「あ〜と〜べ〜く〜〜〜ん! 部屋どこ〜?」
「ああ? 401号室だな」
「んじゃ俺もラッキーのご加護でそこ引くぞ〜!!」
「勝手にしろ馬鹿が」
Sheep Deep Sleeping
またも何校も合同で行われた合宿。2人1組で割り当てられた部屋つまるところツインルームは、公平を期すためくじ引きによりペアを決める事となった。
千石が、クジを引き―――
「あ〜! 残念アンラッキー! 跡部くんと別室だ〜〜〜〜〜〜!!!」
「そりゃ、アンラッキーだったな」
クジを握り潰し悔しそうに顎の皺を寄せる千石へと、跡部が鼻にかけるように呟いた。
「サ〜エくんっv」
「はいはい。部屋の件だろ?」
「さ〜っすがサエくん。話早いな〜vv」
「にしてもお前、本気で『アンラッキー』だな」
「あっはっは。跡部くんにも言われちゃったよ」
同じ意味で笑う2人。互いの手の中で、小さなクジが微かな音も立てずに交換された。
● ● ● ● ●
合宿といえば夜這いに朝這い。そして自校のみならず他校のデータまで手に入るとなれば、この人乾が動かないわけはない。
「跡部は401号室だったな。そしてペアは―――」
先程の千石と佐伯の会話は聞いていた。部屋割りの基本はクジではあるが、引いた後部屋を交換する事に関しては特に問題はない。クジで合わない者同士が当たり1週間ケンカし続けるとなれば、そちらの方が問題だ。
ビデオカメラ片手に401号室扉前に立つ乾。ノックもせず入ろうとし―――
がちゃ。
「あれ? 乾」
「何―――?」
先に開かれた扉からきょとんと見上げてくる男に、全てを忘れこちらもきょとんとした。
「佐伯、か・・・・・・?」
「まあ見たとおり」
そこにいたのは佐伯だった。まだ起床時刻でもないこの時間、中からそれも鍵を開けて出てきたからには跡部の同室者[ペア]は彼なのだろう。千石ではなく。
予測外の事に固まる乾を他所に、一歩先を理解した佐伯は笑いながら扉を大きく開いた。
「ああ、跡部『見にきた』のか。どうぞ。ただし寝室に入るのはあと5分ほど待ってくれないか? 起床時刻は6時だろ?」
ワケがわからないままにもビデオについている時計を見やる。現在5時55分。
空いた4分と25秒を利用し、乾は謎の解明にいそしむ事にした。とはいってもこれまた佐伯に先を取られたが。
「疑問、って顔だな。俺が跡部と相部屋だとそんなに不思議か?」
「千石と部屋を変えたんじゃないのか?」
向こうははっきりとこちらの聞きたいことを察している。ならば単刀直入に尋ねるのが最も早い。
が、
「変えたよ?」
答えもまた単刀直入なものであった。『単刀直入』すぎて、他の疑問には一切答えていない。
「つまり?」
即座に方向を変える。この様子では問いた分と同じだけしか返さないだろう。問い損ねればそれだけデータを得られなくなる。
乾の曖昧な質問に、佐伯が爽やかに笑って扉を指で叩いた。
コンコンと、まるで不躾な訪問者の代理とばかりに鳴らされる扉。その上には、部屋番号を示すプレートがついていた。
「この部屋、引いたの俺じゃないんだよね」
「つまり―――千石が引いたのか?」
「正解。まあさっきのやりとり聞いてたならわかっただろうけど」
「では・・・・・・千石は引いた時点でウソを言ったというのか?」
―――『あ〜! 残念アンラッキー! 跡部くんと別室だ〜〜〜〜〜〜!!!』
部屋を変えるのは当然の事ながらクジを引いた後だ。ならば千石はこの時点で跡部と同じ401号室を引いていた筈。なぜそれを手にこんなウソをついた?
「ウソは言ってないよ。確かに『アンラッキー』だし実際跡部とは別室になった」
「それは結果論だろ? そもそもなぜ部屋を変える? 千石は跡部と同室を希望していなかったか?」
「してたね。その上で俺に譲るために」
「・・・・・・・・・・・・?」
ますますもってわからない。なぜ千石はそこまで佐伯と跡部を同室にしたがる?
眼鏡があろうと眉間による皺は隠せない。眉を顰める乾から佐伯の目線が逸れた。
部屋の中―――寝室へと向けられる佐伯の目線。その顔に浮かぶは今までのお愛想笑いではなく、優しい笑みだった。
「跡部さ、人といると寝られないんだよね」
「・・・・・・・・・・・・何?」
「寝ない、っていうとちょっと違うかな? その場にいる全員が寝てから寝て、起きる前に起きる。寝てる間も神経尖らせてる。1日2日ならともかく、さすがに1週間これが続いたんじゃいくらアイツでも合宿辛いだろうな、って事で部屋変わったんだよ」
「待て。どういう事だ?」
跡部の眠りが浅いのは何となく理解が出来る。他人といて安心するタイプではない。むしろ警戒心バリバリになるだろう。
だが、それなら千石が佐伯に変わったところで同じではないのか? 確かに佐伯と跡部は幼馴染であり気を許してはいるだろうが、それは千石に関しても同じだ。どころか・・・・・・
(跡部と佐伯のケンカが芝居だとは思えん。むしろ佐伯が同室となれば跡部は他の誰よりも警戒しないか?)
