日本対アメリカ
Jr.選抜テニス大会D2。
 1度は圧倒的な実力で4−0とリードを奪った跡部・真田ペアだったが、コンビネーションのなさを突かれ、逆に大量にポイントを奪われ、ついに4−4と並ばれるまでになってしまった。
 シナリオ通りと調子に乗るアメリカチームから離れ、
 「これから、っスね」
 リョーマは小さく笑っていた。







シナリオプレイヤー






 「これから!? もう後ないも同然じゃん!」
 満を持して挑んだ初戦。いきなり負けそうなムードに、英二が泣きそうな声を上げる。
 上げて、
 「そうかな?」
 不二にもまた、似たような返しを喰らった。
 「・・・・・・どこが?」
 リョーマならわかる。いつもいつでも前向きだし、彼自身ならどんな局面でもその言葉通りどうにかしてしまう。
 しかし今戦っているのはリョーマではない。跡部と真田だ。実力ならそのリョーマすらも上回るかもしれないが、今問われているのは精神面。この状態でまだ挽回出来ると、彼らをそこまで信じられるのだろうか?
 が、
 不二まで同意したとなれば別問題だった。
 英二が知る限り、はっきり言って不二ほど後ろ向きは人間はそうはいない。なんというか、まず絶対出来る事でも「出来る」と断言しない。出来るかどうかわからないならば「出来ない・・・かもしれない」とめちゃくちゃ後ろ向きに表現する。しかもその基準も、テニスにおいてすら『天才・不二周助が』ではなく『普通にテニスをやっているレギュラークラス程度が』と完全に下〜の方だったりする。
 そんな不二が。
 『出来る』と確信を持っている。
 あくまでただの疑問形でだが、それでも自分の言葉をわざわざ否定するほどに強く。
 そこから少し離れたところで、
 「そだね。これから、ってゆーかむしろ今までって様子見みたいなモンだっただろうし」
 「は!? どこが!?」
 軽く不二に賛成する千石に、英二はさらに大口を開けた。
 2人を見る。上がった息を落ち着ける2人。汗を拭う様を見ても、どう見てもそれは『ただ今ピンチ絶好調☆』でありとても『様子見』程度には見えなかった。
 驚く英二に、
 「ホラ、まだ出しとらんで。跡部のあの必殺サーブ」
 「合宿中の対真田戦で見せたものだな。確かに跡部から始まるサービスゲームはこれまで2度あったが、1回も使っていない」
 忍足と手塚が順に言い、
 「それに真田副部長も『風林火山』1つも出してませんし」
 切原もまた、続けた。
 「『風林火山』?」
 「真田の得意技―――というかプレイパターンを4つに分けたものだよ。凄いよ。それぞれで攻撃・防御全てが異なる。相手の得意分野のものを使って相手を潰す、これが本来の真田の『プレイスタイル』」
 「ははっ。侵掠の『火』なんて使われたら跡部くんですら完全に手も足も出ないしね」
 「越前君だったら多分『風』で来るんじゃないかな? 疾さの『風』で」
 初めて聞く言葉に首を傾げるリョーマ。不二と千石の解説に、さらに首を傾げる。まあ確かにこれは実際見なければわからないものだろう。
 肩を竦め、
 「まあ何にせよ、
  ―――乾先輩風に言うなら『本来の実力の
80%』ってトコ?」
 「跡部くん風に言うんなら、『輝き1週間前レベル』って感じ?」
 「あはは。上手いね2人とも」
 「勿体ぶらんと早よ本気出しいよ、2人とも」







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 そんな忍足のツッコミが聞こえたわけでもないであろうが。
 「跡部。次はお前のサービスゲームだな。最後の
 「ああ? 出せっつーんだろ? わーってるよわざわざ念押されなくても」
 ぼそりと呟いた真田をぱたぱた手を振って追い返し、
 「ったく。せっかくの隠し球だっつーんにぽんぽん披露してりゃ意味ねえじゃねえか」
 「だが今披露しなければ2度とその機会はないぞ?」
 「・・・・・・ちっ」
 真田の珍しい揶揄に、心底嫌そうに舌打ちをする。嫌そうに―――それでありながら否定出来ない悔しさに。
