もしもシリーズ? 手塚が監督についたのが竜崎班でなかったならば。





The CHANGE






榊班になった場合


 「まずはグラウンド
10周だ!」
 「あ、ちょっと待てよ手塚」
 「む? 何だ佐伯」
 「せっかく合宿なんだぜ? いつもと違う環境なんだからそこでしか出来ない事やったらいいじゃん」
 「つまり?」
 「だから―――」







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 という事で、合宿所のすぐそばにある砂浜に来た。意外な事に人気はない。夏真っ盛りとはいえ朝っぱらっから元気に泳ぐ者はそういないからか、それともここまでの交通の便が悪いからか。
 「なるほどな、砂浜での走り込みか。実に合理的な練習だ」
 「足場の安定しないところでの走りは通常の場所を走る以上に踏み込みと蹴り出しの力を必要とします。実際プロの陸上選手などは砂場で練習を行い、脚の裏の筋肉を付けたりもします」
 「考えたな佐伯」
 「いやそれほどでも。ただ俺らは普段からやってるから慣れてるだけさ」
 乾・観月・柳の3大データマンの誉めに照れる佐伯。この時の彼の台詞をもう少し吟味していたならば、この先起こる不幸をもしかしたら回避できたかもしれない誰がとは言わないが。







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 さて始まった練習。まずは足慣らしに軽くランニングをし、
 そして本格的な? 走り込みを開始した。方法は至って簡単。ビーチフラッグ―――ライフセーバーなどが行う、腹ばい逆向きに寝転び合図と共にダッシュ、相手より早く立てられた旗を取るアレである。
 さっそく始め・・・
 「さっすが早いですねー佐伯さん」
 「言っただろ? 俺らは慣れてるって」
 はーっと息を吐いて力を抜く裕太に、佐伯がひらひら旗を振り笑った。瞬発力といえば確かに佐伯の方が有利なこの勝負。しかしながら勝敗の決定打は佐伯の言う通り慣れの差だろう。身を起こす時点で砂に手を足を取られていた裕太に対し、佐伯は一気に立とうとせずまず地に触れている面積の大きい膝立ちになり、そこから逆にめり込ませる形で方向転換をした。走る間もあえて小股にし蹴り出しの力より脚の回転数に頼っていた。その結果、グラウンドを同距離走るのに比べ明らかにタイムが落ちた裕太に比べ、佐伯はほとんど変化がなかった。
 ―――微妙に本来の目的である『脚の強化』に反しているように感じるが、それに気付いたのはごく一握りの人間だった。
 「ならば次は不二と観月だな」
 「うん。頑張るよ」
 「んふっ。不二君、今日こそ決着をつけましょう」
 「ついてなかったんですか?」
 「ぐっ・・・!!」
 「ははっ。裕太君、そういう傷口に塩抉りこむような質問は直接本人にしちゃダメだぞ☆ いくら常人と感覚が違う観月だろうと落ち込んじゃうじゃないか」
 「そうだよ裕太。僕に訊いてくれたらはっきりきっぱり否定しようもない位力強く『
ついた』って答えてあげるからねvv」
 「おのれ不二周助・・・!! 佐伯君まで・・・・・・!!
  いいでしょう!! 貴方がたには今すぐ思い知らせてさしあげましょう!!」
 「自分が敗者だって?」
 「違います!!!」
 「ほらさっさと始めようよ。次進まなくて手塚も困ってるじゃないか」
 「いや、俺は・・・・・・」
 「そうだなあ。練習が進まないと手塚の監督責任だしなあ。来て早々役立たず扱いされてドイツ送還なんてなったら災難だもんなあ」
 「さて、進めるか」
 「この世界に正義というものはないんですか!?」
 「何ワケわかんない事言ってるのさ観月。君頭大丈夫?」
 「この暑さで熱中症じゃん? ただでさえ元々いろいろあるってのについに壊れたか」
 「ホント、ルドルフ部員たちも大変だねえ。こんなのに参謀任せちゃって」
 「今更なんだけど淳六角に戻してくんないかなあ。俺不安になってきたよ。コイツのトコに淳預けとくの」
 「裕太。今すぐ戻って来ていいからね。ちゃんと転校手続きはやっておくよ」
 「やんなくていい!!」
 「ほらあなたたち!! さっさと始めますよ!! 始めればいいんでしょ!? クソッ!!」
 「あ、ヤケ起こしてる」
 「やれやれ。こうやってすぐキレるのがいるから若者が問題視されるっていうのに・・・」
 「うがあああああ!!! さっさと準備しなさい!!」






