治療が成功しても肩が上がらない。その理由は、
―――怪我の記憶と再発の恐怖、そして自分がいらなくなる恐怖。
* * * 手塚、九州にて * * *
1.千歳に遭遇
「ほ〜お。手塚が九州来とうとね、そらまた」
橘から寄越された電話に、千歳はいつも通りの微笑を浮かべた。
(なるほどのう。ミユキが言うとった『ドロボウの兄ちゃん』は手塚ばいね。通りで・・・・・・)
九州にいる妹から聞いた話。テニスがヘタクソで仏頂面の兄ちゃんのコーチをしているとか何とか。『仏頂面の』、は彼が彼だかららしい。
(こら、オモロくなってきたばいねえ)
去年の秋、自分が入った―――戻ってきた学校の部長の口癖を真似る。面白いか否か。自分が楽しめるかどうか。それが全ての判定基準である我が部長。小学校高学年で自分は大阪から九州へと転校したが、Jr.選抜合宿で久々に会ってみればかの幼馴染は嬉しいを通り越して哀しくなるほど何も変わらず。立海の幸村と並んで1年の初っ端から部長を―――それも全国トップ3に入るあの四天宝寺の部長を務める存在として中学テニス界に激震を巻き起こす中、ついにあの自分良ければ全て良し男も『責任』という言葉を覚えたかと喜んでみたが、それが全くの無駄だった事は再会して10秒で判明した。・・・実のところあまり期待していなかったのでショックではなかったが。
そんな白石の治める部活。あまりに『面白そう』過ぎて、1人で戻ってきてしまった。
(まあ、こないやからクララとの腐れ縁も切れんとね)
面白い事は首を突っ込むどころか自ら巻き起こす白石。さすがにそこまで(どころか楽しめるポイントがなくなると後始末を全くせずにさっさと手を引く)はいかないが、そうやって遊ぶ彼に付き合うのは自分のライフワークのようなものだ。駒を進めはしないが止めもしない。傍観者の立場が自分には丁度いい。
さて今回。青学といえば不動峰・山吹そして氷帝を下したダークホース。立海はまだ無理だとしても、次の六角も勝つだろう―――たとえ手塚抜きであろうと。
―――全国大会で1番波乱を巻き起こしてくれそうなところといったらここだろう。
(桔平はまだわからんが・・・跡部は出んし、佐伯はどうせ本気出さんし、立海が勝っても普通やけんし。
最後くらいはもっと盛り上がらんと)
青学が盛り上がる主役といったらスーパールーキーだろうが、さりとて部長抜きなのもつまらない。自分たち四天宝寺と当たった時、ルーキー対決はいいとしてシングルスが残り不二1人では、自分か白石どちらかが余ってしまうではないか。
適当な挨拶で電話を切り、
「あんま性には合わんが、俺も少し動こうかの」
* * * * *
そんなこんなで九州へ。やはりミユキがコーチしているのは手塚だった。
「もう、センス0やね〜兄ちゃん」
遠慮ない物言いのミユキ。反論せず(出来ず)黙り込む手塚を見、物陰にいた千歳は口を押さえ必死に笑いを堪えていた。あの手塚が、全国でもトップレベルの実力と雰囲気を持つ彼が、妹に怒られしょげている。
来たのが自分だけでよかった。それこそ跡部か白石でも一緒に連れて来ていた日には、笑いすぎて窒息死を起こさせたかもしれない。
「今日はおしまい!
明日はちょっとウチ来れんけど、言われた通り打っときないよ!」
バン! と背中を叩きミユキが先に帰る。見送り手塚が再び壁へと向かった。まだ練習を続けるらしい。
のんびりと、意外と小さいその背中へと歩み寄る。話し掛けるつもりなのだから足音も殺さずからんころんと。
「―――む?」
まだ声を掛けてはいなかったのだが、確実に自分の元へ来ると判断したのだろう。手塚が振り向いてきた。
「よっ」
とりあえず手を挙げて挨拶。手塚の眉間の皺が深まった。どうやらこちらの事は誰にも聞いていないらしい。去年のJr.も向こうが欠席したおかげで正真正銘今が初対面だ。
「大阪四天宝寺の千歳ばい。よろしゅうな、手塚」
「千歳・・・というと、橘と共に九州2強だったあの、か?」
「そうばいねえ。ま、今は言うた通り大阪モンやけんど」
言いながら、さらに接近。隣で足を止めた。
「そのお前が、何の用だ?」
こちらの格好を見て、手塚が尋ねて来た。確かに、だぼだぼの服はまだしもゲタはさすがにテニスに合わない。実のところこれでも出来るのだが、やる気はないのでラケットは持って来なかった。
今の手塚と試合をする気はない。たとえ完全復活したとしてもだ。せっかく全国大会という最高の舞台が用意されているのだから。
「ん? いや別に?
