天真爛漫。
人が俺の事を言う時、こう付ける事が多い。
意味がわからなくて姉ちゃんに訊いたら、
『う〜ん。そーねえ。無邪気で、明るくって、自然のままって感じかしら』
って教えてくれた。
『英二にはぴったりね』
とも。
敵を欺くにはまず味方からって言うけど―――それが自分なら見破れるのは誰?
この性格がウソなわけじゃない。ホントの部分もある。
けど俺にもよくわかんないんだ。
今の性格は『出来た』もの? それとも『造った』もの?
人に嫌われるのが怖い。人の中にいないと落ち着けない。
『英二、おまえほんっとバッカだな〜』
『にゃはは。それが俺のいいところだよん♪』
そうやって誰かにじゃれつきながら、心のどこかに冷めた部分がある。
狡猾に計算するこの部分。
どうやったらみんなに好かれる?
いつもそれが議題。
だから―――
『英二、聞いたか? 今度ウチのスクールになんとあの天才・不二が来るらしいぜ!?』
そんな『友達』の言葉にも、俺は『すっげー』と驚きながらどうやって攻略[なかよく]しようかとばかり考えていた。
天真爛漫のその奥で
「―――で、最後に彼が不二周助君だ。名前くらいは聞いたことがあるものも多いと思うが」
(ふ〜ん。あれが、ね・・・・・・)
次々と紹介されていく後の『友達』。ラストに紹介された『天才・不二』を見て、俺は周りと一緒にざわめきながら冷めた部分で軽く頷いた。
第一印象はその笑顔。一目でわかった。こいつは俺と同類だ。
様子見をしようか、それともいきなり話し掛けてみようか悩んだけど―――その必要はなかった。
「よお、お前、天才とか呼ばれてんだって?」
「何にせよここじゃお前はただの新入生だ。俺たちが最初に躾してやるよ」
あっさり他のやつに絡まれた。俺より1つ上の6年生。何かと普段から問題になる3人だ。
「練習試合みたいだぜ」
「だな」
近くにいたやつが耳打ちしてきた。俺は肩を竦めて頷いた。
「―――ゲームセット! 6−0。ウォンバイ不二!」
3人抜いて50分。しかも1ゲームも落としてない。
「うっへ〜。さすが『天才』」
目を見開いて周りが驚く。けど、俺は別のことで驚いた。
コールを聞いて、不二がため息をついた。試合後の緊張感をとくためじゃない。感情の機微には敏感なほうだ。あれは落胆のため息。
思わず笑みが零れる。こいつとの接し方は意外と簡単なところにあるのかもしれない。
思ったら即行動。握手もせず(まあ向こうもしそうになかったし)テニスコートを出る不二に駆け寄り、思い切り抱きついた。
「―――にゃ〜。お前強いのな。次俺と勝負やらない?」
「え・・・?」
そのまま転ぶかとも思ったけど、勢いをうまく殺して不二は振り向いてきた。おとなしげな見た目とは裏腹に、やっぱり運動神経はいいんだろう。まああれだけの事ができるんだから当たり前だろうけど。
近くで、目を開いて驚く不二を観察する。さらさらの茶色い髪の毛、小さい顔、セピア色の澄んだ目。同じ男なのに、俺の知ってる誰よりも綺麗だって思った。
それを隠して、明るく言う。
「いーじゃんいーじゃん! それとも何? 俺なんかと試合すんのはイヤとか?」
笑みを消してシュンとしぼむ。大抵の相手はこうすると何でも言うことを聞いてくれる。
「〜〜〜〜〜」
ほら、不二も困った顔してる。
―――と、せっかくのいいところで邪魔が入った。
「こら! 菊丸! 新入生はまだ球拾いだろ!? 早く戻れ!!」
ここに入って以来俺の面倒を見てくれる教官がやっぱり怒鳴り込んできた。普段は気さくでおもしろいけど、さすがに新しく入る生徒の前じゃいいカッコしたいみたいで。
「え〜!! 俺も試合やりたいにゃ〜!!!」
「『にゃ〜』なんてつけて可愛子ぶってもダメだ!!」
「ケチ〜〜〜〜〜〜!!!」
こんなときは粘りが肝心。こういった大人は、問題がない限りは『子どものわがまま』を大抵最後には許可してくれる。
