午前練習にて、手塚ゾーンをこの上なく卑怯な方法で破った佐伯。だが、
―――彼の暴走はこの程度では止まらなかった。
That’s not fair !! 2
出された昼食を、佐伯はいつもに比べえらく早く食べていた。
「ごちそうさま」
まだ2・3人程度しか食べ終わっていないところでさっさと立つ。
「どうしたのサエ。そんなに急いで」
「いや? 別に大した事じゃないよ。不二はのんびり食べてて」
隣で食べていた不二が見上げてくる。まだ1/3程度残っていた彼の皿を見て、ぽんぽんと軽く頭を撫でてやった。
食器を片付け、食堂から―――
―――出て行かずに、端で食べていた跡部の元へ向った。
「あん?」
箸を持ったまま目線だけで見上げてくる跡部。斜め前に立ちテーブルに両手をついて、
「跡部、実験付き合ってくれないか? さっきの練習でふいに思いついた事があるんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何をだ?」
『練習』ではなく『実験』。限りなく嫌な予感を胸に抱きつつも、テコでも動かなさそうな(ただし万札なら動くだろう。そんな微妙な決意の固さを胸に秘めた)佐伯にため息をつき跡部は問い返した。食事終わりまで付きまとわれるのも面倒だ。
箸を置いた跡部に、
佐伯は笑ってこう言った。
「『逆手塚ゾーン』」
「『逆手塚ゾーン』ん!?」
声を上げたのは跡部ではなかった。
正面で2人の会話を聞いていた忍足が声を裏返して叫ぶ。普段ぼそぼそ喋る彼にしては珍しく、その声は食堂中に響き渡ったらしい。全員の視線がそこへと集まった。
向けられた視線の中、肝心の人物―――手塚の方を一瞥し、
跡部は佐伯へ向き直った。
半眼で問う。
「一応確認しとくが・・・
―――そういう技なのか?」
『そういう』。わざわざ強調するのは・・・・・・まあ午前中の練習で佐伯が繰り出した技を思い出せば納得だろう。
「当たり前だろ?」
一片のためらいもなく頷く佐伯。何をそこまで自信を持って堂々威張れるのか不思議でたまらない。
跡部はため息をついた。一応無駄と知りつつ尋ねる。
「何で俺でやるんだ? 手塚の技パクリなら本人そこいんだからそっちでやりゃいいじゃねえか」
「手塚で実験なんてやったら悪いじゃん」
「俺はいいのかよ・・・?」
「当たり前だろ?」
「・・・・・・」
「そんなワケで、しっかり頑張ってくれよ実験台v」
「・・・・・・・・・・・・」
にっこにっこにっこにっこ。
痛む頭を片手で押さえ、
「お前なあ、ちっとでいいから真面目にやろうたあ思わねえのか?」
「俺はいつでも120%真面目だぞ?」
「尚更悪りいよ!!
じゃなくてな、普通に強くなろうとかそういう風には思わねえのか? お前の実力なら余裕で全国区だろ?」
はっきりきっぱりこのメンツでは強いとは思われていない佐伯。関東クラスですらコレだ。全国なら『平凡なテニスプレイヤーその1』じゃないのか? そう認識されるのは―――間違いなく本人の責任だ。
「興味ないな。普通にやってもつまんないだけだし」
「・・・・・・どこがだ?」
「普通に努力して壁とかにぶつかって乗り越えて、強いモン同士で友情築いて時にはライバルになって?
