「誕生日めでたいのう柳生」
「ありがとうございます。ところでコレは・・・・・・?」
一応祝っているらしい仁王に渡されたのは、



彼そっくりのお子様だった。





1019―――仁王
                     〜
10月誕生祭その5:柳生〜








 指を震わせ尋ねる柳生に、
 仁王はにぱっと笑って答えた。
 「俺のクローンじゃ。名称は雅ぴーで」
 「そのような事を言われましても」
 「何じゃ不満か。なら雅ぽんでどうじゃ?」
 「いえ名称の方ではなくなぜわざわざ?
  ―――なお名前は普通に『雅治』と呼ばせていただきます」
 「つまらん男やのう。『雅かー!』くらい言いんしゃい。ちなみにお前が跡部のクローンはいらん言うじゃろうと予想してとね」
 「あなたのクローンでもいらない事に変わりはありませんし、私は六角の天根君ではないのでダジャレは言いません」
 「酷か男じゃ。なあ雅ぴょん?」
 「それで教え込んだのですか!?」
 「そうじゃのー。酷かよ」
 「よろしいんですかそれで雅治君!?」
 「別にええよ比呂ぴー」
 「私は断固拒否します・・・!!」
 震えるものが指から肩に変わったところで、
 柳生ははたと気付いた。
 (この子ども―――雅ぴょんこと雅治君は出来たばかりのクローン・・・。そういえば佐伯君が言っていましたね。クローンは性格はそのままだが記憶はないと)
 既に言葉遣いは大分移ったようだが、まだ生まれてそうは経っていないはず。そんなに教育はなされていないだろう。
 ならば・・・・・・
 (ここで私が教育をし直せば、雅治君も詐欺師などにはならず真っ当な人間に・・・・・・!!)
 「わかりました」
 「ピヨ?」
 にっこり笑う。まるで先ほどの仁王を真似るように。
 「その子ども、雅治君を喜んで受け取りましょう」
 「そうかの。なら行きんしゃい雅ぴょん」
 「よろしくな、比呂ぴー」
 「『比呂士』です」







19     19     19     19     19








 チビ雅治の手を取り、柳生はさっそく家に向かった。
 「ところで雅治君―――」
 「雅ぴょん」
 「いえ、あなたの名前は―――」
 「雅ぴょん」
 「ですからそれは―――」
 「雅ぴょん」
 「あくまで仁王君がつけたもので―――」
 「雅ぴょん」
 「ああ、今大空を
UFOが」
 「まさか」
 「貴方の名前は」
 「雅ぴょん」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「雅ぴょん」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかりました。『雅ぴょん』でいいです」
 「プリッ」
 第一ラウンド―――敗退。
 ぐったり疲れ果てる柳生を引き摺り、チビ雅治は意気揚々と歩いていった。







19     19     19     19     19








 途中、商店街を通る。馴染みの所なので、ご近所さんも声をかけてくる。
 「こんにちは比呂士君」
 「今日は」
 「コンニチハー」
 「あら〜可愛い子連れてるのねえ」
 「ああ、この子は―――」
 「比呂ぴーの息子―――」
 「ではありません」
 仁王と一緒にいて身につけさせられた会話テクニック。一片足りとも笑顔を揺らさず柳生は即答していた。
 どうせこの程度は言うだろうと思っていたが・・・・・・
 (なるほど。私に先読みさせるとは、やはりまだ経験値は低いようですね)
 これなら更生の余地はありそうだ。
 などと喜んではみたが・・・・・・。
 「まー可哀想に!! 見損なったわよ比呂士君!!」
 「ちゃんと作ったなら作ったで認めてあげなさい!!」
 「はい・・・・・・?」
 なぜか周り全員が責めてくる。笑顔のまま固まる柳生の下では、
 「う・・・えっ・・・・・・。パパ〜・・・・・・」
 などなどチビ雅治がえぐえぐ泣きながら言ってきた。
 「誰が貴方のパパですか!!」
 「比呂ぴー」
 「〜〜〜〜〜!!!」
 即答され返す。指を差すため手を離された顔には、涙など微塵も流れていなかった。
 周りからの視線がより一層冷たくなる。
 「・・・・・・・・・・・・。
  ハハハ。そうですね。では今日一日、私をパパだと思って存分に遊んでくださいね」
 「よろしゅう」
 第二ラウンド―――際どくセーフ。
 明るく去っていく2人の後ろで、ご近所さん一同はホッと安堵の息を洩らしていた。





