せんじょうの騙し合い 〜Party Game〜
おまけ Happy Family Plan!
その後、少しの間この事件は世間を賑わせた。ただしあまり多額の金が桜吹雪の元へ集まらなかった事(オッズの低いJr.選抜チームが勝ち続けたため、結局捕らえられた時点で桜吹雪が手にしていたのは勝敗不明であった最終戦の分のみだった)、お偉いさんが揃って桜吹雪を切り捨てたため、事件関係者に有名な人がいなかった事などにより、マスコミも一時的にしか取り上げなかった。
桜吹雪は取調べにて、ずっと一緒にいた少年の方が首謀者だと言い張ったらしい。だが警察ではまともに相手にしてもらえず、絶好のネタだと喜んだ者も多いが残念ながら少年が少年であるが故、警察からはあまり情報をもらえなかったという。それでも調べはしたらしいが、なぜかその少年の情報はことごとく抹消されていたそうだ。『謎の少年』の話は爆発的な盛り上がりを見せたが、あまりに謎過ぎるおかげで最終的な世間の見解は『桜吹雪の罪逃れ』とで固まった。
実際その犯罪に巻き込まれた選抜チームもまた注目を浴びた。だがやはり家柄こういう事は慣れているのか、先手を打った跡部が記者会見を開くと提案してきた。ポイントはリョーガと佐伯の存在を絶対にバラさない事―――ではない。ヘタに嘘をつけばとっさの質問でボロが出るし、こちらも当局に睨まれマスコミに追われるハメとなる。こちらは千石の言った案だが、一番簡単な手段として採用された。即ち・・・・・・ありのままを言う事。もちろん名前は出さず、『招かれ八百長を持ちかけられたので断った。命を狙われたので逃げてきた』と。これだとリョーガはあくまで桜吹雪チームの一員として扱われ、彼らもまた騙されていた事はダブルスの6人が証言してくれる。佐伯は千石が勝手に招いたバイト。他の従業員らは重要参考人として警察に連れて行かれたが、お互い顔合わせをほとんど行っていなかったのが幸いした。彼は桜吹雪チームの補欠という認識を受けていた。ついでに千石と英二が原因で爆発した船については『老朽化が原因じゃないだろうか』と加えておいた。余程こちらの方に突っ込みを入れたかったというのが、会見後の全員の意見。
かくて事態は発生と同じく急速な勢いで収まっていった。一部の警察やマスコミはそれでもまだ粘ったし、さらに選抜メンバーらを知っている中学生一同は何とかしてもっと詳しく聞こうと頑張った。が、ここからが跡部の策略の上手いところだ。記者会見にて全員で集まりネタ合わせをした後は一切口を割らず、『全国大会が迫っているからそんな事に構っている暇はない』の一言で切って捨てた。実際全国大会は目の前に迫っている。彼らが属する4校はどこも強豪校だ。氷帝は関東で敗退したものの、開催地の特例により全国への参加を認められた。9人中7人が後のない3年とくれば入る熱は格段に違う。そして・・・・・・青学・氷帝・立海はそれぞれ手塚・跡部・真田に恐れをなして手が出せず、山吹は千石がのらりくらりと言いまくるおかげで聞いた人全員を混乱に陥れた、というのもまた早期沈着の要因だろう。
そして、静かになった中彼らは全国大会へ向け最終調整に入った・・・・・・。
* * * * *
全国大会1週間前、六角にて。
「今日は・・・、新しい仲間を、紹介するのね・・・・・・」
オジイの言葉に首を傾げる一同。またヘンなタイミングで来たもんだ・・・・・・。
フェンスを開け、その『新しい仲間』とやらが来て―――
「―――リョーガ!?」
「よっ。佐伯」
「お前なんで来てんだよ?」
「そりゃ本日付で六角に転入したからな。やっぱ中学っていったら部活だろ。たとえ短い間だろうが入ったからにゃあやんねーとなあ」
「六角に転入って・・・・・・お前学校行ってたのか?」
「あのなあ・・・。なんっかお前1%の疑いもなく信じてたみてえだが、
俺はきっちり学校行ってる!」
「そんな・・・。その言動の粗悪さと半端に世間でスレたトコ、それに妙にガキっぽいところなんかは絶対お前が学校に行ってないからだとばかり思ってたのに・・・!!」
「お前その台詞はむしろ一緒にいたヤツらに言えよ・・・」
「にしてもお前生活費もないクセによく学費なんて払えたな」
「ああ。アメリカ残るっつった時、学費は送らずに済むよーに先払いされてたからな。辞めた分の余りで来たってワケ。ま、さすがに私立の青学入れるほどじゃなかったが、ここなら何とか足りたからな」
「もしかして、家に戻ると越前に悪い理由って・・・」
「ホラ、俺が青学入っちまうとせっかく頑張って1年レギュラーなんかになったチビ助落としちまうしなあ」
「多分落ちるのは別のヤツになると思う・・・・・・」
小さく呟く。と、
「サエ、知り合いか?」
「誰なのね?」
件の事情でもちろんリョーガの事など知らない六角メンバーがざわめきだした。佐伯は一同を手で指し示し、
「はい紹介」
「俺にやれってか?」
「他に誰がやるんだ?」
「お前がやりゃいいじゃねえか」
「やってもいいのか?」
「・・・・・・やります」
結論として、リョーガはちょっとヒネていたりもするが言う事はよく聞くイイコちゃんらしい。
佐伯にのみそんな結論を抱かせ、リョーガは一歩前に出てわざとらしくお辞儀をした。
「初めまして。越前リョーガといいます。アメリカから来ましたが別に留学生じゃありません。テニスは物心ついたころからやってて腕にはわりかし自信あります。短い間ですがどーぞよろしくお願いします」
「あ、ああ・・・」
「こちらこそ・・・・・・」
表しかないといった感のある六角では珍しい存在―――裏から人を操るのが大好きな冷血漢的参謀タイプに、誰もが一瞬引いた。引いて、ついでに納得する。彼が佐伯と仲良さげな理由を。
「って・・・・・・」
「『越前』?」
頷き、首を傾げる。笑って佐伯が解説を加えた。
「青学の越前の兄貴だって。まあ今じゃウチの居候だけど」
「どーもー。その節はウチの弟がお世話になりましたー」
にぱっと笑いひらひら手を振るリョーガ。
「え・・・、ってことは・・・」
「『腕にはわりかし自信あり』って・・・・・・」
「越前をさらにレベルアップさせて跡部クラスにした位かな?」
「めちゃくちゃありじゃねえか!!」
「うっわー! さすが越前君のお兄さん!」
「凄いのね!」
「んじゃ入ってオッケー?」
『もちろん!!』
* * * * *
全国大会が始まった。六角はいきなりの試合だった。
「よし! 泣いても笑ってもこれが最後! 悔いのねえ試合やってみんなで笑うぞ!」
『オー!』
黒羽の号令―――こういう場合、部長云々より六角ファミリー家長の感の強い彼がまとめ役となるのが恒例である―――に、円陣を組んだレギュラー一同が拳を振り上げた。当然この中には新入りリョーガも含まれる(誰が代わりに落ちたかは訊いてはいけない)。
