1―――跡部と
「へいらっしゃい!!」
今日も頑張るかわむらずし2代目の河村隆。今日入ってきたのは・・・
「どーもー。
お!? ホントに店の手伝いしてんだな」
「へ〜え。ま、感心じゃねえの」
「六角の佐伯! それに氷帝の跡部じゃないか。よく来たな〜。
まあまあゆっくりしてってくれよ」
入ってきた2名に、カウンターそれも板前の真ん前に座らせる。中学生には特等席すぎるきらいもあるが、握っているのも中学生な時点で公平といったところか。
「何握ろっか?」
「そうだな〜・・・。
じゃあ〜・・・・・・・・・・・・ウニちょうだい」
「俺大トロな」
(凄いなあ・・・。いきなりきたよ・・・・・・)
・・・クドいが彼らは中学生。いくら知り合いがやっていようがそもそも回転してないすし屋にくるのが珍しいし、その上初っ端っから高級物件ばかり頼むとは・・・・・・
(やっぱ金持ちは違うのかなあ・・・)
佐伯は知らないが、跡部はともかく大金持ちだ。疑い様もなく超セレブだ。
いろいろ思うところはあるが・・・
(いけないいけない。俺は今店員なんだから)
どんな客だろうが不審な様子を見せてはいけない。気を取り直し、河村は明るく笑った。
「へい。
ウニ・大トロ一丁!!」
長年やってきた(とはいってもせいぜい15年だが)習性というか、考えている間にも握り終わったものを2人の前に差し出す。
「いっただっきま〜すv
おお! おいしい! うん。美味い美味い」
「ほお・・・。美味いじゃねえか」
「お、ありがとうな」
本当に美味しそうに食べる佐伯。彼ほど表には出さないが目を軽く開いて賞賛の言葉を発する跡部。どうやらどっちにも合格だったらしい。素直にこちらも喜ぶ。
と―――
「あ。噂に聞いたんだけどさ、
―――わさび寿司って、ホントに作ってんの?」
突如佐伯がそんな事を訊いてきた。
「ああ。不二以外食べる人いないけどね。食べてみる?」
「ああ、いらないいらない」
(うわ即答か・・・)
恐るべき速さだった。言葉の語尾ではもう首を振られていた。
(佐伯と不二って確か・・・幼馴染じゃなかったのか・・・・・・?)
友情など異常の前には所詮こんなものらしい。
「それよりも、ウニ、くれる?」
「『それよりも』・・・って、てめぇだろーが話題始めたの」
突っ込む跡部に河村もこくこく頷いた。
佐伯は形の良い眉を僅かに顰め、
「なるほどそうか。お前はわさび寿司が食いたかったと」
「なんでそーなる!?」
「っていう事だから、河村、わさび寿司追加。もちろん景吾に」
「いんねーよ!! 欲しいんならてめぇが食えよな!!」
「でもって俺はウニな」
「あのなあ・・・!!」
しれっと自分だけ逃げた佐伯に、跡部がカウンターに拳を戦慄かせ挫けた。どうやら巻き込まれると自分もあんな運命を辿るらしい。
跡部よりは世渡りに長けた河村は、今までの流れを軽く流し先に進めた。
「え? また?
・・・まいっか。ウニとわさび寿司一丁」
「出すんじゃねーよマジで!!」
「ハッ・・・!!」
ノリで作ってしまった。そして出してしまった。そういえば跡部は注文していなかった。
慌てて引っ込めようとして―――
「出されたものはちゃんと食うのが客の礼儀だよなあ? 店員?」
「あ、あ・・・ああ」
「てめぇ俺様裏切るつもりか河村!!」
「いやなんか今、不二と同類の『逆らっちゃ生けないオーラ』が・・・!!