「わかった。ただし1セットだけだからな」
「やった! ラッキ〜♪ ありがと〜おっちゃんvv」
「やめろ! 気持ち悪いことすんな!!」
許可してくれたらお礼は忘れず。ここで稼げば次回も楽になる。
教官が不二の方を見て、苦笑いした。
「というわけだから、すまないが相手してくれないか? まあ新入生だが実力はそこそこだ。肩慣らし位にはなるだろ」
「何だよ『そこそこ』って!!! スクール期待の星に向かって!!」
「期待してるのはお前だけだ!!」
それだけ言って、教官が戻っていく。他にも生徒はいるし、俺ばっかにかまってるほどヒマじゃないんだろう。
「んじゃ、いーよな?」
「あ、うん・・・・・・」
呆然とした不二に笑顔で訊く。やっぱり呆然としたまま頷く不二。なし崩しにもらった許可で、俺は不二と試合をすることになった。
「ザ・ベスト・オブ・1セット・マッチ! 菊丸サービスプレイ!」
審判も今度は特にいないから、試合はセルフジャッジですることになった。
明るく言い放って、サーブを打つ。と、同時にネットに向かってダッシュする。あからさまに手加減されてたさっきの試合じゃ、不二の実力はともかく詳しいプレイスタイルなんかは全然わからなかった。
(ま、もとからあんま気にしてないけどね)
誰が相手だろうと最初に流れを掴む。それが俺の戦法だった。テニスだけじゃなくって―――どんな場合でも。
狙い通りに不二が目に驚きを表す。けどあれは単に驚いてるだけじゃない。何かを狙ってる目だ。
そう、思ったとおりに―――
俺のいた中央を外して左側―――不二から向かって右に打ってきた。
(さっすが・・・・・・)
とっさの判断とは思えないその狙い澄まされた球。バックハンドじゃぎりぎり届かない。
(けど・・・持ち札はコレだけじゃないよん)
カードは最初からすべては見せない。それが勝負における勝つための鉄則。
「ほいっ」
体を右に向け、ラケットだけを後ろに回し背中側で打つ。
「アクロバティック・・・・・・」
さすがに驚いた不二が呟く。今度は完全に驚いたみたいで、抱きついたときと同じく目を見開いていた。
俺の返した球は、不二の脇を通ってコートの端でバウンドした。
「15−0! 菊丸1ポイント目ゲーット!!」
にゃはははは!
全員の注目が笑った俺に集まる。不二の視線も。
不二の浮かべる笑みが変わってた。さっきまでのお愛想じゃない。
(スイッチオン・・・・・・)
『天才・不二』の本領発揮。それはつまり―――不二のガードを一つ解いたという事。
(けど、それだけじゃ、ね)
「んじゃ、次行くよーん」
『計算』は全て隠して、俺は明るく言って2球目を打った。
「ゲームカウント3−4。不二リード」
不二のコールに周りが沸く。あの不二相手にただの新入りが互角の勝負をしてるとくれば当然だ。
そんな中、俺も面白くて仕方なかった。
多分この試合は負ける。ここまで互角にこれたのは不二が俺の動きに慣れなかったから。けどもう慣れ始めてる。単純にテニスの腕なら、今までの試合で不二のほうが高いことはわかってる。
けど、
俺の目の前で、不二は闘争心を剥き出しにしてた。会ったのは今日が初めてだけど、多分不二にそんな風に見られたことがあるやつはほとんどいない。
俺が―――不二の『特別』になった。
(作戦せーこー大成功〜♪)
笑う俺に、やっぱり『笑った』不二がサーブを打ってきた。
「ゲームセット。6−4。ウォンバイ―――」
「にゃ〜! 負けたー!!」
不二のコールが終わる前に、俺はコートに大の字に寝転んだ。負ける、とは予想してたけどやっぱ悔しい。まあとりあえずこれだけ取れれば上出来かも知れないけど。
寝転ぶ俺に、不二のコールが続く。
「―――ウォンバイ不二」
「不〜二〜・・・・・・」
わざわざ―――というかわざと―――続けられたそれに体を起こして恨みがましく言ってやった。
わざとの仕返し。
(う・・・・・・?)
