跡部様の

  下克上大作戦!








 『おい千石―――
  悪いがウチの神尾はあんたよりしつこいやつと戦ったことがあるってよ』
 かなり痛い言葉だった。
 別に自分が『しつこさ』を売りにしてるわけじゃないけど。
 ただ、何となく、
 (『誰か』より下って感じじゃん)
 おどけて、思う。顔に張り付く、いつもの笑顔。わかってる。決して自分が一番になれるものなどないのだと。パワーも、スタミナも、テクニックも。全部全部、誰かより下で。
 ―――だからいつも誰かに負けて。
 (あ〜あ。負けてくや
C〜)
 どこぞの誰かの真似などしてみたり。
 (せ〜っかく俺の勇姿見てもらおうって思って呼んだのに)
 完全に逆効果だった。常にトップに立ち続けるかの思い人は、だからこそ上ばかりを見て、
 ―――だからこそ敗者に興味はなくて。彼にとって今の自分は見下し鼻で嘲う存在だろう。
 (やっぱ俺なんかじゃ無理かな・・・・・・)
 本当はわかっていた。自分では彼には不釣合いだと。彼にはもっと、強い存在が良く似合う。
 だから、ここで勝って少しでもその差を埋めたいと思っていた。少しでも、自分を強く見せたかった。
 (やっぱダメだね。肩肘張って無理しても)
 自分には似合わないキャラだった。自分はもっと、いつもへらへら、世の中舐めきった笑みと態度で渡り歩いて、いくつかのラッキーといくつかの曲者振りで困難の隙間を縫って進む。
 彼との付き合いもそんなものだった。へらへら笑顔でペースを狂わせ、なし崩しでもつれ込ませた今の関係。完全に持ち札の尽きた今の自分に彼を引き止められるものは何もない。
 (でも、さ・・・。
  例え君がどう思ってもね、
  俺の気持ちは変わらないよ、跡部くん・・・・・・・・・・・・)







♪     ♪     ♪     ♪     ♪








 呆然と立ち尽くし、空を見上げる千石を見ながら―――
 跡部は胸の中でファンファーレを鳴らしつつ花を撒き散らしていた。
 (負けた・・・。千石のヤローが、負けた・・・・・・!!)



 『ねえねえ明日さ、関東大会の準々決勝なんだよね!』
 ―――知ってるに決まってんだろ・・・・・・。
 『で、俺試合あるワケよ。って当り前だけどさ』
 ―――あーそりゃよかったな・・・・・・!
 『だからさ、
  応援、来てくれない?』
 ―――〜〜〜〜〜・・・・・・!!!
 『跡部くんが応援してくれたらさ、頑張れると思うんだ。俺v』


 (嫌味かてめえは!!!)
 上目遣いで、ねv と笑いかけてくる千石を見ながら、
 跡部は怒鳴り散らしたくて仕方なかった。
 関東大会。誰でも知っているだろうが跡部率いる氷帝学園は1回戦で青学に負けた。全国へ出られるのは
16校中6校。そんなワケで1回戦で負けた氷帝は5位&6位決定戦[コンソレーション]に出る資格もなくて。
 きっぱりはっきり千石がもし勝ったならば喜ぶあいつをその場でぶん殴ろうと思っていた。というかそれが目的でこの場に来ていたのだが・・・・・・
 (面白くなってきたじゃねえか・・・・・・)
 口端に洩れる笑み。心の中では天使たちが俺様のためにイナゴの大繁殖を思わせる勢いで増殖している。
 いつもの笑顔で空を見上げる千石。しかし弱点を見抜く跡部の眼力[インサイト]を持ってすれば落ち込んでいる事を見抜くくらい造作もない事(その前に普通に見抜いてやれよ・・・)!
 (これは・・・ついに俺様が攻めになるチャンス!!)
 いつもいつも、いっつもいっつも! ワケのわからないペースに乗せられ気が付けば相手に主導権を握らせたまま。この自分が! 天上天下唯我独尊倣岸不遜なこの自分が〔自覚しとるんかい・・・・・・〕よりによってあんなへらへら男に!!!
 (待ってろよ千石・・・。今日はぜってえ俺様が勝つ!!)
 何の勝負がやりたいんだかそんな闘志を燃やしつつ、跡部は今だ空を見上げたままの千石へと足を運んでいった。







