負けなくちゃ。そう考え手を抜く2人を、
不二と千石は極めて冷たい目で見つめていた。
飛翔
「Hey! Mr.Fuji!」
4−3と千石・不二ペアがリードしての第8ゲーム開始寸前。コートに全員が集まったところで、千石が笑顔で言葉を発した。極めて初歩的ながら、それだけで彼の会話力の高さを窺わせる流暢な英語で。
呼びかけられ、不二がきょとんと顔を上げる。確かに対戦相手は2人ともアメリカの選手だ。だがだからといって互いを気遣い言葉を合わせるなど特にやっていなかった。
それでも一応英語で問われたので、英語で返した。―――ちなみにここから先は、管理人の英語能力の低さにより日本語訳で放送する。
「(何? 千石君)」
「(あのさあ。俺思うんだけど〜・・・
日本チームって後誰が残ったっけ?)」
「(D2が英二と忍足君、D1が僕たちだから・・・・・・真田に跡部、切原君、それに越前だね)」
「(誰になっても安心だって思わない?)」
「(つまり?)」
「(だ・か・ら〜。
―――そういう事さ)」
殊更ゆっくり紡がれるのは、決して英語が苦手だからではない。これを英語で話しているのと同じ理由。
―――これが『意味ある会話』だとわからせるため。
一つ頷き、
不二はゆっくりと瞳を開いていった。
「(そうだね・・・・・・)」
日本語へと戻す。
「僕らをコケにしてくれて、このままで済むとは思わないでよ?」
「だから、俺達も付き合ってあげるよ。このクソゲーム」
・ ・ ・ ・ ・
「え? にゃに話してんの?」
「さあ?」
英語がわからずきょときょとする英二に、リョーマが軽く首を傾げた。
「・・・っておチビ英語出来んじゃん!」
「出来たってわかんないっスよ。あの2人の考えなんて」
「――――――なるほどな。そういう事か」
ボヤくリョーマに代わって、
呟いたのは跡部だった。
「え? にゃににゃに跡べー」
「どういう事っスか!?」
英二と、同じく英語がわからないらしい切原と・・・さらに実は真田・・・の問い掛けを半ば無視する形で、跡部は結論だけ言った。
「俺らはよっぽどアイツらに信頼されてるらしいぜ? なあ真田・切原・越前」
「む・・・?」
「はあ・・・?」
「やっぱ―――負けるつもりなんスか? あの2人」
「だろうな」
『・・・・・・・・・・・・』
跡部とリョーマ、2人だけの間に通じる会話。阻害された2人が少し落ち込む。
「・・・・・・ってちょっと待ちいよ跡部!」
「そうだよ! ここで負けたら俺ら絶対絶命じゃん!!」
忍足と英二が焦る。D2。ビリーとマイケル対彼ら2人の対決は、クセ者振りはともかくとして互いの運動神経の差により惜しいところで日本チームの負けに帰していた。これでD1まで落とせばアメリカチームは勝利に王手。出来るならばそれは避けたいと思い、この2人なら大丈夫だろうと期待していたのだが・・・・・・。
「ま、仕方ねえよ。それがアイツらなりの答えであり意地[プライド]だ。文句があんならンな試合挑みやがったアメリカチームに言え。俺なら即座にあの監督殴り飛ばしてるぜ」
「どういう、事・・・・・・?」
なおもわからず問う者らに、ため息をつく。それでも説明してやるのは、2人のテニスプレイヤーの『意地』を感じ取ってしまったからか。だからこそ―――全員に納得して欲しかった。2人が『負ける』わけにはいかない理由を。
「アメリカチームの方の攻撃、途中から変わっただろ?」
「ああ、何かワンパターンになったって感じ?」
「ありゃ多分、そうやって負けるつもりだ」
『はあ!?』
聞き手全員が一斉に声を上げる。至近距離での大音量に耳を塞ぐが、本来これが普通の反応だろう。
「なんでまた進んで負けるワケ!?」
「冗談キツ過ぎっスよ! 負けるために試合するヤツがどこの世界にいるんスか!?」
切原のはかなりの極論だ。だが―――ここにいるメンツは全員同じ意見らしい。同時に大きく頷いた。
ある種の満足感を覚える。少なくとも自分達の中でああいう考えの持ち主はいないという事か。
