物で釣る(対ジロー)
「ジローつったらこれっきゃねーよな」
普通にチョコを送るのとどう違うのかと問われると辛いものもあるが・・・・・・
とりあえず気にせず、跡部は今日自分がもらったチョコをまとめジローの元へと向かった。その中にはもちろん自分の分も紛れ込ませ。
「おいジロー」
「んにゃ? 跡部〜、どうした?」
「コレいるか?」
差し出すは件のチョコの詰まった紙袋。お菓子好きのジローが断るわけもないだろう。
案の定―――
「え!? くれんの!? マジマジ!? 超うれC〜!!」
目を輝かせ、紙袋に飛びつくジロー。これがなんなのかわからないわけでもないだろうに。ついでにこちらに来る前ジローのいた位置にこれまた大量のチョコがばら撒かれていたりする。
それらを前に、極めて珍しい跡部の愛想笑いが面白いように引きつるが、とりあえずジローは袋の中身に夢中で気付かなかったようだ。
「んじゃまずこれいただきっ!!」
がさごそと漁った後取り出したもの。偶然だろうか、それは多数のダミーの中に紛れ込ませた『本命』だった。
「あ、ああ・・・・・・」
一発で当てたジローに、反応が遅れる。一瞬だけ、くだらない事を考えてしまう。
―――コイツ知ってて選んだんじゃねーよな・・・・・・
違うに決まっている。わかるわけがない。大体わかったならむしろ避けるだろ?
「いっただっきま〜す♪」
摘んだチョコをはくっと一口で食べる。よし。食った。
飲み込んでしまえばもう戻す事は出来ない。チョコを受け取った以上この告白も受ける義務が出来る。
(クッ。何にしろ、俺様の勝ちだな)
が―――
ジローはチョコを飲み込まなかった。
歯で噛み、溶かすだけ溶かして、
―――跡部の口へと流し込んだ。
「んぐ・・・・・・っ!?」
いつもの眠そうなボケボケ振りはどこへ行ったか、実に鮮やかな手際で跡部の両手を拘束する。
2人の口の中を充満するチョコ。わざわざ外国から取り寄せた高級チョコの醸し出す味か、それともそれをべっとりつけたいか動き回るジローの舌のせいか、跡部の口中に今まで味わった事のない濃厚な味が広がった。
「ふ・・・あ・・・・・・」
離れる2人の唇。間に伸びる茶色の糸が・・・・・・切れた。
「どういう・・・つもりだ・・・?」
荒い息を落ち着け問う跡部。垂れた唾液を舐め取り、ジローは跡部を睨め上げるように見上げて笑った。
「跡部〜。紛れ込ませんなら特注品は止めた方がいいよ?」
「何・・・・・・?」
「忍足とか鳳とかってみんなチョコいっぱいもらうじゃん。一通り回るとどういうチョコあるかわかるんよ。店の名前とか種類とかさ。
んで―――」
跡部に『もらった』チョコを掲げ、
「このチョコ、前に跡部がおやつに食べてたの以外じゃ見た事ないんだよね」
「ぐ・・・・・・!!」
そこまでは考えていなかった。いや、これを食べて普通の環境下にあったためそれが身の回りにないと気付かなかった。
「で・も」
ジローの笑みがさらに深くなる。嫌なものになる、といった方がいいか。
「やっぱ跡部から直接聞きたいんだけど?」
「な゙・・・・・・!!!」
(マジかよ・・・・・・)
言おうとは思っていた。だがあくまでそれは何も知らない相手を前提にしたものであって、既に知っている上で待ち構える者を相手にした設定ではない。
勢い、とか、ノリ、とか、そういったものが使えないおかげで覚悟と恥ずかしさは前者の数倍に達する。
期待たっぷりの瞳で見つめるジローを睨み付け、
跡部はジローが持ったままのチョコを無理矢理奪い取った。
中から適当に1つ取り出し、ジローと同じように口に含む。ただし一切噛みはせず溶かしもせず。
「うおっ・・・!?」
今度は逆にジローを拘束し、驚きに開かれる口にチョコを突っ込む。
返品不可とばかりに追うように唇を付け、ジローの口の中で完全に溶かした。
「ぷはっ・・・あ!!」
大きく息をつくジローを今まで以上に険悪な瞳で睨み付ける跡部。その目元は酸素不足とは違う(だろう)意味で紅く染まっていた。
「これが! 俺様の気持ちだ!!」
逆切れ風に言い放つ彼に、
ジローが思い切り飛び掛った。
不意をついた攻撃にはさすがに堪えきれず、跡部が背中から芝生へと着地する。
「何しやがる!!」
首から上だけ起こして怒鳴りつける。首から下は―――のしかかられているため動かせない。
「跡部! 大好き!!
跡部に抱きついたまま、ジローが笑って言う。本当に嬉しそうなその笑顔に。
「だったら最初からそう言え」
ため息を付いて、跡部はジローの頭を撫でた。その顔はとても優しそうだったというのが、たまたまそれを目撃、卒倒して保健室に担ぎこまれた女生徒の証言。
―――バレンタイン・キッシーズ
2004.2.14