裕太が青学に行くからと青学入学を決意した不二。お前1人だと心配だとついてきてしまった跡部。さらに面白そうだとこちらも青学へ入学してきた佐伯。とりあえず彼らは当初の目的どおり、裕太を待つためテニス部に入部した。








Cross with Bogy
               〜化物たちの邂逅〜








 青学男子テニス部。そこには、自分達と同じ1年で既に有名人がいた。
 手塚国光。
 1年にして先輩らをあっさり倒す彼は、あの跡部にすらも「ほお・・・」と軽く唸らせるほどの実力を持っていた。
 が、
 「これがあの名門青学テニス部かよ。ある意味氷帝上がってなくてよかったな。こんなトコ間違ってもライバル視したかねえよ」
 「俺はそのまま六角上がってても関係なかったな。これじゃ関東なんて夢のまた夢だろ?」
 「まあまあ」
 一方彼の対戦相手となる『先輩たち』は、この不二を持ってすら苦笑以外の何も引き出させられない程度の存在でしかなかった。実力よりも、心構えの点で。
 自分を負かした手塚を忌々しげな目で睨み付ける上級生ら。1年なので1年らしく球拾いをしながら(初日で文句を垂れようとした跡部を残り2人が強制的に負かしたため、彼もまた今はおとなしく従っている。上級生にというより、2人に)、跡部は目を細め、佐伯はごく普通の眼差しで、そして不二は元々細い目のまま、完全に呆れ返っていた。そういう悔しさしか湧かないのならば、はなから試合など挑まなければいいのに。
 「ンなトコ来年裕太は入んのか? テニス嫌いになんねーか?」
 「どころか入んないかもね。スクールに行っちゃったりして」
 「だったら俺達は何のためにわざわざ青学まで来たんだか」
 「というかその理屈じゃ俺が一番虚しいよな。わざわざ千葉からこっち出直してきてさ」
 「ハッ。残念だなあ、佐伯。いちいち来ねえで素直に六角上がってりゃよかったんだよ」
 「別に俺は戻ってきたってだけだからいいけどさ、むしろお前だろ悲惨極まりないのは。せっかくの氷帝帝王としての輝かしい未来を見事なまでに棒に振った成果がコレ」
 「・・・うっせーよ」
 かなり痛いところを突いたらしい。一定テンポで進んでいた会話が崩れた。
 静まり返ったそこに、
 「まあ、9月からは僕たち1年もレギュラーになれるっていうし、そしたら裕太が来やすいように、根底から変えてあげようね
 いつも通りの穏やかな笑顔で、不二がとんでもない発言をする。
 立ち直った跡部はぽりぽりとこめかみを掻き、
 「ま、俺様がやるんだ。当然だろ?」
 不二以上の問題発言をぶっこいていた。