 青学に負けた時点で3年は引退。その後唯一選手として出るチャンスのあった
Jr.選抜は無理矢理繰り上げられて現在のコレだ。確かに今披露しなければ中学の内に見せる機会はなくなる。
 ついでに言うと、今負けると中学3年間の総締めくくりが負け試合となる。いくら本来の自分の得意分野とは完全に異なるダブルスであろうとそういう情けない幕引きは辞退したい。
 ポー・・・ン、ポー・・・ンと、何度かトスをつき、
 「絶望への前奏曲を聴きな!」
 音声コマンド(誤)と共に、1球を放つ。
 今までのスピードサーブとは打って変わった、ゆっくりとした山なり打球。何かの策かと、相手の2人も警戒する。
 どんなサーブでも対応しやすいよう心持後ろに下がり―――それが命取りとなった。
 コートに着地する球。着地し・・・
 ・・・・・・僅かに跳ねるだけで、勢いなくコートを転がる。
 「なっ・・・!?」
 「バウンド、しない・・・!!??」
 厳密にはバウンドしている。ただし極度のスピンをかけられた球は、バウンドによる跳ね返りエネルギーのほとんどを回転のために費やす。そして、その成果として球はドロップショット程度にしか跳ねなくなるのだ。
 合宿にて1度見せられている日本選抜チームですら、超高難易度の技に声もなく息を呑む。アメリカチーム含め、ギャラリーは今目の前で起こった現象がなんなのかわからず、ただ混乱するだけだった。
 いや・・・・・・
 「跡部・・・。さらに技に磨きをかけたのか?」
 「アーン? だから言ったじゃねえか。『俺様の輝きは日々進化する』ってな。以前の俺と同じだと思うなよ、真田」
 「・・・・・・ダブルスの下手さに関しては去年から何も進化していないように感じるのだが・・・・・・」
 「・・・・・・何か言ったか? てめぇ」
 「いや何も」
 しれっと返す真田。返しながら―――今更ながら跡部の実力の高さに内心舌を巻いていた。
 (合宿終了から今日までの期間に、さらに1段階上へと押し上げただと・・・・・・?)
 恐らく日本チームの面々ですら気付かなかっただろう(あるいは手塚は除かれるかもしれないが)。だが、
 直接喰らえばわかる。同じ技であっても、明らかに合宿時とはレベルが違った。合宿時のは、いきなりで不意をつく分には充分だったが、あらかじめわかってさえいればライジングショットで返せる程度には跳ね上がっていた。
 (しかし今のは・・・・・・)
 地面から僅かにしか浮かび上がっていない。よほど地面スレスレにラケットを構えなければ返せない球だっただろう。それこそフレームに当てて無理矢理弾き返すかしなければ。
 アメリカチームへ行きかけていた空気が、たった1球で引っくり返る。
 どちらにも向かず、停滞した空気の中で、
 「さて、次行くぜ」
 跡部がサーブの構えを取る。今度は1球目とは全く違った構えを。
 アンダーサーブ、ではある。ただし右足を前に出し、ラケットを極端に左に―――フレームが左脚よりなお外側に出るまで上半身を下げた格好。それだけ見ると居合抜きのようだ。
 さらに肩まで上げた左手で、まるで指を鳴らす前のような形でボールを握る。
 「今度は何だ・・・!?」
 全員が驚く。日本チームですら誰も見た事のないモーション。跡部の隠し球はあの1球ではないという事か。
 会場中の注目を浴び、
 「絶望への前奏曲は、まだ始まったばかりだぜ」
 囁き、跡部が指を鳴らした―――ような格好で、球を下へと落とした。
 回転をかけられ適度に落ちたボールを狙い、
 架空の鞘から剣を抜く。
 左下から右上へ。真っ二つに切り裂かれる代わりに、ボールは振り上げられたラケットの上でさらに回転をかけられつつ根元から先へと滑っていった。
 跡部の元を離れる。それは相手のコートへと突き刺さり、
 ―――そこから消えた。
 「え・・・・・・?」
 空振りする相手。カーブを描きつつも真っ直ぐ飛んできていた筈の球は、
 コートから出て左隅の壁に当たっていた。
