○月×日 快晴
本日よりJr.選抜合宿がスタート。データを取る実に都合のいいチャンスであるこの機会に、俺は全力でデータ収集に務めようと思う。
ざ☆犯罪
「わ〜♪ すご〜い」
p.m.9:25。風呂も入り終わった一時、熱冷ましには丁度いいだろうと張っていたバルコニーに1人目登場。菊丸辺りが最初に見つけるかと思っていたが、意外にも最初に来たのは千石だった。
この合宿所、高地に作られ(もちろん運動を阻害するほどのものではない。ちょっとした山の中腹だと考えてもらえればいい)、景観はかなりのものだ。特にそこのバルコニーからは麓の街並、さらに遠くに海まで見渡せる。その上前回の青学の合宿とは違い、合宿所自体もどこかの屋敷―――とまでは行かないが、高級ペンションか別荘のノリだ。
そんなこんなで千石は、俺の望んだとおりの行動を取ってくれた。
バルコニーの欄干に両手をかけ、身を乗り出し―――
「I am a king of the world!!」
かの有名な映画にて、主人公が乗った船から叫んだ台詞。実は菊丸をターゲットにした理由はアイツならコレをやってくれるだろうと思ったからだが・・・・・・千石でも十二分に大丈夫だったようだ。しかもかなりの英語力。より雰囲気が出やすい。
―――しかし千石があそこまで英語が上手いとは。人は見かけによらないのいい例だな。やはりこの合宿ではいいデータが取れそうだ。
と・・・
「―――おいおい今時タイタ●ックかよ」
「あ、跡部くん」
扉のような窓(正確には逆か)を開け、今度は跡部がバルコニーへと出てきた。やはり彼も風呂上りだろう。首からタオルをかけ、濡れた頭を片手でがしがしと拭いている。かなり無造作かつ粗野な様。これまた意外だ。てっきりシャンプー・リンスもしっかりやり手入れは欠かさないのかと思っていたが。あるいは使用人にやってもらうため本人は慣れていないのであろうか。
「演出だったら―――
―――せめてこん位はやれよ」
言い、跡部がタオルを投げ捨て走り出した。とはいっても場所が狭いだけにせいぜい2・3歩助走した程度だが。
軽く捻りを入れつつジャンプし、バルコニーの柵の上に乗る。今度は外ではなく合宿所に向いて、千石と同じ台詞を言った。
「I’m a king of the world!!」
残念ながらこちらからは背中を向けられたため表情はわからないが、両手を広げ、まさしく世界の王としての威厳を醸し出している。さすが跡部、この辺りの演出は手馴れたものだ。
などと感心していたところで、
(何・・・!?)
跡部がバランスを崩したか、後ろに倒れこんだ。いくら彼であろうとあの細い柵の上であれだけの激しい動きをすれば無理はない―――などとのんびり見ている場合ではない。
あのバルコニーがあるのは2階。しかしながら1階特にロビーが余裕のある設計をしてあるため5m以上の高さがある。下が芝生とはいえ頭から落ちれば無事では済むまい。
ビデオを放り出し駆け寄ろうと思った。だがこちらはこちらで大分離れた木の上。自分が駆け寄るよりは間違いなく跡部が落ちるほうが早い。大声で中に助けを呼んでも同じ事。
(・・・・・・ん?)
