佐伯虎次郎
14歳。人付き合い:極めて良好。友人:ロクなもんがいねえ。





友人選択の自由









 

 (班分けなんて所詮練習中だけでしょ? 俺は負けないよ)



 前向き姿勢で実は後ろ向きな事を考えるリョーマ。もちろん考えるのはアノ人の事。



 (食事風呂就寝。チャンスはいくらでもあるんだから。
  とりあえず邪魔な弟はヘンな笑いの人が押さえてるし、不二先輩はもらったよ)
 前回の青学
Onlyの合宿(まあラストにちょろっと氷帝も乱入してきたが)により他の青学の先輩たちへの牽制はしっかりと出来ている。それに手ごたえはばっちりだった。やはりあの人はブラコン―――『弟』好きのケがある。それも裕太に似て反抗的な、しかし裕太と違って自分を慕ってくれる弟好き。そこを突けば、充分に勝機のある勝負だった。
 (まずは・・・・・・)



 「不二先輩」
 「ん? 何? 越前」
 「先輩も汗掻いたでしょ? 夕食前に一緒に風呂入りません?」
 「あ、いいね。
  じゃあ着替えとタオル持ってくるから待っててくれない?」
 「いいっスよ」



 にっこり笑う不二に、早くも作戦の成功を確信する。そんな彼は・・・















 ・・・・・・自分のすぐそばを、同じく着替えとタオルを手に通り過ぎていく人影に全く気付かなかった。










×     ×     ×     ×     ×











 「・・・・・・なんで?」
 風呂場にて。不条理な光景を前に、リョーマはお得意の半眼(しかし輝き0)で呻くしかなかった。















 「ああ周ちゃん」
 「あれ? サエ、どうしたの?」
 「ん? 俺? 晩飯前にひとっ風呂浴びようかな、って思って。周ちゃんも?」
 「うん。越前に誘われて。
  ね? 越前」
 「う、あ、ああ。そうっスね・・・・・・」



 いきなり話題を振られ、かろうじて答える。ようやくこちらに向く、不二より遥かにうさんくさい爽やかな笑顔。
 その呈示主である男が、笑顔で挨拶してきた。



 「ああ、越前、久しぶりだね」
 「どもっス。佐伯さん」



 記憶の渕に僅かに残っていた名前。残っていた理由は―――確かこの男、不二と幼馴染みだなどとホザいていたからだ。



 「じゃ、僕体洗ってくるね」
 「あ、俺も」
 「そういや俺も洗わなきゃな」










×     ×     ×     ×     ×











 のんびり汚れを落とす不二に比べ、湯船に入ることの方が好きなため洗うのはさかさか終わったリョーマ。さらに「ま、夜もう一回入るし適当でいいや」などとざっとしか洗わなかった佐伯は―――



 ―――必然的に湯船に2人きりで浸かることになった。














 先に攻撃を仕掛けようとして、
 実際先手を取ったのは佐伯だった。



 「一緒に風呂なんて、随分周ちゃんと仲いいじゃん。越前」
 「そりゃ同じ部活の先輩後輩っスからね」
 「ふ〜ん」



 訊くだけ訊いて、さもどうでもよさげに鼻で頷かれる。
 組んだ手を頭の下に敷き縁にもたれる佐伯に、リョーマはむかっと顔を顰めた。
 隣に凭れ、あえて真正面を向いたまま付け加える。



 「いいっスよ。前の合宿じゃ風呂も寝るのも一緒でしたからね」
 「・・・・・・」



 返事がない。訝しみ、顔の向きを変えたリョーマの目にそれが映る。



 無言のまま、頭の向きは変えないまま、
 佐伯の目はこちらを向いていた。
 先ほどまでの―――



 ―――不二の前で見せていたあの好青年的笑みはない。剣呑な眼差しで、しかし決して怒ってはいない目つきで見てくる。



 余計に苛つく。
 (この程度じゃ、ダメージはありません、ね)



 その苛つきも、全て見抜かれているのだろう。横向きになった佐伯の顔が、再び笑みの形を作った。



 笑み―――ではある。瞼ではなく眦に力を篭め、口端だけを吊り上げた、とても好青年とは思えない嫌みったらしい笑み。ただしこっちがこの人にとって本当の『笑み』なのかもしれない。だから爽やかな笑みを見る度うさんくさいと思ったのか。
 吊り上がった唇から小さく舌が覗く。まるで弱小な獲物相手に舌なめずりをしているようだ。



