不二のデータは収集不可能。では彼ならばどうなのだろう?
1+1 と 2 の話
Jr.選抜合宿にて。榊班ではいきなり乾&柳対不二&佐伯の試合が行われた。
佐伯のサーブで始まった試合。柳の出足を不二が止め、佐伯は自分の元へと来た球を絶妙なコースで放った。前衛の乾が届くか届かないかのぎりぎりのコース。
(このコース、リーチのある乾なら思わず手が出る)
そんな佐伯の予想通り、無理矢理手を伸ばした乾のラケットに当り、ボールは空高く舞い上がった。
絶好のスマッシュチャンス。乾の体勢は崩れ、後衛の柳は向かって左端にいる。
(もらった! 右ががら空き!)
にやりと笑って打った球は―――
―――右端へは飛んでいかなかった。
「何・・・!?」
驚く柳の後ろ、向かって左端を駆け抜けるボールを、2人はただただ見送るしかなかった。
「15−0!」
審判の声に、息を吐く佐伯。近寄った不二がぽんと肩を叩く。
「お見事」
「アイツの言葉の意味がよくわかったよ。確かに視界は広く持つべきだ」
「ああ、千石君か。
でもダブルスだと割と普通の事じゃない?」
「生憎と。俺1人しか見ない派なもんで」
「・・・・・・君つくづくダブルスに合うのか合わないのか不思議だよ」
軽くそんな会話をする2人―――特にその内佐伯を、
データマン2名は信じられない面持ちで見やっていた。
「馬鹿な・・・。右に打って来ただと・・・!?」
「貞治、今佐伯が右に打ってくる確率は何%だった?」
「2%だ。佐伯ならばオープンスペースに打ってくると思ったが・・・」
「俺もその位だった。俺達の作戦を見抜いていたのというのか?」
「あるいは・・・・・・『視界を広く』という話からすると、蓮二が動いたのを見てから軌道を変えたか」
「そんな事が出来るのは山吹の亜久津程度だろう。何にしても―――
―――次で明らかにするぞ」
「ああ」
× × × × ×
再び佐伯から放たれるサーブ。不二と乾が互いを知り尽くした攻防を繰り広げる中、佐伯の獲物を捕らえる瞳が柳を標的としてロックした。
(しかし甘いな佐伯。俺の動きはお前には読ません)
佐伯の先読みは剣道により培ったという。そして柳の身近でもう1人、剣道を嗜む者がいる。真剣振り回してる時点でわかるだろうが、もちろん真田である。そして、真田の『見えないスイング』はそこで出来上がったものだ。
つまり・・・
―――そのペースで動かなければ柳には太刀打ちが出来ないのだ。柳は決して後の先は取らせない。予備動作を限りなく0に近付ければ、同じスピードで動く限り防御あるいは次手の攻撃は間に合わない。
柳の動きが止まる。筋肉の軋みすらなくなる。
読めなくなったからだろう。佐伯の動きもまた止まった。見開かれた目が、驚きを露にしている。
ボールが柳へと回る。ぎりぎりまで引きつけ―――
佐伯へ向け打ち放った。
飛んでくる球を前に、佐伯が慌てて動き出す。
(さすが佐伯。ここからでも動けるか。
が、遅い。かろうじてラケットには当たるだろうが、そのスピードではフレームに当てるのが精一杯。コントロールの利かない球はネットに当た―――)
――――――らなかった。
「30−0!」
審判の判定に―――自分の横をてんてんと転がる球に、逆に柳が目を見開いた。
「どうした? 蓮二」
常にはないほどの動揺に、乾が問い掛けてくる。向かいのコートでは不二もまたきょとんとしていた。彼らにはわからなかっただろう。今どういう攻防が行われていたのか。
自分以外でもう1人全貌がわかった人間―――佐伯が薄く笑って呟いてきた。
「残念柳。たとえ予備動作がなくとも動く時は動くんだよ」
極めて当り前の話。動きを読ませない最良の手段は動かない事だが、そもそも動かなければ球を取る事が出来ない。ただし、それだとすると・・・・・・
「お前も予備動作0で動ける、という事か」
「ご名答。生憎と俺はスピードを売りにはしてないからね」
「・・・・・・知っているのか? 真田の事」
「真田が剣道有段者だっていう話なら前々から。でもって今のお前の『動き』見て大体の構造は掴めた。
―――お前も剣道やってるんだろ? しかも俺の付け焼刃みたいなのじゃなくって本格的に」
後の先を読むようになったら次考える事は相手に後の先を読ませない事だ。柳はそのレベルをもまたクリアしている。
面白がるように指差してくる佐伯に、柳もまた苦笑する。
「付け焼刃、か・・・.