不自然な点に気付く。この状況、当り前の話跡部を一番助けやすいのはそばにいる千石だ。跡部より小さい体格からすると1人では無理かもしれないが、いずれにせよ普通なら手を伸ばすなり声を出すなり何らかのアクションを起こす筈だ。2人の仲が悪いなどと聞いた事もないし、少しとはいえ自由時間にわざわざ話す時点である程度以上は良いのだろうに。
驚きにより行動が遅れる。その間にも事態は進み・・・
後ろに傾いていた跡部の体。よくよく観察すると折った膝の下で踏み込んでいる。
バルコニーの外ではなく中に『落ちる』跡部。崩れるように、それでありながら地面に着地した時には余裕を持って膝で力を抜いて。
ゆっくりと身を起こし、
跡部はにやりと笑ってみせた。もちろん千石に向け。こちらからでは肩越しに横顔しか見えないが、それでも吊り上がった唇と面白がるように細められた強い瞳はよくわかる。
「な?」
「う〜んさっすが跡部くん。パフォーマンスに関してはやっぱ君が一番だね」
「当然だろ?」
ぱちぱちと千石が拍手を送っている。どうやら体勢を崩したように見えたのは全て演技[パフォーマンス]だったらしい。沈む船と主人公をイメージしたといったところか。かなりにくい演出だ。
素で感心する。そこへ・・・
ばさっ。
「うあっ・・・!?」
「―――はいはい。夜に遠吠えするなって。ご近所の迷惑になるだろ?」
3人目登場。恐らく先程跡部が捨てたタオルだろう。拾い上げ、佐伯は現れるなり本人の頭にかぶせかけていた。
さらに両手を乗せ、先程の跡部以上に乱雑にわしゃわしゃ髪を拭いていく。
「それに頭はちゃんと拭く。床に水滴ボタボタ落ちてるぞ。服もぐしょぐしょだし。
はしゃぎたいのはわかるけど、ある程度は乾かしてから外に出ないと風邪引くだろ?」
「ってガキ扱いすんじゃねえ! 大体拭くんならもうちっとマシにやれ! 髪ダメになんだろーが!」
「はあ? お前が髪になんて気ぃ使うタマかよ? それなら悪い事したなあ。ウチに来る度特売品のリンスインシャンプー2倍釈使わせてたよ」
「限度ってモンがあんだろーが! 問答無用で髪抜けんだろンなにやられりゃ!!」
「ああなるほど。若ハゲの心配か。確かに白髪老眼で若い内から胃薬の世話になってるお前ならそう遠くない内に―――」
「全然違げーよ!! 誤解招く台詞言うんじゃねえ!!」
「あれ? でも跡部くん、君確かこの間胃おかしくして病院行ったって言ってなかったっけ?」
「ありゃ周の手料理にやられただけだ! 間違ってもストレスからじゃねえ!!」
「けど確か周ちゃんが、『いい胃薬があったから跡部に連絡が取りたいんだけど携帯番号知ってるか?』って大石に訊かれたって言ってたけど?」
「ぐっ・・・・・・!!
―――大石、何でンなヤツに訊く・・・。せめて手塚に訊けよ部長繋がりで知ってんだからよお・・・・・・」
がっくりと項垂れる。ようやっと大人しくなった跡部の頭を、今度は少しは優しめに拭く佐伯。
されるがままの跡部というのも見物だが、さて今の会話について後々検証の必要がありそうだ。実は俺も何度か跡部が病院に通っているという情報を手に入れた事がある。尾行し確かめようとしたのだが、跡部はよほど警戒しているのかいつも途中で撒かれる。最も―――手馴れた様子からすると、俺のみを警戒してではないだろう。他のデータマン、跡部のFan、逆に彼に恨みを抱く者、さらに彼自身のみではなく彼の家に関わりのある者などなど。警戒すべき対象は多い。それらに弱みを握らせる事など決して出来るわけがない。
(そして何より、今目の前にいる者らに対してか・・・・・・)
2人の態度―――特に佐伯のそれには明らかなからかいが混じっている。というかからかいしか混じっていない。プライドの高い跡部ならば一番嫌うところだろう。むしろなぜ佐伯を今すぐ追い払わないのか不思議でたまらないほどだ。
そんな俺の疑問が解けないまま、
「はい、終わり。まだちょっと湿ってるけど、まあこのくらいなら後は自然に乾くだろ」
「ああ」
「あ、い〜な〜。サエく〜ん。次俺もやって〜v」
