真田対佐伯。6−3で真田の勝利。

―――これはテニスのスコアではありません。





Which do you Bet
のためなら不可能可能にする男。その佐伯・・・・・・〜





         
 
 榊班では、ダブルスのみならずシングルスの試合も行われた。そして、その中の1試合―――真田vs佐伯戦での事。
 始まる前に、佐伯が妙な事を言い出した。
 「なあ柳」
 「何だ? 佐伯」
 「練習試合だけどコレもアリ?」
 意味不明の問いに首を傾げる一同。柳もまた首を僅かに上に上げ。
 「・・・まあ含めるだろう。これだけ観客がいるのなら直に見ていなくともお前が嘘をついたとは思われまい」
 「どっちかっていうと、お前1人が証言すればそう思われるだろな」
 「生憎と。俺は公平な立場ではないからな」
 「なるほど。
  んじゃ、本気で頑張るか





 そして―――





 「ゲームセット。ウォンバイ佐伯。7−6」
 『――――――!!!???』
 榊の無情な判定に、辺りは無音の叫びに包み込まれた。
 「真田が、負けた・・・・・・?」
 「た、確かに越前君も破ってはいますが・・・・・・」
 「嘘だろ・・・?」
 「跡部さんだって手も足も出なかったってのに・・・・・・」
 いろいろと好き勝手言われる中で、
 (なるほどね・・・・・・)
 何となく、不二だけがこのカラクリを見抜いた。くすりと笑う。相変わらず彼もやってくれるものだ。
 「よし。勝ったぞv」
 常ならぬ感じで嬉しそうな佐伯。試合の勝利に対する嬉しさとはまた別な感じ―――それはそうだろう。佐伯はかつての不二と同様、勝ち負けという結果論にはこだわらない派だ―――の彼に、
 ―――気付いたのは多分不二と柳だけだろう。見抜いた不二と、やれやれと苦笑を浮かべる柳のみ。
 と、
 「―――っあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!??????????」
 コート外から声がかかった。
 どうやら現在ランニング中であるらしい切原が、2人を―――いや真田を指差して叫んだ。
 「負けたんスか真田副部長!! 俺アンタに賭けてたのに!!」
 「馬鹿切原!!」
 焦って制止をかける佐伯。だがしっかり彼の言葉は全員に伝わっていた。『俺アンタに賭けてた』と・・・・・・。
 「どういう事だ切原。説明しろ」
 「ぐっ・・・・・・!!」
 真田に詰め寄られ、切原もようやく己の過ちに気付いたらしい。「えっとその〜・・・」と視線を逸らし指を絡めてみたりもするが、残念ながらその程度で見逃してくれるほど真田は甘くはなかった。
 ため息をつき、佐伯が引き継ぐ。ぽりぽりと頭を掻き、
 「関東ベスト4になった時にな、お前除く立海のみんなと賭けしたんだよ。『俺と真田が勝負した時どっちが勝つか』ってな。まあ結局六角が青学に負けたからお流れになったけど、選抜に選ばれたからもしかしたら当たるかな〜と」
 「俺除く立海のみんな、だと・・・!?」
 見る。切原だけではなく、柳もまた。
 見られ、
 柳はしれっと答えた。
 「心配するな弦一郎。俺たちはお前に賭けた」
 「それを感謝しろと・・・!?」
 「よかったな真田。やっぱお前の方が優勢だった。俺に賭けたのは仁王と丸井だけだった。仁王は負けチーム応援する方が面白いって言うし、丸井は一発逆転狙いだった。どっちもただのにぎやかしだな」
 「アイツら・・・・・・!!!」
 歯軋りしつつ―――真田はふと思った。
 「・・・・・・幸村も参加したのか?」
 「おめでとう。お前に賭けたよ。『一応アレでも立海の副部長だからね。そう簡単に負けてもらっても困るよ』だってさ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 とってもコメントに困る返事だった。黙り込み・・・・・・
 「――――――待て! 正当なるテニスの試合を賭けに使っただと!? それが許されると思っているのか!?」
 「許されないだろうな(即答)。
  でも考えてみろよ。俺はともかくお前がこの話を知ったのは今。少なくともその時点で試合は終了していた。
  お前は別に俺、あるいは俺に賭けたヤツに『負けろ』と脅されたワケじゃないんだろ? 普通に対戦したんだろ? 俺だってそうだ。
  なら賭けは賭け、試合は試合で別物に考えるべきじゃないか? とりあえずコレを理由に俺の負けにするなんてつもりはないんだろ? それこそただの言いがかりだぜ?」
 「む・・・・・・」
 「よっし決まりだ。切原・柳。後でお前ら
1000円ずつ払えよ?」
 「あ〜あ。今月小遣いピンチだっつーのにどーすんスかー真田副部長!」
 「心配するな切原。俺たちが負けたのは一重に弦一郎の責任だ。
  ―――
6000円きっかり払っておいてくれ弦一郎」
 「待て。俺に賭けたのはお前達2人とジャッカル・柳生、それに幸村の5人ではないのか?」
 「始めはそのつもりだった。5人対2人で佐伯のオッズが上がった。
  ―――佐伯が自分自身に賭けるのはわざわざデータを見直すまでもなく決定事項だろう? ならば公平を期すために真田もまた自分に賭けさせるべきだ。
  かくて6人対3人になった」
 「人を勝手にそのような事に参加させるな!!」
 当然のクレームを出す真田。
 その後ろで、不二と佐伯がぼそぼそと話していた。
 「ああやっぱサエも賭けたんだ。どうりで本気で頑張るとか言い出すと思ったら」
 「そりゃ勝つだけで金がもらえるとなればな」
 「・・・・・・。
  凄い試合結果左右してない? その賭け」
 「かもな。何もなかったら6−3程度で普通に負けてたし」
 「・・・・・・・・・・・・。
  まあ、本気のサエと試合できるんなら
6000円くらいの価値はあったんじゃないかな。おめでとう真田」