単に妹が世話になっとうようじゃけん、挨拶でもせんとな〜思ただけとね」
「妹?
―――まさか・・・」
「今会うたとね? ミユキ。
アレ俺ん妹ばい」
「・・・・・・・・・・・・。
なるほどな」
『・・・・・・・・・・・・』に入れたかった言葉を想像して―――例えば『つまりコイツも似た性格なのか?』とか―――、千歳はクツクツと笑った。
「済まんとね、跳ねっ返りの妹で。
じゃけん、テニス上手いやろ? 俺ん自慢の妹ばい」
「確かにな」
表情を変えないまま頷かれる。見様によっては恐ろしい嫌味だが、多分本当に賞賛しているのだろう。でなければ(無理矢理だろうとはいえ)コーチなどやらせるワケがない。
(手塚もわかりやすかー。跡部といい勝負ばい)
妹含めみんな手塚の事は仏頂面だの無表情だの言っているが、狙って造っていない分むしろ『表情』はわかりやすい。狙って造る立海の某詐欺師や、そもそも感情の起伏が限りなく小さい幸村などよりも遥かに。
「で?」
「む?」
「ミユキはともかく、そっちはどうとね?」
「うむ。リハビリを続けている、直に良くなるだろう」
「とっくに完治しとるんに?」
手塚の表情が変わった。鋭い眼差しで見つめられる。
千歳は逆に全く表情を揺らさないまま、顔に手を当てた。
「インサイト〜・・・・・・はもちろん出来んから、センターで聞いてきたとね」
「センターで?」
患者の状態を部外者にそう易々教えるだろうか?
疑問を最短でまとめる手塚に、
「リハビリに相手がおった方がええかもしれん―――それがセンターの出した答えとね。
試合いう状況下なら、肩も上がるかもしれんばい」
「それは・・・・・・」
微妙に視線を落とし言葉を発しかけ、
ふいに手塚が顔を上げた。
「―――そういうお前は、テニスをやろうとしているようには見えないが?」
「やろうねえ。端っからやるつもりなかと」
「・・・つまり?」
手塚の目を真正面から見つめ、
問う。
「何お前怖がっとると?」
「・・・・・・・・・・・・」
手塚が黙り込んだ。迷っている。言うか言わないか。
千歳も何も言わず、ただ手塚を見続けた。どちらでも構わない。言うか言わないかなどさしたる問題ではないし、言ったところで解決するかもまた別の話。正直なところ、今会ったばかりの自分に解決策など思いつくワケがない。向こうも期待していないだろう。
そして手塚が目線を上げ、
問い返してきた。
「お前は、『部長』というものをどう思う?」
「俺んトコでいいと? それとも一般定義とね? なら部活の長。あるいは雑用係」
「・・・お前のところで限定してくれないか?」
と言われたので、
今までで一番悩まずに答えた。
「一番の敵」
「む・・・・・・?」
「四天宝寺[ウチ]における部長―――白石ん立場はそんなもんとね。みんなそれで納得しとう。白石含めて」
肩を竦め、間違いなく今のでわからなかったであろう手塚へ説明を続ける。
「ウチはな、割と特殊な学校とね。正確には、アイツが部長になったおかげで特殊になったばい。
こう言うと自画自賛みたいやけんど、ウチは個々人の実力が高いとね。やから―――
―――部長[きりふだ]はいらん」
「何・・・?」
「ウチがなして強うなったんか。答えは部長が全くアテにならんからとね。
白石は、お前からしてみたらえろう変わった考えの持ち主ばい。面白ければいい。自分が良ければそれでいい。自分の楽しみのために平気で部ぅ犠牲にする、自己中の典型とね。
楽しめれば負けても構わん。―――そういえばお前んトコのNo.2もそうやったか」
「それは・・・・・・」
呟く手塚の顔が、今までで一番厳しいものとなる。部のために己を犠牲にした彼からしてみればとても考えられないものだろう。かろうじてその先を口にしなかったのは、話すこちらがその部の部員だからか。