お前は代わりに他のところで学んできたんじゃないのか?」
「これまたご名答。多分お前と真田とは逆になるんだろうな。
身近に攻撃の速いヤツがいてね。手が早い、でもってスピードも速い。太刀打ちするにはどうも俺のスピードじゃ無理らしくて」
「それで不必要な動作を切り必要最低限のみの動きをするようになった、か。たとえスピードは遅くとも動作数が少なければ充分間に合う」
「言うほど簡単でもなかったけどな。ソイツ元々別に動作が多かったワケでもないし」
肩を竦める佐伯を見やって、
柳は結論へと持っていった。
「お前が剣道を3週間で辞めた理由がよくわかるな。その相手とは跡部の事だろう? 確かにアイツと互角に動けるのならば並みの相手は充分動作を見てから動ける」
「うあ。そこまでバレてんだ。なんかやる気なし部員って感じでやだなあ」
『3週間で辞めた』のみを重視し、結果的に茶化す佐伯は放っておくとして、
「マズいな貞治。佐伯の初球は偶然ではない」
「どういう事だ?」
ぼそりと呟く柳に、乾が眉を顰めた。
「これから佐伯が打つ前に見せる動作は全てフェイントだと考えていい。こちらの動きに合わせて変えてくる」
「それは充分にわかっている」
「問題はそのタイミング―――タイムリミットだ。恐らく球が手元から離れるギリギリまで自由に変えてくるぞ。なにせ佐伯は打つ前動作をほとんど必要としていない」
「つまり・・・・・・それこそ亜久津並みの状況になる、と」
「だろうな。だが―――
―――ならばむしろデータはより取りやすくなる」
つまり佐伯の動きは2人の動きに合わせられる事になる。佐伯はこうしてこちらの裏を掻いたつもりだろうが、逆に佐伯はこちらに縛られて動く事となるわけだ。
そして――――――現在2人が最も持っているデータは自分のもの及び互いに関するものだ。自分達の動きの予想ならば一番簡単だ。
頷き合う2人に気付いているのか否か、佐伯はこちらに背を向けなおも不二とのんびり話をしていた。
× × × × ×
3球目。今度は乾が佐伯の標的とされた。
(俺の動きなら読みやすい―――か。だがお前の手は見切った。俺の今いる位置はコート中央。柳がいるのはコート左。俺ならばオープンスペースをカバーするため右に動く)
だからこそ乾は佐伯の裏を掻くため左に動き―――
同時に柳も乾が動いて出来るスペースをカバーするため左に動いた。
「おや・・・?」
「む・・・?」
2人の間抜けな声が響く。そしてもちろん、
ドスッ―――!
「40−0!」
そんな音と、そんな判定も。
「あのなあお前ら。2人揃ってわざわざオープンスペース作ってどうするんだよ?」
「その通りだ蓮二! 先程確認した事はどうしたんだ!」
「貞治・・・。なら標的とされたお前は普通に動いてくれ・・・・・・」
データマン乾の弱点。データを欺く事には長けていても、動きを欺く事には不慣れだ。今の彼の考え方では、行動パターンを先読みするわけではない佐伯に対してフェイントとすらなっていない。
だからこそ佐伯は『普通に左に動いた』乾を見た瞬間、彼を標的から外していた。後は自分がどちらに動くかだったのだが―――
乾が動くのと同時に柳もまた動いてしまっていた。予備動作0だろうが動くスピードそのものは平凡な柳に、そこから逆に戻れというのはどだい無理な話。
「まあ・・・・・・次は上手くいくだろう。巻き返すぞ、蓮二!」
「・・・・・・・・・・・・ああ。全くだな」
ちょっぴり赤面した乾の掛け声を、
柳のこの上なく冷たい相槌が一瞬で吹き消した。
× × × × ×
さて4球目。2人がよりいっそう佐伯に注意を払う。
(次は騙されんぞ・・・)
(さあ、次はどこへ打つ? 佐伯・・・)
―――ところで覚えているだろうか。この試合の対戦カード。後1人抜けているという事に。
2人の注意を集め、佐伯は来た球を―――
ひょいと避けた。
後ろからはお馴染みの台詞と共にこの人登場。
「駄目だよ。僕をフリーにしちゃ」
薄く笑い、不二が1球を放つ。本人からしてみれば何気ない1球を。
しかし佐伯の―――ひいては自分達のデータに捕らわれていたデータマン2名には、ただでさえ解析不能の不二の球を追う事は出来なかった。
「ゲーム不二・佐伯ペア。1−0!」
「2人とも僕の事すっかり忘れてたでしょ!?」
審判の声をかき消すように、不二が口を尖らせ詰め寄ってきた。
「確かに・・・」
「すっかりしてやられたな・・・・・・」
呻く2人。不二の向こうでは、全ての根源である男が明後日の方を向き舌を出して肩を竦めていた。
× × × × ×
ゲームが進む。序盤はいろいろ遭った―――ではなくあった柳・乾ペアだが、かつてのダブルス勘が戻ってきたらしい。さすがかつては全国に名を轟かせた2人。不二と佐伯のあからさまな即席ダブルスよりもフォーメーションはバラエティに富み、サインプレイも完璧だ。
が―――
「ゲーム不二・佐伯ペア。4−1!」
「ええっ!?」
「どう見ても、乾先輩と柳さんの方がダブルスとしての実力は上に見えるのに・・・!!」
