ここはプールにある迷子センター。さてさて、今日はどんな迷子さんが来るのかな?
いつも一緒 一緒に遊ぼ
〜プール編〜
がちゃ―――
「せんぱーい。次の迷子の子っス」
「あらあら。やっぱり今日は多いわね」
「久し振りに暑いっスからね。客も多い」
「ま、そのおかげでクビにならずにすんでるんだから感謝しなきゃね」
と、マイクの前に座っていた女性が茶化してドアへと近付いた。同僚に連れられ入って来た、まだ幼稚園〜小学校低学年くらいの男の子の下へ。
黄色い海パンの男の子。短く刈り込まれた頭に水中ゴーグルをつけた、活発そうなイメージ。大きくてキラキラ光った瞳が純真さをあらわしている。
(かわい〜vvv)
心の中でそんな事を思いつつも、もちろん表には出さず女性はしゃがみ込んでその少年と目線を合わせた。
「ボク、お名前なんて言うの?」
優しく問う。
が―――
「・・・・・・・・・・・・」
少年はオドオドとこちらを見上げ、ただ俯くだけだった。
(う〜ん。緊張してるのかな?)
別に珍しくもない。こんな人込みの中でいきなり親などと離れ、挙句見知らぬ人に話し掛けられてはこうなっても当然だ。むしろ答えられる子の方が少ない。まだ泣き叫ばないだけいい。
もう一度、尋ねる。今度は安心させるように頭を撫でて。
「ボク、お名前なんて言うのかな? お姉さんに教えてくれない?」
「『お姉さん』・・・・・・?」
その子の後ろで半端な笑いで突っ込む同僚のすねを死角から蹴飛ばして、
「ね?」
と笑ってみる。しかしその子は俯いたまま。
(これは手強い・・・・・・)
「教えてくれたらボクの事知らせてあげるから。そしたらお父さんかお母さんが迎えにくるわよ?」
言って、肩に手を置く。
ビク―――!!
なぜかいきなりその子は過剰反応した。手を置いた肩を思い切り撥ね上げ、さらにカタカタと目を震わせる。
「?」
同僚と顔を見合わせる。彼は彼で肩を竦め首を振っていた。割と長年この仕事をやっているが、こんな反応をされたのは初めてだ。
「困ったわねえ。名前がわからないんじゃお知らせのし様がない」
ゴーグルや海パンといった身に付けられたものを見ても、どこにも名前は書かれていない。もしかしたら裏側に書いてあるのかもしれないが・・・・・・
「先輩、とりあえずその子の特徴言ってったらどうっスか? もしかしたらそれで気付くかも」
「―――そうね」
同僚の提案に頷き、少年の特徴を見ようと顔を近づける。
と、そこで少年が動いた。
両手を頭に伸ばし、ゴーグルを少し下げる。
さらに俯く顔。陰になった唇がもじょもじょと動いた。
(あ、もしかして照れてる・・・?)
そんな様も可愛いvv などと思いつつ、とりあえず観察できた項目を頭の中で反復した。6歳くらいの少年。茶色い目で同色の髪を短く刈り込み、黄色い海パンと茶色のゴーグル。
―――どう考えてもこんな特徴の子どもなどここには数十人はいそうだが、さすがにその全てが親と離れたわけもあるまい。
マイクの前に再び腰を下ろし、女性がマイクのスイッチに手を伸ばす。
そこに、新たな『客』が来た。
「この子迷子みたいです。放送頼めますか?」
入って来たのはやはり同僚の少女。アルバイトの彼女に連れられ今度入って来たのは―――
碧い瞳の少女だった。
「えっと・・・・・・」
「迷子『みたい』なんですけど、日本語がほとんどわからないみたいでとりあえずついてきては貰ったんですけど・・・・・・」
気まずげに話す彼女の前で、女性はさらに気まずげな視線をずっといた同僚の男性と交わした。
「先輩、英語は・・・・・・?」
「通知表は常に2」
『・・・・・・・・・・・・』
流れる、気まず過ぎる空気。この時点で迷子の少女との意思疎通手段を持つ者は誰もいないと判明した。
が、だからといって放送出来ないのでは困る。とりあえずカタコトの英語でなんとか名前だけでも聞き出そうとする。
「えっと、ネーム・・・。プリーズ、ユア、ネーム・・・・・・」
「先輩、それめちゃめちゃカタカナっスよ・・・・・・」
「うっさい! 通じりゃよし!!」
先程から失礼極まりない同僚を一言で黙らせる。そして完全に沈黙するこの場。
・・・・・・どうやらさっぱり通じなかったらしい。
「駄目だった」
『諦め早ッ!!』
爽やかに言う女性に、同僚2人がさすがに突っ込む。
と―――
今まで黙り込んでいた少年がふいに口を開いた。少女に向かって、話し掛ける。
それに答える少女。さらに尋ねる少年。
2言3言交わされる会話に、迷子センター職員3人は口をぽかんと開いた。
日本語ではない。少年の話しているのは英語だった。それも女性のもののようなあからさまなカタカナ英語ではなく、本場で即座に通用する流暢な英語。
明らかに日本人に見える少年のそんな行為に、3人は口を挟む事も忘れただ見守るだけだった。
―――そんなワケで3人は一切何を話しているか分からないのだが、それではなんなので日本語バージョンで今の会話を再生する。
『その人たち、名前訊いてるみたいだよ』
『シ、シルフィー。シルフィー=ランベルト』
『誰と来てるの?』
『お父さんと、お母さんと』
『今お知らせやってくれるって。そしたらすぐ来てくれるんだって』
といったところ。
「―――その子、シルフィー=ランベルトって言うんだって。お父さんとお母さんと来てるみたい」
「え? そ、そうなの・・・?」
「ていうか日本語?」
いきなりこちら、職員たちを見る少年。今度はごく普通に(職員視点)日本語で話してきた。
驚きのあまり、礼を言うのも忘れ女性は再びマイクに近付いた。と―――
再び少女が今度は早口で何か言う。
「今度は何!?」
ただでさえわからないのに切羽詰られて言われたらこっちも焦るしかない!!