 「さすが不二の弟。天然でさっくり相手を傷付ける事は朝メシ前、か・・・」
 「しかしそれを利用してそれこそ『傷口に塩を抉りこむ』佐伯と不二も大したものだな」
 のんびりと呟く幼馴染みズ。陰で、中学テニス界(仮)
No.1の男がひっそりと同情の眼差しを送っていた。
 (手塚・・・、お前も苦労しているのだな・・・・・・)







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 そして不二対観月番外編が始まり・・・
 ・・・・・・勝負は実質開始2秒程度でついた。
 「不二おめでとう!!」
 「兄貴スゲー!!」
 「いやあ。それほどでもないよ。相手が弱かっただけで」
 拍手喝采雨嵐と送る2人に、不二もにっこりと笑う。一方・・・
 「生きてるか? 観月」
 「死んでいる確率
82%・・・85%・・・・・・。早く掘り起こさなければ1分以内に100%となりそうだな」
 「起こしてやりましょうよアンタ方・・・・・・」
 残り数名に見守られ、観月は着実にあの世へと旅立ち始めていた。
 開始と同時、起き上がり走り出そうとした観月はなぜかそこにあった小さな落とし穴に足を取られた。慌てて体勢を立て直そうとした観月。しかしこれまたなぜか集中的にいたクラゲに刺され体中麻痺状態にあった彼に、立て直しは不可能だった。ばったりと前に倒れ込む。
 こちらは普通に起き上がった不二。またまたなぜか目の前ちょっと右側にあった邪魔な砂山を足で隣に崩しつつ前に進んでいった。ちなみに互いの位置は不二が左、観月が右である。
 かくて観月は『不幸な事故の積み重ね』により砂に埋もれ窒息状況となっていた。
 「けどやっぱ夏の終わりの砂浜は怖いね。クラゲがうじゃうじゃいるよ」
 「その割にはよくお前たちは刺されなかったな」
 「先に掻き分けといたからな」
 「俺は佐伯さんに指された場所に寝転びましたから」
 「僕は以前それで酷い目に遭いかけて知ってたから」
 「あの時の景吾と千石は災難だったなあ。周ちゃんの身代わりに刺されまくって」
 「だから今回は前もって隣に捨てておいたんだ」
 「偉いぞ周ちゃん。ちゃんと学習したな」
 「えへへv」
 「裕太君も次からは気をつけような」
 「はいっ!」







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 何だかほのぼの校外学習状態となった一同から離れ、乾はすすすっと手塚に近寄った。
 愛用のノートで口元を隠し、視線すら合わせず呟く。
 「随分いいデータが取れた。手塚、感謝するよ。お前が戻ってきてくれてよかった」
 「俺は何もしていないが・・・・・・」
 「だからいいんじゃないか。榊コーチならば途中で止められていた。2人もそれがわかっていたからこそ今まで大人しくしていたのだろうな」
 「乾・・・・・・。質問なんだが―――
  ――――――――――――――――――――――――――俺は監督失格なのではないのか?」
 「何を言っているんだ手塚? お前のおかげで本当のデータが取れるようになったんじゃないか。お前は充分俺達の役に立っている」
 「この世に正義はないのか・・・・・・?」



―――Fin











華村班・・・にならなかった場合


 「聞きおった? 跡部。手塚が戻ってくるらしいで?」
 「あん? 手塚が? んでどこの班に入んだ?」
 「竜崎班やと」
 「あそこ人数多いじゃねえか」
 「それが選手としてやのうて監督としてや。ホラ、あそこの監督さん倒れたやろ? その代理やと」
 「ほお・・・・・・」
 忍足の言葉に薄く目を細める跡部。果てさて彼は一体何を考えているのやら・・・・・・。







