「ねーねー壇くん! 室町くん! 今日って青学の体育祭なんだって!!
ヒマだし行かない!?」
「俺達は部活で忙しいです」
「え〜! そんな事言わずにさあ!!」
「そうですよ室町先輩!! 行きましょうよ!! 面白そうじゃないですか!!」
「全く・・・・・・(ため息)」
そんな感じの会話が一体何箇所でなされたんだかはわからないが、とりあえず今日は青学の体育祭である。
部活対抗リレー 〜本番〜
「あっれ〜。けっこ〜来てるねみんな」
「お。千石やあらへんか」
「お久振りです」
額に手を翳し騒ぎ立てる千石に、忍足・神尾が応えた。確かに彼の言葉通り、青学のみならず他校から来ている者も多い。これもひとえに外部にも大人気のどこぞの部活のおかげだったりするのだが。
さて、そんな中でそれらギャラリーとは少し違う意味で―――まあ結局のところは同じなのだが―――なんとなく集まった一同がいた。不動峰より神尾と伊武。聖ルドルフより裕太・木更津・観月、氷帝より忍足と向日。そして山吹より千石・太一・室町。
さらに青学生徒ながら朋香と桜乃も彼らの隣で応援をしていた。さり気に彼らの今いるポジションは応援席と観客席の中間として、丁度人の途切れる最も見やすい場所なのだ。
そんな感じで集まった彼らの前で、これから次の競技が始まろうとしていた。
本日最大のイベント―――部活対抗リレーが。
v v v v v
パン!!
ピストルの音と共に第1走者、手塚は全身のばねを使ってトラックへ飛び出した。普段テニスで鍛えているおかげで瞬発力は文句なく平均以上である。
―――という説明はもう何度目になるんだか。とりあえずそんな事はどうでもいいとして。
最初という事でどの部も速い者を配置したのだろう。かなりハイペースで第一コーナーを回る一同。
だがもちろん手塚もそれに引けを取るような事はしない。さすがに陸上部にこそトップを明け渡したが、コーナーを終え丁度スタート地点から反対方向になった時には2位をキープしていた。
「お〜。さ〜っすが手塚」
「うん。手塚をトップバッターにしたのは正解だったな」
スタート地にて待機していた黄金ペアが頷きあう。そんな事をしている間にも手塚はこちらへ戻ってきていた。
バトン―――代わりのラケットを構え、次の走者を呼ぶ。
「乾!」
「よし来た」
手塚からラケットを受け取り走り出す乾。
「う・・・?」
「どうしたの? 英二」
顔面を引きつらせて呻く英二に、やはりこちらにいた不二が首を傾げた。
「今・・・・・・、すっげー見ちゃいけないもの見たような・・・・・・」
「「?」」
英二の言葉に顔を見合わせる不二と大石。
彼の言葉は―――約15秒後に立証された。
v v v v v
半周100m走り終え、先程とは逆側に来た乾。第3走者として待ち構えていた海堂を見やり―――
「乾先輩!!」
手を差し伸ばす彼に、ラケットではなく別のものを手渡した。
なぜか持っていた愛用のノート。
英二が顔を引きつらせて注目していたものを、さらに顔を引きつらせて受け取る海堂。
「何・・・なんスか・・・、コレ・・・・・・」
「開けて中の質問に答えてみてくれ」
「はあ!?」
当り前だがワケの分からない要求に、海堂が素っ頓狂な声を上げた。
見物人らもどよめきだす。
「何やってんだ? ありゃ」
「さあ。乾君のことだからデータ取りでもやってるんじゃない?」
向日の呟きに千石が答えた。もちろん走者2人の声が(最後の叫びは除くが)ここまで聞こえるわけはない。が、持ち前のラッキーからなのかそれともそれに隠れたクセ者っぷりからなのか、適当と見せかけ的確に推測する。
「んふ。さすが乾君。いつ如何なる時でもデータ取りは忘れないようですね」