「お前しっかり乾いてんじゃん」
「んじゃ代わりに俺がサエくんを―――」
「断る」
「否定早ッ!」
「そりゃお前に任せると何されるかわからないからなあ」
「クッ・・・。言われてんじゃねえの、千石」
「お前ほどじゃないと思うけどな、景吾」
「・・・・・・てめぇ人の揚げ足ばっか取ってて楽しいか?」
「すっごく」
「・・・・・・・・・・・・。もういい」
タオルをどけられ、跡部は乱れた髪を適当に掻き上げた。特に礼が出る事もないが、だからといって嫌そうな様子も見えない。
不二から4人が幼馴染みだと話に聞いた事はある。しかしながら互いにどういう位置関係[スタンス]であるのかは聞いてはいなかった。実のところこれだけアクの強い4人のこと、『幼馴染み』などと名称付けられたところでそれほど親しくはしていないものだと思っていたのだが。
ギスギスした様子はない。どころか極めて普通に進んでいく流れからすると、もしや・・・・・・
考え得る可能性。確定させるかのように、3人でのやり取りは益々続けられていった。
「んで? サエくんどうしたの? 風呂上がってくんの早くない?」
「ああ。周ちゃんと越前が残ったからね。『2人っきりになりたいんだvvvvvv』っていう雰囲気に追い出された」
「てめぇが? ンなモンで追い出されたのか?」
「別にいてもよかったんだけど、越前はともかく周ちゃんは意地でも出なさそうだったからね。2人でのぼせて倒れられたらさすがに悪いだろ?
それに丁度遠吠えが聞こえたし」
「だから遠吠えじゃねえよ」
「遠吠えは人様の迷惑になるんだぞ? 犬気取りたいんだったらもっと役立つ事しなきゃ」
「聞けよてめぇは人の話!!」
「ほ〜ら取ってこ〜い♪」
『うどわあああああ!!!!!!』
跡部の話を無視しさっさと進める佐伯。本当に犬にするかのように『それ』を投げた佐伯に、跡部・千石、そして俺の3人が声を上げた。投げられた・・・・・・2つの牛乳ビンに。
「てめぇ何やってんだよ!?」
慌てて叫び身を乗り出す跡部。彼の行動が示すとおり、大きな下投げで佐伯が放ったのはバルコニーの外に向かってだった。もちろんそのままならば先ほどの跡部の代理として芝生に落ちる!!
・・・だからどうしたといった感じだが、やはり食べ物を粗末にするのは悪い。それに佐伯は実に上手い誘導を行った。実のところ跡部が身を乗り出したのは反射的なものだろう。言葉と動作で『外へ投げる』という行為を強調する事で、それが何か判断させる前に『落としたらマズい』という焦りを引き出した。
さて話を戻し、柵から身を乗り出した跡部。しかしながら本気で佐伯は遠くへ投げた。叫び最初に取るチャンスを潰した跡部は、放物線を描いて再び落ちてくる時取るしかない。そしてその落下予想地点は・・・
―――跡部が身を乗り出しただけでは明らかに足りなかった。
「跡部くん!!」
どこから取り出したか(というかなんでこんなところでまで携帯しているのか)千石がラケットを渡す。それでもまだ足りない。
と・・・
ここで跡部が驚くべき手段に出た。
「うらあ!!」
片手で体を引き上げ―――
そのまま外へダイブした。確かにこれならば届く。
計算通り、見事ガットに当てビンを軽く跳ね上げた跡部。改めて手で窪みを引っ掛ける。
そして―――
予想するまでもなく当然の成り行きで跡部は落ちていった。それも最悪の頭から。
が、
「なっ・・・!?」
思わず俺は呻いた。監視者としてマイク付ビデオカメラを持っている者として有るまじき行為(先程も上げたが)。しかしながら・・・これは呻かずにはいられなかった。
ラケットで跳ね上げ、その動作を利用し体を半転。上向き状態で、かろうじて中に残っていた膝を曲げ柵の間に爪先を捻じ込む。
振り子運動の要領で体が振られる。柵に勢いをつけて揺られる体。頭の後ろに手を回し急所を庇い―――
「跡部くん!! ビンはぶつけたら割れる!!」
「―――っ!!」
千石の指摘に、跡部がこれまた反射的に手を後ろから前に回した。
結果・・・
ご〜〜〜ん!!!