「見ろよ客席の方。随分盛り上がってんだろ?」
「そりゃ最初っから―――」
「じゃねえよ。アメリカチームが負けだしてから余計に声が大きくなり出した」
「よう聞いとるなあ跡部・・・・・・」
「さっすがいつもパフォーマンスやって盛り上げてるだけあるっスね・・・」
リョーマの皮肉―――だと言った本人は思っただろう言葉に、
跡部が鼻で笑った。
「生憎だが、俺はこういう盛り上がり方は嫌いだ。悲劇の主人公気取りは見てて吐き気がする。俺は勝つから俺だ」
素晴らしく単純な理論。これを跡部の応援者が聞いたら・・・・・・やっぱり悲鳴を上げるのだろう。『それでこそ跡部様!』と。
「無責任な野次馬ほど厄介なモンもねえな。負ければ負けるほど喜びやがる。奇跡の大逆転期待してるっつーより―――ありゃ純粋に『負ける』2人が見てえんだろーな」
「え? じゃあ2人ってそれに応えるために・・・?」
「正確にはそれを狙うあの監督に従って、だ。最初っから言ってんだろ? こりゃ『ショー』だって。大方盛り上げるだけ盛り上げてスポンサーにでも売り込むつもりだろ。そう考えりゃ大会前からのやたらな宣伝振りも納得だ」
「でもそれって・・・・・・キタねーっスよ」
この中で誰よりも勝ちに拘る人物・切原が俯いて歯を噛み締めた。かつて、相手を壊してでも勝つ事ただそれだけを目指していた彼からしてみれば、さぞかし信じられない事だろう。
そしてそれは、他の全員―――今試合を行っている者たちも含め、全員同じだ。
「だろうな。だから千石と不二はあえて『負け』を選んだ。造られたシナリオをぶち壊すために。
アイツら2人は『勝ち』に対する執着心がねえ。アイツらにとって勝ち負けっつーのは所詮ただの結果だ。過程の方を重視するんならどちらに転ぼうが関係ねえ。
が―――」
にやりと笑う。
「―――そんなアイツらにもいっぱしのテニスプレイヤーとしてのプライドはある。しかもああいうヤツらだからこそ恐ろしく高い。それこそ不二の台詞をそのまま借りるんなら、コケにされて許せないほどにな。
そして――――――」
一瞬だけ間を開ける。哀れなマリオネット兄弟に送った視線は決して同情ではない。
「だからアイツらはこの試合を捨てる。誰よりも―――あのアメリカチームの2人に『思い知らせる』ためにな」
・ ・ ・ ・ ・
「どういう事ですかな中村さん」
「先ほどから、客が全く盛り上がっていないのですけれど?」
「え、いやあの・・・こんなハズでは〜・・・・・・」
「我々も『客』の1人として言わせて頂きますが、実につまらない試合だ。一見の価値もない」
アメリカチームのスポンサー席にて、そんな会話が成される。それが、現在の客達全体の意見だろう。
今やD1は恐ろしくつまらない試合となっていた。いや―――
『試合』にすらなっていない。これではただの『ど素人ラリー練習』だ。
スコーン、スコーンと気の抜けたインパクト音が鳴り響く。てれてれ飛ぶ球を『頑張って』追いかける無言の4人に音声を入れるとすると、
―――「ほぉ〜ら次いくよぉ〜」
―――「わあ! ちょっと待ってよ〜」
―――「やんっ! 失敗しちゃった」
―――「ハハハ。ドンマイドンマイ」
「寒・・・・・・」
「どこの浜辺で戯れるバカップルだよそりゃ・・・・・・」
「え〜でもそんな感じじゃん?」
上の会話の音声入力者である英二が、苦笑いしてラストに自分の台詞を入力した。
「俺も言っててめちゃめちゃ寒かったけど」
・ ・ ・ ・ ・
「ゲーム千石・不二。5−4」
審判さんの声にも張りがなくなってくる。こんな摩訶不思議仮定バカップル劇場を至近距離で見せ付けられ続ければそれは馬鹿馬鹿しくなってくるだろう。先ほどまで「アタシのテリ〜!!」とか叫んでいた客らも思い切り冷めていた。
そんな中、冷めないのが2名と逆に熱くなったのが1名。
「(何で真面目にやらないのさ君たちは!!)」