・     ・     ・     ・     ・








 そんなこんなで3人の幻滅を買いながらも表面的には特に何も変わらず進んでいく日々。限りなく危うい均衡の上に成り立っていた日常は、
 ―――割と早く終わりを告げた。





 1年仮入部から1ヵ月後の5月。
 「コノヤロウ、左利きのクセに右でやってやがったんだぜっ!!」
 「はーん! 俺達相手に利き腕はいらねぇんだとよ!!」
 後ろで湧き上がるざわめきに、素振りをしていた跡部はぴたりと手を止め振り返った。
 「オイそこ1年! ちゃんとや―――!!」
 「あんだよ。うるせえなあ」
 何か言いかけた指導[みはり]役の上級生を台詞通りの五月蝿そうな眼差しで黙らせ、そちらを見やる。2人も付き合い、笑いながら後ろを見た。
 「如何に日々アイツを見ていなかったかの証明だな。少し見てれば左利きな事くらいすぐわかる」
 「へえ、さすがサエ。左利き同士の勘?」
 「そんなのあったら右利きのヤツ大変極まりないだろ・・・・・・」
 「ああそれは確かに」
 謎な会話を繰り広げる佐伯と不二はいつものことなので放っておく。
 「まず気付くほどの頭がありゃそもそも歯向かわねえだろ。明らかに実力が違いすぎる」
 「ふふ。君でも?」
 「ざけてろ」
 そんな事をホザく不二もまた一蹴し、跡部はラケットを持ったままのんびりとそちらへ歩み寄っていった。
 なおも気付かず続く争い。
 「小学生のチャンピオンだか知らねーが、俺達青学が新1年にナメられてたんだぜ!
  もうガマンならねえ・・・。そうだよな。左手使わねぇんなら―――」
 手塚と試合をしていた男が息を吸う。ラケットを振り上げ―――
 「こうしてやるよ!!」
 『やめろ!!』
 響く悲鳴。目を瞑る一同。手塚もまた、覚悟を決め無表情な中で歯を食いしばり・・・・・・
 ―――後ろから肩を引かれた。
 「―――っ!」
 ガキィ―――!!
 人間の体からは出ないであろう硬質音。男の振り下ろしたラケットは、もう1本のラケットに当たり、そこで止められていた。
 「な・・・!?」
 男の、さらには一度目を瞑りながらも妙な音の前に開かざるを得なかった一同の視線が1箇所に集まる。手塚―――のすぐ後ろにいた跡部に。
 片手でラケットを持ったまま、もう片腕を手塚の肩に乗せた跡部が、いつもどおりのふてぶてしい笑みで男を睨め上げていた。
 「よお先輩。何お門違いな事ホザいて後輩に暴力振ってんだ? アーン?」
 「お、お前何―――!!」
 「左利きのクセに右でやった? だから何だ?
  俺達青学が新1年にナメられてた? 当然だろ? ナメられる程度の実力しかねえんだから」
 「コノヤロ―――」
 「あん? 何怒ってやがる? 俺は当り前の事を言ってるだけだろ。どうしてもわかんねえって言うんなら、証明してやろうか?」
 跡部の笑みの種類が微妙に変わる。見る人が見るならわかるだろう。あれは標的を前に舌なめずりする笑みだ。
 そう『見る人』が思うとおり、跡部は顔の向きを先輩から手塚へと動かしていた。まだ腕は乗せたまま、剣呑かつ魅惑的な笑みで誘う。跡部が手塚の実力[コト]をそれだけ見極めているのなら、同時に手塚も跡部の実力を察しているだろう。たとえ他の1年同様素振りなどの基礎練しかしていなかったとしても、テニスを齧った事がある者ならばその1つ1つを見れば突出した彼の腕はすぐわかる。・・・・・・いつも隣に同等の実力を持つ不二だのそこまでは行かずとも一般値よりは明らかに高い佐伯だのがいるおかげで若干標準が狂うが。
 「相手にそれだけの実力があんなら必然的に利き腕使うんだろ? それで使わねえのはただの意気地なしだ。それこそここにいる他の連中と同じでな。
