すっかりベイカーのシナリオに乗せられた2人。4−0だった筈のゲームは気がつけば4−4の同点まで追い上げられていて。
挙句跡部はマイケルに「お前のプレイは安っぽい」とまで言われて。
額に浮き出る青筋を1本また1本と増やす彼らに対し、
「・・・・・・え〜っと」
千石は、『それ』を言うべきかどうか、ひたすらに悩み込んでいた。
泣きっ面に・・・・・・
「あの〜・・・、跡部くん、真田くん」
「ああ!? 何だ千石!」
「跡部! そうやって他者に当り散らすな」
「ソイツはいいんだよどーせロクでもねえ事しかホザけねえんだから!」
完璧に八つ当たり―――とは言い切れない言葉。
(う〜わさっすが跡部くん。完全に見抜かれてるって感じ?)
額に汗をし―――
千石はロクでもない事をホザく代わりに無言で指を指した。
2人を指し―――
「・・・あん?」
「何のつもりだ? 千石」
さらに上―――応援席を指差す。そこで『応援』していたらしい2人を。
「さっきっから・・・・・・
――――――すっげー君ら笑われてるんだけど」
「・・・・・・・・・・・・。ああ?」
「む・・・・・・?」
言われるまま、2人も見上げる。さらに他の日本選手ら及び観客らも。
見る、その先では・・・・・・・・・・・・
「あ〜っはっはっはっはっは!!! 面白い!! お前ら面白すぎ!!」
「勿体なかとよ。『エンターテイメント』ならお前らの方がよっぽど見応えあるんに。特にコメディ好きの奴等にはのう」
「ちょ、ちょっと佐伯!! そんな笑うなよアイツらだって必死なんだぜ!?」
「仁王キッツ〜・・・!!」
互いに隣に座っていた黒羽と丸井の声に、ようやく注目が自分達に集まっていると理解したかぴたりと黙り込んだ。
―――一瞬だけ。
佐伯が瞳に溜まった涙を拭き取り、
「跡部かっこいいぞ!! 確かにお前の阿呆さ加減は日々輝きを増している!! 以前よりずっと面白い!!」
「てめぇ佐伯・・・!!」
仁王が半分以上閉じられた感のある瞳をさらに細めつつ、
「情けないのう真田。この程度相手に苦戦するとは。『王者立海』の看板はお前には背負って欲しくないけえ」
「貴様・・・・・・!!」
2人の青筋の数が先程より数倍―――いや、数乗といった勢いで増えていった。
さらに選手からもこんな声が飛ぶ。毒舌と言えばこの人の彼が。
「大丈夫っスよ仁王先輩! 所詮真田副部長は副部長っス! だから俺達には幸村部長がいるんじゃないっスか! 幸村部長ならこんな相手6−0のワンサイドゲームで終わらせてるっスよ!!」
「切原・・・! 貴様まで・・・・・・!!」
「そうじゃのう。幸村には早く戻ってきて欲しいけえ。とりあえずこんなんが『中学テニス界No.1』なんぞという誤解解くためにも」
「ははっ。いや〜、でも幸村でも無理だろ。なにせ相方があの俺様ナルシー特攻自爆野郎跡部。むやみに出張っては自滅ポイント稼ぐから6−2ってトコじゃん?」
「あ〜言える言える。
・・・・・・すみません前言撤回します―――ってそもそも言ったのサエくんなんだから俺睨まないでよ跡部くん!!」
みんなの言い分に思わず頷いてしまった千石。跡部の射殺す勢いでの睨みつけ(ちなみに彼の場合このように睨んだ後本当に殺すため厳密には『射殺す睨みつけ』だが)を前に、バタバタ手と首を振って自分の無罪を訴えた。
ぶつぶつぶつ・・・と恐ろしい勢いで増えていく2人の青筋。そろそろ額中を埋め尽くしそうな辺りで、
―――ぶちりと切れた。
「佐伯ぃ! てめぇは今すぐ地獄に叩き落す!!」
「仁王! 切原!! 貴様らそこに直れ!! 俺直々に引導を渡してくれるわ!!」
「だああああああ!!!!! ストーップストップストップスト〜〜〜〜〜〜ップ!!!
