第1試合 リョーマvs英二





 じゃんけんの結果1回戦はリョーマ
vs英二となった。対戦ルールは1ゲーム方式。サーブは不公平にならないように交互に打つ。負けた方が今回審判を務める不二と交代する。
 「んじゃ、手加減しないよん」
 「こっちこそ」
 隣(と言ってもフェンス越しだが)から聞こえる声援には一切構わず、英二とリョーマはそれぞれのコートへと入った。握手も挨拶も終えれば最早そこに「先輩」「後輩」などという概念は存在しない。あるのはただこれから戦うライバルであるという気構えだけだ。
 「1ゲームマッチ。菊丸サーブ!」
 不二の声と共に、長くて短い勝負の幕が開いた。







―――――――――――――――








 1球目は互いにネットに詰めてのネット勝負となった。ほぼノーバウンドで互いのコートを行き来するボールは慣れない人間ならば追うのだけで精一杯だったであろうが、もちろんネットプレイに長けた2人、持ち前の動体視力も手伝い十二分に対応していった。が、久々に見た英二のアクロバティックプレイにリョーマが翻弄されこの回は英二の得点となった。
 2球目は逆にベースライン上での対決。リョーマが完全に把握した超ライジングで英二を前に出さずにいたためひたすらベースライン[うしろ]からの打ち合いとなり、耐え切れずに無理矢理前に出ようとした英二ががら空きとなった左サイドにドライブBを入れられリョーマの得点となった。
 ちなみに青学内でも目立つ2人の対戦とあって女子だけでなく走り終えた男子も観戦していたが、ついていけたのは経験で慣れた不二と動体視力の良い朋香程度であろう。先輩らのスーパープレイは、見慣れた筈の堀尾ですら「うへ〜・・・」と呆けていた。
 「
1515。菊丸サーブ」
 どこまでも冷静な不二の声を聞きながら英二はひたすらに焦っていた。
 (さっすがにおチビ強いにゃ〜)
 ゲーム前に考えていた建前もあるのだが、それを抜きにしても英二はリョーマに勝ちたかった。部活の方針として、実戦経験は体外試合で磨き通常の練習では逆に個々人の技術向上を目的としていたため、青学内の生徒と試合を行った事はランキング戦を除けば意外と少ない。そして運良くか悪くか英二はランキング戦でリョーマと当たった事はなかった。特殊条件下での試合経験は1度ありその時には自分が勝ったが、唯一本格的に試合を行った球技大会では6−4と惜しい所で負けていたりする。
 (それというのも不二が不二が不二が〜〜〜〜〜!!!)
 途中まではかなり互角の勝負をしていたのだが、不二の乱入(とは厳密には言えないが)のおかげでラストはぼろ負けした。これで一応1勝1敗の5分なのだが、やはり中学生活ラストとなる可能性の高いこの試合、ぜひ最後は有終の美を飾りたいと思うのが当然だろう。そのためにはちょっと卑怯な手の1つや2つ・・・・・・! と思ってしまったとしても。
 やはり後ろからの攻撃は性に合わなかったか、リターンダッシュをかけてくるリョーマに合わせ英二も前に出た。1球目同様1本足でのスプリットステップで対応してくるリョーマへ、タイミングを計り会話を持ち出す。
 「ねーおチビー」
 「・・・なんスか?」
 突如話し掛けてきたこちらにリョーマが不審さを露にする。が、とりあえず乗ってきた。
 本格的に怪しまれる前に進める。
 「聞きたいんだけどさー」
 「はあ」
 「こないだ部室で・・・」
 「はあ」
 頷くだけで会話には集中していないリョーマ。まあこんなネット近くで1秒でも油断したらボールを見逃す。
 (にゃはは、予想通り)
 心の中でほくそ笑みつつもそれを一片たりとも表面には出さずに、英二はその優れた動体視力でリョーマの行動をつぶさに観察していた。
 放たれたボールが英二の下へと戻ってくる。
 それに合わせラケットを構えると同時、リョーマがその場でジャンプした。
 ラケットにボールが当たり、そしてリョーマが片足で着地する。
 (今にゃ!)
 「おチビ不二と抱き合ってたでしょー!?」
 べち。
 片足で着地したリョーマがそのまま転倒した。その横をすり抜け英二の放ったヒョロ球がコートの適当な位置に収まった。
 「
3015
  けどスプリットステップの意外な弱点だったね、1本足な分転びやすいなんて。乾が知ったら喜ぶんじゃないかな」