燃える瞳でラケットを突きつけてくるテリー。どうやら我慢の限界が来たらしい。そりゃこんな屈辱的な『試合』を人前でやらされ、挙句コレ相手に負けなければならないのだ。ブチ切れる方が正常だろう。―――テニスプレイヤーとしてのプライドが欠片でもあるならば。
「(止めろテリー!)」
「(何でさ兄さん! 僕はもう我慢出来ないよこんな試合!!)」
止めようとするトムを無理矢理振り切り、たまたまネット近くにいた千石の襟首を捻り上げる。周りから今度はさらに違う意味で悲鳴が上がった。
「『見せ物[スキャンダル]』としちゃ完璧だな。このまんま千石殴り飛ばしゃ最高視聴率叩き出すだろうよ」
特に心配するでもなくくつくつと跡部が笑った。何であろうとこれは2人が選んだ道だ。むしろ今頃望み通り怒ってくれたテリーに喜んでいるのだろう。
そんな様子を微塵も出さないまま、ただ吊り上げられる千石。それでも先ほどまでどおりのおちゃらけムードは消える事もなく。
「(何で君らはそういうテニスが出来るのさ!! 何にも縛られてないんだろ!? 楽しむためにテニスやってるんだろ!? 君らは知らないだろうけどそれがどれだけ価値のある事だかわかってんのか!? だったら無駄にするなよ!!)」
怒りと混乱のあまり理論としては成り立っていない言葉たち。だがそれは、的確に彼の気持ちを伝えていた。
吊られたままそれを見下ろし、
―――千石はへっ、と鼻で笑った。
「(だ〜って君らが『そういうテニス』してくるんだもん。俺らもやる気なくしちった〜。
ああ、盛り上げたいんだったら最初の方みたいに君らが1発2発決めればいいっしょ? まかしてv ちゃ〜んと俺ら『付き合う』からさ。
い〜じゃんこのまんまで。どーせこのままカウント進めば君らの負けっしょ? わ〜いおめでと〜♪)」
「(何を勝手な―――!!)」
さらに締め上げようとしたテリーを、
次いで放たれた、不二の言葉がとどめた。
「(『テニスが楽しい』理由って知ってる? 試合に勝つ事? 自分の思い通りにゲームが進む事? 違うと思うな。聞いた事ない? 『テニスは1人では出来ないスポーツだ』、って。
テニスが楽しい時って相手も楽しんでる時じゃないかな? 相手も楽しんで、自分も楽しんで。だからテニスが楽しい。
そしてだから―――
――――――『楽しいテニス』をしない君達が相手なら僕らも楽しみはしない)」
「(あ・・・・・・)」
言われ。訴えられ。
テリーの手から力が抜けた。
両手を見つめる。何も持っていない両手。ラケットは先ほど兄を振り切った際投げ捨てていた。
俯き、呟く。何かを思い出すように。
「(そうだ・・・。楽しかったんだ・・・。僕らはテニスをやっていて・・・。おばの仕打ちも辛くなくなるくらい・・・・・・。
アレ・・・? 何でだろ・・・。思い出せない・・・・・・。
楽しかったんだよ・・・? 確かに楽しかったんだ・・・・・・。胸がドキドキして、勝つと嬉しくて、負けると悔しくって・・・。そう、君達みたいに、僕らも楽しんでたんだ・・・・・・。
アレ・・・? おかしいな・・・。わからない・・・・・・。『テニスを楽しむ』ってどんな感じ・・・・・・?)」
顔を上げる。テリーの綺麗な顔には、綺麗な涙が流れていた。
「(ねえ兄さんどうしよう・・・。僕わからないんだ・・・。思い出せないんだ、テニスが楽しかったあの頃の気持ち・・・・・・。
ねえ、僕らはなんのためにテニスをやってるの・・・・・・?)」
「(テリー・・・・・・)」
「(教えてよ兄さん!! 僕らはなんのためにテニスをやってるの!? 金儲けのため!? だったらおばさんのところにいた時と変わらないじゃないか!!)」
「(―――!!)」
トムの体が強張った。金儲けのために自分達のテニスを利用したおばから逃げ出したかった。だから自分達を引き取ってくれたベイカーに感謝している。
だが―――
――――――今の状況は、かつてと何か違うのか? こうしてまた、自分達のテニスはただ金儲けのために利用されるだけなのか?
