「裕太・・・、どうしても、行くの?」
「ああ・・・・・・」
ばたん。
「ねえ、跡部、サエ、千石君」
―――気分転換に転校でもしてみない?
・・・・・・・・・
「ああ?」
「はあ?」
「ええ!?」
いやがらせ万歳
「―――で、今日からウチの部活に入ることになった者たちを紹介する。
まずスクール生の観月・木更津・柳沢・不二・野村。そして―――
―――ごく普通に転校してきた不二・跡部・千石・佐伯だ」
「だからなんで周助[アニキ]がここにいんだよ!!??」
「ああ佐伯、本気で転校して来たんだ」
「やだなあ裕太v 裕太のいるところならどこだって行くに決まってるじゃないかvv」
「まあ、そんな周ちゃんに言われたなら従わないわけにはいかないだろ?」
顧問の教師の妙な紹介にルドルフテニス部員が、そして関係者等で行われる会話(?)に聞いていた柳沢・野村が首を傾げた。
「淳、知り合いだーね?」
「ああ、佐伯は僕と同じ六角生。で、今裕太と話してるのが彼のお兄さん」
「だけではありませんね。跡部・千石と言えばついこの間Jr.選抜合宿のメンバーとして選ばれたばかり。
氷帝の跡部、青学の不二、山吹の千石、六角の佐伯。どれも関東強豪校のレギュラー、どころかほとんど代表ではないですか。なぜそんな彼らがわざわざ転校してまでルドルフに・・・?」
怪訝な顔をする観月。まあこの反応は当然だろう。彼らは観月の解説どおり各校でもトップレベルの存在。3年が抜けた現在では部を引っ張っていく立場だろうに。
そんな彼らを横目で見ながら―――
「まあ・・・・・・イモヅル式じゃない?」
木更津が正解ど真ん中の台詞を言った。ついでにイモヅルの先端たるかの弟を見やる。
げんなりとする裕太。当然だろう。彼は兄から離れるために青学からルドルフへ来たのだから。だが―――
(裕太も考えが甘いね。不二ならこのくらいやるでしょ?)
木更津は裕太と知り合いではなかった。たまたまスクールの練習中に会っただけだ。
彼が知り合いなのは、今回『ごく普通に転校』してきた4人だった。佐伯とは彼の転校以来の友人であり、また彼の元へと遊びに来たその他3人とも自分含む六角メンバーは全員親しい。
裕太がルドルフに来るかもしれない。その知らせは実のところ、裕太自身が誰かにするより早く木更津が彼らにしていた。裕太は転校に関する相談を最後まで家族にはしなかった。が、誰にもしなかったわけではない。コンプレックスを抱く兄とは別に、彼は同じ左利きのよしみとでも言うべきか佐伯に純然たる憧れを抱いている。これを知ったら不二が怒るだろうが、裕太は佐伯には相談していたのだ。しかしそんな裕太もまだまだ甘い。気付かなかったのだろうか、転校の件を初めて聞かされた筈の佐伯が全く動揺しなかった事、そして―――
―――特に反対しなかった理由はどっちにしても同じだと、どうせこんな事になるだろうと、そういう諦めがあったからだという事に。
(でも、観月もある意味上手い方法取ったよね。ただし問題はこれからだろうけど)
エビでタイを釣る―――というと裕太には失礼だろうが、裕太1人を誘ってコレだけの豪華メンバーがくっついてきたのなら上出来どころか最高だろう。彼らの性格、そして彼らを抱える母校の思惑からして、他の方法ではどんなにいい条件をつけたとしても来はしなかっただろうに。それがぶっちゃけ部活にも入っていない生徒1人をほとんど特典0、せいぜい学費(寮生活含む)と交通費負担、それとちょっとした口車で載せる程度でこんなに見返りがくるとは。
が―――
(この面子、観月に扱いきれるかな?)