 今のプレイ(?)にも淡々と判定を下す不二。
 がばぁっ!
 「いつの事ですかそれはー!?」
 真っ赤な顔でネットに詰め寄る我らが王子もとい姫。そんな顔で怒られても可愛さしか撒き散らしていないのだが、それを全くもってわかっていないところがリョーマの姫たる所以だ。
 「にゃ〜v おチビかわい〜vv
  えーっと、俺たちが部活行った時だから―――先週の金曜?」
 「・・・ってあの時は! 不二先輩が勝手に俺に抱きついてきただけっスよ!? 英二先輩だっていつも俺にやってるじゃん!!」
 拳を戦慄かせリョーマが怒鳴る。しかしなぜかそれに返ってきたのは不二の爽やかな笑みだった。
 「やだなあ、僕の愛情溢れる抱擁と英二のただのスキンシップを同一視しないでよ」
 「にゃに〜!? 俺だっておチビにたっぷり愛情注いでんのに!!」
 「へ〜そうなんだ。今のは聞き捨てならない発言だったね。さっそく大石に報告しておかなきゃ。
  ―――おーい大石ー!!」
 「にゃー!!! ストップストップたんまたんま!!」
 いつの間にか会話はリョーマの反論から不二のからかいへと移動し、現在では口に片手を当て校舎に向かって叫びかけた不二の口を英二が後ろから両手で塞ごうとしていたりする。
 全力で押さえつけようと躍起になっている英二に、不二は先程と同様の―――いつも優しく浮かべた笑みとは違う笑みでくすりと笑うと、どうやったのかやんわりとその手をどけた。
 「やだなあ、ここから呼びかけて授業中の大石に届く訳ないでしょ?」
 「〜〜〜〜〜!!!」
 送られた冷笑に英二もまたリョーマ同様真っ赤になる。がさすが親友を3年やっているだけあって立ち直りは早かった。ようやく顔の赤みの取れてきたリョーマをにぱっとした笑みで見る。
 「けどおチビ、『いつの事か?』ってことはホントにやった事あるんだ〜・・・」
 「な・・・・・・!?」
 再び赤くなるリョーマ。そして再び入る不二の横槍。
 「当り前でしょそんな事。ライバルは多いんだから見せ付けておかなきゃ」
 「にゃはははは〜。確かに。おチビ狙ってるのって多いもんね〜。
  ―――で、どこまでやったの?」
 「う〜ん、人前では抱くくらいかな? あんまり越前君の可愛いところ見せたくないし」
 「ってことはいないところでは最後まで?」
 「出来たらいいんだけどねー。越前君恥ずかしがっちゃって。英二は?」
 「もちろん最後まで。手塚にバレたらグラウンド何十周だろうね?」
 「
100周以上かもね」
 あははと朗らかに腐った会話をする先輩2人を前に、リョーマの握り締めた拳は先程以上によく震えていた。それはもう、痙攣でも起こしたかのように。
 「今後一切不二先輩は俺に抱きつくの禁止!! 大体前からなんて英二先輩よりたち悪いじゃん! だからこうやって誤解されるんだからね!?」
 びしりと不二を指差し目を思い切り吊り上げタンカを切るリョーマ。だがこの程度で素直に引くほど不二は甘くはなかった。
 「じゃあつまり―――」
 といつの間にかリョーマの背後[バック]を取り後ろから腕を絡めると、彼の耳元でそっと囁く。
 「こういうことならしてもいい、って事・・・だよね?」
 用意周到な事に不二の体が影を作っているためこの時のリョーマの顔を見れたのはすぐ隣にいた英二だけなのだが、見ていた英二が「かわい〜vv」と思わず撫で繰り回したくなるくらいリョーマの照れた顔は可愛い物だった。もちろんすぐそばに不二がついていたため実際には行わなかったが。
 (にゃるほど〜)
 いつも傲岸不遜な顔で生意気な事しか吐かない青学ルーキー改め青学エースのこんな一面は、確かに他人には絶対に見せたくないだろう。
 「〜〜〜!! と、とにかく! 試合続けよ!?」
 「了解」
 そう囁き離れ際に耳元にキスをしてくる不二に、リョーマのただでさえ赤い顔が更に朱に染まり、普段は半分閉じられたようなアーモンドアイも目いっぱいに開かれた。
 帽子を深く被り直すと暑さを振り払うためかラケットをブンブンと振って戻っていく彼に英二はかなり微笑ましいものを感じたが、それ以上に既に『素』に戻り淡々と審判を行う不二に冷や汗が流れた。
 今更ながらに思う。
 (おチビって大変にゃんだにゃ〜・・・)
 そしてそう思われた主は、
 (やっぱこの誘いに乗ったのって失敗だったのかなあ・・・・・・)





