「大石、後は頼んだ」


 「―――ああ」







           『責任』 Nervous Gastritis








 関東大会第2試合、青学対城西湘南戦はW2の予想外の(としか言いようのない)アクシデントにより、現在城西湘南の1勝でW1を迎えていた。
 さて、そのW1、大石・菊丸組は・・・・・・







 「く・・・・・・!!」
 城西湘南、相手の2人組みの身長差を生かしたプレー、さらにまだ完全には治っていなかった右手首の痛みに、大石は声を殺してうめいた。かなりまずい展開だ。相手のプレーに対する打開策は思いつけない。しかも相手は自分を集中狙いするようになってきた。
 (このままでは・・・・・・)
 W2に続いての不戦敗[デフォ]。そんな嫌なシナリオが頭の中に描かれる。既にベスト8入りしてのこの対戦、もしも青学が負けたとしても敗者復活戦[コンソレーション]で勝てば全国へいける。だが、
 (それで勝てる保証はない・・・)
 手塚との約束が胸をよぎる。必ず青学を全国大会へ連れて行く、という、部長代理としての責任が。
 それに英二との黄金ペアは青学でも常勝ペアだ。ここで負ければチームの士気が下がる。
 部長代理としての責任[プレッシャー]、そして常勝ペアとしての責任。それらは今、大石にかつてない重圧を与えていた。
 (なんとか・・・・・・ここで勝たなければ・・・・・・・・・・・・!)
 ―――それは、正常な判断力を失わせるほどの重圧。
 (大丈夫だ。まだ行ける・・・!)
 炎症を起こし始めた赤い手首。熱を持つそこを左手で包み込む。動かす度、ボールを打つ度に痛みはひどくなっているが、まだ動かせるしラケットは握れる。大丈夫だ。
 心の中で自己暗示をかけ、大石は前を向き直った。










 「大石〜」


 「何だ? 英二」


 「あ・・・の・・・・・・」


 「勝負はこれからだ。全力でいこう」











 (大石・・・・・・・・・・・・)
 自分の台詞を遮り前を向く大石を、英二は心配そうな顔で見やった。本気でまずい展開だ。大石の中で気持ちだけが先走りし始めている。
 (このままじゃ・・・・・・)
 ダブルスをずっと組んでいて―――いや、青学レギュラーらなら誰でも知っている事と言えるかもしれないが―――大石は誰かの補佐という立場には適任だが、中心となって全ての責任を負うという立場には弱い。回り全てを見渡せる広い視野と器量。それは逆に全てを受け入れ、溢れ出すまで自分の中だけにとどめようとする欠点に繋がる。大石は今その状態だ。部長代理として、常勝ペアとして、なんとしてでもこの1戦は勝とうとしているのだろう。
 (だめだよ大石・・・・・・)
 もちろん自分だって勝ちたい。勝って全国大会へと行きたい。でもそれはみんな一緒にいくものだ。誰かの犠牲の上でなんて行きたくない。
 思い出すのは今までの対戦。2度も勝つために手を傷つけた河村。青学を全国へ導くため、と痛めた肩でそれでも最後まで試合をした手塚。彼らを見て、自分はどれだけ「もう止めて!」と叫びそうになった?
 そして、今度は大石が・・・・・・。
 河村も手塚も自分の意思を貫き通した。でも大石は? 確かに自分の意思もあるだろうけれど、それ以上に周りに押し潰されてその道を選んでいないか?
 止めるよう、言おうとして・・・・・・
 (・・・・・・・・・・・・やっぱ言えないよ)
 大石の真剣な横顔。固められたその決意を、崩すことはできない・・・・・・。
 (不二はすごいにゃ・・・)
 不動峰戦、自分をかばって手首を痛め、それでも試合を続けようとした河村を止めた不二。河村のあれだけの覚悟と熱意を前にしてのあの英断。やるのにどれだけの勇気がいった?
 (俺には出来ないよ・・・・・・)
 大石を止めることも、責任という名の負担を一緒に受け止めることも。
 俯きかけた、その心に―――
 かつての大石の言葉が浮かぶ。