さすが幼馴染・・・・・・」
「ほお・・・・・・。つまりそりゃ、
―――ソイツらとやっぱ幼馴染な俺様の言う事も聞く、っつー事だな河村?」
「幼馴染ぃ!?」
跡部から飛び出た爆弾発言。そういえばさっさと疑問に思うべきだったがなぜこの2人がセットで食べにくるのか。学校で行動してるならみんな一緒に来るべきだろうし、自分は彼らに対し特別親しくした覚えはない。金の問題ならむしろ佐伯は来ずに氷帝一同が来るだろうに。
それらの疑問は今ようやっと解けた。
ガンつける跡部とにっこり笑う佐伯を見やり・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・。
―――ウォンバイ佐伯」
「オイ!!」
・・・河村はやはりわりと世渡りは上手かったらしい。
跡部のクレームを無視して手を引っ込める。佐伯も元の笑み(いやどこが違っていたのか問われると答えようがないが)で寿司を手に取った。
一口食べ、
「っは〜v おお! 美味い!」
「ぐはっ!! げほっ!!」
「ああ跡部大丈夫かしっかりしろ!! 今ぬるめのお茶出すからな!!」
―――かわむらずしは一気に修羅場と化した。
カウンターをバンバン叩きそれでも何とか一丁―――細巻きにつき6本―――クリアした跡部に心の底から賞賛を送る。
こちらはごく普通に美味しかったらしい佐伯が、さらに尋ねてきた。
「ところでさあ、寿司以外の食べ物って・・・・・・置いてないよね?」
「ん〜ああ。置いてるよ?
まあ昔は置いてなかったけど、今はデザートを出す事にしたんだ。コレ、俺の提案なんだぜ?」
「へえ〜。小さい子どもが、喜びそうだなあ」
「だろ? 食べてみる?」
「ん〜。
今日はいいや。ああ、でも景吾は食べるか」
「食べねーよ!!」
「ん? 跡部様といったら甘いもの好きじゃないのか?」
「それにしたって何が哀しくて3品目でもうデザートなんだよ!?」
「・・・・・・あくまで否定しないんだ」
「あ゙あ゙!? てめぇ河村、俺様が甘いもの好きで何か文句あるってのか!?」
「いや・・・特にないかな。亜久津もモンブランが好物だし」
「あの怪物亜久津が!?
ははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!! そりゃ傑作だな!!」
「・・・。
なあ佐伯。跡部に笑う資格ないって思うの、俺だけかな?」
「そんな事ないだろ。俺も思うぞ」
「そっか。じゃあ―――」
「そう。
は〜っはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!!! 同類のクセして笑ってるよ!! 馬鹿じゃんお前!!!???」
「ンだとてめぇ!!!」
「なんで煽るんだよ佐伯ぃ!! もーワケわかんないじゃないか!!」
だくだく涙を流しながら、それでも店が破壊される前に止めようと頑張る河村。彼はこの時初めて思った。
(ああ、不二って意外と普通だったんだなあ・・・・・・)
と・・・・・・。
思っている間に決着はついたらしい。現実逃避している間に何があったか、静かになってカウンターに突っ伏す跡部を他所に佐伯はぴっと指を立て、
「あ、ウニもう一丁v」
「またか・・・」
それまでの紆余曲折を考えると、今更そんな事はもうどうでもいいような気がする。佐伯にウニと、跡部に慰めのデザートサービスを出し。
「・・・あ。かわむらずしの、新メニューとかってないの?」
「よくぞ聞いてくれました! この夏限定で、『冷やし中華巻き』っての出したんだ。コレ、俺が考えたんだ! どう!?」
「へえ〜・・・。俺と同じ中学生なのに、凄いなあ。
じゃ、それ景吾に」
「ええ!? お前食わないのか佐伯!?」
「やだよそんな明らかにマズそーなヤツ。景吾が食って『美味い』っていったら頼むよ」
「・・・・・・さりげに毒舌なんだな」
「サンキュー」
「ああ・・・。不二に続いて会話の通じないヤツがここに1人・・・・・・」
会話している間に跡部が復活した。さっそくデザートの後冷やし中華巻きを食わせ・・・・・・
「マジい!! つーか何だこの組み合わせは!! 炭水化物同士食わせんじゃねえ!!」
「で、でも関西じゃお好み焼きをおかずにご飯食べるっていうし・・・」
「お好み焼きは小麦粉がメインだなんて誰も思わねーだろーが!! 冷やし中華なんぞモロに麺丸出しじゃねえか!!」
「跡部って、アレオッケーなんだ・・・。てっきり嫌いかとばっかり思ってたよ・・・」
「多分千石がお好み焼き好きだし、忍足と一緒に行って慣らされたんじゃないかな・・・?」
「はあ・・・。せっかく考えたのに・・・・・・」
「ま、次も頑張ってくれよ」
「せめて食ってから言ってくれよ!!」
ぽんと肩に手を乗せる佐伯に、さすがに文句が出てしまった。
だがさすが爽やか好青年の佐伯。一切嫌そうな顔はしないで、
「じゃ、ご馳走さんv お愛想よろしく」
「ええ〜!?」
「試合前にこれ以上食べたら、動けなくなるからな」
「ならそもそも試合前に寿司食いにくるなよ!!」
すっごくそう思うのだが・・・
佐伯は何も疑問に思うべき事はなかったらしい。
笑顔のままくるりと振り返り、
「という事で景吾、会計よろしく」
「俺かよ!?」
「ここに食べに来ようって言ったのはお前だろ? 誘った方が奢るのは当然じゃないか」
「てめぇが話し出したんだろーが!!」
「そうだなあ。周ちゃんが勧めてたってなあ。
―――じゃあ、お代は青学の不二につける、って事で」
「わかった俺が払うそれでいーんだろクソッ!!」
「飯屋で品のない言葉は禁止」
がん!!