 「
1530。越前サーブ」
 余程先程の一件で王子は機嫌を損ねたらしい。いきなり飛んできたツイストサーブ、それもいつも以上に破壊力のあるそれに身の危険を感じた英二が反射的に避けたためリョーマに加点。





 「
3030。菊丸サーブ」
 (む〜、けど負けないからにゃ〜!?)
 「あ、そーそーおチビ」
 「・・・・・・。今度はなんスか?」
 「そんなに嫌がんなよー。ちょっと聞きたいだけじゃん」
 「後にしてください」
 「だって後にしたら忘れるし」
 「それなら諦めてください」
 「え〜! でも聞きたい!!」
 「(ため息)いやっス」
 「じゃーいーもん。不二に聞くから」
 英二の不穏極まりない台詞に、リョーマの背中を嫌な汗が伝った。だがそれを阻止すべく最も身近にあったもの(つまりはテニスラケット)を投げつけるよりも早く、英二の無邪気な声が響き渡った。
 「ねー不二、こないだクリスマスだったじゃん」
 「ん? この間って言っても1ヶ月くらい前だけど・・・確かにそうだったね」
 「・・・・・・?」
 会話の意図を掴めず怪訝な顔をしながらもとりあえずラケットを投げるのは止めて普通にボールを打った。さすが二刀流の使い手、ボールを打つ間にラケットの持ち方を変えるなど造作もないことらしい。
 「んで、クリスマスイブって言えばおチビの誕生日じゃん。もちろん、2人で過ごしたんでしょ?」
 「それはもちろん」
 「じゃあさ〜・・・」
 と英二の顔に浮かんだ笑みが再び濃くなる。
 「ついに一線越えちゃったワケ!?」
 
きゃ〜〜〜vvv
 ―――もとい、
にゃ〜〜〜vvv と騒ぎ立てつつ勢いで英二がスマッシュを放った。というかノリでラケットを振り下ろしただけだが・・・。
 今の言葉で石像と化したリョーマには当然返せる訳はなかった。
 「
4030
  う〜ん、これまたそう出来たらよかったんだけどね。なにせ丁度ウチ誰もいなかったし」
 「誰も?」
 「母さんは久し振りに知り合いとパーティー。姉さんはデート」
 「裕太は?」
 「聖ルドルフではクリスマスは休みじゃないから。冬休みは
26日から」
 「にゃるほど〜。んじゃなんで?」
 あの不二が、記念日に恋人と2人っきり。
 何もなかったほうが不思議でたまらない。
 「乾のデータノートにも書かれてたから間違いはないけど―――というか僕が間違ってるワケはないけど―――越前君って帰国子女の割には日本的で奥ゆかしい性格らしいよ」
 「へ〜・・・・・・」
 何となく不思議な面持ちで、英二がようやく立ち直ったらしいリョーマを見た。
 「・・・なんスか?」
 「ん〜? にゃ〜んか予想外」
 帰国子女云々は関係なく(いや関係あるかもしれないが)いつもの生意気な面ばかり知っている英二としては、てっきりリョーマは全体的に積極的なものだとばかり思っていたのだが。
 どうやらリョーマは『帰国子女』のほうに重点を置いたようだ。
 「別に外国で暮らしてたからって誰でも積極的になる訳じゃないでしょ? 逆に日本にずっと暮らしてたって積極的な人もいるんだし」
 リョーマとしては積極的過ぎる不二を暗に攻めたつもりなのだが、逆説的にいつも不二に『積極的』に迫られていることの証明とも取れる発言に不二の頬が緩まり、そして英二は余っていた左手でパタパタと仰いだ。
 「あっついにゃ〜、お二人さん」
 「え? な、なんで?」
 わけもわからずきょときょとするリョーマを放って、2人はそれぞれの定位置へと戻っていく。
 戻りがけに、いたずらっぽい笑みを浮かべた不二がリョーマに耳打ちした。
 「そんな風に言われちゃうと襲いたくなっちゃうなあ・・・」
 「な・・・!!」
 声と共に息を吹き込まれた耳を押さえ真っ赤な顔で飛び退くリョーマに、込み上げてくる笑いをかみ殺して不二が最後に囁いた。
 「冗談だよ―――今はね」
 「〜〜〜〜〜〜〜!!!」





