こんなところにあんなところに。

勝手に妄想! 不二受け劇場






  パターン2 青学対立海大戦S2

 「隙、見ぃ―――っけ」
 ドゴキッ!!
 『不二先輩―――っ!!』
 切原のボールを喰らい、倒れこんだ不二。叫ぶみんなの前でラケットを持って立ち上がり―――
 「はい、大丈夫です。試合を続け・・・」
 そこで、動きが止まった。
 何かがおかしい。今、自分の目の前にあるのは何だ?
 目の前に手をやる。予感が確信に変わった。
 くらりと揺れる頭。そうだ。今自分は頭にボールを喰らって。
 そして・・・・・・・・・・・・
 (助けて・・・・・・)





 「不二くんの様子、おかしくない?」
 「どうしたんだ?」
 客席にてぼそりと呟く千石と佐伯。周りはまだ気付いていないかもしれない。だがわかる。今の不二からは完全に表情が抜け落ちている。いつもの笑みだけではない。切原とどういう因縁があるのか試合開始時からずっと見せていた氷のような無表情もまた。
 『無表情』。それもまた、不二の中では『表情』のひとつなのだ。自ら造り出すものという意味で。
 今の不二の顔。それは限りなく自然体な顔だった。ただし少し特殊な意味での。
 今の不二の顔は―――助けを求める顔。差し伸べられる手を求め、それを掴む事に何のためらいもなかった幼い頃の顔。守られる事を当然とし、守る存在を自然としていたあの頃。
 そしてそんな彼の守り手は・・・・・・
 「―――景吾?」
 何となくそばに寄っていた2人の間で、
 まるでこの試合に間に合わせるかのような―――実際その通りなのだろうが―――タイミングで来た男は、無言のまま客席階段をゆっくりと下りていった。





