Cool white hot black
本日の降水確率70%。12月に雪が降るのは4年ぶり。そして観測史上初の大雪となるでしょう。
とどまるところを知らずにしんしんと降り続ける雪を頬杖をついて見ながら、リョーマは雪同様深々とため息をついていた。どうせ日本の天気予報など当たる確率80%と侮ったのがいけなかった。考えてみればたとえ80%であろうと70%とかければ降水確率56%。十二分に予想される展開だった。
「じゃあ今日はこの雪だ。授業は午前中で終わりにするからな」
わ〜いとはしゃぐ周りをよそに、ため息が再び漏れた。
傘を忘れた。問題はこの一点に尽きる。
たとえ午前中に終わろうが傘がなければ帰れない。走って帰ろうにも雪はすでに積もっており、間違いなく普段より時間がかかる。迎えに来てもらう、という案も浮かんでくるが、あいにくそれを一番頼めそうな菜々子もまた大学。しかも電話をかけようにもきっと学校の電話は混雑している。
(止むまで待ってようかな・・・・・・)
と―――
ずだだだだだだ!!
がらっ!!
「おチビー!! 堀尾ーー!! 緊急連絡!!!」
「英二先輩!!」
慌てて立ち上がる堀尾のそばで、リョーマもさすがに顔を入り口へ向けた。
「今日は雪で部活中止だって!!」
(当たり前じゃん・・・・・・)
いくら何でも雪が積もってラインも見えないコートで練習をさせるほど顧問の竜崎は向こう見ずではない―――尤も部員たちはどうかわからないが。自分含めて。
「で、明日はいつもより30分早く集合!! 特にレギュラーは絶対遅れんなよな!!」
「はあ・・・・・・?」
その声はリョーマと堀尾、2人の口から出たものだ。ただしリョーマは疑問の、そして堀尾はあっけにとられて頷いたといった感じだが。
「―――っておい英二!!」
2人が何か言うよりも早く、追いついたらしい大石が英二の暴走を、その肩を掴んで止めた。
「ん? にゃに、大石?」
「明日の朝連はいつもどおりで雪かきだろうが。なんで30分早く集合なんだよ」
「え〜〜〜〜〜〜!!!?」
大石の言葉になぜか手を胸元でぶんぶん振り口を尖らせる英二。普通女性がやってもウザい行為も英二がやるとむしろかわいらしい―――というのがその場にいたほぼ全員の感想だったりする。
「だって雪だぜ!? しかも大雪!! だったら雪かきする前にやる事いっぱいあんじゃん!! 雪合戦とか、雪だるまとか、雪ウサギとか、かまくらとか、雪猫とか・・・・・・」
「かまくらって・・・・・・さすがにそこまでは降らないだろ。というか『雪猫』って・・・?」
「あれ? 大石知らにゃいの? 丸まった猫つくんだよ。家じゃ雪降ったらいつも作ってるよん」
「いや、それは菊丸家だけだろ・・・・・・?」
「にゃんだよ〜! 文句あんのかよ〜!!」
「文句があるわけじゃないけど・・・・・・」
「大体大石中3のクセに冷めすぎ!! せっかくの雪なんだからもっとぱ〜っと騒ごうよ!!!」
むしろ英二のほうがはしゃぎすぎ―――などと言葉を続けるほど大石は英二を知らないわけではない。いまここで反論すれば英二は説得できるまで何時間でも語り続けるだろう。それはもう雪が止んだそのあとも。
ため息をひとつつき、
「わかったよ。じゃあ明日は30分早く集合だな。
―――というわけでいいかい、越前」
「逆らうと英二先輩怖そうなんスけど」
「まあ英二はお祭り人間だから。1日くらい付き合いだと思って」
「―――大変なんスね、大石先輩」
「はは・・・まあ・・・・・・」
「――――――にゃにか言いたいワケ、大石」
「イヤ別に」
「んじゃ明日!! 遅れてきたら罰として乾汁だからな〜!」
「コリャ大変」
「さ〜次行くぞ!!」
振り上げた右手をぐるぐる回し走っていく英二についていく大石。雪どころか嵐が去っていったと思わず静まり返る中―――
「―――で? アンタはなんでまだいるワケ?」
去っていった2人をひととおり追い終わり、リョーマは視線を入り口に再び向け呟いた。そばにいた堀尾が「え?」と驚き、そして、
「あれ? わかってたんだ」
「ずっと英二先輩の後ろにいたじゃん。それより伝えることもう終わったんでしょ? だったら次行ったら? また英二先輩無茶言い出すんじゃない?」
「英二に関しては大石に任せておけば安心だよ。それに『伝えること』は終わったけど『言いたいこと』はまだ言ってないからね」
とドアの影から現れた不二は、謎の(つまりはいつもどおりの)笑みを浮かべて言った。
「越前君、傘持ってないでしょ?」
「う゜・・・」
不二の正しい指摘に詰まるリョーマ。そこから確信したのだろう、不二が笑みをよりいっそう深めて続ける。
「だったら一緒に帰らない?」
「車ででも送ってくれるんスか?」
「う〜ん、残念ながら由美子姉さんは今仕事だからね。それにこの雪の中じゃ車は渋滞してるだろうし、歩いた方が早いと思うよ」
「だから俺は傘が―――」
言いかけたリョーマを遮り、不二が手に持ったものを掲げて見せた。
(まさか・・・・・・)
その手に1本だけ持たれた傘に、イヤな予感が込み上げてくる。
その予感に違わず―――
「送っていってあげるよ。だから一緒に帰ろv」
「・・・・・・・」
周りから絶叫が響く中、リョーマは視線を傘と不二の間で何往復かさせ―――
「止むまで待―――」
「あ、ちなみにこの雪、ピークは今夜だって」
「・・・・・・・・・・・・・・」
暫し下りる沈黙。
「じゃあ他の人に―――」
「堀尾君。雪ひどくなってるみたいだよ。早く帰ったほうがいいんじゃないかな(にっこり)」
「は、はい・・・!!