 「き、消えるサーブ・・・?」
 「違げえ!!」
 球の軌跡のみ見覚えのある技に小さく呟く英二の声を、どうやって聞き分けたか跡部が即座に否定した。
 「確かに効果は不二のカットサーブと同じだが、断じて俺はパクっちゃいねえ!! そこのエセ天才と同じにすんじゃねえ!!」
 「あ。酷いわあ跡部・・・・・・」
 寂しそうに呟く忍足は放っておくとして。
 「確かに、違うね」
 不二が静かに頷いた。
 「かけられてる回転数が違う。バウンド後前じゃなくて横に跳ぶのは同じだけど、僕のはそれでもあくまで相手側に飛ぶ。跡部の今のは少しだけど自分側のコートに戻ってきてた」
 「それが? つまりまとめると跡べーの方が角度ついてるって事っしょ? けどそれだけで何か違うの?」
 「返し易さが大幅に変わる。僕の打ち方だと、たとえ見えなかったとしてもラケットを通常より左側下方に構えていれば打ち返す事は出来る。少なくとも当てる事は。
  跡部の今の球だと―――
  ―――見てラケットを振らない限り絶対に当たらない」
 「で、でもなんで跡部の方が?」
 「あらかじめトスの時に球に回転をかけるのは同じ。違うのはラケットの使い方だ。僕はラケット横向きに転がして回転をかける。跡部は縦向きに転がして回転をかける。どっちの方がより回転がかかるかは―――英二も知ってのとおり」
 茶化すのは、その実験現場を近くで見ていたからか。
 六角戦にて樹の回転なし[シンカー]によりつばめ返しを封じられていた不二。確かに回転を稼ぐ手段としてラケット縦方向に球を転がしていた。
 「それであの無茶な体勢・・・。跡部くんもよく思いついたねえ」
 「真田の剣術でも目の当たりにしたか・・・・・・さもなければこの間サエに竹刀でボコボコにされて思いついたか」
 「サエくんやったの・・・・・・?」
 「
Jr.選抜に選ばれた選手について、跡部が散々からかったらしいよ。それで闇討ち喰らったんだって。何気にサエも凄いよね。素手の相手、しかも大会控えたその上他校選手に向かって容赦なく竹刀、それも鉄芯入り振り下ろしたっていうから」
 「跡部くんも懲りないね〜。サエくんが仕返し魔だって、いい加減悟ろうよ・・・」
 「どちらかというと選抜合宿にわざわざそんな特殊竹刀持ち込んでたサエについて僕はいろいろと言いたいけどね。『自衛のため』とか言ってたけど一体何から自分を守りたかったのさ・・・」
 いつの間にか英二と不二の技
Q&Aから千石と不二による実りのない合宿裏話なるものに取って代わられている会話に、一同はため息をついて首を振った。この辺りの事については合宿中で完全に免疫がついた。ある意味あの合宿の最大の目的は、クセのある選手らに対する適応訓練だったのかもしれない。
 全てが終わる頃、会場がようやっとざわめき出す。実のところ先ほど跡部が英二の呟きに反応出来たのは、会場中が静まり返っていたからだ。
 「1球ならず2球までも・・・!!」
 慄くアメリカチームの片割れ、マイケルの肩をビリーが叩く。
 「落ち着けよ。いくらなんでもそう何球も変化球ばかり打てるわけがない。さすがにもう球切れだろ」
 それを肯定するように、
 ボールを受け取った跡部は、2球目と同じ構えを取った。
 「だろ?」
 「そ、そうだな・・・・・・」
 安心する。先ほどの球はもう見切った。2度も不意打ちは通用しない。
 安心した2人は―――
 ―――実は跡部の構えが先ほどと微妙に変わっていた事には、もちろん気付かなかった。
 「ん?」
 「どうしたの? 切原君」
 「跡部さんの構え、変わった・・・」
 「どこが?」
 「前に出す足が逆になってる。アレ、抜刀の体勢じゃないっスよ」
 「あ、ホントだ」
 切原の指摘に、さらに千石が気付く。今度は右足を引いた体勢。確かにあれで『抜刀』すると、途端に一歩下がるハメになるだろう。
 「それにしても、よく切原くん気付いたね〜」
 「真田副部長の剣術、見せられた事ありますんで。千石さんこそよく知ってたっスね」