佐伯転校から勘定して彼らとの付き合いも4年。どころか接して恐らく数分以内に判明した事だろうが―――
彼らは恐ろしく扱いにくい。
というか彼ら自身人に操られるのではなく人を操る側だ。それこそ観月と同類で。
これから自分達の管理は観月に一任されるらしい。それは事前に聞いていた。それもスクール生のみではなく『部員』も含めて。
ルドルフの他の部員には今更紹介されるまでもなく既に会ってはいたが・・・部長からして観月に任せる事に抵抗はないらしい。学校側もその方針で行っている―――というかそのためのスクール生だ。
これの最大の障害は間違いなく跡部。跡部と観月、どちらが部の主導権を握るかによってこの部活は大きく変わるだろう。弱肉として食われるか、駒として利用されるか。大半の部員にしてみればどっちもどっちだ。
だが最低1名、裕太にとっては大きく変わる。
観月が主導権を握れば裕太はとことん利用され尽くす。短い付き合いながら、観月の性格と裕太の悪く言えば単純さはよくわかった。だからこそ裕太の転校云々に関する話をした際、観月の狙いも含めて助言しておいた。今回不二が来たのは監視の意味も含むだろう。
では跡部が握ればどうなるか。弱肉強食の世界で今まで生きてきた彼。間違いなくルドルフでも同じ方式を取るだろう。となれば必然的に裕太は『現実』を見る事になる。負けるのは兄にだけではない。恐らくレギュラーになれるかどうかの瀬戸際まで落とされるだろう。彼にとってはプライドをズタボロにされる出来事。が・・・・・・
間違いなく跡部指導の下では裕太のレベルは加速度的に上がる。外部から見るものにはわかりにくいだろうが、跡部は下の面倒見がいい。氷帝部員200人を率いてきたのは、何もカリスマ性だの絶対王政だのだけの力ではない。必殺技とでもいうかの『眼力』が示すとおり彼は人間観察に長けている。その上で人を引き上げ、誘導するのが上手い。彼ならば潰れた裕太をもう一度立ち上がらせる事が出来るだろう。厳密には立ち上がろうという気持ちを持たせる事が。立ち上がるのは裕太自身だ。
自分の進むべき道を見つければ裕太の成長は早い。彼はそういう人間だ。何があろうとそこに向かって全力で走れる。それこそ『今』と同じように。
ある意味では跡部と観月の指導の仕方というのは同じなのだ。違いは人にぴったり接するかぎりぎりまで突き放すかというだけで。
一見ぴったり接し手取り足取り教える観月の方がいいのかもしれない。だが裕太に関して言えばむしろ突き放すべきだ。彼は『周助を超える』という思いに捕らわれすぎている。一度徹底して潰させた方がいい。その上で考えさせるべきだ。一体何を目標としたらいいのか。変わらないならそれはそれでいい。彼自身が選んだ事なのだから。
だが今のままでは、そして観月に操られ続ければ―――彼は自分でそう動いているようで、実際は周りに流されているだけになってしまう。もしもその状態で兄に勝ってしまったら、もしくは周りに一切比較されなくなったら、彼はその先どうするつもりなのだろう・・・・・・。
(やれやれ。難しいよね、兄弟って・・・・・・)
離れ離れになった兄の亮を思い出す。自分達の関係でいえばちょうどこの不二兄弟と逆だ―――自分の方が強いという意味ではなく、常に挑んでくるのは兄だという意味で。
亮は彼自身の意志で自分に挑んでくる。「絶対淳に勝つ!!」。周りに煽られながらもそれをキーワードに何度も何度も。
かつては裕太もこうだったのだろう。それが年月を経る中で、知らず知らずのうちにほんの僅かに変わっただけで。
そして自分が彼を気にするのは同じ弟だからというより彼に兄を重ねているからか。まるで弟のような兄。放っておきにくい。
