切原から放たれたファントムボール。慄く周りの中で、
「アレどっかで見た事あるんだけどなあ・・・・・・?」
「どっか―――ちゅーか・・・
―――ショットやのうてサーブやけど・・・・・・お前のカットサーブとおんなじなんとちゃう? 不二」
「ああ!!」
忍足の指摘に、英二がぽんと手を叩いた。どうりで見た事があると思ったらあの消えるサーブか。
彼らの隣で、不二が顎に手を当てくすりと笑った。
「そうだねえ。まあ僕はちょっと実演と助言しただけだけど」
「つまり?」
「つまり・・・・・・」
亡霊のしょうたい
「はあ? 不二に指導頼んだあ!?」
「そんなに驚きなさんなって。知っとるヤツが教えるのが一番早いじゃろ?」
客席にて、大声を上げる丸井に仁王がぱたぱたと手を振った。
「でもなんで不二がわざわざ・・・? つーかお前そんな事頼めるほど不二と仲良かったか? ヘタすりゃ技盗んだって怒られんだろ? 特に不二にとっちゃ切原はかなり憎い相手だろうし」
「提案したのは俺じゃないけえ。俺は間接的に頼んだだけとよ」
「ますますわかんねえ・・・・・・」
「つまりじゃな―――」
ω ω ω ω ω
仁王に練習相手を頼んできた切原。左利きの自分にわざわざ頼む。かつては手塚を倒すため。では現在は?
「アメリカチームのキャプテンってのが、左利きらしいんスよ。恐らくソイツならS1に出てきます。俺、出るからには一番強いヤツを倒したいんスよ。それでいつか・・・」
聞き、仁王は適当に目を細めるだけだった。アメリカチームのキャプテン。切原が言っているのは間違いなくケビンの事だ。直接Jr.には出ず、また自分は情報屋ではないとはいえ、事前にあれだけ宣伝されれば嫌でもそれが誰を示すのかよくわかっていた。
さらにこれは情報屋―――おっと参謀―――の話だが、『アメリカチームのキャプテン、ケビン=スミスはどうも越前リョーマと因縁があるらしい。正確には、彼の父親が越前の父親とな。
そして、
―――ケビンは越前について相当研究しているそうだ。そっくりそのままのプレイが出来るほどに』つまり、
(ソイツを想定した練習をするなら、越前が相手になるのが一番、と・・・・・・)
にやりと笑う。それでは面白くない。
(せっかくの晴れ舞台じゃ。先に結果知ってしまうのもつまらん)
だから・・・
「じゃったらのう切原」
「何スか? 仁王先輩」
仁王はこんな提案をしてみた。
「―――明日、他のヤツ呼んでくるけえ。ソイツと模擬試合やりんしゃい」
次の日。
「よっ。切原。久しぶり」
「誰っスか? アンタ」
現れた、むやみに爽やかな銀髪の男に切原は思い切り首を傾げた。隣に仁王がいるところからすると、それが昨日言っていた『他のヤツ』なのだろうが。
仁王がくっくっくと笑う。
「すまんのう佐伯。コイツは本気で他に目がいかんて」
「別にいいって。どうせ俺なんか覚えられてないだろうなって確信してたし。
とりあえず挨拶な。六角中の佐伯だ。お前とは去年のJr.選抜以来だよな、切原。今年も一緒になるみたいだけど、まあそれより一足早くよろしく」
差し出された手―――仁王と同じように差し出された左手を指差し、
「コノ人も左利きだから相手なんスか?」
「そんなワケなかと? それなら俺が相手すれば充分じゃ」
「あ、何だよそれ。さりげなく俺の方がお前より弱いとか言ってないか?」
「言っちょるのう。悔しいんじゃったら次は勝ちんしゃい」
「いったい言葉だなあ」
先程からの暴言の数々に、それでも全く笑顔を崩さずははっと笑ってのける男―――佐伯。
切原はさらにこそりと仁王に耳打ちした。
「頭大丈夫っスか? コノ人」
「大丈夫じゃけえ。ついでにコイツは甘く見ん方がいい」
「強いから、っスか?」
「じゃけん。ただしコイツが一番強いのは精神戦じゃ。何言われようがへこたれん代わりに暴言吐き出させると真田ですらノックアウトさせられる―――」
「真田副部長なら俺だって簡単にヘコませられますよ」
「―――だけじゃなかと。コイツにかかると跡部ですら泣く」
「な・・・・・・!」
他人の事は見ない切原だが、さすがに中学テニス界5指に入る実力の持ち主(ちなみにトップから、幸村、真田と千歳、そして手塚と跡部である)であり自分が倒そうとしていた手塚と互角の実力の持ち主かつ関東にて実際潰した人・・・・・・と建前はこの程度にして、自分の挑発を鼻で笑ってのけた人間は良く覚えている。『ハッ! ガキんちょが1人前にエバってんじゃねえよ。俺様に何か言いたかったらそれだけのモン身につけてから出直しな。ま、てめぇの実力じゃ当分先の話になるだろうがな。ハ〜ッハッハッハ!!』
去年のJr.選抜での一幕。これがある意味切原初めての敗北の瞬間だった。
勝ちたい。手塚を倒したいのとは別に、この人は口喧嘩で完全に潰したい・・・!!
