それは、出かける前の母の一言に始まった。
「それじゃ、行ってくるぜ母さん」
「あ、待って景吾。今日は『人』に気をつけなさいですって」
「・・・・・・・・・・・・ああ?」
跡部 受難's Day
いきなりかけられた言葉に足を止める跡部。振り向くが、声をかけた当人は特にこちらを見るでもなく朝のニュースを一見しっかり実際ぼんやり見ていた。
「・・・・・・何の事だ?」
問い掛ける。ようやっと振り向いてもらえた。
問われるとは思っていなかったのか、いつも切れ長の目を珍しくきょとんと広げ、
「占いでそういう結果が出てたわよ?」
「占いぃ?」
合わせるように、対立するように。
跡部は目を細めた。眉を顰め、顔を顰めたと表記した方が正しいが。
占いを馬鹿にするわけではない。実際身近にいる某姉の趣味は占いであり、さらに実は自ら予言した事を引き起こしているんじゃないかと思えるほどにその的中率は高かった。
が、
「母さん占いなんていつもやってないだろ?」
「さっきやっていたの」
「信憑性0かよ・・・・・・」
つまりニュースの合間にやっていた星座だか血液型だか占いを観たらしい。1人1人視るならともかく、あれの信憑性は極めて低いだろう。でなければ12〜13人、あるいは4人前後に1人の割合で『同じ』人が存在する事になる。
母もこの辺りは自分と同意見かと思っていたが・・・
「気をつけなさいね」
「何をだよ?」
「占いを実現たらしめるのは結局のところ本人の想いだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?」
要警戒者1.幸村
家を出て・・・10歩も行かない所で知り合いに会った。
「やあ跡部」
「幸村じゃねえの。どうしたんだこんな所で?」
向かいから歩いてきた幸村。尋ねる跡部に、薄い笑みでこう言った。
「今リハビリ中でね。少しずつ体を慣らしていこうって事で」
「リハビリで神奈川から東京まで? ご苦労なこったな」
「いつも同じ場所じゃつまらないだろ? 気分転換さ。
ああそうだ跡部、今時間あるか? 少し俺と打たないか?」
「構わねえが・・・リハビリ中じゃねえのか?」
ぶらぶらしているところからすると、現在歩行訓練中らしい。そんな段階でいきなりテニスなんて出来るのか?
首を傾げる。が、幸村は質問に特に動揺する事もなく。
「一番大事なリハビリだろ?」
「そりゃまあ確かに」
今の幸村にとって一番大事なのはテニスを出来る体に回復する事であり、今の立海にとって一番大事なのは幸村が戻って来る事だろう。王者立海といえど幸村抜きで全国を勝ち上がっていくのは苦しい。現に手塚抜きの青学に負けている。
考え、跡部は肩を竦めた。
「別にいいぜ。丁度ウチの前だしな」
家にはコートもあり道具一式もある。打って付けの場所で会ったようだ。
「ホントかい? 恩に着るよ」
そして―――
「ゲームセット。ウォンバイ幸村。6−4」
試合は普通に負けた。まあこの辺りはいつも通りだ。
今は離れているとはいえ幸村は中学テニス界トップの実力保持者だ。彼にかかれば手塚であろうと真田であろうと負ける。もちろん自分含めて。
予想通りの展開だ。決してショックなんかは受けていない。ああ絶対だ。
そっぽを向いて一人爽やかに額の汗を拭う跡部。ネットまで歩いてきた幸村が手を差し出し、
「ありがとう。丁度いいリハビリになったよ」
「嫌味かそりゃあああああああああ!!!!!!!!!!!!????」
「どうしたんだろ跡部、急に怒り出して」
ワケがわからないまま跡部邸から追い出された幸村。暫し立ち尽くし、
「・・・・・・まあいいか」
要警戒者2.立海正常者除く一同
幸村と別れて暫し。立ち直り家を出て、
次に人に会ったのは20歩後だった。
「お? 跡部じゃん」
「何やってんだお前ら?」