 (マジむかつく・・・)
 見せるだけ見せ付けて、煽るだけ煽り立てて。



 全てを消し、佐伯はにっこりと笑いかけてきた。



 「ああ。周ちゃん
大好きだからね」



 殊更強調される、『弟』。
 自分がそのスタンスを選んだ以上それは正解だろうが。



 (本気でこの人シメたい・・・・・・)



 益々上昇する怒りゲージ。だがここで怒っては負けを認めるようなものだ。
 怒りを吐息で流し、リョーマもまた笑みを浮かべた。こちらはいつも通りの生意気な笑み。
 笑みで・・・嘘ではないがハッタリを飛ばす。



 「そうっスね。おかげで添い寝してもらいましたし」
 「俺は添い寝してあげたけどね」



 即座に返ってくる嫌味。



 「何年前の話っスか?」
 「2週間前ってトコ? 青学が合宿終わらせてすぐ」
 「ンな時に会ってたの? アンタも大概ヒマだね」
 「六角負けたからね。後は決勝待つだけだったし?」
 「にゃろ・・・・・・」



 こちらの嫌味は全く通じない。その手の事―――六角の惨敗程度では嫌味にもならないらしい。
 (なら狙うはこっちか)



 「ところでアンタその呼び方いい加減変えたら? 中学生にもなって『周ちゃん』なんて恥ずかしくない?」
 「どこが? 別に俺達みんなあだ名で呼び合ってるし。むしろこっちで普通だろ?」
 「ぐ・・・!」
 「それに『不二』なんて呼んだら裕太君と紛らわしいだろ? 『不二』は2人いるんだから」
 「―――っ!!
  じゃあ俺も『周助先輩』って呼んで・・・!」
 「お前にとって『先輩』って付くのは周ちゃんだけだろ?」
 「・・・・・・・・・・・・訊きますけど、不二先輩のカウンター好きってアンタの影響?」
 「さあ?」
 適当にはぐらかされる。と、



 「そういえば、さっきのお前の台詞、景吾にも同じ事言われたよ」
 懐かしげに、佐伯が目を細めた。



 「景吾って・・・跡部さん?」
 「そう。景吾も中学になって名前呼び恥ずかしいから止めろとか言い出してさ。結局止めなかったら向こうも諦めたみたいだけど」
 「アンタ跡部さんとどういう知り合い?」
 「幼馴染み」
 「・・・不二先輩とは?」
 「幼馴染み」
 「・・・・・・つまり?」
 「俺と景吾と周ちゃん。3人で幼馴染みなんだよ」
 「ふーん」
 頷いて、



 言ってやる。



 「同じ幼馴染みでも全然違うね。跡部さん、結構俺の事気に入ってくれてたみたいだけど?」



 「ああ・・・・・・」
 向こうも頷いてきて、



 ハッ! と鼻で嘲ってきた。



 実に楽しそうに歪む笑みを見て、
 (ハメられた・・・!!)
 ようやくリョーマはその言葉を引き出されたことを悟った。



 「そうなんだ・・・」
 勿体ぶって頷き、















 「所詮弱者同士が手を組んだところで弱い事には変わりないだろ?」















 「〜〜〜〜〜〜!!!!!!」



 悔しさ満点で歯軋りするリョーマ。
 さらに暫しその様を眺め、



 佐伯はぷっと噴き出した。



 「・・・・・・何?」
 不機嫌絶好調で尋ねる。佐伯はなおも肩を震わせ歯を噛み締めくつくつと笑い続ける。
 一通り終わって、



 「いや。思ったより面白いな、お前って」
 「・・・・・・・・・・・・からかってたワケ?」



 縁から身を起こし、リョーマは険悪に睨みつけた。
 (やっぱこの人サイアク)
 心の中で吐き捨てていたら、



 すっと左手を差し出された。















 「ま、これからも周ちゃんをよろしく」















 「え・・・・・・?」



 言われた意味がわからない。
 (だってこの人・・・)



 「不二先輩の事、好きじゃないの・・・?」
 「好きだよ? 幼馴染みとして。大切な『弟』として」



 『弟』として。即ち―――



 ―――恋人としては好きではないらしい。



 「けど、同じ幼馴染みなら跡部さん応援すんじゃないの・・・・・・?」
 「俺は中立だからね。周ちゃんに危害を加えない限り、誰でも応援するよ? なにせ決めるのは俺じゃない。周ちゃんだからね」
 「じゃあ今のは俺の試し・・・・・・・・・・・・?」
 「いいや? ただ面白そうだったから」