それこそ当り前の話なのだが、跡部は頭から柵に激突した。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
声も上げられず痛そうに頭を押さえ、びたばた暴れる跡部を見て・・・
つい考える。彼には悪いが・・・・・・・・・・・・実は跡部は頭が悪いのではないだろうか、と。
頭と牛乳ビン、どちらを取るかと言われたら100%誰もが『頭』と答えるだろう。牛乳ビンが割れて頭に刺さる危険性を考えたら、手を離した跡部が納得できなくもない。が、
(そこまでして何故牛乳を守る・・・? 下に落とせばいいだけだろう・・・・・・?)
つくづく謎な跡部の頭の中身。よほどの貧乏人ならともかく(暴言)跡部ならば牛乳の1つや2つ、買い直したところで痛くも痒くもないだろう。
「うわ・・・。今何か凄い痛そーな音したね〜」
「お〜い。生きてるか? 景吾」
上から響く無責任な言葉。そうなるよう仕組んだ佐伯もそうだが、千石の指摘がなければこのような事態にはならなかったというのに。
同じ事を思ったのだろう。跡部が頭を押さえたまま腹筋にて少しだけ身を起こした。
「ああ生きてるな。どうやらてめぇら殺すまで俺は死ねねえみてえでな・・・」
ドス黒い声が響く。残念ながら計測機器はないが、今の跡部からは間違いなく殺気が溢れ返っていた。
同じく気付いたのだろう。上の2人も口をつぐみ、
「―――捲くれたパジャマからの腹チラがグー!」
「死んでこい変態」
親指を立てる千石の顎を、伸ばした跡部の爪先が襲った。仰け反り倒れる千石。そちらはまあいいとして。
己を支えるものが左足1本となった跡部を、
今度は佐伯が襲った。
「お前も随分辛そうだな。俺が楽にしてやるよ」
パン―――!
という音は実際にはしなかった。したのは柵に絡めていた足を蹴り上げられ、今度こそ落ち行く跡部の怒声だけだった。
「てめぇはぜってえぶっ殺してやるからな!!」
手に持ったもの―――ラケットと牛乳ビンを放り投げながら叫ぶ跡部。飛ばされたラケットを右手で楽に受け止め、
「そういう無駄な手に貴重な時間使うなよ。ま、頑張れよv」
爽やかに、見送った。
再び考える。佐伯が今しているのは立派な殺人(あるいは傷害)だ。警察に求められたらこのビデオを提出し証言もするつもりだが、ではなぜ佐伯は堂々とこのような犯罪を行うのか。たとえ自分が見ていなかったとして千石がいる。今は気絶しているようだが先ほどの場面はしっかり見ていた。いくら未成年であろうが既に14歳である以上ある程度の罪には問われる。別に構わないのか、それとも2人とも殺して『事故による転落死』と言い張るつもりか。
考え・・・全てが間違いだった事を悟る。
確かに落ちかけていた跡部。しかし次の行為には最早呻きも出なかった。
落ちつつ―――いや、時間的に考えて投げてすぐか―――柵の一番下を両手で握り、そこを軸に再度振り子運動。270度回転し今いるバルコニーの底辺を足で踏んで止め、再び手を軸に踏み切りジャンプ。体を引き寄せ手と同じ位置に足をつき、起き上がり欄干を掴むとまたもジャンプをした。
欄干より上に体を跳ね上げさせ今度は360度回転。綺麗な前転を見せ着地した。ゆっくりと起き上がり、上からようやく落ちてきた牛乳ビンを改めて手に取る。あの一瞬でどうやらここまで計算し尽くしていたらしい。先ほどの考えはもう少し条件を付けた方が良いようだ。『ただし一連の事に関する頭の回転はかなり高い』、と。