向かいから手を振り近付く一団―――丸井・柳・仁王・切原に、跡部は心底不思議そうに声を上げた。神奈川在住の立海ご一行。私服なところからすると別に練習試合があるわけでもないらしい。となると後は・・・
「失礼な奴だな。俺たちは幸村を探しに来たんだ」
内容の割に笑いながら柳が返した。
「やっぱそっちか」
「知ってんスか幸村部長?」
「ああ。さっき会ったぜ」
「会って試合したと?」
「・・・・・・」
仁王の言葉に、
今までのスラスラな様子はどこへやら、跡部がいきなり詰まった。
完全に詰まる跡部を肴に、4人が好き放題言い出す。
「試合をした確率100%」
「スッゲー! よくわかったな仁王!」
「仁王先輩エスパーっスか!?」
「そんなワケなか。幸村と跡部の性格考えたら『会う⇒試合をする』は当然の成り行きでっしゃろ」
種明かしを終え、
詐欺師は人は読むが人には読ませない目を跡部に向けた。
「でもって負けたじゃろお前」
「ンな、なワケねーだろ!?」
「ドモってるドモってる」
「声ひっくり返ってるっスよ」
「互いの実力を考えたら負けたところで恥ではないだろう?」
「柳・・・。てめぇこの俺様に喧嘩売ってんのか? ああ?」
負ける事自体は確かに柳の言う通り実力が違うのだから当然だ。悔しがりはしてもそれは恥ではない。・・・・・・リハビリ中の相手に負けたというのをまあ差っ引けば。
問題なのはそれを尋ねるこのメンツだ。確実にからかわれる事を考えれば跡部が否定しようとするのも頷けるだろう。
―――その態度がよりからかいの材料になっている現実を無視すれば。
「ならスコアはどうじゃった?」
「よ・・・4−6」
「それを『負け』と言わず何を『負け』と言うんじゃ?」
「俺が4だなんて言ってねえだろ!?」
「じゃったら『6−4』と言いんしゃい」
「うっせえ! 次勝ちゃいいんだよ!!」
「つまり今回は負けたとね?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「で、どうじゃった幸村の回復振りは?」
「てめぇらなんか嫌いだああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「『氷帝帝王跡部景吾、敵に言い負かされ逃走』、と・・・・・・」
「は〜っはっはっはっはっはっはっは!!! 情けねー!!! バッカで〜!!!!!!」
「大丈夫なんスか氷帝? あの人部長で」
「大丈夫じゃないでっしゃろ。じゃから関東で敗退したとね」
『なるほど』
要警戒者3.千歳
何も考えず、ただひたすら走り回る跡部。前も見ず走っていたおかげで、当然の事が起こった。
どん―――!!
「うあっ・・・!!」
何かに激突し、反発で2・3歩後ろにたたらを踏む。これだけの勢いで走っていながら向こうを吹っ飛ばす事もなく逆に自分が押し戻された事から、最初は何か物にでもぶつかったのかと思ったが・・・
「久しぶりばい跡部」
「お前・・・、千歳・・・・・・!!」
幸村以上にここにいる筈のない人間に、跡部はぶつけた鼻をさすりながらさらに一歩後ろに下がった。
「お前、なんでここに・・・!!」
「驚くか鼻さするかどっちかに統一せん?」
指摘され、
跡部は質問を取り下げ鼻をさすった。
「そっちかね? 優先させるんは」
「仕方ねえじゃん。マジで痛かったぜ今の。てめぇぜってー胸に何か仕込んでんだろ」
「何仕込むとね。胸筋と肋骨・胸骨と肺と心臓その他諸々しか仕込んどらんぜよ」
「いちいち仕込むモンなのかそりゃ・・・。やっぱてめぇ実は―――」
「それはお前ンとこの2年に言いんしゃい。ついでに質問じゃが、お前今いくつとね?」
「・・・何でか俺と話すると3人に1人は訊いてくんだよな。訊くんなら手塚か真田にしろよ。でもって俺はお前とおんなじ中3の14歳だからな」