そんな間違った方向性への情熱を燃やしていたあの跡部を・・・・・・
(泣かせるだと!?)
「ちなみにお前には言っとらんかったけどのう、跡部が挑発に慣れちょるんは日々佐伯にいたぶられとるからじゃ。アイツ、その後俺んトコ来てこんな事言っとった。
―――『仁王・・・。お前いい後輩持ったな・・・・・・。なんつーか――――――すっげーカワイイ・・・・・・』
如何に佐伯に苛められちょるかよくわかる台詞じゃったな。そう言った時のアイツの目は本気で輝いておった」
「佐伯さん! お願いします! 弟子入りさせてください!!」
「・・・・・・何のだよ」
肩をコケさせる佐伯。ようやっと笑顔から変わったことに満足感を覚える―――いやそこが目的ではなかったような気もするが。
「で、まあ本題に戻るがの。
切原、お前相手選手の事どこまで聞きおった?」
「え? だから左利きで―――」
「他には?」
「・・・・・・さあ」
別に事前に相手の情報を集めたりなどしない。そんな事をせずとも大抵勝てるからだ。
「これは柳からの情報ばい。信じるも信じんもお前の自由じゃけん」
「・・・・・・・・・・・・柳先輩からって時点で信じない理由ないじゃないっスか」
「そうかの? 俺は自分の目で見たモンしか信じん」
「・・・多分それ仁王先輩だけっス」
「まあお前が信じんかったら今日佐伯連れて来た意味ないからの。で、柳の話からすると―――」
「ところでお前今のトコさらっと流してよかったのか?」
「よかよ。俺の疑り深さはみんな知っちょる」
「だろうな。お前が信じやすかったら大爆笑だよ」
「お前も言うのう」
「さっきっから言われ放題なもんでね」
「・・・あのすんません。話めちゃめちゃ脱線してます」
「最初に脱線させたのお前だけどな、切原」
「嫌味っスか? 生憎ですけど俺はその程度じゃ負けないっスよ」
「何言ってるんだよ切原vv 俺がカワイイ後輩にそんな事するワケないだろ?」
「うわすっげー薄っぺらい台詞っスね。てゆーか俺がいつからアンタの後輩になったんスか?」
「ガキな時点で」
「うっせー!!」
「あー跡部が感激した理由がよくわかるな。本気でお前カワイイよ」
「だから―――!!」
「―――ところで切原、神奈川と千葉の距離って知ってるか?」
「は? いきなり何スか?」
「つまるところ遠いんだよ。まあ快速1本でいけるとしても」
「さりげにそれ近いんじゃ・・・・・・」
「それ言い出したら東京と九州だって近いだろ? 新幹線1本でいける。
ただしそっから乗換えがあるから結局遠いんだよな」
「・・・・・・だから?」
「俺明日も朝練あるんだよな。早めに帰らないと」
「ならそもそも来なきゃいいんじゃ・・・」
「けどせっかくの後輩指導だからな。やっぱちゃんとどこにでも行くのが先輩としての務めだろ?」
「だから俺は別にアンタの―――」
「というワケで終わったら終電ある内に急いで帰るんだけどな、『急いで帰る=特急を使う』なんだよな」
「ぐっ・・・!! ま、まさか・・・!!」
「さ〜って特急代含めて電車賃どうしよう。
―――まさか、タダで指導受けようとか思わないよなあ、切原」
「アンタ卑怯っスよ! 人の足元見て!!」
「アシがないからな。そりゃ人の見るさ」
「先輩後輩の話はどこ行ったんスか!? 『先輩』ならそのくらいサービスするモンでしょ!?」
「だってお前が俺を『先輩』って認めないからなあ。他人が他人に何か教えるんだったらそれ相応の見返り求めるのが普通だよなあ?」
「く・・・・・・!!!!!!