「まるで―――2人の『穴』を突かれているようですね。ですがまさかそんな事を・・・・・・」
そんな観月の言葉を遮ったのは・・・・・・
「―――お〜すっごいにゃ〜あの2人。『ダブルス』よくわかってんじゃん」
「え? どういう事っスか英二先輩」
自主練となった竜崎班から2名、試合を見に来た英二の唸りに、桃が首を傾げた。
「乾と柳って前ダブルス組んでたって話聞いたじゃん。だからダブルスが上手い。ここまではオッケー?」
「そりゃもちろん・・・」
「でもって不二と佐伯は2人で組むのは初めてだかどうだかは知らないけど、お互いダブルスには慣れてる。よくやってるワケだしね。これまたオッケー?」
「いいっスよ」
「で―――
―――ダブルスに慣れてるから、ダブルスの欠点を知ってる」
「え・・・・・・?」
「ダブルスの・・・欠点?」
「そ。正確には各フォーメーションの『穴』ね。それこそ聖ルド戦で金田が俺達にやってきたみたいに」
「そういえば、観月さんもそんな事言ってたような・・・・・・」
「うんにゃ。俺が言ってんのは多分別。
ダブルスにおける守りのポイントっていうのは、如何にお互いの作り出す『穴』―――オープンスペースを相手がカバーするかって事でしょ? 乾と柳もよくそれがわかってる。だから互いに動き合ってカバーしてる」
「なら―――」
「でもね―――
相手のカバーに動くって事はその瞬間自分は無防備になる。さらに別の箇所をカバーしようとすればそれまでカバーしていたところは手薄になる。不二と佐伯が狙ってるのはそこ。『ダブルスプレイヤー』なら誰でも知っていながら誰もが無視するところ」
無視する理由は簡単だ。気にしてしまえば、その瞬間自分達の守りは完璧ではない―――どころか極めて僅かな空間しか守れていない、と己の無力さを認識してしまうからだ。
万能なる守りなど存在しない。それは『黄金ペア』として全国に名を広める者らであろうと。
しかし―――それを無視し万能な守りが出来ると信じる者が強くなれる。己の無力を噛み締めるだけではそこで止まって終わりだ。だからこそ、少しでも『万能』に近付くため各フォーメーションがありさらに自分達でも考えるのだ。
「乾と柳は確かに『ダブルスプレイヤー』だと思うよ。2人とも今じゃシングルスやってるのに、なのに全然違和感がない。2人も互いをパートナーとして認めてるだろうね。
でも―――だから『ダブルス』に拘りすぎる」
「拘りすぎ?」
「コンビネーションを完璧にしようとする。フォーメーションの維持に拘る。以前はどうだったかはもちろん俺にはわからないけど、3年のブランクってけっこー大きいんじゃないかな? 2人の中では。だから余計『ダブルス』って事に重点を置く」
だからこそ、ダブルスとして弱い点に彼らも弱い。
「なら、兄貴と佐伯さんは・・・・・・」
「そ。どのフォーメーションで2人がどう動くか知り尽くしてる。だからその穴がつける。
で、あの2人はちょうど逆だろうね。今はダブルスやってるけど、限りなくシングルスに近いダブルスって感じ。一見フォーメーションもめちゃくちゃだしコンビネーション悪そうに見えるっしょ? あれ別に本当にヘタっていうよりいざという時すぐシングルスに切り替えられるようにだと思うよ。自分で守れる範囲を守る。ただそれだけ。ダブルスの欠点を知ってるから『ダブルス』はやらないんだろうね」
「さっきっから聞いてて思うんスけど・・・
―――英二先輩、実はダブルス反対派っスか?」
「俺? まさか。俺はむしろダブルス好き派っしょそりゃもちろん。あ、別に賛成反対はどっちにもしないけどね。
シングルス・ダブルス、どっちにも長所もあって欠点もある。んでもってそれは時々そのプレイヤーじゃない方が見つける。いわゆる『違う視点で見る』ってヤツだね。
でも不二と佐伯のアレはなかなかえっぐいね〜。俺らも喰らったら負けるかも」
さらっと言う、黄金ペアの片割れの言葉を受けてか、
「ゲームセット! ウォンバイ不二・佐伯ペア。6−2!」
試合は丁度終わりを告げた。
× × × × ×
終わってみて、思う。
「蓮二、いっそ俺達も『シングルス』でいってみればよかったかもな」
「全くだな」
(・・・・・・それこそあの2人の餌食になるような気もするが)
それは言わぬが花だろう。
―――Fin
× × × × ×
またしても妙な理論展開で行ってみたり。こういう、書く自分ばかりが楽しい話ってどうなんでしょうねえ。
さて31話目にしてなぜか取り上げるのが1話目と同じ場面というなかなか不思議なこの話、ビデオを観返せば観返すほどこの話の「もらった!」と得意げに構えるサエのキラキラした目に鼻血を噴きたい一方、あっさり柳にしてやられる彼は哀し過ぎます。というワケでいっそ初っ端っから変えてみたりしました。そしておかげで乾がギャクキャラになるという、乾Fanの某友人にはとても言えない内容になりました。なんでこういう事になるんだろう・・・?
2004.10.2〜10.11