♪     ♪     ♪     ♪     ♪








 「―――よお。また見事な負けっぷりだったじゃねえか」
 「あ・・・・・・」
 上を向くその顔に、不意に出来た影。目を細めて見上げると、そこには愛しの恋人が。
 「跡部、くん・・・・・・・・・・・・」
 「何だあ? だらしねえ顔しやがって。元々しまりねーんだから余計変に見えるぜ」
 見上げるおでこに手を伸ばされて、わしゃわしゃと髪を掻き上げられて。
 「ははは・・・。そうかもね・・・・・・」
 いつもだったら「ひっどいな〜」とか言う場面。もうそんな事を言う気力もなくて―――
 ―――泣きそうな顔を見られないよう両腕で目元を覆った千石は、幸いにも下に垂らされた跡部の手が小さくガッツポーズしているのを見ずに済んだ。
 (よし。こいつは完全に俺の手に落ちた・・・!)
 今ならあのいけ好かないリズム野郎にも笑顔で挨拶が出来そうだ。というかむしろ謝辞を送りたい。ただし今ではなく後で。
 千石の頭を撫でていた手を少し引く。特に抵抗もなく、千石が横向きのまま胸へと寄りかかってきた。
 筋肉など似合わなさそうな顔して意外と逞しい胸に頭を寄せて、小さく息を漏らす千石。こんな風に、自分が彼の胸に寄りかかれるのもあと何度か。
 自然と千石の顔が下を向く。両手もだらりと下げた、その姿はとても小さく、とても
Jr.選抜にも選ばれるほどの実力の持ち主だとは思えない。
 跡部は頭からどけた手を千石の腰へと回し、無理矢理引き寄せた。
 「う・・・?」
 自然と背中が反り返り、千石の顔が上を向いた。腰に回したのとは逆の手で、その襟元を掴み上げる。
 「ぐ・・・!」
 さすがに苦しそうな顔をする千石。振りほどきたくとも下げられた両手は腰と共に跡部に拘束されている。その上身長差無視で抱き寄せられているため足がしっかり地面についていない。
 そんな千石に顔が触れそうなほど近付き―――もといそんな千石を顔が触れそうな程に引き寄せ、跡部が鼻で笑った。
 「俺は敗者には興味ねえよ」
 「・・・・・・・・・・・・。だろうね」
 (別れるなら、はっきり言っていいよ・・・・・・)
 覚悟を決め、目を閉じる。たとえどんな罵詈雑言であろうと―――いや、その人を見下す態度が気に入ったのだ―――最後に自分に向けられた言葉はしっかり心の中に留めておきたい。
 目を閉じ動かなくなる千石。そこにいつものお調子者たる姿はなくて。
 ただ自分に従うだけの彼に、跡部は心からの感動を覚えていた。
 ・・・・・・さすがにその狂喜乱舞っぷりは表に出さず、掴んだ襟首を一度大きく揺さぶる。
 「聞いてんのか? 俺は、『負け犬』に興味はねえっつったんだよ」
 「え・・・・・・?」
 与えられた衝撃に目を開く。そう呟く跡部は酷くつまらなさそうで。
 ―――そして、酷く真剣そうだった。
 「おい千石。てめえまさか自分から負け犬になるつもりか? アーン?」
 言われた事を反復する。確かに自分は試合に負けた。でも、彼の中ではまだ自分は敗者[まけいぬ]ではなくて。
 負け犬は自分から負けを認めたときそうなるもので。
 負けを認めたらその先には何もなくて。執念も。努力も。勇気も。喜びも。そして―――跡部も。
 (なら・・・まだ、『負け』られないでしょ!)
 呆然とした顔に、徐々に生気が戻ってくる。それを見て、跡部は襟元から手を離した。
 その手を頭へ持っていき、軽く撫でてから上を向かせる。
 「よし。いい子だ」
 (これでキスでもしてやれば千石は完全に墜ちる・・・!!)
 我ながら完璧なシナリオだった。かつて手塚と対戦した時は、予想外の彼の熱さを前にそれも無意味なものとなりかけたが、今回千石にそこまでの『強さ』はない。もうあとは自分の手の中で完全に転がし放題―――
 ――――――の、はずだった。
 跡部は一つ、千石に関して見くびっている事があった。切り替えの早さ。相手のペースを崩すには、それ以上に自分のペースを崩しつつも保ちつづけなければならないという、心理戦において最も重要かつ難易度の高いことをいともたやすくやってのけるその『クセ者』振りを。
 跡部に抱き締められ、その腕の中で千石は目をうるうると潤ませると・・・・・・
 「跡部くん!!」
 「うあっ!?」
 がばりっ! と逆に抱き締め返した。