(でもま、楽しくなりそうだね)
今までの自己議論はなんだったのかと問われそうな程に簡潔な結論を上げ、
木更津はくす、と能面の顔に実に楽しそうな笑みを浮かべた。
・ ・ ・ ・ ・
さて、そんな全てわかっている木更津はいいとして、もちろんわかっていない者はただただ混乱するだけだった。
観月がわざわざ解説するまでもなく、関東にある中学としてルドルフ部員も特に跡部や千石の名はよく知っている。何故こんな奴等がウチのような学校に来るのか。しかもスクール生として招かれたワケではないという。
ぶっちゃけ即戦力の筈のスクール生そっちのけで、部員らの興味は『ごく普通に転校してきた』4人の方にあった。
そんな中―――
「おらてめぇら。この俺様が来たからにはもちろん狙いは全国制覇だ。てめぇらそのつもりで俺様について来いよ!」
「「わ〜!!」」
『自己紹介しろ』という顧問の言葉に、全く自己紹介になっていない、しかし彼自身を紹介するにはとってもわかりやすい台詞をぶっこく跡部。はや仕立てる不二兄に千石。
そして、
「そっか〜全国制覇か・・・。じゃあ真田にでも来てもらわないとな」
「ンだと?」
「いや別に。ただ・・・・・・
―――氷帝って立海大にここ2年勝ってないよなあ、って言っただけで」
「てめぇ佐伯・・・・・・」
にっこりお得意の笑みでしれっとそんな事を言ってくる佐伯。実にわかりやすい『自己紹介』だ。聞かされるルドルフ側及び観月・柳沢・野村が呆気に取られているが。
「・・・だってさ。僕達も頑張らないとね、裕太」
「はあ・・・・・・」
・ ・ ・ ・ ・
まあ各種問題を全く解決しないままもとりあえず部活はスタートした。そして問題の1つはあっさり解決した。
『おおおおおおお!!!!!』
目の前で見せられる全国区のプレイ。ルドルフ生は一発で魅せられ、観月対跡部覇権争いの軍配は跡部に上がった。
さらにこちらも―――
・ ・ ・ ・ ・
「へえ、次は兄弟対決か」
「どっちが勝つんだろうな」
「そりゃ兄貴の方だろ。青学の不二っていやああの天才だろ? それに弟に負けるってのは兄貴としてプライドが許さねえだろ」
「いやいや。だが裕太だってスクール生として招かれたワケだろ? ってことはそれだけ実力あるって事じゃん」
コートにて兄と向かい合う裕太。彼の耳にこんな声が飛び込んできた。
(え・・・・・・?)
今までになかった周りの反応。思わず試合そっちのけで周りをきょろきょろするが、むしろ周りはそんな自分に首を傾げていた。
もちろん目の前の彼も。
「どうしたの? 裕太」
「い、いや・・・・・・」
「そう? じゃあ・・・
試合するのは久しぶりだね。よろしく」
「あ、ああ・・・・・・」
握手を交わす2人に・・・・・・
・ ・ ・ ・ ・
「まあ、ルドルフ[ここ]においては不二も裕太も立場は同じなんだから『不二の弟』なんて言われるワケはないだろうね」
「そりゃ最も」
木更津の言葉に佐伯が苦笑する。2人とも青学から来た転入生である事には変わりない。不二(兄のほう)と言えばそれこそNo.2であり天才でありとする人ではあるが、青学といえばそれ以上の有名人―――手塚がいるわけで、知っている人も中にはいたようだがむしろ不二はまだ無名に近い。彼の名が知れ渡っているのはここルドルフのようなところではなく、それこそ氷帝や山吹、六角や立海大といった強豪校同士での事だ。
ルドルフ部員らにしてみればただの転校生兄弟。後々どうなるかはともかく、今に関してはどっちのスタンスも同じだ。
「ま、何にしろそん時ぁ裕太も変わってんだろ。メンタル面じゃ不二よりずっと強ええ。