真田くん!! どっから出したか知んないけど真剣振り回さない!! 跡部くんも!! 指ばきぼき鳴らさない!! てゆーか指はそんなに鳴らない!!
「どけ千石!! 俺はこれからあの馬鹿野郎を二度とンな口聞けねえよう教育し直してやるんだ!!」
「そりゃ確かに殺されたら口は聞けないと思うけど!!」
「千石! 貴様アイツらを庇いだてすると言うのか!! ならば貴様も同罪だ!!」
「何の罪!? ねえ何の罪!?」
「そんなものは何でも構わん!! 俺を邪魔した罪だ!!」
「ごめん! 今俺もちょっと切原くんに賛成したくなった!! 君が治める部活ってマジでヤバいと思う!!」
「何ごちゃごちゃワケわかんねえ事言い合ってやがる!! てめぇら俺様のやる事に文句あるってか!? あ゙あ゙!!??
いい度胸してんじゃねえか!! てめぇらもまとめて潰す!! オラ覚悟しやがれ!!」
「あ゙あ゙〜〜〜!! なんかここにさらに輪をかけてヤバい人があああ!!!
幸村くうう〜〜〜ん!!! お願〜〜〜い!! 早く戻ってきてええええええええ!!!!!!」
試合無視で客席に乗り込もうとする2人とそれを全力で阻止する千石。最早誰が何をやりたいのか、支離滅裂なやりとりが続く。
審判が注意をしようとする―――のを遮る形で千石が叫んだ。
「それに!! 今君らが暴れたら即座に日本チーム失格負けするんだよ!!??」
『―――っ!!』
2人の体に稲妻が走る。はっきりきっぱり日本チームが負けようがどうでもいいのだが(最低)、今自分達がこのままやられっぱなしはプライドが許さない。
・・・・・・つくづく自分の事しか考えていない2人のおかげで、日本チームの危機は過ぎ去った。
「真田よう・・・。提案なんだが―――」
「うむ」
「そうかいいか」
「了解した」
「・・・いやあのごめん。会話成り立ってない。真田くんマジでおっけーなの?」
「男に二言はない」
「一言目もなかったような気ぃするけど・・・・・・」
「そうと決まったらさっさと行くぞ!」
「ねえだからどう決まったの!?」
「今は我々の前に立ちふさがる敵を倒すのみ! 本題はその後でいい!」
「結局後でヤるつもり!? しかもそっちが本題!?
・・・・・・・・・・・・ああもういいよ。うん。頑張ってね」
; ; ; ; ;
「お疲れっした」
選手控え場所に戻った千石を、切原の苛立ちを煽る温かい言葉が出迎えた。
「はあ・・・。マジで疲れた特に喉。てゆーか声枯れてるし。
だいたい君も火に油注がないでよ」
ため息をつく千石。珍しくボヤきなど入れてみたり。
平然と受け流し、切原は目線を上に上げた。客席を指し示し、言う。
「俺はカワイイもんでしょ? あの人たちに比べれば」
「よっ。千石。お疲れさん」
「すまんのうウチの副部長が迷惑かけてしもうて」
上―――出入り口となっているここの真上はカメラ席である。どうやらそこまで移動してきたらしく、カメラの邪魔にならないようしゃがみ込んだ件の2名がこちらを見下ろしていた。
「サエくん。仁王くん。
・・・・・・やるんならもうちょっと穏便にやって欲しかったな。これで棄権負けとかなってたらどうするつもりだったのさ?」
「だ〜ってアイツ本気で馬鹿だからさあ。馬鹿ほど可愛いってヤツ? ついつい必要以上に苛めたくなっちゃうんだよなあ」
「サエくんのは『ついつい』ってレベルじゃないと思う・・・・・・」
「まあ何にしても貸しひとつじゃけん、千石」
「ええ〜? 日本チーム負けたら君だって痛いっしょ? 特に君ンとこの副部長が。
安くしてよ〜。ね? キヨスミのお・ね・が・いv 俺と君の仲じゃん」
「うわ気味悪・・・」
「うるさいよサエくん!!」