戸惑う。今まで避けていた考え。目を逸らしていた現実。変わったようで―――何も変わってはいないという真実。
考えてしまった。目を合わせてしまった。知ってしまった。
その上で、
トムは今まで通りの笑みを浮べた。
「(何を言っているんだテリー。ベイカーさんはおばとは違う。俺達にテニスをさせてくれるじゃないか)」
「(自分の望み通りのテニスを、だろ!? 金儲けのためのテニスを、だろ!? そうやって僕らから『楽しいテニス』を奪う!! 結局同じじゃないか!!)」
「(いい加減にしろテリー!!)」
反射的に上げられた手。それこそ『悲劇的場面』に観客からの悪質な悲鳴が広がる。
避けるつもりはないのだろう。ぎゅっと目を閉じるテリーに向け振り下ろしたそれは―――
パチ―――ン・・・・・・
―――とっさにテリーの体を後ろに引いた千石の妨害により、空振りに終わった。
代わりに平手打ちを喰らった千石。勢いは失われ、音ほど威力のあるものではなくなっていた。
「(あ・・・・・・)」
「(何、で・・・・・・?)」
呆然とするグリフィー兄弟。
打たれるままに顔を背け―――千石は、さもおかしそうに笑っていた。
日本語で、言う。
「ペアって怖いよねえ。1人が何かやらかすと連帯責任ってもう1人も怒られる。
―――もういいんじゃない? 今更君1人『いい人』ぶっても無駄だよ」
「ねえトム。本当は君の方が叫びたかったんだろ? 君、僕らの会話全部わかってたんじゃないのかい?」
続く不二の言葉もまた、日本語だった。
何を言っているかわからずきょとんとするテリー。対してトムは―――
―――ため息をつき、呟いた。日本語で。
「気付いてたのか」
「試合してて何となく。もしかしてそうかなって思って、さっきカマかけてみたんだけど―――君とテリーの反応が少し違ってたからね。それで確信した」
「ケビンに少し教わっててね。さすがに全部じゃないけど、ある程度ならわかる」
「そう。だから君は辛かった。全てわかっていたから。僕らの会話も―――手を抜き出した君らを怒る日本チームも」
「でもって逆にテリーくんはわからなかったから辛かった。言葉がわからないから雰囲気を読む。俺らはあんまり言葉―――直接態度には出さなかったけど、だから逆に伝わったんじゃないかな? 君らとテニスをしていて楽しいって感じてた事」
「うん。テリー君のアクロバティック驚かされたよ。英二や向日君で見慣れてたつもりだったけど、やっぱ違う人がやるとまた違うね」
「それに見ないで避けるっての、マジですっげーって思ったよ。俺は逆に見て避ける派だからね。アレどーやって避けてんの? 掛け声? 音?」
言葉で、空気で伝わる。本当に楽しいと思っている事。結果は気にしない2人だからこそ、過程である試合そのものを楽しむ。見た事のない相手の技に興奮をし、それを引き出せた事に歓喜する。
「(兄さん・・・・・・)」
テリーが、トムの腕を引き寄せる。見下ろすその先にあったのは、
―――懇願の眼差しだった。
「(お願い。僕らのテニスをやらせて)」
「テリー・・・・・・」
「(今なら思い出せそうな気がするんだ。テニスを楽しんでたあの頃の気持ち。
思い出したいんだ。テニスを好きでいたいんだ・・・!)」
見回す。
じっと見つめてくるテリー。
肩を竦め苦笑する千石。
くすりと笑う不二。
そして―――こちらを睨みつけるベイカー。
――――――さあ、自分はどれでありたい?
「・・・・・・わかった」
「(兄さん・・・?)」
きょとんとするテリーに笑いかける。
「(『連帯責任』だってさ。ベイカーさんには一緒に謝ろうな。お前だけ逃げるなよ? テリー)」
「(兄さん・・・・・・!!)」
喜ぶテリーの頭を撫で、
トムは対戦相手の2人に向き直った。
頭を下げる。
「今まですまなかった。それで何が変わるのか、どんな事が待ち受けてるのかわからないけど、それでも俺たちは俺たちのテニスをしようと思う。だから―――
―――この試合、勝たせてもらうよ」
「わ〜お。言うね〜」
「どうぞご自由に。ただし―――
――――――このままでタダで勝てるとは思わないでよ?」
・ ・ ・ ・ ・
その後のゲームに、誰もが魅了された。
テリーがアクロバティックに放ったスマッシュを不二の羆落としが返せば、千石の動体視力を2人がブラインドで覆い隠す。
勝負は最後の最後まで縺れ込み―――
「ゲームセット! ウォンバイ千石・不二! 7−5!!」
わああああああ・・・・・・!!!