 「ああ。跡部くん家になんでか普通に剣とかあってね。
  ―――またしてもサエくんが振り回してた」
 「『なんでか』って・・・。それ銃刀法違反じゃあ・・・・・・」
 「てゆーかだから佐伯ってどーゆーヤツだよ・・・・・・」
 切原のツッコミに、さらに英二も参戦する。
 双方共に無視する形で、
 跡部が3球目を放った―――もう台詞がなくなったか、さすがに3度目は無言で。
 同じ手順で落とされる球。違いを挙げるなれば手から離れるタイミング。先程より遅く、完全に手が下を向いてから落とされた。
 真横に回転をかけられ適度に落ちたボールを狙い、
 再び架空の鞘から剣を抜く。
 今度は横一文字に。ただし通常の抜刀と違うのは、ラケットを後ろに流すのではなく前へ送り出す事。でなければ横にしか力のかけられない球は横に転がりそれで終わる。
 下がりかけた体を右足で止め、前へと―――一番前にある球へと体重をかける。
 跡部の下を離れる球。スネイク並みの急激なカーブを描いたそれはネットスレスレを通過し、
 「今度は見極めてやるよ!」
 宣言し、不二の指摘どおり自分の左側に注意を払ったビリーの前で、
 ―――またしても消えた。
 『なっ・・・!!』
 呻く一同。原理はむしろ1球目と同じだ。ただし極度のスピンをかけられた球は、今度は逆に着地による跳ね返りエネルギーのほとんどを受け流す。そして、その成果として球は勢いを失わずそのままの方向―――アメリカチーム側からは右方向へ転がり続けるのだ。
 それはまるで・・・
 「つばめ返し!?」
 「だから違うっつってんだろ!?」
 「そうか。忍び手か」
 「てめぇも乗るんじゃねえ真田!!」
 「―――ちなみに『忍び手』って?」
 またしても技パクり疑惑に強く反発する跡部の影で、これまた知らない技名にリョーマがこっそり尋ねた。
 特に質問相手[ターゲット]は決めていなかったのだが、立海代表で切原が答えてくれた。
 「柳先輩の得意技だよ。打ち方違うけどあんな感じでバウンドしてから球が転がる。サーブだから余計タチ悪い。よっぽど見極めないと打てないぜ」
 「なるほどね。つばめ返しならバウンドする前、ボレーで返すっていう手があるものね」
 「不二先輩・・・。そうやって弱点あっさりバラしていいんスか・・・?」
 「何でかみんなその手を使わないからね。この間の六角戦もつくづく不思議だったよ。樹君にあんな無茶な姿勢させるんだったら前衛のサエが普通に返せばよかったのに」
 「本気で佐伯さんってワケわかんないっスね・・・・・・」
 「あはは」
 今度は短めに終わる会話。
 そしてサービスエースのみでついに4球目。今度は普通にトスを上げる。
 普通なら・・・普通の球なのだが。
 「次は何がくるんだ・・・!」
 「次こそ打ち返してやる・・・・・・!!」
 限界まで集中力を上げるアメリカチームの元へ・・・。
 ――――――本当に、普通の球が打たれた。
 『は・・・・・・?』
 ドスッ―――!!
 てん・・・てん・・・てん・・・・・・
 普通に決まるサーブ。
 あまりの普通さに・・・・・・
 「げ、ゲーム日本選抜。5−4」
 審判さんの声までドモる。
 誰もが呆気に取られる中、
 「どうよ? 絶望への前奏曲の感想は」
 1人薄く笑う跡部。つまりは今までの4球全て合わせて『絶望への〜』らしい。どうりで途中から台詞が抜けたわけだ。技発動中にさらに技名を言う必要はどこにもない。
 技発動中。即ち・・・・・・
 最後の・・・・・・1球まで含めて。
 「跡部・・・・・・」
 なんのコメントのし様もないコンボに不二がため息を付き、
 「あ〜!! 純真無垢だった跡部くんがサエくんのおかげでどんどん性格歪んでく〜!!!!!!」
 千石が頭を抱えて喚きちらし―――どこからともなく飛来してきたボールならぬ角ばった石に打たれ昏倒した。
 そして他の一同は、
  ((確かに『絶望への前奏曲』だ・・・・・・))
 一体誰が、あの帝王がこんな半ばギャグオチっぽい事をやらかすなどと想像ついたか!