 一同から見えなくなったところで、問う。笑みを消し淡々と。
 「なぜあのような嘘をつくのですか君は」
 「つきたいから」
 「意味がないでしょう?」
 「ないからつくんじゃ
 「・・・・・・? つまり?」
 尋ねながら、ふいに柳生はチビを通して仁王を考えた。何故彼は詐欺師と呼ばれるような言動を取るようになったのだろう・・・?
 首を傾げる柳生に、
 チビ雅治は仁王と同じ読めない笑みを浮かべた。
 「俺は『嘘』が好きなんじゃよ。手段としてやのうて目的としての『嘘』がな。
  嘘のためにつく嘘は他に何も残らん。目的のためにつく嘘は哀しみが残る」
 「よく、わかりませんね・・・」
 「わからんならそれでよか」
 切り離した口調。なのに浮かぶ笑みは淡いもの。
 今の言葉は本当か嘘か。それすら自分は判断がつかない。
 (やれやれ。もっと貴方と―――『詐欺師』と呼ばれない貴方とわかり合いたいと、思うのですけどね・・・・・・)
 更生への道は遠く、攻略への道はもっと遠いようだ。







19     19     19     19     19








 「―――あ」
 「どうしました雅ぴょん?」
 商店街も終わりの方、少し開けたところでチビ雅治が止まった。見上げる先は、女子高生らで賑わうファンシー雑貨店。
 「あれが、どうかしましたか?」
 「待っちょれ。買いモンじゃ」
 「雅ぴょん!?」