「せやかて今せえへんでも・・・・・・」
「相変わらず青学ってワケわかんないよね。ていうか世の中ナメてるよね。そんなんでこの先やってけると・・・・・・(ぼそぼそ)」
いろいろと言われる中、肩をぶるぶる震わせ海堂が呟いた。
「で、ラケットは―――」
「答え終わったら渡すよ」
その答えにがっくりと項垂れる海堂。その間にも彼らを別の部活が追い抜いていく。
「せんぱ〜い! 勝手にラケット奪ったらどうっスか〜?」
「いっや〜。そりゃムリだろ越前。なんせあの海堂だしな。バカ正直に全問答えるぜ」
すぐそばで走順待ちをしていたリョーマと桃によるヤジ。海堂の肩がさらに激しく震えるが―――
それを意志の力で押さえつけて、渡されたノートを開いた。乾という人間に関して青学生が持つ共通の認識は、データマンであるということともう1つ。結局のところそれと同じだと言えるのだが―――
―――己の目的を最優先にする事。この点では『青学の天災』たる某青学テニス部No.2と変わりはない。変わりはない―――はた迷惑さである。
そしてもちろん乾の目的=データ取り。99.9%以上間違いのないこの事実を前に、海堂は屈さざるを得なかった。・・・・・・残念ながら彼に、先輩をぶん殴って気絶させラケットを奪うなどということをやらかすだけの『根性』はない。尤もそんなものがあるのは青学ルーキー程度であろうが。
そうこうしている間にも海堂は1ページ目に目を通し・・・・・・。
「乾先輩・・・・・・」
「なんだい?」
「何スか? この質問・・・・・・」
「お前についての調査だけど」
「何に・・・使うための・・・・・・?」
呻く海堂。荒くなる息を無理矢理細くつきつつ彼が見下ろす先には、こんな事が書かれていた。
質問1:家族構成について。同居家族を全て述べよ。
質問2:好きな色・嫌いな色をそれぞれ1色ずつ。
質問3:好物を好きなだけ。
質問4:―――
そんな感じで以下延々と。
「もちろんお前の素性調査だよ」
「やる意味は・・・・・・?」
「お前について、主観的にわかる」
「それが・・・・・・・・・・・・?」
「わかるといろいろと便利だろう? もちろんテニスをやる上でも」
「テニスに・・・なんか関係あるんスか・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「あるさ」
即答し、乾が海堂が持ちっ放しのノートをさらにぱらぱらとめくっていく。
質問が50を越えた辺りから―――
質問53:乾と自分の相性についてどう思うか。
質問54:氷帝戦W1の借りを返したいと思うか。
質問55:乾と出かける際、行き先は乾と自分どちらが決めると思うか。
質問56:乾が他の人間と話しているのを見てどう思うか。
質問57:―――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・悪質に一方向に質問がまとめられているような・・・・・・。
「ちなみに全部で何問なんスか?」
ひょいと横から覗き込んできたリョーマが乾に訪ねた。
「全部で203問だ」
「ふ〜ん」
呟き、ノートのラストの方を覗き込むリョーマ。そこには―――結婚観念から死後のことまで、なぜかライフステージ全てを網羅するような質問項目が延々と続いていた。
「やはり聞くならば同じ条件下で一気に聞いた方がいい。このように正解のない主観的な問いはちょっとした要因で変化しやすい」
「そうなんスか」
気のなさげにリョーマが頷く。その視線の先で―――
無言でノートを丸めた海堂が、やはり無言で乾の頭をはたいていた。
スパ――――――ン!!!
