視力検査
初っ端班分けされて以来班ごとに動く事の多い合宿メンバー。なぜか今日は全員同じ場所に呼び出された。
「皆さんの対戦するアメリカ選抜メンバーたちの資料が揃いました」
という名目で渡された資料。数枚つづりのそれを各々読む中で・・・・・・
「ん・・・・・・」
跡部が小さく呻き声を上げた。
「どうかしたかしら? 跡部君」
「いえ・・・」
目ざとく聞きつけた華村の問いかけに、いつものはっきりシャキシャキさはなりを潜め、曖昧に答える。
なおも問を重ねようとした華村をきつい視線で追い返し、跡部は改めて資料に目を落とした。
目を落として・・・
(クソッ・・・。読めねえ・・・・・・)
―――念のために言っておくが、決して跡部が文字を読めないほどバカなわけでもアメリカから取り寄せた資料だからと英語で書かれているわけでもない。だとしたらむしろ跡部は平然と読み、周りの一同がこう呟くはずだった。
細めた目を何度かしばたたかせ、さらに細くしたり逆に開いてみたり。資料も寄せてみたり離してみたり。
「チッ・・・」
練習で疲れているからだろう。目の焦点が合わない。小さく舌打ちし、筆記用具と一緒に持ってきていたケースに手を伸ばし―――
「跡部ダメぇ!!」
「―――!!」
隣から大声で叫ばれ―――ついでに隣から猛烈な勢いでタックルを食らい―――跡部はイスから転がり落ちた。
怒鳴り声と、パイプイスの倒れるやかましさに全員の注目が集まる。
その中心地で。
「・・・・・・何しやがる、不二」
ぱたぱたと埃を払いつつ(ついてはいないが)起き上がった跡部が、隣に座っていた不二に軽い拳骨を落とした。
痛みはもちろん与えていないが、それでも不二は一応頭を両手でさすりながら言ってきた。
「今跡部何しようとした!?」
「ああ?」
首を傾げる。
「何・・・って、そりゃ―――
―――よく見えねえから眼鏡かけようとしただけだろ?」
なんでそれで吹っ飛ばされたのかはわからないが。
本気で疑問なのか、跡部が素できょとんとする。もしもこれをしたのが他のメンツならば、言い訳も聞かず起き上がりざま蹴りだの殴りだのを入れているだろうに。
それはそれで珍しいのだが、
「跡部って・・・」
「眼鏡かけてたのか・・・?」
周りの驚きはむしろこちらにあった。氷帝生ですら呟いている時点で、本気で誰も知らなかったらしい。
周りにじっと見られ―――
「一応言っとくが、近視でもましてや老眼でもねーからな」
「いや老眼は思わねーけど・・・」
「じゃあなんでかけてんスか?」
切原の質問に、
なぜか暫しためらい・・・・・・。
「遠視だからだ。テニスやってる時ゃ別にいいがこういう風に何か見るって時、時々よく見えねーんだよ」
「ああそれでか・・・」
宍戸が軽く頷いた。どうりで部誌などを書く際やたらと跡部がイスの高さを上げ机から離していると思ったら。
「てっきり自分の脚の長さ自慢してんのかと思ったぜ・・・」
その言葉に忍足と鳳も大きく頷く。それはいいとして。
「でも遠視なんて珍しいな」
今度は大石の質問。もちろんここに悪意はない。が、
なぜかためらいがさらに長くなる・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・小せえ頃事故ったんだよ」
「事故・・・・・・」
いきなりのヘビーな話題に、場を沈黙が包む。訊いた大石も気まずげに俯き―――
「そうそう。不幸な『事故』だったなあ」
「てめぇのせいだ佐伯!!」
「はあ? 俺のせい? どこが?」
「てめぇが不二たき付けたせいで起こったんだろーが!!」
「たき付けたなんて人聞きの悪い・・・。俺はただ『跡部は運動出来るし絶対避けられるよ』って言っただけじゃん」
「顔面10cm前で花火やられて火花全部避けられるヤツがどこの世界にいやがる!? しかもよりによって不二にやらせんじゃねえ!! 火花両目とも入っただろーが!!」
「それで失明しないっていうのがすごいよなお前」
「そうそう。跡部くん絶対そこでラッキー全部使っちゃったっしょ」
「うっせえ!!」
跡部と佐伯の争いに千石まで加わる。なおこの『事故』が発生したのはまだ彼らが保育園にいた頃。当然その頃はまだお兄ちゃんべったりでその現場を一部始終見ていた裕太は今、彼らから必死に目を逸らしていたりする。
なおも一通りぎゃいぎゃいやった後―――
「―――で? 結局なんでお前はいきなり止めたりしたんだよ?」
ため息を付き、跡部が最初の話題に戻した。
振られ、不二が立ったままの跡部の腕を掴む。
掴んで・・・
「だって跡部カッコよすぎるんだもん! そんなの知ってるの僕だけでいいんだよ!!」
『・・・・・・・・・・・・はあ?』