(うわ蹴り飛ばした・・・。普通どこでもそっちの方が禁止じゃないのか・・・・・・?)
天下の跡部様の後頭部に蹴りを叩き込んだ勇者に、いろいろ思いつつも河村は密かに拍手を送った。
「じゃあな河村。
また、食べにくるよ」
「2度とてめぇは連れて来ねーからな!!」
こうして、2人は店を出て行った・・・・・・。
嵐の後で、
ふと思う。
「・・・・・・。
―――結局、ウニしか食べなかったな佐伯・・・・・・」
―――佐伯と河村の会話はおおむね本当です。
2―――不二と
「へいらっしゃい―――ああ、不二ぃ!」
「やあタカさん。空いてる?」
「どーぞどーぞ入ってくれよ」
のれんを掻き分けやってきたのは同じ学校の不二周助。喜びさっそく中へ招き入れる河村に待ったをかけ、
「もう一人いるんだけどいい?」
「よっ、河村」
「佐伯じゃないか!」
「うん。遊びに来てね。丁度いいから連れてきたんだ」
「遠路はるばるよく来たな〜。さあさ入れよ2人とも」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「お邪魔しま〜す」
という事で、今日も2人はカウンター席についた。
「じゃあ佐伯、好きなの食べてね。今日は僕の奢りだよ」
「そっか、悪いな。
じゃあ〜・・・・・・・・・かんぴょう巻き」
「じゃあタカさん、かんぴょう巻きと甘えび1つ」
「へい。
かんぴょう巻き、甘えび一丁!」
ぱくぱくもぐもぐ美味いな〜ホント美味しいね〜と和やかに食べ、
「次何にしようか?」
「そうだな〜・・・
俺鉄火巻き」
「じゃあ僕はコハダでも」
「へい。
鉄火巻き・コハダ一丁!」
再びぱくぱくもぐもぐやっぱ美味いな〜さすがタカさんと盛り上がりつつ食べ、
「次は、っと・・・・・・」
「しんこ巻き1つよろしく」
「僕はイカかなあ」
「へい。
しんこ巻き・イカ一丁!」
三度ぱくぱくもぐもぐお寿司っていいよな〜サエ和食好きだもんね〜と笑いながら食べ、
「え〜っと・・・」
「あ、俺かっぱ巻き」
「僕も今度はわさび巻き」
「へい。
かっぱ巻き・わさび巻き一丁!」
四度ぱくぱくもぐもぐげほうわタカさんネタ混ざってるよと騒ぎそれでも食べ、
「えっと次は〜・・・」
「ねえサエ、
さっきから巻物ばっかだけど、たまには違うのにしたら?」
「え・・・!?」
不二からの指摘に、なぜか佐伯が面白いように慌てふためいた。
「えっと・・・、じゃあ・・・・・・」
真剣な眼差しで、壁にかけられたメニュー―――の特に値段の辺り―――をじ〜っと見て、
「・・・・・・じゃあ、卵」
「? じゃあ僕中トロ」
「へい。
ところでどうしたんだ佐伯。お前この間跡部と来た時はオールウぐ!!」
がっ!!
