消火用ホースの下にあったもの。それを眺め―――
「俺、犯人わかっちゃったかも・・・・・・」
Jr.選抜合宿的傷害事件!!
「あ〜やっぱわっかんねーなあ」
「ま、仕方ないっしょ。一旦戻ろっか」
宍戸と千石の言葉に神尾除く一同が頷く(特に切原)。明日からはさらにきつい練習が待っている。はっきりいってさっさと寝たい。事件も重要ではあるが、被害者本人が捜査拒否をしているのだ。これで他の者にやる気が出るワケがない。
ゾロゾロと戻りかけたところで。
「―――切原さん!」
「ん?」
階段の上にいたリョーマが、いきなり大声を上げてきた。振り返る切原の前で軽やかに階段を駆け下り、
「いてっ!!」
懐に入り込み、顔に張られたバンソウコウを一気に引っぺがした。
「何しやがる越前!!」
「お、おい越前・・・!!」
驚く一同を他所に、リョーマはカサブタの出来かかった傷をじっと見て・・・・・・
「・・・・・・な、何だよ」
至近距離で見られ、切原も怒りを引っ込め眉を顰めるだけだった。それがいきなりのワケのわからないリョーマの行動に鼻白んだためなのか、それとも大きな瞳で上目遣いを向けられ照れたためなのか、それは誰にもわからない―――ついでに誰にとってもどうでもいい事だが。
ひととおり『検証』を終え、
「ふ〜ん・・・・・・」
「どうしたんだよおチビ?」
小さく頷くリョーマに、誰もが首を傾げる。しかしそれには取り合わず、リョーマはリョーマで勝手に話を進めていった。
切原をひたと見つめ、
「切原さん。
―――そろそろ真相話してもらえません?」
『な・・・!?』
爆弾発言に一同が驚く。驚くしかないだろう。リョーマのこの物言い、これは暗に『真犯人はわかっている』と言っているようなものだ。
「どういう事だよ!?」
「越前! お前真犯人わかったってか!?」
このような場合の例に洩れず、数秒の沈黙の後騒ぎ出すその他ギャラリー。そしてこちらもこのような場合の例に洩れず、切原は冷静に鼻で笑った。
「へっ。何のことだよ」
・・・・・・このような反応を示すのはむしろ犯人の方ではないか、とも思うが。
どちらにせよリョーマにはさしたる問題ではなかったらしい。軽く肩を竦め、
「じゃ、勝手に進めさせてもらいます。
―――おいで! カル!!」
『え・・・!?』
階段の上へと呼びかけたリョーマに、それを知っているかもしれない青学メンバーは大きく声を上げた。
「お、おい越前! 今お前なんて言った!?」
「『カル』ってもしかして―――!!」
が、それにリョーマが答えるよりも早く。
ちりんちりん
可愛い鈴の音と共に、先ほどのリョーマ以上の軽やかな足取りで『それ』が降りてきた。
リョーマの肩の上に飛び上がる『カル』―――彼の愛猫のカルピン。手で柔らかな毛を撫で、問う。
「切原さん・・・、階段から落ちる前、こういうのに遭遇しませんでした?」
『あ・・・・・・!』
言われ、誰もがようやく気付いた。切原の顔の傷、神尾に殴られた(仮定)にしてはそのほとんどが切り傷だ。階段転落中についたのかとも思われたが、よくよく考えてみれば転落中の傷ならそれこそ擦り傷やアザだろう。それに極度の集中力に関しては真田にお墨付きの切原。打って一番危険な顔や頭をさらしたまま転がり落ちるか? その証拠に、その辺りを庇いまず最初に傷付く筈の腕や脚はほぼ無傷だった。
「勝手にコイツ俺の鞄入ってついてきたらしいんスけど、バスに飽きて着くなり逃げ出しちゃったみたいで。どこ行ったか捜してたんスよ」
のんびり続けられるリョーマの解説を聞き流しながら、全員の頭の中でパズルが組みあがる。
「え・・・? じゃあ―――」
「つまり事件の真相って・・・・・・」
「―――たまたま階段上でその猫と遭遇した切原、その可愛さに撫でようと腰を屈めたところで飛びかかられ、勢い余って転落・・・・・・?」
気まずい空気が落ちる。どうりで切原が真相を隠そうとしたワケだ。恥ずかしすぎる。あの立海大2年エース、『赤目の切原』と恐れられるあの切原が―――!!