「手塚か真田なら1人中1人訊くから大丈夫じゃろ」
「よし。俺の勝ちだな」
「そういう言動じゃからいくつか訊かれるんでっしゃろ」
「? どういう事だ?」
「わからんならそれでよか。なら俺は行くとね」
手を振る千歳。その手を跡部ががっしりと掴んで止めた。
「っておいちょっと待てよ。結局お前俺の質問答えてねえじゃねえか」
「年齢当てか?」
「そこじゃねえよ」
「仕込んだモンの正体か?」
「そりゃしっかり言ったじゃねえか」
「念のため言うとくが何も仕込んでおらんからな」
「胸筋と肋骨・胸骨と肺と心臓その他諸々じゃなかったのか・・・!?」
「信じちょったんかそれ・・・。もう一回訊くがお前今何歳じゃ?」
「だから言ってんじゃねえか14歳中3だ―――って話題戻ってんじゃねえか」
「最初に戻したんはお前とね」
「だから! お前がそもそも俺の質問に答えねえから話が戻んだろ!?」
「何か質問されとったとね?」
「あのなあ!! 『なんでここにいるのか』って最初に訊いたじゃねえかてめぇの方が今何歳だ!?」
「あの質問取り下げたんじゃなかと? でもって俺は今15歳ばい。お前より上とね」
「やっぱ上の奴にゃボケが・・・・・・」
「少なくとも手塚はお前より『下』じゃろ?」
「そうだぜ! なのにアイツはドイツ土産も年賀状も忘れやがって―――!!」
「混ざっちょる混ざっちょる。関係なかとその辺りは。
でもってこのまんま続けるとまた話題外れるじゃろうから先進めるぜよ。
俺はただの東京見物ばい。正確には、関東見物じゃ」
「関東見物? まったてめぇも変わった事してんな」
「してみると面白かね。例えば王者立海大の部長に挑んで負けて部員にからかわれて逃げてきた氷帝部長とか」
「どっから聞いた情報だそりゃ!!」
「仁王からじゃ」
「てめぇどこまでそればら撒きやがった!!??」
見せられる携帯画面。まるでそこから本人に繋がっているかのように、それにむけ跡部が怒鳴り散らした。
そんな微笑ましい光景に薄く笑い、千歳がいそいそと携帯をポケットにしまいこんだ。
「で、幸村のリハビリは順調とね?」
「ああ順調だったよもー試合出して大丈夫なんじゃねえのか!!??」
「いきなりは負担大きいじゃろ。やっぱりここは少しずつ慣らして―――」
「お前も大っ嫌いだああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
走り去っていく跡部の姿が見えなくなるまで首を振り、
「跡部も難儀な男とね。この程度流せば済むじゃろうに」
千歳はそう呟いた。携帯を弄りながら。
「皆にも注意しておかんとな。今の跡部は獰猛につき注意ばい」
要警戒者4.千石
ひたすら走る跡部。今度はちゃんと前を見、人含め障害物はきちんと避けた。きちんと避け・・・
「うおっ!?」
横から腕を引っ張られ、コケない代わりにそこを中心に180度回転した。
回転した先には―――
「千石!」
「やっ。跡部く―――♪」
「てめぇも俺様の邪魔しに来たってのかあ゙あ゙!!??」
どごすごがごっ!!
「よし」
「いやあの『よし』って・・・。今俺めちゃめちゃ理不尽な感じの暴力受けたんだけど・・・・・・」
「気のせいだ」
「体中の痛さはとても気のせいだとは思えないなあ・・・。しかも目撃者30人は超えてるよ・・・・・・?」
言われ、見る。確かに自分たちは周りの注目の的となっていた。
跡部は千石の襟を掴み、
「どーすんだよ千石!! てめぇのせいで悪目立ちしてんじゃねえか!!」
「俺のせい!? ねえ跡部くんお願いだから1度は自分のやった事振り返ろうよ!!」
「ああ!? てめぇのせいじゃなけりゃ誰のせいだってんだよ!!」
「そりゃ跡部くんのせ―――」
どすごがごがごがどげしがんげんごん!!!!!!
