それは、英二の素朴な疑問から始まった。
 「ねえねえおチビってアメリカにいたんだよねえ?」
 「ああ、いたっスよ?」
 「アメリカってどうだった?」
 合宿の昼食中。娯楽が少ないからだろうか。英二のみならず、集まっていた全員がリョーマへと注目を寄せた。
 見つめられ・・・



 「地獄だった・・・・・・」



 最短で答え、リョーマは不快もとい深いため息を吐き出した。









幼き頃の僕ら





幼い頃から彼らは変わってないようです。







 「ちょっと! ちゃんと繋いでてよケビン!!」
 「何だよリョーマ! 繋いでんだろ!?」
 オレンジの木の上で、ひたすら悪戦苦闘するリョーマ5歳とケビン6歳。2人は下から見えた一番美味しそうな実を取ろうと、ケビンが片手で幹を掴み逆の手を命綱代わりにリョーマへと伸ばすというはなはだ無謀な行為に挑んでいた。
 「あとちょっと・・・!!」
 ぶるぶる震えつつ健気に手を伸ばすリョーマ。8月の強い日差しは多少葉に遮られつつも、ギンギラギン(死語)といった感じに降り注いでいる。
 額に掻いた汗が流れ、片目を閉じたところで・・・
 ポー・・・ン―――
 「なっ・・・?」
 ばすっ!
 「うわっ・・・!!」
 「リョーマ!!」
 どこかから飛んできたテニスボールが、お目当ての実を掻っ攫っていった。
 驚き、落ちそうになるリョーマをケビンがかろうじて支える。しゃがみこみ、枝に絡みつき落下を防いだ2人。下を見下ろせば、
 「お、っと・・・」
 走りこんできていた少年が、落ちてきた実を伸ばしたラケットで危なげなくキャッチしていた。
 「リョーガ!!」
 「よおチビ助、ケビン。木登りの練習か? 毎日精が出るなあ」
 2人の声に合わせ見上げてきた少年:リョーガ8歳は、にぱっと笑い手を振ってきた。極めて機嫌がよさそうだ。例えるなら『や〜いや〜いざまあみろ〜♪』といったところか。・・・・・・全く『例え』になっていなかったが。
 「違うもん!! オレンジ取ろうとしてたんだ!!」
 ぶるぶる震える体で立ち上がるリョーマ。こちらは幹に掴まり安全に立ち上がったケビンが、カッコよく指を指して怒鳴りつける。
 「お前が今持ってるそのオレンジ俺たちも狙ってたんだよ!!」
 「返せよ!!」
 「はあ? 何言ってんだお前ら。
  『狙ってた』。その時点でまだお前らのモンじゃなかったんだろ? それで『返せ』なんて言われてもなあ」
 必死に抗議する2人をリョーガの鼻での笑いが襲う。さらに・・・
 「―――ま、こんな事もあるさ。潔く諦めろよ」
 死角から、4人目が現れた。本気で気の毒そうな半端な笑みを浮かべた銀髪の少年7歳は、浮かべるだけ浮かべそれ以上の抗議を黙殺してリョーガへと手をのばした。
 空の右手。ラケットでオレンジを跳ね上げていたリョーガが、そこへ向け軽く打ち込んだ。どんぴしゃですっぽり収まる。
 「お前も随分上手くなったよな、当てんの」
 「サンキュー」
 珍しいリョーガの賞賛に、少年は笑ってオレンジを齧った。美味しそうな実にかぶりつき、
 「あ、美味い」
 『嫌がらせかああああ!!!!!!』
 「あーもー今日はマジでぶちきれた! 行くぜリョーマ!!」
 「え、ちょっとケビン揺らさないで―――!!」
 宣言するだけし、リョーマの返事も待たずケビンは手を上へと伸ばした。オレンジをもぎ取ろうと握り締め―――
 「あ、ケビンその実は危な―――」
 ぶしゃあっ!!
 今度は少年の小さな声も遮り、掴んだオレンジはいきなり爆発した。どうやら一度解体した上でまた緩く包んでいたらしい。
 「・・・・・・・・・・・・」
 ぼたぼた落ちてきた果肉と汁を頭から被り呆然とするケビン。少年が頭に軽く手を当て首を振った。
 「だから言ったのに」
 「お前だろーが仕掛けたの!! 犯人のクセして何堂々と人に責任押し付けてやがる!?」
 「つまり次からは注意はせず温かく見守れ、と?」
 「そもそもやんなっつってんだよ!!」
 かかった汁を蒸発させる勢いで怒るケビンに、少年はしれっとこう答えた。
 「でも爆弾仕掛けたの俺じゃないし」
 指差す。隣で腹を抱えて笑い転げるリョーガを。
 「知ってたら立派に共犯だ!! 行けリョーマ!!」
 「これでも食らえ!!」
 号令に従い、リョーマが(今度は慎重に)実を取り下にいる少年へと投げつけた。
 と―――
 のた打ち回りビクビク震えていたリョーガがいきなり身を起こした。少年の前にラケットを翳し、
 スパーン!!
 どべちゃあっ!!
 「ぶっ!?」
 どこをどうやったのかあっさり打ち返したオレンジは、ジャストミートでリョーマの顔面へとぶち当たった。
 「痛い痛い痛い〜〜〜〜〜〜!!!」
 汁が目に入ったらしい。先程の兄とは違う理由でのた打ち回るリョーマへと、リョーガは軽く指を突きつけた。
 「まだまだだぜ、チビ助」
 「〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
 怒りでリョーマがぶるぶる震える。どうやらケビンも同じらしい当たり前だが。
 「こーなったら直接攻撃だ!! 行くぜリョーマ!!」
 「おう!!」
 威勢良く吠える2人。威勢良さそのままに枝からジャンプし―――



