不二様のクッキング教室






 冬休み。受験生にとっては地獄の今日もこと不二と英二にとってはパラダイスだった。
 不二は弟の裕太が帰って来たため、そして英二はたまたま部活が休みになりリョーマと1日デートできるため、前日からかなり浮かれていた。
 そこで思いついたのがダブルデート。照れ屋なお互いの相方に言うと怒られそうなテーマだが、不二・英二・リョーマは当然の事ながら部活の先輩と後輩。で、中学に入ってすぐ不二と英二は親友となりお互いの家に行き来していたため裕太と英二も顔なじみ。そして都大会の一戦以降共感[シンパシー]を覚えたらしくリョーマと裕太は何度か会っては話をしていたりする『友達』。つまるところ4人で会おうと言ったところで不自然さは何もないわけで。
 そんなこんなであっさりこの計画は承諾された。ちなみにお互いの相方同士は相手が付き合っていることを知らない。そしてそれが他人にばれていることも(というか自分の恋人がその事を親友に包み隠さず話しあまつさえのろけていたりすることも)。なので普段メチャクチャなこの人らもさすがに他人の前では少しはましになるだろう、と油断してくれていたりする。正に罠にかかった子うさぎ達だ。むしろ自分達から食われたがっているかのように思われる(都合のいい解釈)。
 ―――と、喜んでいられたのは途中までだった。







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 あるテレビ番組にこんなコーナーがある。街行く女の子を特設台所に連れて行き、そこで指定した料理を作らせ今時の女の子の料理の下手さを笑う、といったものだ(いや厳密にはそれを嘆いた後ちゃんとした作り方を専門家に指導してもらうのだが)。
 今回はそれのスペシャル版らしい。今日び増えてきた男子の1人暮らしに合わせ、男の子にもぜひ料理を作らせちゃおう! というコンセプトらしい。
 ―――で、そのスタッフらの目に止まったのが楽しげに会話していた不二だった。確かに彼ならば視覚的にも問題なし―――どころかテレビに出せば文句なく視聴率はアップするだろう。たとえ料理の腕がよかろうが悪かろうが。
 が、
 「ちょっと待て兄貴・・・・・・」
 「そ、そ〜だよ不二。考え直した方が・・・・・・」
 「大体ただでさえファンとか多いのにこのうえテレビまで出たら大変なことになるっスよ・・・・・・」
 すっかり乗り気のスタッフに面白い物好きの不二。順調に進んでいた会話に連れ3人が待ったをかけた。
 「何で?」
 『え、え〜っとそのだからホラ・・・・・・』
 「あ、もしかして君たちもやりたい? 大丈夫。このコの次にやらせてあげるから。
  それとも何? 私たちが信用できないの? ほらそこでカメラ回ってるじゃない。それに特設キッチンもあるし。人騙すのにここまで手の込んだ事やる人はあまりいないでしょ?」
 『違う!!!』
 余計なことをいうスタッフの女性を一言で黙らせ、改めて不二を止めようと頑張る3人。
 「あ、ほら兄貴。もうこんな時間だし寄り道しねーで早く昼メシ食いにいこうせ?」
 「やだなあ裕太ってばv これからそのお昼を作るんだよ。心配しなくてもちゃんと4人分作るからねvv」
  ((ダメじゃん!!))
 「え・・・え〜っと、せっかくのWデートなのに邪魔が入っちゃ不二もいやでしょ?」
 「けどこれはこれで楽しい思い出になるじゃないv」
  ((なんねえ!!))
 「そ、その・・・俺ちょっとこれから用事ありますんで・・・・・・」
 「帰っちゃダメだよ。このあと英二も君のために作ってくれるんだからvv」
  ((誰か止めてくれ・・・・・・))
 「じゃあ僕頑張るねvv」
 ―――などという3人の思いも虚しく、恐怖の料理作りは始まってしまったのだった・・・・・・。