 不二にボールを手渡す竜崎。なかなか受け取ろうとしない不二に何かを気付きかけ―――
 「不二お前まさか・・・・・・・・・・・・・・・」
 「周!!」
 呟く声は、より大きな呼びかけを前にあっさり消え去った。
 「跡部、さん・・・・・・?」
 いつの間に来ていたのか、青学応援団のすぐ隣まで降りてきていた跡部が仕切りに片手をついて軽く身を乗り出していた。
 誰もが呼びかけた主に驚き―――次いで呼びかけられた主に驚いた。
 「おら周! こっち来い!」
 そんな言葉を待つまでもなく。
 不二は竜崎の存在も無視し、そちらへと歩み寄っていっていた。まるで迷い子が自分を迎えに来てくれた親の元へと向かうように。
 迷いのない目。ただ求め、ただ得る。そう信じきった眼差しで。
 それこそ刷り込みの如く。試合放棄で跡部の元へとひょこひょこ向かう不二を誰も止める事は出来なかった。
 一方跡部は目の前に来た不二の襟を左手で掴み、
 振り上げた右拳で、思い切り右のこめかみを殴りつけた。
 ドゴッ―――!!
 『――――――っ!!??』
 いきなりの暴挙に、言葉もなく目を見開く周り全員切原含む。
 不二もまた、顔を背けたまま目を見開き―――
 「―――っあーーーーーー!!!!!!!」
 思い切り悲鳴を上げた。
 両手を戦慄かせ、
 「何すんのさ景!! おかげで全然見えなくなっちゃったじゃないか!! まだちょっとは見えてたんだよ!!??」
 「うっせー!! 頭ぐらぐら揺らして何ほざいてやがる!! てめぇ今ここまで来んのにどれだけふらついてたか気付いてんのか!! 酔いどれ親父かてめぇは!!」
 「酔いどれ・・・って・・・・・・。
  そりゃ確かにちょっと動きにくいなって思ったけど、でも全然見えなくなるよりはマシだったじゃないか!!」
 「どこがだ!! 見えたところで走れなきゃ意味ねえだろーが!!
  大体普段からろくすっぽ球なんぞ見てねえんだろ!? だったら全然見えなかろうが問題ねえじゃねえか!!」
 「あるに決まってんじゃないか!! コートだって見えないんだよ!? どこがラインかわからないじゃない!!」
 「ンなモン勘で行け!!」
 「無茶言わないでよ!!」
 「ラインの太さ1mにしなきゃ見えねえんだったらどうせ一緒だろーが!!」
 「調子いい時は
80cmで見えるもん!!」
 「だからどうした!! どこの世界にライン
80cmで描いてくれるコートがある!?」
 「家のコートのラインは1mだよ!?」
 「ンなあからさまにてめぇ用にピンポイントで作られたモン引き合いに出すんじゃねえ!! 第一問題でまともに見てえんだったら素直に眼鏡かけやがれ!!」
 「ヤだよウチの部活で眼鏡って言ったら変人の代名詞なんだから!!」
 「てめぇが一番の変人だ!!!
  それはともかく!!」
 「うわっ!!」
 何だか謎な会話を繰り広げていた2人。いきなり跡部が不二の体を反転させた。
 コート側を向いたところで肩を押さえて固定し、
 「いいか? こっからまっすぐ9歩歩いたところがど真ん中だ」
 「うん」
 言われるままに、不二が9歩歩いた。ど真ん中―――正確にはベースラインの真ん中へと辿り着く。
 足を滑らせ、ラインの有無を確認し、
 「ここ?」
 「ああ。そっから先は好きに動け。でもって球出しは声かけてやってもらえ。ワンバウンドすりゃ位置わかんだろ?」
 「うん」
 言われた通り、竜崎からボールを受け取る不二。確認し、
 跡部はコートに背を向けた。これ以上そばにいてやる必要はない。これ以上いれば―――また過保護だのなんだのと言われるだろう。
 「え? ど、どういう事?」
 まだわからないらしい。混乱する青学陣に、深くため息をつく。
 「てめぇらそんだけそばで見てんなら気付けよ。さっき頭に喰らって軽い脳震盪起こしてたぞ、不二の奴」
 呼び方を変えた―――戻したのにはさして意味はない。ただ、
 ―――自分の出る幕は終わった。その線引きだけだ。
 「じゃ、じゃあ見えないってのは・・・・・・!」
 「見えねえっつーか・・・・・・焦点が合ってなかったんだろ。遠近感もバラバラだったな。わざと仕切りに足ぶつけて止まってやがった」
 「でも、それでも見えてた・・・・・・」