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・佐伯さん、よろしくお願いします」
「よしよし。やっぱお前カワイイなあ」
「・・・・・・アンタの事ようやく思い出しました。仁王先輩と組んで、去年のJr.で俺のこと散々にからかった人っスよね」
「あ、覚えててくれたんだ。嬉しいよ(にっこり)」
「あまりの嫌さに記憶から抹消してました」
「そういうのは『逃避』っていう自分を守る立派な術だから大事なんだぞ。気にするなよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「――――――そろそろ話進めてよかと?」
2人の会話をまるで聞いていなかったように切り替える仁王。一切出される見込みのない助け舟に、切原は自力で泳ぎついた。
「仁王先輩・・・。お願いですから少なくとも俺に紹介する友人知人の類は選んでください・・・・・・」
「お前なら大丈夫だと思って紹介したんじゃがな」
「すいません・・・。俺仁王先輩と同レベルにはなれません」
「残念じゃのう・・・・・・。それじゃあ強くなれん」
「何において強くなることが目的なんスかコレ!?」
「もちろんテニスにおいてじゃけえ。他に何があるとね?」
「コレとテニスのどこに関係があるんスか!?」
「テニスは精神戦じゃ。そうやってすぐに堪えるようじゃ問題ありとよ」
「・・・・・・むしろここまでやられてへこたれない人の方が問題あると思います」
「さて話を続けるとして―――」
「またも無視っスか仁王先輩・・・!!」
「ははっ。寂しがり屋だなあ切原」
「断じて違うっス!!」
本当に2人の会話は無視するらしい。仁王の―――それこそ何事にも動揺しそうにない瞳が、
まず切原へと向けられ、
そして佐伯へと向けられた。
「先にコイツの紹介補足するけえ。
コイツの裏必殺技は自称『自己流アレンジ』」
「他称何なんだよ?」
「ただのパクリじゃ」
「ちゃんとアレンジしてるじゃん」
「オリジナルで考えんしゃい」
「いやだってさあ、みんないろいろ突っ込み所の多い必殺技使うから」
「・・・つまり?」
首を傾げる切原。先に反応したのは佐伯だった。
「よくよく考えてみろよ。例えば跡部の破滅への輪舞曲だってさあ、ラケット弾き飛ばして2打目打つっていうのはいいとしても何でその2打目、わざわざ相手の近くに打つんだろうな。アレ反射神経いいヤツだったら弾かれたラケット空中で掴み取って返すんじゃないか? とかそんな感じで」
「すんません。俺仁王先輩の方に訊いたんスけど。
なんでコノ人が俺の練習相手なんスか?」
「じゃからな―――
―――佐伯、越前のプレイどこまで真似出来るんじゃ?」
「プレイは無理。俺はそこまで自分は売らない」
「技のパクリとどこがどう違うんスか・・・・・・?」
「すまんかったのう。訊き方が悪かった。
越前の必殺技、どこまでパクった?」
「ドライブAは俺がやると悪どすぎるからって周りから禁止されたけど、それ以外だったら大体。ツイストサーブのモーションだけ真似て『見た目だけツイストサーブ』とかドライブBはスライディング・ジャンプはやるけど球にトップスピンじゃなくってスライスかけて『ドライブP』とか」
「気になるんじゃが・・・・・・・・・・・・『ドライブ“P”』?」
「さりげに名前だけきくと可愛いっスね」
「そうやって思いっきりスライス回転かけるとな、バウンドした球跳ねずに転がるんだよ。丁度軌道が“P”の字になるから『ドライブP』。欠点としてつばめ返しのパクリにも見える。ただし相手の球選ばずいける辺りカウンターじゃないけどな」
「・・・・・・それだけ出来る技量あるんじゃったら普通にやれば相当の実力になるんじゃろうに」