  さてどうするよ手塚。俺様の誘い、受けるか? それとも受けないか?」
 あまりの『誘い』振りに騒然とする一同の中で、
 「相変わらず上手いね、人乗せるの・・・・・・」
 不二は口に手を当てくすりと笑うだけだった。実に彼らしい挑発だ。乗らなければそれこそ『意気地なし』となる。
 「さって、どう出るかな?」
 同じく楽しそうに笑う佐伯の前で、乗らなかった冷静な手塚が断ろうと口を開き・・・・・・
 「跡部、って言ったよな。今は部活中―――」
 「テメエ上等だ!!」
 「だったら証明してもらおうじゃねーか!!」
 怒った先輩方が、手塚の意見完全無視で当事者2人を舞台へと祭り上げた。
 「決定だな」
 「・・・・・・・・・・・・」
 2人以外誰もいなくなったコートで、頷き跡部が肩から手を下ろした。逆側へ歩きかけ、ふと止まる。
 「なあ手塚、てめぇ今『小学生のチャンピオン』だの言われてたが、何のチャンピオンだ?」
 振り向く跡部の目。先ほどまでの壮絶なほどの闘志はなく、ただ疑問げに見開かれていた。
 「大した事じゃないさ。
Jr.大会小学生の部、4〜6年3年間連続優勝だっただけだ」
 十二分に大したものである。その証拠に、初めて知らされた者は大いに騒いでいる。
 が、手塚同様さしたるものと思っていないらしい跡部がさらに質問を重ねる。
 「4〜6年? その前はどうした?」
 「出ていない。半端な実力での大会参加は相手に失礼だから」
 「ほお・・・・・・。
  ―――そりゃ残念な事したもんだ」
 「え・・・?」
 「何でもねえ。さっさとやんぞ」
 「・・・・・・ああ」
 再び跡部が歩き出す。ポールを回り、逆のコートへ・・・・・・
 移動している間に、今度はのんびりと近寄った佐伯が声をかけた。
 「なあ、手塚―――って、呼んでいいか?」
 「ああ。いい―――」
 「じゃあ手塚」
 呼びかけ、指を2本立てる。読めない薄い笑みのまま、
 「跡部と対戦経験ありの者として忠告しておくよ。本当にテニスに適した利き腕が左なら、さっさと持ち替えるかさもなきゃ絶対持ち替えない方がいい。半端に立ち向かえば腕、潰されるぜ?」
 「え? それってどういう事だい?」
 訊いてきたのは大石だった。手塚とこの頃から一緒にいた彼としては、今の佐伯の発言は気になってたまらないだろう。
 が、
 「さあ? 言ったまんまだろ?」
 「つまり・・・、それだけのパワーがあるって事かい?」
 「だけだったらむしろ楽だよな」
 のらりくらりとかわしていく佐伯に、大石が詰め寄ろうとする。
 ―――より早く。
 「オイ。なんで俺の情報ばっか垂れ流しやがる、てめぇは」
 「ははっ。なんで? それこそ滑稽な質問だな。俺はハンデを0にしてるだけさ。お前は手塚のプレイを充分見たけど、手塚はお前のプレイをロクに見た事がないだろ?」
 「俺だってねえよ。手ぇ抜きまくってるトコしか」
 「だから俺も半端にしか答えない。な? 公平だろ? それともそれじゃ何か不満か?」
 「ちっ・・・・・・。もういい」
 髪を掻き上げた跡部が、ため息と共に文句を撤回する。こいつ相手にはどうも口で勝てた試しがないような気がする・・・・・・。
 「まあ後は、
  ―――金の価値を知る者は、その卵を割ろうとは思わない。お前と同じ理由さ、跡部」
 「ああそうかよ」
 跡部が先ほど上級生の暴挙を止めたワケ。手塚と対戦する口実を手に入れるのと同時―――彼の腕を潰させないためだった。あれが当たっていたならば、その場ではともかく後々は確実に彼のテニス人生に影響を及ぼしていた。
 「んじゃ始めんぞ」