6歳児を頼るのはどうかとも思ったが、女性は少年に尋ねた。
「・・・・・・。お父さんもお母さんも日本語あんまりわかんないんだって。放送流しても分からないんじゃないかなあ・・・って」
一瞬向けられた少年の瞳がもの凄く痛かったような気がする。
「でも英語って・・・・・・」
悩む女性。そこへまたしても同僚から声がかかった。先程からアドバイスと茶化し両方を入れているその同僚は、今度はアドバイスを入れてきた。
「あ、じゃあ先輩、その子に放送やらせたらどうっスか?」
「ええ!?」
叫んできたのは少年。だがそれがー番良さそうだ。というか他に方法はない。
「じゃあボク、こっちに来てね」
一度決めると後は早いことを日々自慢している女性が、さっそく有無を言わさず少年を自分の代わりに椅子につかせた。
「今からお姉さんが言う事をそのまま英語で言ってね」
なぜか激しく抵抗する少年を同僚2人掛りで押さえつけさせ、マニュアルを手にさっそく用件を言う。
「まず『迷子のお知らせです』」
反論を無視して言うと、少年はおとなしく英語で言ってくれた。もちろんマイクのスイッチはちゃんと入れてある。
少年の可愛らしい英語が響く。
「その調子。『シルフィー=ランベルトちゃんのお父様、お母様。現在迷子センターでシルフィーちゃんをを預かっています。迎えに来てください。繰り返します―――』」
こちらの声に合わせてマイクに話かける少年。それが正しいのか判定の仕様はなかったが、とりあえずそばにいた少女―――シルフィーは安心して聞いている。
「とりあえず、一つ目は解決ね」
マイクのスイッチを切って、迷子センター職員の女性はほ〜〜〜っと長い息を吐いた。
√ √ √ √ √
放送が終わったら後はじっと待つだけ。―――いやホントは少年のもやらなければならないのだが。
今、少女が保護される前に先に少年がいなくなっては大変だ!!
というわけで頭を下げてもうちょっと待ってくれるよう頼んだのだが、なぜか意外にもその少年は快諾してくれた。
『お願いします!! ぜひそうしてください!!!』
今までとは打って変わって力強くそう言う少年。奇妙な感じもしたが、機嫌を損ねていなくなられれば困る。なのでそこについては誰も突っ込まずにいた。
「あ、ところでキミ名前は?」
さすがにいつまでも『ボク』ではやりにくい。話せる事と日本語が通じる事はもうわかっている。
フランクな感じで問う女性に、少年もようやく口を開こうとした。
と―――
トントン
ノックの音が2度。そしてその後扉が開かれた。
「すみません。シルフィーさんいらっしゃいますか?」
(はて・・・?)