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 この騒乱は、さらに続いた。





 夕食時。
 「真田! てめぇ佐伯に負けたってホントか!?」
 どばんと机を叩き、跡部が詰め寄ってくる。自分と互角以上の実力を持つ相手がそうあっさり負けられ不満なのかと思えば、
 ・・・問うその顔にはなぜか笑みが浮かんでいた。
 「・・・・・・?」
 眉を寄せる真田に代わり、味噌汁をすすっていた佐伯がすすりながら頷いた。
 「ああ。真田が負けたぞ?」
 「佐伯・・・・・・」
 ああ確かに間違っていない。実際真田は佐伯に負けた。だが、
 ――――――そこまで言いにくい事をずばっと言ってのけるこの男の精神はどうなっているのだろう? それも自慢げでも見下したようでもなく、夕食の献立を言うのと同じノリで盛り上がりも身もフタもなく言うのは。
 止まる空気。1秒、2秒、3秒、4秒、5秒。
 騒ぎ出したのは1箇所だけではなかった。
 まず跡部。
 手塚の方をびしりと指し、
 「ほーら手塚!! 俺の勝ちだぜ!? 約束は呑んでもらおうか!!」
 「む・・・。
  ―――仕方ない。約束は約束だ」
 「・・・・・・お前達も何かやっていたのか?」
 尋ねる。ひじょ〜に嫌な感じなのだが・・・・・・。
 答えは即座に返って来た。
 「ったり前だろ?
  手塚のヤローが他のヤツとはやったクセして俺とは試し打ちしねーとかホザきやがる。理由聞きゃ『お前相手にそれは失礼だからだ』とか言うからよ、『んじゃそれ以上に失礼な事が起こりゃいいワケだな? 例えばあの真田が他のヤツにあっさり負けるとか』と返しておいた。『誰が』と指定しとかなかったから最初は俺が勝とうかと思ったが監督に途中で止められた。仕方ねえから他のヤツに任せたが―――
  よくやった佐伯!」
 「いやあそれほどでも。というワケだからちゃんと働いた分の金は払えよ?」
 「ハッ。手塚とやる事考えりゃこの程度安いモンだぜ」
 がっしり手を握り合う2名。がっしり握り合い―――その手に
1500円を押し付ける。
 「まさか跡部、貴様が俺を散々挑発して試合に持ち込んだのはそのためだったのか・・・・・・?」
 「他に何があんだ?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 いろいろショックな事が多すぎて立ち直れない真田。その間にも他の人たちも騒ぎ出す。
 「ほ〜ら真田くん負けたって。俺たちの勝ち〜♪」
 「へへっ。みんなちゃんと払ってくださいね」
 「ずりーぞおチビも千石も!!」
 「テメーら知ってて煽り立てたな!?」
 「はあ? 何言ってんスか? 何であろうが乗ったのはアンタ達でしょ?」
 「だってあのチームなら手塚も跡べーもいねーし!! 不二だったらぜってー勝たねーだろーなとか思ってたんだよ!!」
 「いっや〜残念みんな! ダメだよ油断しちゃ。ダークホースっていうのは思わぬところにいるから意味があるんだし」
 「やっぱ知ってたんじゃないっスか!!」
 「じゃなかったらこっちに賭けるワケないじゃん。まだまだだね、先輩達も」
 「くそっ!!」
 「俺二重損じゃねえか!!」
 「佐伯!! お前俺相手にふつ〜に負けたじゃねえか!! 何で今回勝つんだよ!?」
 「そりゃいろいろ利点があるからだろ」
 『どんな!!??』
 「は〜いサエくんありがと〜♪ コレお礼の
2000円ね」
 「サンキュー♪」
 「・・・・・・すっげーよくわかった」