 手を離して走って行ってしまった。放って帰ってしまっても仕方ないので、邪魔にならないよう道端に寄って待つ。
 文庫本でも広げ、読む事
10分程度。視界の端に目立つ銀髪(それもちっちゃ目)が現れたので顔を上げ・・・
 どだだだだだだ―――!!!
 がっ!!
 「近付くなテメーら!! 近付くとこのガキぶっ殺すぞ!!」
 (はい・・・・・・・・・・・・?)
 からんからんと店から出てくるなり、チビ雅治はダッシュしてきた男に担ぎ上げられさらわれてしまった・・・いやこの場にいるが。
 「待つんだ!! その子は無関係だろう!?」
 「落ち着け!! 子どもにまで手を出せば、お前はもう後には引けないぞ!!」
 「るせえ黙ってろ!!」
 さらにどたどた警察官らも駆け寄ってくる。どうやら彼は何かをして追われている最中のようだ。そして逃げ切れなくなり子どもを人質に・・・・・・
 (なんてはた迷惑な・・・・・・)
 ―――事態を呑み込み、柳生が思ったのはこの一言に尽きた。紳士としてこういう切捨て論はいただけないかもしれないが、なぜ自分たちで蒔いた種を自分たちだけで刈り取ろうとしない犯人も警察も?
 そう思うが、遭遇してしまった以上他人の振りなどは出来ない。クローンとはいえ仁王が巻き込まれたのなら尚更。
 (念のため言っておきますが、私は貴方の尻拭いをするためいるのではないのですよ?)
 心の中だけで宣言する。直接言って通じた経験は皆無だ。
 対仁王用マニュアルは、内容だけ追えば簡単なものだ。まず誰が仁王にとってどんな相手か―――『敵』か『他人』か把握する。他人はとりあえず無視。文字通りの他人であれいわゆる悪友であれ、そちらは自分が何をしようが変わりない。ポイントは敵の方。今回のように本当に彼に害なす相手ならこれも無視。からかい対象ならアフターケア必須。こういう事をやっているから周りに『紳士』などと呼ばれるのだ。
 (今回は、犯人が敵で警察が他人ですか。まあ、どちらとも二度と関わる事もないですから、よほどの無茶でない限り雅ぴょんの自由に―――)
 考え・・・
 ハッ!とする。
 (そういえば、私は彼を真人間にするため預っているのでは・・・・・・!?)
 このままでは途中で試合放棄をするところだった。
 ―――が、思った時既に遅し。
 拘束されたまま首にナイフを当てられたチビ雅治が、突如火の付いた勢いで泣き出した。
 「うわあああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!」
 「なっ・・・!?」
 「お、おいテメー落ち着け!!」
 パニック感染。ただでさえ興奮状態にあった警察や犯人は、それ以上のパニック状態に陥った子どもを前に、各々の立場も忘れ全員そちらに注目した。
 先ほどのぐずりとはまた違い、あまりに激しく泣くため見物人も犯人を非難する事も忘れただおろおろするばかりで。
 頭を抱え、チビ雅治が左右に首を振る。
 「ごめんなさいいいい!!! ごめんなさいお母さ〜〜〜ん!!! 謝るからあああ!! 僕いい子になるからあああ!!! だから怒らないでえええええええええええ!!!!!!!!!!」
 「え・・・・・・?」
 「この子、お母さんに・・・・・・!?」
 周りに波紋が広がる中―――
 (なるほど。そういう事ですか)
 柳生は細い顎に手を当て1つ頷いた。一応確認しておくと、仁王家ではもちろん虐待の類は行われていない。クローンを仁王が・・・という事もないだろう。そんな兆候は見られないし、2人の様子を見るととても仲は良さそうだったああとっても!!
 泣きじゃくるチビ雅治に、一番おろおろしたのは犯人だった。
 「俺は・・・なんて子を人質に取っちまったんだ!!
  よしよし泣くな坊主。そりゃ世の中辛れえかもしんねーが、それでもいつか必ずいい事もあるからな」
 「う、えっ・・・!! ホント・・・・・・?」
 「ああ本当だ。おじちゃんも今いろいろとあって辛いが、辛いのは俺だけじゃねえんだよな。お前みてえなヤツだっているんだって、わかってねえとな」
 (まあ、そろそろ頃合ですか・・・)
 犯人がナイフを落としチビ雅治の頭を撫でる。攻撃性が消えたところで、
 「あのすみません」
 「ん? なんだテメー? コイツの酷え母親ってか!?」
 「断じて違います。私はそもそも男です。
  私はこの子の知り合いですが、たまたま通りかかったところ彼の泣き声が聞こえたのですが何が・・・・・・?」
 傍に寄り、控えめに尋ねる。と、
 「そーかアンタこの坊主の知り合いか!! なら丁度良かった!!」
 犯人はチビ雅治の肩を掴み、後ろから押し出した。
 「いいか!? 悪いのは俺だ!! 今勝手に連れ去って泣かしたのはこの俺だ!! 坊主は悪くねえぞ!! わかったか!?」
 「はい・・・」
 「んじゃ、
  ―――よし良かったなあ坊主。優しそーなお兄ちゃんが迎えにきたぞ。ホラ行け」
 「比呂ぴ〜〜〜〜〜〜!!!」
 解放され、泣きついてくるチビ雅治。犯人は満足げにうんうん頷き、
 「いいか坊主。そりゃ世の中嫌な人間ってのはいっぱいいる。まあお前の場合母親ってのが厄介なトコだがよ。
  だがそれでも諦めんな。いいヤツだっていっぱいいる。そこの兄ちゃんだってそーなんだろ?
  だからお前はいいヤツになれ。負けんな世の中に。おじちゃんみたいなヤなヤツになんな」
 「おじちゃん・・・いいヤツだよ・・・? だって・・・・・・」
 「ハハハ! 俺がいいヤツか!! 傑作だな!!
  ―――そうだな。じゃあおじちゃんもいいヤツになるか。ちっと遅せえかもしんねーけど、まあずっとヤなヤツなよりゃマシか。
  降参するぜ警察さんよ。逮捕でも何でもしてくれや」
 こうして、あっさり事件は解決した。





 手錠をかけられパトカーに乗せられる犯人。何となく見ていると、警察の人がこちらにやってきた。
 「この度はとんだご迷惑をおかけしました」
 「ああいえ私は。この子も今は落ち着いていますし」
 チビ雅治の頭を撫でる。さすが未来の詐欺師、演技は大したもので、泣いてもいないくせにどうやったか目が赤く腫れている。時折上げるしゃくり音がより本物らしさを強調していた。
 見下ろし、警察官の顔つきが変わる。
 「ところでその子、やはり然るべき所に相談した方がよろしいのではないでしょうか? 警察はなかなか出動出来ませんが、児童相談所なりなんなりに―――」
 (これは随分親切な方に当たったようですね・・・)
 さて困った。このままでは直接連れて行かれるかもしれない。そうなれば虐待云々以前に親が誰かで大問題となる。かといって今更嘘でしたというのも・・・・・・
 「何言うちょるん? 全部嘘に決まっちょるじゃろ? 俺ん体のどこにそんな兆候ある?
  そんなんもわからんとは、警察も大した事なかねえ」
 「なっ・・・!?」
 泣き真似はどこへやら、チビ雅治はふてぶてしい顔でびっと舌を出していた。
 「失礼しました!」
 呆気に取られる警察官。本格的に怒り出す前に、柳生はチビを連れその場を逃げ出した。