「・・・・・・・・・・・・すみませんでした。俺のせいだと思います」
「よし。んじゃな」
「ってカッコよく手ぇ上げて去らないでよ!! 何のために君止めたのさ!!」
「・・・・・・。そういやそうだったな」
「? どうしたの? 今日はやけに物わかりいいね?」
「もう一発いくか(にっこり)?」
「『一発』じゃないっしょ―――いえ別に何でもないよ? うん次行こう!」
千石に進められ、心置きなく(元からしていないが)先に進める。思い出すはもちろん・・・
「さっき千歳に会ってな、丁度逆の状況になったんだよな」
「ああその話聞いたよ〜。何でも幸村くんに負けて仁王くんから逃げてきて千歳くんに泣かされたんだって?」
どすどすごすげりずしがんがんごんぼくじゃりがすがすぐしゃりげんがんどきし・・・・・・・・・・・・
没した千石を尚も蹴りつけながら、
跡部はぽんと手を叩いた。
「人に会うからこういう目に遭うんじゃねえか。家に帰ればいいんじゃん」
要警戒者5.佐伯
家の前で。
またしても知り合いに会った。
「よっ、景―――」
「知らねえぞ俺はそんなヤツ。人違いじゃねえのか?」
「はあ?」
「おらさっさとそこどけよどっかの誰か。俺が入れねえじゃねえか」
「お前・・・・・・、頭大丈夫か?」
「テメ・・・!!
――――――ああ大丈夫だ俺は正常だ何で見も知らねえヤツにンな質問されてんだかワケわかんねえけどな」
「まあお前がそう言い張るんなら俺は別にいいけどさ、
―――何かお前の周りの空気固まってるぞ?」
「きっと今日は寒みいからだろうな。空気だってマイナス何度かにすりゃ凍るしな」
「いや今夏だし。めちゃくちゃ暑いし。むしろ寒いのはお前の演技と頭の中―――」
「うっせえ!!」
「あ、戻った」
「ぐっ・・・・・・!!
・・・んで、何の用だ佐伯」
このまま延々と丁々発止掛け合い漫才をやっていても仕方ないので(そして佐伯は絶対白旗を上げないので)、跡部はため息をついて本題に入った。
「ん? あのな・・・」
にっこにっこにっこにっこ
(・・・・・・・・・・・・)
常にはないようで常にある佐伯の『満面の笑み』。『自分は今とても楽しんでいるぞ☆』の合図で・・・・・・それの6割4分は自分に何か極上の嫌味を思いついた時。なお残りの3割6分が何かは・・・後で述べる。
「・・・・・・何が言いてえ?」
覚悟と拳を固め、訊く。
佐伯はなおも笑ったまま、
「みんなに聞いたよ。幸村と試合したんだって?」
「そんで負けた俺を笑いに来たってか? ああ?」
「いやそんな事ないさ。幸村の強さは俺もよく知ってるし、そんな幸村相手に4ゲームも取ったお前も凄いじゃん」
「アイツリハビリの途中だっつってたんだけどな」
「幸村の実力がそれだけ高いんだって。それにホラ、お前だって強いヤツ戻って来てくれて良かっただろ?」
「ほお〜・・・」
歯の浮く寝言をホザく佐伯を半眼で見やる。一体コイツのねらいは何なんだ。
「んでもって『みんなに聞いた』っつ−事は仁王だの千歳だのにも聞いたんだな? アイツらにさんっざんに馬鹿にされて俺は逃げてきちまったんだけどなあ」
「まあお前は態度はともかく心が純粋なんだよ。だからちょっと何か言われただけで傷つくんだよ。アレだよアレ。『ガラスのハート』」
「うあ寒み」
「・・・・・・・・・・・・。
・・・といった感じで」
「は〜ん・・・」
耳が腐りそうな感じのするあからさまなよいしょ。小指で耳をほじりながら、適当に相槌を打つ。
にや〜っと笑い―――多分佐伯がしているのと同じ類の笑みだろう。実際『自分は今とても楽しんでいるぞ☆』状態だ―――、続けさせる。
「んでその後千石にも会ったんだけどな〜」
「それで滅ぼしてきたんだって? 相変わらず強いな〜。凄いな〜」
「・・・・・・そろそろネタ尽きてきたか?」
「え〜? な〜んの事かなあ〜?」
「ところでこないだ手塚と2連チャンで言い争いになったんだけどよ。お前どう思う? ドイツ土産も年賀状もよこさねえんだぜアイツ」