 「
3040。越前サーブ」
 何事もなかったかのように進められる試合の中、リョーマの精神的疲労はかなりのものとなっていた。精神[メンタル]面が大きく左右するテニスにおいて、英二の(+不二の)攻撃は全く以って見事としか言い様のない成果を上げていた。
 微妙にキレのない(とはいっても普通の人ならそれでも取れないだろうが)サーブをあっさり返し、先程とは逆にリョーマをベースラインに足止めさせる。普段なら強引に前に出ようとしただろうが、どうやら今はその気力もないようだ。
 (よっし、あと一歩にゃ!)
 「ところで―――」
 「もう英二先輩とは話したくないんスけど」
 無表情で冷たくあしらうリョーマ。完全に怒っているらしい彼に、英二はお伺いを立てるように上目遣いを送った。
 「今度は不二の話じゃないからさ?」
 ね? と首を傾げる英二に最早うすら寒いものを覚え、リョーマは無視することにした。
 「お断りします」
 慇懃無礼な態度ではっきりと断る。が、英二はめげずに続けてきた。
 「おチビ部活ある時はいつも桃と帰ってるよねえ、桃の自転車で」
 「だから話さないって―――」
 「いつもなら後ろに立ち乗りしてるじゃん」
 「聞いてるんスか、英二先輩?」
 「こないだたまたま見たんだけどさあ・・・」
 「だから―――」
 「そん時おチビ桃の背中にしがみついてたよねえ?」
 「いいかげんに―――」
 ピシリ、と・・・・・・
 そんな音が響いたような気がする。
 『え・・・・・・?』
 突如凍りついた空気に合わせて2人の会話も止まる。そちらに気を取られたリョーマの脇をボールが跳ねていくが・・・そんな事はどうでもよかった。
 英二も同様の事を思ったらしく、続けようとしていた会話を止め、口を閉じた。
 「ゲームアンドマッチ。ウォンバイ菊丸」
 静かな、本当に静かな声が凍りついた空間に響き渡る。
 2人の視線がその声の発信源へと向けられた。
 その先で――――――彼は本当に綺麗に微笑んでいた。
 「今のはなかなかに興味深い話だったね。
  ―――英二、もちろんもっとちゃんと聞かせてくれるよね・・・?」
 ゆっくりと紡がれる言葉に、ゆっくりと動かされる唇に、そしてゆっくりと開かれる両の眼に、
  ((怖ッ!!))
 思わず2人は突っ込みを入れていた。まあそれはともかくとして。
 「誰が誰にしがみついてたって・・・・・・?」
 口元だけを僅かに吊り上げた無表情な笑みで2人を見回す不二。
 「あ、いやだからその・・・・・・」
 「それは―――!!」
 「はいいいから越前君は黙ってようねv」
 叫びかけたリョーマをただ一言で黙らせ、不二が英二の方を見やった。
 (しまったにゃ〜・・・・・・!!)
 これをネタにリョーマをからかおうと思っていたのだが、不二のやきもちまでは予想していなかった。不二の表面的な性格のみを知る者には意外に思われるかもしれないが、彼は執着心が並外れて高い。一度気に入った物は少しでも邪魔が入るとすぐ怒り、容赦なくその邪魔者を排除しようとする。英二がリョーマに抱きついても容認されるのは、2人が付き合う以前から行なわれていた事でありまた英二の性格上自然な事であり、尚且つ英二にも付き合っている存在がいるからこそであるのだが、それも一線を読み違えたらたとえ親友という立場であろうが切り捨てられるという危険の伴った行為だったりする。
 (桃ごめんにゃ〜・・・・・・)
 これから間違いなく滅殺目標になるであろう哀れな後輩に謝り、しかしやはり自分の身の方が大事なので英二は全てを話す事にした。
 「え〜っと、部活帰りたまたま見たんだけど、といってもそのまま通り過ぎちゃったからよくは見えなかったんだけどえとその・・・・・・
