのだが、そちらはきっと金を出してもらっているのだろう。さすがに。
(一応こっちは部活だしね)
だが―――思ってもみなかった。まさか不二も自分と同類だったとは・・・!!
(先輩も苦労してるんだ・・・・・・)
湧き上がる親近感。自分もまた愛猫カルピンのためにはいくらでも費やし―――そしてその分をひねり出すのに苦労している。
「だからさ、ねえ、越前―――」
「先輩・・・・・・」
不二の言葉を遮り、立ち上がったリョーマが神妙に呼びかける。なぜか彼の目はキラキラと輝いていた。
「わかりました。フィルムはもういいッスから」
「え・・・・・・?」
「なんだったら今日部活終わってから食べに行きません? 俺が奢りますよ」
「は・・・・・・・・・・・・?」
「辛いのは先輩だけじゃないッス。一緒に頑張りましょう」
「はあ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「あ、そろそろ午後の授業始まるんで俺はこれで。
―――くじけないで下さいね。何があろうと」
「え〜っと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「じゃあこれで。
―――あ、先輩」
不二の横をすり抜け、中へ戻ろうとしたリョーマがふいに振り向く。開いた扉で隠れる半身。わざわざそこから突き出してくる片腕。
小さくガッツポーズなどを取り、
「ガッツっスよ、先輩。辛い時は楽しいこと思い出しましょう。そしたら今の苦労なんてなんて事なくなりますから」
「あの・・・・・・・・・・・・」
「じゃ」
言うだけ言って、今度こそ消えるリョーマ。
上げかけた不二の手が所在投げに揺れる。
「やっぱり思うんだけどさあ・・・・・・・・・・・・」
誰もいない屋上で独り呟く不二の声は、
極めて珍しく僅かに震えていた。
「やっぱキミ、すっごく失礼なこと考えてたでしょ・・・・・・・・・・・・」
―――いやあなたの会話の持っていき方に問題があったような・・・・・・
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
というわけで第3弾はリョーマvs不二戦より。あ〜けど気になる。あくまでフィルムだって安くない云々は勝負に持ち込むための下地に過ぎないのかそれとも本音だったのか。
そんなこんな、それこそ失礼極まりない発想の元出来た話でした。おかげで肝心の不二リョ対戦にどっちかのSongだったっつーのに全っ然見も聞きもせずこんな事ばかり考えていました。
2003.11.16
そういえば、
今回ゲームからなので台詞もゲームそのままでいきました。なのでリョーマの敬語(?)も『っス』ではなく(一箇所例外在り)『ッス』だったりします。だからというわけでもありませんが、何となく地の文もいつもと違った書き方でただし閑話休題の前まで。ここ数日読み耽っている小説を意識して書かせていただいたのですが・・・・・・やはりムリでした(当り前)。