先程の話ではシルフィーの両親は日本語が出来ない筈だ。だが聞こえてきたのは紛れもなく日本語。通信簿2の女性がその内容を正確に理解出来るのだから間違いはない。しかもかなり上手い。妙なイントネーションは一切ない。
その上口調こそ大人びているもののこの声は子ども独特の高さを含む。少なくとも『両親』のものではあるまい。
―――実はそんなことを考える女性、そして少年のいた位置は、右側内開きの扉のおかげで丁度入ってきた人間が死角となるのだ。
「パパ!!」
「シルフィー!!」
扉に向かってダッシュする少女。その様を見る限り両親が来たらしいが・・・・・・。
飛びつき抱き合っている(らしい)2人。その姿を確認しようと場所を移動した女性は見ていなかった。最初に声が聞こえて以来、一緒にいた少年の怯えが激しくなった事を。
全身をがくがくと震わせる少年。口も塞ぎ、早くこの災厄が立ち去る事を心より祈るその様がありありと見て取れるのだが、
彼の思いも虚しく、扉がさらに開かれた。
「裕太! やっぱりいた!」
そこからまたしても少年が入ってくる。最初に声をかけてきたのは彼だろう。
中にいる少年とどっこいどっこいの年齢。こちらは青の海パンの上に水色のパーカーを羽織っている。
それを見て・・・・・・
「兄、ちゃん・・・・・・」
震える声で迷子の少年が呟いた。確かにその子と同じ色の髪。こちらは肩上まで長めに垂らしているからなのか、それとも笑みと共に見開かれた瞳がむしろ少女と同じ碧だからなのか、あまり兄弟には見えないのだが、とりあえずそんな客観的事実は置いておいて。
「なんで・・・ここ・・・・・・・・・・・・・」
「さっきの放送ですぐにわかったよ。僕が裕太の声聞き逃すなんて思う?」
「・・・・・・・・・・・・。だからヤだったのに・・・・・・(ぼそ)」
「も〜心配したよ。いきなりいなくなっちゃうんだもの。
さ、早く行こう。みんな心配してるよ」
そう言い、入って来た少年が座っていた少年―――裕太君、というらしい―――を見た目とは裏腹の力強さで引き摺り下ろした。裕太君もイスの肘にしがみついて堪えてはいたが、3秒と持たなかった。
「じゃあ次はあっちの流れるプールね」
「いやだって言ってんじゃん!!」
「え? 何で? 裕太すっごく楽しみにしてたでしょ? そこでゴムボート浮かべるんだって」
「だからって突き落とす事ないだろ!?」
「やだなあ。一緒に飛び込んだだけじゃないか」
「しかも1人だけ戻って!! 僕だけ溺れかけたんだからな!!」
「ちゃんと浮き輪は投げたでしょ?」
「溺れかけてて掴まれるわけないでしょ!? しかも引き上げてくれないし!!」
「だって裕太ってば流れていっちゃうんだもの」
「『流れるプール』なんだから流れて当たり前でしょ!? ロープつけるとか追いかけるとかいろいろ方法あるじゃん!!」
「でもロープはないし、ボートに乗ったまま追いかけると他の方に迷惑だし・・・・・・」
「だったら最初っから落とすな!!」
「そうはいってもみんな喜んだじゃない。父さんだってカメラ回してたし、母さんだって姉さんだって『可愛い』って言ってたよ?」
「人の溺れる姿のんびり鑑賞すんなよ!!」
「だから、ね? 裕太v」
「絶対ヤダ!!」
「裕太・・・・・・。
―――僕達の言う事に逆らうのかな・・・?」
「ゔ・・・・・・・・・・・・」
突如大人しくなった裕太君を連れて、少年は職員ドアへと向かった。
ドアの前できちんとお辞儀をする。
「弟がお世話になりました」
「い〜や〜だ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
ばたん
『・・・・・・・・・・・・』
閉じられた扉を見ながら、取り残された職員3人は本日何度目かわからないが呆然とした。
「なんだったのかしら・・・・・・?」
「さあ・・・・・・」
呟く職員ら。ドアの向こうでは、裕太君の悲鳴がまだまだ続いていた。
『ケーサツにかくまってもらえばよかった〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!』
―――果てさて彼らの正体は!?
そんなの当り前で某不二家の長男&次男ですな。では以上、ほのぼの家族団欒記でした(誤)。
というワケで(仕切りなおし)不二先輩アルバムデビュー記念第2弾は『Sempre com irmao −いつも一緒−』よりでした。そういえばこれ、ポルトガル語だったんですね。やっぱフランス語だと思った人多かったみたいで、オン・ザ・レイディオで甲斐田さんが説明していました。
さてこの曲、一見ほのぼのに聴かせつつどう聴いても裕太いじめの歌にしか聴けないというなんだかなあ、と言わんばかりの歌詞。ちなみにビーチハウスでのことなので厳密にはこの話の設定は大きく間違えてます。ただ本日のニュースの特集にてプールの迷子センターを取り上げ、『ゆうとくん(かな?)』 と呼んでいたのを寝起きの頭で(なくともナチュラルに)『裕太君』と聞き間違えたためこんな話になりました。なお外国人の少女が連れてこられたのは実際の場面です。その際は彼女が自分で名前のみアナウンスしていましたが。まあこんな子どもが『偶然』近くにいるわけはありません。そして裕太と不二、なぜ英語が出来るのか(不二のシーンはありませんでいたが、シルフィーの両親を連れて来たのは裕太の声を聞いて迷子センターの向かう最中場所がわからず道行く人に〔もちろん英語で〕尋ねていた2人に遭遇したという裏設定があったりします)というと、父親がアメリカで仕事してる都合上幼い頃から何度もアメリカに行っていた為、という設定があったりします。ついでにこの日は久し振りに返ってきた父親とたまたま出掛けてきていたり。
そういえば、PS2ソフト『Smash Hit!』、裕太の目も青いんですよね(2で2人共セピアに戻されましたが)。ここはもう父親が青い目の外国人だったとするしか・・・・・・(勝手な妄想)!!
2003.8.22