切原君との問題は片付いたけど・・・
―――そうだ。私にはこっちが残ってた。
レモン
事件兼問題の解決したその夜。
「あ・・・・・・」
「よお、杏ちゃん」
たまたま部屋の外に出ていた杏は、偶然と言うかばったりと言うか、とりあえず不可抗力な感じで彼に出会った。
彼―――跡部に。
挨拶だけしてさっさと通り過ぎれば良かったのに、思わず止まってしまった。むしろそのつもりだったのだろう跡部が僅かに驚きつつそちらも足を止めた。
「えっと・・・・・・」
互いに止まったはいいが、だからといって止まってまでわざわざする事もなく。
気まずげに言葉を捜す杏に、先に見つけ出したのは跡部だった。
「そういやなんか問題あったんだって? 大変だったな」
からかうような口調。目元・口元・雰囲気、どれを取っても事情を知った上でからかっているのだろう。
杏がきっ! と顔を上げた。
「ええ。いきなり強くなった私たちには、よく思わない人は多いからね。
でもご心配なく。こっちは解決しましたから」
「『こっちは』?」
眉を寄せる跡部へと、
ふっと軽く笑ってみせる。
「あなたは人の心配以前に自分達の心配をしたら? 大変ね。関東で負けちゃって」
言って―――杏は口を押さえた。
(言い過ぎた・・・・・・)
売り言葉に買い言葉で何も考えずに言ってしまったが、関東で負けて、一番悔しいのは誰だ? 全国に行けるだけの実力は充分あったのに、なのにクジで最初に青学に当たったからというだけで。しかも彼は3年だ。もうやり直しはきかない。
瞳を大きく見開きかたかた震える杏。先ほどと違い、上げられない顔を前に。
跡部もまた軽く笑った。ただし口元を吊り上げてではなく、鼻から息を抜くように。
杏の横を通り過ぎる。通り過ぎざま彼女の頭をぽんぽんと叩き、
「そりゃ心配してくれてありがとよ」
「え・・・?」
振り向く。その先で、
跡部はもう、振り返る事もなく歩き去っていた。
・ ・ ・ ・ ・
明くる朝。
「どうしよう・・・・・・」
「え? どうしたの?」
重苦しく呻く杏に、今度話し掛けてきたのは桜乃だった。さらに朋香もまたじ〜っとこちらを見ている。
合宿メンバーたちより一足先に集まったマネージャーら。これから準備に入るのだが・・・・・・
(跡部さんに顔合わせにくい・・・・・・)
他に2班あるし、彼が属する華村班はずっと室内で筋トレをやっているようだから、後の人たちに任せれば接触する事はないかもしれないが。
(でもそんな理由で押し付けられないし・・・・・・)
などと思ったのだが、
―――心配は無用だった。
「そういえば杏、切原って人と仲直りしたんだって?」
「え・・・? あ、うん・・・・・・」
朋香の質問に曖昧に首を振る。跡部とのことですっかり忘れていたが・・・
(もしかして私って、合宿中トラブル起こしてばっかり・・・?)
ちょっぴり落ち込む杏を無視し、朋香がにや〜っと笑った。
「んじゃ決定! 杏は今日は竜崎班の専属担当!!」
「え・・・?」
「ちょ、ちょっと朋ちゃん・・・。それは・・・・・・」
「何よ。せっかく仲良くなれたんだから、もっと関係深められるようにするのがスジってもんでしょ?
それでいいわね? ホラ決定!!」
「朋ちゃ〜ん・・・・・・」
強引な朋香の進行。誰も全く口を挟めなかったが、
杏はにっこりと笑った。
「うん。いいわよ」
・ ・ ・ ・ ・
が、
世の中なぜか上手く行かないものである。
「なんで・・・・・・?」
コートの事前チェックのために向かった杏。そこに1人こっきりでいたのは、
―――一番会いたくない人物だった。
コートでサーブの練習をしていた跡部。周りに気を配るタチなのか、それとも練習をしながらも実は集中していなかったのか、呆然とした杏の呟きに即座に反応した。
「なんだ。またお前か」
「っていうか、何やってるの? 朝から。まだ練習開始じゃないでしょ?」
「ああ・・・・・・」
「ああ、って・・・・・・」
杏の指摘にようやく気付いたかのように、跡部がぼんやりと上を見上げた。
「大した事じゃねーんだけどな。
ただ合宿中ずっと筋トレとかの基礎ばっかだったモンでな。元からそれで慣れてるヤツはいいんだろうが、生憎とずっとラケット握ってねえと感触忘れそうだったからな」
「へえ・・・・・・」
話で聞く限りでは、確か華村班は短期間での身体作りを目指し、3班の中でも最も練習がキツい筈だった。もちろんそれで彼が果てるわけもないだろうが。だとしたらまず他の者が逃げ出しているだろう(イメージとして彼は最後まで弱音は吐かないだろう)。
それを足りないとさらに自主練まで加えるとは。
「もしかして・・・。
―――昨日私が言った事気にして、とか?」
オズオズと問う杏。一瞬きょとんとして、
「バーカ」
跡部は笑いながら杏の頭をこつりと叩いた。
「ンなワケねーだろ? 生憎とンなの気にするほど神経ヤワにゃあ出来てねーんだ。
おらおら。準備あんだろ? さっさとやれよマネージャー」
「ってもう!! 私本気で気にしてたんだからね!」
「ほお。そりゃどーも」
手早くチェックを済ませ、コートを去る―――
―――前にもう一度振り向いた。
今度はまるで杏の存在など完璧に忘れたかのように練習に打ち込む跡部。トスを上げ、サーブを打ち・・・・・・
