ちっちっちv
「へえ・・・。気の利いた合宿所だなあ。浴衣まであるよ」
風呂上り。笑って浴衣を広げる佐伯に、
「そりゃよかったな」
跡部は僅かに目を細めるだけで答えた。
「ってお前反応薄・・・」
「ああ? 他になんて反応すりゃいいんだよ」
「もうちょっと何かあんだろ?」
「ねえよ」
「・・・・・・・・・・・・。
まあいいけどさ」
空白ほどは気にする事もなく、跡部から背を向け佐伯は浴衣に腕を通した。
跡部の機嫌が悪い事はわかっている。理由も含めて。
どうせ―――
(一緒の班になれなかったからだろ? いいじゃん。一緒の部屋になったんだからさ)
これはかなり喜ばしい事だ。『ラッキー千石』のクジ運に感謝すべきだろう。
(尤も、俺は俺で周ちゃんの相部屋当ててやったんだから公平[フィフティーフィフティー]だろうけど)
一応部屋割りは厳選にクジで決められる。ただし引いてから交換するのは公然の秘密だった。この程度のイカサマは許容範囲だろう。
(要は練習に影響さえ及ぼさなければな)
帯を絞めながら、ちらりと後ろを見やる。影響を及ぼしそうな人。
見るだけ見て―――佐伯は肩を軽く竦めるだけだった。
(ま、出たところで困るのは華村班だけだしな。別にいっか)
浴衣に隠れる後姿。髪色といい顔立ちといい、明らかに日本人離れしているクセにこういったものが似合うのは、コイツは何を着ても様になるから・・・・・・などという歯の浮く寝言はどうでもいいとして、単純に着慣れているからだろう。実際着るための一連の手順に危なさはどこにもなかった。
今日1日分を取り戻すように、じっとそれを観察する。
(ったく何で俺様がわざわざンな所に出向いてやったと思ってんだ・・・!!)
アメリカJr.との交流試合? だからどうした? そんなのに参加してやる義理はない。
日本代表? どこがだ。関東圏しかいねえ上に明らかに人選偏ってんじゃねえか。
強化合宿? それこそ何の意味がある? 結局はただの馴れ合い、こっちはこっちで『日本交流』でしかないんだろ?
つくづくウンザリする。こんなものに参加する気はなかった。適当に理由でもつけてジロー辺りに押し付ける気だった。
参加したのは―――
―――目の前のコイツもまた、代表に選ばれたからに過ぎない。
(ってのになあ・・・!!!)
頬を引きつらせて呻く。青筋の1本や2本立ったかもしれない。
(クッソ・・・! 班制だなんて聞いてなかったぞ!? こんな事なら榊でも買収しときゃよかったぜ・・・!!)
普段は尊敬すべき顧問も、彼の前にあってはただの役に立たないオヤジである・・・。
「どうだ?」
振り向く佐伯。袖を軽く持ち上げ、冗談めかしてはにかみ笑いをする姿に。
跡部はもたれていた壁から身を起こし、一気に彼との距離を詰めた。
「―――っ!」
軽く驚き反射的に身を引こうとする佐伯の腰を抱いて、開かれた唇を重ねて。
1日お預けを喰らった仕返しにと、舌をねじこみ思う存分堪能する。
抱えた腕の中で、
「・・・・・・で、何するんだよ」
疲れた声色ながらもはっきりと佐伯はそう尋ねてきた。肩を落とし半眼で見上げてくる様子からするとむしろ『突っ込んで』か。
「いいじゃねえか。どれだけ我慢したって思ってんだ?」
「だからってこんないきなり―――んっ」
後半は喘ぎ声に掻き消された。
「う・・・あ・・・。は、あ・・・・・・ん・・・・・・」
浴衣の裾を割かれ、中のものを下着越しとはいえ揉み解されて。
肩に置いた手に頭を乗せて、顔を背けながらも気持ち良さそうにゆっくりと嬌声を吐き出す佐伯からあえてすぐさま手を離し。
「ほらな。てめぇだって我慢してたんじゃねえか」
その言葉に―――
佐伯は無言のまま跡部ごと後ろへと倒れこんだ。
柔らかいベッドの上で1度ぼすんと跳ねる。
反動が完全に収まって。
見上げる佐伯の顔には、先ほどの甘さなど微塵もなかった。
にやりと笑い、言う。
「観月いらないからトレードでやるよ」
「んで代わりに俺に来いってか? いくらなんでも安く見られ過ぎじゃねえ?」
「なら真田とセットで」
「それならいいぜ。けどンな事やったら千石が怒んだろ。自分だけ班違うってな」