そう。跡部に最も安心感を与えたいのならば、この話は佐伯ではなく不二に持って行くべきだ。跡部の不二可愛がりは、不二の裕太可愛がりと同レベルかそれ以上。でありながらお互いその先―――恋愛感情たるものを持っていないため同室にして全く問題はない。
そんな乾の考えをもまた見越して・・・・・・というか誰もが思うであろう疑問に答えるべく、
「跡部って・・・・・・どこまでいっても『お兄ちゃん気質』なんだよな」
佐伯は謎の言葉を吐いた。
「『お兄ちゃん気質』・・・・・・?」
「多分お前、跡部が寝ない理由って警戒するから・・・って思っただろ?」
「・・・・・・」
間違ってはいない。乾は無言で頷いた。
「確かに大半のヤツにはそうかもな。ついでにこれも分類すれば警戒心ではあるかもな。
跡部はそこまで他者を受け入れないワケじゃない。割と気付いてるヤツ少ないだろうけど、この合宿にいるメンバー―――少なくとも氷帝レギュラー辺りなら気を許してる。まあ氷帝レギュラーはみんなこの辺り気付いてるだろうけどな。
でもあくまで・・・というか同じ学校だからこそとでもいうか、それこそ跡部の『お兄ちゃん気質』本領発揮って事になる。
―――お兄ちゃんは弟たちに情けないところは見せられないんだよ。お兄ちゃんは常に満点の見本じゃなきゃな」
「なるほど。隙だらけになる睡眠中は見せられない、か」
「そう。でもってそれが一番際立つのが周ちゃんと一緒の時だからね。間違っても同じ部屋には出来ないよ」
「では千石とお前に対しては?」
「千石と一緒の部屋にしておくと一睡も出来ないさ。こっちは単純に警戒してね。実際問題として千石の前で寝こけると何されるかわからない。
あと俺に関しては―――まあ問題はそのままだね。ただし立場は逆転するけど」
「それは・・・?」
「跡部と俺だとむしろ跡部が弟になる。単純に誕生日が3日俺のほうが早いってだけの意味じゃなくって、俺・跡部・周ちゃんだと俺が長男、跡部が次男で周ちゃんが末っ子って感じだから。
弟はお兄ちゃんの前でいくらでも情けなくなっていい」
「だから佐伯の前では寝る、か・・・・・・」
そして佐伯と日々行うケンカもこれによりだろう。他の者が相手の場合、跡部は最終的にそちらの意見、そちらのワガママを聞く。最後まで徹底して譲らないのは佐伯相手の時だけだ。
「そういう事。でも―――」
「でも?」
笑う佐伯の後ろで―――
壁に吊るされた時計が6時を差した。
『てめぇはまた何してやがる千石!!!』
『うぎゃあああああ!!!』
ごろん! がこん!!
「・・・・・・?」
奥から聞こえてきた音―――怒声と悲鳴と物が落ちる音とさらに硬い物が落とされる音―――を前に、
「な? 6時まで踏み込まなくて正解だっただろ?」
「何を・・・やってるんだ・・・・・・?」
「毎度恒例の朝這い。俺が先に起きてるのは被害喰らわないように。ああやって暴れる跡部のそばにいるといつ巻き添えで殺されてもおかしくないからな」
「・・・・・・・・・・・・。
部屋変わる意味なくないか?」
「かもね。けどとりあえず起床時間ぴったりまでは寝られただろ?」
「こういう起き方は余計に心労をきたすんじゃ・・・・・・」
「起き上がりざまのテンション上げ[ウォーミングアップ]には丁度いいだろ?」
呆れ返る乾。にっこり笑う佐伯にますます呆れ返る。呆れ返り―――ふと気付く。
「『でも』、何なんだ?」
先程騒動により消された佐伯の台詞。一体彼はわざわざ否定形を用い何を言いたかったのだろう。
問う乾へと、佐伯はやはり笑ってみせた。跡部の説明をする最初の段階で見せた、優しい笑みを浮かべ。
「千石、1時間半前からずっといたよ?」
「何・・・?」
「ずっと跡部のベッドの隣にいた。この状態で跡部が起きないのは珍しいだろうね。多分、いや間違いなく寄った時点で起きる。相手が千石じゃなければ」
「それはお前と一緒にいて跡部が安心していたからじゃないのか?」
「違うさ。ついでに慣れてるからでも追い出してもムダっていう諦めでもない。
実のところ跡部は俺だけじゃなく千石相手でも安心してるんだよ。ただし俺とは違う意味でね」
「だが、先程お前は千石に対して跡部は警戒すると言っていただろ?」
「言ったね。実際跡部は千石と同じ部屋だなんて言われたらめちゃくちゃに警戒する」
「なら―――」
「ところで乾、お前好きな子と一緒の部屋になって、しかも何があるかわからない状況ってなったら寝られるか?」
「何・・・!?」
それはつまりまさかそういう事なのだろうか・・・・・・?
顔にモロに動揺を表す乾へと、そしてようやく静かになった奥へと、佐伯は薄く笑って呟いた。
「知らぬは本人らばかりなり。ま、今のところはこのまんまでいいんじゃないか?」
―――Happy Endは程遠く
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はい。せんべまだまだ片想いにして何気に両想いな話しでした。ちなみに跡部は千石のたくらみ―――というかクジ結果知って(正確には感付いて)ました。なので『アンラッキー』と佐伯と同じ言葉を繰り返してたり。ただしそれが千石にとってかそれとも自分にとってかなのは、跡部のみ知るといったところで。
全体的に跡部のポジションというかなんというかはこんなもんかと。支配者[うえ]というより単純に『お兄ちゃん』ぶりたいといったところ。なお話では触れませんでしたが佐伯とだけでもなく忍足といた場合もびみょ〜に弟入るかな〜・・・・・・。
あ〜でもこれせんべ同室にしてお初物語? もいいかもな〜・・・・・・
2004.2.24〜26