 昏倒し、なおも頭を抱え続けた千石に、
 ・・・・・・全員の同情の眼差しが集まった。





 「ちなみに跡部、訊いておきたいんだが―――」
 「あん? なんだよ改まって?」
 「あの合宿中の試合時、もし榊コーチが止めなかったとしたら・・・・・・今のもの一通りやっていたのか?」
 「当然だ」
 綺麗に断言する跡部に、
 真田は心の底から榊に礼を言った。







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 日本チームのマッチゲーム。このゲームさえ取ればさっそく1勝!
 ・・・・・・などという結果を、もちろんアメリカチームが認めてくれる筈もなく。
 再びチームワークのなさを突かれ、あっさり5−5に並ばれた。
 「まあ・・・・・・、どうせそうなるだろうな、って予想はついてたけど」
 「おチビに言われるこの2人ってのも、けっこー可哀想だね」
 外野の批評はいいとして、とりあえず
11ゲーム目。今度は真田のサーブだった。
 「あー今度は安心して見れるね」
 真田が後衛、跡部が前衛となるフォーメーション。呟く千石に全員で頷いた。―――跡部が後衛のとき、何度前衛の真田にボールをぶつけかけた(内数回は実際にぶつけた)事か!
 頷く、その中で。
 (ん・・・・・・?)
 忍足は、奇妙な既視感を覚え、首を傾げていた。







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 真田の放ったサーブ。こちらは普通の高速サーブを、アメリカチームはさすがに難なく打ち返した。
 打ち返した球が跡部の元へと迫り―――
 ひょいと避ける跡部を掠め(るほどそばを通り)、横をすり抜けていった。
 ずるコケる周り。かろうじて追い付き打ち返しつつ、真田が怒鳴りつける。
 「貴様は丸井か!? しっかり打ち返さんか!!」
 「ナイス突っ込み。真田」
 「不二先輩、キャラ違うっス」
 関東大会決勝での丸井とジャッカルの立海D2ペアを思い出し、親指を立てため息をつく不二に、さらにリョーマが深いため息を送る。
 一方突っ込まれた跡部は飄々としたもので。
 「ああ? わざわざ俺様の出る幕でもねえだろ? てめぇでどうにでもしろ」
 言い放ち、本当にやる気0で腕組までし出した。
 「うっは〜。跡部さんついに暴挙に出たっスね〜・・・・・・」
 間違ってはいない意味での『勇者』の勇気ある行為に、切原は魂の底から感嘆の声を上げた。
 はっきりきっぱり最初から答えはここにあった。ダブルスで互いに足を引っ張り合うのなら、いっそ片方動かず実質『コートが広く端っこにちょっと邪魔なオブジェのあるシングルス』にした方があの2人には遥かに有効だろう。
 あまりに斬新過ぎる手段についていけない会場全員。その中で、
 (ああ、なるほどなあ・・・・・・)
 ようやく既視感の正体に突き当たり、忍足は1人ぽんと手を叩いていた。厳密には、さらに応援席で桃と神尾、さらに杏が指を指して大声を上げている。
 跡部のこの暴挙―――ではなくスタイル。さすがに座り込んではいないものの樺地とダブルスを組む時と同じなのだ。通りで妙に見覚えがあるような気がしたと思ったら。
 実際それを見た事はないだろうが、真田もまた仕組を理解する。
 「うむ。では遠慮なくいかせてもらおう」
 「間違っても俺様に当てんじゃねーぞ」
  ((お前が言うなよ・・・・・・))
 冷や汗を流す間にもあっさり1ポイント。さすが伊達に『皇帝』などと呼ばれるわけではないようだ。
 同じ要領で続けられる2球目。相手2人も真田に注意を払い―――
 ―――突如パッシングしてきた跡部により、日本チームに2ポイント目が加算された。
 沈黙する会場中。
 「跡部・・・・・・。1分ほど前お前は確か―――」
 「忘れた」
 自己中万歳。俺様最高。
 後ろめたさ0%で言い切る跡部に、
 「・・・・・・・・・・・・。そうか」
 真田はもうただただ頷くしかなかった。
 だんだん悟りが開けてくる。この男にもう何を言っても無駄だという、そんな悟りが。
 「おらさっさとやれ」
 「ああ・・・・・・」
 逆らわずに3球目を打つ。今度は跡部にも注意を払う真田(さりげに先ほど真田自身も跡部に注意を払ってはいなかった)。注意を払い―――
 (む・・・?)