(そして、あの動き・・・・・・)
断言する。アクロバティックにおいて、跡部は菊丸や向日を軽く上回っている。あの2人ですら今の事態にこれだけの行為は出来ないだろう。
(完璧なるオールラウンダー、か・・・・・・。さすがだな、跡部)
この煽りというのは不便なのだ。何があろうとこの一言で片付けられる。総合力が高いからこそ逆に個々の能力は無視されがちだが、ひとつひとつを分析すると跡部の能力というものは計り知れないものとなる。例えば彼の必殺技である破滅への輪舞曲。相手の手からラケットを弾き飛ばす筋力に注目が行きがちだが、そもそもあれはグリップという限られたポイントを、しかも空中という不安定な場所で狙わなければならない。ピンポイントショットを打てる抜群のコントロールと支え無しで自在に動くバランス感覚、さらに連続ジャンプを可能とする足腰の強さ。ボールに対する支配力では、跡部はかの『天才・不二周助』に匹敵する。他にもいろいろ。そして今回の事。見ようによっては・・・テニスプレイヤーとしての最高傑作が跡部なのかもしれない。ただしそれでも何かが足りないからこそ彼は真田に負け、千歳に負け、何より幸村に負ける。
(テニスは理屈じゃないという事か)
結論づけている間にも、ぱちぱちと気の抜けた拍手が送られる。
「おー凄い凄い。でも菊丸だの向日だのの畑横取りすんなよ?」
「しねえよ。ンな奇抜なテニスはしたくねえ」
・・・つまりはそういう理由で普段は見せないらしい。いろんな意味で恐るべし跡部。
完全に起き上がったところで、佐伯の次なる発言が飛び出した。
「何にしろ、生還おめでとな」
蹴落とした本人によるそんな賞賛。これで怒らない方がむしろ不思議だろう。実際跡部も怒ったようだ。
「つーか佐伯てめぇ!! 人勝手に落としやがってどういうつもりだあ゙あ゙!?」
「いやだって、辛そうだったから」
「てめぇのせいだろうが!!」
「だから責任持って楽にしてあげようと」
「ああそりゃ確かに死んだら楽になるよな!!」
詰め寄る跡部。両手で佐伯の襟を掴み・・・・・・
(・・・・・・ん?)
何かがおかしい。頭を悩ませるその間にも、先に気付いた佐伯が首を傾げた。
「景吾、牛乳は?」
「あん・・・?」
問われ、跡部が両手を見下ろす。空の―――空になった両手を。
がしゃん!!
パリーン・・・・・・。
『・・・・・・・・・・・・』
誰もが無言となった。
「・・・・・・まあ、ご愁傷さん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
投げ捨てられ、粉々に砕け散った元牛乳ビンを前に、完全停止した跡部。ダメ押しするように、
「―――っあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!???」
復活した千石が跡部へと詰め寄った。先ほどの跡部を真似するように、だがさすがに跡部をねじ上げる根性はないか両腕を掴み、がくがく前後に振り回す。
「何で跡部くんってばそういう事しちゃうワケ!? せっかく無事に保護した意味ないじゃんそれじゃあ!!」
「い、今のはただの事故で・・・・・・」
跡部が目を逸らし必死にイイワケする。何よりも珍しい光景。
(というか・・・
・・・・・・なぜ誰もがそこまで牛乳に拘る・・・・・・?)