試合開始。緒戦の相手は沖縄代表比嘉中だった。初めて聞く名だ。六角は千葉の古豪として、何度も全国大会出場の経験を持つ。それでも少なくともここにいるメンバーは、相手の中学と顔合わせをした事がなかった。
「よろしくおねがいします!」
全国では試合の順番が今までと異なり、シングルスとダブルスを交互に行う。S3にて最初に試合をする剣太郎が、明るい声で相手に挨拶をした。どこに対しても親しげなのが六角の風潮だ。初めての相手ならばなおさらであり―――間違っても見下したりするような真似はしない。
もちろんそれはコート外でも同じく。
「さってどんな相手なのかな〜?」
「初めてなのか?」
訊いてくるリョーガに、佐伯は笑って答えた。
「ああ。あのオールバックで眼鏡かけた真面目そうなヤツ―――木手とは去年のJr.で会った。尤も向こうは俺の事なんて覚えてないだろうけどな」
「そーなのか?」
「なにせ俺、『可もなく不可もない極めて平凡な選手』だから。テニスの上でも性格の上でも」
「・・・・・・一瞬のためらいもなくそう言い切れるお前の肝の据わりっぷりはぜってー『平凡』じゃねえだろ」
「そんな褒めんなよ//」
「・・・・・・・・・・・・マジでお前、何と比較して『平凡』なんだよ?」
ため息をつく。つく・・・その後ろで。
「―――リョーガあ!?」
1週間前にも聞いたような感じの驚きの声が上がった。ただしこちらの方が驚き度合いは高かったようだが。
リョーガが振り向いた。フェンスの向こうにいたのは予想通りの姿。
「よっ、チビ助。それに手塚クン・不二クン・菊丸クン」
「あれ? みんなどうしたんだ?」
「『どうした?』って・・・・・・」
「俺たちはお前達の試合を見に来たのだが・・・」
「むしろお前がどーしたんだよ?」
「リョーガアメリカ帰ったんじゃないの?」
誰もがそう思っていたからこそきょとんとする4人。対してリョーガを知らない5人はまずこの六角の新人に驚いた。
「えっと・・・・・・」
「彼、見かけない顔だね・・・・・・」
「新しい人、っスか・・・?」
「こんな時期にンなモン入れるわけないだろ馬鹿野郎が」
「ンだとコラ・・・!!」
「止めろ桃・海堂!!」
「ふむ。六角に今まで出ていなかった者の登場か。さしずめ六角の秘密兵器といったところか。だが―――
―――どうやら彼らの正体はお前たちが知っているようだね。紹介してくれないか?」
「そうっスよ先輩たちもそれに越前も! 教えてくださいよその人誰なんスか!?」
「ああコイツは―――」
「おいチビ助。お前お兄様に向かって『コイツ』とは何だよ?」
「ああごめん。『コノ人』は―――」
「よし」
「・・・いいんだ」
「っていうか・・・・・・・・・・・・」
青学全員の間を微妙な空気が流れていった。待つ事1秒、2秒、3・・・
「『お兄様』ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!??????」
「そーなんだよおっどろいたよねー!! おチビのお兄さんだよ!? しかも純粋血の繋がったお兄さんだって!! 俺らもこないだ直接会うまで全っ然!! 知らなかったし初めて聞いた時めちゃくちゃ驚いたよー!!」
・・・・・・つまりは本当らしい。その他全員の台詞をぶん取り英二が1人マシンガントークを繰り広げた(いやマシンガントークは普通1人でやるものだろうが)。
騒ぐ一同にリョーマが肩を竦めた。どうやら説明の手間は省けたらしい。
「ってオイ越前! お前兄貴がいたなんて聞いてねえぞ!?」
「そりゃ言ってなかったっスからね」
桃に後ろから小突かれ、しれっと答える。なおも詰め寄ろうとしたところで、
フェンス越しにリョーガがびしりと敬礼をしてきた。
「このチビ助の兄で越前リョーガと言います! 弟がお世話になっております! ふつつかな弟で何かと手を焼くでしょうが、今後もなにとぞよろしくお願いします!」
呆気に取られた。初めて出会った5人も。既に知り合いだった4人も。
後ろから頭を抱きこんだまま、桃がぼそぼそと呟いた。
「おい越前。お前の兄貴、お前にちっとも似てねーな。似てねーよ」
「そりゃそうでしょ。俺あんな馬鹿じゃ―――」
「そ〜んな事ないって桃ちん。普段はちょっと違った感じだけど、それでもいざって時はやっぱおチビのお兄さんだよ。ね? おチビ?」
「は、はあ・・・」
「だから俺あんな馬鹿じゃないっス・・・」
掠りもしない品評会。それはそうだろう。繰り広げる英二・桃・リョーマの間で、リョーガに対する認識が完璧に食い違っているのだから。それでもちゃんと会話が成立しているように聞こえるのだから不思議なものだ。
そんな彼らを横目で観察し、乾が改めてリョーガと向き直った。
「それで、その越前の兄である君がなぜ六角に? よければ事情を教えてくれないか?」
「ああ、まあ詳細はチビ助達に聞いてくれ。1からしてると終わる前に試合が終わっちまう。んでもって六角に入った理由としては―――
―――俺が青学行っちまうと、せっかく活躍してるチビ助に悪りいからなあ。ホラ、弟の顔立ててやんのも兄貴の仕事じゃねえ? 苦労すんなあ兄貴ってのも」
『なるほど・・・』
「アンタがいつ兄貴として何かやった!?」
リョーマの突っ込みはともかく、リョーガの試合をある程度は見ていた3人は同時に頷いた。確かに弟を上回る彼を前にすれば、リョーマも随分掠れるだろう。
(でも・・・)
(けど・・・)
(だが・・・)
―――この先に3人が思った事は、佐伯のそれと同じだった。他校生の無責任な発言ならともかく彼らが口にすると部活内問題なるため呟きは心の中にのみ留めるが。
心の中で葛藤する間にも、会話が進んでいく。
「というワケで越前」
「何スか佐伯さん」
「お前今日帰ったらご両親に伝えといてくれ。『そんなこんなでリョーガ預かってますので彼の生活費送ってください』って。俺ん家の住所なら不二が知ってるから」
「ああなるほど。リョーガ君、サエの家にいるのか」
「それで六角転入、か・・・」
「そうそう。コイツがいてくれるおかげで部屋で夜電気がつけられるようになったよ。電気代も折半だから」
「ってちょっと待てよ佐伯。俺はちゃんと生活費稼いで払ってんじゃねえか」
「多いに越した事はないんだぞv」
「ああなるほど。さすがサエ、賢いね」
「それは二重取りでは・・・・・・」
などなど、他愛のない会話を続ける。続ける間に試合が終わった。
「・・・・・・え?」
「大丈夫か剣太郎!?」
「・・・・・・ってて、て・・・。大丈夫です・・・・・・」
「もういい! 無理するな!」
「で、でもまだ試合・・・!!」
「お前はこれから六角を引っ張る大事なルーキーだ。ここで駄目になるな!
