この度、全国へと勝ち上がった関東7校が、大会前に練習試合をしようという事になった。
初恋物語
まずはその打ち合わせ。だが緑山は独自で合宿をするからと断りを入れ、六角は何回もあちこちに行く(金銭的)余裕がないからと打ち合わせは辞退してきた。打ち合わせは主に部長が行うものだ。ただし立海のみ副部長の真田が代理となった。
青学・立海・不動峰・山吹そして氷帝の5校で行われた打ち合わせ。場所は氷帝。さすが私立らしく高級感溢れる校舎に、見た目にはわからないがぽかんと口を開ける手塚・真田・橘・南(注:不動峰除いて全て私立)。ぽかんとしたままとりあえずテニス部へ行くと、打ち合わせは会議室で行うらしい。忍足に案内された。
「しかし跡部はどうしたんだ?」
「このような場合、普通ホスト校の者が案内するのではないのか?」
至極尤もな疑問。忍足もせやなあと頷いて、
「普通やあらへんから、ウチの部長」
『それは確かに・・・・・・』
「・・・・・・ま、それは冗談で準備しとるはずや」
まさか賛同されるとは思わなかったのだろう。微妙に引きながら、忍足は実際引いていった。丁度会議室についた。
「ほな、俺はこれで」
「うむ。助かった。恩に着る」
「そらおおきに」
手を振る忍足を一応見送り、
会議室の扉をばたんと開けた。
「来たぞ跡部」
「よお、来たかてめぇら」――――――という返事が返ってくればよかった。
『・・・・・・・・・・・・』
室内で待っていたものに、4人は揃って言葉を無くした。普通ならここはさすがにちゃんと出迎えるべきだろう。普通ではない跡部は・・・
スー・・・・・・、スー・・・・・・
・・・・・・机に突っ伏し、気持ち良さそうに寝こけていた。
z z z z z
「えっと・・・・・・」
「どうやら、待ちくたびれて寝たらしいな・・・・・・」
呟く南に、橘が適切な返答をする。周りを見れば、準備は完璧になされていた。会議室はしっかり片付いているし資料もまとめられている。さすが完全主義者の跡部。お茶請けまで完璧だ。
―――完璧にやりすぎて、他にやる事が思いつけなかったらしい。一応腕の下には宿題らしいプリントもあるが、覗き込んでみたところそれすらやり終えていた。
「準備が終わったとはいえ皆で集まる場で寝るなど。全く、たるんどる」
「とりあえず、起こすべきか」
真田の不満を8割流し、手塚が常識的かつ建設的な案を出した。案を出し・・・・・・
「―――誰が?」
『・・・・・・・・・・・・』
南の一言に、再び全員で沈黙した。
ここにいる彼ら―――手塚・橘・真田と南の違い。『部長権力』というものが全く通じない相手を知っているか否かである。青学はクセの多い部員ばかりだが手塚の言う事は絶対である。不動峰はみな橘に従順だ。立海は真田の言う事に絶対服従という事もないだろうが特に仁王など、それでも幸村には従うし絶対反対という事もない。
逆に南は、哀しいほどにこれをよく知っている。毎回毎回千石に振り回され、挙句亜久津には欠片も相手にされず。
さて現在の状態。跡部は彼らとほぼ同じ部長職。立場としては全員公平。起こし注意するのは倫理的な理由により。
―――跡部はこのような理屈をどこまで受け入れてくれるだろう? この俺様帝王は。
全員で目配せを交わす。そりゃもちろん出来るならば火の粉は自分以外に降りかかってほしい。視線のやりとりだけで揉めた後―――
起こすのはじゃんけんで負けた手塚となった・・・・・・。
「跡部。おい起きろ跡部」
肩に手を置き揺する。跡部が反応を示してきた。
「ん〜・・・・・・」
僅かに眉を顰め口を尖らせ駄々っ子のように。起きている彼には決して見られない光景。何かに動揺した手塚が僅かにたじろいだ。
「どうした? 手塚」
「いや、何も」
かろうじて平静を保つ。眼鏡を直す振りをし、こめかみに垂れる汗を拭った。汗が流れるほど暑い。クーラーが効いた快適な部屋だというのに。
幸いにも、周りはそんなこちらの様子に気付かなかったらしい。3人の関心は今だ起きない跡部のみ。手塚が離れたら、元の寝顔に戻っていた。
「起きねえな」
「人1人満足に起こす事も出来んのか。たるんどるぞ手塚」
理に適っているような不条理なような、そんなお叱りをしつつ今度は真田が跡部を起こしてみた。
「起きんか跡部!」
さらに激しく揺する。人間シェイクを受け、
「ん〜・・・!!」