 といい始められる勝負。サーブは(何故だか極めて珍しく)トスで勝った跡部だった。
 「絶望への前奏曲を聴きな!」
 そんな言葉とともに、第1球が放たれる。まだ中学生、しかもなったばかりのあんな小さなお子様が出すとは思えない球速に、周りの見物人たちが目を見開いた。
 その中で―――
 (ふーん・・・・・・)
 大体跡部のやりたい事を察し、不二は唇を尖らせ小さく頷いた。隣を見れば、佐伯もまた同じ事を察したらしく、苦笑している。
 手塚はラケットを右手に持ったままだ。彼としては最初は様子見のつもりだったのだろう。
 ―――それが、跡部相手では命取りになるとも知らず。
 「速いな」
 目で追うのも難しい球を、しかし手塚はしっかりと見極めていた。見極め、追いつき、スイートスポットで打ち―――
 「ん・・・・・・?」
 速いだけではない。重い。打球にスピンがしっかりかかり、まるでえぐるようにラケットに食い込む。
 かろうじて返しはしたが、その球は山なりのロブとなった。
 ロブとなり―――既に跡部の待機していた場所へと落ちていく。
 「な―――!?」
 周りが驚くのも無理はない。行動が早すぎる。サーブを打って即座に動いたというのか。
 エスパーか、さもなければ相手の動きから風まで、コート内の全てを支配してでもいなければ当然不可能な行為。
 チャンスボールに飛び上がり、跡部が手塚を見下ろしながら薄く笑った。
 「俺様相手に右手で挑んだ事、後悔するんだな」
 ガシャン―――!!
 打たれたスマッシュ。手塚のラケットグリップ部分に当たり、弾き飛ばす。
 再び上がるロブ。今度は普通に決めてくる。ラケットのない手塚にそれを防ぐ手はなかった。
 「・・・・・・・・・・・・」
 沈黙する周りに代わり、不二が口を開いた。さらに佐伯が口笛を吹く。
 「
15−0。さすが跡部、超速攻大好き人間だけあるね」
 「相変わらずえげつない攻撃だな。まあ、華がある分見てる方としては面白いけどな」
 「うっせー。余計な台詞入れずに普通にコールしろ」
 「だって俺審判じゃないし?」
 「同じく」
 3人のやり取りにあわせ、周りにもざわめきが戻って来る。
 「嘘だろ・・・? 何だ? 今の・・・・・・」
 「あの手塚が、一方的にやられた・・・・・・?」
 その中で―――
 「思い出した・・・。アイツ、跡部って・・・、帝王・跡部景吾だ・・・・・・。今まで静かにしてたからわかんなかったけど・・・なんであんなヤツまで青学に・・・・・・?」
 わなわなと震える先輩その1に、他の部員らが首を傾げる。
 「え? お前アイツ知ってんの?」
 「でも別に大会とかに出てるってワケじゃ―――」
 「出てんだよ。1回だけだけどな・・・・・・」
 「1回だけ・・・・・・?」
 「ああ・・・。アイツ、
Jr.大会小学生の部で、1年で優勝しちまった化物だ」
 「な・・・!? 1年で!?」
 「嘘だろ!? ありゃ高学年だって出てんじゃねえか!!」
 「だから化物だって言われてんだろ・・・。
  だが・・・、アイツは氷帝学園にいたはずだ。だから・・・後々はあの氷帝を引っ張っていく『帝王』になるってみんな言ってて・・・・・・!」
 「ひょ、氷帝の・・・・・・!?」
 「本気で、なんでそんなヤツがウチに・・・・・・!?」
 むやみやたらと盛り上がる一同を横目に、跡部がくしゃりと髪を掻き上げため息をついた。別に隠していたわけでもなければ、知られたからどうするという事もない。むしろはっきり言って一応都大会には出場するだろうに、氷帝の、ひいては自分の情報を全く得ていない事に嘆きを覚える。
 「別に大した理由じゃねえよ。そこで笑ってる馬鹿が青学行くなんて馬鹿なこと言い出しやがったからお守りで来ただけだ」