大丈夫だ。後は俺たちに任せろ」
「・・・・・・・・・・・・すみません」
他のメンバーの肩を借り、コートから出てくる剣太郎。疲労により歩けないとかそんなワケでは・・・もちろんなかった。
対戦ボードに今の結果が書き加えられる。剣太郎のDef―――棄権負けと。
会話をしていて乗り遅れた佐伯とリョーガは、揃ってぽりぽりと頭を掻いた。
「えっと・・・、試合・・・・・・」
「そういや・・・・・・ずっとやってたんだよな・・・・・・」
聞いていた青学一同が脱力する。まあ自分たちもリョーガに驚きロクに見ていなかったのだから文句を言えた筋合いではないが。
その中で、ちらちら見ていたリョーマ・不二・手塚がつと目を細めた。そして―――
―――実は同じくちらちら見ていた佐伯とリョーガも。たとえ自分たちはまだ出番ではないとはいえ仲間の試合だ。本当に見ていなかった筈はない(とこの2人が言うととことん説得力に欠けるが)。特に比嘉は始めての相手。言い方は悪いが剣太郎を実験体に様子見をさせてもらった。もらった結果・・・
「お前どう思う? 今の試合」
「俺にそれ訊くってか?」
「お前だから訊くんだ」
コートを向き、ぼそぼそとなされる会話。多分現在一番そばにいる青学メンバーでも、背中を向けてしまった以上聞き取れはしないだろう。
一瞬だけ剣呑な流し目を送られ、リョーガは目立たない程度に肩を竦めた。
「別に。どうも思わねえぜ? 勝ちゃそれでいいんだろ?」
「確かにな」
こちらも目立たない程度に頷き、佐伯は端で怪我の手当てを受けている剣太郎に視線を送った。
2試合目。樹と亮の試合もまた、棄権負けとなった。
「アイツらぜってーワザとやってんじゃねーか!!」
「許せねーな許せねーよ!! 何やってんだよお前ら!!」
「落ち着け菊丸! 桃城!!」
いきり立つ青学陣を、手塚の恫喝が留める。部長の命令は絶対だ。怒りは収まらないながらも、とりあえず一同はそれを己の内に無理矢理殺した。
張り詰めた空気を破るように、さらに張り詰めさせるように、不二が小さく呟く。
「これもまた1つの戦法だ。別に初めて見たわけじゃないだろ? みんな」
「そっスね」
不二の言葉に、リョーマの頷き。確かにこの2人はかつて切原と亜久津に同じような目に遭わされた同士。説得力はあるだろう。が―――
「確かにそうだけどさ・・・!!」
「それでも、許せねーっスよ・・・!!」
噛み締めた歯の奥から、かろうじて言葉が洩らされた。2人はまだそれでも勝った。勝つ事により、最高の仕返しを果たした。というのに今回は・・・
聞いて、
今度肩を竦めたのは佐伯だった。小声のまま、茶化す。次の試合のため準備をしていた選手を。
「―――だってさ、リョーガ」
ぽんと肩を叩かれ、リョーガは伸脚状態から体を起こした。
振り向く。佐伯を。成す術なく倒れる現在の仲間を。人事なのに自分の事のように怒るメンバーを。そして―――あと1勝と喜ぶ比嘉一同を。
「要は勝ちゃいいんだろ勝ちゃ」
にやりと笑いそんな事を言うリョーガ。如何にも物騒な台詞を飛ばす彼の真意は・・・・・・。
* * * * *
「S2の選手、前へ!」
審判に促され、コートへ出る。六角からはもちろんリョーガ。比嘉からは木手が。
「まさかここで新しい人が投入されるとは。六角は随分余裕ですね。氷帝以上だ」
「1週間前に転入したモンでな。どうやってもそれ以前に投入されようはねえよ」
「では入って早々大変な役割を押し付けられましたね。君が負けると全国敗退。六角の運命は君に託されたという事ですね」
開始前からの木手の攻撃。これでプレッシャーを与えるつもりらしい。剣太郎ならば大喜びだろう―――そんな事を考える程度にはリョーガも六角には馴染んでいた。一応これは補足として加えておく。
木手のプレッシャー攻撃を、
リョーガはあっさりいなした。
「生憎と、俺はさっき言ったとおり新入部員だ。全国の重みってのはさっぱりわかんねーな。だから―――
―――今これからやる試合を勝つ。俺の役割はただそれだけだ。いつだってな」
それはリョーガのかつての姿を知る者にのみ通じる皮肉。あの後参加した一同は千石に詳しい話を聞いたのだが、リョーガは本当に全勝していたらしい。おかげで普段の彼のオッズはほぼ1。どうりでこちらが彼より低いと驚いていたわけだ。桜吹雪からは散々負けろと言われていたようだが、絶対にその主義は曲げなかったという。あまりに信念が強すぎたからこそ、弾き出されたのかもしれない。表からも、裏からも。
もちろんそんな事は知っているわけはない木手が、不快を現すように眼鏡を片手で直した。
「ふん。随分と大口を叩きますね」
「大口? 別に叩いてねーだろ? 俺はこれからの予定を言っただけだ。ついでに俺は有言実行がモットーだ。言った事はやるぜ?」
「減らず口を・・・!!」
「そりゃ悪りいな。気分悪くしたか? 相手の挑発はいつもの事なんで、ついそのノリでやっちまった」
それきり木手は黙り込んでしまった。意外と張り合いがない。いつまでもやっていても決着がつかないからと引いたのかもしれないが。
トスを行い、握手をする。リョーガが人を馬鹿にする笑みを浮かべたままの一方、木手は冷静そのものだった。どうやらこの程度の挑発には乗らないらしい。つまらなさげに唇を尖らせ、リョーガはサービスラインへとついた。
ポー・・・ン、ポー・・・ンと、普段の自分ではないほどに長くゆっくりとボールをついていると、
ようやっと相手が乗ってきた。
「越前リョーガ君。青学にいる越前リョーマ君のお兄さん、ですか」
聞く。聞いて―――
リョーガはついていたボールを手に取った。掲げるように見せつけ、
「俺をあのチビ助と同じレベルだとは思うなよ? 痛い目見んぜ?」
サーブを打つ。先手必勝・ツイストサーブを。
木手はこの攻撃を予測していたのだろう。当然だ。ビデオで観ても、リョーマの攻撃はまずコレから始まっていた。どうやらツイストから始めるのは越前家の伝統らしい。
余裕を持ってバウンド地点に回りながら、言ってくる。
「もちろん思っていませんよ。まだ発達途中の弟に比べあなたは体格的に優れている。パワーやスピンも上―――」
「バーカ」
木手の長談義を遮り、言う。今度は相手にもよく聞こえるように。同時に、
ギュバン!!