審判のコールを受け上がった歓声は、本日一番の大きさだった。
拍手喝采をその身に浴び、主役4人が向かい合って握手を交わした。
「負けたよ。完敗だ。正直たかが日本チームって舐めてた感もあったけど、まさかここまで強いとはね」
「あはは。でももし最初っからもう一度やり直したら、今度はどっちが勝つかわからないよ?」
手を繋ぎ、互いに笑い合うトムと不二。
トムの笑みが―――
―――本日初めて見せられる類のものになった。
「どうかな?」
「つまり?」
「君ら、実は本気出してなかっただろ?」
にやりと笑うトムに、
不二もまた、イタズラっ子のような表情を見せる。
「実は僕らね、
―――ダブルス組むの、今日が初めてなんだ」
「は・・・・・・?」
「僕はまだしも、千石君なんて本来シングルスプレイヤーだし。他が僕ら以上にダブルスに向かない面々だからって理由でダブルスに回されたんだけど、おかげで寸前までオーダー決まらなくってね。練習も全然出来なかった」
「え・・・? じゃあ今日のは―――」
「かなり適当。陣形も初歩的なものだけだったでしょ? サインプレーなんて最初からないし。君が実は日本語出来るんじゃないかって思った時、2人で焦ったよ。もしかして今までの作戦全部バレバレだった? って」
「・・・・・・頼むからそれは英語では言わないでくれ」
「ふふ。言わないよ。でも―――随分弟思いなんだね」
「そりゃ可愛い弟だからね」
何気ないトムの言葉。彼の中では、それは本当に何気ない一言だった。生まれたときからずっと一緒で、辛いおばの仕打ちも一緒に耐えてきた。2人だから耐えてこられた。そんな弟を可愛がるのは当然だろう?
自分で促しつつ―――不二の表情が僅かに変化した。綺麗な微笑へと。
トムが何か問うよりも早く・・・
隣でもまた、会話が繰り広げられていた。
握手する代わりに、テリーが千石の頬へと手を伸ばしている。先ほど自分の代わりにはたかれた頬を包み込み・・・
「(ねえ・・・、頬大丈夫?)」
「(え? だいじょぶだいじょぶこの位。いつも2m位吹っ飛ばされる勢いで張り倒されてるからねv)」
「(本当に・・・、ごめん)」
「(そ〜んな気にしないで。ね?
―――あ、そーだ!)」
「(え・・・?)」
「(ねえテリーくん。君すっげー可愛いよね。激俺の好みv)」
「(あ、ありがとう・・・・・・)」
「(でさ、そんなに謝っちゃうんだったら代わりに今度俺とデート―――)」
ごがっ!!
「(俺の弟を勝手にナンパするな!!)」
「てめぇ千石! 何勝手な事ホザいてやがる!!」
「(に、兄さん・・・・・・?)」
「うわ跡部・・・。なんでこれだけ離れてて聞こえるのさ君・・・・・・」
突如ナンパされたテリーは現在兄の腕の中に収まり、そして何か勝手な事をホザきかけていた千石は、どこからパクってきたか飛来してきたベンチに直撃され、2m位吹っ飛ばされる代わりにネットに引っかかって没していた。
ぜーはーぜーはー肩で荒い息をつくトム及び日本チームで同じような状態の人は放っておいて、
不二は事態についていけずきょときょとするテリーの腕を取った。
軽く引っ張り、耳元へと囁く。
「(どう? 思い出せた?)」
「(どうだろう? まだよくわからないな)」
くすりと笑う不二に対し、答えるテリーもまた笑っていた。晴れやかなその表情からすると、もう心配はいらないだろう。
「(大丈夫。今すぐにはわからなくってもきっと君も思い出せる。僕が保障するよ)」
「(随分自信満々だね?)」
「(わかるからね。僕も以前はテニスの楽しさがわからなかった。テニスをやっていても辛い事ばかりだった)」
「(え・・・・・・?)」
「(でも今は違う。本当に楽しいんだ。それを思い出させてくれたのが―――僕の周りにいるみんなだよ。
君にもいるでしょ? そんなみんなが)」
視線で指す。自分の隣には兄がいて、出入り口の陰にはケビンがいて、さらにきっとテレビの向こうでは他にも仲間が大勢いて。
「(そうだね・・・・・・)」
テリーが微笑んだ。
「(きっといつか僕も・・・・・・)」
上を見上げ、両手を広げる。
まるで大空へと飛び立つ鳥のように。
何者にも捕らわれない、何者にも縛られない彼の様は、今日見た中で一番輝いていた・・・・・・・・・・・・。
―――Fin
・ ・ ・ ・ ・
最初にお詫びを。テリーの口調がアニメとちょっと違います。すみません。どうしてもあのアニメの口調はただのカマ・・・・・・。
さてこの話、勝手にオーダー変更してる理由は話の内容どおり。『勝ち』に対するこだわりのなさげな2人ならではの策でいきたかったもので。そして自分にしては珍しくギャグ落ちにしてませんねえ(どこが?)。こういうラストのまとめ方、すっごい珍しいような気が・・・・・・。ちょっとし・ん・せ・んv
では、グリフィー兄弟ネタはひとまずこの程度かな?
2004.9.27〜28