何かを言いかけた河村は、佐伯に一瞬の早業で〆られた。
カウンターから身を乗り出す佐伯。河村の首に軽く腕を絡めたまま、手からそっと包丁を奪い、
スパッ―――
用意しておいた中トロが、下のまな板ごと綺麗に斬れた。その斬り口の鮮やかさ(まな板込)は、現在修行中の河村にはとても真似出来ないレベルだった。
「―――っ!!!???」
目を見開く河村の喉に包丁を当て、
「前回の話題を一言でも口にしたらここ掻っ切るからな」
「何か・・・・・・気のせいかデジャヴを感じるんだけど・・・・・・」
「気のせいだろ。この間豪華客船でニセコックに脅されたのは手塚と大石だ」
「なんでそれをお前が知ってんだよ!?」
「リョーガから聞いた。包丁の使い方がイマイチだったと辛口コメント付きで」
「・・・・・・。多分脅したのがお前だったらみんな素直に従っただろーな誉めてないからな念押しとくけど」
「残念」
ぱっと手を放される。再び一瞬の早業で、佐伯は普通に席に戻っていた。
何も気付かない不二と、確実に何かを気付かせる―――思い出させる佐伯。言いつけどおり決して前回の話は出さないまま、さらに何品か頼んで食事は終わった。
お会計の場面で。
「ホントにいいのか不二?」
「大丈夫だから。ね? サエは先外出ててよ」
「そっか・・・。
んじゃ、ご馳走さん」
「毎度あり〜」
やはり愛想よく、軽く手を上げ佐伯が出て行った。
財布を手にくるりと向き直る不二。その顔には笑みなど一片も浮かんでいなかった。
駄々を捏ねるように口を尖らせ、は〜っと重苦しいため息をつく不二に問い掛ける。
「ど、どうしたんだ不二!?」
「あのねえ、
サエ、全然お寿司食べてなかったよねえ?」
「まあ・・・・・・確かに」
食べはした。寿司職人として、どんな食材でも差別はしない。が―――
「・・・かなり、変わった食べ方してたよね。こう言っちゃ悪いかもしれないけど」
―――とりあえず、わざわざすし屋に来て食う代物ではなかったような気がする。
「だよねえ。サエ別にお寿司嫌いじゃないんだよ? この間跡部と千石君と4人で食べに行った時なんて、ウニと大トロとイクラばっかり食べてたし」
「・・・ちなみに、その時お金って誰が払ったんだい?」
「跡部」
「ああ納得・・・・・・」
「せっかく東京来たんだし、タカさんならサエも知り合いだし、だから今日はいっぱい食べてもらいたいな、って思ったんだ。なのに全然食べてくれないんだ。
以前イタリアンレストランで奢った時も、僕はランチセットだったのにサエはミートソーススパゲティだけだったし、その前に和食のお店行っても頼むのはおにぎりとお茶漬けだけだし。
なんでサエって僕といる時は遠慮するんだろう? 跡部といる時はしっかりセットでデザートに飲み物追加したり、懐石食べたりするんだよ? 僕にもおんなじくらい打ち解けてほしいのに・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
今にも泣き出しそうな不二を前に、
河村は何も言ってあげる事が出来なかった。
(う〜ん、まあ確かに跡部相手ならそのくらい払わせても全然良心痛まないよなあ・・・・・・。
というか『打ち解ける』って・・・・・・
―――『打ち解けた』跡部は勝手に料理の実験台にさせられたり笑い飛ばされたり挙句足蹴り喰らってたりするけどいいのかなあ・・・・・・)
一般常識というものさしでは測れない不二。彼は一体、幼馴染の真の姿をどこまで知っているのだろう・・・・・・?