 ずばきべしゃあああん!!!



 ―――着地した先で地面が抜けた。
 落とし穴に仕掛けられていたオレンジペーストに全身まみれながら、何が起こったか理解できず呆然とするリョーマ。一応数ヶ月とはいえ年上かつ2度目のため理解は早かったケビンは、がばりと身を起こし犯人の方を見やった。
 今度は一緒に笑い転げる2名を。
 「何しやがるてめえら!?」
 「は〜っはっはっはっはっはっは!! 引っかかってやんの!! ば〜かば〜か!!」
 「あ〜っはっはっはっはっは!!! チビッちぃズ馬鹿ばっか!!」
 「うがああああああ!!!!!!」
 この上ないムカつく行為。頭を掻き毟り怒鳴りつけると、ようやく2人は笑いをおさめて戻ってきた。
 「ちゃんと立て札まで用意してやったじゃねえか。『足元注意!! 馬鹿が乗ると踏み外します』って」
 指される方を見る。確かに穴脇には立て札があり、そこにはそう書いてあった・・・・・・と思われる。
 「読めるわけないじゃん!!」
 アメリカだというのにご丁寧に日本語、しかも5歳児はおろか8歳児ですらまだ普通習わないであろう漢字を多用し書かれていたそれに、ようやく事態を理解したらしいリョーマが至極真っ当なクレームを飛ばした。
 が、
 「ダメじゃんチビ助。人の話はちゃんと聞かなきゃ。
  俺はしっかり言ったぞ? 『爆弾仕掛けたの俺じゃないし』って。他の何かがあるって事くらい察しないと」
 「わかるかンなの!!」
 「やれやれ。だからチビ助いつもリョーガにまだまだだって言われるんだよ」
 「ンな理由でかよ!?」
 「いい社会勉強になっただろ? 良かったな」
 「全然よくない!!」
 「―――みんな〜! ご飯よ〜!!」
 「今行くぜ母さん!!
  んじゃ行くか」
 「そうだな」
 「ちょっと待てよ!! 話はまだ終わってねえ―――!!」
 去りかけた2人にケビンが手を伸ばす。
 くるりと振り向く2人。その手にはそれぞれ、本物のテニスボールが握られていた。
 笑顔で、それを打ち上げる。今だ落とし穴に落ちたままの2人の上へと。
 ざんっ!!
 ぼたぼたぼたぼたぼたあっ!!
 『うわああああああああ!!!!!!!!』
 枝に当たった2つのボール。仕掛けられていたオレンジ爆弾が弾みで落ちてきた。
 今度こそ完全に没したガキ2人に、
 リョーガと少年はにこやかに手を振った。
 「じゃ〜な〜チビども〜」
 「しっかり片付けとけよ〜」