「キレイ・・・・・・」
一連の流れる動きに、杏はそう呟いていた。彼のテニスする姿を見た事は確かにあった。初めての時は樺地に任せきりだったが、対手塚戦の時は自分も間近で見ていた。だがあの時は、一人一人の動きなんていう事よりも、試合そのものに呑まれた。
改めて見る。自分もテニスを齧っていて、だからこそわかる。ひとつの完成を見たその動きを。
才能もあるのだろうが、それ以上に努力の賜物であろうその動きを。
何気なく打っているというのに、それですら自然と完成形になってしまう。無意識下にまで刻み込んだ証。
刻み込むほど―――練習してきた証。
今までのイメージが崩れる。彼は今の彼となるために、こうしてどれほど努力を積み重ねてきたのだろう。
(ホントに、悪い事言っちゃった・・・・・・)
謝りたい。気まずいからとかじゃなくて、本心から。
思い―――
「―――あ、そうだ♪」
杏は急いで身を翻した。
まだ練習開始には時間がある。先ほど接したとおり、跡部の性格ではやる事すら済ませず謝りになどいったらそれこそ怒るだろう。
・ ・ ・ ・ ・
ふーっと一息つき、
跡部は吐く息と共に呟いた。
「そろそろ朝メシの時間か・・・・・・」
・・・・・・一応念のため言っておくが、彼は別に食い意地がはっているわけではない。朝食後班ごとの練習があるからだ。とすれば、早めに朝食を終えたものがそろそろ出てくるかもしれない。
コート上に散らばったボールを片付け、ベンチにおいておいたバッグに手を伸ばし―――
「はい。お疲れ様v」
いつからそこにいたか、ベンチ脇に立っていた杏がタオルを差し出してきた。
「ん・・・? ああ、ありがとよ」
受け取り、首に掛け、顔を拭き―――
「んで、てめぇは何やってんだ?」
「ん? 私?
準備が終わったから、一応『マネージャー』らしく選手のお世話を」
「・・・・・・てめぇの方がよっぽど気にしてんじゃねーか」
呻く跡部。それがどれに対して向けられたものなのかはわからないが、
杏はにっこり笑って跡部の方に手を伸ばした。そこに握ったものごと。
ぷしゅっ―――!!
「うわ痛てっ!!」
手の中で絞られたレモン。飛沫が目に入ったか、跡部が2・3歩下がりタオルを顔に押し当てた。
「あはははははは!!」
「何しやがるてめぇ!!」
掴みかかる跡部の、紅くなった目をじっと見つめ―――
「ごめんなさい」
杏は、ゆっくりと謝った。どれに対してなのか、それははっきりさせずに。
だが彼ならばわからなくもないだろう。いや、同じ手を使った者ならば。
跡部の動きが止まる。
襟から手を――――――離さず。
「え・・・・・・?」
両手で掴んだ襟元を引き寄せる。
殴られるだろうか、そう覚悟した杏だったが・・・
「――――――っ!!??」
襲ってきたのは痛みではなかった。唇への優しい感触。そして―――レモンの酸っぱさ。
「!? !? !?」
言葉もなく後退る杏。唇を押さえる彼女に、
「ま、本気で謝りてーんだったらこの位の『誠意』は見せろよ、杏ちゃん」
にやりと笑い、跡部はバッグを肩にかけ昨夜同様一切振り返らず歩み去っていった。
「・・・・・・・・・・・・ってちょっと待ちなさいよ!!」
・ ・ ・ ・ ・
後日談だが。
「杏!! アンタあの跡部とキスしたってホントなの!?」
「え!? な、なんでそれを・・・!?」
「コートに行った竜崎班のみんなが見てたのよ!! ホラ!!」
「あ、杏ちゃ〜ん・・・・・・(泣)」
「あ〜残念。俺狙ってたのに」
「橘妹が・・・。跡部さんと・・・・・・!?」
「失恋っスね、桃先輩」
「さあ! 証人はばっちり!! 白状しなさい!!」
「あ、あれはただの事故で・・・!!
―――っていうかお願いだからここで話広げないで・・・!!」
「へ〜何々? 君跡部とキスしたってホント?」
「らしいで。宍戸と長太郎の話やとわざわざコートでやりおったんやと」
「やるじゃないか跡部」
「何で他の班の人まで・・・!? その話どこまで広がってんのよ!?」
「クッ。当然だな」
「跡部さんまで!! 否定してよお願いだから!!」
こうして、以降合宿所は跡部×杏応援派と反対派で争う事になったのだった。・・・・・・つくづく娯楽の少ない一同である。
―――そこがオチかい!!
よし! 合宿開始から書きたいと思っていながらなかなかネタが浮かばず書けなかった跡杏話。本日のアニプリで跡部がメインとなる上、アニメのHPではストーリー紹介として本気で跡部が一人自主練をしているなどという話を持ち出されれば書かないワケにはいくまい!! と急遽上げてみました。しかしおかしいなあ。本当ならキスしてどきどき、2人の初恋話になる筈だったのに・・・、なぜこんな変なギャグオチに・・・? まあ理由はオチのない恋愛話が書けないからなだけなのですが(なおバカップルは存在自体が既にオチだと豪語)。
では、なおラストで話した一同は朋香ともちろん杏、さらに神尾・千石・桃・リョーマ・サエ・忍足・不二そして跡部でした。よし! 3班全部制覇したぞ!
ちなみに、朋ちゃんはあくまで青学視点なので切原の事も跡部の事もあまりよく思ってなかったりします。なので凄まじく失礼な物言いのオンパレード。しかし杏ちゃんの口調がこれまたわからんなあ・・・・・・。
2004.6.30