よっぽど教えようかとも思うが、
スッ―――
がらがら開くはずの引き戸が、なぜか音もなく少しだけ開いた。そこから覗く銀色は、果たして髪の毛なのかそれとも・・・・・・
清々しい気分で深呼吸をし、
「まあ、佐伯もそんな気分の時あるんじゃないかな? ウニに大トロにイクラって、すっごい胃にもたれる組み合わせだし」
「そうかなあ?」
「そうそう。佐伯だって美味しそうに食べてたじゃないか。ウチの店は高い∝美味しいじゃないからな。ちゃんと全部愛情込めて作ってるよ」
「そっか。ごめんねタカさん。
うん。全部美味しかったよ。ご馳走様v」
「毎度あり〜」
お代を貰い、他に客もいなかったので表まで送り出す。待っていた佐伯と(笑顔で)もう一度挨拶を交わし、2人は去っていった。
楽しそうに微笑み合う2人の後姿を眺め、
河村はぽつりと呟いた。
「いいなあ・・・優しくしてもらえるって・・・・・・」
誰が誰に対してなのか、明らかにされないままその声は風に流され消えていった・・・・・・。
―――不二にとって、サエは今だに『可愛いお兄ちゃん』です。
3―――千石と
「へいらっしゃい!!」
「やっ。河村くん」
「ああ、山吹の千石かあ。ひっさしぶりだなあ!」
「おっ久〜♪ 空いてる?」
「ああ。こっち来てくれよ」
「んじゃお言葉に甘えて。
―――おーいサエく〜ん。入ろ〜」
「・・・・・・ああ」
千石に招かれ入ってきたのはまたしても佐伯。しかしながら、今日はえらく調子が違った。
「どうしたんだ佐伯? 別に気後れなんかする間柄じゃないだろ? よく来てるし」
「ああ〜うん。まあ、そうだな」
「?」
やはり可笑しいもといおかしい。いつもの爽やかさは微塵もなく、明らかに挙動不審で入ってくる。知り合いでなかったら危うく警察に通報するところだった。
知り合いなのでそんな事はせず、
「じゃあ、握るから好きなの言ってくれよ」
「ん〜じゃあ俺はエンガワ!」
「いきなり来たな〜。佐伯は?」
「お茶」
「ああ悪い。まだ出してなかったな」
エンガワとお茶を出す。もちろんお茶は千石にも出した。
「ん〜美味しいv さっすが不二くんが誉めるだけあるね〜」
「え? 不二が?」
「うん。不二くんにオススメって聞いてね。河村くんの板前姿も見たかったしね」
「ハハハ。俺はまだまだ見習いだよ。
次何いく?」
「んじゃ〜ねえ・・・。アナゴ!」
「千石好きなのか? 英二も好きだって言ってるよアナゴ」
「やっぱあの甘くてやわらかいのがね」
「んじゃ千石はアナゴ。佐伯は?」
「しょうがの甘酢漬けちょっと大きめ薄切り」
「は・・・?」
「サエくん・・・。なんであくまで『ガリ』って言わないの?」
「それはすし屋の用語だからあんまり客は使わない方がいいっていうし。確かに店の立場で専門用語を半端に使われるとムカつくだろ?」
「おいおい佐伯。俺はそんな頭固くないって。というかむしろお前みたいな言い方するヤツの方が珍しいよ」
「だよねえ?
・・・せめて素直に『しょうが』って言ったら?」
「それでふつうのしょうがが出てきたらどうする? 隠語がムカつくヤツは言葉をちゃんと言えといいたいんだろうから正確に言おうと務めてみる事にした」
「・・・・・・何かヤな事あった?」
「この間の事だ。景吾とここに来て俺が『お愛想』と言ったらそれはおかしいと怒られた。俺は河村に『なんかコイツ不幸そうだから少しくらい慰めてやってくれないか?』って頼んだだけなのに」
「・・・・・・・・・・・・。そりゃ跡部くん怒るっしょ。
ごめんね河村くん。サエくんなんか不思議ちゃんで」
「いやそれは不二で充分慣らされてるからいいけど・・・
―――あれ? そこに置いてなかったか?」
「ないぞ?」
「ああ悪い! 丁度切れてたな。今補充するから」
アナゴを出しケースにガリを補充。佐伯はそこから取って食べて取って食べて取って食べて取って食べて・・・・・・・・・・・・
「えっと・・・次、何いく?」
「何にしよっかな〜。納豆巻きとか?」
「醤油」
「頼むものなのか佐伯それ・・・? そこに置いてあるだろ? ガリの隣」