 前を向いていた跡部。組んでいた左手を、顔に当てていた。
 (眼力・・・・・・、か?)
 後ろからではよくわからない。だが前から見ていたアメリカチームの2人が、跡部を見て顔を顰めてから警戒を厳しくしたところからすると、どうやら確かに眼力らしい。アメリカチームがなぜ今日初めて見せられたそれを知っていたのかは謎だが、恐らくこちらの情報をある程度は集めていたのだろう。行き当たりばったりのようだったが、でなければ『シナリオ』など作れるはずもないか。
 思いながら―――
 (しかし残念だな跡部。貴様にこれ以上活躍はさせん・・・!)
 はっきり言って先ほどから跡部の奇行のおかげで全然見せ場がないのだ! ・・・・・・という理由だけではなく。
 はっきり言って跡部に信頼は寄せたくない。彼が全国区と言えるほどのテニスプレイヤーである事は知っている。自分には届かないとはいえその実力はもちろん真田も認めている。が!
 ・・・・・・先ほどからの跡部の言動を見れば、今更眼力など見せられたところで期待信頼の類など持てはしない。むしろそう思う真田の方が正常だろう。
 「侵掠する事火の如く」
 跡部に気を取られている隙に、風林火山の『火』で一気に勝負を決め込む。
 ここに来て見せられた真田の実力に慄くかと思われたが、
 対戦相手の2人はなぜか跡部と真田、2人を交互に見て慄いていた。
 「どうした?」
 問い掛ける真田に、
 「お前らいい加減にしろよな!!」
 ついにビリーがぶち切れた。
 真田にラケットを突きつけ、
 「お前! パートナーなら相手の態度の注意くらいしろ!! 何さらりと無視して普通に打ってんだ!!」
 「む・・・・・・?」
 そう怒鳴られ、ようやく真田は跡部の姿をしっかり見た。先ほどから位置関係も微妙に変わり、おおむね真横から見る跡部は先程から左手を顔に当て・・・・・・
 「ふあ〜・・・。眠み・・・・・・」
 ・・・・・・大口を開けあくびをしていた。
 ぶるぶると肩を、拳を震わせ、
 「跡部ぇ!!」
 真田は本日一番の大声でパートナーを怒鳴りつけた。
 「・・・・・・ああ?」
 遅れて反応する跡部にずがずがと近寄り、ポロシャツの襟を掴み上げ、
 「貴様は一体何をやっている!? ここはコートであり今は試合の最中だぞ!? 貴様の行為がどれだけ相手を侮辱していると思っている!? 実力がどうあれ、貴様はテニスプレイヤーとして最低ランクだ!!」
 『うわぁ・・・・・・』
 当事者でなくとも聞かされぐさぁっ! とくるキツ〜いお灸。しかも聞くのはあの跡部。その上この大観衆の中。得たダメージはどれほどのものか。
 想像して思わず声を上げる日本チーム一同。その中で唯一声を上げなかった当事者は、
 「って言われてもなあ。ヒマだしよお」
 「だったら動かんか!!!!!」
 反省0で実にめんどくさげに瞳を細め、人生舐めきった台詞をほざいていた。
 堪忍袋の尾(というよりどっかの血管)の切れた真田。跡部に拳を振り上げ、
 「この、たわけ者があ!!」
 (今更ながら古風な言い回しは気にされず)それを顔面に向かい、振り下ろした。
 『――――――っ!!??』
 驚きで声も出ない周り全員。こちらを見もせずぼへ〜っと耳を掻く跡部に、手加減せずに打ち込み―――
 パシ―――
 顔前に差し出された手の平に、あっさり受け止められた。
 (馬鹿な・・・!)
