ねえ跡部くん。俺はね、今よりもっとずっと力をつけて、君にふさわしい存在になりたいんだ。
だからそれまで、
俺の事、待っててくれる?
I miss…
「しかし、それがよっぽどショックだったんだろ。あのお気楽キャラがそれ以来ずっと部活を休んでたっていう話だ」
宍戸の対千石解説。鳳が言葉を続けようとして、
「よく知ってるな、宍戸」
大石の疑問が、それを遮った。
「え・・・・・・?」
何に対して言われたかわからなかったらしく、宍戸とついでに隣にいた鳳がきょとんとする。大石はそんな2人こそわからず疑問を重ねた。
「だから。千石の事。乾ですらそんな話はしてなかったよ」
青学1の情報通―――いや、あそこまで徹底したデータ収集といえば、各監督陣は除くとしてもせいぜい立海の柳、ルドルフの観月、そしてさもなければ乾程度しかやっていないだろう。
それでありながらその乾すら知らなかったであろう情報を、さも当り前のように宍戸が口にした。大石が疑問がっても不思議ではない。
「そういえば・・・・・・」
合わせるように、他の面々も首を傾げる。
氷帝と山吹といえば、同じ東京強豪校として別に仲が悪くはないだろう。青学とそれらとの関係と似た程度には。
だが―――
―――いくらエースとはいえたかだか一部員の、それも非行の様まで伝わるものなのだろうか?
「ああ・・・・・・」
ようやく納得したらしい。宍戸が声のみで了解の合図を出した。
出して・・・
「跡部がうっさかったんだよ。あの馬鹿が姿見せねえで退屈だってな」
「なんですと!?」
反応したのは―――
ギャラリーの誰でもなかった。
瞬間移動並のペースでこちらに近寄ってきた千石が、がしゃん!! とフェンスに両手―――だけでは物足りないのか、片足に顔までぶつけて宍戸に詰め寄った。
「ねえねえそれマジそれマジ!!?? ウッソー!? 跡部くんってばいっつも俺の事ウザがってたのに!!」
「うお千石・・・! お前こっち来てねーで試合やれよ・・・・・・」
ビビって後ずさりする宍戸に構わず、さらにバンバンとフェンスに手を叩きつける。
「今の話聞いたら試合どころじゃないっしょ!! だって跡部くんが!? 俺がいなくて寂しいって!?」
「言ってねーよ誰も」
どごっ!!
そんな言葉と共に、
宍戸もまた前へと乗り出した―――いや。
「跡部くん!!!!」
台詞と共に宍戸の後頭部へと回し蹴りを放った跡部。脚線美兼最凶凶器として名高いおみ足をゆっくりと下ろしていく。
「跡部くん跡部くんひっさしぶり〜♪ もーせっかく跡部くんと寝食共に出来るっていうのに全然出来なくてキヨ寂しかったよ〜〜〜!!」
「ウゼえ。犬かてめぇは」
「・・・・・・上手いっスね、跡部さん」
リョーマの言葉に誰もが頷く。確かに今の千石に犬耳としっぽを付けたらさぞかし似合う事だろう。
ただし同時に思う。―――むしろ動物馬鹿の飼い主のようだ、とも。
・・・絶対跡部の前では言えないが。
冷たくあしらわれてもめげずに頑張る犬だか飼い主だか。
「だってだって〜!! 1ヶ月以上も跡部くんに会えなくって〜!! どれっだけ! 途中で止めようって思ったか!!
も〜跡部くん断ちなんてぜ〜ったい!! やんないからね!!」
「つーか勝手にやり出したのてめぇだろーが。いかにも俺の責任にしてんじゃねえよ」
「しかも会えたら会えたで班別々だし〜!! 何この班!! てゆーか何このコーチ陣!! まともなの竜崎コーチだけじゃん!! 伴爺とかオジイとかそこらへんのまだ跡部くん任せて安心出来る辺り呼ぼうよ!!」
「コーチは自主的にやる気のあるヤツが選ばれたって時点で大体諦めてたがな。ついでに言うと、てめぇのキャラが気に食わねえとか言ってたぞ、あの女狐」
「ゔっゔっゔっ。どこが!? 軟派野郎なら若人くんだって同じじゃん! 何のために『女の子』って限定してたと思ってんのさ!!」
「つまり自分が『女の子』の範疇に含まれてねえから気に食わなかったんじゃねえのか?」
「女の子なら揺りかごから墓場までってせっかく範囲広げたのに〜!!!」
「ほお・・・。そこまでてめぇはあの女に取り入りたいってか? アーン?」
「当り前じゃん跡部くんと一緒の班になれるんだったら!!」
「〜〜〜〜〜〜//」
自分で言った台詞で墓穴を掘ったらしい。
仄かに赤くなって俯く跡部に密かに鼻の下を伸ばしつつ、指摘すると怒られて終わられるため気付かなかった事にして言葉を重ねる。
「それとも言動から露骨に怪しいのがヤなの!? もしかして一枚岩好き!?」
「『クセ者』って素直に言えよ・・・。大体それが嫌ならまず忍足入れねえだろ」
「せっかく跡部くん変態コーチのトコ行かなくてよかった〜とか思ってたらなんでそっち行っちゃうワケ〜? 不二くんイケニエ代わりにしてサエくんに殺されかけた俺の立場は〜!?」
「あの女、俺様を掌で転がしたいだの何だの誇大妄想ほざいてやがったが―――」
「えええええええ!!!??? ダメだよ跡部くん掌で転がしていいのは俺だけなんだから!!」
「誰が転がされるか!!」
どがしっ!!