「ああ悪い。気付かなかった」
「今まで普通につけてなかったっけ・・・・・・?」
いろいろ思いつつ千石のみ納豆巻きを出す。佐伯は減塩にでも気をつかっているのか、醤油入れの空気穴を指で押さえちょっちょっちょっと数滴垂らすという、さりげに難しい技に挑んでいた。
「で、次は―――」
「俺はイカ握って」
「じゃあ俺はご飯握ってくれ」
「佐伯・・・。それだとただのシャリだけどいいのかい?」
「ああ」
即答までされてはそれ以上文句のつけようもないので、千石にはイカ(もちろんシャリつき)を、佐伯にはシャリ(やっぱりシャリつき)を出した。千石はどばっと出した醤油に、佐伯は先ほどの醤油をガリにつけそれをご飯にぺとぺとつけ一緒に食べていた。
「じゃあ次は?」
「俺豪勢にいくらの軍艦巻き!」
「俺も軍艦巻き中身抜き!」
「だから佐伯・・・。それだと海苔だって・・・・・・」
「いいじゃん食いたいんだから!!」
「まあ、キレるぐらい食いたいんだったらそりゃ構わないけど・・・・・・」
一応言われた通り、千石にはいくらの軍艦巻きを、佐伯には丸めて立てた海苔を作る。何だかあまりに可哀想だったので、せめてあぶって水気を取ってやった。軽くしょうゆにつけぱりぱり食べている。すし屋でこんな音がするのは珍しいかもしれない。
「じゃあ次・・・」
「俺甘エビ!」
「俺ワサビ!」
「ワサビ巻きかい? 前回むせ返ってなかったっけ?」
「いや、ワサビだけ」
「余計むせ返るから止めてくれ!!」
「じゃあ笹」
「食えないから!!」
「ケチつけが多いなあこの店・・・」
ふるふるふるふる包丁を握る手に力を込め、
―――抜く。
(いやいや駄目だ俺。店切り盛りしてればこのくらい変わったお客さんだっていっぱい来る。ちゃんとさばけて一人前だろ!?)
葛藤に燃える河村に、横から援軍が差し伸べられた。
「サエくんもネタ頼んだら? せっかくおすし屋さん来たんだし」
「千石・・・・・・」
手持ち無沙汰で、千石がそんな―――河村には言いたくてそれでもどうしても言えなかった言葉をかける。
「ん〜・・・・・・・・・・・・じゃあ・・・・・・・・・・・・」
悩む事2分ほど。エビは握り終え千石も食べ終えたところで。
佐伯が顔を上げた。河村にじっと視線を送り、
言う。
「俺も甘エビ〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・の尻尾を」
だがしゃん!!
(ど、どこの辺りがネタだったんだ・・・・・・!?)
カウンター内で河村がコケる。向こうで、こんな会話が聞こえてきた。
「ああ。最近エビの殻の成分がいいって言うもんね。サエくん美肌だしね。
んじゃ俺丁度食べたから、ハイ」
「お、サンキュー」
ようやっと起き上がった河村が見たものは―――
―――本当にエビの殻をちゅーちゅー吸う佐伯だった。唯一の救いはばりぼり食べないところか。殻の成分云々は全く関係ないと証明されたが。
「なあ佐伯・・・。お前今日ほんっとーーーに、どうしたんだ?」
確かに佐伯は毎回毎回来る度不思議な行動を取る。テニスをやっている最中の正常さとは雲泥の差だ。
が、
今日のは極めつけだった。自分に何かしらの嫌がらせをしたいのだろうかと、ついつい卑屈な考えを持ってしまうほどに。
何かを言おうと顔を上げ、
佐伯は結局視線を下げてしまった。無言の空間に、ちゅーちゅー吸音だけが響き渡る。
「なあ佐伯。何か言いたい事があるんだったら―――」
伸ばした手は、パン!!と払われた。
「放っといてくれ!! どーせこれが俺なんだから!!」
「いや、これが俺って・・・・・・、
―――『これ』って?」
いきなりカウンターに突っ伏す佐伯に、河村はとても冷静な突っ込みを入れた。他に客がいなくてよかった。
泣くだけで(ついでに吸うだけで。どうやって両立しているのか疑問だ・・・)答えてくれない佐伯に代わり、このはた迷惑な来訪者を連れてきた当人が簡単に答えてくれた。
「ああ気にしないで。ただ俺との賭けに負けて自腹切る事になっただけだから」
「賭博したのか・・・?」
「賭博じゃないよ。直接お金は賭けてないもん」