「俺とお前の間にどういう関係があるんじゃい。
ならお前も『日本チーム』でっしゃろ? お前が一勝したら貸し0にしちょる」
「サ〜ンキュ〜」
そんな、かなり意味不明なやりとりをする3人。
「ねえねえ千石、どーいう事?」
後ろから千石の肩に手を回しつつ、英二が尋ねた。
「ん? それはね〜。
ひ・み・つv」
「せやからお前気持ち悪いて・・・」
「勿体ぶんないで教えろよ〜!!」
英二の粘りに、ようやっと千石が口を開く。尤も・・・最初から隠すつもりなどなかったのだろうが。
「跡部くんと真田くんってね、
―――実はダブルス組んだ事あるんだよね。去年のJr.で」
『ええ!?』
去年、実際Jr.選抜に出場していた切原と―――その筋(佐伯)から話を聞いていた不二を除いた一同が声を上げた。跡部と真田のダブルスは、その『実力』はともかく今回のある意味華だ。誰もが見てみたかった最強ペア。それが既に組んでいただと!?
「去年のJr.さ、ホラ、全国終わってからやったっしょ? 時間的にも気持ち的にも割と余裕ってゆーかゆとりあった時でさ、だから―――ってワケでもないけど、他校交流の意味も含めて学校バラバラでペア組んでトーナメントやったんだよね。そん時見事なまでのクジ運の悪さを発揮したのがあの2人。組まされた挙句―――
―――初戦でいきなりサエくんと仁王くんのペアに当たった」
「泣けたっスね〜あれはマジで」
「そうそう」
頷き合う千石と切原に、初めて聞かされた一同が首を傾げる。なんでそれがそんなに悪いのだろう? 佐伯と仁王ならばやはりこちらも他校同士。確かにどちらもダブルス(も出来る)プレイヤーであろうが、当り前の話2人でダブルスを組んだのは初めてだろう。チームワークのなさでは互角になりそうな気がするが・・・・・・。
「ていうか佐伯と仁王の方がチームワークなさげじゃん?」
どちらとも対戦をした事のある英二が呟く。
「そうだねえ。どっちもクセの強い者同士だものね。絶対相手の言う事には従わないんじゃないかな?」
不二もまた笑って同意した。結末を知っているからこその笑みなのだが、もちろんこの時点で英二がそれに気付けたワケはない。
「ところがね〜。
甘いんだよ菊丸くん。確かにサエくんと仁王くんの間に『チームワーク』なんていう概念は存在しないんだ。けどね―――
―――他人をからかう事に関しては抜群のコンビネーションを見せるからね、彼らは」
『確かに・・・・・・』
誰もが納得する。今のやり取りを思い出せば当然かもしれないが。
「すっげーすっげー猛攻の嵐。今日の試合なんてメじゃないよ。なにせ4−0どころか5−0。マッチポイントまで行かせた挙句そこから逆転させちゃったし。しかも2人の『攻撃』開始からそれこそ完全ワンサイドゲーム。1ポイントも取らせてもらえてなかったよ」
「はあ!? あの2人相手に!?」
「仮にも中学テニス界No.1・・・・・・かはともかくトップクラスやろがアイツら2人。同じ全国区言うてもランクが違うやろ?」
「テニスの実力ではそうかもねえ。けど勝敗を左右するのは必ずしも『テニスの』実力だけじゃないんだよ」
「つまり・・・・・・」
「からかいに負けた、と・・・・・・?」
リョーマの呟きに、千石と切原2人揃って重々しく頷いた。
「だめじゃんあの2人・・・・・・」
「なまじ2人とも真面目な性格だからねえ・・・。今のくらいも『つまり見せ物[エンターテイメント]勝負の勝ちは俺様が頂いたな! ハ〜ッハッハ!』『貴様ら自分達で俺には勝てないからと幸村に縋るのか? 全くたるんどるぞ!』とかそんな感じに軽〜く流せばいいのにまともに答えるし」