不快感露わに跡部は真田の手を叩き落とした。これまた寝ているからこその行為。普段から景気の悪そうな顔(失礼)をしている跡部だが、逆に本気で腹を立てる事はまずない。冷静沈着で感情に流されず常に堂々としていなければ、とても部長としてみんなの中心には立っていられない。なおこれが一番当てはまるのが幸村だ。だからこそ彼が部長である事に誰も文句は言わない。
記念すべき『初☆本気で嫌われた人』となった事にショックを隠せない真田。それこそ表してもいつも通りなので他の者にはわからなかったが、それでも彼は多大なるショックを受けていた。
「かくなる上は、切腹を―――」
『するな!!』
常々携帯しているらしい真剣(それも長剣)を抜き放ちお腹に突きつける真田を、手塚と橘が何とか止める。南は大口を開けて固まり、
・・・・・・目の前の現実から目を逸らした。
「ま、まあ・・・じゃあ、さって跡部を起こそうか。
ほら、起きような跡部」
頭をぽんぽんと撫で呼びかける―――だけ。南に跡部を起こすなどという重役は無理だったらしい。
が、
「む〜・・・・・・」
耳をくすぐる囁き声。頭を撫でる優しい手。普段それらによっぽど欠乏しているのか、それともよっぽど慣れているのか、跡部の顔が嬉しそうに綻んだ。
「〜〜〜〜〜////!?」
真っ赤になり立ち上がる南。がたん!と様々な物が揺れる音に他の者も振り向き・・・
『〜〜〜〜〜////!!!???』
・・・驚きはまあ似たようなものだった。
「あ、跡部・・・・・・」
呟いたのは誰だったか。とりあえず、頭の中に浮かんだ感情は全員同じだった。
((((可愛い・・・・・・・・・・・・))))
人生この方15年前後。テニスにかける情熱は人それぞれとしても、4人の共通点は恋人を持った事がない点。恋愛に興味がなかったか、それとも欲しくても作れなかったかはともかくとして。
その4人が、同時に同じ想いに囚われた。即ち―――
――――――こんな子が恋人に欲しい。
「じゃあ、次は俺が起こすか」
棒読み口調で橘が跡部に近付く。ふいに全員の頭に浮かぶは女の子向けの御伽噺。起こしたヤツが王子様。
『待て!!』
「何しやがるお前ら!」
「1人抜け駆けはさせん!」
「跡部を起こすのは俺だ!」
「いや俺だ!!」
じたばたじたばた!!
なにやら非常に醜い争いをする4名。さすがに跡部もこれだけ近くで暴れられると目が覚めるのか、半覚醒状態にて今度はもう少し意味のある行動を取った。
左手を動かし架空の布団を顔まで上げ、
「もうちっと・・・、寝かせろよ佐伯・・・・・・・・・・・・」
4人の動きが、ぴたりと止まった。
「さえ・・・き・・・・・・?」
「あの、六角の・・・・・・?」
「いや、別にわざわざ俺たちの知り合いに限定する必要ないんじゃないか・・・?」
「そうだな・・・。『佐伯』ならそこまで珍しい苗字ではないし・・・・・・」
がらがら崩れそうになったものをかろうじて建て直し、きっと『佐伯』というのは使用人の名前なんだろうという事で落ち着こうとした。
と・・・・・・
がらっ!
「あ、いたいたお〜い跡部く〜ん!」
「千石・・・」
「お前何でこんなトコいるんだ?」
他校に何の脈絡もなく現れた男は、毎度の軽いノリでやっ♪と一同に挨拶をした後、
「ラッキーの力じゃどうにもならなさげな超現実的災害に遭ってね、逃れたかったら跡部くんの様子見て来いって言われたんだ」
「・・・・・・それは『人災に遭って脅された』って言うんじゃ・・・」
「そうとも言うね。明らかに狙ってたからね、サエくん」
「・・・・・・む?」
「今、誰と言った?」
「サエくん。佐伯くん。佐伯虎次郎くん。六角副部長の。爽やか好青年の。腹黒陰険野郎の」
「いや、そんなに言い直さなくていいんだが・・・」
「というか、最後のは何だったんだ・・・・・・?」
再び出てくる『佐伯』の名。となると、最初跡部が呼んでいたのもやはりあの佐伯らしい。
再び何かががらがら崩れそうになって・・・・・・
「ああ、そういえば佐伯と跡部って幼馴染だったんだっけ?」
「そうそう。でもって不二くんと俺もね」
ぽんと手を叩いた南に、他の者も納得した。幼馴染ならお泊りなどをし朝一緒にいたとしても不思議ではない。
「なんだ・・・」
「そんな事か・・・・・・」
安堵のため息をつき額の汗を拭う。同じ動作をする4人に千石がきょとんとし、
「あれ〜? 跡部くん寝てんの〜?
んじゃ、俺がサエくんの代わりにおはようのちゅ〜―――v」
どごげぐしゃっ!!