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 以上。打算にまみれきった合宿現場であった。そして誰しもが思う。





 ―――選抜試合、佐伯に金払ってやらせればもっと楽に済んだんじゃなかろうか、と・・・・・・。





 答えを握る男は、今日ものんびりとアサリ捕りなどをしている。



―――Fin









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おまけ
 「では、私の勝ちでいいですかな?」
 「まあ、仕方ないですわね」
 苦笑する華村の手から榊へと、札束が渡された。さすが大人しかもバブリーちっく。賭ける額も2桁違う。
 「それにしても榊先生、アナタも随分食わせ者ですわね」
 「何の事でしょう?」
 「とぼけないで下さい。
  知っていたのでしょう? 佐伯君の『実力』は。千葉に引っ越す前はおたくの幼稚舎にいたそうですし」
 「よくご存知で」
 「その位調べて当然ですわ」
 「確かに明確な結果としては出ませんが、練習で跡部と唯一互角に張り合っていたのが彼ですからね」
 「跡部君は真田君には勝てなかったようですけど?」
 「途中で止めたからでしょう。跡部はそう易々と負けるヤツではありません」
 「だからこそ、新サーブなどを出した?」
 「もちろんそれもありますが、それだけではないでしょう。仮にそれだけならば跡部の価値は随分下がります。
  ―――『負ける』事を知らない。アイツにとっての土壇場というのは即ち『勝ちへの第一歩』なんですよ。そうなるよう随分佐伯に鍛え上げられましたからね」
 「それで? その佐伯君をどうなさいます?」
 「レギュラーからは外しましょう。逆に佐伯は『勝ち』を知らないですからね。レギュラーに入れ試合をさせるよりは、選ばれたメンバーの練習相手に使った方が遥かにいい」
 「そうですか。ところで・・・



  ―――立海の幸村君も、そのようなタイプだと聞いた事がありますが」



 「だから立海は強いんですよ。そのようなタイプにトップに立たれる屈辱感をご存知ですか? 跡部の歴史はそこから始まったんですよ」
 「・・・・・・同情を禁じ得ませんね、跡部君には」
 「まあ、同じ事をやらせようとしている我々がしてもただの嫌味でしょうが」
 「そうですね」



―――Fin

 
         














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 賭博というと、日本では一部を除き違法でしょうが―――ではどこまでやればイケナイのでしょうか? 正解はもちろん刑法に載っているでしょうのでここでは気分の問題で。ちょっとした賭けだったら大抵誰でもやりません? 実際に金というわかりきった形でなくとも昼食一回分とかノート写しとか。もっと簡単な形では、『今日は晴れてたら良い事が起こりそうだ』。これも一種の賭けだと思います。特に負けたからといって損するワケでもないですが。
 さて話は映画に倣い賭けテニス。これもこれで難しい。映画のように八百長を持ち掛けなければ、試合する当人らには普通の試合と変わりはありません(まあ今回は当人も参加してたので変わりありまくりですが)。何も知らなければただの試合です。
 ・・・・・・彼らのこのノリだと知らない間にもっといろいろやられてそうだなあ。ちなみに千石らがしていたのは、手塚班全員参加(手塚除く)で『榊班で真田は誰かに負けるか否か』です。
 そしてラストのコーチらの会話。唯一の常識人、竜崎がいなくなったためいろいろし放題です。

2005.5.8