「・・・・・・・・・・・・」
ずるずる。
フェンスの隙間から突っ込まれたグリップに頭を打たれ、無言で崩れ落ちる千石を無視し、さらに続ける。
「くっそ・・・! 扱い辛さじゃぜってー定評あるだろーから問題児ばっかの竜崎班に行くかと思ったが俺も読みが甘かったか・・・!! 誰だ華村にヘンな告げ口しやがった馬鹿は・・・・・・どうせ予想通りだろうが・・・!!」
「ったた・・・。予想ってゆーか確率1/2で面白好きの忍足くんか仕返し魔のサエくんかじゃん・・・。あーもー大体の構造読めたね・・・・・・」
「佐伯この合宿中にぜってー殺す・・・!!」
・・・・・・何か当初とはかなり違う方面へと収束していく会話に、それでも一応終止符が打たれ。
「つーかマジでてめぇ1ヶ月強もどこ行って何してやがったんだ?」
「あ、ダメダメ。それはまだひ・み・つv」
「寒・・・・・・」
「まあいいから見ててよv 生まれ変わった俺をさv」
「・・・・・・・・・・・・いいけどよ」
「や〜りぃっ!」
「代わりにさっさとやれ。華村に見つかるとうるさ―――」
「んじゃこの勝利を跡部くんに捧げるよ〜!!」
「馬鹿! だから大声で―――!」
「―――見つけたわよ跡部君!!」
「ゔ・・・! 華村コーチ・・・・・・」
「貴方は練習を放って何をしてるの!!」
「いえあのこれは・・・・・・」
「ほら他の班なんて気にしてないでさっさと戻りなさい!!」
「・・・・・・はい。
千石の馬鹿野郎・・・・・・!!」
「跡部君!?」
「・・・・・・。すみませんでした」
「んじゃ行ってきま〜す!!」
跡部のためにと頑張った千石。6−3で桃を下し・・・
「ねえねえ跡部くん!! 見ててくれた!?
・・・・・・ってあれ? 跡部くんは?」
振り向くその先、なぜかそこに跡部はいなかった。
代わりに氷帝の2人が呟く。
「跡部さんでしたら千石さんが話している間に華村コーチに連れていかれました」
「千石・・・。てめえ跡部の言葉聞いてなかったのか? あからさまに練習途中で抜け出してきたんじゃねえか」
「千石さんが騒いだおかげで一発で居場所バレたみたいですね」
「おかげでてめえの活躍全っ然見れねえまんま帰っていったぜ」
「はああああ!!?? ウッソー!!??」
思いっきり叫ぶ。何のために頑張ってきたんだか。
ツキを待つだけがラッキーじゃなくて、ツキを呼び込むのが本当のラッキーだから。
だから華村班の練習を逐一チェックしてどういうタイミングでどういう事をやったら一番跡部の目につきやすいかとか必死に計画練っていたのに!!
「俺ってやっぱアンラッキー・・・・・・」
呟き、千石はその場にへなへなと崩れ落ちていった・・・・・・。
―――おかしい・・・。らぶらぶバカップルは一体どこへ・・・?
おまけ(バカップル警報発令中)
その日の夜。
宿舎のテラス(どこだよ?)にて、2人はベンチに腰掛けていた。
「てゆー感じでラストはアッパーカットで勝ったんだよ。凄いでしょ? ね? ね?」
「あー・・・。そうだな・・・・・・」
跡部の腕を引っ張り今日の試合内容を報告する千石。聞く跡部は、夜空を見上げながら適当としか取れない所作で頷いていた。
「・・・・・・って跡部くん、聞いてる?」
「あー・・・。そうだな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・。
そういえばボクシングのトレーニング中さあ、そこ大半はムサい男だったんだけど、女の子もちょっといたんだよね。ホラ最近体動かすのにってボクシングも流行りだし」
「あー・・・。そうだな・・・・・・」
「んでもってその中の可愛いコがさ、痩せてる俺見てよっぽど不憫に思ったのか、俺のためにってわざわざ弁当の差し入れくれた―――」
どごしっ!!