『なっ・・・!?』
ほぼ全員―――リョーガのテニスを見た事のない全員が驚きの声を上げた。普段リョーマのそれを見ている者もまた然り。
木手はラケットを振る事すら出来なかった。顔面に迫る球をただ避けるのが精一杯で尻餅をつく彼に、リョーガは何事もなかったかのように親切に解説を加えた。
「だからチビ助とは違うって言っただろ? これが本家本元のツイストサーブだ。な? チビ助?」
「ああそうだね・・・!」
にやにや笑うリョーガとむくれる弟。謎の解説に他の者が首を傾げた。
「『本家本元』・・・?」
「なんでもおチビってあのツイストサーブ誰にも教わってないらしいよ? 見て覚えたんだって・・・」
「なっ・・・! ンな馬鹿な・・・!!」
「それであのレベル・・・!?」
「確かに、『無我の境地』を例に取るまでもなく越前の学習能力は人並み外れている。やろうと思えば決して不可能ではないだろう。だが・・・」
「俺たちが驚愕していたあのツイストですら、本物と比較するとまだまだだったという事か・・・」
「・・・どうでもいいけど手塚。君が『驚愕していた』とか言っても説得力ないよ?」
「放っておいてくれ・・・!!」
* * * * *
そんなこんなで試合は行われ、
「ゲームセット! ウォンバイ六角越前! 6−0!」
「うっわ〜・・・」
「これだけの実力・・・。越前リョーガは手塚と互角といったところか・・・・・・」
「ウソでしょ〜・・・?」
「さすが越前のお兄さん・・・・・・」
「ふへ〜。とりあえず首の皮一枚で繋がった、ってか。
―――ああ、お疲れさんリョーガ」
「お前らも次頑張れよ。バネ、ダビデ」
「リョーガさんの返事にリョーガいする・・・・・・ブッ!」
ごがっ!!
「おお、頑張るぜ! お前がやってくれた分は無駄にしねえよ」
「んなに深く考えんなって。俺は言ったとおりやっただけだ」
「ま、それでもだ。このまま流れに乗って一気に行くとすっか!」
ハイタッチを交わすリョーガと黒羽・・・のみ。天根は黒羽のもう片方の手にずるずると引きずられていった。
のんびりとそれを見送り、
「―――意外。何もしなかったんだな」
近付いてきた佐伯に、リョーガはしれっと答えた。
「相手が弱かったからな。何かする前に終わったぜ」
「他のヤツの前では言うなよ? 怒られるぞさすがに」
あまりの答えに佐伯がくつくつと笑う。言ってはなんだが木手は今まで出てきた計3名とは格が違った。それですらリョーガの手にかかるとこんなものらしい。
(んじゃ俺だとどうなるのかな?)
この対戦は六角・比嘉共に緒戦。勝敗がつこうがS1まで絶対に回される。S1で待つ自分まで。
(ま、のんびり待ちますか)
先程のS2は例外としても、2試合もやればさすがに相手の手の内は見えてくる。目くらましでこちらの隙を誘う擬似瞬間移動はともかく、いきなりの事に動揺するこちらを文字通り叩く―――動きが止まったところでボールをぶつけてくるといった手は。
(根性の問題だったらバネさんはダントツだし、ダビデも突っ込まれ慣れてるから今更ボールの1つや2つ当たったところで気にしないだろ)
相方の心温まる凶悪突っ込みと、敵のはらわた煮えくり返る凶悪デッドボールを同列に扱っていいのかは疑問に残るとして、こんな佐伯の予想通り試合は最後まで行われた。
「ゲームセット! ウォンバイ比嘉! 6−3!!」
「済まねえみんな・・・。せっかくの全国大会だってのに・・・!!」
「は〜痛い敗退だった・・・・・・ブッ!」
ごっ!
「―――というわけで、いろんな意味で済まねえみんな・・・」
「リプレイまですんのかよ・・・?」
「っていうか・・・何に対して『済まない』んでしょうね今の言い方だと・・・・・・」
「ダビデに関してはもう慣れたからいいのね・・・」
「ああ。お前にはいつも苦労かけてるよバネさん・・・・・・」
「みんな・・・・・・」
間違った方向に盛り上がりつつある一同から抜け、佐伯はのんびり準備に入った。元から加わる気はなかったらしいリョーガが近寄ってくる。
近寄ってきて、ぼそりと呟いた。
「つまりは実力で負けた、と」
どごすっ!!