「まだそのネタ引っ張んのかよ・・・・・・」
「あ〜今傷ついたな〜。俺の『がらすのはーと』」
「うお寒・・・!!」
「帰れ」
「嘘です冗談です。俺がお前にそんな事言うワケないじゃんv 俺達の友情疑うなよvv
そうだなあ。手塚酷いなあ。次会った時はそれこそ千石の二の舞でオッケーだと思うぞvv」
「やった後は『六角男子テニス部副部長の佐伯虎次郎に促された』ってしっかり声明出しておくからな」
「全国大会終了後なら可」
「来年出場停止になんだろ・・・」
「俺もういないし?」
「最低だなお前・・・・・・。
んで? 何の用だよマジで」
「用だなんてそんなv 俺は友人であるお前がいろいろ大変なのを気遣って―――vv」
「はいはいもういい。お前のその寒みい演技は」
「何だよけっこー本気で頑張ったんだぜ?」
がらりと変わる口調。声も1オクターブ下がる。
「で? もう一回だけ訊いてやるが、わざわざンな前振りまで入れて何の用だよてめぇ」
「あのな〜・・・」
再び上がる声のトーン。
「だからもういいっつってんだろ!?」
怒鳴る跡部を無視し、
佐伯は跡部の両肩に手を置いた。
真剣な顔でじっと跡部の目を見つめ―――
えへっと笑った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日泊めてv」
「・・・・・・。ああ?」
「いやあ、母さんのお使いでこっち来てさ、用はばあちゃんにあったんだよ。
んで帰りの電車賃はそのままばあちゃんに貰ってくれって事だった・・・んだけど」
下がっていく(今度は素でだろう)声を耳の端に捉え、
「なあ、今日ってたしかこの辺りの地区・・・・・・」
「そうなんだよ!! ご町内の老人会の集まりで温泉旅行行っちゃったんだよじいちゃんもばあちゃんも!! おかげで帰りの電車賃ないしカギも持ってないから家入れないし!! 勝手に開けて入ると不法侵入で突き出されるからなあ!!」
「それで『今日泊めて』か・・・・・・」
結論づける跡部に大きく頷く佐伯。先ほどあえて説明を飛ばした『満面の笑みの理由3割6分』。それは、人に何かおねだりをする際である。
ため息をつき、
提案する。
「不二に言った方がいいんじゃねえのか?」
こんなところで自分相手に必死にご機嫌取りするよりは遥かに現実的かつ建設的だろう。隣というか裏なんだから別に移動が大変だとかいう事もないし。
「けどな、
―――周ちゃん家、今日裕太君帰ってきてるんだよな。せっかくの日だし、俺が入って邪魔しちゃ悪いだろ?」
「まあ・・・確かになあ」
都大会以来兄弟の仲も改善され、帰ってくる事も多くなってきたとはいえ裕太はここから離れた寮生活。そうそう帰って来れるものでもない。そのせっかくの日に、いくら幼馴染で裕太とも仲はいいとはいえ部外者である自分が乱入するのは無粋というものだろう。
「というワケで、
な〜景吾〜、泊めてぇ〜?」
「お前今度は何の真似だよ・・・・・・?」
「お前が家に招いてる女の子風。お前頭弱いしこんな風に馬鹿っぽくおねだりしてくる娘は一発で泊めてんじゃないのか?」
「帰れ」
「景吾様あ〜v 泊めてえ〜vv」
「110番すんぞ?」
「ご近所のみなさ〜ん!! アトベッキンガム宮殿在住の跡部景吾君14歳はその外見・家柄とは裏腹に恐ろしいまでのドケチで〜す!! 今も困ってる友人を家に上げようともしなごぐふっ!?」
「ここで騒ぐんじゃねえ!! マジで聞こえんだろーが!!」
「そりゃ聞こえるように言ってるからなあ」
「今すぐ強制送還されるか?」
「費用払ってくれるんなら喜んで」
「断る」
「みなさ〜〜〜ん!!!」
「わかった!! 泊める!! 泊めりゃいいんだろちくしょう!!」
「ラスト4.5文字が虚しく響くな」
「着払いで送り返してやろーか?」
「景吾様あ〜v ありがと〜〜〜vvv」
「わかったから抱きつくんじゃねえ!!