  おチビが座席に座ってて目ぎゅっと瞑ってて桃の背中に両腕回してしがみついてた、っていうのか擦り寄ってた、っていうのか・・・・・・
  ―――あ、おチビがちょっと泣いてたっぽい」
 さすが動体視力の良さを誇るだけあって、対向車線をすれ違った僅かな時間にもよく見ていた。まあこれには野次馬根性というものもプラスされるだろうが。
 「へ〜・・・・・・」
 ひとしきり英二の話を聞き、ゆっくりと頷くと不二は改めてリョーマに向き直った。
 「―――という事らしいけど、越前君?」
 「そ、それは・・・・・・」
 (言えない・・・・・・)
 理由はしっかりあるのだが、己の恥さらしになるためどうしても進んで言う気にはなれない。ただでさえ不二には普段から子ども扱いされているような気がするのだ。
 せめて恋人の前ではかっこ良くありたい―――男として一度は思うであろう願望の前に、リョーマはひたすら瞳を泳がさせた。
 が、
 「ふ〜ん、僕には言えないことなんだ・・・・・・」
 そんなリョーマのためらいも、他人の目から見れば十二分に挙動不審に映る。いつもの不二ならばもしかしたらこの態度から理由を察してくれたかもしれないが、生憎天才も嫉妬の前では凡人以下へと成り下がるらしい。
 「違―――!!」
 「じゃあ何?」
 普段の不二からは想像も浮かないほど、今の彼は余裕がなくなり視界が狭まっていた。リョーマがそれを苦手としている事を知っているにも関わらず冷めた口調で問う。
 「それはー・・・・・・」
 「何?」
 「〜〜〜〜〜・・・!!」
 感情を何も映さない不二の瞳を前に、リョーマの瞳は早くも潤み始めていた。
 「・・・・・・」
 それでも容赦なく沈黙で攻め立てる不二。英二も何とかリョーマを庇おうとするが、不二の発するオーラの前に動く事が出来なかった。
 と―――
 ぽすっ、と・・・・・・
 リョーマが不二の胸に飛び込んだ。
 ひっく、えっくと洩れる嗚咽、そしてその合間合間に切れ切れに聞こえるごめんなさいという震えた声に、今まで無表情だった不二の顔に感情が戻って来た。
 ツバが当たったため取れた帽子の下から覗く緑がかった黒髪を優しく撫で、目を細めて優しく微笑む。
 「僕の方こそごめんね」
 「う・・・ん・・・。不・・・先輩悪くない。俺の・・・方こそ・・・・・・」
 抱き締められた胸の中でふるふると首を振り、リョーマが顔を上げた。泣いたせいで赤くなった瞳、上気した頬、まだ雫の残る目元。
 不二が頬に手を当て親指で目元を拭ってやる。目を細めていくリョーマ。
 目を閉じたリョーマの顎に手を滑らせ上を向かせると、リョーマも背伸びをしてきた。
 不二が腰をかがめ、2人の顔が近寄る。
 2人の唇が近付き、そして・・・・・・
 「はいストップ。2人ともここがテニスコートだって忘れてるでしょ?」
 呆れ返った英二の声と顔の間に差し入れられたラケットに我に返り、ぱっと離れる2人―――もといリョーマのみ。不二は、胸を突いて離れたリョーマをいつものにこにことした笑みで見送るだけだった。
 あーもったいないという言葉が自分のすぐそばから聞こえてきたような気がしたが、英二は聞こえなかった事にしてリョーマに尋ねた。
 「んで? 結局何があったの?」
 間違いで(ヒド・・・)桃と浮気、などという事を元々考えていた訳ではない。リョーマの気持ちが不二に一直線に向かっている事は今の行為を見るまでもなくわかっていた。どうせ何かワケありだろうと、そう思っていたから話題に出したのだ。
 ―――ちなみに先程の英二の説明には抜けていたが、そんなリョーマを見る桃城が笑っていたという事を知っていれば不二もそれがワケありだったという事に気付けただろう。
 「別に、何でもないっスよ」