「『びっくりチェンジ作戦』なんて言って右手でやるわ挙句レーザービームまで使うわしたお前に言われたくはないよ」
「せっかく決勝で使おう思たんじゃが、柳生に寸前でボツられた」
「そりゃ柳生の立場だったら俺でも絶対断るよ」
「何でじゃ?」
「お前の真似はしたくない」
「言いおるのう・・・」
「仁王先輩、感動のポイント違うっス。
―――で、何で越前の話が出るんスか?」
「そういや俺も疑問だった」
二対の目に見つめられ、
仁王がぽんと手を叩いた。
「そうじゃ。さっきっから脱線したまま進めたおかげで肝心の説明が抜けておったが、
―――柳の話からすると、アメリカチームのキャプテンな、越前と何か因縁があるらしく奴のプレイを真似するらしい」
「なるほどな。パクリ2号か。やられたね」
「・・・自覚しとったんか」
「てゆーかさっきコノ人パクリって言われて全力で否定してたような・・・・・・」
「あ、でもそいつ越前だけか。なら俺の勝ちだな。大抵誰でも出来るぞ」
「本気で何の対決っスか・・・? それ・・・・・・」
「実は前から疑問だったんじゃが―――幸村やその他諸々の使う『無我の境地』というのも平たく言えばパクリ技オンパレードじゃなかとね? ならアレンジまでして自分に使いやすいようしとる佐伯の方がレベルは上じゃな」
「仁王先輩・・・。そういう虚しくなる台詞言わないで下さい・・・・・・」
「というわけで、今日は佐伯を連れて来おった。2人で模擬試合やりんしゃい。ただし佐伯はあくまで越前の技を普通に使う事」
「ええ〜。ドライブPオススメなんだけどなあ」
「駄目じゃ。でもって見た目だけツイストサーブも超ライジング寸前返しも不可」
「ぐっ・・・! 見抜かれてたのか・・・!!」
「お前のその動揺は技がバレてた事に対してなのか、それとも技名を先に言われた事に対してなのかどっちとね?」
「やっぱ捻りのない名前はダメか・・・」
「そっちとね・・・・・・」
「・・・・・・ちなみに『超ライジング寸前返し』って?」
「つまりはただのボレーとね。地面スレスレで返すからあたかも跳ね上がりギリギリを返したように見える」
「それ・・・・・・実はより難易度上げてません?」
地面寸前で振るという不安定な体勢で、さらにバウンドしていない球は威力が削がれない。
・・・わざわざそんな事をやるコノ人の気が知れない。
半眼で突っ込む切原に、
佐伯はしれっと答えた。
「バウンドしてからだと手後れの球って時々あるだろ? それこそつばめ返しとか零式ドロップとか絶望への前奏曲とか―――」
「ストップ。絶望への〜ってサーブじゃないっスか」
テニスの超基本ルールだが―――サーブはバウンドしてからでなければ打ってはいけない。
「まさか・・・・・・」
口端が引き攣る。まさかこの一見あからさまに意味のない技の真の目的は・・・・・・
予感が―――
―――確信に変わった。
笑みのまま、佐伯がぴっと指を立てる。
「如何にスレスレで打つかがポイントだな。後ラケットで審判から死角にするのが」
「サイアクっスねアンタテニスプレイヤーとして」
「大丈夫だ。公式戦ではやった事ないから」
「そういう問題じゃないっしょ」
「とりあえず跡部からはクレーム来ないからいいんじゃないか?」
「来ない理由がめちゃくちゃよくわかりますね今までのやり取りから」
「ははは」
これで全て解決したとばかりに笑う佐伯。笑いながら―――『これ以上続けたら次お前がターゲットな』といった感じのオーラを全身から垂れ流している。
「・・・・・・もういいっス」
げんなりとする切原をやはり他所に、
「なら試合始めるとね」
というわけで試合は始まった。
というわけで試合は終わった。
「なんで俺がンなにあっさり負かされたような言い方するんスか!?」
