合宿初日、榊班の練習試合にて。
 乾・柳ペアに5−4と追い詰められ、もう後がない状態で、
 ―――彼らは同じ笑みを浮かべていた。





Brain Panic





 「とうとう5−4か・・・。不二先輩たち、何とか追い上げてはきたけど、もう後がないな―――」
 呟く桃に、フェンス越しにやはり兄らの試合を見ていた裕太が口を開いた。
 「これからだ」
 「え?」
 「見ろよ、兄貴のあの目。そろそろ何か仕掛けてくる」
 振られ、みんなも見やる。
 追い詰められたこの状態で―――薄く微笑む不二を。
 「ホントだ・・・・・・」
 竜崎班ながら自主練につき見物していた英二が呟く。同じく試合を見ていた面々(なお桃と英二除いてはれっきとした榊班である)もまた同じ感想であったらしい。軽く口を開けて無言で驚く。
 が、
 「―――いいや。違うよ裕太くん」
 「千石さん!」
 横手からかけられた声。振り向くその先にいたのは呼びかけたとおりの人物だった。
 こちらも竜崎班だった千石。『自主練』をサボって・・・・・・もとい観戦も立派な練習のひとつという名目で、ついでに神尾と切原のゴタゴタも完全無視でやってきた彼は、なぜか不二ではなくそのパートナー―――佐伯を指差した。
 「ホラ。『不二くんの』じゃない。『2人の』だよ」
 「あっ・・・・・・!!」
 言われてみて、誰もが気付く。不二の向こう側にいたし、その上先ほどから手も足も出ない状態のようだったため気付かなかったが、佐伯もまた自信喪失から一転、不二と同じ不敵な笑みを浮かべていた。
 まるで彼らが気付くのを待っていたかのように、僅かに前を歩いていた不二がくるりと横を向いた。
 「さ〜えきっ♪」
 実に楽しそうな不二の呼びかけ。佐伯も体の向きを変え不二と向き合い、
 「『俺いい事思いついちゃったんだけど』」
 「『一口乗らない?』」
 別々の口から紡がれる、しかしながら別々にすれば通じない言葉。この瞬間、2人の思考は溶け合い混ざり合い、1つのものとなった・・・・・・のかもしれない。
 にっ、と2人で笑い、
 「乗った」
 「内容聞かず?」
 「どうせ同じだろ?」
 「もしかしたら違うかもね」
 「同じさ」
 「なんで?」
 「だって俺ら、『似た者同士』じゃん」
 「なるほどね」





 それだけのやり取りで、本当に何も相談せず決定されてしまったらしい作戦に肩をコケさせる一同。
 「違うから。それ絶対意味違うから」
 代表して、冷や汗を垂らしぱたぱたと手を振り千石が突っ込む。しかし、しかし・・・。
 彼らをよく知る上で断言する。
 ・・・・・・実のところ意味は合っている、と。
 そしてもう1つ。

