「いい? サエ。僕が帰ってくるまで絶対扉は開けちゃ駄目だよ?」
「? ああ」
狼さんらと子山羊さんの物語
そう言い、同室の不二が出て行って暫し。
(人の気配・・・?)
扉の外に2つ。立ち去らず留まるそれらにどう対処しようか佐伯が悩んでいる間に、
とんとん。
「・・・はい?」
『サエくんいる〜? 遊びに来たよ〜♪』
『オラさっさと開けろ』
(千石・・・。跡部・・・・・・)
その声がというかその声で紡がれた内容がというか、何にしてもそれらが指す人物はかの2名。『遊びに来た』というのならば開けるべきだろう。(もちろんメインはテニスだろうが)合宿の楽しみの1つといえば自由時間にみんなで遊ぶ事。特に今回など他校生らとの異色合宿。それこそ本来なら毎年全国大会終了後、全国でもトップクラスの人たちが集まる正真正銘の『Jr.選抜合宿』を抜いては本当に異例な事態だ。そう考えれば遊びに来たという2人(まあ跡部は千石に引きずられてきたのだろうが)にも納得が行く。
が―――
―――『いい? サエ。僕が帰ってくるまで絶対扉は開けちゃ駄目だよ?』
頭の中に浮かぶはもちろん出掛けの不二の言葉。なぜああも念を押したのかわからないが―――ついでに自分に洗面所含めて外出禁止と言った理由もわからないが(なおトイレは各部屋ついているので問題なし)―――、言われた以上は守るべきだ。
(破ると周ちゃん恐いしな・・・)
苦笑する。理由はそれだけじゃない。むしろこっちはオマケに等しい。
破って、不二に嫌われるのが嫌だった。ある意味『こわい』のには間違いない。ただし『不二が恐い』のではなく『自分が怖い』のだが。
だから・・・・・・
「悪いな、今周ちゃんいないんだ。後で来てくれないか? そしたら4人で遊ぼう」
せっかく来てくれた2人を追い返すのは気が引けたが、佐伯は不二の言い付けを守った。
扉の隙間をすり抜けていった声。同じくすり抜けて返って来たのは、
『ああ知ってるよ。俺ら不二くんに言われて来たから』
「え・・・?」
『不二、今榊監督ンとこいんだろ? さっき丁度会った。時間かかるみてーだからそれまでお前の相手しててくれだとよ』
「周ちゃんが・・・?」
よくよく考えるとおかしな説明。なぜ監督とともにいる状態で、そんな頼み事が出来るほど私語が許されているのか。
しかしながら跡部の口から出る榊の名は、それだけで信用度を上げるものがある。
「なら・・・・・・」
と、それでもためらいがちにノブに手を伸ばす佐伯の耳に、さらに跡部の言葉が突き刺さった。
『つーかてめぇはお母さん待つ子山羊か? 何歳児だよ今』
「14歳だ14歳。少なくともお前らの中じゃ最年長だ」
がちゃ。
突っ込みがてら扉を開ける。しかしながらそこに返って来たのは「威張って言うんじゃねえ。3日しか誕生日違わねえじゃねえか」などといった突っ込み返しではなく。
「―――っ!?」
突如口を片手で塞がれ、ノブに手を掛けたまま佐伯は一瞬硬直した。その間を利用し千石が扉に足を掛け閉じれないようにし、跡部が佐伯ごと部屋の中へと足を踏み入れる。
「よお佐伯、お母さん山羊[ふじ]には言われなかったか? 『騙そうとする奴らには気をつけろ』ってな」
「う・・・・・・」
扉越しではなく直接耳に響く声。口は押さえられたまま抱きすくめられ、耳元に顔を寄せられ跡部特有の低音ヴォイスに力が抜ける。床にへたり込む佐伯に、扉を閉め近寄ってきた千石が腰を曲げ顔を近づけてきた。
跡部に手を離させ、顎を軽く持ち上げて。
「でもサエくんは純粋だから騙されちゃうんだよね。仕方ないよね。サエくんのせいじゃないよ。わかっててサエくんを1人にした不二くんが悪いんだよ」
「周ちゃんは関係な―――!!」
言いかけた口がまたも塞がれる。今度は手でなく、口で。
「ふ・・・あ・・・・・・」
口の中を這い回る未知の感覚。キスなら不二に望まれるまま、何度もやった事がある。ただし唇を触れ合わせるライトキス程度。あまりの激しさに息をつぐ事すら出来ず。
「はむ・・・・・・は・・・・・・」
酸素を求め、口を開き舌を出す。それも即座に塞がれ絡め取られて。
「は・・・、はあ・・・・・・」
ようやく解放されてぐったりする佐伯を支え、跡部がため息をついた。
「おいおいキスだけでこれかよ。大丈夫かこの先?」
「てゆーか今更思うんだけどさ、
―――不二くん一切手、出してない?」
「ほおおおおおお・・・・・・」
跡部の底冷えする呟き。びくりとする千石を視線で射抜き、
「わかった上でてめぇは手ェ出し続けた、ってか? アーン?」
「い、いやあのホラ・・・! 気付いたのやり終わった後だし?