 「あ、酷いなあ跡部。そこまで言わなくったっていいじゃないか」
 「くっそ・・・。なんで俺様がわざわざンなトコ・・・・・・!」
 「一応行っておくけど僕は頼んでないからね。
  けど―――」
 笑顔で釘を刺した不二が、ふいに微笑んだ。いつもの笑顔とはまた違うそれで。
 「いいじゃない。丁度いいヒマ潰しが見つかったんだし」
 あまりの言い振りに非難の目を向ける周りを無視し、不二は今度は手塚へと話し掛けた。楽しそうに手塚を見つめ。
 「さっきサエが言いそびれてたけどもうひとつ。この勝負は受けておくと君にも損はないと思うよ」
 「つまり・・・?」
 「跡部が大会に出ないのは出てもつまらないからさ。面白みのない試合に盛り上りようのない勝利、努力無しに得られた優勝そして屈辱としか取れない周りからの賛辞。
  ―――君にも覚えあるんじゃないの?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 黙る手塚。沈黙を肯定と取り、佐伯が言葉を受け継いだ。
 「確かに今この場では跡部はお前に勝てないだろうな」
 「あん? てめぇそりゃどういう意味だ?」
 「どうも何もそのままだろ? 『帝王』なんていうのにふんぞり返ってるお前と手塚とじゃ実力に差がありすぎる」
 「佐伯、てめぇ・・・・・・」
 ぎしり、と歯を軋ませる跡部に、さらに佐伯が遠慮0で畳み掛ける。
 「それこそ何怒ってんだ? 俺は思った事言ってるだけだろ? お前のさっきの言葉を借りるなら『気付くほどの頭がありゃそもそも歯向かわねえだろ。明らかに実力が違いすぎる』か? 生憎と俺はお前と違って『気付くほどの頭』はあるからな」
 「この野郎・・・・・・!」
 ふんぞり返ってなどいない。その座を手に入れるのに、それを維持し続けるのに、どれだけの努力を払っていると思っているのだ? 周りは誰もが当然だと思っている事。だが生憎と自分は天才でもなければ超人でもない。いや、天才だろうが超人だろうが何もしなければ『ただの人』だ。世の中それほど甘くはない。
 ―――と、今目の前にいるコイツならばその事を分かっていると思っていた。自分と最も近いところにいるコイツらなら・・・・・・。
 ふいに、佐伯が違う話をし始めた。
 「裕太君、なんで青学来たがったか知ってるか? 去年の
Jr.で手塚を見たからさ」
 「・・・・・・何が言いてえ?」
 「さすが裕太君。不二の弟だけあるね。こういうと怒られるだろうけど。
  不二共々見る目は確かだ。お前より強い―――そう判断したみたいだ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「ついでに俺もそう判断した。だから裕太君に勧めた。おかしいと思わなかったか? 裕太君、進路を決めるには小5はまだ早い」
 「まさかてめぇ・・・・・・」
 しれっと言う佐伯に、跡部の頭の中でパズルが組み立っていった。
 佐伯に手塚を勧められた裕太は、そいつの通うであろう青学へ行くと不二に告げ、そして不二は自分へそれを言い、自分は不二を追って青学に・・・・・・
 組み立てられると同時、それが正解だと告げられた。
 佐伯は視線を跡部から不二に移し、
 「そんなワケで、悪いね不二。裕太君共々利用させてもらったよ」
 「別に僕はいいよ? 僕も同意見だしね。―――まあ裕太を使われた事に対しては少し怒りたいかな?」
 「ははっ。じゃあ今度はケーキでも持って謝りに行こうかな」
 ひとしきり軽く笑い―――視線を跡部へと戻す。
 ひたとその、真っ直ぐな瞳を見つめ、
 「退屈なんだろ? お前」
 今までとは微妙に違う笑みを浮かべてきた。優しげに、眩しげに、そして、少し寂しげに。