「1人でやっててください」
静かに呟き、結局(本気で)気絶した乾の手からラケットを引ったくって海堂はようやくスタートしたのだった・・・。
v v v v v
そんなやり取りのおかげですっかりビリにまで落ち込んだテニス部。とりあえずその後の海堂の執念での追い上げ、河村の暴走[バーニング]、さらに大石の地道な努力により、英二にバトンが渡る頃にはおおむねトップグループへと返り咲いていた。
「まかせたぞ! 英二!」
「にゃ!!」
大石の声援にラケットを受け取りつつ威勢良く応える英二。威勢良く応え―――
「―――って、英二・・・・・・?」
なぜかそこから一切スタートしようとしない彼に、大石の脚もぴたりと止まった。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・(にこにこ)」
暫し流れる、無言の時。
「え、っと・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(にこにこにこにこ)」
にこにこと、いつも以上に嬉しく笑うだけの英二に、ついに大石が根負けした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、英二、聞いていいかい?」
「にゃに♪」
「その・・・・・・走らなくて、いいのかな・・・・・・?」
もちろん走らなければならないのだが・・・・・・。
「んvv」
あいそ笑いを浮かべ、優しく問う大石に向かって、英二が頭を突き出してきた。
「?」
「んvv」
「え、っと・・・・・・」
さらに流れる、無言の時。
やはりこれまたわけのわからない大石が先にネをあげた。
「それは・・・一体・・・・・・?」
「だからvv」
―――という言葉からは一切繋がっていない謎の『菊丸式理論』が展開される。
「頭なでなでして応援してくれたら行くvv」
「はあ!?」
先程の海堂同様思い切り叫ぶ大石。極めて当然の反応だろうに、なぜかそれを受けて英二は不満げに顔を上げてきた。
「やってくんにゃいの・・・・・・?」
(ゔ・・・・・・)
4cmの身長差が生み出す、絶妙な上目遣い。
「大石にやってもらいたくって、俺大石の後に立候補したのに・・・・・・・・・・・・」
さらに大きな瞳を俯かせ、唇を少し尖らせた『拗ね』の体勢に入る。
(ぐ・・・・・・・・・・・・)
大石の弱点を的確についた連続攻撃。それに対抗する手段など彼が持っているはずもなく・・・・・・
「・・・・・・行って来い。頑張れよ。英二」
「にゃvvv」
「―――はいはいそんなのいいからさっさと行って来ようね英二」
どがっ!!
甘ったる〜〜〜い空気を吐き出すバカップルの背を不二が蹴り出し、強制的に英二のスタートとなった。
v v v v v
「兄貴・・・・・・」
「ふ・・・。不二君、さすがですね・・・・・・」
応援席にて頭を抱える者が1名。頬を引きつらせた笑みを浮かべる者が1名。言葉もなく固まる者が大多数に、なぜか慣れた様子で受け流すものが何名か。
ついでに競技者たる他の部員らはその様に呆然とし、さらにテニス部員らは―――こちらも慣れた様子で明後日の方を向いて何もなかった事にした。
さて、それはともかくとして英二が走り出した。さすが瞬間的な力には定評のある英二。実は今さっきのやり取りのおかげでまたしてもビリまで落ち込んでいたのだが、それを1人で挽回していく。
―――あっさり現在4位まで登りつめたところで、
「この・・・・・・!!」
3位の選手―――野球部の3年が、呻いて逆手に持っていたバッドを軽く横に振った。さして不自然ではない動作。が、
ここはコーナー。内側ラインぎりぎりを走っていた彼に、丁度追いついた英二がそのすぐ後ろまで迫っていた。