―――じゃ、じゃあお先に失礼します!!」
バッグに無理やり物を詰め込み、ファスナーすらろくに締まらない状態で走り去って行く堀尾。寒さのせいではなく(イヤそれもあるが。ただし違う意味で)真っ青な顔が痛ましい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さらに下りる沈黙。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかりました」
「じゃ、帰ろvv」
「うぃっす」
・ ・ ・ ・ ・
不二の掲げたベージュ色の大きな傘の中で、
「雪っていいよね・・・・・・」
「はあ? そう?」
上を向いて呟く不二の言葉が本気で疑問で、リョーマはそう応えた。雪なんていいことは何もない。寒いし、濡れるし、大好きなテニスは出来ないし。
心底不満そうなリョーマの声に、不二は視線を下ろし、リョーマと目を合わせた。
「そう。雪が降ってると凄く静かな感じしない?」
「そりゃまあ・・・・・・」
「まるで世界中に僕たち2人だけしかいないような・・・・・・」
「はあ・・・・・・」
「だから―――」
くすりと笑う。
傘を右手に持ち替えて、左手でリョーマのあごを持ち上げ―――
「こんなことも普通に出来る」
冷たくなったリョーマの唇に、優しくキスを降らした。
目を見開くリョーマを見て、今度はいつもどおり目を閉じて笑って見せた。
「ね?」
「・・・・・・」
俯き、何も言わないリョーマ。
(あれ? 怒らせちゃったかな?)
などと不二が思っていると、
「―――え?」
近づけていた不二の頬をリョーマの手が包み込む。
再び触れ合う唇。今度は温かいその感触に、傘を落とす不二。
「リョーマ、君・・・・・・?」
2人きりの時だけ呼び合う名で思わず呼ぶ不二の焦りが手に取るようにわかり、リョーマはしてやったりとにやりと笑った。
「2人だけにならなきゃ出来ないわけ? まだまだだね」
お得意の言葉を吐いて先を歩く。その頬が若干赤くなっているのを不二に悟られないように。
(まいったなあ・・・・・・)
まさかリョーマがこんなことをしてくるとは思わなかった。本当にいつも彼には驚かされる。
前をずんずん歩く彼の頬が赤くなっているのが雪のベール越しに見え、不二は彼には珍しく頬を染めて照れ笑いを浮かべた。
傘を拾って、小さい体でがんばって歩く恋人に駆け寄るとその傘をかぶせてやった。
耳元で囁く。
「別に僕が嫌なわけじゃないんだけどね、ただかわいいリョーマ君を僕以外の人には見せたくないなあ、って思って。
―――という訳で、さっそく2人きりになれるよう僕の家に行こうか」
「はあ!? 何でそうなるのさ!!」
「だって傘1本しかないし。別れちゃったらリョーマ君1人で濡れて帰ることになるよ?」
「さっき送るって言ったじゃん!!」
「けどよくよく考えたらリョーマ君の家に送って行ってその後僕の家に帰るよりも、リョーマ君を僕の家に送ったほうが早いんじゃないかなあ」
「ぐ・・・・・・」
リョーマと不二の家は割と逆方向にある。これで一緒に帰ろうという時点でそもそもかなり無理があるのだ。
「・・・・・・わかりました!」
それでも不二の誘いに素直に受けるのは恥ずかしく、リョーマは仕方なくといった感じで1語1語強調して返事した。
逆にそれが照れ隠しなのだともちろん不二がわからないわけもなく、くすりと笑って首を傾げた。
「ではお越しくださいませ、王子様」
・ ・ ・ ・ ・
リビングのテーブルの上には半分ほど減ったココアとコーヒー。
湯気を薄くたなびかせるその向こうで、パジャマ姿の2人はようやくお互いの拘束を解き、息を深く吸った。
「周助、苦い・・・・・・」
「ああ、ブラックコーヒーだからね」
「よくそんな苦いの飲めるね」
「慣れれば普通に飲めるようになるよ。それに今はリョーマ君のココアと混ざって甘いしね」
「俺は周助のコーヒーと混ざって苦い・・・・・・」
「あはは。まあ甘いだけじゃ飽きちゃうし―――味も、恋も」
くさい台詞を吐く不二。だが彼が言うと不思議と合っていた。
だから、というわけではないが、赤くなった顔を隠すようにくるまっていた毛布に顔を埋めるリョーマ。そんな彼に笑みを浮かべると、不二は逆に自分がまとっていた毛布を肩から外して両手に持つと、それを自分ごとリョーマに被せた。