『―――!?』
「ああいや気にするなみんな。何かリョーガがさっきの試合で疲れたらしい。ちゃんと休むよう勧めておいたから」
「・・・・・・休むにしては、随分苦しそうな姿勢だな」
「越前家ではきっとこの姿勢で休むのが伝統なんだよ」
「ないっスよンなヘンな伝統!!」
「さってそれじゃあ行ってくるか」
* * * * *
S1。佐伯対甲斐の試合が始まった。3敗した時点で勝とうが負けようが変化はなし。それでありながら挑む佐伯に、甲斐が軽く口笛を吹いた。
「よくやるねえ。どーせもー勝負は見えてんだろ? わざわざ『痛い目』見に来たって?」
そんな挑発に―――
佐伯は綺麗に微笑んでみせた。
「1人見させ損なったヤツがいるだろ? というか逆に見させられたヤツ。
―――お前がリベンジ果たしてみたら?」
「なら、遠慮なくそうさせてもらうぜ。リーダーが負けちまったんじゃ面目立たねえからな」
「安っぽいヤクザだなその言い方」
「何を―――」
「はいはいさっさと始めようぜ? 対談ならこんなネット挟んで立ちっ放しでやる必要もないだろ? こんなんで進行遅らせたら大会役員に申し訳ないし」
反論を遮りぱたぱたと手を振る。ポジションにつこうと背中を向けたところで、後ろからこんな言葉がかけられた。
「お前とさっきのヤツ、随分そっちの学校から浮いてんだな」
「・・・・・・。
そりゃどーも」
「ゲーム比嘉! 4−3! チェンジコート!」
「大きな口叩いた割には大した事ねーな」
「そりゃ『俺が勝つ』なんて一言も言ってないからな。どっかの自信家と違って俺は謙虚なんだ」
「ハッ! ホザいてろ。どうせ負け惜しみだろ?」
「かもな」
あっさり肯定。あまりの悲観的見方に、甲斐もそれ以上相手する気が失せたらしい。自分のコートへ向かった。
と―――
「なんで・・・横に打たないの・・・・・・?」
「オジイ?」
きょとんとして、佐伯が足を止める。まるで、(この言い方も失礼千万だが)ちょっとボケの入った老人の戯言だと思うだろう。普通なら。
オジイの突発的アドバイスは六角の名物だ。だからこそ佐伯は足を止めた。
オジイを見る。目を閉じ、どこを見ているかはわからないが―――とりあえず首を振っている方を見ているのだろう一般的には。中には首と目を全く逆の方に向けている青学の天才だのもいたりするが。
首を向けられていた方には何もなかった。ただコートがあるだけで、移動中の甲斐はまだそこに入ってはいない。
向けた首を傾げる。重力に従って眼球が落ちた―――りしたら不気味だが、とりあえず見る向きが微妙に変化した。視界の端に甲斐が映る。こちらに向かってラケットを振り下ろした甲斐が。
「オジイ!!」
オジイを狙って放たれた打球。とっさに庇うように身を乗り出しオジイを横に倒し―――
ビュッ―――!!
『サエ!!』
驚きの声が上がる。明らかにオジイの頭を狙って放たれた1球。それはオジイを庇った佐伯の頭に・・・・・・当たってはいなかった。
「いや、大丈夫だ」
心配して駆け寄ってきた一同に、佐伯は軽く手を振り顔を上げた。額を掠めたらしい。分け目のある左の額はぱっくり切れ、流れた血が髪と目を真っ赤に染めていた。
「お前その怪我・・・!!」
「大変なのねサエ!?」
「大丈夫だって。大した事じゃない。ちゃんと避けたから」
「避けた、か・・・?」
あまりの事態にいっそ冷静になった英二の静かな突っ込みに、
「―――そりゃ避けただろ。顔背けたから掠めた球が傷を付けていった。でもって背けなかったら直に頭に当たってた。まあそっちの方がたんこぶ1つと気絶程度で、見た目としちゃ地味で済んだだろーがな」
「跡べー・・・」
横手から声がかけられた。こちらも全国最初の試合を見に来たのだろう。跡部が、周りからは一歩離れた感じで見ていた。客観的な眼差し。彼は何とも思わないのだろうか? この試合に。
思ったが、口を開いたのは跡部のほうが先だった。
「ほお・・・。まさかアイツが六角入るとはなあ」
「知らなかったのか? 跡部」
「俺が知るワケねーだろ? 越前ですら知らなかったってんだから」
「・・・アンタいつから見てたんスか?」
「最初からな」
「なら尚更何か思えよ! お前アイツの幼馴染なんだろ!?」
話が英二の元へと戻る。非難の眼差しを向ける英二をじっと見つめ、
「だから?」
跡部はそう言い切った。
「幼馴染だから? だからどうした? こういった展開が待ってる事は佐伯だって十分理解してただろ? それでも挑んだ以上どうなろうがアイツの責任だ。まあ強いて言うんなら被害最小限に食い止めたアイツに拍手の1つでも送るか」
「そりゃ光栄だな。まあ、頭に直に当たると脳震盪起こしたり目が見えなくなったりして大変みたいだからな。目が武器な俺には痛い」
しれっと信じがたい発言をする跡部に、佐伯もごく普通に笑ってのけた。彼ら幼馴染というと大抵不二と佐伯のほのぼの関係を見ていたおかげで、このような一面があったとは予想だにしていなかった。
呑まれ、黙り込む一同を他所に佐伯がコートへと入っていく。頭からは今だに血が溢れ出していた。
そんな彼の―――彼らの後姿を見て、
「それに・・・
・・・・・・いざとなりゃアイツが止めるさ」
呟かれた言葉の中に含まれる、僅かな嫉妬と安心感。敏感に感じ取り、リョーマが跡部の袖を小さく掴んだ。
―――『お前は越前の事だけ心配してればいいよ』
(ま、それもそうだな)
かの日佐伯からかけられた言葉。この時点で佐伯はリョーガの事をどう思っていたのだろう。
この言葉は、ひっくり返せばこうなるのだ。
―――『俺にはもう心配してくれるヤツがいるから』、と。
伏せるリョーマの頭を小さく撫で、跡部は目線を佐伯へ、そしてリョーガへと動かした。面白そうに口端を吊り上げる。
(さてアイツはどう出るか)
佐伯がコートへ向かった。入ろうと、足を踏み出したところで。
「おい佐伯!」
「ん?」
呼び止められ、振り向いた。リョーガは面倒くさそうに瞳を細め、言った。
「そのまんまコート入んな。血で汚れて次使うヤツが迷惑だ」
『・・・・・・・・・・・・』
跡部以上の非人道的発言に、場が静まり返った。
肩を竦め、佐伯が戻っていく。途中審判を見上げ、
「すみません、止血してきていいですか?」
「あ、ああ・・・・・・」
「ありがとうございます」
コート脇で、ミネラルウォーターで血を流し、持ってきてもらった救急箱から赤チンを取り出す。持って来てくれた天根(つい先ほどまで使っていた)に手伝ってもらい包帯を巻いていく・・・。
そんな佐伯を見て、
不二が冷たい口調でリョーガに問い掛けた。
「どういうつもり?」
珍しいケンカ腰の不二に、リョーガも人を見下す笑みで答える。
「どう? 見たまんまだろ?」
「まだサエに試合やらせるワケ?」
「そりゃ決着ついてねえからなあ」
「怪我してるんだよ?」
「だから?」
「棄権させてさっさと病院に連れて行くのが普通じゃないの?」
「あの程度大した事ねえだろ。本人ぴんぴんしてんじゃねーか」
あくまで止めさせる気はないらしい。フェンスに詰め寄り、不二はリョーガの襟を掴んだ。
がしゃん―――!!