―――猫に夢中になって挙句負けたとなれば。
「し、知らねーよンなの!!」
切原が否定する。外方を向き、苦虫を噛み潰したような表情でしかも即座に。
「・・・・・・・・・・・・決定・・・みたいだね」
何とも言えない半端な笑みで頬を掻く千石の言葉に、気の抜けたギャラリーらがはああああ〜っと魂まで抜けそうなため息をついた。
「くだらない・・・」
「馬鹿馬鹿しすぎ・・・・・・」
「ダセえぜ。激ダサだな・・・・・・」
「それで疑われた俺達の立場って・・・・・・・・・・・・」
誰の呟きにだろう。誰のでもいいのだが、それではっ! と気付いた堀尾と神尾が抜けかけた魂を取り戻し声を上げた。
「じゃ、じゃあ俺の見た人影って!?」
「そうだぜ!! そこからそもそも俺が犯人扱いされてややこしくなったんじゃねえか!!」
それもそうだ。確かに堀尾のあの発言がなければ、(このような真相はともかく)『事故』という線も充分に考えられた筈だ。たとえ事前に神尾との争いがあったとしても、鳳の言葉にあった通りスポーツマンの暴力はNG。逆ならともかく(暴言)スポーツマンの塊っぽい神尾が突き落としたとは思いがたい。
「もしかしてそれおチビだったり!?」
「それはないっスよ英二先輩! そん時越前ずっと俺と一緒にいたし」
「確かに。俺が切原の居場所を尋ねに行った時も、越前は桃城と部屋にいた」
桃の言葉に梶本が頷く。証人2人に、一番高い可能性はあっさり潰された。
と―――
「ああ、その人影だったら多分不二先輩」
『へ・・・・・・?』
間抜けな声が広がる。なんでそこでその名が登場するのか。
「つまり、この間の仕返しとして今どさくさに紛れて恨みを晴らそうと?」
「いや英二・・・。それはさすがに不二に失礼だろ・・・・・・」
人差し指をぴっと立てて推理する英二の肩を叩く大石。さりげにその後ろで試合を見ていたリョーマ除く全員が「違うのか・・・?」と首を傾げていたりするのだが。
「じゃなくて。カルが勝手についてきた、って話したでしょ? みんなに言おうかどうしようか悩んだんスけど、ペット禁止だろうしあんまり騒ぎになっても仕方ないからい言わなかったんスけどね。
それ家からメール着て気付いたんスけど、それが着替え中でたまたま近くにいた不二先輩が俺の様子に気付いて何かあったのかって聞いてきたんスよ。カルの事不二先輩も知ってるし、『じゃあ僕も捜してみるよ』って言ってきたから頼んだんスよ。
―――で、今電話で確認したらやっぱあの時ミーティングの後それっぽいの見かけて、追いかけたんだけど見失ったみたいっス」
「それが―――」
「この辺り・・・?」
「そうっス」
こっくりリョーマが頷く。
「んじゃあ・・・・・・あっさりあの人が俺見捨てたのって・・・・・・?」
ボソリと切原が尋ねた。どうやらこの様子では、落下しながらも走ってきた不二を見ていたらしい。
((やっぱ落とした・・・?))
誰もがそう結論付けようとするが・・・
「ああ。先輩目ぇ悪いんスよ。しかも暗かったし。何か落ちたような気もするけど、とりあえずカル追う方が先かな、って事で。ついでに通り過ぎてから転がり落ちる音が聞こえたそうっスよ」
「結局それで引き返さないんだ・・・・・・」
「つーか、『気がする』んならとりあえずそこで止まれよ・・・」
「猫追う方が先なんスね・・・・・・」
「もしかして不二って・・・、無差別で殺意抱いてる・・・・・・?」
英二の0%冗談に・・・
・・・・・・場は完全に静まった。
* * * * *
そんなこんなであっさり幕切れとなった『Jr.選抜合宿傷害事件』は・・・・・・
((お願いですから『Jr.選抜合宿無差別猟奇殺人「事故」』にはなりませんように・・・・・・))
そう竜崎班の全員の胸に抱かせる、極めて後味の悪い事件となったのであった・・・・・・。
―――猟奇殺人なら不二先輩よりむしろ千石さんかサエですか!?
はい。6/9のアニプリ第137話『疑われた仲間』よりでした。こんな真相だったら本気でイヤです。しかし猫と戯れる切原・・・。海堂よりはまだ可愛い代物になるのか・・・(それこそ暴言)?
そしてこの話、最初はちょっぴり不二リョテイストを含んでおりました。なので着替え中のリョーマと一緒にいたのが不二です。そう、それだけのはずでした。決して彼に猟奇殺人とかやって欲しくて出したのではないハズでした! 敗因は、よくよく考えてみたら橘経由で切原が無理矢理アプローチをかけるしかない切原vs神尾より、切原vs不二の方がよっぽど因縁あんじゃん! と気付いたのが1つ。そして2つ目はもちろん猟奇殺人。危ねえ・・・。『呪殺』だったら絶対不二先輩の得意分野じゃん・・・。ただし不二先輩、理由なく人は殺さなさそうだ。やはり理由も動機もポリシーも意思も何もなく人を惨殺出来たそうなのは千石さんかさもなければサエ・・・・・・。
以上、せっかくの竜崎班メインの話なのに千石さんが一言足りとも話してくれなかった悔しさをバネに、千石さんの台詞辺りをむやみに強調したこの話でした。
2004.6.12