このような力説に、2名除いて全員が目を点にした。力説した当人と―――力説された当人除いて。
跡部がふっと目の力を抜いて笑う。
口を尖らせる不二の頭をくしゃくしゃ撫で、
「バーカ。ンなの周りが知ったからってどうもなんねーだろ? どれだけの人間が俺様の事を想おうが俺が想うのはお前1人だけだ、周」
「景・・・・・・」
((うわあ・・・。バカップルー・・・・・・))
目の前で繰り広げられる何かに、全員が視線を逸らす。ダメだ。これ以上コイツらを見ているのは目の毒だ。
そうは思いつつも・・・・・・
(けど眼鏡・・・)
(跡部に眼鏡・・・・・・)
(合うような、合わないような・・・・・・)
(インテリっぽい、っていえばそれっぽいし・・・・・・)
(むしろサングラスの方が・・・・・・)
非常にそれが気になった。不二の意見はアバタもえくぼどころかアバタはアバタとして「そのアバタもカッコ良いよ・・・vvv」などと乙女モード全開(注:今時こんな乙女もいない)でホザきそうなので無視するとしても・・・・・・。
ちらりとそちらを見る。不二の説得には成功したらしい。現在、唯一本来の目的―――アメリカJr.の資料を見る―――を忘れていないであろう生真面目な彼は、立ったままケースに手を伸ばし眼鏡を取り出した。
銀縁真鍮何十万もする物件を取り出すのかと思いきや、以外にも細いフレームのごくありふれた物件。左手でそれを顔に持っていき―――
『――――――!!!???』
この瞬間、生徒教師関係なく全員が慄いた。ずざざっ! と驚きのあまり後ろに下がったりする者も出たほどだ。
不二曰くの、『カッコよすぎる』とか、そういった問題じゃない。
全員が驚いたのは―――
((イ・・・・・・『眼力[インサイト]』・・・・・・!!??))
そう。跡部が眼鏡をかけた仕草―――厳密にはかけた後鼻縁を指で持ち上げる仕草は、
・・・・・・どこからどう見ても彼お得意の眼力ポーズだった。
(な、なるほどなあ・・・・・・)
(あの一見ならず完璧無意味に見える動作って・・・・・・)
(どころか視界遮って邪魔そうにしか見えなかったのに・・・・・・)
(別にキメポーズとかじゃなくって、ただのクセだったのか・・・・・・・・・・・・!!)
(なぜ同じく眼鏡をかけていながら今まで気付かなかった・・・・・・!?)
室内なのに、夏なのに、なぜか寒い風が流れる。
呆然とする一同の前で、
「ほらやっぱ景カッコよすぎるからみんなぼーっとしちゃってるよ!!」
「アーン? ヤキモチか周? 可愛いじゃねーの」
「か・・・可愛いなんてそんな・・・・・・////
・・・・・・ってそんな事じゃ騙されないからね!!」
「クックック。まあいいじゃねーの。
お前しか知らねー事なんてまだまだいくらでもあんだろ? なんだったら今夜たっぷり教えてやるよ」
「も〜景ってば〜・・・////」
乾き、パサついたそれらに運ばれるバカップルの会話。
延々と続く、目の腐りそうなそれらからは今度こそ完全に体ごと背け。
「はい。資料は各自読んでおく事。以上。解散」
『ありがとうございましたー』
ぞろぞろがたがた・・・・・・
C C C C C
そして誰もいなくなった広間にて。
「やだ〜景。そんな近寄らないでよ〜vv」
「ああん? いいじゃねえか。邪魔者は誰もいなくなったしよ」
誰に対しても何も秘密にするつもりはないらしいバカップル2人は、いつまでもイチャイチャし続けていたという・・・・・・。
―――副題その1: 眼力の謎に迫ろう
その2: 視力を悪くする精神的要因
バカップルだ。こいつら完璧バカップルだ・・・。むしろ『ップル』いらねえ・・・。ただの『バカ』だ・・・・・・。
書きながらこれほどまでにパソコンをぶん投げたくなるのも珍しい、と思わず自分でも思えるほどのバカ・・・・・・ップルの話でした。おかしいなあ・・・。メインは眼鏡をかける跡部だったのでは・・・? ちなみに補足というかなんというか。正確には眼鏡をかける仕草で眼力にはなりません。やったならばまずレンズに指紋がつきます。実際に眼力の仕草になるのは疲れ目に目尻を押さえた際です(実話)。意識せずにやって、知っている友人に大爆笑されました。
では以上、一応『秘密』をテーマにしたかもしれないと言えなくもないかな〜とか思えたりしたりしなかったりする話でした(結局しないんかい・・・)。余談として、タイトルにちなんでこの話『目』のつく熟語が多いです。しかしバカップル。間近で見ていると本気で目が悪くなりそうだ・・・。
なお話中に出た花火の話。ノリは合宿ネタ8話目の『キケンナアソビ』です。彼らは幼い頃から無傷で何かを終えた経験はありません(不二除く。全員不二だけはちゃんと守るため)。
2004.6.18