 ・・・・・・・・・・・・。



 「―――あっそ」



 結局最初の半眼に戻り、
 リョーマもまた、手を差し出した。



 「んじゃこっちもよろしく。アンタと組んで損はなさそうだしね」
 「そうか? そりゃ光栄だな」
 「だって英二先輩追い返してくれるでしょ? ただの私怨で



 『中立』のクセに・・・と暗に揶揄るリョーマに、



 「やれやれ。やられたね」
 佐伯は両手を上げて降参ポーズをしてみせた。



 初めて取れた1本に、リョーマが小さくガッツポーズをする。そんな年相応の子どもっぽい仕草に笑みを浮かべる佐伯。
 今度はうさんくささ0の笑みにリョーマも口端の力を抜き、



 「―――随分楽しそうだね、2人とも」



 ようやく全て洗い終わったらしい。不二が湯船の外から声をかけてきた。



 「あ、不二先輩」
 「やあ周ちゃん。本当に越前って面白いね」
 「でしょ? 僕のお気に入りなんだ。
  ね? 越前」
 「え、っと・・・。ども・・・・・・」



 振られてどう答えようもない質問に、とりあえず一応礼を言う。隣というか正面というかで佐伯がやはり面白そうに笑っていたが。



 自然と、開けられる場所。2人の間に不二も入り込み、



 「何の話してたの?」
 「別に。大した事じゃないっスよ?」
 「ま、周ちゃんにはさして関係あることじゃないよ」



 首を振るリョーマに。肩を竦める佐伯に。
 独り疎外され、不二がむ〜っ! と口を尖らせる。



 「じゃあもういいよ! 僕出るから好きなだけ2人で一緒にいたら!?」
 「え、あ、ちょっと不二先輩!?」



 ずるっ! がん!
 ザバッ!
 どす! どす! どす!



 なんでこんなシケた合宿所のお風呂がヒノキの浴槽かつアルカリ単純泉などといったバリバリ温泉なのか。化学反応を起こしぬるぬる滑る湯船にて、出ようとする不二を止めようと急激な勢いで立ち上がりかけ、そのままコケるリョーマ。構わず出、足音勇ましく立ち去る不二。
 ぶくぶく沈みかけたリョーマがなんとか這い上がった時には、もう彼の姿は扉の向こうに消えていて。



 「油断大敵。ご愁傷さん」
 特に止める事もせず見守っていた佐伯が、ぺろりと舌を出しそんな事を言ってきた。



 「・・・・・・。アンタ性格悪いってよく言われんだろ」
 「言われた事ないな。『いい性格してんな』って引きつり笑いで言われた事なら山ほどあるけど」
 「・・・・・・・・・・・・ワケわかんないよ日本語」
 「大丈夫だ。お前なら充分対応してる」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 それこそワケのわからない断言をされ、



 「んじゃ俺出るから。ごゆっくり」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 凍ったままのリョーマを差し置き、佐伯は本当に出て行ってしまった。










×     ×     ×     ×     ×











 風呂場に独り取り残され、
 リョーマはやはり半眼で呻いていた。



 「やっぱあの人サイアク・・・・・・」



―――Fin















×     ×     ×     ×     ×

 結局サエに認められたのはリョーマですか? このシリーズは不二リョ不二で決定ですか!?
 ・・・・・・というワケでもなかったのですが、一応これでこのシリーズは3部作完結といった感じです。まあ後番外編その2としてすっ飛ばした肝心の存在、対裕太で行こうかと思いますが。
 それにしてもサエとリョーマ。ライバルとならない限りけっこー仲良くなりそうな気がします。というかそれこそ跡部2号ちっくにリョーマがからかわれまくりそうな。でも跡部と違って口達者なリョーマは、こちらもサエのお気に入りになりそうだ(もちろん跡部もお気に入りでしょうが)。ただし・・・・・・ライバルになったら近親憎悪のドロ沼戦とかすっごい状態になりそうだなあ・・・・・・。

 そういえば、これで
Jr.選抜関連話通算30本目です! うっわびっくり☆ ンなに書くなよそれだけで。って感じですね。なのにネタはまだまだ尽きないゾ☆ というわけでこれからもヘンなペースで続いていきそうです主に合宿中。

2004.8.21