 確かに跡部の手は耳―――顔のすぐ横にあった。しかし寸前までそこから動かしていない。防ごうと思ったら、振り下ろす拳以上のスピードで動かす事になる。しかもその手の平、さして力を篭めているようにも見えなかったのに、拳を受け止めわずかにたわむように中心から丸まっただけでほとんど動いていない。少しでも動けばその先にある顔面に結局ぶつける事になるのだ。この跡部がそのような恥さらしをしてはいないだろう。
 剣道及び剣術という形で武芸に携わる真田の目から見ても、(テニスプレイヤーとしてはともかく)跡部は格闘においては上位にランクされる事間違いない。
 驚く真田に対し、跡部は手の平はそのままにして目を細めた。
 やる気なさげな先程までとは違う。真田が皇帝ならば跡部は帝王の顔で。
 言う。
 極めて正論を。
 「暴力だけで言う事聞かせて、それで誰も彼もてめぇについて来ると思ってんのか? アーン?」
 「それは・・・・・・」
 真田がひるんだ隙に拳を払い落とし、掴み上げられたままながらも真田よりも遥かに強い眼差しで睨め上げ、
 「そういうんだからてめぇは一生副部長なんだよ。部長になりたきゃどうやったら部員が自分についてくるか考えろ」
 「む・・・・・・」
 言い返す言葉が思いつけない。完全に、真田の敗北だった。
 跡部のポロシャツから手を放し、
 「済まなかった」
 「わかりゃいいんだよわかりゃ」
 放した手を、
 肩に乗せる。
 項垂れたまま、
 「だから―――」
 「あん? まだなんかあんのかよ?」
 「だから・・・・・・
  ――――――頼むから一度貴様を殺させてくれ・・・・・・!!」
 さんっざん! さっきっから好き勝手してくれて。
 なのにこんな時だけ1人やたらとカッコ良く正論ぶって・・・!
 挙句『そういうんだからてめぇは一生副部長なんだよ』と来る・・・・・・!!
 (だったら貴様はなぜ部長になれた・・・・・・!!??)
 血涙を流して訴える真田だったが、
 「? 何ワケわかんねえ事言ってやがる真田? てめぇもついにボケの始まりか? おいおいしっかりしろよ? 全国まだ残ってるんだろ? とりあえず幸村が帰ってくるまで副部長のてめぇが取り仕切ってねえとマズいだろ?」
 完全に間違ったポイントで、しかも本気で心配げに見上げられる。
 つぶらな瞳に覗き込まれ、
 「貴様には俺直々に引導を渡してくれるわ跡部ぇ!!!!!!」
 「うわあああああ!!! 落ち着いてって真田くん!!」
 「真田副部長ストップストップ!!」
 「今君が暴れたら試合停止で僕らの負けになるよ!?」
 一体どこから取り出したか(というかコイツは常に携帯しているのか)真剣を振り回そうとする真田。とりあえず固まらずに済んだ(慣れのため)千石・切原・不二の3人の決死の努力(文字通り)のおかげでかろうじて抜刀される前に事態は収束へと向かっていった。
 「(ハ〜・・・、ハ〜・・・)」
 「どうどう落ち着いて真田くん」
 「そうだよ真田。日々のサエによる跡部いびりに比べればこの程度まだまだ序の口だよ」
 「・・・・・・もっとヒドいんスか佐伯さん・・・・・・」
 「凄いよ。跡部に向かって『負け犬』『運なし』『頭弱い』なんて普通に言ってのけるからね」
 「何て言うか禁句のオンパレード? 1つでも言えば瞬殺間違いなしの台詞ポンポン言いまくって最終的に跡部くん泣かすよ。怖い怖い」
 「しかも泣いた跡部をさらに笑い飛ばしてその後慰め恩を売ってからそれをネタにからかう徹底振り」
 「悪魔の申し子ってサエくんみたいな人言うんだろうなあってつくづく思うよ」
 「・・・・・・・・・・・・。もしかしなくても今の真田副部長の扱いって、けっこーマシな方なんスか・・・・・・?」
 『それはもちろん』
 気持ち良く断言され、
 熱くなっていた真田の心が急速に冷まされた。
 (そうだ。俺は何を考えていた・・・・・・?)