悪いな。俺そういうスポ根合わないんだ。
おんなじ壁にぶつかるんならとことん自分の興味あるモン突き詰めていきたいから」
「・・・・・・てめぇがいつ何の壁にぶちあたったか、それが1番の疑問だな」
「今もぶつかってんだぞ? 『逆手塚ゾーン』って言うと技の説明にはなるが名前に捻りがない。第一に俺は手塚じゃない。とりあえず『仮』とつけとくけど、今後どういう技名にするかが問題だな」
「あーあーそーかよ。『逆』だったらいっそ『手塚』の逆で『かづてゾーン』とでも言ったらどーだ?」
「お前やっぱネーミングセンス悪いな」
「てめぇに言われたかねえよ!!!」
・ ・ ・ ・ ・
そんなこんなで昼休みを利用し外へ出てきた。佐伯と跡部と―――その他見物人一同。やはりあの技名・・・『逆手塚ゾーン』などというのに興味があった。
コートに向かい合う2人。向かい合い、適当にラリーを始め・・・
「アウト!」
『何・・・?』
セルフジャッジによる佐伯のコールに、一同揃って首を傾げた。あの跡部がアウト。疲れてたとか白熱した試合で一瞬だけ集中力が途切れたとか取りにくい球だったとかいうのだったらともかくただのラリーで。
まあちょっと位の失敗ならさすがにあの跡部でも起こるだろう、と次を見守り・・・・・・
「アウト!」
『なっ・・・!?』
2連続跡部のアウトに、今度は揃って慄いた。
一方跡部。2連続アウトとなるとプライドの高い彼ならば動揺の1つもしていそうだが―――
アウトになった球を見送り、なぜか跡部はぶるぶると震えていた。動揺、ではないようだ。
凄絶な笑みで呟く。
「なるほどな。『逆手塚ゾーン』か。確かに『逆』だな」
「お〜さっすが跡部。2球で見抜いたか」
「ああ見抜いたぜ。てめぇのその屈辱溢れる技はな」
歯軋りをして呻く跡部に、佐伯はむしろ楽しげに笑った。
「やられた時の恥ずかしさとしては千石のラッキーウォッチ、橘さんのフェザードロップに続く第3の技として推奨しとく」
「おかげでこの俺様がただの馬鹿扱いじゃねえか・・・!」
「いいじゃん。こんな誘いに乗った時点で実際馬鹿なんだから」
即答。
拳を固める跡部を見て、ようやく周りの一同もコレ―――『逆手塚ゾーン』のカラクリを悟った。
「そうか。どこに打とうが自分の元へ戻ってくる手塚ゾーンとは逆。即ち・・・」
「どこへ打っても自分の元へは返って来ない技か」
「確かに・・・、それならコート中央にいれば必然的にアウトになるよね・・・・・・」
「しかもよくよく考えると手塚部長のより使い道あるっスよね。部長のだと返って来た球打ち返して、改めて自分で決めないといけないっスけど、コレだと相手が勝手に点落としてくれるし」
「その上手塚くんのだと仕掛けられても『あ〜手塚くんすっごいな〜』って見られるだけだけど、コレだとぱっと見ホント跡部くんがヘタなだけだもんね」
「受ける屈辱は半端じゃないっスね」
「ついでにラッキーウォッチとフェザードロップ・・・って?」
「ああ。俺のは決まるはずのロブがいきなり風吹いてなんでかアウトになる技。めちゃくちゃ決め技で打った時起こるとは〜ずかし〜よ〜? んでもって橘さんのはラケット振ると風圧で球が逃げていくっていうドロップショット。ゆっくり落ちてく球相手に空振りだからね。何も知らない人から見ると、『この人何やってんだろ?』って首傾げたくなるよ?」
ははっ、と気楽に笑う千石。心の底からテニスを舐めきったような発言に、誰もが慄きそして・・・
「私、そんなつもりで技考えたワケじゃないのに・・・・・・」
コートの隅では、同じく見ていた杏がよろよろと崩れ落ちた。
屈辱に燃えている跡部。周りのそんな様子はまったくお構いなしに、佐伯にラケットを突きつけた。
「なら俺様の技全部防いでみな!!」
「サーブ以外ならな」
極めて当たり前の事を言い切る。ちなみに先程手塚はその『当たり前』に敗れたが。
「行くぜ!」
ラリーが続く。・・・まあ佐伯が仕掛ける前の3球ほど。
佐伯がロブを上げた。間違いなくわざと。
乗る跡部。もちろん出るのは破滅への輪舞曲。1打目が佐伯のラケットを弾き飛ばした。
「これで決まりか!?」
周りが拳を握り見守る中、跡部が2打目を放ち―――
「はい、アウト」
「ぐっ・・・!!」