 初めて向けられたそんな目に、跡部は開きかけた口で何も言わずゆっくりと閉じていった。
 代理といわんばかりに、不二が言葉を発する。
 「さっき金の卵の話してたよね? それを持っていることを、誰よりも自覚していないのが君だよ、跡部」
 「ああ? 俺は―――」
 何か言いかけた跡部をさらに遮り―――、
 「してないよ。君はまだ自分に眠る力の表面をなぞっているに過ぎない。それこそ他のものと同じ、ただ器用貧乏がテニスにも手を出してみただけさ」
 自分はテニスに関して天才的なセンスがあるとよく言われる。そのせいだろうか? 人の隠された実力を見抜くのは不思議と得意だ。
 そしてもうわかっている。跡部は最早自分たちを相手にする時ですら無意識で手加減していると。自分たちではこれ以上彼の力を引き出す事は出来ない、と。
 佐伯の言葉。跡部が『ふんぞり返る』のは仕方ないのだ。跡部は絶対的な強さではなく相対的な強さを求める。トップには興味があってもその上を追求しようとはしない。当り前だ。でなければあらゆる物事においてトップに立つことなど出来るはずがない。
 だからこそ・・・・・・次点に立つ自分達が届かなくなった時点で跡部もまたその上を目指すのを止めた。もっともっと上に、周りからのトップではなく本当の意味での頂点へ行けるというのに、自分達が彼のそのチャンスを潰している。
 佐伯も悟っていたのだろう。だからこそ・・・・・・・・・・・・
 ――――――『更なる上』を用意した。
 「てめぇ・・・。さりげにバカにしてねえか?」
 「さあね。でも―――」
 再び視線が手塚へと戻る。
 「手塚。たった1球とはいえ、直接戦ったならもうわかったんじゃない? 跡部は君の―――」
 「いいライバルになる、か・・・・・・」
 不二の言葉を続け・・・・・・手塚は本当に小さくながら、笑みを浮かべた。
 ―――『そりゃ残念な事したもんだ』
 試合前、自分が
Jr.大会に出場していた話をした時の跡部の言葉。
 (大会に出続けていれば、もっと早く対戦できたのに、か・・・・・・)
 まさか跡部そう思っていたとは。
 手塚がテニスを本格的に始めたのは小学1年の時。
Jr.大会で同じ1年で優勝した者がいる、という話を聞いたからだった。それこそ『器用貧乏』らしい自分は何をやっても1番に立つのが普通と思われるほどに大抵の物事はこなせ、同時に張り合う相手がいなくてつまらなかった。彼となら張り合えるんじゃないか、その思いだけでテニスを始め、3年後の4年の時には恐らく彼にも恥じないであろう実力を身につけJr.大会に出てはみたが、その少年はいないらしくやはりつまらない優勝を手に入れ。それでも3年間出続けたのは、いずれは会えるかもしれないとそんな期待があったからだ。
 だが・・・・・・
 (まさかこんな所で会えるとは・・・・・・)
 かろうじて得ていた情報といえば彼が氷帝生だったということ。だからこそ自分は青学へと入った。氷帝のライバルとなれそうな青学へ。いずれレギュラーとして大会に出て、今度こそ対戦するために。
 「頼むよ手塚、もう俺達の手には負えないんだ。その化物」
 言葉とは裏腹に、とても懇願しているようには見えない佐伯の笑顔。実際頼んではいないのだろう。そんな事をせずとも自分が受けるのを承知の上で。
 無言で、手塚は拾い上げたラケットを左手に持ち替えた。跡部が自分の捜し求めていた相手だとすれば、そしてこれだけの実力を持った相手ならば手加減する理由などない。
 ネット越しに、向かい合う。跡部は笑みを浮かべていた。先ほどと同じ、いやそれ以上の剣呑かつ魅惑的な笑み。鋭すぎる刃の如く、触れただけで己を傷付けるのにそれでも触れようとするのは止められない。
 「なら・・・
  次行くぜ!」
 「ああ・・・・・・!」