 ―――――――――試合が終了した時、全員がそれを察するだろう。

 と――――――――――――。





×××××





 柳のサーブで始まったゲーム。サービスラインより後ろに下がる2人は、一見守り重視のように見える。が、
 『な―――!?』
 さらに変わった陣形に、今度は全員大口を開ける。それは―――あり得ないとしか言いようのない陣形だった。
 「オーストラリアンフォーメーション!?」
 「マジかよ!? しかも―――」
 「不二先輩が前衛で、佐伯さんが後衛!!??」
 「本気か・・・!? 不二、佐伯・・・!!」
 対戦相手のデータマン2名ですら驚く。オーストラリアンフォーメーションまではいいとして、なぜ不二が前衛で佐伯が後衛?
 誰もが驚くのは極めて当り前だった。プレイスタイルで2人を分けると不二が後ろから粘り型のアグレッシブベースライナー、そして佐伯はネットプレイが得意なサーブ
&ボレーヤーである。さらに互いは己の特性を生かすが如く、不二は持久力、佐伯は瞬発力に優れている。普通に考えれば佐伯を前衛、不二を後衛とするべきだろう。実際そうした場合の成功例が黄金ペアなのだから。
 だが―――
 動揺は一瞬で殺し、柳は落ち着き払って2人を観察した。
 (奇策でも講じたつもりか?)
 恐らく不二を前に持って来たのはトリプルカウンターを打ちやすいようにするためだろう。つばめ返しや白鯨は相手の球に対するカウンターである以上、確かにバウンド後でも打てるが直に打った方が相手の球の威力も削がれず、その分自分の球の威力も上がる。
 しかし不二はそれほどネットプレイに長けているわけではない。ネットプレイ対決となればあっさりとはいかなくとも負け、抜かれる確率が高い。そこで佐伯を後衛に下がらせたのだろう。佐伯の瞬発力―――左右への動きは侮れないものがある。後衛の方が動く距離は長くなる上佐伯の時給力はそこまで良くないが、後あってもせいぜい3ゲーム程度。その程度でバテたらいっそ笑えるがさすがにそれはないだろう。
 (しかし・・・その策には重大な欠陥があるぞ)
 不二はともかく佐伯の『読み』は自分には通用しない。佐伯の動きがいいのはフットワークの良さにプラスして先読みをしているからだ。出来ない状態ならば彼の機動性は1段階落ちる。
 (それが、命取りだ)
 前に出て球を打ち返す。移動力確保のためか、スプリットステップをしようと軽くジャンプしていた不二がタイミングを外され目を見開いている。僅かだが、鋭く息を吸う音まで聞こえていた。
 あっさり不二の脇を抜けていった球。コート隅でバウンドし―――
 「―――甘いよ、柳!」
 「何・・・!?」
 完璧に追いついていた佐伯に、さらにあっさり返された。
 今度こそ完全に意表を突かれ、教授と博士、2人とも動く事は出来なかった。
 「0−
15
 榊の呟きに、呆然としていた周りが騒然とし出した。
 「な、何で・・・!?」
 「これは、一体・・・・・・」
 驚くのは、コートの中でも同じく。
 「見たか? 蓮二」
 「ああ。佐伯の動き、速くなっているな」
 「だが・・・なぜだ」
 「わからない。しかし―――
  ―――偶然ではないだろう。貞治、注意しろ」
 「言われなくてもな」
 ぼそぼそと、(こちらはまともな)作戦会議の後再び両者は対立した。





 次、それに立ち向かうのは乾だった。飛んでくるボールと、さらに向こうに一直線に並んだ2人を観察する。
 (佐伯対策は完璧の筈だ。やはり不二がカギなのか?)
 最初から柳が示していたとおり、実は佐伯の攻略はかなり簡単なのだ。ぎりぎりまで動かなければいい。ただそれだけだ。
 動きを先読みする佐伯だが、動かない相手にはその能力は発揮されない。いくら前動作で読めるとしても、完全に動かなければ筋肉なども読み様はない。
 逆にぎりぎりまで自分も動けないというハンデは負うが、ただ打ち返すだけならばそこまで前から仰々しく動く必要もない。しかも自分の眼鏡は明かりが全て反射するため目線で狙いを知るのも不可能。
 さらにこの策は不二にも有効である。不二のスタートもまた遅れるのだ。先ほど柳の球をあっさり見送ったのはそれが原因。今回もまた・・・
 (見送る確率
90%)
 思う通り不二は自分の速球を見送った。そして後ろにいる佐伯に合図を―――
 (送らない!?)
 やはり同じ事を考えていたのだろう。柳もまた驚愕する。いや正確には見送った後送ったとしても手後れというか直接球を見ればいいだけなのだろうが、このオーストラリアン―――というか一直線フォーメーションには欠点が1つ。前衛が後衛に対しブラインドとなるのだ。不二のほぼ正面にいた自分。佐伯からはほとんど見えなかっただろう。だからこそあえて見送りその間にサインを送っていたと思ったのだが・・・
 先ほどと同じで佐伯に返される。今度はさすがに柳が対処したが、それまた佐伯に返され以下繰り返しといったノリで、
 ―――気が付けば1ゲームストレートで取られていた。





