酔わせる(対不二)
「よし。来たな不二」
「来た・・・けど・・・・・・」
跡部に突如言われた通り、正装で某高層ビルにやってきた不二。ここの最上階レストランといえば夜景の綺麗さで雑誌などにもよく取り上げられ、絶好のデートスポットだった。だから今日など特に――――――
「・・・・・・もしかしなくても借り切った?」
「当然だろ?」
そんな疑問に跡部が鷹揚に頷く。今ここにいるのは自分と跡部のみ。いつも満席どころか予約に数ヶ月を要するはずのところがガラガラ。予約待ちの人が見たら間違いなく怒るだろう。そう思わなくもないが。
(まあいっか)
跡部といればこの程度は珍しくもなかった。さして気にする事もなく、不二は跡部に導かれるままに席についた。余談だがもちろん跡部が椅子を引いてくれたりなどするわけはない。どこからともなく現れたボーイに笑顔で礼を言い、改めて跡部と向かい合う。
「で、今日は何の用かな?」
「せっかちなヤツだな。食事中に食事が楽しめねえようじゃ終わりだぜ?」
「まだ食事じゃないでしょ?」
「食前酒が来た時点でもう食事だ」
会話中にもとくとくと注がれる。実のところ座るなり間髪入れずにワインを持ったボーイがやってきていたのだが。
「じゃあ、とりあえずは食事を楽しもうかな」
「おいおい、警戒すんなよな。別に取って食うってワケじゃねーんだから」
「どうだろう?」
剣呑な―――それこそ取って食う事を狙う獣の眼で苦笑する跡部に、不二もまた剣呑にして妖艶な瞳で、こちらはごく普通の笑みを浮かべた。
「まあとりあえず、乾杯でもしようか」
「何のだよ?」
「なんでもいいじゃない。『跡部がまともに奢ってくれました記念』でも」
「ああ? 何だそりゃ」
「雰囲気だよ。ね?」
「ちっ」
跡部の舌打ちとグラスの触れ合う音が響き渡る。2人だけの空間を、2人は思う存分に楽しんだ。
食事の後といえば定番として部屋にも誘うわけで。
同ビルのスイートルームに2人は今いる。
「おい不二」
「ん〜・・・・・・」
跡部の腕の中で、不二が可愛く返事する。
「てめぇ・・・・・・」
「ん〜・・・・・・?」
「『酒に強い』ってのはどこ行った!!!???」
そう。跡部の腕の中で―――
――――――不二は完全に酔っ払っていた。
かろうじて部屋へと引きずって行きつつ、跡部はガラガラと崩れていく本日の計画に心の中で涙するしかなかった。
(くそ・・・!! 最上の条件で食事して、いい雰囲気で部屋に行って、そこで俺様の美技に酔わせるって手はずはどこ行った・・・!!)
確かに酔ってはいる。ただし想定とは全く違う意味で。
確かに部屋には来た。いい『雰囲気』ではなくいい『避難所』として。
(あ゙あ゙!? なんだこの最悪のバレンタインは!!)
誰にもぶつけようのない怒り。不二は酒に強い筈だった。その証拠にウイスキーを麦茶だと偽りフラフラに疲れたところに一気飲みさせてもけろりとしていた(注:危険ですので止めましょう)。それがなんでたかだか食前酒含めワイン3杯こっきりでダウンする!?
「おらベッドついたぞ。さっさと寝ろ」
「ふあ〜・・・・・・」
本来なら全く別の用事で使う予定だったダブルベッド。ベロベロに酔った今の姿を見させられればその気も失せる。
言われるまま、導かれるままベッドへと転がり込む不二。支えとして跡部の首に腕を絡めたまま。
2人してベッドに倒れ込む。格好としては自分が不二を敷いている状態。
今すぐにでもキスが出来そうなほどの近距離にて。
「へへ〜。おやすみ、景」
とろりと溶けそうな笑みで不二が瞳を閉じた。ゆっくりになる呼吸。
幸せそうなその寝顔に。
「ったく・・・・・・。
――――――いい夢見ろよ、周」
まるで蝶が花に止まるように、一瞬だけ触れるようなキスをし、跡部も不二の隣へと寝転んだ。
さらさらの髪を梳く。気持ちよさげに深くなるその笑顔が、
―――無意識のものなのかそれとも本人が望んでそうしたのか、それを知るのは不二のみである。
―――バレンタイン・トリッカー
2004.2.15