だが、言わないのなら聞く義理もない。千歳は構わず続けた。
「やから白石は、外からはお飾り部長言われとるし、俺らも『確実に勝ちたかったらコイツまで回さない事』が暗黙の了解ばい」
「それで・・・・・・部活として成り立っているのか?」
「成り立っとうよ? 切り札が使えんから自分らで頑張る。勝ちが欲しかったら自分で掴み取れ。
―――シンプルな仕組みとね」
「それはわかったが・・・。
・・・・・・なぜそもそもそのような者が部長になったんだ? 一番強いから・・・とも思えないが」
尤もな質問だ。多分外から見ている限りわかりはしないだろう。跡部や幸村が部長として部が成立しているのと同程度に。
「名が広まらんだけで実際は強いばいよ? 『本気』の勝負で俺は1回も勝った事なかとね」
「お前がか・・・!?」
手塚が驚くのも無理はない。対戦成績により九州2強と呼ばれているが、実力を見れば千歳は真田と互角だ。リョーマもつい先日真田を負かしたが、奇跡でも偶然でもなく着実に負かすとなれば、白石の実力は幸村並となる。これだけハイレベルな者が揃う今の中学テニス界で、なお化け物と呼ばれる男と。
「ばってんそれは些細な問題とね。
白石は人に懐かんノラ猫みたいなモンばい。こっちがいくら呼んでも気が向かんと来ん。極上のエサ用意して準備万端にしとって、そんで運が良ければ来る。でもって食い終わったら礼もなくまたどっかいなくなる。いつも自由で誰にも飼い慣らせん」
「ならば尚更―――」
言いかけた手塚を手を挙げ遮り、
千歳は言葉の末尾を告げた。いつもと同じようで違う笑みを浮かべ。
「じゃけんど・・・
――――――なんっか構ってしもうてのう。文句は山以上にあるが不思議と嫌えん。得な性格ばい」
「そうか・・・・・・」
挙げた手をぱたぱたと振る。
「お前ん部活がどんなんかは俺にはわからんとね。お前ん質問の答えはお前んトコの部員らが持っとる。
やけどこれだけは俺にも言えるばい。
―――『部長』に答えなんぞない。そんでも必要やから部長はおるとね。
いらんのやったらとっくに廃棄しとるばい」
「そうか・・・・・・」
再び手塚が頷く。今日聞いた中で一番柔らかい声だった。
「ほなな。邪魔したとね」
「帰るのか?」
「明日ミユキの試合ばい。今練習付き合えん分、見てから帰るとね」
「明日?
それで明日来れないのか」
「来て欲しいとね?」
「む・・・・・・」
手塚が詰まった。きっとこれまた珍しい事なのだろう。
「リハビリも根詰めすぎると良くないとね。たまには休みないよ。
・・・・・・きっと答えが見つかるばい。お前とミユキはようけ似とう」
「千歳・・・?」
呼びかける手塚を背に歩きかけ、
3歩進んでふと止まった。
「ああ、そやね」
「む?」
首だけ振り向く。面白そうに目を細め、
「白石名言集聞かしたるばい。
『俺は俺がやりたい事をやりたいよーにやっとるだけやで? 何か文句あるん?』」
今度こそ絶句する手塚を尻目に、千歳は今まで堪えていた分含め思いっきり笑った。
「白石とおるといいばい。悩みなんて簡単に吹っ飛ぶ。
ほなな手塚。次は全国の舞台で会おうとね」
* * * * *
そして千歳がいなくなり。
「答えは誰も持ってはいない。自分自身で見つけるのみ、か・・・」
ボールを手に壁に向き合い、
結局手塚は打つことなく踵を返した。
「明日はミユキの試合か。たまには休んでみるのもいいのかもな」
2.幸村に遭遇
大会が始まった。確認するまでもなく、立海は順調に勝ち進んでいっていた。
「案ずるな幸村。お前抜きでも我々は全国を制覇してみせる。お前は治療に専念すればいい」
「そうか。済まないな真田。苦労をかける」
1人きりになって、幸村は小さくため息をついていた。
「治療に専念、か・・・・・・」