たかが牛乳。されど牛乳。だが牛乳。
生死を賭けて助けたり、血涙を流して訴えたり、恐怖にガタガタ体を震わせたりする理由はないと思われ・・・・・・。
「残念だったなあ。せっかくマザー牧場から直接採ってきた牛乳だったのに。これはぜひ2人にまた取って来てもらわないと」
「今から!?」
「つーか開いてねえだろマザー牧場!!」
・・・・・・極めて納得しやすい理由があったようだ。マザー牧場といえば佐伯の住む千葉県ではメジャーな行楽地。さてここは東京。しかも都心からは離れている。どちらかというと埼玉に近い。行きをバスで来たのは合宿だからというより―――交通の便がよくなかったからだ。
ここからマザー牧場まで行き牛乳を採るあるいは買って帰ってくる。そこらにある直販店で買ってくる手もあるが、佐伯の言い振りだとそれは認めないだろう。
(跡部のハイヤーで行くと想定して――――――帰ってくるのは明日の午後といったところか)
たとえ辿り着こうが開園していなければ意味がない。尤もこの2人だと無理矢理押し入り搾り取ってくるかもしれないが、一応跡部の意外と良識的な突っ込みを聞く限りそのつもりはないらしい今のところ。
ようやく納得する。なぜ『たかが牛乳』に生死を賭け血涙を流し恐怖に震えるのか。こういうものが待っていたからだった。
(こういう理由で合宿を半日も休めば、選手落ちは間違いないな)
なまじ2人とも選手として選ばれる確率の極めて高い者同士。特に跡部はここを逃せばもう中学で活躍する機会はない。それをこんっっっっっな!!! くだらない理由で潰したくは無いだろう。
と、
「―――ねえ、アンタこの人どうにかしてよ」
(越前か・・・?)
中から聞こえた覚えのよくある声。全員の視線が中へと集まる。現れたのはやはり越前、と・・・・・・・・・・・・
―――越前と一緒に来た・・・越前に寄りかかった・・・・・・越前にしがみ付いた・・・・・・・・・・・・まあとにかく、そんな感じで越前に運ばれた不二だった。
「どうしたんだ周ちゃん?」
「風呂でのぼせた。出ろ出ろ言ってんのに全然出ないから」
「結局のぼせてんじゃねえか・・・」
「まあ、今日のお風呂熱かったもんね〜・・・。俺3分でダウンしたよ」
「クッ。所詮はその程度か」
「5分で上がったお前に言われたくはないだろうな」
「明らかに45℃越えてる風呂にンな長時間いれるワケねーだろ!?」
「普通じゃん?」
「越前家って、そういうモンなのか・・・?」
「うわ・・・。今マジで尊敬した・・・・・・」
「そういうモンか? 俺ん家もあの位だけど」
「てめぇは江戸っ子じいさんか!?」
「付き合って倒れた不二くんの方が正常なんだろうね・・・・・・」
跡部の怒鳴りその他諸々を軽くいなし、佐伯がその場に屈み込んだ。こちらからでは何をやっているのか柵が邪魔して見えないが。
「てめぇ余分に持ってたんじゃねえか!!」
「そりゃみんなに配ろうと思って」
「50本あんだったら2本くらいいいじゃん!!」
「1本を笑うヤツは1本に泣くからな」
「てめぇが泣かしてんだろーが!!」
「お前らが泣かせるよーな事するからじゃん」
「原因はサエくん!!」
問答しながら目的を果たしたらしい。起き上がる佐伯。その手に握られていたのは・・・・・・やはり会話通りの牛乳で。
「ホラ、これで体冷ましなよ、周ちゃん」
「あ、ありがとうサエ・・・」
「・・・ていうか、アンタ乾先輩っスか・・・?」
「何の事だ?」
「俺・・・、今日これで牛乳飲むの1リットル目なんスけど・・・・・・」
「な〜に言ってんのさ越前くん」
「風呂上りっつったら牛乳じゃねーか」
「アンタらもですか・・・・・・・・・・・・」
(ナイスだ佐伯・千石・跡部。これで越前の飲む牛乳量が増える・・・!!)