 ちなみに。
 「リョーマ! ケビン! あなたたち何やってるの!?」
 「え、っと・・・、あの、これは・・・」
 「今すぐ綺麗にしてきなさい!!」
 『はい!!』
 先に家に入った2人のチクりにより、母:倫子にしこたま怒られたリョーマとケビン。庭掃除をしながら、
 「アイツら次こそぜってー殺す・・・・・・!!」
 「うん・・・!!」
 そんな密かな―――そしてこれでもう何度目になるかわからない―――誓いを立てていた・・・・・・。













 「何か・・・小せえ頃から随分ハードな人生送ってんだな、お前・・・・・・」
 「確かに『地獄だった』ね、それは・・・・・・」
 周りから散々同情の声が集まる。そして、
 「なあ越前、ところで『リョーガ』って誰なんだ?」
 「ああ、言ってなかったでしたっけ? 俺の兄貴っス。今アメリカいる」
 「ええ!?」
 「いたのおチビにお兄さんなんて!!」
 「いるっスよこういうのが」
 「そういうのがいるからこういうのになるのか・・・。いいデータが取れた・・・・・・」
 いろいろ言いまくる周り(リョーマ含め)。再びそして、
 「なら越前、その一緒にいた少年って誰なんだ? さっきっから名前が全然出てこないんだが」
 「何だっけ・・・? 何か名前聞いて親父が感動してたんだよな・・・。『俺もガキにゃそういう名前つけたかったが母さんに反対されたからなあ』とか何とか」
 「はあ?」
 「名前聞いて感動・・・?」
 「まあ親父の考えてる事なんていつもわかんないし。とりあえず憶えてんのは銀髪で左利きだった―――」
 ぽん。
 リョーマの説明を遮り、手拍子の音が響き渡った。
 全員がいっせいにそちらを注目する。手を叩いていた『少年』―――銀髪で左利きの佐伯に。
 「何か妙やたらと懐かしさがこみ上げる話してるな〜と思ったらお前チビ助か」
 「アンタかリョーガと一緒にずっと俺らからかってた人!!」
 『ええっ!!??』
 いきなりな展開と、爽やか好青年の代名詞たる佐伯の知られざる一面を聞かされ驚く一同の中で、
 逆に納得した数人が頷いた。
 「なんか今、すっげー越前に親近感沸いたぜ・・・」
 「ああ・・・。サエくんの被害者は国境越えてたんだね・・・・・・」
 「つーか・・・・・・あの人一体いくつからああだったんスか・・・?」
 「サエは多分・・・・・・生まれた時からじゃないかな・・・?」
 小さく呟く跡部・千石・切原・不二。小さな声を掻き消し、
 「まあそう怒るなよ越前。幼い頃のちょっとしたイタズラ心だろ?」
 「どこがだ!! アンタとリョーガのおかげで何回死にかけたと思ってんだよ!?」
 「え・・・? でもカギ縄使って忍者ごっこはお前らも賛成しただろ?」
 「なんでカギ縄が脱着式なんだよ!? 3mは落ちたんだけど!?」
 「そういう場合も考慮してちゃんと下に落ち葉集めといたじゃん」
 「あああったね!! でもって親父がそこで焼き芋焼いてたよな!! 後一歩で大火傷するトコだっただろ!?」
 「あれもまた不幸な事故だったなあ・・・」
 「アンタが親父にさつま芋なんかあげたのが原因だろ!?」
 「ホラやっぱ手ぶらじゃ悪いだろ? 何回もご馳走になってんだし」
 「明らかに狙って渡しただろ!!」
 「そんな悲観的に考えんなよ。人間相手信じられなくなったら終わりだぜ?」
 「アンタとリョーガにだけは言われたくない!!」