 「にゃ〜んで〜!?」
 「エスパーっスか佐伯さん!?」
 「さすが兄貴の幼馴染み・・・!!」
 「いえ裕太君、それは必然的にあなたの幼馴染みともなるのですよ・・・?」
 「ぐ・・・!!」
 いろいろと混乱気味の観客側。その中にあって、
 ただ1人、千石だけが指を鳴らし笑っていた。
 「あっはははははははは!! な〜るほど! そっか!! その手があったか!!
  うっわ〜。今度俺もやろっかな。そしたら跡部くんと組めるし? ってあーダメか。そしたら全部跡部くんに取られそう・・・」
 「えっ!? 何かわかったんスか千石さん!!」
 「ひ・み・つv だ〜ってバラしちゃったら2人に怒られそうだし?」
 そんなやり取りを―――千石が最初に気付いた事を受け、唐突に悟る2人。
 「そうか・・・! やはりカギは不二だったのか・・・!!」
 「佐伯が読んでいたのは、俺や貞治の動きではなく不二の動きだったというのか・・・!?」
 「え? え? え?」
 「確かに俺たちは佐伯の先読みを封じた。だが不二の事を考慮に入れていなかった。天才・不二周助のテニスセンスを」
 「不二は俺達の動きだけでなく心理状態、ボールの動き、空気の流れ、それら全てを考慮に入れた上で無意識の内に先読みをしている」
 「で、でも兄貴追いつけてなかったじゃないですか!?」
 「言っただろう。あくまで『無意識の内の先読み』だ。実際体を動かすまでには間に合わないのだろう」
 「じゃ、じゃあ―――!」
 「実際動かすまでには間に合わない。だがそれでも体は反射的に動こうとする。佐伯は不二の無意識の動きを読んでいるんだ」
 「そうか! それなら確かに佐伯君が先読みするには最適のパターンだ!!」
 「そう。だから千石が気付いたんだ。同じく先読みを得意とする者として
 答えを確認するかのように2人の方を見る。問題提起者2名は目線を交わし、軽く肩を竦めてみせた。
 「あ〜あ。もうちょっと粘れるかって思ったんだけどな」
 「千石バラすなよな? つまんないじゃんか」
 「あっはっは。ゴメンね〜♪」
 苦笑する2人を見て、千石がぱちんと両手を合わせる。
 一向に悪びれる気配のない彼に、やれやれと佐伯は首を振るだけだった。
 「まあいいや。前振りはこのくらいで
 『え・・・・・・?』
 その口から出る、謎の台詞。負け惜しみか、伏線か、それともそう見せかけたいだけでやはりもう手札0なのか。
 全員の前で、先程同様言葉を受け継ぎ不二が後を続けた。朱の唇から洩れる呪。それは―――
 「そうだね。大体感じも掴めたし。
  ―――そろそろ行こうか、本気で」





×××××





 かくて―――
 「ゲーム不二・佐伯ペア。7−5」
 「え・・・? これって・・・・・・ダブルス?」
 「ありっスかこんなの・・・・・・」
 「う〜ん。まあ―――アリじゃない?」
 あまりの試合内容に、誰もが愕然とし、そして千石が何とも言えなさそうな顔で苦笑した。
 ダブルス専門の英二が首を傾げた通り、2人のしていたものは通常のダブルスとはかなり異なるものだった。
 ダブルスの常套手段は1人が指示役[ブレーン]として働きもう一人を動かすことだ。それこそ黄金ペアの大石と英二の如く。そしてそれが出来なかった典型例が桃とリョーマだろう。互いが勝手に動きすぎた。
 が、
 佐伯と不二。この2人は共に指示役気質なのだ。間違っても他の誰かに従うプレイヤーではない。
 ではどうしたのか。いっそ桃とリョーマのようにコートを真っ二つに分けたか。それとも六角戦W1序盤での英二と不二のようにシングルスとしての自分のプレイを貫いたか。
 ―――正解は、どちらでもない。信じられない事に。
 彼らは時と場合に応じ、自在に指示役を交換していたのだ。しかもサインによる伝達を一切行なわず。
 佐伯のプレイに、不二のプレイ。それらが合わさればバリエーションは無数となる。その上変則的に変わるそれのタイミングが一切掴めない。
 いくらデータマン2人であろうとそれを完全に読み取るのは不可能だった。もしかしたら最初からそうだったならば出来たかもしれないが、少なくとも2ゲームの間には。
 呆然とする2人を見やり、
 勝者2人はやはり2人で1つの言葉を紡いだ。
 「だから言ったじゃん」
 「僕らは『似た者同士』だって」



―――合宿日目Fin












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 はい。本日より始まりましたJr.合宿。期待満々で観て―――サエFanとしてはちょっぴり悲しかったです。やっぱアニプリのサエは2.5枚目が定位置ですか? 頑張ってかっこつけて、でもって片っ端っから空回り。恐らくあの試合、全く成果を上げなかったのはサエのみのような気がします。何かあの秘策もただ不二に従っただけのような・・・。
 そんなワケでサエの活躍をむやみやたらと増やしてみました。ついでにサエ不二度も? これで合同企画の方に―――上げられないかあ、やっぱ。

2004.6.2