・     ・     ・     ・     ・








 「ゲームセット! ウォンバイ手塚。7−5」
 結局審判を交代しての不二のコールに、その場にいた全員の肩がゆっくりと降りた。長々とつくため息。失望や安堵などの類ではない。酸素不足によるそれ。まともに息をつぐ暇すらなかった。
 「ああくっそ・・・。負けちまったか・・・・・・」
 言いながらも、跡部の顔は晴れやかだった。今まで叩きのめされては忌々しげな目で睨みつけていた先輩たちとは全く違う。
 「う〜ん。予想はしてたけどなんか新鮮だね。本気で負けるとは」
 「ホント。お前がまともなルールで負けるのなんて珍しいな」
 「・・・・・・・・・・・・ああそうだな。そうだよな」
 心底感心する2人に、晴れやかだった跡部の顔が一気に引き攣る。
 「・・・・・・。まともなルール?」
 「ああ、跡部はね、特殊ルールを付与すればするほど負けるんだよ」
 「・・・・・・・・・・・・。つまり?」
 「ラインの重なる点6箇所―――ああ、もちろんシングルスコートね―――より半径1
m以内にしかボールをバウンドさせてはいけないとか、コート中にボールぶちまけて当てたり蹴飛ばしたり踏んづけたりしてはいけないとか、そんなルール付けるとかなりよく負けるんだ」
 「てめぇらが卑怯な手ばっか使いやがるからだろーが!!」
 「わかってんならあっさり引っかかるなよ。お前本気でバカだな」
 「わ〜いわ〜い跡部のば〜か♪」
 「うっせー!!!!!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど」
 なんとなくわかったような気がする。跡部が2年目以降大会に出てこなかった理由。身近にいる相手が強すぎるからだった。
 (そんなルールで試合なんて、まず普通成立しないだろうな・・・・・・)
 彼らは先ほど自分を卑下した言い方をしていたようだが、それだけの事が出来れば大会に出たのならば充分上位を狙えただろう。いや・・・
 (そういえば・・・・・・)
 今になって思い出す。件の
Jr.大会、その年は優勝どころか表彰台全てを1年が勝ち取ったとして話題となったのだ。確かその時の2位は不二、3位は佐伯といったか。
 そして跡部もまた、わざわざ大会に出てつまらない思いをせずとも身近で充分『ヒマ潰し』は出来ていたのだろう。
 ・・・・・・そんな事に、少し嫉妬を覚えてみたりもする。
 「ま、なんにしろ・・・
  これからよろしくな、手塚。てめぇは俺様が直々に倒してやるよ」
 負けてもなお倣岸不遜なその態度。だが、どうやら自分は彼に気に入られたらしい。試合終了時の挨拶というだけの意味ではないであろう差し出された右手を前に、手塚もまた右手を出し―――
 「―――じゃねえよ」
 それを無視した跡部が、さらに前へと手を差し出してきた。ラケットを持った左手を持ち上げる。
 とてもあれだけのプレイをしたとは信じ難い細く綺麗な手で、手塚の手を丸めていく。
 おおむね丸まったところに、改めて跡部は自分の拳をこつりと合わせてきた。
 「・・・・・・・・・・・・?」
 ぱちくりと瞬きする手塚へと、佐伯が笑って解説を入れる。
 「跡部式、左利きとの挨拶の仕方」
 「なるほど・・・・・・」
 今まで一般に合わせ右手で握手をしてきたが、これはこれでいいかもしれない。少なくとも、跡部の中では自分は左利きとして認められたのだろう。
 手塚は下げられかけていた跡部の拳に、自分もまた拳を軽く合わせ言う。
 「こちらこそ、よろしく頼む」
 「・・・・・・」
 一瞬だけ驚いた顔を見せ、
 跡部は極上の笑顔で答えた。
 「―――当然だろ? なあ」







・          ・          ・








 その後即座に行われた改革。1年も含め全員参加でのランキング戦にて、青学の権力は現在の弱小2・3年から一気に変わった。
 跡部と手塚の2トップの下、跡部も認める不二や佐伯、黄金ペアとして早くも実力を発揮し始めた大石に英二、知能テニスでは誰にも負けない乾など、掘り出し物がぞくぞく見つかった青学は異例の1年
Onlyのレギュラー陣で大会を勝ち進み、立海大付属中に続き全国2位までいってしまった。





 そして翌年、青学に入って来た渦中の人物・裕太が目にしたものは・・・・・・
 「ええっと・・・・・・・・・・・・」
 それだけ呟き黙り込む。それ以上の言葉が思いつかなかった。
 主に跡部により私物化されたテニス部。しかもその跡部はより強い力―――かの2人の言いなりに近い。部活内は怪しい汁とそれ以上に怪しい練習に毎日死人(いろんな意味で)続出。
 目を逸らしてその場を立ち去っても、学校内にいる限りいつでも言われる。
 『お前があの不二の弟か!?』、と。
 肯定すれば7割方の相手にはそそくさと逃げられ、残り3割程度の物好きにはやれ誰か呪えだの傀儡の術はどうやるのかなど言われ、