「いやそーやって流せんのお前と不二くらいだと思うよ・・・・・・」
「はっはっは」
英二の嫌味を、千石がそれこそ軽〜く流す。共に名を挙げられた者除く全員が視線を逸らしてため息をついた。
「まあ、俺はまだラッキーで幸村くんとペア組めたからあの2人の攻撃もさすがにそこまで激しくはなかったけどねえ。
―――切原くんも災難だったよねえ」
「そうっスよ! 仁王先輩がヘンな事吹き込んだおかげでアノ人俺ばっか集中狙いして」
「ちなみに何やられらのさお前・・・?」
「『切原の赤目モードは一見の価値あり』とか試合前に仁王先輩が佐伯さんに吹き込んでたんスよ! そんで佐伯さん俺に攻撃しては『ほ〜らほ〜らさっさと赤目になれ〜』とかヘンな呪文紡ぎ出すし」
「いやあ。ノリは完全に悪質な観客だったね。しかも赤目になったらなったでさらに攻撃バージョンアップさせたし」
「どないいう風にや・・・・・・?」
「切原くんの『攻撃』全っ部避けきってさあ。そりゃ普段跡部くんの直接攻撃ですら楽々かわすんだから当り前だろうけど」
「千石さん。アンタもさりげに言うっスね・・・・・・」
「避けきって―――逆に切原くんに当たるスレスレばっか狙って。仁王くんもノっちゃって切原くんのペア完全に押さえ込んじゃったからもうサエくんのやりたい放題。
他にもあの2人に当たったペア全員『テニス止めようかな・・・』とか呟いてたし」
「ダメじゃんそれ全体的に!!」
「ちゅーかテニスやあらへんやろ問答無用で!」
「大丈夫なんスかあの2人!?」
リョーマにそう言われ、ようやっと全員思い出す。そういえば今はまだD2の最中だった、と。
それを待っていたかのように、審判のコールが響く。
「ゲーム跡部・真田ペア! 5−4!」
「よしっ!」
「このまま最終ゲーム、一気に取るぞ跡部!」
「決まってんだろーが真田!」
がっしと拳を合わせる2人。その目に、ギラギラと尋常ではない光が灯っている(ついでに相手2人がそれにビビっている)。
「えっと・・・・・・」
一応生まれたっぽい理由不明のチームワークに、揃って首を傾げる。
「まあ、大丈夫なんじゃないっスか・・・?」
「うん・・・。なにせ―――
――――――人ってより強大な敵を前にすると妙に結託しちゃったりする生き物だからね」
『何じゃそりゃ・・・・・・』
一同のツッコミは、
冷たい風となって会場中を流れていった・・・・・・。
―――Fin
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どうでもいいですがD2にて対戦したマイケルというかぶっちゃけケビン除くアメリカチーム全体・・・・・・。答える(直接ではないですが)跡部より英語がヘタに聞こえるのは言ってはいけないお約束でしょうか・・・? 今までテニプリキャラの英語というとキャラソンで各自聞く事が多かったですが(リョーマや不二はラジオでちょこちょこ喋ってたりしますが)、全体的に英語の歌詞が少ない中で、リョーマ・不二・跡部はもちろん伊武や葵の英語も綺麗に聴こえていたような気がするのでみんな上手いのかと思っていたりしたのですが・・・・・・(この先は言わず)。
さて、それはともかくようやっと《ベイカーのシナリオ》の回から一気に観られました。この回ビデオデッキの不調で撮れなかったため、友人から借りるまでずっと観てなかったのですが―――やっぱ面白れえアメリカとの試合。1話につき1個は話が書けそうだ(さりげにそれは少ないような・・・・・・)。というわけでまだまだ続きます『上手なお茶の間の沸かせ方』。さって次はもう一度D2かそれとも移ってイケメンD1対決か?
2004.9.27