なのにそれを聞いて不二は悪いって思ったのか下を向いた。
髪で隠してるつもりだろうけど、その下で寂しそうに笑ってるのはバレバレだった。
(・・・・・・ってこれじゃ俺が悪いやつみたいじゃん)
本当は嬉しいのに。
今の様子からすると、やっぱり不二は今みたいなやり取りには慣れてない。それをしてもらえたってことは、それだけ不二が俺に気を許してくれたってことだ。嬉しくないわけがない。
「―――にゃ〜んてね♪」
「え・・・?」
だから、俺は驚く不二の前でもう一度寝転んでからその勢いで倒立して、手だけで上に飛んで立ち上がった。
手についた汚れを叩いて落として、笑顔でネットの向こうにいる不二に手を出した。
「負けたけど、すっげー楽しかったよん。不二」
「菊丸、君・・・・・・?」
苗字で、しかも『クン』付けで呼んでくる不二に、顔をしかめる。俺を知ってるやつは、大体大人なら『菊丸』、友達なら『英二』だ。そうやって呼ばれるのがいつもの事だったから、不二の今の呼び方はすっごく気になる。
「『英二』!」
「え?」
「やっぱ友達なら名前っしょ! ・・・・・・ってそーいや俺まだ自己紹介してなかったっけ。
―――菊丸英二。よろしくにゃv」
「あ・・・・・・」
(まだ『友達』じゃないかもしれないけどね)
でも多分すぐに本当の『友達』になれる。驚きから笑顔に―――みんなに向けてたのとも試合中のとも違う、嬉しそうな笑顔になる不二を見てそう思った。
不二の手が、ネット越しに俺の手を握る。俺より冷たい。けど温もりはしっかりあった。
「僕は―――不二周助。よろしくね」
もちろん最初に教官が紹介してたし有名だったから知ってたけど、やっぱり自己紹介なら本人が言うのが一番しっくりくる。
(不二・・・・・・周助・・・・・・)
それを心の中で呟いて―――
(言いにくい・・・・・・)
「周助・・・・・・、周・・・・・・しゅー・・・・・・」
「どうしたの?」
口の中で練習してると、不二が声をかけてきた。そういえばまだ手を握りっぱなしだった。
「ん〜・・・。にゃんか『周助』って言いづらい〜〜〜〜〜!!!」
俺にとっては重要な問題だったのに・・・・・・
ブッ!
「あははははははは!!!」
思いっきり不二は笑いやがった。
「にゃ〜!! 人が真面目に考えてんのに笑う事ないじゃん!!」
「ごめんごめん」
両手をぶんぶん振って怒る俺。目に溜まった涙を手で拭きながら謝る不二。
それでもつないだ手は離れないままで。
「別に『不二』でいいよ。ね、英二」
「やっぱ不二ってイジワル〜〜〜!!!」
今日、テニスで友達になったやつ、不二周助。
ネットを挟んでいつまでも笑いつづけながら、俺はこいつとならうまくやっていけるって思った。
―――なんで、って? そりゃもちろんこいつも『クセ者』だからっしょ!