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 「―――というわけで、入院された竜崎先生の代わりに手塚君が・・・」
 「待って下さい」
 夜、手塚の歓迎パーティーにて。手塚の紹介をする榊を遮り、跡部が手を上げた。
 「む? 何だ跡部」
 「華村コーチも本日急に倒れられました。合宿中入院するそうです。俺達華村班にもコーチがいません」
 「それは困ったな。ではさらに別のコーチを用意―――」
 「そこで提案です。現在3班に分かれているところを、榊班と手塚班、2班にするというのはいかがでしょう。
  1班
14人。決して不可能な人数ではないでしょう?」
 「なるほど。ならば華村班の割振りは―――」
 「既に用意出来ています。榊班と手塚班それぞれ実力が同程度になるよう公平に振り分けました」
 「ふむ。さすがだな跡部」
 「お褒めに預かり光栄です」
 「他の者も異存はないな。では明日からはそれで行こう」
 『はい!』







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 「・・・・・・で?」
 「華村先生が
急に入院?」
 解散後、うさんくさげに見てくる不二と千石へ跡部は鷹揚に頷いた。
 「過労らしくてな。
  俺様のテニスにケチつけやがったから直接指導頼んだんだが3時間持たなかった。人に指導ばっかしてねえでてめぇも運動しろよっつー感じだったな」
 「そりゃ持たないでしょ普通・・・・・・」
 「華村先生もお気の毒に・・・・・・」
 「で、そんな手使ってまで―――」
 「ただのアクシデントだろーが」
 さらに乱入してくる佐伯に念を押す。ぱたぱたと手を振り、
 「で、そんな『アクシデント』を乗り越えた割にお前随分消極的な案出したな」
 「あー言える」
 「跡部なら無理矢理手塚をコーチにつけるかと思ったんだけどな」
 心底不思議そうに首を傾げる3人。あさはかな意見を跡部は軽く笑い飛ばした。
 「バーカ。先にコーチ代理頼んだのは竜崎先生だろ? あの生真面目野郎ならぜってーそっち優先させんだろーが。榊監督も言ってた通りウチの班にゃさらに別の監督代理つけんだろ?」
 「まあ普通そうだろうねえ」
 「でもさっき君が提出した班分けって、後で変更になんない? やっぱおかしかったとかって」
 「なってもいいぜ? どうせ適当に作ったんだからな」
 『ウワ最低!』
 「ハッ! 何とでも言いやがれ。他のヤツがどうなろうが俺は確実に手塚班行きだ」
 「何でまた?」
 「決まってんだろ? 榊班にゃ誰がいるよ? 真田がいんだろ? 真田と俺が同じ班になると思うか?」
 「そりゃ確かに」
 「一方手塚班はどうよ? てめぇだの切原だの越前だの微妙な戦力はいるが決定打に欠けてると思わねえか?」
 「ホントは真田、君、そして手塚で3班にするつもりだったんだろうね」
 「ああなるほど。どうりで旧竜崎班だけ妙に片手落ちに見えると思ったら」
 「ちょっとみんな酷いよ〜!!」
 「手塚がいねえで2班になったんなら真田と俺でぴったりだろ? それにその伏線として『それぞれ実力が同程度になるよう公平に』って釘刺しといたんだからなあ」
 「ほお・・・」
 「今回ちゃんと頭脳プレーに出てるんだね、跡部」
 「うっせーな。
  とりあえず榊監督に何にもない以上コーチ入れ替えなんて事ぁやんねえだろ。しかもやりゃ手塚が真田のコーチになるなんつー笑える事態が起こるんだからな」
 「あ〜。逆ならともかくそっちは辛いね」
 「で、かくて事態は君の思惑通り進んだ、と」
 「はーっはっはっは! 最後に勝つのは俺様だ!!」
 ふんぞり返り高笑いを上げる跡部。その脇で、
 佐伯がは〜っとため息をついた。
 「あん? なんだよ佐伯」
 「あのなあ景吾、今のお前の理論よ〜〜〜っく考え直してみろ」
 言われ、跡部が顎に手を当て考える。
 振り返る事5分。
 「何の問題もない完璧な計画だな」
 「どこがだ!!
  いいか? つまりこの合宿、幸村だの千歳だのがいない以上お前曰くの『決定打』は真田・手塚、でもってお前の3人なワケだ」
 「そりゃそうだな」
 「でもってお前は言ったな? 『手塚が真田のコーチになるのは笑える』って」
 「まあちょっと違うが言ったな」
 んで? それがどうした?
 ・・・と首を傾げる無自覚帝王に、
 「つまり同時に手塚がお前のコーチになるのも笑えるんだよ!! 今頃お前の提出した班分け見て手塚監督辞退してるぞ!?」
 「なっ・・・!! ちょっと待てよ!! 別に俺はンな事構わねえ―――!!」
 「お前がどうであろうが手塚が構うに決まってんだろ!? 手塚から見れば『自分に勝った相手』をコーチするんだぞ!? そんなのプライドが許すワケないだろ!?」
 「いいじゃねえか勝ち負けなんぞどーだろうが!! ンなプライドそこらのゴミ箱にでも捨てとけ!!」
 「お前のプライドが許さないんだろーが!! 実際のお前自身がどうだろうが、あの氷帝帝王が負け犬にコーチされるなんつー屈辱に耐えられると思われるとでも思ってんのか!?」
 「じゃ、じゃあまさか―――!!」
 「明日になったら他の監督来んぞ!? でもってお役御免の手塚はドイツ帰っちまうぞ!?」
 「――――――!!!???」
 どんがらがっしゃーん!!!
 雷に打たれ項垂れる跡部。地に崩折れ、
 「そうか・・・。俺は思い違いをしていた・・・・・・。
  手塚・・・、貴様はもっと愚鈍で言われた事をただ淡々とこなしていく能無しイエスマンかとばっかり思っていた・・・・・・!!」
 「うわ〜。さりげにボロクソ言ってんね〜」
 「またしても策士策に溺れたね」
 「前々から思ってたんだけどさ、
  何でこんなんが手塚だの真田だのと並んで中学テニス部トップクラスって感じで有名なんだろーな」
 「ホラ、1つの才に飛び出た人物は得てして他の才に不足してるものだから」
 「まあとりあえず・・・」
 3人で手を合わせる。今だ立ち上がれないかの少年へ。
 『ゴシューショーサマ』