 ―――『あきらめるな。あきらめなければチャンスは必ず見えてくる。
     自分[オレ]たちの力を信じよう』



 (――――――!!!)
 英二の目が見開かれた。
 (そうだ・・・。あきらめちゃいけないんだ・・・・・・)
 確かに自分には大石を止めることも、負担を一緒に受け止めることも出来ない。でもだからといって何も出来ないのか? 自分に出来ることはまだあるんじゃないのか?
 (俺たちの・・・俺の・・・力・・・・・・・・・・・・)
 思い出せ。自分には何が出来る? 勇気もない。器量の広さもない。ないないずくしのこの中で、それでも自分に出来ることは―――
 (・・・・・・・・・・・・あった)
 あるじゃないか。自分ならではの方法が。大石が自分のサポートをしてくれるように、自分もまた大石のサポートをしているではないか。
 暗闇の中を差し込む一筋の光。見つけたならばあとは簡単だ。そこに向かって手を伸ばし、辿り着けるまで歩き続けるだけ。決してあきらめず、前へと進む。それが―――
 (『俺だ』―――にゃんてねv)
 自然と口がつり上がる。にやりと笑って、英二は顔を上げた。










 「見つけたみたいだね、どうやら」


 「? 何が、っスか?」


 「答えを、さ。
まあ見ててごらん。彼らが『黄金ペア』と呼ばれるわけは、単純にダブルスのプレイがうまいからっていうだけじゃないから」


 「・・・?」











 ずきずきと痛む手首を上げ、サーブのモーションに入ろうとする大石。と―――
 「英二・・・・・・?」
 前衛で構えているはずの英二が、なぜか直立不動のまま自分を向いて―――完全にネットに背を向けて立っている。
 「何かあるのかい?」
 まっすぐ自分を見る彼に、尋ねる。が、英二は何も答えてこなかった。
 と、
 英二の顔が、にや〜っと笑みの形に変わっていった。
 「英、二・・・?」
 不審げな顔をする大石を無視して、英二はラケットを上に振り上げ、笑った。
 「勝ったっらおっ寿司♪ 勝ったっらおっ寿司♪」
 妙なリズムの変な歌。総じて気が抜ける―――というか腰が砕ける。実際相手2人も呆然としている。
 「ヤケでも起こしたか?」
 「それともまた何かの小細工か?」
 「それにしても唐突すぎじゃ・・・」
 「というか大体何の小細工だよ、アレ・・・・・・」
 周りからもそんな声が聞こえてくる中、それでも楽しそうに調子っぱずれの歌を歌う英二は止まらなかった。
 それを見て―――
 (お寿司・・・・・・って・・・・・・)
 英二の歌の意味はわかる。試合開始前河村が公言したものだ(バーニング状態ではあったが)。だが―――
 (そっちで頑張るのか・・・・・・・・・・・・?)
 自分は部長代理として、黄金ペアとして頑張ろうとしてるのに、この相棒[パートナー]はお寿司のために頑張るらしい。
 大石の中で何かががらがらと崩れていった。そして、
 崩れたその先で―――見えてくるものもあった。
 「そうだな」
 今まで独り善がりに何を思いつめていたのだろう。確かに今自分は部長代理だ。全員を引っ張る義務がある。
 だが、
 (全国へ行くのは俺だけの力じゃない。みんなの力だ)
 笑みを、いつもどおりの人を和ませる笑みを浮かべ、大石は英二に近寄っていった。
 笑顔の相棒の頭に手を乗せ、ぽんぽんと叩く。
 「そうだな。英二はわさび寿司嫌いだもんな」
 「だ〜ってメチャメチャ辛いじゃん! あんなの好きなの不二だけだって!!」
 握りこぶしで文句を垂れる英二に、大石が苦笑した。いいじゃないか。お寿司で頑張ったって。責任に押し潰されて、『頑張らないと』などと思うのよりも、ずっといい。
 深呼吸を1つする。これからやることには相当の勇気を要する。もしかしたらそのせいでダブルス2敗するかもしれない。
 シングルス陣を見やる。何をやるかわからないであろう海堂・リョーマはただ普通に自分たちを見やるだけ。そして不二は―――
 その笑みを、一瞬だけ柔らかくした。
 吸った息をゆっくり吐き出し、
 ―――大石はラケットを左手に持ち替えた。
 かつてのように、立てたラケットを肩まで持ち上げ、英二に突きつけ、
 言う。
 「じゃあ、今日はちゃんとアナゴのお寿司食べられるように頑張ろうな!」
 「にゃ!」
 力強い笑みで答える英二。そして今、2人の反撃が始まった・・・。