静かな空間に、フェンスの音だけが響く。全員の注目が集まった。―――佐伯もまた、その中の1人。
その中で、トーンを抑えたままの不二の囁きが続く。落としているからこそわかる。不二が本気で怒っていると。
「君サエの恋人でしょう? 恋人なら相手の事大事にしなよ」
リョーガの笑みが―――消えた。
不二の手を払いのけ、逆に襟を掴み上げる。
『不二!!』
驚く周りに対し、不二は眉ひとつ動かさなかった。
13cmの身長差。だがそれを感じさせないほどの凄みを見せ、2人が対峙する。
「俺がアイツを大事に思ってねえと、そう思うってか?」
「違うワケ?」
「ほお。言ってくれんじゃねえの。なら訊くが―――
―――佐伯は一言でも『止めたい』っつったか?」
「・・・・・・」
「言ったんなら俺も賛成してやる。ンな程度の気持ちでやったんなら勝負なんぞ見えてるからな。
だがアイツは言ってねえ。周りみんなが言ってるようにアイツが試合する意味はそもそもねえ。勝とうが負けようがどっちでもな。しかも佐伯も向こうのやり口は十分わかってる。最後だけ例外だなんて思えるほど世間知らずじゃねえだろ? それでも挑んだんだ。それこそ他のヤツの『リベンジ』でな。
今無理やり止めさせちまったらアイツのプライド潰す事になんだぞ?」
「それは・・・・・・そうかもしれないけど・・・・・・」
「俺は佐伯に言った。『どうしても苦しいって時だけは助けてやる』ってな。自分で何とかしようとしてるヤツに手え貸すのはただのお節介だ。それが俺の自論だしアイツもそれで納得してる。
もう一度だけ訊く。佐伯は一言でも『止めたい』っつったか?」
「言って、ない・・・けど・・・・・・」
負けた不二が視線を下ろしていく。思い出すのは関東決勝、切原との試合。あの時、傷つけられた自分を見て佐伯は何も言わなかった。いつもならちょっと何かあるだけですぐ駆けつけてくるというのに。
リョーマの怪我もあり、また初めて『勝ち』に執着した。何としても勝ちたかった。だから最後まで戦い抜いた。周りからの同情や非難を全て無視して。
思う。佐伯はわかっていたんじゃないだろうか。あの時自分が何を思い、なぜ止めようとしなかったのか。
そして今、自分は・・・・・・・・・・・・。
大人しくなった不二の襟を放し、リョーガはフェンス越しに頭を撫でようとし―――
どごすっ!!
「うごわっ!!」
―――フェンス越しにずるずる崩れ落ちていった。
『佐伯が避けなかった場合』の結果を見事示してくれた相手―――当の佐伯自身は、
頭に包帯を巻きにこやかに笑った。
「周ちゃんにみだりな行為は働くなよ変態野郎v」
「『みだりな』って・・・」
「そう言うお前の乱暴行為はいいのか・・・?」
「跡部千石それにそいつに対しては可」
「俺まで入れんじゃねーよ!!」
跡部のクレームを無視し、佐伯は今度こそコートに入った。
甲斐を見つめ、にっこりと笑う。
「初めての相手だし、こっちもやっぱ失礼ないようにしようと思ったけど―――」
笑っている。確かに笑っている。だが、
雰囲気はがらりと変わった。冷たい嵐が吹き荒れる。
嵐の中で、なおも佐伯は笑い続けた。冷たい笑みで言う。
「―――お前ならいいや。どうせ今後友情築くわけでもないだろうし」
* * * * *
「ゲ・・・、ゲーム六角! 5−4!」
「ほらどうしたさっきまでの勢いは? それともお前こそ口先だけだった?」
「く、そ・・・!!」
足元で這いつくばる甲斐に、佐伯は心底哀れんだ眼差しを送った。哀れんだ眼差しで―――笑ってやる。甲斐が歯を食いしばる音がここまで届いた。
恐怖の目でこちらを見る周り。それらももうどうでもよかった。ただコイツはここで潰す。それしか考えていなかった。
「てめえええええええ!!!!!!」
甲斐が攻撃を仕掛けてくる。お得意の擬似瞬間移動。もうカラクリは解いてしまった。要はただの目くらましだと。
だからオジイは横に打てと言った。一見どこにでも現れるこの技の欠点は左右には対応出来ない事。当たり前だ。急激な前後の動きで目の錯覚を起こしているのだから。
だからこそ佐伯は相手の真正面に打ち続けた。前に来ようとすれば強打で後ろに押し返し、後ろに下がろうとすればネットすれすれのドロップを打つ。相手の動きを先読みする佐伯ならではの手法。相手がどこに打とうと同じ場所に返すのが剣太郎の特技だが、佐伯の場合は相手がどこにいようがそこに返せる。逆手塚ゾーンである。
とことん馬鹿にされ、血の上った甲斐。もちろん『直接攻撃』もしょっちゅう来る。が―――
こちらも佐伯は一切避けなかった。むしろ突っ込んで行き、普通に返す。決して竦みなどはしない。普段から目の前に拳だの足だのが飛んでくる生活を送っていればそりゃもう慣れきった事だからだろうが。
「佐伯はこんなに強かったというのか・・・?」
「さっきの・・・越前リョーガと同じじゃねえか・・・・・・」
「完全に全国区クラスじゃないか・・・・・・」
「けど、この攻め方って・・・・・・」
「うん・・・・・・」
誰もが怯えるその中で、
不二が微かに哀れむような目を見せた。
「でも―――
―――サエ、楽しそうじゃないね」
思い出す。あの船上での戦い。跡部と試合をする佐伯は確かに楽しそうだった。もちろん普段からそうではあるが、その時の佐伯は心から楽しそうだった。どの位ぶりだろう。あんな笑顔を見たのは。
リョーガがちらりと振り向いた。振り向き、小さく笑う。
「そう思えるヤツがいるから、今のアイツがあるんだろうな」
「え・・・・・・?」
視線をやる不二の方は見ず、リョーガはフェンスに凭れ掛かった。
誰に聞かせるでもなく、呟く。
「俺の元いたトコじゃ勝ち負けに命賭ける事なんてざらだった。今の状態とどっちの方が『重い』のかはわかんねえ。だが―――賭けられてるモンがモンだけにこの程度は日常茶飯事だった。相手が死ぬまで試合を止めねえヤツもいた。利き腕潰されて一生テニスが出来なくなったヤツも多い。そんな中に浸かりきっちまうとな―――
―――だんだん感覚が麻痺してっちまうんだよ。お前らからすりゃ理解出来ねえだろーが、倫理だの常識だのってのは俺らにとっちゃ無価値だった」
―――『要は勝ちゃいいんだろ勝ちゃ』
つまりは自分も比嘉の連中と同じ―――いや、あれですら生ぬるいと思う時点でそれ以上なのだろう。苦笑する。
「もし佐伯があのまんま俺らと一緒にいたら、アイツも俺みてえになっちまってたかもな。アイツにそういう一面があるってのは、お前も今見てる通りだしな」
「サエはそんな事な―――」
「だからお前らがいるんだろ? アイツがああいうテニスすると哀しむ。アイツがテニスを楽しめるように願ってる。だろ?」
遮りかけられた問いかけに、不二は小さく、だがしっかりと頷いた。
確認し、リョーガは両手を組んで空を見上げた。
「あーあ。いいモンだな仲間ってのは。ま、俺にゃクサすぎて似合わねえだろーが」
「―――そうか? てめぇも十分似合ってんぜリョーガ」
さらに横手から声をかけられた。見れば、リョーマを片手で抱いた跡部が面白そうに笑っていた。
「そう言いながらてめぇはさっきの試合で何もしなかった。相手が弱かったから? 弱えんなら尚更何でもし放題だろ?