コーナーを走っている際抜こうとなると、どうしても相手選手に接触寸前まで近寄る必要がある。あまり大回りをすればその分ロスとなる。
そして『接触寸前』の距離まではみ出たバッド。今から大回りして避けようにも間に合わない。急停止するか、足に絡めて転倒するか―――
「あ―――むぐ!!!」
それを見た―――動体視力のよさで振られたバッドを見抜いた朋香が叫び声を上げかけ・・・・・・隣にいた千石に口を塞がれた。
「んむむむむ!!!」
「え? どうしたの? 朋ちゃん」
不正を訴えようと藻掻く朋香。もちろん何も気付いていない桜乃。
千石は人差し指を自分の口元に持って行って、笑った。何も言うな、の合図。
「いいから。この位はいつものことだから」
「へっ。その位喰らえっての」
「でも今回仕掛けるの割と早くない?」
「後半の追い上げが怖いんやろ。残りメンツ考えたら―――まあ不二は除外しおっても桃城に越前君やろ?」
「そうっスね。ここらへんで潰しとかないと辛いでしょうね」
「まあ・・・割とオーソドックスではありますが適切な策だと思いますよ」
千石に続き、平然とそんな事を言い放つ向日・木更津・忍足・室町・観月。実のところ何があったのか見抜けるだけの動体視力の良さを誇るのは、千石・向日・木更津・忍足の4人のみ。室町と観月は去年も来たため何があったかおおむね予想して答えたに過ぎない。
そして一方、去年はあまり付き合いがなく、今年始めてくる不動峰の神尾が慄いた。
「いいんスか!? そんな事やって!!」
「いいんじゃない? 勝てばいいんだからさ・・・(ぼそぼそ)」
やはり同じく来たのは今年が始めてだが、深司はあっさり肯定派に回った。
「っておい深司・・・・・・」
「え? あの、結局、何やってるんですか・・・・・・?」
「そうですよ! 教えて下さいです!!」
残念ながらそこまで動体視力も良くなく、しかも今年始めて来たためわけがわからず混乱する裕太と太一に、
「ああ、今野球部が菊丸の妨害してるんだよ」
木更津が顔色1つ変えずに呟いた。
『えええええええ!!!???』
ようやく納得いって―――驚きの声を上げる裕太・太一、そして桜乃。
「じゃあ止めなきゃ―――!!」
「いや。別にいいんだよ」
「別に毎年恒例だしな」
「それに―――菊丸やったらあの程度楽にかわすやろ」
どう考えても回避不可能の攻撃なのだが、なぜかそう言う千石・向日・忍足、それにその他元々何があったか『知っている』者は、ただ平然と見やるだけだった。
v v v v v
(死ね菊丸・・・・・・!!)
そんな思いと共に回避不能の一撃を放った野球部員。が、彼はこの後信じられない光景を見ることとなった。
英二が走るペースを緩める事無く不敵な笑みを浮かべる。
そして―――
「へへへのかっぱ!!」
足元に突如現れたバッドを―――
一気に飛び越した!
そのまま前のめりになる英二。地面に手を付き、勢いそのままに手だけで跳躍。足から普通に着地し、何事もなかったかのように走り出した。
いや、
「残念無念また来週〜♪」
一瞬だけ後ろを向いて、左手を大きく振る。
「菊丸のヤロ・・・・・・!!!」
口惜しげに呟く野球部員。それを見て―――
「なるほど・・・・・・」
裕太は小さく呟いていた。もちろんあんな妨害作戦は許せるものではない、が、
「まあどうせやっても無駄だから」
しれっとそう断言した木更津に、裕太のみならず太一・神尾・朋香・桜乃が深く頷いた。
確かに英二の動体視力とアクロバティックならあの程度の妨害は妨害のうちに入らないだろう。
「ほい! 桃ちん!!」
「ういっス!!」
ラケットを放り投げる(注:反則です)英二に桃が頷き―――
ガン!!