・・・・・・すいません。この後は譲りますので出来ればこの襟元締め上げる手はもう少し緩めてくれると嬉しく思います」
「よし」
頷き、跡部が視線を佐伯に戻した―――ところで。
「うわっ・・・!?」
千石が声を上げこちらに倒れこんできた。それを脇にどけようとして、気付く。抱き込んでいた佐伯がいない。
「何やってんだよ千石!」
「俺じゃないって! サエくんに倒された!!」
「ちっ!!」
舌打ちした頃にはもう遅い。佐伯はこちらの緩い拘束を抜け、完全に警戒姿勢で向き合っていた。
「俺達、騙し返した、ってか・・・?」
「ああいうキスが初めてだった、ってのは認めるさ。けど―――
―――そうやって隙見せられたら逃げて当然だろ?」
「『ダメじゃん。俺をフリーにしちゃ』ってワケ?」
「むしろ今は感謝するけどな。面白かったよ。お前らの掛け合い漫才」
言いながら、牽制しながら、後ろへじわじわ下がる。後ろには扉。ダッシュで向かっても開ける間に後ろから飛び掛られる。だが・・・
(開けさえすればいいんだ。開けば助けが呼べる。
屈辱だけど・・・この2人と2対1じゃ勝ち目は薄い)
1人1人ならなんとか拮抗は出来ると思う。先ほどはいきなりの事で遅れを取ったが、正面からやり合えば実力はほぼ互角。だが2人なら話は別だ。100万と100万を足してむしろ1万程度に落としそうなほどのコンビネーションのなさだが、だからこそむしろ1対1で来るだろう。そして消耗したところをもう1人が来る。これならまともに200万、いやそれどころか300万以上だ。
そしてもう1つ、自分には不利な要素がある。この部屋、両隣が千石と跡部の部屋なのだ。間違いなく人払いされている。少々騒いだところでムダだろう。しかし助けが得られるのは両隣だけではない。なぜ跡部が入り口でこちらの口を塞いだのか。それより外側には人がいるからだ。今は就寝前の自由時間。多少動きはあるだろうが、まさか辺りの部屋全部から人がいなくなったわけでもあるまい。しかも今回集まった面子、騒ぎが起これば逃げるより野次馬根性丸出しで駆け寄る奴らばっかりだ。叫び声のひとつでも上げてやれば絶対興味本位で集まる(微妙に間違った信頼)!
じりじりと下がりつつ、タイミングを窺う。さすがにこれでは距離が近すぎる。出来れば先ほど千石を倒した時にそのまま行ければ良かったが、意識してではなく反射行動だろう、跡部のくり出した脚をかわすのに勢いを失っていた。
(いっそ・・・、このまま待つか・・・・・・?)
時間が経てば不二が戻って来る。となれば2人も手を引かざるを得ないだろう。
(―――やっぱダメだ)
仮に不二が戻ってきたとして、本当にこの2人が手を引くか? 不二まで毒牙に掛けようとしないか(注:佐伯視点での不二は白さ全開)?
(それに、同じ事を2人も思ってるはずだ・・・・・・)
ならば、攻撃型の2人が選ぶ手は・・・・・・
考える時にはもう体は動いていた。最早タイミングなど計っている暇はない。2人より先に動かなければ負ける。もう1度捕らえられたら今度は逃がしてくれないだろう。
反転する力も利用し、爆発的な力でダッシュをかける。2人もまた同時に動き出した。一歩踏み出し―――それで終わらせる。
(え・・・・・・?)
追っても来ない。こちらを油断させる手だろうか?
「千石、設置出来てんのか?」
「そりゃもちろんv ばっちりっしょ」
(何・・・の、話だ・・・・・・?)