しなかったのは他のヤツのためじゃねえのか? たとえ自分たちが何をされようが、そんな手を使ってまで勝ちたくはない。六角の連中は揃いも揃ってお人よしだ。間違ってもやられたからやり返すなんて事ぁしねえ。コイツみてえに」
跡部がリョーマの頭をぺんぺんと叩いた。
「俺も別にしてないんだけど・・・」
「亜久津にゃ確か散々にボールぶつけてたなあ。その他お前が何もしないで済んだ試合ってどの位だ? ツイストサーブにしろドライブAにしろ危険球のオンパレードじゃねえかてめぇの攻撃は」
「そんなの親父とリョーガに言ってよ。いつもぶつけられてたんだから」
「そりゃ避けねえお前のせいだろチビ助。あん位楽々かわせるようになって半人前だ」
「・・・・・・あくまで1人前じゃないんだね」
「1人前はああいう風に返せるようになってだな」
と、指差されるのはもちろん佐伯。
すっかり横道に逸れていた話を、跡部は咳払いひとつして戻した。
「だからてめぇも一切手は出さなかった。違うか?」
「ちなみに跡部クン、君だったら?」
「俺だったらボコボコにやっちまってたな。勝ち負け関係なしにンな事やられて黙ってられるほど大人じゃねえ」
「やられてんのは自分じゃないのに?」
「自分じゃねえからだろ? 俺は俺自身がなんかされてるより人が何かされてる方が嫌いなんでな」
「やっぱ君も十分お人よしだよ。この間も言ったけど」
「それを誇りだと思ってる事に関しちゃ佐伯といい勝負だな」
くつくつと笑う。佐伯は確かに相手を追い詰める攻め方をしている。だが決してぶつけたりといった致命的な事はやっていない。追い詰め方もかなり甘い。初めて見た者にとっては十分なインパクトであろうが、真の意味での『本気』を知っている者にとっては随分手ぬるく見える。
佐伯も変わって―――戻ってきているのだろう。昔の自分に。
幼馴染の、六角の仲間の、その他いろいろの、そして――――――リョーガのおかげで。
「千石にてめぇの事聞いたぜ? 八百長なしで全勝っつーのは桜吹雪も言ってたが、その他てめぇが今言った事も一切やらなかったんだって? てめぇに金賭けるヤツが多いってのも納得だな。それだけファンが多いって事だ」
「ンなの俺に賭けりゃ損しねえからで―――」
「損しねえ代わりに得もしねえ。オッズ1っつったら賭けた金が返ってくるだけだ。なのに賭けるからにゃあそれ相応の理由があるからだろ? てめぇの応援、って意味じゃねえのか?
それに越前も言ってたぜ? てめぇはてめぇだった、って。てめぇら兄弟の手のかかりっぷりも一生治らねえって事だな」
「だから世話するヤツが必要、か」
呟き、リョーガもまた答えた。先程はぐらかした質問を。
跡部と向き合う。決して逃げはしない。
にっと笑い、
「ンなに大した理由じゃねえよ。弱すぎて何かやんのも馬鹿馬鹿しくなっただけだ」
「ま、てめぇがそう言うんならいいぜ。とりあえず『何もしなくても勝てる』っつーいい指標にゃなった」
「確かにね。黒羽君たちもそれで勢いついたし」
「それで負けてたら意味ないんじゃないの?」
「そりゃ確かに」
はっはっはと広がる笑い声は、幸い試合に夢中になっていた六角他のメンバーには聞こえなかったようだ。
彼らが夢中になっている。その理由は極めて簡単だった。
「ポイント40−0! 六角マッチポイント!」
聞き、リョーガが移動を始めた。
「どこ行くの?」
「勝者は最初にキスで迎えるモンだろ? 恋人ならな」
振り向きつつ軽く指差し。ウインクなどしてみせるリョーガに、
「キザ野郎が・・・」
「バカくさ・・・」
「ま、まあまあ跡部も越前も・・・・・・」
「ゲームアンドマッチ! ウォンバイ六角佐伯! 6−4!!」
審判のコールと同時に、敗者である甲斐が崩れ落ちた。押し寄せる、肉体的精神的疲労。すぐ起き上がるのは無理そうだ。
一応ネットまで詰め手を伸ばし、佐伯は心の中でカウントを5取った。握り返しては来ない。起きてても多分そうだっただろう。
少しは上がっていた息を一呼吸で落ち着けさせ、コートを出る。さてみんなはどう出迎えてくれるだろう?
コートを出た。ところで―――
ばさっ!