木の上にて、俺は小さくガッツポーズをした。まさかこの3人―――いや、普通に受け取ったところからするとやはり不二もか―――が牛乳愛好者だったとは。
全体的に特に跡部のイメージを崩す衝撃の事実だったが(風呂上りはバスローブでワイン・・・もとい一応中学生につきジュース片手にといった想像をしていた者も多いだろう)、まあ今までの流れで既に崩れきっているだろう。
「あ〜冷たくて気持ちい〜vv」
頬にビンを当て冷を取る不二。越前も諦めて牛乳を受け取った。
そして肝心の2人は・・・
「じゃあ今日は仕方ないからコレやるよ。1本120円な」
「え!? サエくん太っ腹!!」
「どうしたよてめぇが定額通りしか要求しねえなんて―――」
・・・佐伯においてはこれで『太っ腹』らしい。普段どれだけ要求されているのかつくづく気になるところだ。
思っている間にも、言葉が途中で切れた。跡部が首を傾げている。
「そういや・・・・・・最初タダだったんだよな」
ぼそりと呟いた言葉に、千石もまた首を捻り、
「サエくんが? 一方的に損した? しかも50本?」
「なあ佐伯・・・。訊くがよ・・・
――――――それ定価いくらだったんだ?」
「0円」
「タダでもらったモン売りつけてんじゃねえ!!」
「もしかして俺らにそういう事やんのって、俺らなら売りつけてオッケーとか思ってるから!?」
「そんな事ないって。誤解すんなよ。ただ社会見学でマザー牧場行っていろいろ貢献したおかげで牛乳いっぱい貰ったのはいいけどさすがに全部は飲みきれないな〜って思ったところで丁度合宿あったしじゃあ持って行くかああでもそのまま配っても勿体無いなあけど初めて会うヤツにいきなり売りつけても悪いなああそっか知り合いに売りつければいいんださってどうやったら売りつけられるものか・・・・・・って思っただけだろ?」
「何にも誤解してねえじゃねえか!!」
どちらかというと貢献した『いろいろ』の方が気になるのだが・・・。
「でもマザー牧場に採りに行ってJr.落ちする事を考えたら120円って安いと思わないか?」
「ゔっ・・・・・・」
「てめぇ・・・揚げ足取りやがって・・・・・・!!」
「はい決定。ちなみにさっき落とした分と合わせて1人240円な」
「そっちまで!?」
「ああ本気でてめぇはいい商売人になるだろーな・・・」
「ありがとなv」
「誉めてねえ!!」
ひととおり突っ込み、
跡部がその場にしゃがみ込んだ。
「ああもう疲れたぜコイツと会話すんのは・・・・・・」
「何か某アニメの主人公みたいな台詞っスね」
「・・・・・・何でてめぇがンなモン知ってやがる越前」
確かに疑問だ。なぜ観る番組といえばテニス関連しかない越前が日本の懐かしアニメなどに詳しいのか。
「知り合いが日本のスポ根アニメ好きで。一緒に観てたら何でかこういうのにもなって」
「・・・変わった知り合いだね」
「お前に一番程遠いタイプに聞こえるけどな」
「まあ、好きな人は好きだからね。裕太も好きだしそういうの」
長々続く話の間に復活したらしい不二が口を挟む。
「むしろそっちにゃ納得だな。越前の知り合いにいたってのが納得出来ねえだけで」
「・・・・・・? どういう意味っスか?」
「あえて訊くワケ?」
「?」
「まあ、それはそれとして。
乾杯でもしよっか?」
「はあ? 乾杯?」
「何のだよ?」
「何でもいいじゃん。『合宿1日目無事終わりました記念』とか?」
「終わったか・・・? 『無事』・・・・・・」
「とりあえず1人のぼせて救急車にお世話になりそうだった人がいたけど」
「でもって1人死にそうになった人と殺しそうになった人もいたけど」
「ほら無事じゃん」
『だからどこが!?』
「全部未遂だろ?」
『未遂も立派な犯罪だ!!』
3人揃って突っ込み、
3人揃ってその場にしゃがみ込んだ。
『ああもう疲れた・・・・・・』
「まあまあ3人とも気を取り直してvv」
不二に助けられ(たのはもちろん越前のみで残り2人は自力で起き上がったが)、改めて互いに向き合う。
「ま、いっか」
「何もねえのも景気悪りいしな」
「何だかよくわかんないけど・・・・・・ま、」
『合宿1日目無事終わっておめでとう!!』
こーーーん!!