本当にするつもりなら、さっさと手術を受ければいい。こうして迷い遅らせる事で、部員らにはどれだけ迷惑をかけているのか。
だが・・・
「・・・・・・・・・・・・」
拳を握る。病気のピークは過ぎたものの、握力は以前よりも遥かに落ちた。他の機能もまた然り。
手術が成功しても自分は成長を続ける彼らの戦力として復帰出来るか。どころか最悪失敗すれば、2度とテニスは出来なくなる。
今だに決心がつかない。部員らに甘える形で手術を伸ばし続け・・・
* * * * *
関東大会初日。
「青学対氷帝は青学が勝った。だが手塚は肩を痛め九州へと療養に出かけたそうだ。詳細はまだ不明だが、恐らく関東中の復帰は無理だろう」
「手塚が? 怪我をしていたのは腕じゃなかったのか?」
「腕を守り肩を傷めていたらしい。そこを跡部に突かれた」
「それで棄権したのか?」
「いや。試合は最後まで行った。行ったからこそ、療養に出た」
「結果は?」
「試合のか?」
「療養に関しては詳細不明だろ?」
「それもそうだな。
7−6で跡部の勝ちだったな」
「そうか・・・」
「なあ真田・・・」
「む? 何だ幸村」
「手術、受けようかと思うんだ」
「・・・・・・何?」
返事の遅れる真田をじっと見つめ、
「代わりに―――
―――1つ、最後のワガママを聞いてくれないか?」
* * * * *
そんなこんなで九州へ。青学の治療センターを探せば、手塚は外でリハビリをしていた。リハビリ―――テニスを。
後ろに立ち見物する。かつての手塚の面影は全くない。中学に入ってすぐ百戦自錬の極みを生み出した男は、2年経った今、ラケットを上から振り下ろす事も出来ず緩やかな球を壁に打ちつけるしか出来ない。栄光からの転落。惨めなものだ。
・・・・・・まるで今の自分を見ているかのようだ。
「―――む?」
ようやく気付いたらしい。手塚が振り向いてくる。
「やあ手塚。久し振りだな」
「幸村か」
振り向く手塚にのんびりと近寄る。さして何か注意される事もない。尤も自分に何か注意してくる存在など、白石か跡部か程度しかいないが。
「今リハビリ中だって?」
「見たままだがな」
「それもそうだな」
会話が途切れる。
(そういえば、誰かと2人きりで話すなんて真田以外じゃ珍しいな)
何となく続かない会話に納得する。盛り上がる周りに頷くのがいつもの自分のスタンスだった。
幸村が虚空を見上げ頷いている間、むしろこちらが居心地の悪さを感じたらしい手塚が話題を続けて・・・切り出してきた。
「そういうお前はどうしたんだ? 今は―――療養中ではないのか?」
一瞬以上のためらいを経てそう尋ねてくる。『大会中』と言いかけ取り止めたのだろう。どうせ出られはしないのだから。
虚空に合っていた焦点を手塚へと戻し、
幸村は天気の話題でもするかのような気軽さで言った。
「手術を受けようかどうしようか悩んでるんだ」
「・・・そうか」
再びためらい。今度は言い換える言葉を思いつけなかったらしい。
頷く手塚に合わせ幸村も1つ頷き、
「1つ聞かせてくれないか?
お前は今の自分をどう思う?」
「・・・・・・・・・・・・」
見つめる。見つめられる。
どういうつもりで自分がこんな質問をしたのか、今手塚はきっと計っているのだろう。
手塚が1つ息を吐いた。どうやら答えてくれるらしい。
「歯がゆいな」
「なぜ?」
「アイツら―――青学のみんなはよく頑張ってくれている。俺も早く肩を治し戻らなければならない。なのに肩が上がらない」
「なぜ?」
「先生の話によると、怪我の記憶と再発の恐怖が原因らしい。精神的な問題だそうだ」
「じゃなくて。
なぜ早く戻らなくてはならないんだ? 青学はもう充分強いだろう?」
手塚の回答が止まった。
見つめ、さらに問う。
「それに、青学に自分が必要だと考えるなら、なぜあんな試合をした?