 「こんな学校辞めてやる〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」



 そう怒鳴り、ルドルフへと逃げ込むのは入学後僅か5ヶ月後のことだった。





―――Fin












・          ・          ・

 そんな感じで跡部様以下1名青学入学記でした。ある意味夢です。跡部&手塚の2トップ。本気でサクサク全国準優勝しそうです。なおあくまで準優勝なのは私的設定として、関東大会決勝時までの登場人物でのテニスの強さ(シングルスのみ)順位付けにて、1位=幸村、2位=手塚・真田、3位というか4位=跡部、5位以降にその他いろいろといった感じだからです。幸村基準で強さの度合を見ると、1セットマッチで手塚と真田は4ゲームくらい、跡部は3ゲームくらい取れそうだ。なおこの順位はジャンフェス2004における許斐先生のお言葉―――を微妙に脚色加え(素直に正確な言葉を憶えていないと言いましょう)、『1番強いのは真田、しかしまだ試合をしていない幸村と、あと手塚も気になるところ』よりです。私はまだジャンプ本誌にて現在少しずつ取り上げられているらしい幸村についての情報を得ていないため彼がどの程度かはわかりませんが、彼はシングルス版の地味'並に必殺技や大技はないけど地道〜に基本を全て押さえ、相手に勝つと思います。何より強くて恐ろしいのはこういったタイプでしょう。さりげに手塚や跡部また不二、特に跡部も必殺技ばっかりに目が行きがちですがこの中に含まれるんじゃないかな、と。ふ〜、しかし『一番強いキャラは誰?』で跡部が掠られもしないとは・・・・・・。
 そして跡部が手塚より下にいる理由は本編のとおり。私の中での跡部はこんなものです。人のトップに立てればそれで
OK。それより上はどうでもよしです。これまた見ようによっては不二に似ていたり。この人が『本気』を出すかどうかは相手次第です。
 さてこの話、元は跡不二の『
The Secret is Woman Woman?』のanother story、跡部が青学にくっついてきた場合、でした。しかしそうするとなぜか手塚とむやみに絡み、跡不二ではなく塚跡になるため別モノにしました。う〜む。最近塚跡好きです。跡部が青学に入っていたなら本気で手塚といい友情だかなんだかを築いていそうです。さりげに不二・佐伯・跡部そして手塚4人の友情物語は面白そうだ、などと書きつつ思ってみたり。CPが塚跡なら対するはサエ不二か? しかしこの2人はわざわざカップルになどならずヘタな恋人以上に親しい友人として塚跡ダメダメカップルに茶々入れまくって欲しい。塚跡は本気で遅々として進まなさそうだ・・・。中学生日記とかそういった類を超越して最早野生動物観察記の如く、1つ1つの行動で数ヶ月はじっと見守る忍耐力が必要そうだ・・・・・・。
 ではむやみに長くなりましたあとがき、そろそろ〆にさせていただきます。なおこの話、最初は跡部のみくっついていっていたのを、不二の台詞が片っ端っからサエに言わせた方が良さそうだったため急遽サエと千石さんを増やし、結局千石さんを削りサエのみにしたためかなり途中で流れがおかしい事をお詫びいたします。
 では今度こそ。

2004.5.13



 そういえば中1時点における手塚の口調がよくわかりません(爆)。原作何度も読み返してみましたが、台詞少な〜い・・・・・・。なので微妙に? 大人びたものと子どもっぽいものが混ざってます。というか最終案として出来る限り手塚の台詞削りました(最悪)。すみません手塚及び彼の
Fanの方。しかし「そーかな」と伸ばしていたかつての手塚。想像出来ねえ今の手塚からは・・・・・・。
 ついでになぜか誰と絡んでも損しかしていない裕太。今回青学入学の理由を変えてみました。そしてこの方が彼の名台詞(?)、『どいつもこいつも周助[アニキ]、周助。もうウンザリだ』へとまともに繋がる・・・・・・。確かにヤだよな、こんな理由で人に注目されるのは・・・・・・。