肩越しに後ろを見る。慌てる様子もなく、どころかのんびりと話す2人に、吐き気にも似た不安感が押し寄せてきた。
止まるべきか否か。後ろを向き問いかけようか。
逃げようとする意思に絡みつき動きを阻害する躊躇。無理矢理引きちぎりノブに手をかけた―――
瞬間!
「がっ・・・・・・!!」
体中を走る高圧電流に、びくりと仰け反り佐伯は膝を折った。気絶するほどではないが、痺れて上手く動けない。
それでもノブを回そうと藻掻く。力の入らない手は無情にもノブの表面を滑るだけで、そのままぱたりと下に落ちた。
後ろから近づいてくる2人の気配。わかってはいてももう逃げられない。
観念し、佐伯は壁伝いに座り込んだ。壁に背を預け、2人と向き合う。
ロレツの回らない舌で、呟く。
「最初に・・・気付きゃよかったな・・・・・・。なんでお前たちが、俺がドア開くまで入らなかったのか・・・・・・」
確かに部屋にはカギがついている。だが互いに知った者同士。就寝時間でもない以上普通カギはかけないものだろう。なのに2人はノブを回しすらしなかった。
「一応礼儀正しくねv」
「いつもてめぇが言ってんだろ? 許可なく入んな、ってな」
悪びれもせず言う2人。もちろん実際は違うだろう。話で時間を延ばしている間に、この罠を仕掛けていたという事か。千石が最後に入って来たのは、ドアを閉めこの罠を作動させるためだろう。考えれば簡単な事だったのに・・・。
跡部に抱き上げられベッドへ向かう。もうどうでもいいやという気分になりながら、かろうじて残っていた意識で懇願する。
「俺はいいけどさ・・・、周ちゃんには手、出すなよ・・・・・・?」
その言葉に、ベッドに横たわらせシャツのボタンを外していた跡部の手が止まった(なお千石は先ほどの宣言通り、泣く泣く2人を見守っているだけである)。
僅かな苦笑。それは、こんな時でも人の心配ばかりする佐伯への愛おしさか。
「安心しろ。出せって言われたって出さねえよ」
「出したらすっげー怖そうだしね」
「なら、いいや・・・・・・」
薄く微笑み、佐伯が長い息を吐いて力を抜く。気を失ったように見えるが、ただ体の強張りを解いただけのようだ。
「てめぇもまた・・・・・・」
苦笑をさらに大きな苦笑いに変え、跡部がサラサラの銀髪を掻き上げる。特に意味のない呟き。意味があったとしても、それが判明する日は―――永遠に来ない。
『いいやよくないよ』
外から聞こえて来た第4の声。跡部と千石が横目で見やり、佐伯が目を見開く。その声は、もちろん彼ら全員よく知るものだった。
どごん!!
(今度は)カギのかかった扉が外側から吹っ飛ばされる。蹴り開け入って来たのはもちろん―――
「周ちゃん!?」
ベッドからがばりと身を起こそうとする半裸の佐伯。見て、不二の目がさらに強く引き絞られた。
「全く。嫌な予感がしたから途中で切り上げて戻ってきたけど、来てよかったよ」
目を閉じため息をつく。もちろん跡部と千石に対する牽制なのだが、佐伯は別の捕らえ方をしたらしい。
「ご・・・、ごめん、周ちゃん・・・・・・」
元はといえば、不二の言い付けを守らず扉を開けた自分の責任だ。『絶対だよ?』と13回も釘を刺された以上、何かあるのだろうと警戒していれば防げた事態だ。
跡部に組み敷かれたまま俯き謝る佐伯に、強張っていた不二の顔が自然とゆるんで―――
―――千石の上げた手に、再び強張った。自分になにかするためではない。あれは跡部への合図。
「いいよ跡部くん、続けてて」
軽く手を振り先を促し、壁にもたれて見物していた千石が身を起こし不二と対峙した。
「何? 千石。邪魔する気? なら―――容赦はしないよ」
端的に告げられる滅殺宣言。だがそれを聞いても千石がどく事はなかった。いつも通りのクセ者の笑みで、全く関係のない事を言ってくる。
「ねえ不二くん、君サエくんとどこまでいった?」
「何を―――」
「優しく優しく愛でるのもいいけどさ、
―――ああいうのも、よくない?」
親指と視線で指し示される先には、ベッドで揉め合っている2人の姿が。
「ちょ、ちょっと跡部待てよ!!」
「何だよ。さっきいいっつったじゃねえか」
「今とさっきとじゃ事情が違―――うあっ!!」