 「わ〜跡部くんが慰めてくれた〜vv 激嬉し〜vvv」
 「テメ・・・千石! どうやった!!」
 両手は確かに抑えていたはずだ。一体どうやってその状態から両手とも脱したのか。
 うろたえる跡部。その数秒の混乱を、もちろん『クセ者』千石が見逃すわけはなかった。
 元々跡部が腰に回した左腕一本で2人は最接近した状態。その唯一の例外たる上半身を右腕で引っ張り上げ、さらに跡部が腕を外す事前提に今度は千石が跡部の背中に左腕を回した。
 跡部と比べて小柄な千石。しかし腕力で彼は跡部とほぼ互角であった。
 そのため―――
 完全に極まった。
 「千石! いい加減放しやがれ・・・!!」
 「や〜だよっv だ〜って跡部くんがせ〜っかく慰めてくれてるんだからねvv」
 「とっくに立ち直ってんじゃねーか!!」
 「え? 立ち直ってない立ち直ってない♪ 俺ってばまだ負けた事がショック〜vvv」
 「それのどこが落ち込んでんだ!!」
 「あ! そーいえばさっきのってやっぱキス? うっわ〜跡部君ってばこんなところでダイタン〜vv」
 「関係ねーだろうが場所なんて!!」
 「お〜。さ〜っすが跡部くん。んじゃま、俺も関係なしで早速―――」
 と、肩に乗せていた顎を離し、顔を近づけてくる千石。へらへら笑いが、薄い笑みに変わる。
 ・・・・・・この上なく屈辱的な事に、それを「かっこいい」と感じてしまうわけで・・・・・・。
 引き剥がそうとしていた手を止め、跡部が再び、しかし今度はそっと千石を抱き締めた。千石に合わせ、僅かに腰をかがめ―――
 「―――おーい千石! ミーティングだぞ!」
 「あ、はいは〜い」
 がしゃん!
 向こうからするチームメイト―――の誰だったか。いかにも地味なヤツ―――の声にぱっと手を離して反応する千石に、跡部は脇に立っていたフェンスに思いっきり突っ伏した。
 (こーいうオチかよ・・・!)
 いやまあ既に主導権争い敗北の時点でオチはついていたようなものだが。
 フェンスにぶつけた額を擦る跡部。位置関係は少し変わり、その横にいた千石は。
 「ありゃりゃりゃ。残念無念また来週〜って感じ?」
 「・・・なんだよそりゃ」
 またしてもどこぞの誰かの真似をして、半眼で突っ込む跡部の頬に軽くキスをした。
 「〜〜〜////!?」
 「この続きはまた後で。じゃあ跡部君、終わるまで待っててね。一緒に帰ろ〜ねv」
 「馬鹿かてめえは! 誰が一緒になんて帰るか!!」
 投げキッスで手をふりふり振る千石。いつもと同じ飄々としたその笑いはこの程度では崩れずに。
 「ち・・・。―――くそ」
 結局千石のペースにはまっている。彼には珍しく舌打ちなどして髪を掻き上げて。
 ため息をついてフェンスにもたれる跡部の耳に、完全に人を馬鹿にする噴出し声がした。
 「―――何が言いてえ? 不二」
 「いや。別に」
 自分1人になったからか、それともコントの終わりを悟ったからか、声がした方―――生垣の向こうから不二があっさりと身を現した。
 跡部のすぐ目の前まで来て、肩を竦める。
 「ただ、凄く面白いなって思っただけだよ。千石君くらいだろうね。君をここまで振り回せるのなんて」
 見てて笑い堪えるの大変だったよ、と続ける不二に、跡部は顔を背けてふんと鼻を鳴らした。事実だけに、悔しい。何より、不二にそれを知られたのが。
 ―――彼ならもちろんわかっているだろう。自分の狙いがなんだったのか。いや、わからなければここまで笑いはしまい。
 「けど―――」
 ひとしきり笑い終えた後、不二がそう呟いた。何の気なしはなく、ただそう呟いただけに聞こえる。だが、
 「何だ?」
 その中に含まれる真剣みを帯びた熱を正確に感じ取り、跡部がフェンスから身を起こして先を促した。
 跡部の目が、僅かに細まる。真正面にいる不二が、僅かに目を開いた。
 不二が一歩前に動く。跡部との距離は
50cmほど。
 「君も大変な人好きになったね」
 「別に。この位じゃなきゃ勝負は面白くねえ」
 「その調子だといつも負けてるようだけど?」
 「うるせえな」
 「僕にすればもっと楽なのに」
 「・・・何?」
 さらりと言われた一言に、跡部の反応が鈍る。
 「だから―――」
 言いながら、さらに不二が一歩前に進んだ。これで2人の距離はぼぼ0。