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 かくて、事態は佐伯の予言どおりとなった。
 そして・・・






 「手塚はまだ来ねーのかあ!!」





 秋田名物ナマハゲの如きノリでやってきた監督代理を討ち滅ぼしていく跡部(いやナマハゲは別に人を討ち滅ぼしていったりはしないが)。が、しかしそもそも合宿期間がそんなに長いワケでもない。
 最後の監督代理である橘を、全国大会までの退院不可能なレベルまで追い込んだところで―――





 ――――――合宿が終了した。







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 「2度と来ねえぞンな合宿!!」
  ((ああ、2度と来ないでくれ・・・・・・))
 全員のため息を背に、こうして跡部は帰路へとついた。さて、こうした手間をかけずともヒマなら直接ドイツに乗り込めばいい事に彼が気付くのはいつの日か。



―――Fin












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 コレ書いてて初めて気付いたのですが、華村班に青学メンバーっていなかったんですね。どうりで映る場面が少ないような気がすると思ったら・・・。手塚入れて9人なら3×3で普通分けるような気もしますが・・・。
 さてそんなワケで手塚コーチの話。倒れたのが竜崎先生じゃなかったら本当にコーチには来てなさそうだ。ただでさえ監督ならともかく同じ中学生に教えられるというのは受け入れにくいというのに、他の班じゃ『手塚の腕試し』は絶対成立しなかっただろうし。ああいっそ本当に幸村がコーチに来てくれたらなあ・・・・・・。

2004.12.13