 英二に止められ我に返ったリョーマがいつもの口調で言う。が、纏う雰囲気はいつもの生意気極まりない物ではなく、むしろ・・・・・・
 (か、かわいい・・・!)
 だだっこのように口を尖らせるリョーマに最早本日何度目かわからない感想を胸に抱く2人。
 しかしそんな顔をされては余計に気になる。
 「んで?」
 「・・・・・・。
  ――――――だけっスよ」
 「え?」
 「だから! 怖かったから桃先輩にしがみついてただけ!!」
 「え・・・と・・・・・・」
 王子ついに逆ギレ。顔を真っ赤にして叫ぶリョーマのコメントのしようのない言葉に、今度は2人の目が宙を泳いだ。
 その間に「ったく・・・」と呟きながらリョーマが落ちた帽子を深く被った。ツバの影から2人を見上げる頃になって、ようやくまともな返事が返って来た。
 「・・・・・・つまり?」
 ツバを下げ、見下ろす2人からは顔が見られないようにしてから答える。
 「なんかいきなり桃先輩が寄り道あるからっていって遠回りになって、その途中で墓があったんですけどそれを見て桃先輩が変な話し出すから―――」
 その先はさすがに言葉に出来なかった。まさか
13にもなって怪談に怯えて泣いたなどというのは。
 「けど越前君の家ってお寺でしょ? ならお墓とかは慣れてるんじゃ・・・・・・」
 以前リョーマの家にお邪魔した時彼の父親が住職だという事を言っていたし、むしろそういった事には免疫があるように思われるが・・・・・・。
 「正確にはウチの裏っスけどね。んで小さい頃―――っていうか日本にいた頃は、親父にしょっちゅう境内に閉じ込められては怪談聞かされてたから・・・・・・」
 「へ〜、それで怖がり〜? おチビカワイイ〜vvv」
 ぎゅ〜っと抱き締め頭を撫で繰り回す英二。俯いて必死に顔を隠そうとしているリョーマの、それでも耳まで真っ赤なのはバレバレのそんな様子を見れば誰しもが脊椎反射で行ないたくなる行為だったが・・・・・・
 相も変わらず英二には周りを良く見る能力というものが欠けていた。
 「え〜い〜じ〜・・・・・・」
 「に゙ゃ!?」
 地の底から湧きあがるような声に、英二の動作が止まった。固まった腕から抜け出したリョーマがちらりと見ると、やはり不二は綺麗に笑っていた。
 今度は目を閉じて。リョーマ以外の青学レギュラー+αに『絶対零度の微笑み』と恐れられている笑顔を浮かべて。
 「キミ何勝手に僕の越前君に手を出してるのかなあ・・・・・・」
 「え、え〜っと・・・・・・」
 「覚悟は、もちろん出来てるよねえ・・・・・・?」
 魔王復活。
 リョーマと自分に対する態度の差に、やっぱりおチビはなんだかんだ言って愛されてるんだなあと理不尽な思いを抱いたまま―――
 テニスコートに英二の悲鳴が響いた。



―――第2試合へ!











――――――――――――――――――――――――――――――


 や〜っと第1試合が終わったよ。長かった・・・・・・。
 という訳で第1試合でした。これでいいのかテニスの試合・・・てか菊ちゃん!? アンタプライドモロに捨てたね・・・。完全ギャグのはずがちょっとリョーマの浮気話(笑)を入れた途端ラブラブバカップルとなりましたな。ちなみに私の書く話に出てくるカップル、ほぼ例外なく嫉妬深いです。まあその現れ方は人―――というかキャラクターそれぞれですが。『ほぼ』に深い意味はありません。1人位例外がいるといいな、という願望です。
 では次は最初に書いたルールの通り英二
vs不二です。審判ですらこれだけの発言力を持つ不二様。果たして菊ちゃんと如何なる試合(といっていいのかなあ・・・?)を繰り広げうのか!? こうご期待! ―――しない方が身のためです!

2002.8.1821