 跡部の首に両腕をゆっくりと絡め、跡部に体重を預け、背伸びをする。
 跡部の、人の内部を全て暴き出す瞳を前に、妖艶な笑みを浮かべ不二が先を続けた。
 「千石じゃなくて僕を選んでよ、跡部。そしたらもっと楽にしてあげるから・・・・・・」
 「不二・・・・・・」
 頬をなで、顔を寄せてくる不二。跡部も頬を撫でる不二の手を掴んで、先ほど千石にそうしたように腰を引き寄せ―――
 「―――なんてね」
 唇が触れ合う寸前で、頬から手を離して不二がとんっと跡部の胸を押した。もちろんその程度で跡部が倒れるわけもない。反動で不二が後ろへ下がった。
 再び1
mほどの距離を置く2人。
 「だろーな」
 「あれ? わかってた?」
 「てめーのヘタクソな芝居見抜けねえほど間抜けじゃねえよ」
 「非道いなあ。これでも真面目に頑張ったんだよ?」
 口を尖らせ、楽しそうに不二が笑う。
 「だから乗ってやっただろ?」
 「む〜」
 「それよりいいのか? そこでお前の奇行見てどっか吹っ飛んでるヤツ」
 「奇行って・・・」
 呟きつつ、振り向く不二。確かに彼の言う通り、そこにはこちらを見たまま目を極限まで開き呆然とする佐伯の姿があった。あの様子では本当にどこか違うトコロを彷徨っていそうだ。
 「ああ。いけないいけない。すっかり忘れてた。
  ―――佐伯〜vvv」
 (どの辺りを『すっかり忘れてた』んだ・・・?)
 しっかりと気付いていたからこんなイタズラを仕掛けたくせに。
 新たに現れた―――もといずっとそこにいた男へ手を振りつつとてとてと走り去る色ボケ男。その様からはとても彼が『天才』と呼ばれているなどとは信じられない。
 (佐伯・・・か。六角中の)
 直接会うのは初めてだが、毎度意味もなく会う度に聞かされる不二の耳の腐る会話より―――じゃなくて千葉の古豪、六角中の副部長たる男を自分が知らないわけもない。
 「さ〜えきっ?」
 「あ、ふ、不二・・・」
 「やあ。準々決勝お疲れ様。それと、全国決定おめでとうv」
 と抱きつく不二を軽くあしらい、
 「それは不二も同じだろ?
  ―――じゃなくて、今の彼って、氷帝の・・・・・・」
 「ああ、よく知ってるね。氷帝の部長にして今回わざわざ
応援に駆けつけてくれた跡部だよ」
 「おい・・・・・・」
 殊更『応援』を強調する不二に、さすがに突っ込む跡部。
 もちろんそれは無視して会話は続行された。
 「で、いまお前その跡部と・・・・・・」
 「あ、見てたの? やだなあ。ただ遊んでただけだよv」
 「遊んで・・・? あれが・・・!?」
 「当り前じゃない。佐伯ってば何だと思ってたのさ?」
 「いや普通あれは・・・・・・」
 「それとも何? 佐伯はまさか僕が君を放って浮気するとでも思ってたのかな?」
 「い、いや・・・。そんな・・・・・・」
 「酷いなあ。僕が君以外に目を向けるなんてそんなわけないでしょ?」
 ね? と言いつつ不二が佐伯に寄りかかり頬にキスをした。
 真っ赤になる佐伯の腕を取り、
 「じゃあもう行こ。お互い一段落ついたし、今日は泊まってくれるんでしょ? 母さんたちもきっと歓迎してくれるよ」
 「あ、ああ・・・・・・」
 不二に腕を引かれるまま―――訂正。不二に引きずられるままこの場を後にする佐伯。
 「なるほどな・・・・・・」
 それを見送り、跡部がため息をついた。不二と跡部は極めて妙な関係である。ライバル校、という関係はもともとあったが、他の人たちと違いなぜかよく気が合うのだ。どの位かというと―――たまたま出かけた先で『ばったり』会う確率が対千石と互角な位。ちなみに今日も、跡部が会った青学メンバーは不二1人である。
 おかげでその都度何となく話したり一緒になったりして、気が付けば(特に跡部は)下手なチームメイトよりも仲がいい存在になっている。友人、というと何かが違うような気もするが、だからといってライバルという訳でもなく。一番近いのは『茶飲み友達(それも縁側で緑茶を飲んだりする感じの)』といったところか。
 そんなこんなで何気によく会話をする。その中で、不二がよくする会話は3種類。家族のこと、学校のこと、そして―――幼馴染の事。
 話す度「お前頭大丈夫か?」と1度は突っ込むのだが、どうやらバッドトリップするのは妄想の中のみではなかったようだ。
