一般へのオーダー発表は、試合ごとに行われる。が、さすがに選手たちへは先に告げられる。でなければウォーミングアップの仕様がない。
 控え室にて発表されたオーダー。S1まで一通り終わり、



 「なんで不二さんが補欠なんスか!?」



 最初に反応したのは、意外な事に切原だった。







誰がために鐘は鳴る








 「私の決めたオーダーに何か不満があるのか? 切原」
 「あるに決まってんでしょ!? 何で不二さんが補欠扱いなんスか!? そもそも最初に補欠として入ったの越前じゃないっスか!!」
 「おい切原! 榊監督の決めた事だ! 逆らうんじゃねえ!!」



 周りの制止を振り切り榊へと詰め寄る切原。受け止める榊は冷静なもので、



 「S1で出場すると思われるケビン=スミスの事はお前も聞いたであろう。越前の事を徹底的に調べたらしい。つまり―――
  ―――越前もまた相手のことをよく知っているという事だ」



 確かに理屈ではそうなる。ケビンはリョーマについて知り尽くし、プレイの完全再現が出来るほどだそうだ。それは逆に考えれば―――ケビンのプレイはリョーマ自身が最もよくわかっているという事だ。自分のプレイを自分が理解しているのは当然のこと。ならばそんな2人を当てた榊の判断も極めて自然の事となる。
 頭ではわかっていても、



 ―――心では納得できなくって。



 「だったら―――!!」
 言いかけた切原を、



 「切原!」
 不二の声が遮った。



 何を言うか、悟ってしまったから。
 彼は今、こう続けるつもりだったのだろう。





 『だったら―――俺が補欠になりますから不二さんを出してください!』と・・・・・・。





 (全く、勝手なところは変わらないね、君は・・・・・・)
 苦笑する。せっかく勝ち取ったチャンスだというのに。せっかく『変わった』彼が―――彼自身が試合を出来るチャンスだというのに。
 なのにそれを捨てるという。自分のために。自分のためならばそれすらも惜しくはないと。



 「不二さん・・・・・・」
 泣きそうな、子どものような目で見てくる切原を、不二は真っ直ぐに見返した。その顔に悔しさは浮かんでいない。



 「いいんだ、切原」
 「でも・・・・・・」
 「いいんだ。僕に代表としての試合は荷が重い。僕は選抜メンバーに選ばれただけで光栄だよ」
 「けど・・・・・・・・・・・・」
 「それに―――













































  ―――例え僕が出なかったとしても、君らが勝ってくれれば同じだろう? 頑張って」













































 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っス」







 そんな、約束をしたのに・・・・・・







・     ・     ・     ・     ・








 「ゲームイグニショフ! 3−0!」
 無情にも響く審判の声に、切原は倒れたままコートを思い切り殴りつけた。



 任されたS2。全力で挑む試合は・・・・・・あまりにも一方的に負けていた。



 (なんで・・・、なんで全然歯が立たねえんだよ・・・・・・!!)



 顔が上げられない。あの人に―――不二にこんな情けない姿を見られたくない。
 悔しい。噛み締めた唇から血が溢れ、堪える涙の代わりに目は腫れぼったく鼻はツンとするほどだというのに。
 なのに敵わない。相手の圧倒的な強さを前に、自分はただ惨めに走り回るしか出来なくて。



 敵わない――――――本当に?



 (俺は・・・・・・誰に敵わねえんだ?)
 思い出す。かつての自分。『赤目の切原』と恐れられていたあの頃。





 ―――あの頃の俺は、ンなに弱かったか?





 (え・・・・・・?)
 頭の中で、声が聞こえた。





 ―――なあ、こんな所で負けてどうするよ?





 (誰・・・、だ・・・・・・?)
 その問いかけに、
 『声』は答えることはなく。





 ―――このまんま負けちまって、それであの人になんて言うつもりだ?





 (あ・・・・・・)





 ―――あの人はお前を信頼して任せてくれたんだぜ? お前はそれを裏切っちまうのか?