―――まあ何かがあったようだが、とりあえず7番手の桃がスタートしたのだった。
v v v v v
残念ながら1番・2番の部活とは大差がついていたため順位は変わらず、だがかなり差を詰めたところでいよいよ彼・リョーマの番となった。
2位のヤツはもう目と鼻の先。
2位の―――バスケ部の部員とは。
「よお! また会ったな! テメーには前回の借り、しっかり返してやるぜ」
「・・・・・・・・・・・・誰?」
「忘れたのかよ俺の事を!! この間フリースロー対決しただろーが!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ。あの掃除代わってくれた親切なヒト」
「違う!! てゆーかなんなんだよ今の間は!?」
「思い出すのに時間かかった」
「はっきり言うな!!」
なにやら1人燃えているバスケ部員。それもその筈、リョーマはすっかり忘れているようだが、彼こそかつてリョーマと(珍)フリースロー対決をやり、バスケ部の面子をかけた結果惨敗した相手である。
「はいはい。俺アンタの遊びに付き合ってるヒマないからさっさと行くよ」
ペースをさらに上げたリョーマが相手に並ぶ。
「遊び? じゃあ―――」
それを見ても余裕の相手。薄ら笑いを浮かべ、
「―――これならどうだ?」
バトン代わりのバスケットボールをリョーマの足元に転がした。
「ああ―――むぐ!!」
またもや叫ぼうとして口を押さえられる朋香。今度はゆっくりとしたボールの落下を全員が見ることが出来たが―――それが事故かそれとも故意か、部員がわざと手で押しやったのを見られたのはやはり動体視力のいい件の一同のみであった。
そして―――
「何!?」
「まだまだだね」
それを受けてもなお、リョーマの顔に焦りは見られなかった。どころか生意気な笑みと共にお得意の台詞を吐き、
ラケットでボールを救い上げ、後ろの方に跳ね飛ばした。
「ああ、ごめんごめん。間違って飛ばしちゃった」
「このヤロ・・・・・・!!」
「いいの? バトンないんじゃ次の人に渡せないんじゃない?」
「わかってるよンな事!!」
嘲うリョーマに歯軋りをしつつ答えながら、その名も無き(いやもちろんあるのだろうが)バスケ部員は屈辱を露にコースを逆走していった。
v v v v v
さていよいよトップ対決。バトンが最終走者へと回る頃、リョーマはついに1位をひた走っていた陸上部部員を捕らえる事に成功した。
「キャプテン!!」
「不二先輩!!」
バトンとラケット、と渡すものこそ違えど、全く同じタイミング、全く同じ仕草で前へと差し出すリョーマと陸上部員。
だが―――
「よし! 任せろ!!」
「わ〜いvv 越前君が僕を追ってきてくれた〜〜〜vvv」
ずざざざざぁ―――!!!
なぜか全く違う受ける側の対応に、走っていた部員はその場で急停止し、バトンを受ける側の陸上部キャプテンも5歩ほど後ろ向きに引き、そして全力疾走していたリョーマはそのまま前へとヘッドスライディングした。というか思い切りコケた。
誰もが競技を忘れ、その辺り中心に引いていく。
ひたすらに寒い空気の中、
ガン!!
身を起こしたリョーマがラケット片手にかの人物―――不二の元へと歩み寄り、ラケットでぶん殴った。
さすがに痛そうに頭を押さえる不二に、一言。
「真面目にやってください」
「酷いなあ。真面目にやってるじゃないか」
「・・・・・・。もしかして、アンタ最初っからそれが狙いだったワケ・・・?」
「他に何があるのさ?」
「・・・・・・・・・・・・。もーいい」
平然と―――どころか心底不思議そうに訪ねる不二に、クラクラと、むしろなぜかこちらが頭を痛めてリョーマが呻いた。
が、残念ながら彼への、というかその場にいた全員への試練はまだまだ続いた。
「で、越前君vv」
「・・・・・・・・・・・・何?」
尋ねるリョーマの顔が引きつる。笑顔で頭を突き出す不二。これはさっきの英二と同じではないか?
「まさか・・・・・・」
「だから、『頭なでなでして応援してくれたら行くvv』」
(予感的中かよ・・・・・・)
まあラケットを受け取ったのに走り出さず、あまつさえ16cmの身長差をなくすかのように膝を屈めたその姿を見れば他に考え様はなかったが。
それでも一応抵抗してみる。
「アンタさっきバカにしてたじゃん・・・」
「だって英二だもの」
「俺限定かよ!!」
さらっと吐かれる意味不明の理論に、どこからともなく(トラックの反対側から)抗議が上がる。が、
「それもそうっスね」
「お〜チ〜ビ〜〜〜〜〜!!!!!!」
あっさり納得したらしいリョーマは、やはりどこからともなく(やはりトラックの反対側から)上がる抗議を無視して軽く頷いた。
「と、いうわけで」
「ん〜。
―――じゃあ先輩、目、瞑っててください」
「?