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 「今日作ってもらう物は『ミートソース』です。そこにある材料で好きなように作ってねv」
 「はい。わかりました」
 不二の笑顔にやられたスタッフが1人盛り上がっている。それを見て普段の裕太ならムカッときていただろうが、今日は話は別だった。
 「不二先輩の料理・・・って、一体何が出来るんスか?」
 「かなりタチの悪りいもんだ・・・・・・」
 「―――つまり?」
 「おチビも見ればすぐにわかるよ・・・・・・」
 青ざめ、げっそりとこけた顔でボソボソと呟く3人。ちなみにこの番組では、出来た料理は彼氏が試食する。ただし先程の不二の台詞により(というか当り前だが番組スタッフに全員友達と思われたため)3人とも試食するハメになった。
 「ところで質問なんですが、『ミートソース』と言うことは合わせる料理は何でもいいんですか?」
 「え? ああ、出来るなら何でもいいわよ?」
 いかにも料理に手馴れていますといったこの言葉に女性スタッフは頼もしげに頷いた。その後ろでその他スタッフがつまらなさそうに舌打ちしていたりするのだが、まあ番組としてはこれで料理ベタな方が盛り上がるからだろう。
 「じゃあ、定番ものでミートスパゲティなど」
 「・・・・・・なんか普通っスね。先輩ならワケわかんない料理名言うかと思ったのに」
 「まあ多分お子様舌な俺の好みに合わせたんだろうな」
 「俺としてはオムライスの方がいいかにゃ?」
 「じゃあ英二先輩次それ作ったらどうっスか?」
 「にゃ? おチビオムライス好き?」
 「・・・別に嫌いじゃないっスよ//」
 「よ〜っし! じゃあオムライス決定!!」
 といちゃつく2人は置いておいて。






  1.材料を用意しましょう

 「うわあああああ!?」
 るんるんと(死語)材料を調理台に並べる不二を見て、裕太は思い切り叫んでいた。
 「何、裕太?」
 「い、今兄貴何しようとした!?」
 「何? ・・・って」
 首を傾げる不二の手には小さなビンが握られている。
 「タバスコ、用意してただけだけど?」
 「何本!?」
 「2本・・・・・・」
 そう、不二の手に握られていたタバスコは1本ではなかった。片手に1本ずつ、計2本。
 暫し黙り込み―――不二はああと頷いた。
 「わかってるって裕太v けどこれだけしか用意されてないんだよね。だから買ってきてくれない?」
  (((何理解したんだよ・・・・・・?)))
 恐るべき不二の発言に慄く3人。というか周り全員。
 流石にその雰囲気を察したか、再び不二が眉をひそめた。
 「え? 1人1本にするためにはこれじゃ足りないっていう話じゃないの?」
  (((んなワケねーだろ!!!!!?)))
 食わされるヤツらが心の中で叫ぶ。しかし口に出来ないのはいつものことだった。
 「―――あ、もしかしてそれでも足りないって思ってるの? けどダメだよ。あんまり刺激のあるもの食べるとおなか壊しちゃうからv」
 (俺はコイツの中で何歳児なんだ?)
 突っ込みたいところは山ほど―――というか富士山に投棄されたゴミ以上にあるのだが、そこはぐっと堪えて裕太は笑みを浮かべた。
 「あ,あのさ、兄貴・・・・・・」
 「どうしたの、裕太? 顔引きつらせて」
 (笑みだ笑み!!)
 「ホラ俺さ、あんま辛いモンとか苦手だし、だから出来れば辛くしないでほしいかな〜・・・なんて」
 「ああ、裕太お子様舌だもんね。カレーも甘口でかぼちゃ入れてもらってるし」
 笑顔で話す不二。周りではスタッフやギャラリーが失笑している。
 (コノヤロ・・・・・・)
 顔が赤くなるのがもの凄くよくわかる。肩がぶるぶると震えるのも、歯をくいしばるのも。
 それらを意志の力で押さえつけ、裕太は「だから、な?」と小首を傾げて見せた。
 それを見てあっさり考えを翻す不二。
 「わかったよ裕太vv じゃあタバスコはなしねvv」
 (やった・・・・・・)
 恥も外聞も捨てた捨て身の作戦はどうやら成功したらしい。手に持ちっぱなしだったタバスコを台に戻す兄を見て、拳でガッツポーズをして2人の元へ戻る。
 無事使命を終え帰って来た勇者に浴びせられるものは賞賛の嵐だった。
 「よくやった、裕太!!」
 「俺今はじめてアンタの事尊敬した!」
 がし、と両手が2人に握られ、ブンブン振られる。不二がこの場にいなければ抱擁されていたかもしれない。