 (俺、は・・・、不二さんを・・・・・・)



 頭に浮かぶ、落ちた事を知らされた時の彼の顔。悔しくない筈ないのに、せっかくのこんな舞台に、他のヤツらを蹴落として勝ち取った選抜選手の座だというのに。
 なのに自分達を見送る笑顔に曇りはなかった。本当に信頼してくれたから、本当に全て任せて大丈夫だと思ったから。
 そうやって―――自分自身を納得させた上での笑顔。自分はそれを受け今ここにいるというのに・・・・・・





 ―――負けられねえだろ? なら・・・・・・















































・・・・・・・・・・・・『俺』を解放しろ、切原赤也。










































・     ・     ・     ・     ・








 「う、あ、あ・・・・・・」



 切原の様子のおかしさに、最初に気付いたのは誰だったか。
 なかなか起きない彼を心配して台から下りてきた審判を振り払ったところで、誰もが『それ』に気付いた。



 「切原くんまさか・・・・・・」
 「ヤバいじゃん切原。赤目モード入るよ・・・・・・!」



 それを知る日本チームの―――いや、たとえ知らなくとも彼の体から湧き出る異常な雰囲気に、誰もが背筋を凍らせた。



 「止めさせへんとあの相手チームの選手殺されるで!?」
 「あの馬鹿野郎更正したんじゃねえのかよ・・・!!」



 止めようとする日本チーム。それを―――



 「待て!!」



 真田が一喝してとどめる。



 「真田・・・・・・?」
 「何でお前止めるんだよ!!」



 理由不明の真田の行動。驚く一同の中で、
 『理由』に最初に気付いたのは跡部だった。



 「真田・・・。てめぇまさか・・・・・・」
 「え? 何々跡部くん」
 「まさかてめぇ―――







  ――――――――――――あの切原にこの状況打開させようってのか・・・・・・?」







 『―――っ!!』



 耳に痛いほどの吸気音が響く。考えられなくもない、その策略に。



 切原は、普段の実力も充分高いが特にそれが際立つのが赤目モードの時だ。赤目モードは決して危険球を放つだけが芸ではない。身体能力全般が大幅に上がるのだ。確かにその状態ならば勝てるかもしれない。だが・・・・・・



 「正気っスかアンタ!? せっかく切原さんそれ止めたんでしょ!?」



 リョーマが声を荒げて詰め寄った。選抜合宿にての大きな成果のひとつ。それが切原の『成長』だったというのに。問題は起こしたが、決して彼はテニスをやっている最中赤目モードとはならなかった。
 実際その彼と戦ったからこそ、その彼を認めたからこそ、リョーマはその策略に真っ向から反対した。