でもって今―――。
・ ・ ・ ・ ・
「英二! 早くしないと部活遅れるよ!」
「うにゃ〜。あとちょっと〜・・・」
部室にて。友達に貸してもらった雑誌をぺらぺらめくってると、後ろにいた不二のため息が聞こえた。
「そんなんじゃ手塚に『グラウンド20周!』とか言われるんじゃない?」
バタン。
「さー行こー不二。ンなトコで油売ってたら手塚にまたグラウンド走らさせられるし!」
慌てて雑誌を閉じて出口に向かう、と、
「―――あー! おチビにゃ〜v」
「え? どこ?」
扉から顔を覗かせてきょろきょろする不二に、指で指し示して教えてやる。
「そこそこ。今こっちに向かってるやつ―――ってまた桃がいっしょじゃん!!」
「―――ういっス。英二先輩、不二先輩」
「ハヨっす。英二先輩、不二先輩。
・・・・・・英二先輩、また何怒ってるんスか?」
「桃ばっかおチビといっしょでズルいにゃ〜!!!」
「ええっ!? コイツとはそこでたまたま会っただけっスよ!!」
「ズルいズルいズルい〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「―――はいはい、英二。そんなことしてたら本当に遅刻だよ?」
「うにゃ!?」
不二の声に、部室備え付けの時計を見る。部活まで―――あと2分。部活開始時刻ぴったりにちゃんとコートにいないと遅刻決定。しかもここの時計と手塚の持ってる腕時計は時報を感知してぴったりに合わせているらしい、っていうのが部員全員の意見。
(マジ・・・・・・?)
「もーこんな時間!
いそご、不二!」
そうやって、手を伸ばすのはこれで何回目か。
手の大きさや硬さは2人とも変わったけど、俺が伸ばした手を不二が握る。これはあの日からずっと変わりないことで。
だから・・・・・・
「うん・・・・・・」
今日もまた、不二は笑って俺の手を握り返してきた。
「―――という訳だから、2人とも急がないと遅刻だよ?」
「うげ!?」
「ホラやっぱ桃先輩がちんたらしてるから!」
「うっせーぞ越前! お前こそ俺が急げっつってんのにファンタ買いたいなんてダダこねたクセに!!」
「何人に責任押し付けてんスか! 先輩なら先輩らしく―――!」
「お前こそこーゆー時しか俺の事先輩扱いしねークセに―――!!」
そんなやり取りを背に部室を出る俺と不二。と、手にかかる重みが一瞬だけ変わった。
後ろを向いて不二を見る。不二は何でか肩を竦めてた。
「んにゃ? 不二、どーしたん?」
「いや? 別に?」
仲間・友達・後輩・ライバル、そんで―――親友。
テニスを通じて俺にはいろんな相手が出来た。
「青学―――だけじゃないけど、ここらへんってクセ者多いーよね」
「ん? 何か言った?」
「うんにゃ。な〜んも」
「そう・・・?」
首をかしげる不二の前で、俺は小さく笑った。ウソじゃない、ホントの笑顔で。
―――Fin
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
反省のコーナー。
英二の気持ちがさっぱりわかりませんね。以上。
・・・・・・ってそこが中心じゃん。
えっと、この話の英二の考え方。2通りあるんですよね。
中を決して見せない不二の内側に入って自分を『特別な存在』として扱って欲しい。
でもって
逆に自分の内側に入って全てを受け入れて―――あるいは壊して―――欲しい。
結局はどっちも同じなんですけどね。
そして不二はその英二の気持ちを全く汲み取ってなかったように思われますが・・・・・・・・・・・・『過去』から『現在』へ移行する間に何かあったんでしょう(無理矢理〆)。
そんなワケでこちらもラストに宣伝(になるのかなあ?)。
この話は元々不二サイドのみの単発モノでしたが、こちらも追加しました。メニューにありますとおり不二サイド【天才の憂鬱】とセットになってます。英二曰くの『同類』あるいは『クセ者』はどの辺りを指してるのか、とか、僅かな表情の変化理由、とかがわかる・・・ハズ・・・・・・です・・・・・・・・・・・・?
しっかし・・・・・・不二サイドと英二サイド、書いたのに1年近くの開きがあるためすっさまじくいろいろ変わったような。あ、ちなみにこちら妙な部分でひらがな多いのは変換ミスのせいだけではありません。なにせこの時英二は10歳か11歳なので(・・・のわりにはヘンなところで妙な単語知ってたような気もしますが)。
2003.4.8〜11