見もせず放たれる右ストレート。ボクシングでさらに磨かれた動体視力と反射神経、集中力を持ってしても全く回避できない一撃をモロに顔面に喰らい、千石はあえなくベンチから転がり落ちていった。
「やっぱ聞いてたんじゃん・・・・・・」
千石のボヤきは無視し、転がった彼を追い襟を捻り上げる。
「てめぇ差し入れもらっただと!? 俺に言ったらンなの豪華3段弁当にしてやったよ!!」
「いや気持ちは嬉しいけど減量中に豪華3段弁当って・・・・・・もの凄い嫌がらせじゃん」
「あ゙あ゙!? だったらその女のはありがたく食ったってか!?」
「話は最後まで聞こうよ!! くれたけど断ったって!! 減量中とかそういうの以前に跡部くん以外いらないんだから当り前っしょ!!」
捻り上げていた手の力が、緩む。
尻餅をついたまま、千石は跡部の頬へと両手を伸ばし、
「やっと俺の事見てくれたね、跡部くん」
「〜〜〜//」
「さっきっから、ずっと俺の事見ないようにしてたよね。
俺・・・そんなにカッコ良くなった?」
「バ・・・バーカ。自分で言ってんじゃねえよ。ナルシストが」
「うわぁ。跡部くんには言われたくない台詞だったな〜・・・・・・」
「アーン? てめぇ何か文句―――」
「ありませんありません」
可愛さから一転、険悪ムードを背中に背負い込む跡部にぱたぱたと手と首を振る。振って、
改めて千石は跡部を抱き締めた。
「てめ千石、なにしやがる・・・!」
「あ〜久しぶりの跡部くんだ〜。すっげー落ち着く〜vvv」
「俺は温泉か・・・・・・?」
「いやそういう意味じゃなくってさ・・・・・・。
だって1ヶ月ちょい振りだよ? こんなに長く離れてたことなんてないっしょ。去年のJr.も一緒に参加する事になったし、他の合宿は長くて1週間だし」
「・・・・・・てめぇがボクシングなんてくだんねー事やってたおかげでな」
この状況でもなお外方を向く跡部。憎まれ口を叩きつつ、それでも決して自ら振り解こうとはしない。
変わらない彼の様に千石は瞳を細め、
「うん。くだらないね。強くなって、跡部くんに相応しい相手になりたかった・・・って、ただそれだけの目的で」
「なんで・・・言わなかったんだよ・・・・・・。メールも電話も寄越さねえから、何かあったのかって思っちまったじゃねえか・・・・・・」
抱き締める腕の中で、初めて聞く跡部の弱音。自分が1ヶ月くらいいなくなったところで、全然気にしないかさもなければさっさと蹴りをつけて他のところに行くかと思っていたのに。
怖かったのは、自分だけではなかった。
全身で跡部の震えを感じ、千石は本当に嬉しそうに笑った。
「うん。ごめんね。でも俺は弱い人間だから。跡部くんに会ってたら、きっとすぐに止めちゃってた。こんな弱い俺でも、跡部くんはそばに置いてくれるから。それに甘えちゃうから。
だから言えなかった。会いたくて、会いたくて。狂いそうなくらい苦しくって、でも言えなかった。
弱いままの俺じゃ嫌だから。君に甘えるだけの俺じゃ嫌だから。だから・・・・・・」
その先の言葉は、
口の中に消えた。
合わさる唇と唇。1ヶ月ちょっと振りで、でもって跡部からは初めてで。
唇が離れる。瞳は絡めあったまま、
跡部がふっと笑った。
「バーカ。てめぇはそのまんまでいいんだよ」
「この・・・まんま・・・・・・?」
「特訓しようがへらへらしようが、てめぇはてめぇだ。そうだろ? なあ、千石清純」
「あ・・・・・・」
ふさわしかろうがふさわしくなかろうが、強い人間だろうが弱い人間だろうが、跡部の中で自分はいつも自分で。跡部はそんな自分をそばに置いてくれる。優しくしてくれる。
それは甘やかしではなく、自分を既に1人の人間だと認めてくれている証。藻掻いていたのは自分ひとりで、彼の中ではもう自分の居場所はしっかりあって。
なんだろう。凄く温かい。ようやっと、着地する地面が見つかったような、そんな感じ。
今までただ流されてもみくちゃにされてた自分が、やっとやっと本当の居場所に辿り着いた。
「んじゃそろそろ中入んぞ。明日も練習あんだ。寝不足で身が入んねえなんつー情けねえ台詞言いやがったらてめぇ金輪際絶縁するからな」
言い終わる頃には、跡部は早くも立ち上がり中へと入ろうとしていた。
千石もまた立ち上がる・・・勢いで後ろからのしかかる。
「どーん!!」
「うおっ!」
寸前で気付き、体を捻れる辺りさすが跡部。しかしながらさほど広くない出入り口ではそれ以上の回避行動は取れない。
「何しやが―――!!」
振り返ったおかげで危うく後頭部から床に激突しそうになり、跡部が思い切り怒鳴りつけてきた。
その言葉もまた、口の中に封印する。
今度は千石から仕掛けたキス。長々と交わして、
「やっぱ特訓―――てゆーか跡部くん断ちしてよかった」
「あん? 何でだよ?」
「だってさ、離れてみて改めて実感しちゃったよ。跡部くん大大大大だ〜い好きっ!! ってね」
「千石・・・・・・」
三度触れ合おうとする唇。甘い甘い一時は・・・・・・
どごげっ!!