 彼は変わったのだ。彼自身の意志と、そして―――



 「―――不二先輩?」



 それを導いたはずの存在。なぜか彼は、真田に何か言おうとはしていなかった。どころかこちらを向いてすらいない。



 「不二・・・・・・?」



 全員の視線が集まる。集めた視線を引き連れ、不二はゆっくりと前に進み出ていた。



 最前列、コートからもよく見えるところまで歩いていく。丁度こちら側にいた切原は尚更よく見える。が、



 ―――自分の内に閉じ篭ってしまった切原には、不二の姿は全く見えていなかった。



 「あ、ああ・・・あ・・・・・・」



 両手で頭を抱える切原。まるで何かに怯えるように身を竦める彼の、見開いた目が・・・赤く染まり始めていた。



 両手が離れる。鉤爪のように尖った歪な手は、一体何を求めているのか。



 彷徨う手が、ラケットを掴んだ―――瞬間。










































 「切原ァ――――――――――――!!!!!!」
















































 「――――――っ!?」



 切原がびくりと反応した。吐き出し続けていた息を一気に吸い込む。痛みで意識が覚醒していく。



 戻る、現実感。クリアになった視界に最初に飛び込んできたのは・・・・・・



 「不二、さん・・・・・・?」



 弱々しく呼びかけてくる切原に、





 不二は優しく微笑んだ。





 微笑み、言う。あの時と同じ笑みを浮べ。













































 「大丈夫。『君』なら勝てるよ。頑張って」









































 「あ・・・・・・・・・・・・」



 赤い目が、元に戻っていく。悔しさに凝り固まっていた気持ちがほぐれていく。



 溢れた血は止まり、腫れぼったかった目とツンとした鼻は、今ではもう水で洗ったようにスッキリしている。



 それは、呪文だった。自分を導いてくれる、自分に光を投げかけてくれる優しい呪文。



 不二を見る。小さく華奢な見た目とは裏腹に、浮べられた笑みはとても力強くて。どこにそんな力があるのだろう? 自分よりも、ずっとずっと強い心の力。





 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っス!」





 頷き、切原が瞳を閉じた。掴みかけていたラケットを放す。
 自由になった両手―――もう鉤爪のようではない。何かを壊す為でなく、何かを掴むための両手で。
 切原は、自分の頬を叩いた。



 パ―――ン!!



 響く音に、会場中がしんとする。
 目を開く切原。澄んだ瞳でただ1人を見つめ、



 「しっかり見ててくださいね不二さん!! 俺絶対勝つっスよ!!」
 「ああ。ちゃんと見てるよ」



 不二の言葉に満足げに笑い、
 切原はラケットを拾い上げた。



 立ち上がる。動く視界。さらに視線を上げれば、青空が目に眩しかった。













































 強くなりたい。強くなりたい。他の誰でもない、俺自身の力で。



 高く飛びたい。どこまでも飛んでいきたい。この大空を、どこまでも高く遠く。





















































 (だから―――



  ――――――俺は強くなる!!)














































 切原を包む空気がさらに変わる。先ほどの、触れれば切れそうな危なげなものではない。全てを圧倒する強大なもの。息苦しいほど濃密で―――なのにそれがそこに存在していることを忘れてしまいそうなほどに静かな空気。
 それは・・・・・・日本チームの誰もが知るものだった。



 「無我の境地・・・・・・」



 真田が呟く。顔には驚きが浮かんでいる。
 他の者もまた然り。



 「うっそお〜・・・」
 「幸村・千歳・真田・越前に続いてヤツまでだと・・・?」
 「ンなに簡単になれるモンなんかい・・・・・・」
 「おっチビ〜。どうやってなんの〜?」
 「俺が知るワケないでしょ・・・? 俺だって知らない内になってたんだから・・・・・・」



 慄く彼らと共に、目を開きじっと彼を見つめ―――



 「うん。ちゃんと見てるよ。君のことを、ずっと・・・・・・」



 不二は、そう繰り返した。







・     ・     ・     ・     ・








 「ゲームセット! ウォンバイ切原! 6−3!!」
 審判のコールと共に倒れた切原。眠りこける彼を抱き締め、



 「おめでとう切原・・・。よく頑張ったね」



 不二は、耳元へとそう囁きかけた。



 それを夢の中で聞き取ったか、眠る切原の顔が綻ぶ。















































 もう夢の中に、あの悪魔は出てこなかった・・・・・・。



















―――Fin













・     ・     ・     ・     ・

 ギャグ落ちじゃない話その2(【飛翔】の次に仕上げました)。難しい! どうやって終わらせたらいいのかわからん!! ブチ切れるので次はギャグ落ちで行こうかと思います!
 ―――そんな虚しい答えを得たところでさて問題のオーダー。現在アニプリはS3。残り2人は一体誰が選ばれるのか。ってかリョーマ
vsケビン確定だから一体どっちが落ちるのか。そしてこれで切原が落ちると選抜合宿中わざわざ3週かけて送った話が見事ムダになるような気がするので(全国で披露という手もあるにはあるんですけどね。そしてその頃にはもう絶対アニメではその事忘れ去られてる・・・・・・)、合宿中の注目度から考えてS2は切原で決定でしょうが。そうなると不二虚しいなあ・・・。いっそ初っ端っから落とした方が早かったんじゃ・・・。というか忍足入れずに英二とドリームペアにした方がよかったんじゃ・・・・・・。
 そういえばこの話、ノリというか流れ、伝勇伝長編3巻『非情の安眠妨害』と似通ってましたね。壊れかけた切原を一声でとどめる不二の辺り。どうりで妙にしっくり決まったと思ったら。
 そんなこんなで(どんなだよ・・・)では!

2004.9.28