「んじゃこんなのでどうだ? 周ちゃん竜崎班にあげて、代わりに切原か、桃城か、神尾か、鳳か、それとも越前か。まあ誰でもいいけど『後輩』もらう」
「それで?」
「お前がちょっとでもそっちに注意払ったら即刻かかと落とし決定。要はお前のメンタル育成だな」
「バーカ。てめぇ以外にゃ注意なんぞ払わねえよ」
「さあ。どうだかな?」
くつくつと笑う佐伯。減らない口を塞いで止める。
さらりと下からする音。先ほど割ったところから足を出してきた佐伯が、逃さないとばかりに立てた膝でこちらを挟み込んできた。
それとは裏腹に、実に楽しそうな表情で。
「じゃあ代わりに俺がウワキでもしてみよっかな?」
「させねえよ」
言い放ち、密着するほどに体を落とす。佐伯もまた首に手を絡めてきて、三度キスをして―――
がちゃ。
「わ〜いサエ・跡部遊びに来たよ〜vvv」
「入れてね〜♪ って勝手に入ってるけど・・・・・・
・・・・・・って」
場が、硬直する。
「周ちゃん・・・・・・。千石・・・・・・」
「えっと・・・・・・、
もしかしなくってもタイミング悪かった?」
「ああ・・・。最悪だな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・。
お邪魔いたしました」
がちゃん。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺もう周ちゃんに顔向け出来ない」
「・・・・・・・・・・・・。そりゃ大変だな」
「ってどーすんだよ!! 明日からだって会わなきゃいけないんだよ同じ班なんだから!!」
「俺が知るか!! だったら本気でトレードすりゃいいじゃねえか!!」
「出来るワケないだろ!?」
「てめぇなら出来んだろーが!! どうせまた弱みでも握って脅迫するつもりだったんだろ!?」
「『また』って何だよ『また』って!! せいぜい12回位しかやった事ないだろ!? しかもそういうのは大抵弱者相手にだ!! コーチになんてやったら後々立場悪くなるだろうが!!」
「とりあえず榊に関しちゃやったところで問題ねーだろ」
「そういうんだったらお前買収して来いよ。どっちにしろ総監督が竜崎先生な以上あの人どうにかしないと・・・・・・
―――ああそうだ」
「あん? 何か思いついたってか?」
10cm上で眉を顰める跡部。さらに詰め寄ろうとする彼の唇を人差し指で押して止め、
「ま、詳しくは今後のお楽しみ、ってな」
一方閉じた扉の外では。
「あ、あ、あ、あの・・・今・・・・・・、
サエと跡部って・・・・・・////」
ようやく硬直状態から脱した不二が、真っ赤な顔を両手で包んでいた。
(あ〜ちょ〜っと不二くんには刺激強すぎちゃったかな〜・・・・・・)
不二にとって恋愛というのはまだまだ思考の範囲外のものであるし、それに彼にとってかの2人は『優しいお兄ちゃん』である。それがいきなり―――ABすっ飛ばしてCまで行きそうなのを見せ付けられればショック状態に陥るのも当然だろう。
(でも、まあ・・・・・・
――――――見た目良くってよかった・・・・・・)
一方、額の汗を拭いほっと一息つく千石。彼が思ったのはそこだった。
『可愛い子』なら年齢・性別問わず好きな自分。自身も(片想いとはいえ)そうである以上同性間における恋愛―――早い話がホモ―――に対して偏見は持たないが、
――――――ムサい男同士のそんなシーンを見せ付けられていたら、さすがにその場で殲滅を誓っていた。
そして実のところ、不二が混乱する程度で済んでいるのもその辺りが関係しているのだろう。それこそ『ムサイ男同士』だったら全ての思考を放り出し人間不信に陥っていただろうし。
芸術的なまでに高められた2人の美に万歳。
「ね、ど、どうしよう千石くん・・・。僕・・・、なんかすっごくドキドキしてんだけど・・・・・・」
(ってそんな困った声で言われてもねえ・・・・・・)
自分のほうが『どうしよう』だ。ヤバい。今見せ付けられたシーンに興奮してる。
引き攣る笑顔でなだめようとして、
「――――――っ!!??」
(ををををををををををををっ!!!???)