いいよ?」
リョーマからの要求に首を傾げるが、とりあえず不二は言われた事に従った(既に瞑っているという意見は黙殺)。せっかくリョーマがその気になってくれたのだ。ここで従わずに機嫌を損ねさせては仕方が無い!!
「じゃあ―――」
不二が目を閉じた事を確認し―――
リョーマは彼の後ろに回った。
そのまま・・・・・・
不二の背中を蹴りつける。
どがっ!!
「うわっ!!」
「さっさと行け」
そんなリョーマの行為により、不二もまた強制スタートとなった。
v v v v v
「越前・・・・・・・・・・・・」
「うっわ〜。リョーマくんやる〜」
「あの不二殴る蹴るか・・・・・・」
応援席にて深く深くため息を付く者が1名。頬を引きつらせた笑みを浮かべる者が数名。言葉もなく固まる者が大多数。
ついでに競技者たる他の部員らはその様に呆然とし、さらにテニス部員らは―――こちらは慣れた様子で明後日の方を向いて何もなかった事にした。
さて、それはともかくとして不二が走り出した。ついでに彼につられる形で今まで止まっていた競技が再開された。
トップを争う陸上部とテニス部というか不二。あからさまにそこまで足の速くない彼が不利なような気もするが、リョーマのためならエンヤコラ。今は頭なでなでしてくれなかったが、勝ったらもしかしたらいやきっとというより絶対! 何かやってくれるだろう!!
そんな妄想もとい希望を胸に走る不二は絶対無敵だった。陸上部キャプテンにして今回の競技者中50mのタイム(その他の短距離では全員統一のデータが無いため)では最短を誇る彼と互角に渡り合う。
(陸上部が・・・・・・陸上競技でテニス部なんかに負けてたまるか・・・・・・・・・・・・!!!)
そんな怨念と共に、
陸上部キャプテンは陸上競技者にあるまじき行為に出た。
「おっと・・・・・・」
わざとらしい呟きと共に、
バトンを掴む手を緩める。
「あああああ!!!!!!」
またも応援席から上がる非難の声。だが今回、それを止める者は誰もいなかった。
絶対回避不可能の罠。今まで避けて来られたのは相手が英二でありリョーマであったから。では不二ではどうなるか。
「あ・・・・・・」
バトンにまともに足を取られ、不二が前のめりになる。
ずざっ!!
かろうじて前に差し出した足により転倒は免れたが、完全にストップした。
「お〜っと悪いな」
からかう様子で『謝って』くる陸上部キャプテン。バトンを完全に手放さなかったところからしても、今のは完全にわざとだろう。
今からではもう追いつけない。勝利を確信し『ざまあみろ』と暗に言ってくるそのキャプテンを、腰を落とした姿勢のまま不二が開眼で見つめた。
「な・・・なんだよ! 事故だろ事故!! それに謝ってんじゃねーか!!」
何も映さないその瞳に恐れをなしたか、男が早口で自己弁護をする。それでも不二はただその様を冷めた瞳で見るだけだった。
「・・・・・・付き合ってらんねー」
それだけ呟き前を向く彼。その眼前に―――
「な―――!?」
テニスボールが迫っていた。
スパーン!!