「うわっ!」
上からタオルを被せられた。上からくしゃくしゃ撫でられる(多分)。
「お疲れさん」
耳元で囁かれ、タオルが外された。その前に一瞬頬を掠めた感触は―――まあ予想通りのものだろう。
視界が戻る。戻ったそれに映るのは・・・
「サエ!!」
「おめでとうサエさん!」
「よく頑張ったのね!」
「みんな・・・・・・」
―――仲間たちの、温かい言葉だった。
抱きしめられ、もみくちゃにされる。
「このヤロー! 心配かけさせやがって!」
「凄かったなーお前!!」
「サエさんサエ渡りサエ高・・・ブブッ!」
どすげすっ!!
「いい試合だったぜ!」
にかっと、心から自分の勝利を祝ってくれる仲間たち。見回せば、フェンスの外でも拍手してくれる人が大勢いて。
佐伯もまた、心からの笑顔を浮かべた。力強い、輝く笑顔を。
「ありがとな!」
「んじゃ勝利を祝って祝福のキスを―――」
どごしがすっ!!
* * * * *
負けたのに笑い合う六角一同。なぜ笑い合えるのか―――多分勝った比嘉一同にはわからないだろう。
対照的な2校を見る事もなく、跡部は踵を返した。
「あれ? 帰るの?」
「帰るかよ。ウチも試合なんだよ」
「ああそういえば繰り上がり組だっけ氷帝って?」
「うっせー!」
・・・どうやら本人気にしていたらしい。怒鳴り返してくる跡部に慣れた様子で耳を塞ぎ、不二はふいに思い出した事を尋ねた。
「そういえば千石君は? 来ると思ったんだけど」
「アイツなら今てめぇが言ったのと同じ台詞言ってきたんで途中にあった川に放り込んで来た。這い上がり組が言うんじゃねえよ・・・!!」
「・・・・・・そういう勝負なワケ?」
「というか・・・、コンソレまで残ってた分山吹のほうが位としては上なような・・・」
「しかも氷帝は都大会でもコンソレ入りしていたからな・・・」
「アーン? てめぇら何か言いてえってか?」
『いえ何でもありません』
わが身可愛さで千石を切り捨てる英二・不二・手塚。これがあの時船上で、自分の身の危険も省みず仲間を助け合った一員だと考えると非常に情けない。
リョーマから手を離し、別れの挨拶もなしに歩き出す跡部。数歩進み―――ぴたりと止まった。
振り向く。ラケットとボールを持って。
振り向ききった時には全てが終わっていた。ラケットで打たれた球。全力で打ち放った1球は、まっすぐリョーマへと飛んでいった。
間一髪。リョーマは間に挟んだラケットで顔面直撃を避けた。振り向きざまピンポイントで狙う跡部の技量もさる事ながら、防げたのは反射神経に優れたリョーマならではか。
じっと見つめ合う。いきなり流れた緊迫感に、周りは一切行動を起こせなかった。
どの位そうしていただろう。仕掛けたのと同じく、口を開いたのも跡部だった。
「ぜってー負けんなよ?」
「当たり前。誰に言ってんの?」
「それもそうだな」
構えを解き、跡部がにっと笑った。指差し、ウインクなどしてみせ、
「ま、せいぜい頑張れよ」
「アンタもキザくさいよ・・・」
「跡部も馬鹿だね〜」
「まあまあリョーマくん、不二くんも」
「てめぇ千石どっから沸いて出た!?」
「え、いやあの。俺も次試合あるからちゃんと行かなきゃな〜って事で・・・」
「俺様の前にまた現れるたあいい度胸だ!! 2度現れねーように再起不能にしてやるぜ!!」
「えええええええ!!!??? ちょっと待ってえええええええ!!!!!!」
* * * * *
いろいろと丸く収まったらしい展開に、不二が笑って〆に入った。
「まあ、一件落着って事だね」
「俺の立場はどうなってんスか!?」
「ほ、ほら越前は普段活躍してるって事で・・・」
「出れなきゃ意味ないでしょ!?」
兄に合わせてか、不二の襟を掴みがくがく振るリョーマ。彼の悲壮な叫びは、今後試合が始まるまで続いたという。
「もー嫌だこんな話〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
―――Happy End v
やはり私の書く話というとラストはギャグ落ちにしないと。
というわけで楽屋オチにしてみましたおまけ編。六角来ちゃいましたねリョーガ。やっぱ事実を捻じ曲げ比嘉に勝つ話は何度書いてもいいものです。比嘉が嫌いなのかと問われればそれとこれとは話が別。やっぱ私は佐伯Fan。なおこの展開というかラスト、六角が負けるという結果のみ聞いて最初に思いついたものです。原作読んでびっくり☆ 試合終了時六角みんないないじゃん! 仕方ないのでお蔵入りしていたのですが、この度こんな感じで戻ってきましたv
さて1ヶ月弱かけやっと一通り終わりました銀幕Jr.ver。皆様お疲れ様でした。リョガサエとかいう、どう持ち上げても希少なとしか言いようのないCPも思った以上の反響(むしろ反響があった事自体が驚きですが)で嬉しい限りです。調子に乗って今度はJr.選抜編ですか? リョーガがアメリカにいたのならば丁度いい。アメリカ代表に入れケビンvsリョーマ、リョーガvs佐伯で後者2名に苛められる前者2名! くくうっ! いいなあ!! つーかアニメはリョーマ単身アメリカ乗り込みケビン再登場!? どうせならリョーガだそうよリョーガあ!! でもって同じくアマチュアだけど実力認められて全米に参加する佐伯姉を見物しにサエもアメリカ入り!? ある日リョーマが出てるとテレビを見た青学(に関わらず)一同びっくり。最年少出場者として一緒に出るリョーマとケビン。リポーター:「調子はどうなのかな?」、リョーマ:「サイアク・・・(げんなりと)」、ケビン:「強く生きようぜリョーマ・・・・・・」。後ろではちっちゃく笑い転げるリョーガとサエの姿が・・・・・・。今回と似たノリでリョーマのラストの台詞が「やっぱ日本残ればよかった〜〜〜〜〜〜!!!!!!」になるんでしょうね。あーもーいいなーどっちも捨てがたい!!
・・・・・・またしてもここ3週アニプリ撮り溜めしているため展開がさっぱりわかっていません。リョーマのアメリカ行き決まった時点でまあいいかなあ、と。丁度その頃映画行ってずっとこっちに取り掛かっていたもので。ビデオ確認して予告ちらっと見て驚きでしたねえケビン再登場・・・。そしてリョーガあ!!!(以下エンドレス)
以上、映画2回目観に行ってますますお兄ちゃん狂になった私でした。でもやっぱ一番の感動どころはバネさんを体張って止めるサエ・・・。
2005.2.20〜23