19     19     19     19     19








 「困りましたねえ、貴方の悪戯好きも」
 「ええじゃなか。それで助かったじゃろ?」
 適当に離れた公園でため息をつく柳生。つかれたチビ雅治は、元の読めない食えない笑みで貰ったジュースを美味しそうに(多分)飲んでいた。
 「今回は確かに助かりましたが、あの犯人だって貴方に心打たれ解放したのですよ? そんな思いを踏みにじる行為ではありませんか?」
 責めるように言う柳生に、
 チビ雅治は笑みを消し呟いた。遠い眼差しで。
 「じゃから言うたやろ?





  ―――俺は目的としての嘘が好きじゃ、って。それなら誰も哀しまん」




―――『俺は「嘘」が好きなんじゃよ。手段としてやのうて目的としての「嘘」がな。
    嘘のためにつく嘘は他に何も残らん。目的のためにつく嘘は哀しみが残る』





 「だから貴方は意味のある嘘は決してつかない、と?」
 「ついちょらんよ。じゃから買いモンしとったのもホント。でもって―――」
 チビ雅治がポケットをごそごそ漁った。柳生の手を取り、上にそれを乗せ、





 「誕生日おめでとな比呂ぴー。
  ―――お前が好きなんも、こうやって祝いたいんもホントじゃ」





 「雅ぴょん・・・・・・」
 ずっと、ただ仁王は嘘をついて人をからかうのが大好きなだけの軽い人間だと思っていた。その奥で、どれだけ深く他者を慈しんでいたか全く気付かなかった。
 ずっと、に王には詐欺師を止め普通になって欲しいと願っていた。詐欺師である彼を見ようとはしなかった。
 (どうやら、やはり私の棄権負けのようですね)
 更生など考えるだけおこがましかった。彼は彼のままで良かったのだ。嘘もまた彼の一部なのだから。


―――『わからんならそれでよか』



 仁王はこちらをちゃんと見つめていた。自分と違う人間だとわかっていた。無理に同じ型にはめようとはしなかった。
 (参りましたね・・・。さすが詐欺師。完全にやられました・・・・・・)
 とんでもない誕生日プレゼントをくれたものだ。まさか『詐欺師の本当』などがもらえるとは。
 笑うチビ雅治に合わせ、
 柳生もまた淡く柔らかく微笑んだ。紳士だからこそ、普段表に出さない素の笑みで。





 「ありがとうございます」







19     19     19     19     19








 そしてプレゼントを開ける柳生を、チビ雅治は楽しそうに見ていた。
 プレゼントを開け、その場で固まる柳生を。
 「あ、あの雅ぴょん・・・・・・。これは一体・・・・・・?」
 「リアル携帯ストラップ《ところ天》じゃ。好きじゃろ?」
 「ま、まあ好き・・・ではありますけどね。食べ物として」
 「ここ押すとぶにゅっと裂けるんじゃ。アクション付きは受けがええからのう」
 「はあ・・・・・・」
 「これ携帯につけて持ち歩けば、今日からお前も人気モンじゃ」
 「絶対嫌です・・・!!」
 携帯につけられぶらぶら揺れる小さな竹。スティックを押せばぶにゅりとところ天が。
 ―――そんなものをつけて平然と歩ける紳士になりたくはない。
 肩を震わせ全力で拒否する柳生を眺め、





 (やっぱ紳士様は面白かのう・・・)





 ・・・・・・遠くからマイク付き望遠ビデオを手に仁王もまたそう思っていたりするのは、まあ言わない方がいいだろう。



―――結局一番からかわれているのは柳生自身なのか・・・。











 さて忍足誕から続いていた柳生誕。電話の向こうで仁王が造っていたのはコレだったようです。遺伝子にも刻み込まれた生来の詐欺師仁王。更生など考えるだけ無駄だったようですね。
 ついに2日遅れてしまいましたが(爆)柳生の誕生日。もちろん〆は、


柳生、お誕生日おめでとうvv

2005.10.1920