両手を絡め、片や身を起こさせようと、片や寝させようとする。しかし単純な力比べとなる上体勢的にも跡部が圧倒的有利。両手を顔の横に押し付けられ、さらされた首や肩、胸などに唇を落とされ舌を滑らせられ。
「あ・・・、止め、ろ・・・」
濃紺の瞳に涙を浮かべ、しかし洩れ出す声は言葉とは裏腹に気持ち良さそうで。あるとすれば、跡部にではなく彼に与えられる刺激でヨガる自分に対する嫌悪感か。
「周、ちゃん・・・・・・」
小さな呟きにはっとする。こちらを見る佐伯。しかしそれは、自分に助けを求めているのではなく―――自分に見られている事を何より嫌がっている眼差し。
まるで自分を拒否されているかのようなその怯えた瞳は、
ムカつく一方で――――――そそられる。
千石を押しのけ、2人に近づく。跡部に拘束されたまま見上げる佐伯を見下ろし、
「あ・・・・・・」
口を落とし、キスを交わす。いつものように軽いものではない。唇を舐め、開いた口に舌を入れ、口腔を舐め、舌を絡め。
拙いながらも佐伯が合わせて舌を動かしてくる。『初めての事』に対する反応ではない。
口を離し、涙目の佐伯をなおも見下ろし―――
押さえたままの跡部に言う。
「前か後ろ、どっちか最初譲ってくれるんなら続けていいよ」
「ほお・・・。話わかんじゃねえか」
「え・・・・・・?」
会話の意味がわからずきょとんとする佐伯。彼はこの後、
――――――3人の手によって全ての『初めて』を奪われた。
※ ※ ※ ※ ※
「じゃ〜ね〜♪ サエくん、不二くん」
「佐伯! 明日の練習、ちゃんと出ろよ!」
「もちろんちゃんと出すよ。またね、跡部、千石君」
就寝時間もとうに過ぎ、十二分に佐伯を堪能した後それぞれの部屋に帰っていった跡部と千石。笑顔で手を振り、不二が部屋へと戻っていった。
部屋へ―――今だ佐伯の起き上がれない、ベッドへ。
「さてサエ」
ベッド1m手前でにっこり笑う。ベッドには誰がどこから持ち出したか手錠で繋がれた佐伯が、泣き疲れてシバシバする目でこちらを睨んでいた。
「どういうつもりだよ周ちゃん!!」
「どういう? もちろんお仕置きのつもりだよ。あれだけ言ったのに、なんでサエってば開けちゃったのかな? 僕の言った事、そんなに守りたくない?」
「だからあれは―――!!!」
こうして、佐伯は合宿の間中―――どころかその後もずっと、
3人の遊び道具として日々苛められ続けたのだった・・・・・・。
―――頑張れサエ! 歪んだ愛も君ならきっと3日で慣れる(無理)!!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
というわけで発見! アニメのサエの2.5枚目情けなさぶりは彼が総受けだと解釈すれば納得だ!!
・・・・・・などという理屈で本当に発生してしまったこの話。いや実際佐伯&不二vs乾&柳のあの試合は、サエが総受けに見えます。騙され弄ばれるサエと守ってあげる不二。ただし好きなキャラというより今まで千石と並んで2大攻だと認識していたサエの総受けは相手を選びます。なので2人落とされこの2人になりました(爆)。しっかし最近なんだかハマりそうだ跡虎。実のところウチのサイトで唯一攻め受け関係が逆転する事によってなんか変化の起こる2人だと思います彼らは。虎跡だとひたすらからかいまくる黒サエに突っかかりつつもちょっぴり甘える白跡部。跡虎だとひたすら攻めて頼もしい黒跡部に本格的に甘える白サエ(いやこの話では拒否られまくってますが)。別に性格が違うからといってどちらかがニセモノだという事もなく(というかそれならそもそも両方ニセモノでしょう)、ただちょっと付き合い方が変われば接し方もそれに応じて変わるでしょうし、それは現実でもごく普通に起こりうる事ですし・・・・・・と言い訳めいたものを並べ立てる時点で私が一番ニセモノくさいと思ってるのでしょうが。
それはともかくサエ受け。書くとすれば相手は跡部限定でしょうが、原作では見た目が、アニメでは態度が、めちゃめちゃ受け的要素を発揮しているような気がする今日この頃です・・・・・・。
しかしやべぇ・・・。苛められるサエ・・・。考えてて楽すうぃ〜vvv(大興奮)
2004.6.4