「大分『あっさり』って感じだったじゃん」
「やっぱ必殺技ないのは痛いとね」
「何かいろいろ前使ってなかったっけ?」
「前の必殺技は全部赤目モードにならんと使えんらしい。しかもナックルサーブにせよナパームにせよ全部相手にぶつけおる」
「ああ。そういうプレイは止めたんだっけ。
けどこれは正直辛いよなあ・・・」
「必殺技1コも出さんで勝ちおるんは幸村か、さもなければお前くらいじゃけえ」
ちなみに佐伯、裏必殺技としてストックはいっぱいあるが、はっきりきっぱり他人のパクリをまさか公式戦という真剣勝負でやるわけにもいかない。おかげで何も知らない者には、彼は技を何も持っていないと認識されている。ついでにだから弱いとも。なお幸村は本当に『自分の技』を持っていない。持っているのは他人の技、それもせいぜい出すのは無我の境地の際くらいだがこれも滅多にやらない。幸村は逆に、そのようなものに頼らず普通にプレイするだけで十二分に勝てるからだ。
「丁度よかと。佐伯、試合形式じゃのうてただのラリーとして切原の相手してやってくれんかのう」
「次は制限なしでオッケー?」
「よかよ。
切原も、新しい技身につけるかさもなければどんな球にも対応出来るかするようになりんしゃい」
「よっし次こそアンタを破る!!」
「だから試合じゃないって・・・」
苦笑しながら、佐伯が球出しをした。特殊な形のアンダーサーブ。それは切原の足元でバウンドし―――
「んなっ!?」
―――そこで消えた。
思い切り空振りした切原。がしゃんと鳴るフェンスの音を聞き分け振り向いた先は後ろではなく右で。
「何スか今のサーブ!! 消えたっスよ!?」
「ああ、今のは・・・・・・」
言いかけ、佐伯は言葉を止めた。
今のサーブ、もちろんかの青学の天才の技(パクリ)だ。ただし今のはそのまま使ったに過ぎない。残念ながら天才ではない自分。トスで回転をかけさらにラケットでそれを助長などという器用な真似は出来ない。厳密には―――出来はするがそれだけで十分な回転は得られない。だからこそ自己流アレンジを施すのだから。つまり―――
―――今のサーブは、別に消えはしない。相手にとって多少予想外の方向に飛びはするが、完全に見失うほど急激な角度で曲がりはしないのだ。
ではなぜ切原は消えたように見えたのか。その答えが・・・
考え付き、
口に当てた手の下で薄く笑う。
(左利きへの対抗手段、か・・・・・・)
左利きの者が右利きの者に対し有効な手は、同時に右利きの者が左利きの者に対して有効な手となる。
「丁度1ゲーム分、後3球打ってやるよ。何が起こってるかはお前の目で確かめるといいさ」
止めた言葉の代わりに出す別の言葉。1球目、2球目はそのとおり打ち、さらに3球目はフェイントとしてそのまま打った。
全て空振りに終わるが―――どうやら正体を見極めてきたらしい。
切原が佐伯に顔を向けてきた。真剣な眼差しで―――
「佐伯さん。その球の打ち方、教えてください!」
(やっぱカワイイよ、お前は)
望み通り進む事態ににやりと笑う佐伯。観戦しながらこちらもこの技―――ひいては自分の狙いに気付いたのだろう。仁王が面白そうに笑っている。
それらは表面、少なくとも切原にバレる部分には出される事もなく。
佐伯は何事もないかのように普通に対応した。
「さっき言ったとおり、俺の技はあくまで自己流アレンジだ。つまりはオリジナルがいるってわけだな。
次はオリジナルの方連れてきてやるよ。俺から学ぶより直接学んだ方がいいだろ? ソイツのサーブなら本当に『消える』し」
「じゃ、じゃあぜひ!!」
胸の前で両手握り拳を震わせ、それこそカワイイ様で頼み込んでくる。さて次回、その『オリジナル』を連れて来た時彼はどんな反応を見せてくれるだろう?