本気で不二目指せば周りの声なんてどーでもよくなる」
「ははっ。確かに」
こちらも2人の試合を見ていた跡部と千石。この2人が試合をするのは本当に久しぶりだ。「周助を越える」などと言いながらも裕太はその兄との試合を避けていた。心の準備が出来ていないからなのだろうが、待ったからといって出来るものでもない。少々強引でも一度自分の力というものを確認した方がいい。自分の力と―――兄の力を。
裕太が越えられないのは兄ではない。自分だ。己の設ける限界。それを越えられれば裕太はもっともっと強くなる。
「やれやれ、また有力なライバル出現だね」
「う〜ん。これからますます大変になりそうだね〜」
「それ以前にてめぇらは自分がレギュラー取れるかその心配しとけよ」
「うっわ跡部くん痛ったい一言〜」
「というかお前も心配しろよ」
「ああ? 俺様が? なんでンな心配しなきゃなんねーんだよ」
「って油断して自爆するのがお前だからな」
「あ゙あ゙・・・?」
佐伯と跡部がまたもや静かに火花を飛ばす向こうで―――
「ゲームセット! ウォンバイ不二周助!! 6−2!!」
裕太の、未来への第一歩が今、踏み出された。
・ ・ ・ ・ ・
ちなみに翌年、本当に全国制覇してしまった聖ルドルフ学院中等部。その立役者たるレギュラーは、
W2=木更津淳・柳沢慎也
W1=不二周助・佐伯虎次郎
S3=不二裕太
S2=千石清純
S1=跡部景吾
「僕の出番はどうなったんですか!!??」
―――完了
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
哀里:「さ〜って裕太の誕生日に勝手に兄らを転校させてみました。わ〜いおめでと〜裕太〜vv」
裕太:「って全然祝ってねーよ!!」
哀里:「え!? そんな・・・!! せっかくお兄ちゃんにオプション3人つけて送りつけたのに!!」
裕太:「何の嫌がらせだ!! 大体離れたいから転校したんだろ!?」
哀里:「はっ!! そういえばそうか・・・!!」
裕太:「愕然とする前に気付けよお前は・・・」
哀里:「まあそれはともかくとして。そしてこの話の主役は本当に裕太なのか? という些細な疑問も置いておくとして」
裕太:「置いとくなよ。掘り下げろよその疑問は(ちょっぴり涙混じりに)」
哀里:「跡部・佐伯と不二先輩をエセ兄弟とした時点で当然の如く裕太も兄弟(エセ)です。
跡部と佐伯からしてみれば裕太は反抗期真っ盛りの可愛い弟です。ついでに千石から見てもそんなもんです。弟の成長を温かい目で見守り、ついでに這い上がってきたら蹴落とします」
裕太:「ちょっと待て。『蹴落とす』って・・・・・・?」
哀里:「当然でしょ。なにせ彼らの可愛い不二先輩を独り占めしてる時点でそりゃ怨みつらみは末代まで」
裕太:「ンなの兄貴が勝手にいろいろやってるだけだろ!?」
哀里:「でも不二先輩のブラコンはもうどうしようもないから。というわけで根源から排除しようと・・・・・・」
裕太:「何そんな勝手な―――
―――跡部さん! 佐伯さん!!」
跡部:「つーわけだからな、裕太」
佐伯:「大丈夫だよ裕太君。さすがに墓くらいは立ててあげるから」
裕太:「それで何が大丈夫なんですか!?
――――――うわあああああああああああああああああ!!!!!」
千石:「いっや〜。裕太くんご愁傷様」
不二:「あれ? 裕太は?」
千石:「え? さ〜どーしたんだろーね?」
不二:「う〜ん。せっかく誕生日のお祝いしようと思ってたのに」
千石:「ま、いないんじゃ仕方ないんじゃない?」
不二:「そうだね。じゃあ―――」
裕太、誕生日おめでとう
2003.11.19〜2004.2.18