棄権をすればそこまで酷くならなかっただろ? しかも跡部に負けたそうじゃないか」
やはり手塚は答えない。矛盾した己の行動に、やはり理由はつけられないようだ。
・・・・・・・・・・・・いや。
「数日前、元九州2強の千歳に会った。偶然だったのだが、アイツの妹が俺のコーチを務めていてな」
「ああ。ミユキちゃんだっけ。俺も以前会ったよ。元気で可愛い子だよな」
「そうだな。
そして千歳が自分のところ―――四天宝寺の部長の話をしていた」
「ああ、白石か」
「知っているのか?」
「強豪校で1年の時から部長。おかげで何かとよく比較されるよ。特に知り合いには『変人度合い』でな」
「・・・・・・そうなのか」
本日何度目か、手塚の返事が詰まった。ふいに悟る。いかに自分と周りの人間が一般基準から大きく外れているか。
気を取り直し、手塚が口を開く。
「何でも白石がこう言っていたらしい。『自分は自分がしたい事をしたいようにしているだけだ』と」
「らしい話だよ。アイツならそう言うだろうし実際そう動くだろうな」
「だが突き詰めれば恐らく、跡部と対戦した時の俺もそうだったのだろう」
今度は幸村が詰まった。
笑みのまま、尋ねる。
「つまり?」
「お前がどこまで聞いているのかは知らないが、S1で俺と跡部が対戦した時、2勝1敗1分で俺が勝てば青学の勝ちとなっていた。
全国大会出場は、1年時からの俺の―――俺たちの悲願だ。叶えるためならば、この身は惜しくはなかった」
「それが、お前の『ワガママ』か?」
白石の言葉は、突き詰めずともこの一言に尽きてしまう。確認を取る幸村に手塚も頷いた。
「そして同時に、跡部と対戦がしたかった。肩は盲点だったが、腕の負傷のため中学入学以来ほとんど本気は出していなかったからな」
「それに本気を出すに相応しい相手もなかなかいなかったから、か?」
揶揄するように笑う。ぴたりと止まる手塚に肩を竦め、
「俺相手なら遠慮する必要はないさ。その気持ちなら俺もわかる。俺が全国最強と賞される立海に入ったのは、少しは相手が見つかるかと思ったからだ」
実際見つかったかどうかについては発言を控えておこう。今に関しては恐らくみんないい勝負をしてくれるだろうが。
一番言いにくい事を代わりに言われほっとしたか、小さく息を吐き手塚が続けた。
「跡部の狙いは気付いていたがな、途中で止めたくはなかった。肩を痛めてからも同じくだ。
あの勝負は、最後まで続けたかった。誰よりも―――俺のために」
力強く言い放つ手塚。迷いのない瞳に、あえて疑問を贈る。
「なら、もし回復の見込みがないと言われてたら? 最後まで続ければ、2度とテニスは出来なくなるとしたら?
それでもお前はやったか? 後のテニス人生全てと引き換えに、その試合を」
「ああ」
即座に返事をされた。考えられすらもしなかった。
どころか手塚は笑っていた。表情は変わりはしないが、それでもわかる。伝わる。
晴れやかな彼の笑みが。
「千歳に言われ気付いた。既に俺はワガママを1つ言っていたのだと。
ならばもう1つ増やしても構わんだろう? 『青学に帰りたい。アイツらと全国を勝ち上がりたい』と。
強くなったアイツらに、もう俺は不要かもしれない。だが、
―――だからどうした?」
「え・・・・・・?」
「俺は俺が戻りたいと思うから戻る。今はまだ無理だとしても、恐怖を乗り越え必ず。
確かに俺は、そしてお前は部長だ。だがその前に部員だ。そして『正しい部長の像』などないのだろう。
ならば己が望むがままに進むしかあるまい? 『部長』というのは、それが皆に認められ結果として付くものだろう? 何もせずその座にしがみ付くだけでは誰もついては来ない。
周りにどう思われるか―――それ以上に大切なのは、
自分がどう思うか
――――――ではないのか?」
幸村の顔から笑みが消えた。
きょとんと手塚を見つめる。見つめ返し、手塚が問いた。
「お前はどうしたい? 幸村」
幸村が瞳を閉じる。長く長く息を吐き、
開けた。
やはり読めない穏やかな微笑を顔に浮かべ、
言う。
「テニスがしたいな。でもって・・・
・・・・・・アイツらと一緒に全国を勝ち上がりたい」
「そうか。強力なライバル出現だな」
「それじゃ、俺も早く復帰しないとな。氷帝が潰れたとはいえ、お前が復帰した青学と戦うのは真田達だけじゃさすがに苦しいだろ。さらに四天宝寺までとなるとな」
「全国に視野を広げる前に関東を見たらどうだ?