「ぁ痛ったあっ!!」
「あ、なんだ千石、跡部。こんな所に寝っ転がってどうしたんだよ?」
「サエくん・・・・・・。絶対今のわざとやったっしょ・・・・・・?」
「さあ。何のことだか」
「つーか今の蹴りはコイツじゃなかったら死亡確定だろ・・・・・・」
「気のせい気のせい。『偶然』そうなったんだって」
「『偶然』でピンポイントこめかみ狙いかよ・・・・・・」
「そうかお前も『偶然』喰らいたいか」
「へっ。てめぇの蹴りなんぞ喰らうほどトロかねえよ」
「じゃあ代わりに。
―――お〜い周ちゃ〜ん!! こっちこっち〜!!」
「ゔ・・・。まさか・・・・・・」
ぱたたたた・・・
「サ〜エ〜」
「あ、周ちゃん」
「げっ・・・! 不二・・・・・・」
「あ、跡部に千石君までどうした―――
――――――ゴメン。僕たちすっごく邪魔だったね////」
「へ・・・?」
「ち、違・・・!!」
「い、行こうサエ!
それじゃ、僕たちにはお構いなく!!」
「ちょ、ちょっと待て不二!! 別にこれはただ倒れただけでそんなお前が思うようなヘンな意味じゃ―――!!」
「あちょっとその言い方酷くない跡部くん!! 俺たちは正々堂々清く正しくこういう事を―――!!」
「これのどこが『清く正しく』だ!!」
「うぎゃあああぁぁぁ・・・・・・!!」
「ははっ。ご愁傷様、千石」
「どうしたの? サエ」
「いや? 別に?」
「? そう?」
「そう。
―――俺を敵に回してこの程度で済むと思うなよ、千石・・・・・・」
仕返し魔こと佐伯の手により、あっさりと潰え去ったのであった。
―――結局ギャグオチかい!!
・ ・ ・ ・ ・
ダメです。何かがおかしいです。めたくそに珍しく普通のカップル話を書こうとしていたのに・・・!! 気が付いたら班分け&コーチ陣の謎(裏工作)に挑み、挙句仕切り直しをすれば仕返し魔にやられました。途中までは極めてまともなCP話として進んでいた(ような気がする)のになあ・・・。
そしてタイトル、『miss』というと未婚女性を表す敬語―――ではなく、『会えなくて寂しい』と『何かをしくじる』。初っ端は『寂しい』の方で頑張ろうとしていたのに、気が付かずとも『失敗した』方ばかり重要視されているような・・・・・・。
ちなみに班分け。榊は不二を跡部のイケニエ代わりに出された事を知っていた。だからこそその監視役というかオマケとしてついてくるサエごと一気にGet。氷帝メンバーは学校でいくらでもいられるため意外とあっさり切り捨てた。そんなこんなで実はサエも美少年ハンター榊に狙われている。ただし本人不二には敏感だが自分自身には鈍感なためさっぱり気付いていない。むしろ不二の方が榊のヤバい視線には気付いていた。だからこそ最初の試合、ボロクソに負けかけて1人落ち込む隙だらけのサエを、監督権限で榊の毒牙に掛けられもとい慰められる前に自ら行動を起こし立ち直らせた。
一方観月はサエの性格というか特性をよく知った上で、不二を一番寄越しそうにないこの班に裕太ごと入った。が、ノーマークだった千石の策略に巻き込まれ同じ班入り。おかげで普段は不二が、彼が乾とかと話している時はサエが裕太を守るためなかなか接近出来なかった。・・・・・・などというのを跡部vs真田の試合中の、3人の立ち位置と会話数だけで妄想してみたり。観月と裕太の間にサエが割って入り、しかも解説完全横取りって・・・・・・。
そういえばこの話、まるで跡部は新生反対派ちっくでしたが別にそんな事はありません。ちゃんと成し遂げたからこそ弱音吐いたり嫌味言ったりご褒美にキスしたりしました。やり遂げてなかったなら突き放して終わりでしょう。
2004.8.18〜19