 ―――『おかげで全然見えなくなっちゃったじゃないか!! まだちょっとは見えてたんだよ!!??』




 つまり、跡部のやった事は・・・・・・
 不信感を露にする一同。ただでさえピンチだった状態を、これではより絶体絶命へと陥れられたのと同じ。
 (そりゃとっくに負けた氷帝には青学が勝とうが負けようが関係ないかもしれないけど・・・!!)
 目でそんな風に訴えてくるのをじっと見据え、
 跡部はより深くため息をついた。
 「てめぇら、アイツの視力検査の結果知らねえのか?」
 『は・・・?』
 「アイツ端からロクに見えちゃいねえぜ? ラインなんてぼやけてどれが正確な線なのかわかんねえって言うし、挙句ボールはただの黄色い物体ときた。今更全然見えねえところでさして支障はねえよ。その証拠に目隠しして普通に試合しやがる。大体目で見て打ってんなら羆落としなんつー勘でしか打ち様のねえ技思いつくワケねえだろ?」
 『え・・・・・・?』
 「そ、そういえば・・・・・・」
 呆気に取られる一同の中で、ふいに英二がぼそりと呟いた。同じクラスで共に授業を受ける中で、そういえば不二は黒板に書かれた通りにノートを取ってはいない。むしろこっちの方がわかりやすいと気にはしていなかったが、さらによくよく考えて見れば時々妙なところで質問されていた。
 ―――『ねえ英二、アレなんて書いてあるの?』
 クセのある字体読みにくい文字ならわかる。だが不二が指すのは必ずしもそのようなものとは限らない。てっきり何かボケてるのかと思っていたのだが・・・。
 「じゃあ、お前がやったのって・・・・・・」
 「とりあえず脳震盪直す方が先だろ? あの状態で試合させてみろ。ろくすっぽ動けねえんじゃ格好の獲物[まと]ってワケだ。狙い撃ち喰らうぜ」
 「い、いくらなんでもそんな・・・・・・」
 「そうか? だが―――
  ―――越前、てめぇの膝、切原にやられたんじゃねえのか?」
 「え・・・?」
 いきなり振られ、リョーマがきょとんとする。あの草試合については先輩たちにも言っていないし、第一今日はまだ試合をしてもいない。なんで今さっき来たばかりのこの人が気付いているのか。
 否定されないことを肯定と受け取り―――というかそもそも自分の中では決定であったため、驚くこともなく跡部はつと目を細めた。
 細めた目を、後ろに向け。
 「間違いなく不二も最初の1球でそう確信した。アイツの誘いに乗っちまったからな。
  だから負けるワケにゃいかねえんだ。青学を優勝に導くってのもあるんだろうが、
  ―――アイツの『兄馬鹿』振りについちゃてめぇらもよく知ってんだろ? アイツにとっちゃ『友人』ってのは家族と同意義だ。やられたまんま黙るヤツじゃねえ」
 『・・・・・・・・・・・・』
 誰もが、黙りこくる。胸の中に、熱いものが込み上げていた。
 誰よりも、そういうものとは無縁だと思っていた不二が。
 誰よりも今、勝ちに拘っている。
 自らの事を省みる事もなく、
 ただ勝つ事、それだけを胸に抱いている。
 「てめぇらも同じなんだろ? だったら応援してやれ。『独り』で闘わせんじゃねえ」
 跡部の言葉に、
 無謀な闘いを、それでも挑もうとする不二に。
 最初に応えたのはリョーマだった。
 「不二先輩頑張れ!!!!」
 それをきっかけに、静まり返っていた青学一同が応援を再開した。
 「不二いいい!!!」
 「先ぱーーーい!!!」
 例え目では見えずとも、
 声は―――想いは届く。
 全身を包み込む温かさに、不二は微笑んで手を振り返した。
 (そう。大丈夫。まだ行ける)
 振った手を、再び胸へと持って行く。
 (だって僕には、こんなに見ててくれるみんながいるんだ。
  負けられない。負けたくないんだ。誰よりも――――――僕自身に。
  信じさせて。勝てるって。
  信じさせて。僕も本気になれるって。
  そうでしょ? ねえ、みんな。ねえ・・・・・・
  ――――――景)







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 役目を終え、下りて来た階段を上る跡部にかけられたのは、
 「過保護」
 「るっせー」
 そんな、揶揄だった。
 くっくっと笑いながら、佐伯がからかいを続ける。
 「今の演説、全部お前自身にあてはまるんじゃないのか? 『兄馬鹿』の跡部様」
 「るっせーつってんだろ」
 憮然とする跡部を他所に、
 「でも不二くん、大分落ち着いてきたね」
 「そうだな」
 うんうんと頷く2人。負けられない状況下。手塚の抜けた穴埋め。それに、リョーマの怪我の事。
 切原の指摘どおり、天才は―――不二は、誰が思うよりも脆い。
 『無表情』は、彼の造った第2の防御。被り、自分を全て封じる。
 封じられ、そして行き場を失った自分は・・・・・・
 不二を見やる。己の限界を越え、天才としての才をどこまでも開花させていく存在を。
 その顔に浮かぶはもう造られた表情ではなかった。微笑み。彼は自分を取り戻したのだろう。
 取り戻させて、もらったのだろう。いつも通り、今まで通りの迎え手に。
 そんな彼の迎え手は、
 「そうだ。それでいい」
 眩しげに、優しげに、笑んでいた・・・・・・。


―――その2 Fin






 ―――はい。勝手に妄想不二受け劇場その2でした。跡不二と見せかけ不二リョ不二も。最初はそれこそ跡不二のみだったのですが、こっちはこっちでいいなあ、と。今度は同じ場面ネタにして不二リョ(かな?)書こうかな・・・・・・。


2004.9.13