まだ全国出場は決まっていないだろう? 油断をしていると足元を掬われるぞ」
「それこそ氷帝みたいにか?
とりあえず不動峰には3勝したそうだ。掬うとしたら後はお前たち青学か?
―――別にいいよ? 本当に負けたらアイツらにお仕置きするだけだ」
「・・・部員はもう少し労わったらどうだ? 皆お前のために頑張っているのだろう?」
「だから俺は治療を頑張るんだろう? 条件は互角さ。果たせない方が悪い」
「・・・・・・。お前が立海部長となれた理由がよくわかった」
「ついでに白石とタメを張る理由がか?」
楽しげに笑い、幸村は踵を返した。もうここに用はない。あと用があるのは病院と立海だけだ。
「ありがとうな手塚。次は全国で会おう」
「こちらこそな。おかげで考えがまとまった」
―――やはり俺はテニスが好きだ。そしてアイツらがな。
―――奇遇だな。俺もだよ。
―――Fin
ちなみにおまけ―――
「・・・ところで幸村。四天宝寺というのはそんなに凄いところなのか?」
「いろんな意味でな。とにかく一筋縄じゃいかないクセ者揃いだ。
立海は・・・、
ダブルスは仁王とブン太がいるからいいとして・・・柳生もジャッカルも慣れただろうし。
シングルスは、ユーモアのわかる柳はまだしも、生真面目な真田に挑発に乗りやすい切原。白石と千歳に散々遊ばれて終わりだよ。
おかげで去年のJr.は惨敗だった。まだ耐性のある跡部の方がマシな結果を残したくらいだ」
「・・・・・・・・・・・・跡部にそんな耐性があるのか?」
「あるぞ(即答)?
氷帝メンバーとはまた別に、アイツの周りはそれこそ個性大爆発の集団勢揃いだからな。アイツの知り合いで比較すれば、お前のところのNo.2が一番平凡だろうな。もちろん性格面で」
「不二がか・・・!?
―――どういう人付き合いをしているんだ? 跡部は・・・」
スパコーン!!
「うるっせえ!! 俺だって付き合いたくて付き合ってんじゃねえよンな面子と!!」
「跡部!? なぜお前がここに・・・!?」
「知るかンなモン!!」
「『知るか』・・・って、お前が来たのだろう?」
「てめぇも俺馬鹿にするってか!? 手塚の馬鹿野郎〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
「おい待て跡部!! 一体何なんだ!!」
ずだだだだだだだだ・・・・・・・・・・・・
* * * * *
「ちなみに、その跡部が実は一番の常識人だっていうのがみんなの意見だから。それで持て余すようじゃ、ウチも四天宝寺も難しいぞ?
頑張れよ手塚」
砂埃と余韻を残しすっかりいなくなってしまった2人を手を振り見送り、
幸村は手塚が置きっ放しにしたラケットを手に取った。
ボールを上げ、打ちつける。ただの壁打ち。
ドス! ズシュ! と音を立て、5回程度続けたところで、ガットがぷつりと切れた。
無感動にじっと見つめ、
「やっぱりかなり腕落ちてるな。早く治さないと」
―――そんな幸村を影から見つめ、ミユキはがたがたと震えていた。
―――再びFin
―――【Placebo】で書いた跡部編と共に、やってみたかった千歳編と幸村編です。おかげで原作と大きく展開が異なりましたが、療養中の手塚って丁度立場が幸村と重なってるな〜と。そして幸村が手術を決心した理由が謎に包まれていたようなので(読みが足りないから?)、こんな感じで手塚に後押しさせてみたりしました。幸村と手塚というと、手塚と跡部とはまた別に深い繋がりがありそうに感じたもので。
2006.6.20〜21