・・・・・・くそっ!」
舌打ちし、家の門を開ける跡部。ついていきつつ、佐伯は後ろで小さく笑った。
(何だかんだ言って景吾も優しいなあ)
いろいろ途中経過はあったが、結局どう転ぼうが跡部は自分を泊めただろう。あるいは帰りの電車賃を貸したか。
(ホント、サンキュー)
2人で敷地に入り・・・・・・あっさり玄関に辿り着く。余談だが、跡部親子は金持ちにそうそう見られない思想だが見た目より機能性を重視する。なのでこのお屋敷、敷地が馬鹿広いわりに門から玄関までは50m程度しかない。これでもし1kmもあったりしたら、まず家の出入りで大変なメに遭う。
扉を開き、
「帰ったぜ」
「あらお帰り。早かったわね」
「あ、お久しぶりですおばさん」
「あら、虎次郎君。久しぶりね」
「今日は景吾に招かれて来ました。1日お世話になります」
「ええどうぞ。歓迎するわ」
などなど、型通りの挨拶をひとしきり終えたところで、
母から恐怖の台詞が飛び出した。
「虎次郎君もいい時に来たわね」
「え?」
「今日、他にもいろいろな子が来てるのよ。ぜひ今日泊めて欲しいですって」
「いろいろ・・・・・・?」
2人で、首を下に向ける。玄関にある靴は自分達、父は仕事中のため母のみ、それに今日いる同居人の分にプラスして1、2、3、4、5、6、7。
「・・・・・・・・・・・・」
非常に嫌な予感がする。今日遭った―――会った人数は、カウントしていない佐伯を除き7人。偶然だろうか、それとも何かの符丁だろうか。
・・・・・・そんな事を考える必要はなかった。
「おー跡部、やっと帰って来たのかよ」
「お邪魔してま〜す」
廊下の奥からひょっこり顔を出してきた丸井と千石。
「お前ら、何で・・・・・・」
「ああ、さっき佐伯に会ってさ」
「跡部の家に泊まると聞いたものでな」
「丁度いいから俺らも世話になろかと思てのう」
「佐伯いいい!! てめぇの仕業かああああ!!」
「いやきっかけはそうかもしれないけどだからといって俺のせいってワケじゃあ・・・」
同じく現れた幸村・柳・千歳が順に説明していく。
佐伯の首を絞める跡部の元へ、
決定打が打たれた。
「そういうワケじゃ。今日は1日世話んなるとよ」
「よろしくお願いしま〜っす」
仁王と切原の言葉に、跡部が完全に崩折れた。
「んじゃ俺も加わろ〜っと」
佐伯もそちらに走っていき、
残されたのは跡部母子のみとなった。
床にへたばったまま、問う。
「母さん・・・。確か今朝『今日は「人」に気をつけなさい』とか言ってなかったか・・・・・・?」
「だから言ったでしょ? 『占いを実現たらしめるのは結局のところ本人の想いだ』って」
「つまり気の持ち様で変わる・・・とでも?」
「開き直れば景吾も楽しくなるわよ?」
実にあっさりと、息子に人としての道を外れろと言い出す母。
最後に―――間違いなくこれで最後になるであろう問いかけをする。
「ところでその占いさ、
―――どこでやってたんだ?」
「お隣。由美子ちゃんが裕太君占おうとしてたらたまたまそういう結果が出たんですって。さっそく電話貰ったわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱそういうオチか」
悟り―――見様によってはそれこそ開き直り、
跡部は本日で一番深く重いため息をついた。
―――Fin
刀@ 刀@ 刀@ 刀@
はい。以上『跡部ひたすら不幸物語 〜仕掛け人は誰だ!?〜』でした。集団で会うと確実に苛められる跡部ですが、個人で会ってもダメみたいでしたね。なお私としてはそれこそ丁々発止掛け合い漫才が書きやすいので今回楽でしたが(いや3人以上出ると大変なんですよね。誰がどのタイミングで口挟むか)。そして思ったのですが今回のサエ、いつもと立場が逆っぽくたまには跡部が優勢に立つ感じでいってみようとしたところ(攻め受け云々という意味ではなく、それとは別に全体的な主導権争いが確実に発生するものでここのサイトの話は)結局サエが勝利したようですが・・・・・・このやり取り、パラ×2『帝王〜』に出てくる周吾と跡部がしているものとかなりノリが被っているような感じです。周吾が誰によく影響を受けたかもの凄くわかる瞬間ですな。
ちなみに千歳の「混ざっちょる混ざっちょる」。12月3週目&1月初っ端のラジプリネタですな。もーラジプリは何でこんな塚跡塚推奨!?
って感じの内容でしたねアレ。聞いてて感動エンドレス再生でしたよ。
2005.1.5