「うわ〜。お前はっずかし〜♪ これだけのチャンスで? 下準備ばっちりで? それで外す?」
「うっせー!! てめぇがヘンな事やりやがったからだろ!? 何でグリップでそこまで回転かけられんだよ!?」
「よくよく考えろよ。手塚はちゃんと宍戸のスマッシュも返したんだぞ? となればパクる側の礼儀として同等の事は出来ないとな」
「『同等』・・・?」
「ぶっちゃけ佐伯の方がレベル高いよーな・・・・・・」
襟を掴んでがくがく振り回す跡部と振り回されそれでも淡々と解説を続ける佐伯。と・・・
「ねえねえサエくん。次俺やりたい!」
「お前が? そういえば手塚ゾーン破ってたっけ」
「そうそう。つまり手塚ゾーンのパクリなら君のも破られる、と」
「なるほどなあ。確かに」
「・・・・・・いいのかそれで?」
周りの突っ込みこれまた無視で、千石対佐伯でラリーが行われた。
「ラリーが続く・・・!?」
「手塚ゾーンが逆なら千石の対処も逆か。今度は回転を逆にかける事で相殺して中へと戻している」
「へえ・・・。やるじゃん千石」
「ははっ。せっかく新生したんだし? そーあっさり負けてちゃ台無しっしょ」
「そっか。じゃ、頑張れv」
「そりゃもちろ―――ん!!??」
千石の声が止まった。佐伯に普通の球を打たれて。
調子に乗ってそのまま打ってしまった球。今度は回転のかかりすぎたそれは、佐伯の元へと戻り―――
―――さらに行き過ぎて結局アウトになった。
「うっわ〜。俺もしかして今めちゃめちゃ恥ずかしー感じだった?」
「もしかしなくてもめたくそに恥ずかしかったな。ちなみに(仮)逆手塚ゾーンの裏的効力は『半端な対処はドツボにハマる』だ。ぬか喜びした挙句の自爆だから恥ずかしさは普通に食らうときの3倍強だ」
「なんか・・・・・・。サイアクの限りを尽くした技だね」
「いかにもコイツって感じの技だよな・・・」
「ちなみに同じ手塚の技『零式ドロップ』を捻って『i 式ドロップ』というのも考えてみた。普通にドロップで落ちた球があえて戻らずその場で強力なバウンドをしたらどうなるか。
―――極稀に顎にぶつけたりするヤツとかいないかな? ドロップとなれば前に身乗り出すし」
「止めとけそれは。まんま越前のツイストサーブだ」
「なるほど。アレンジ性に乏しい、と。技名は気に入ったんだけどなあ」
「あくまで止めるのは危険球だからじゃないんだな・・・・・・」
「ところで『i 式』って?」
「2乗するとマイナス1になるってヤツだ。具体的な数字じゃねえ。つまりは零式の逆かつ2乗した分の回転かけるっつーのの布石だろ。正確にゃ『0』はプラスでもマイナスでもねえが」
「うあ一発でバレた」
「・・・最近お前の『ネーミングセンス』と思考回路が即座に理解できるようになった自分に嫌気が差すぜ」
「じゃあそのノリで次は一緒に技を考案―――」
「しねえよ!!!」
・ ・ ・ ・ ・
今はもうどんよりと見つめていた周り。その中で、
「佐伯さん、ホントに『全国区』なんスね」
リョーマはぼそりと呟いた。隣にいる不二へと。
先程の佐伯の台詞、どこまで本気で受け取るかはともかくとして『さっきの練習でふいに思いついた』。―――つまり手塚ゾーンを見て30分程度で考えつき、その上ぶっつけ本番で成功させるというワケだ。しかも普通にアウトにさせるだけではなくあらゆる打球に合わせ、その上応用編まで。
・・・当たり前だが常人のレベルではない。それだけの技量を普通に使ったならば確かに『全国区』と言えるプレイヤーにはなれるだろう。普通に使えば。
「確かにね」
意味を正確に察し、不二が珍しく苦笑した。
佐伯を見る。自分以上に勝ちにこだわらないかの男。とりあえず目的が果たせたならば、結果として勝とうが負けようがどうでもいいという主義の彼を。
「まあ・・・
―――自主的に厄介な相手が1人消えてくれるんならそれはそれで嬉しいかな」
「・・・アンタさりげに言うっスね」
「はは」
―――Fin
―――さて前回手塚ゾーンを一応破ったっぽいサエ。次はこんな事もやらせてみました。・・・いえ冗談抜きで手塚って実際コレ出来るんじゃないかな〜と。映画ノベライズではリョーマがやってましたね回転かけてアウト球。全部自分の元へ戻すよりこっちの方が確実かつ効率的なような・・・・・・。
2005.4.8