 延々と続いた不毛な争い。結果は―――もちろんリョーマの惨敗だった。
 「ま、懐かしいモン同士、これからもよろしくな」
 「絶対ヤダ・・・・・・」
 差し出された佐伯の手に、しかしながら拒否権はなくリョーマは本気で泣きながら自分も手を伸ばしたのだった・・・・・・。



―――Endless











○     ●     ○     ●     ○

 そんなこんなで銀幕Jr.verを見事無視した話です。リョーガ&サエの見ようによっては最強タッグ。一度しか合わず直接接触なしで現在はさみしすぎる!! という事でこんな事になりました。一応順序を追うとかの賭けテニス前座でサエを気に入ったリョーガ。そのまま声かけて以降、サエがアメリカに来る度遊んでいたという仲。なおリョーマとサエがお互い気付かなかったのは、サエは『チビ助』としか名前を知らず(ケビンが何度も呼んでいたようですが完全無視していたようですな)、またさすがに中学に入ったら行く機会も減っていったため最近会ってはいなかったから、という事で。本来の幼馴染ではサエが大暴走してますが(いや一番してるのは不二か・・・?)、今回なんと味方をつけてバージョンアップ! 2人はきっといい『友達』になりそうだ!! こんな感じでアメリカ編(?)では腹黒バカヤロペアがチビッちぃズをからかい倒していきそうです。
 ちなみにこの話、最初の文章でクドく全員の年齢を言ったのは4人の誕生日が早い順にリョーガ5月、ケビン7月、サエ
10月でリョーマ12月どうでもいいですが全員カタカナなんだ・・・(いや1名違う人混じってますが)―――じゃなくて、こんな前提があったからです。なので丁度中間の8月には、同じ学年のリョーガとサエ、ケビンとリョーマの年齢が違ったり! 一緒にするとこっちの2人の方が年上っぽかったので勝手に誕生日決めました。
 そして絵がつきました。ところでこの絵、リョーガとケビンが初描きです。ケビンの髪型を盛大に間違っているのは突っ込まないでくれると嬉しいですv 資料(カードとか)0のためうろ覚えで書いたら公式
HPでもなかなか丁度いいカットないし。ビデオ観て確認しろという感じですがヘタに動かすとますますかけ離れていきそうだったので断念しました。なお越前兄弟の服装は映画おおむねそのままです。ただしリョーマのオーバーオールの色忘れたため何かが違いますが。そしてケビンの服装もさりげに今のままのはずなんですけどね下除く。しっかし初描き幼少リョーガ。実は数分で書き終わりました。すっごい描きやすいなあリョーガ・・・。逆に長時間かかるのが毎度恒例サエ。目、本当は開けて描きたかったんですけど(あの『てにぷり』に出てきた3回目辺りの小学生ちっくな感じで)駄目だった・・・。そしてリョーマ。目開いて呆然とした姿なのですが、調子に乗ってぺたぺたオレンジ色つけてたら頬紅つけた女の子っぽくなりました。アハ☆失敗。
 余談としてサエの名前を聞いて南次郎が感動した理由。サムライとしての憧れ(?)『こじろう』で断念し(ちなみに『なんじろう』の息子だからと言うと意外と理に適ってしまうのですが)、『りょうま』にした・・・というのはダメですかねえ・・・? 何か2人して妙に古くっさい名前だなあ・・・と(爆)。

2005.3.9