もちろん薄いグラスではないため当たった音もかなりゴツいものとなったが、
(ほお・・・・・・)
本日で一番貴重と思われる映像入手。跡部も越前も実に楽しそうに笑っていた。
さて宴会も終わり(牛乳を飲み終わり適度に湯冷まし出来たところで)。
「んじゃそろそろ中入ろっか?」
「あんまり外いて風邪引いても何だしね」
「行こう? 越前」
「ういーっス」
「あれ? 跡部くんは?」
「ああ、今入る」
最後に入ろうとした跡部。なぜか入りがてらくるりと後ろを向き、
こちらを指差してきた。
望遠レンズ越しに見える顔が薄く笑っている。誰もを魅了する魅惑の笑み。
その笑みで、口が小さく開いた。
『今日は初日だからサービスだ。ただし次はないと思えよ』
マイク越しにも聞こえない声。だが唇の動きはそう言っていた。
指していた人差し指はそのままに、親指と中指を立て鳴らす。お得意の指パッチン。それと同時に、
バウッ!! バウッ!! バウッ!!
「うおっ・・・!!」
マイク越しではない音。というか鳴き声。
下を見下ろす。木の下ではどこから現れたか数頭のドーベルマンがいた。
「ば、番犬などいなかったはずだぞ・・・!! まさか跡部が持ち込んだのか・・・!!」
だとしても不可思議な事態が多すぎる。第一跡部はどうやって合図を送った? いくら犬の聴力があろうがこれだけの遠距離であの指パッチンは聞こえないだろうに。
下りられない木の上で、
俺は一晩中ただひたすらこの事態の打開法を模索するハメとなった。
ちなみに件の犬らはとてもよく調教されていた。カメラを壊しかけ、テープを渡した途端あっさり身を引いた。どうやら跡部の言っていた『サービス』は、カメラは壊さないという意味だったらしい。
「フフフ・・・。この俺に気付いていたとはさすが跡部・・・・・・。しかし俺は諦めないぞ。必ずお前の全てを暴いてやる・・・・・・」
こうして、俺の合宿中の目的及び標的が決まった。
―――乾のストーカー行為はまだまだ続く!?
―――ていうか、そういう事ばっかやってるから選手落ちすごふんがふん! それ以前の問題でコレ、誰のどれが犯罪行為なんでしょうね?
そんな感じで? またも久々のJr.選抜話です。本当はコレ、パラレル『天才〜』にて跡部を狙うパパラッチ視点でやりたかった事だったりしました。おお丁度いい存在身近にいたじゃん! という事でこちらに回されましたが。そしてその時は3人だけで進められる予定だった話が5人になってます。一応『天才〜』を引きずってCPは不二リョ&せんべにフリーなサエ。ただし2人増やした意味があるのか解らない程会話に参加していませんが。裏の狙いは牛乳絡みでサエ・跡部・リョーマのたらたら会話。3人で腰に手を当てオヤジ飲みしたら私は鼻血を噴きそうです。
そういえば、ちなみに『スポ根好きなリョーマの知り合い』はケビンだったりします。だから『日本の』と国を強調した言葉が普通に出て来たり。彼は初っ端「はあ? ンなのどこがいいんだよ?」とか言っておきながらめちゃめちゃ熱心に観そうだ。なお跡部を見て出てきたアニメは皆様ご存知『フラ●ダースの犬』です。なぜだか私の話にはよく出てきます「ああもう疲れたよ・・・」。なんでこんなに疲れるメンツが多いんだろう(むしろ疲れさせるメンツが)・・・。
2004.10.13〜12.28