 自問自答する。
 (先程、この男にもう何を言っても無駄だと悟ったばかりではないか・・・・・・)
 悟ってしまえば爽やかなものだった。
 くるりと対戦相手2人の方に体ごと向け、
 「コイツが済まなかった。とりあえず次からはお前たちもコイツの言動は気にせず流した方が―――」
 『よくねえよ!!』
 「今お前だってしっかりキレただろうが!!」
 「過去の過ちだ。俺もまだまだ修行が足りないようだ」
 「そういうレベルじゃねえだろ今のは!!」
 「うむ。お前たちも精神統一をはかり、テニスに集中すべきだ。テニスは精神が影響を及ぼすスポーツだからな。そのような状態では実力はロクに出んぞ」
 「俺らなのか!? 説得されるのは俺らなのか!?」
 「オラ次だ次! さっさと行くぞ!」
 『お前が阻害してんだろーが!!!』
 それこそあっさり流されて、
 うやむやの内に4球目が放たれた。
 4度前にてヒマそうな跡部。再び左手を顔に当てる。
 どうやら真田の説得は幸をそうしたらしい。相手2人も顔を引きつらせつつ、不自然なまでに視線を跡部から逸らした。
 逸らして―――
 「見つけたぜてめぇらの弱点!!」
 『はあ!?』
 いきなりワケのわからない雄叫びを上げる跡部に、
 視線を逸らしたおかげで出来た死角へと球を捻じ込まれた。
 「ハァ〜ッハッハ!! 試合中よそ見するとは余裕じゃねえの。その油断が命取りなんだよ!!」
 『・・・・・・・・・・・・』
 高笑いする跡部と、その後ろでそろそろ耐性がついたか平然とする真田をやはり交互に見やり、
 「もうヤだこいつら相手にすんの・・・・・・」
 「泣くな。もうすぐだ。もうすぐ終わる・・・・・・」
 肩を叩き慰めあうアメリカチームの2人に、会場中から同情の眼差しが降り注いだ・・・・・・。











 そして―――
 「ゲームアンドマッチ! 7−5! 日本
Jr.選抜チーム!!」
 結局立ち直れなかったアメリカチームはその後のゲームも落とした。
 審判のコールに、
 「フッ。俺達にかかりゃ楽勝だな。なあ、真田」
 「ふん。当然であろう」
 態度だけはむやみに堂々と頷く2人。試合内容さえ無視すればそれはまさしく万人の憧れる帝王と皇帝。
 内容さえ、無視すれば。







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 「ううう〜・・・。昔の跡部くんカムバ〜ック・・・・・・!!」
 「『昔』言うてもある意味あのアホっぷりは変わっとらんで・・・・・・?」
 「昔からああだったワケ? 跡べーって・・・・・・」
 「しかも気が付けば真田まで普通に適応してるしね・・・・・・」
 「たくましいっスね、真田副部長・・・・・・」
 「まあ何にしろ・・・・・・





  ―――だから言ったでしょ? 『これから』って」



―――Fin











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 当り前ですが言わせて下さい。ンな球片っ端っから打てません。
 テニス経験ほぼ皆無(授業でやったのみ)の中、勝手に作ったもういくつ目だかの技
&理論でした。1球目(ホントの『絶望への前奏曲』)と柳の必殺技はゲームより。ただしどちらもリターン技使うと返せますけどね。
 そしてこの話、アニプリ派生のクセしてなぜか半端に原作調です。皇帝・真田の自慢できる部分がスイング速いだけって、けっこーサミシーような気がしたもので・・・・・・。
 では以上、アメリカチームのキャラというかそもそも真田のキャラ観大幅に間違った話を終了させていただきます。しかしこの話の跡部に違和感がわかない自分って一体・・・・・・。
 
 そういえばこのタイトル、パラレル『天才〜』での観月の2つ名だったりします。特にいいものが思いつかなかった(爆)。一応意味として、跡部の言動は果たして天然かそれとも計算づくかといったところです。

2004.8.2122