他の誰が反応するよりも早く―――
ようやく目が覚めたらしい跡部が、長机1つを粉砕しつつ千石の頭を地にめり込ませた。用意した資料がばらばらになる・・・・・・。
静かになった辺り一帯。寝起きはさして良くないのか、跡部は暫しぼけ〜とした後、
「・・・・・・ああ、俺寝ちまってたか」
ふわ〜あと大あくびをし、涙の溜まった目をこしこし擦る。無防備な動作も可愛らしいものではあったが・・・
「おはよー跡部くん。何かすっげー眠そうだね」
何も言えない4人に代わり、なぜか無傷だった千石ががばりと身を起こし問い掛けた。
「ああ・・・。昨日佐伯の野郎が泊まってったんでな」
「あれ? サエくんだって今日学校じゃないの?」
「ああ。だから始発で帰った。おかげで俺はそれからの1時間しか寝てねえ」
「ああそれでか。君が学校で寝てるなんて珍し〜とか思ってたんだけど」
「んで千石、てめぇ何で来たよ? 山吹代表は南だろ?」
自分で言いようやく思い出したらしい。これから会議だという事を。
寝ぼけ眼で見回せば呆然としてる4人が。
跡部の顔が面白いように引きつった。自覚したのだろう。氷帝帝王としてとんでもない失態を犯していたという事を。
暫し―――いや僅かな時間どうしようかと悩み込み、
跡部はいつもどおりの笑みを浮かべた。何もなかった事にするらしい。
「おら千石! 会議の邪魔だ! さっさと出てけ!」
「え〜〜〜!? そ〜んな〜!!」
がん!とひと蹴りで、千石は閉め忘れた扉から外へ追い出された。なお校舎内全てに冷房がかかっているため、あえて扉を閉じる必要がないのだ。
廊下をごろごろ転がり、やはり無傷で起き上がり。
邪魔者立ち入り禁止と戸に手をかけた跡部を指差し、千石は一言言った。
「ところで跡部くん、気付いてないだろうけど首筋にキスマーク―――」
「〜〜〜〜〜〜//////!!??」
ばっ!
「あんにゃろ見えるトコにゃつけんなってあれだけ言ったっつーのに―――!!」
「うっそ〜ん♪
へ〜。さっすが跡部くん。そういうのは厳しいんだ〜♪」
「うっせー!! てめぇさっさと出てけ!!」
「は〜い☆ んじゃまたね跡部くん。サエくんによろしく〜♪」
「誰がするか!!」
一声吠え、
跡部は室内―――4人の元へと帰ってきた。
「まあ、んじゃ会議始めっか。ああ、まだ茶ぁ出してなかったな。茶請けは自家製するめだが別にいいよな?」
「自家製? そんなものを作っているのか?」
「いや。俺ん家じゃねえ。佐伯ん家のだ。出来が良かったからおすそ分けだとか言って昨日持ってきたんだが、まあ大量でウチじゃ全部食いきれそうになかったからな。今日の会議の事言ったら『んじゃみんなにも』って多めに持ってきてたらしいぜ?」
「・・・ならばそのまま六角の代表は佐伯がやれば良かったのではないのか?」
「副部長だし、問題はないだろうに」
「さすがにそれで学校休んじまっても仕方ねえだろ。大体は電話ででも伝えりゃいいし、細かい資料は明日渡しゃいいだけだ」
「明日?」
「また会うのか?」
「休みだからな。部活もねえし。せっかくだから海行くかっつー事で」
『はあ・・・・・・・・・・・・』
4人の中で、今度こそ何かががらがらと崩れ落ちていった。
佐伯の話をする跡部はとても楽しそうで嬉しそうだ。素だからというのではなく、ちゃんと人前に出れる状態でも幸せさがそこはかとなく滲み出ている。実際、それだけ幸せだからだろう。
「んじゃ、茶も入ったし始めっか」
『ああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
ずるずる茶を飲みにちゃにちゃするめを齧りながら、
4人の初恋は開始僅か3分半で終りを告げた・・・・・・。
z z z z z
同時刻、六角で。
「おいサエ。今日の会議、お前何で辞退したんだ?」
「そうなのねサエ。行けばよかったのに」
口々にそんな事を言われ、佐伯は軽く肩を竦めた。
「理由もなく副部長が出席してもおかしいだろ」
「別に僕の代理って事でいいんじゃ―――」
その『代理』の理由がないというのに。
きょとんとする剣太郎の頭を撫で、
「それに、
―――牽制はしっかりやってきたからな。特に問題はないだろ俺がいなくても」
『はあ・・・・・・?』
「さって部活部活っと」
生返事をする一同を背に、佐伯はのんびりと歩いていった。
―――Fin
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【眠れる〜】でも似たような展開でしたが、部長副部長内での跡部のアイドル性が・・・・・・。【『相性』の〜】を書いていてつくづく立海が参加していないのが残念だったので加えて書いてみたり。しっかし四天宝寺がいても良かったなあ・・・。白石が加わっても跡部がアイドルになれそうだ・・・。
そしてサエは跡部の寝言まで仕込んでいたというのがグー。跡部自身が最大の障害となる跡部攻略。きっと他にもいろいろ仕込んだんだろう・・・・・・ぐふふ。
2005.7.29〜8.5