振り向いた先にあった光景に、今度こそ完全に千石の理性は吹っ飛んだ。
自分の袖にぎゅっとしがみつく不二。うるうると涙目で見上げる彼の足元を見やると、恥ずかしそうに膝をすり寄せていて・・・・・・。
千石の笑みから、引きつりが消えた。
100%不審さのない怪しさ大爆発の爽やか笑顔を浮かべ、不二の肩を優しく抱いて促す。隣の部屋。自分達の部屋へと。
「まあ、いつまでもこんな所にいてもしょうがないよ。とりあえず部屋戻ろ? ね?」
「・・・・・・うん」
と、部屋に戻った千石と不二。開けた扉から先に不二を入れ、千石は入る前に顔だけ隣へと向けた。
心の中で隣の部屋の友人たちへと礼を送る。
(ありがと〜vv サエくん、跡部くんvvv)
v v v v v
かくて。
竜崎班では切原傷害事件により内部分裂が発生、事件そのものは杏の自白により片付いたが、その間の心的疲労により竜崎は入院する事となった。
代わりに総監督を引き受けたのは榊。竜崎班への代理監督は手塚。
手塚の登場により刺激を受けた跡部と真田が試合をし、決着はともかく2人ともその実力よりJr.メンバー入りが決定した。
決定して・・・・・・その時点で合宿から強制退場を食らった。
「何!? どういう事だ!!」
「『何?』って・・・、そりゃこの合宿、『強化』なんて付いてるけど実質メンバー選びのためだろ? つまりメンバーに選ばれた時点でお前がここいにいる意味はもうないってわけだ」
「ははっ。お疲れ様跡部くんvv」
「ぐっ・・・・・・!」
「んでもって、跡部くんと真田くんが消えた―――じゃなくっていなくなった時点で、榊班と華村班が8人、竜崎班が10人。明らかにウチの班が多い。
―――というわけで人員一部変動。なので梶本くんは華村班へ、俺は榊班へれっつごー!!」
「よし来い千石。榊コーチの許可はしっかり取れてるからな」
「おおっ!? さっすがサエくん!!」
「ちょっと待ててめぇら!! まさか今回の一連の騒動ってのはてめぇらが―――!!」
何か言いかけた跡部の唇を、再び佐伯が塞ぐ。
塞いで―――綺麗に微笑んだ。
「世の中知らない方が良い事っていうのは多いんだぞ、跡部」
「そうそう。例えば杏ちゃんけしかけて切原くんに向かわせたのは誰だとか、全部竜崎先生にチクったのは誰だとか、外部の人間じゃなくて手塚くんを代理監督にしたのは2人が試合をしやすいようにするためと手塚くんだったら言う事を聞かせるのは簡単だからだとか、榊コーチはもとより華村コーチも梶本くんをエサに買収済みだとか、そんな事は知らなくていいんだよ?」
「全部てめぇらの仕業かああああ!!!!!
大体佐伯!! 千石はともかくてめぇどういうつもりだ!! 俺様追い返しやがって!!」
びしりと指を指す跡部。
その先で、佐伯はにっこりと微笑み、
「よくよく考えたんだ。確かにああいうのを見られて周ちゃんには顔見せがしにくい。でも仮に今回は何とかイイワケとかして許してっていうか、何とかしてもらったとしてもだ。まだ合宿が続く限り何度でもそんな事は起こりうる可能性がある。
というわけで原因から排除する事にした。じゃあな、跡部」
どごっ!
がちゃん!
言葉と共に背中から蹴り出され、振り向いた先で門を閉められる。
中でJr.選抜ジャージを着たまま手を振る2人に明るく見送られ、
「てめぇら覚えてろよーーーー!!!!!」
こうして、跡部の最悪だった合宿はさらに最悪な終焉にて終わりを告げた・・・・・・。
―――(跡部のみ)Fin
むう! この話のコンセプトはいちゃ甘跡虎ではなかったのか・・・!? アニメのおかげでサエ受け本気でハマりました。それでありながらやたらと強い小悪魔ちゃん。・・・・・・よくよく考えずとも某どこぞの兄貴(別ジャンルにしてウチのサイトの『最強』1号)とキャラが被ってきました。どうりで最近豪と並んで跡部の被害者振りをナチュラルに受け入れられると思ったら・・・・・・。
というわけで、アニメの合宿話全体の裏にこのような事情があったとしたら―――非常にイヤだなあ、と思う管理人でした。
―――ちなみに跡部、さりげにサエにもけっこー想われていたりするのは・・・・・・意外と知らなかったりするのがいいなあ・・・。
2004.7.3〜4