体にかかる重みに(とはいっても実際体重をかけているわけではないが)気がついたリョーマが顔を上げる。
毛布越しの薄ぼんやりとした明かりの中で2人は見つめ合い―――
再びどちらからともなく唇を重ねた。
「―――ねえ、今日他の人は?」
食事と2度目の風呂を終え、リョーマが首を傾げた。既に8時過ぎ。いつもなら不二の姉の由美子も帰っている時間だし、そもそも母親の淑子は仕事を持っていない。
「ああ、さっき電話があったんだけど、姉さんはこの雪で交通網全滅したから今日は会社に泊りだって」
「ふーん。おばさんは?」
「母さんは今週1週間父さんに会いに行ってるよ」
「そういえばアメリカだっけ?」
「うん。惜しかったね。日本にいたらこの大雪見られたのに」
「・・・・・・じゃあ今日ってもしかして・・・・・・」
「そう。僕とリョーマ君の2人っきりvv」
「・・・・・・・・・・・・」
嬉しそうに笑う不二に眩暈を覚える。
(どーりでリビングであんなコトしたワケだ・・・・・・)
「けど―――」
「?」
「このまま雪が降り続いたらいいね」
「何で?」
「だって、ずっと降り続いたらこの家もきっと遭難とかして中に閉じ込められちゃうでしょ? そうしたらリョーマ君とずっと2人っきりだよ・・・・・・」
冗談なのか、本気なのか。
お遊びなのか、それとも―――本音なのか。
(相変わらず判断不能だし・・・・・・)
それでも浮かべられた笑みが寂しそうで、リョーマは深くため息をついた。
「ばーか」
「え・・・?」
「ンなことになったらテニスできないじゃん。俺はまだ周助に勝ってないんだからね。それに周助と遊びにだって行けないし―――」
「・・・・・・・・・・・・。そっか。ごめんね」
「別に・・・・・・」
晴れていても、誰がいても、自分は不二と一緒にいたいのだと―――想いはどうやら伝わったみたいで。
「じゃあ早く晴れるといいね。そしたら思いっきりテニスしようね」
「当たり前」
にっこりと、嬉しそうに笑って抱きしめてくる不二に顔を赤くしながらもリョーマは頷いた。
・ ・ ・ ・ ・
「じゃあ今日はそんなわけで『雪山遭難ごっこ』でもやろうかvvv」
「はあ!!?」
先ほどまでもしんみりとした雰囲気をすべてぶち壊した不二の明るい声が響く。
「そんなわけでさっそく僕の部屋へ行こう!!」
「―――ってちょっ! 何やってんだよ!!?」
「え? リョーマ君を連れて行こうとしただけだけど?」
「それでなんで抱っこなんだよ!?」
それもなぜかお姫様抱っこ。顔を真っ赤にして怒鳴るリョーマに、不二はきれいに微笑んでみせた。
「その方が気分出るじゃない。怪我したリョーマ君を助けて洞穴に急ぐ僕、ってね」
「だから俺はやるなんて1言も言ってないだろ!!?」
「まあまあリョーマ君。騒いだら体力消耗しちゃうよvv」
「人の話を聞けーーー!!!」
・ ・ ・ ・ ・
次の日。
「あれ? おチビ眠そうだね」
「はあ、まあ・・・・・・」
「けどお前にしちゃ偉いじゃねーか。ちゃんと時間に間に合って」
「ああ、それはね、僕が―――」
「うわーーーーー!!!」
「にゃににゃに? にゃにがあったの、不二!?」
「あのね―――」
「言うなーーーーーー!!!!!」
時間通り集まってきたレギュラー及びテニス部員の見たものは、頭を抱えて嬉しそうに逃げる不二と、真っ赤な顔でその彼を追っては雪玉をぶつけようとするリョーマの姿だったという。
―――fin
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
というわけで突発『初雪が降りましたよ記念SS』でした。電車の中で雪を見ながら、「うわ〜。これはぜひネタにしてえ」と思い立ち、学校で講義の始まるまでの2時間半で書き上げました。ただし第1弾。レツゴ・デジでも何か書こうか考案中。しかし残念なことに講義は開始まであと20分。そろそろさすがに終わらせて教室行かねば。てなわけで続きは―――書けるのか? かなり疑問ですが、とりあえず不二リョバカップルはこれで終わりです。う〜みゅ。本当はオールキャラでこの後の雪合戦がメインだったのになあ。
そういや今回のリョーマは強気なのか弱気なのか。そしてこの話は不二リョなのかそれともリョ不二なのか。謎の多い作品だ・・・・・・。
2002.12.9