 第1試練は、そんな裕太の必死の努力によって無事通過した。






  2.材料を切って、煮込みましょう

 すぱたたたたたたたん!
 じゃっ! じゃっ! じゃっ!
 中学生男子とはとても思えない軽快な音と共に材料を切り、炒めていく不二。
 「上手いっスねー・・・・・・」
 ほーっと感心するリョーマ。めったに他人を誉めない自分の恋人が、他の男(というか他の人)に感心するというのは気に食わないものだが、英二はあえて怒りは静めて説明した。
 「不二さ、料理の
技術は凄いんだよね。家庭科で調理実習やってもそれだけで満点もらえるし。
  ただし、技術
だけは、ね・・・・・・」
 「そうそう、だからタチ悪りーんだよな。あれ見てまさか・・・・・・だなんて思うねーよなあ」
 「何、その妙にボカした部分?」
 と訊きつつも、既にリョーマには『・・・・・・』の部分に入る言葉の予想は出来ていた。ただそれを否定して欲しいだけで。
 などなどやっている間にも料理は完成へと着実に近付いていっていた。後は荒く刻んだトマト、もしくはトマト缶とお湯、そして香り付けにお好みでローリエなどを入れ煮込むだけで―――
 「にゃああああああ!?」
 英二の絶叫にローリエを入れようとしていた不二の手が止まる。
 「どうしたの、英二?」
 「い、今お前何しようとした!?」
 「何? ・・・って」
 首を傾げる不二の右手にはローリエの束が握られている。
 「ローリエ、入れようとしただけだけど?」
 「どの位!?」
 「全部・・・・・・」
 と言う彼の手に握られたローリエはざっと数えて
30枚。しかも左手にはさらにローリエの入った袋が握られていた。
 「4人分ならローリエは1枚入れればいいの! そんなに入れたら薬味臭くなるどころか味がわかんなくなるだろ!?」
 「そうなの?」
 本気で知らなかったらしく聞き返してくる不二の後ろで、これまた知らなかったらしい弟が同じ事を呟いていた。
 「そうだったのか・・・・・・!」
 「アンタ今まで見てて気付かなかったわけ?」
 たまたまそれが聞こえていたリョーマからため息が洩れる。料理は調理実習レベルしか知らないが、さすがにミートソースの上に山と乗った(であろう)、明らかに食用ではない葉には何かおかしいと思えた。
 「おかしい―――っつーか、学校の給食とかでミートソース出るとなんっか物足りないなって思ってた・・・・・・」
 目からうろこが落ちたと言わんばかりに驚く裕太に、呆れていつもの台詞も言い忘れるリョーマ。
 そして英二もまた同じように驚く不二に世の常識を叩き込んでいた。
 「そう!!」
 首を大きく振って断言する英二に少し引きつつも、了解してくれたらしく不二がローリエを1枚だけ入れて、残りは台に戻した。
 「英二が言うなら間違いはないよね」
 (よかった、俺料理やってて・・・・・・・・・・・・)
 英二が共働きの両親に感謝を捧げたのはこれが初めてかもしれない。



 第2試練は、そんな英二の料理に対する知識と信頼感によって無事通過した。が、もしもこの時リョーマが裕太の言葉を全てちゃんと聞いていたならば、この先に起こる惨劇は免れられたかもしれなかった。
 だがそんな事が起こるとはもちろんわかるわけもなく、不二の料理は最終段階に進んでいった。






  3.麺とソースを盛り付けましょう

 さてその後は何事もなくじっくり煮込まれ(当り前)、麺も順調にゆであがった。それらの器への盛り付け方も綺麗だった。間違ってもソースが器のはしに付いている、なんて事はない。料理の雑誌にそのまま出せそうだ。
 上には摩り下ろされたチーズが乗り、脇にパセリも邪魔にならない程度に載せられ、そして仕上げに―――
 「ちょっとタンマ」
 自慢の(本人はしていないが)動体視力で見切り(何をだよ・・・)、懐から何か取り出そうとした不二の手をリョーマががしりと掴んだ。
 「何かな? 越前君」
 「先輩、今何しようとしました?」
 「何? ・・・って」
 首を傾げる不二。その手が懐から出され、
 「不二家自家製のソース、隠し味に入れようとしただけだけど?」
  「「「『不二家自家製のソース』ぅ!?」」」
 あまりにも恐ろしすぎる不二の言葉に、3人がついにツッコミを入れる。
 「あれか・・・・・・」
 遠き日の(ものにしておきたかった)思い出がよみがえってきた裕太。その呟きを聞き逃すわけがなかったリョーマと英二が裕太の腕を引っ張り、不二から5mほど離れた。
 顔を近づけ口元を覆い隠し、声を潜めて3人はあの未知の物体についてのミニ対策会議を開いた。
 (で? あれなんなワケ)
 (言ったとおり、ウチの『秘伝のタレ』です)
 (・・・使ってるの?)
 (俺と親父以外)
 (・・・・・・・。つまり味は?)
 (この間テーブルに置かれてたの醤油と間違えて目玉焼きにかけました)
 (・・・・・・・・・で?)
 (1口食べてすぐ洗面所で吐いたのに、その後3日間寝込んだ)
 ―――ミニ会議の結果、3人の意志は無事1つの方向へと固まった。
 「せ、先輩。止めません? それ入れんの」
 「え? なんで?」
 「えっと、あの・・・・・・」
 とりあえず止めたはいいがその理由の思いつけないリョーマ。『不味いから』とか『命の保証がないから』とか浮かぶには浮かぶが、とてもじゃないが口には出せない。
 固まるリョーマに裕太・英二の助け舟が入った。
 「ホラ、家庭の味って、初めてのヤツには受け入れにくい事あんじゃねーか。だから入れないほうがいいんじゃねーのか?」
 「そうそう。おチビは不二の手料理食べんの初めてだし。やっぱ最初はクセのないものでいったほうがいいんじゃにゃい?」
 説得力溢れる(と思えなくもない)2人の力説っぷりにきょとんとしつつも、不二は出していた曰く『不二家自家製のタレ』を懐に戻した。
 「・・・・・・。それもそうだね」
  (((助かった・・・・・・)))
 胸を撫で下ろす3人。第3関門もリョーマという口実のおかげでクリアできた以上、ここまでくればもう後は何もない!
 安心して3人は不二からスパゲッティミートソースの乗った皿を受け取った。