 「気の毒にな、あいつも・・・・・・」
 ―――『君も大変な人好きになったね』
 先ほど不二自身が言った台詞、今はぜひとも不二に引きずられるかの男に返したい。バッドトリップ中の不二の恐ろしさはよ〜く知っている。犯罪レベル、などという生易しいものではないそれ。毎回実際喰らう立場のあいつに同情を禁じえない。
 と、
 その呟きが聞こえたかのようなタイミングで、去りかけていた不二がくるりと振り向いた。
 「ああ、跡部。教えてくれたお礼に僕もひとつ」
 「あん?」
 「―――さっきから君の奇行を見て『吹っ飛んでる』人がいるけど?」
 「何?」
 (やっぱ根に持ってやがったか・・・)
 殊更『奇行』を強調しつつ、そこに、と不二が指差す先。丁度去り行く2人とは逆方向にして―――先ほど千石が走り去っていった方で。
 「あ、跡部、くん・・・・・・」
 「お、おい千石・・・・・・」
 いつからいたのか、確かに彼の言う通り、そこにはこちらを見たまま目を極限まで開き呆然とする千石の姿があった。あの様子では本当にどこか違うトコロを彷徨っていそうだ。
 近寄ろうと一歩踏み出す跡部。それに反応して千石がわなわなと震えながら一歩下がった。
 「跡部くんが、不二くんと・・・・・・」
 「ちょっと待て。お前どこから見てた・・・?」
 あのシーンだけ見て走り去ったならともかく、ここにいる千石がなぜこのような考えを持てるのか。冷静に突っ込む跡部だったが、むしろそれは逆効果だったらしい。
 「やっぱり跡部くん。もう弱い俺の事なんて必要ないんだね・・・。だから不二くんと―――」
 「だから! 『これ』を見てなんでそんな壮大な勘違いが出来んだ!!」
 『これ』―――佐伯の腕に腕を絡め、幸せそうに懐く不二。今もしこの場を通る赤の他人
10人に聞いたとしたら、10人とも付き合っているのは不二と佐伯だと間違いなく答えるだろう。
 が、
 「跡部くんのバカ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
 「っておい千石!! お前めちゃくちゃワザとやってんだろ!!??」
 夕日に向かって走り出す千石。試合後とはとても思えない速さに、跡部も全力で追いかける。
 あっという間に消えた2人を暫し見送り、佐伯が呆然と呟いた。
 「・・・・・・何だったんだ? 今の」
 「さあ?」
 しれっと首を傾げる元凶。2人とは逆の方向に(佐伯ごと)向くと、そのまま何事もなかったかのように歩き出した。
 「それよりさ、佐伯、この間裕太にボロ負けしたんだって?」
 「知ってたのか?」
 「うん。都大会でルドルフに当たる前に聞いたよ」
 「まあ・・・お前達兄弟には惨敗続きだな」
 「由美子姉さんにはまだ負けてないでしょ?」
 「何の勝負でだよ・・・? というかあの人には常に負けてるような・・・・・・」
 「まあまあ。
  けどこれでいよいよ当たるね。僕たち」
 「直接対決できるかは分からないけどな。
  ―――ああ不二、お前何に出るんだ?」
 「あれ? 敵情視察?」
 「まさか。ただ興味があっただけだよ。確かシングルスとダブルス、どっちも出来るんだよな?」
 「まあね。どっちも中途半端って感じだけど」
 「お前の実力で? だったら俺なんてまだまだだろ」
 「あはは。その言い方、越前にそっくり」
 「越前? 後輩か?」
 「うん。ウチの期待のルーキー」
 「ルーキー・・・って、もしかして裕太君倒したあの?」
 「あれ? よく知ってるね」
 「ああ。都大会の後裕太君に聞いた。負けた割には結構明るかったな。あいつ」
 「本気で戦える相手を見つけたからね。裕太も、これからもっと強くなるよ」
 「はは。それは頼もしいな」
 「今度は負けないようにね」
 「いいのか? 弟より俺応援して」
 「その前に僕が負かしてあげるからv」
 「・・・・・・相変わらずだな。お前の弟好きも」
 「やだなあ。僕が一番好きなのは―――」
 「はいはいわかったから」
 「ホントに?」
 「ホントだって」
 「じゃあキスして」
 「はあ? ここで?」
 「もちろんv」
 腕を離してにっこりと笑う不二に、佐伯が頬を掻いた。
 「しょうがないなあ」
 沈む寸前の夕日が足元に作る長い長い影。その先端が1つに重なる、その頃―――