跡部に次ぐ最高のからかい相手2号の誕生に、佐伯は実に楽しそうに笑った。
笑って、ラストに告げる。
「ああ切原、最初に注意しとくよ。
―――使う時は自分の状態に注意しとけよ」
「は? 何でっスか?」
「この技、強烈なスピンで無理矢理本来進む方向を捻じ曲げてるワケだろ? 回転が足りないと進む力と戻る力が反発しあって真上に飛ぶからな」
そして、次の練習で―――
「おーい切原、連れて来たぞ」
「やあ切原。久しぶり」
「―――って不二さん!!??」
ω ω ω ω ω
「・・・といった流れで切原に教えたんだよ。最初僕見た時は随分驚いてたなあ」
「そりゃ驚くでしょ・・・・・・」
懐かしむように上を見上げる不二に、リョーマが小さく突っ込んだ。
「まあ、自分がこれから覚えようとした必殺技がかつて負かされた相手のとなれば、それは切原にはショックじゃっただろうのう」
「いや〜。あの時のアイツの反応は笑ったなあ。しかもそれでもしっかり学んだし。他に手がなかった時点でアイツの敗北は決まってたからな」
「『それでいつか・・・』の先に続く相手がどんどん増えおるな。幸村・真田・手塚・不二。それにテニスに限定せんかったら跡部に佐伯もじゃ」
「でもってお前も含まれるだろうなあ。知ってたクセに言わなかったんだろ?」
「仲良くなるよかチャンスとね。俺は静観しとっただけじゃ」
「お前ら・・・・・・」
腕を組み悠然と切原を見下ろす仁王と、後ろから身を乗り出し笑顔で補足していく佐伯に、丸井もまたリョーマと同じ反応を見せた。
場所は再び日本チームへ戻る。
「でも、よく切原くんにカットサーブ教えたねえ、不二くん」
「まあ、切原も更生しようとしてるみたいだし、これをきっかけに仲良くなろうかなあ、って。
それに―――」
「それに?」
「―――技パクられるのはもう慣れたからね。ただしカットサーブに『エセ』はなかったんだけど」
「・・・さりげにサエくんに技術勝負で負けた事悔しがってる?」
「かもね」
ω ω ω ω ω
試合途中に起こったアクシデント。無理矢理ネットインした球を取りにいった切原が、そのまま頭から突っ込みポールに右肩をぶつけた。
滑らかに動かなくなった肩。ファントムボールはあらかじめボールに回転がかけられない分、カットサーブ以上に腕を大きく動かし回転をかけなければならない。この肩ではもう打てない。
言葉により、態度により何とか誤魔化していく。だがもうそれも限界で、
「ホラホラ最初の勢いはどうした!! ファントムボール打ってみろよ!!」
逆にケビンの方が挑発をかけてくる。ここで使わなければ完全にバレるだろう。そうなれば、ケビンは警戒を解き本気で攻撃を仕掛けてくる。
本来ならそちらの方がいいのだ。かつての自分ならともかく、今の自分ならむしろそっちを望む。怯える相手をいたぶるのではなく、全力で歯向かって来た相手を全力で叩き潰す事を。
(だが―――)
今はマズい。全力で来られたら、この肩では防ぎ様がない。
(こうなりゃ、いちかばちか・・・!!)
無理矢理振り上げるラケット。肩から上がるそれこそ幻の軋み音に、上げそうになった悲鳴を唇を噛み締めやり過ごす。が、
(ヤベえ! 回転が足りねえ!!)
手元から離れた球は、本来のファントムボールより僅かだがスピンが下だった。
(どうする! これじゃ消えねえ!!)
しかもエセでもないから間違いなくケビンにバレる。
実際―――
「なんだこのへなちょこボール! これなら楽に打ち返してやるよ!!」
(バレた・・・!!)
動揺する切原の前で、ケビンは余裕の表情でバウンドした球を打とうとして・・・・・・
『なっ・・・!?』
驚きの声は、2人の口から同時に発せられた。
バウンド後真上に飛び上がった球が、ケビンの顎を打つ。思わず声を上げていてしまったケビン。強制的に閉じさせられた下顎が頭蓋骨を思い切り揺さぶり、そのまま後ろへと倒れこんだ。
慌てる審判と客席の中で、
「え〜っと・・・・・・」
切原は、『最初の注意』を思い出していた。
―――『回転が足りないと進む力と戻る力が反発しあって真上に飛ぶからな』
ぎぎぎぎぎっ・・・とぎこちない動きで周りを見回す。まずは直接指導をしてくれた不二の方を。
向けられ不二は・・・
「えっと・・・・・・。さすがにこの事態は予測してなかったなあ・・・・・・。僕はやった事ないし」
さらに上、応援席の方へと・・・・・・
「だから言っただろ? 『使う時は自分の状態に注意しとけよ』って。