  4.では、試食してみましょう

 「じゃあまず裕太ねvvv」
 「あ、ああ・・・・・・」
 最初に皿を受けとったのは、当然というか弟兼恋人の裕太。不二が、そして2人が不二とは違う意味で見守る中、覚悟を決めた裕太は渡されたフォークでソースと麺を混ぜ、麺をフォークですくい上げた。がさつに振舞いつつもさすが不二家の人間。麺を一気に啜り込むような真似はせず、きっちりと皿の端を利用してフォークに絡める。
 一口、はくりと食べ―――
 「・・・・・・上手い」
  「「な・・・・・・!?」」
 「ホント、裕太!?」
 「ああ・・・。マジで上手い」
 そういう裕太自身もこの事実が信じられず、手に持ったフォークが震えている。
 「よかった〜。裕太のために頑張って作った甲斐があったよ・・・vvv」
 (本当に、そう思ってくれてたんだな・・・・・・)
 本当に嬉しそうにふんわりと笑う不二に、裕太は今まで疑いすぎてたバツの悪さを覚えた。
 「そういや、昼まだだったっけ・・・・・・」
 そんな言葉を言い訳に、裕太は不二の目の前でスパゲッティを勢いよく平らげた。





 演技ではなくおいしそうに食べる裕太を観察し、
 「何だ。意外とイケるんスね」
 「不二がおいしい料理作った・・・!?」
 ―――まあ感想はそれぞれだが、お昼を食べていないのは2人も同じく。手に持ちっ放しだったお皿から流れてくるミートソースの(まともな)香りに鼻腔をくすぐられ、腹の虫がきゅるるるる〜っと鳴り出す。
 「んじゃ、俺たちも食べよっか」
 「そーっスね」
 2人もフォークを手に取り、一応適当に麺を巻き付けはしっこの分はちゅるりと吸い込み―――





















































 「
ぐ・・・・・・!!
 「
がはっ・・・・・・!!





 パリパリーン・・・・・
 ちゃり―――ん・・・・・・




















































 「なんだ?」
 「どうしたの?」
 トイレに駆け込む間もなくその場で卒倒する。皿やフォークが地面に落ちる音を遠くで聞きながら、2人は薄れ行く意識の中でようやく忘れてはならなかった重大事項を思い出した。
 即ち―――家を出る前まで
10数年は裕太もまた不二家にいたのだという事を。
 「どうしたんだろうね?」
 「さあ・・・・・・」
 首を傾げる変人2人に見下ろされ、屈辱のまま英二とリョーマの敗北が決定した。



―――終わり?


















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 わ〜や〜っとおわった〜。と長々かかってしまった割にはしょうもない内容の話です。イエ今まで実りのある話が書けたのかと問われると辛いのですが。
 どうでもいいですが不二と裕太の好みって完全に逆ですよね。
 ・不二=ケイジャン料理・辛いラーメン、それにりんご
 ・裕太=ケーキ・クレープ・いちご・かぼちゃ入りカレー(
FBより)。
 なんでラズベリーパイが入ってないのか疑問なのですがまあいいとして。ついでにじゃありんごのケーキだのりんごのクレープだの作れば由美子姉さん一石二鳥なんて思わないでもないですけどね。
 あ、
2nd stage(なんて名はついていませんでしたが)にてリョーマが聞き逃したこと。当り前ですが普通に出されたミートソースの味を疑う時点で裕太の舌は死滅しております。リョーマ君、ちゃんと話は聞きましょう。残念無念また来週〜・・・・・・なんてね。

2002.9.2011.24