♪     ♪     ♪     ♪     ♪








 「くっそ。千石にしろ不二にしろ、なんで俺の周りにはこんなタチ悪りいやつらばっか・・・・・・!!」
 「あれぇ〜? 跡部くん。まだまだおしおき足りない?」
 「言ってねえよ!」
 とりあえず逃げる千石の捕獲に成功した跡部。嫌がる千石を無理矢理『適当に話の出来る場所』まで拉致ったはいいが―――
 『仲直り』が終わるや否や、『浮気したお仕置き』という名目でさっきから散々いろいろやられ続け、心身ともにぐったりとしていた。
 「もー満足だろ!? だったらさっさとコレ外せ!」
 ベッドに腰をかける千石を睨め上げ、荒い息の合間に怒鳴りつける。
 そんな、手錠で吊るされ床にへたり込み色っぽい声で啼く跡部を見下ろし、千石がいつものへらへら笑いを浮かべた。
 「わ〜。防音効果ありっていいね〜。もっと思う存分叫んでいいよvv」
 「話を合わせろ!!」
 「―――けどねえ跡部くん」
 「・・・・・・何だよ」
 ふと、消える千石の笑み。憂い溢れる表情でため息などついて、
 「『説得』にこんな場所を選んだ君が悪いと思うよ」
 「うるせえな! 仕方ねえだろ!? 他に場所があったらそっち行ってる!!!」
 などと千石が言う通り、
 ―――ラブホにて、その後1日かけて『仲直り』した跡部と千石であった。







♪     ♪     ♪     ♪     ♪








 ぐったりと疲れた頭で思う。
 自分は一体、どこから人生を踏み誤ったのか、と・・・・・・。



―――作戦終了大失敗!











 はい。そんなわけでせんべ
&サエ不二でした。いっや〜。佐伯×不二。初めてアニプリで見てから「あ〜佐伯ってい〜ポジションだな〜vv」とは思っていましたがまさかジロ不二より先に書くとは・・・・・・(いや厳密にはメチャバトの方でジロ不二らしきもの1本書いたんですけどね。バレンタイン話で)。う〜ん。しっかし不二様のこの甘えっぷりは対裕太に被ってるような・・・・・・。あと佐伯の性格がようわからん(爆)。なんっか普通そうでなんだか電童のスバルに被ってます。この話では。さ〜これからアニプリ見て研究(別名改造)するぞ〜!!
 そして問題の千石×跡部。いやマジで面白い。跡部様絡みの
CP。攻めだろうが(対不二様)受けだろうが(対千石さん)結局被害者にしかなりようがない彼には涙がちょちょ切れます。しっかし・・・・・・千石→跡部←不二という事で跡部を巡って千石vs不二。しかし気が付くと仲良くしてる2人に被害者は毎度恒例跡部様。そんな話もいいな〜vv という感じでパラレル『天才〜』ではせんべになりました。その成果は―――全く生かされず思ったとおり千石&不二に弄ばれてますが。
 ちなみに跡部と不二。
CPではなくこの2人の絡みはいいなあ。今後こんな感じの設定でかなり2人は親しくなりそうです。
 では、この辺で。

2003.8.7

2004.5.28改正ついでに追加。
 サエが別人だ・・・。つーか白いなあ・・・。そして跡部と不二が幼馴染みではありません。この頃まだ幼馴染み設定考慮してなかったんですよね。それでありながらサエの登場前から既にこの2人知人にしていたのか自分・・・。