いくらケビンにバレそうだったからってその肩でファントムは無理だろ」
「へ? その肩って?」
「よく思い出してみんしゃい。切原、途中から挑発が多かったじゃろ?」
「それに動かす度に肩の筋肉引きつってるしね」
「さっきポールにぶつけたせいでだろーな。確かにあの肩じゃファントムは打てねえよ」
「ちなみにあの技、強烈なスピンで無理矢理本来進む方向を捻じ曲げてるワケだから。回転が足りないと進む力と戻る力が反発しあって真上に飛ぶみたいだね」
他人のクセを見抜くのが得意な仁王、動体視力の良さから相手の筋肉の動きを読む千石、眼力で相手の弱点を見破る跡部及び元技の提供者である不二がそれぞれ解説を付け加えていく。
「で、でも佐伯さんだってロクに肩動かさないでちゃんと打ってたじゃないっスか!!」
「ああ、あれは手首使ってさらに回転かけてんだよ。あんまりやりすぎると今度は手首痛めるけどな」
「だったらなんでその方法教えてくれなかったんスか!? 知ってたら俺だってそれやってましたよ!!」
「だって教える義理ないし?」
「先輩後輩の関係は!?」
「だから最初の練習付き合ってやっただろ? それ以上が欲しいならちゃんとそれ相応のものくれないと」
「・・・・・・電車賃払わなかったのまだ根に持ってんスか?」
「残念だったなあ切原。たかが片道3000円前後。特急使ったとしても4000〜5000円程度。1レッスン10000円弱で教われたのに」
『高ッ!!』
「払えるかンなモン!!」
「でもおかげで大変だなあ切原。またそんな勝ち方して」
「―――っ!?」
「アメリカチームケビン選手、試合続行不可能のため、この試合、日本チーム切原選手の不戦勝とします!」
無情にも響く審判のコール。アメリカチーム及び客席(一部除く)から、もの凄く冷たい視線が切原へと降り注がれた。
「ち、違う・・・!! これは誤解だ・・・!!!」
ばたばたと手を振り全力で無実を証明するが、
「あの人サイテー・・・」
「信じられねえ・・・」
「いくらなんだって、ンな勝ち方するか・・・?」
周りから聞こえるひそひそ声。かつてはそれすらも賞賛として受け入れコートに立っていた切原は、
「誤解だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!」
現在、コートに崩折れただ叫ぶしか出来なかった・・・・・・。
ω ω ω ω ω
周りの冷たい視線のなか、
ただ2人、切原へと同情的な眼差しを送る男らがいた。
「てめぇもロクでもない相手に目ェつけられたな、切原・・・・・・」
「こうなったら全員一緒に落ちましょうか・・・・・・」
日本チーム待機場所にて、
跡部とリョーマは哀れな同胞に、しかしながら自分がしてやれる事は何もなく、ただただため息を送るだけだった・・・・・・・・・・・・。
―――佐伯格好の遊び相手決定。1年=リョーマ、2年=切原、3年=もちろん跡部。
ω ω ω ω ω
話は飛びますがアメリカチームを見て最初にケビンがいいと思った理由。『言動がすっげーカワイイ! 中学生ちっくだ!!』。←なおこう思い書いた話が『いんけんちゃんぴよん♪』ですが。
―――そう力説して友人に「いや彼ら中学生だから」と突っ込まれました。
日々こんな(あえて『どんな』とは示さず)ドス黒キャラばっか書いてると、普通に挑発とかしちゃってる人が凄く純白光り輝いて見えます。というわけで、最近切原が酷く可愛いです。
そしてヤバい。この3人のやりとり面白すぎる。対切原だけだとサエの対応が対跡部とほぼ同じでしょうが、対跡部なら逃げとして千石さんがいるのに対切原だと仁王まで佐伯派に周り切原孤立無援。徹底攻撃されますな。しかしこの3人というかサエと仁王・・・。話進まないなあ・・・・・・。かなり短くなる筈だったのに、なんでこんなに長いんだ・・・? 全体の8割が会話文で埋め尽くされ、さらに展開に必要ないところを削除すると7割は消えそうです・・・・・・。
ちなみにどうでもいいMy設定2。六角は銚子近辺と示しましたが、立海は逗子や久里浜の方だったりするといいなあ。総武線快速端から端まで。ただし銚子そのものにはないため特急で八日市場まで行くかそれとも銚子から各駅で来るかといった感じで。なお運賃は銚子から久里浜までです。
そういえば余談。タイトルの『しょうたい』が漢字でない理由は、『正体(つまりはカットサーブパクリ)』であり、また『招待(どちらかというと亡霊とはさらに違う部類に)』でもあるからだったりします。
2004.10.14〜17