これこそ絶対回避不能の攻撃。まともに顔面にボールを食らい、キャプテンは後ろへ吹っ飛ばされた。
倒れる彼を、立ち上がって呆然と見る不二。
そして―――
「お〜っとごめん。練習してたらボール飛んでっちゃった」
ゴール地点からボーイソプラノの声が響き渡った。
予備のラケットを肩に担いで不敵な笑みを浮かべるリョーマ。
「いいぞ〜! おチビ〜〜!!」
「『事故』じゃあしょうがねえよなあ。しょうがねえよ」
その隣では逆側から走ってきたらしい英二と桃もにやにや笑って荷担していた。
さらに応援席からも歓声が上がる。
「きゃ〜〜〜〜〜vvvv リョーマ様かっこい〜〜〜〜〜vvv」
「へえ。やるねえ」
「さ〜っすがリョーマくんv」
「スゴイです越前君!!」
「っておいおい・・・・・・」
「いいのか・・・? あれ・・・・・・」
「きっぱりと反則だろ」
「全く・・・何を考えているんですか青学は・・・。やるならもっとバレないよう、そう、他の部活のように・・・!!」
「ま〜ええやん。思いっきりやるんが青学―――ちゅーか越前君やろ」
「ま、生意気なトコはなんだけどそーゆう態度はいーんじゃねーの?」
「やれやれ。これだから青学は・・・・・・(ぼそぼそ)」
「え〜っと、あの・・・・・・」
歓声―――なのかよくわからないが、とりあえずそういったものを全く気にしない、今回何も知らなかったものにとっては唯一の加害者たるリョーマは、
「不二先輩。そんなトコでぼーっとしてないでさっさとゴールしたら?」
「え・・・? あ、うん・・・・・・」
前にはもう誰もいない(気絶者除く)唖然とする体育委員からゴールテープを奪い、共に走ったテニス部員ら(の一部)がそこへと不二を招き入れた。
「テニス部優勝だ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「やり〜〜〜〜〜!!!」
「いい、のかな、これで・・・・・・?」
「まあ、正式には残らないだろうけど・・・・・・」
「別にいいんじゃないか? 3度に渡る妨害を考慮すれば、この程度の『ハンデ』を貰ったところで差別には当たらない」
「妨害以前に他のところに問題があったような気がするんスけど・・・・・・」
「全く・・・・・・」
微妙な喜びの言葉に囲まれ、トップでゴールした不二は―――
一直線にリョーマの元へと歩み寄り、小さな体をぎゅっと抱き締めた。
「ありがとう。越前君」
「・・・・・・・・・・・・別に」
腕の中でもそっぽを向くリョーマ。帽子を取り、頬へ、額へ、顔中にキスを降らせる不二。
それこそ先程の黄金ペア以上の甘ったる〜〜〜〜〜〜〜〜〜い空気を撒き散らす2人と喜び溢れる(?)テニス部員を他所に、部活対抗リレーはうやむやのうちに終わりを告げたのだった。
v v v v v
ちなみに―――
室町と大石の予想通り、テニス部は『悪質な走者妨害』を理由に失格となった。だがそれでも不満げな顔をする部員は誰もいなかった。当り前だ。同じような妨害に遭い、去年は桃と海堂が、一昨年は英二と河村(バーニング状態)が暴れ倒し、テニス部はここ数年ずっと失格が続いていたのだから。
ここまでくればわかるだろう。なぜわざわざ他校から『応援者』が来るのか。
―――彼らは毎年乱闘を見に来ているのだ。
「さ〜って来年はどうなるかな〜?」
「ってまだ来るつもりっスか?」
「だって面白いじゃん。来年も行こうよ。ねv」
「全く・・・・・・(ため息)」
本番終わる
はい。よ〜やっと本番来ました! よくよく考えてみるともうすぐ体育祭シーズンなんだからそのときまで持たせておけばよかったか・・・。なんて思いますがまあせっかく終わったのでさっさと上げましょう。 ああ、ちなみにこれ、ラストはもう1パターンあったりします。妨害に遭った不二、相手を据わった目で見つめ――― 突如悲鳴を上げもんどり打つ相手。びくびくと丘に上げられた魚の如く痙攣する彼に向かって、 「次は命はないよ・・・・・・」 などと冷笑を浮かべトップでゴール。 以降、この不可解な出来事は永遠に闇に葬られ、そしてアンダーグラウンド(別名青学を中心とした中学テニス界)では不二は恐怖の対象として―――って、 や〜っぱこっちでもイマイチオチつきませんでしたね。む〜。話の内容はどっちも好きなのになあ・・・・・・。 2003.8.26〜9.1 |