 「―――ね?」


 「はあ・・・・・・」











 新しいフォーメーション―――Tフォ―メーションで試合の流れを自分たちへと引き寄せた黄金ペア。フェンスの外でそれを指差し微笑む不二に、リョーマが間の抜けた声を上げた。実は彼にはよくわからなかったのだ。英二がいつもどおりバカな騒ぎをやっていただけ。なのになんで大石が急にリラックスしたのか。
 「―――ああ、英二先輩のあまりのバカっぷりに真面目にやるのが馬鹿馬鹿しく思ったんスか」
 「う〜ん。一応正解かな?」
 リョーマの先輩を先輩とも思わないそのあまりの言いっぷりに不二が苦笑した。彼はただの嫌味のつもりであっただろうが、一応も何も、平たく言ってしまえば彼の回答は完璧に正解だったのだから。
 「大石はね、プレッシャーに弱いんだ」
 「そんなん誰でも知ってるっスよ」
 「英二はね、そんな大石のパートナーなんだ」
 「そりゃそうでしょうね」
 「どうしてだと思う?」
 「はあ? 別にただ相性がいいだけでしょ?」
 「そうだね。相性がいい。テニスだけじゃなくて、全ての面でね」
 「―――だからアンタ何が言いたいのさ」
 もって回したような不二の話に、早くも根を上げるリョーマ。顔をしかめる彼を、不二は楽しそうに笑って見下ろした。
 「普段は英二自身意識してないだろうけどね、大石が英二のサポートをしているように英二も大石のサポートをしてるんだよ」
 「どこが? むしろ一番迷惑かけてんの英二先輩じゃないっスか」
 「確かにそうかもね。けど英二はああやって大石の負担を減らしてるんだよ。大石は真面目な人間だからね。僕たちが直接何か言ったところで通じない。いや、通じはするけどそれで心を変えたりとかは出来ない不器用な性格だ」
 「ああ、それもそうっスね」
 「でも英二はね、そんな大石の心を変えさせることが出来る。ああやって他人にはただのバカ騒ぎにしか見えないことでも―――」
 「・・・さりげにアンタも酷い事言うね」
 「見えないことでも大石にとっては立派な助け―――サポートなんだ。心の支援、とでも言うのかな? ああいう英二の言動が、大石の周りにある硬い殻を打ち砕いていくんだよ。あれは英二独特のものだ。他の人じゃテニスプレイの真似は出来るかもしれないけどああやって大石と支えあうことはできない。だから彼らは『黄金ペア』なんだよ」
 「へえ・・・」
 不二の説明を終え、リョーマが軽く笑みを浮かべて2人に視線を送った。ただそれだけ。だがそれを見て不二は満足げに微笑んだ。態度にはほとんど出さないが、どうやらわかってくれたようだ。
 と―――
 「そういえば大石先輩、左も上手いっスね」
 先ほどから左手で試合をしている大石。しかしながらその動きに不自然さはなく、多分今始めて彼を見る者は、彼は左利きだと信じるだろう。
 「ああ、大石は元々両腕利きみたいなものだから。普段右でテニスやってるけど、大抵の事は両方ともできるよ。多分今回の怪我で、いざというときのために練習してたんじゃないかな?」
 「はあ・・・・・・」
 そんな不二の言葉を証明するかのように、その後試合は青学黄金ペアの逆転勝利で幕を閉じた。















 「ありがとうな。英二」


 「んにゃ? 何が?」


 「・・・・・・いや。なんでもない」


 「―――勝って、よかったね」


 「・・・・・・。







  ―――ああ」









―――End








*     *     *     *     *

 飽きもせずせず城西湘南第4弾。よ〜やっとパラレルではなく通常Verです。そしてようやく若人戦から抜け出て他の対戦・・・・・・ってあれ? あんなに大好きだと言っていた爆笑兄弟[ユニット]は? 梶本は? って感じですね。まあ今回は短めに終わるちょっぴりシリアス編で。
 大石と英二。この2人って本当に相性よさそうだなあ、などと思ったり。そしてこの
CPを単独で出したのは今回が始めてだわ。実のところさりげに不二リョも絡んでたんですけどね。だから2人が会話してたり。そして不二様は暗に「だから僕たちも早くそんな関係になろうねv」などと言っていたりするわけで。
 ―――暗に込め過ぎですわ不二様。それではリョーマでなくとも伝わりません。
 そしてこの話の位置付け。アニプリ第
78話《サンダーボルト》の予告を見て妄想し始め、全て見終わった今書いたものです。そんなワケ(?)で本編かなり無視して突き進んでるよ・か・ん(いや事実だから)。一部台詞などは確認し次第直します―――が、1つ。Tフォーメーションは大石が手首痛めた後、ということですみませんがよろしくお願いします。・・・・・・しっかしあのフォーメーション、結局オーストラリアンフォーメーションとの違いが今だにわからん・・・・・・。
 では、このあたりで。

2003.6.21

追加.ああ、そろそろさすがに本命が書きたいなあ(なら早よ書け)・・・・・・