「そういう問題・・・?」
「アレはお前ズルしただろ!? いくらなんでも2回連続ロイヤルストレートフラッシュはありえないだろ!?」
「いや〜。ほんっと俺ってラッキ〜♪」
「ふざけんなよ!! 無効だろあんなの!!」
「う〜ん確かにもしかしたら俺は君が言う通りズル―――イカサマをしたかもしれない」
「だったらやっぱ―――!!」
「けどねえサエくん。
今更それをどうやって証明立てすんの? 出来ないでしょ? じゃあ無効にはしようがないよねえ?」
「だってお前がすぐ片付けるから―――!!」
「しようがないよねえ?」
「うぐ〜・・・・・・!!」
「しようがないよねえ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん」
「ほ〜ら円満解決。という事で河村く〜ん。俺中トロvv」
「解決、したかなあ・・・?」
いろいろ附に落ちないところもあるが、とりあえず注文されたものを握る。2カンの内1カンを美味しそうに食べ、
「は〜いサエくん。3べん回ってワンって鳴いたらコレあげる〜vv」
「おい千石!! いくらなんでもそんな扱い―――!!」
「わん!!」
「抵抗なしなのか!?」
「わ〜いサエくん可愛い〜vvv」
驚いて見てみれば、本当の犬っぽく両手を前にだらりと下げはっははっはやる(さすがに舌は出していなかった)佐伯を千石が嬉しそうに抱き締めている。当の佐伯はよっぽど空腹だったのか、もらった中トロをがしがし食べていた。
(なんだろう・・・? 本当に可愛く見えてくる・・・・・・)
なんというか、涙無しでは見られない可愛さ。道端に捨てられていたらきっと持っているもの全てをあげてしまうだろう、そんな可愛さだ。
「じゃあ次、河村く〜ん。数の子よろしく〜」
「へい」
握って出す。やはり千石は1カンを自分で食べ、
「サエく〜ん。お手」
「わん!」
「おかわり」
「わん!」
「よく出来ました〜vv」
「くぅ〜んvv」
「佐伯・・・・・・。寿司のためにプライド捨てるのか・・・?」
河村の呟きは聞こえなかったか、
「はいあ〜んvv」
「あ〜vv」
『んvv』
「は!?」
佐伯の口に数の子を放り込んだ千石は、閉じさせると同時に軽く口を付けた。
「んじゃ次はネギトロね〜」
「あ、ああ・・・・・・」
(ただの見間違い? そう、だよな? うん。そうだ。ちょっと角度の問題でそう見えただけだ)
動揺は抑え握る。海苔を巻きネタを載せ出して―――
「じゃあサエくん。半分こしよっか」
―――受け取った千石は、それを半分だけ咥えた。
「まさか・・・・・・」
巷で流行っているかはともかくかなりメジャーなポッキーゲーム。彼らはそれを寿司でやるというのか。しかも切れにくい軍艦巻きで。
頭の中のぐるぐるが、結論に達さない内に、
2人は勝手に正解を出してくれた。
『む〜vv』
今度は疑いようもなく本当にキスをする2人。切れない海苔のためなのか何なのか、お互いの体に両腕を絡めより激しく。
「あ〜ホンット、お客さんいなくてよかったな〜・・・・・・」
いっそ現実逃避をし、そんな安堵までしてみる。
「じゃあサエくん。いよいよウニの登場だ〜☆」
「わ〜いvv」
ぱちぱちぱちぱち
「・・・わかったよ。ウニ握るよ」
お客様は神様です。たとえ何をしていようが金を払って食べてくれる以上は神様です。
ウニを置くと、今度は口に持っていかれなかった。
(よかった・・・・・・)
ほっと胸を撫で下ろすが、
「じゃあサエくん、ウニ欲しい?」
「欲しい!」
「このウニあげるから、練習試合俺に負けてくれる?」
「負ける!!」
「おい!!!」
さすがに制止をかけるが既に遅し。
「じゃあウニプレゼント〜♪」
「わーいvvv」
「佐伯・・・・・・。そこまでして寿司が欲しいのか・・・・・・?」
その後も、河村には全く理解不能の世界が繰り広げられていった・・・・・・。
―――まあ、プライドはタダですしねえ・・・。
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