Act1.跡部の場合―――
その日、手塚は練習試合の打ち合わせのため氷帝へと向かった。
「―――と、こんなモンでいいか?」
「なるほどな。特に問題はないだろう。さすがだな跡部」
「いや別に? 大した事じゃねえよ」
とんとんと資料をまとめながら、跡部が肩を竦める。打ち合わせといっても、事前に彼がまとめておいてくれたためほとんどする事はなかった。
一見―――どころかこのように一緒にいてもなお完璧な彼。少しは違う面も見れたりしないだろうかと、多少野次馬根性により褒めてはみたが、それも軽く流されてしまった。言葉どおり、大した事だとは思っていないらしい。
(むう・・・・・・)
一度気になるとどうも気になる。自分が失敗したとなれば尚更。
手塚は、再度仕掛けてみる事にした。
「練習試合か・・・。オーダーはもう決めたのか?」
「あんだよ? てめぇ自ら敵情視察か? そういうのは乾に任せてんじゃねえのか?」
クッと跡部が小さく笑う。からかいの眼差しで。
ここまで来ると、多分にヤケクソを含む。内心ムキになって返した。
「少し、気になったのでな。お前の相手は誰がするのかと」
「誰が来ようが同じだぜ? それとも、
―――俺様直々に潰してもらいてえヤツでもいんのか? 立候補したらいくらでも相手してやるぜ?」
剣呑な眼差しで微笑む跡部に、
手塚は持ち駒の中では最上級の爆弾を落としてみた。
「うむ。では俺が立候補しようか」
「あん・・・・・・・・・・・・?」
「お前の対戦相手だ。もちろん、易々と潰させる気はないがな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジで?」
「ああ」
頷く。
決意を露にするようまっすぐに見つめれば、
「〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・//////」
―――跡部は、顔を赤くして俯いた。
妙な意味でではない。跡部は全国でも名の知れたプレイヤーだ。この氷帝でNo.1を維持し続ける彼の実力は中学生でも指折りのもの。
・・・単純に、そんな彼の実力をわかった上でこうして正面から勝負を挑んでくる相手は珍しいのだろう。自分でも同じ事が言える。だからこそ、この誘いが彼にとって極上の響きを持つものだとわかる。
えへ、と素で嬉しそうに顔を綻ばせ・・・・・・
ハッ―――//!!
(む・・・。あと一歩だったというのに・・・・・・)
・・・・・・惜しいところで正気に返られてしまった。
喜びかけたのがそんなに恥ずかしいか、跡部は赤い顔をさらに赤くして焦り出した。
「ま、まあそんな焦んなよ。てめぇとなんざ大会でいつだって当たれんだろーよ。せっかくの練習試合なんだし、いつもと違うヤツ同士でも当てようぜ。
あ―――ああ、そういやてめぇんトコ『天才』なんて言われてるヤツがいるんだって? ウチもいるがそいつぁダブルス専門だな。どーなんだてめぇんトコのは?」
「ああ、不二か。不二ならばダブルスもシングルスもどちらも出来るな。
なんなら対戦してみるか? 面白いぞ、アイツと対戦してみるのは。随分特殊なプレイをする。なかなか目にする事は出来ないプレイヤーだな」
「だろ!?」
「・・・・・・む?」
どばんと机を叩き、跡部が身を乗り出してきた。
僅かに引いたこちらに気付くこともなく、大興奮で続けてくる。
「だよな!? アイツすげーよな!! そりゃ普段はほや〜っとしてるし実際天然ボケだしするけどやっぱテニスする時ぁすげーよな!! パワーがねえ分テクニックで十分補ってるし、ショットのコントロールも完璧だ! 自分生かしたゲームメイクも十分出来てる!! さすが青学でNo.2まで上り詰めるだけあるぜ。後はNo.1倒して―――ってああてめぇか。まあ気にすんな―――いよいよ全国区だ!! アイツの名前が全国に知れ渡る日もそう遠くはねえぜ!!」
握り拳で熱く語る跡部。と、
「だよな!? 手塚!!」
瞳に炎を燃やしたまま、跡部はこちらに話題を振ってきた。
(どう答えるべきなんだ・・・・・・?)
確かに不二は凄いと思う。跡部の指摘したポイントも合っている。だが、
―――跡部の計画でいくと倒される予定バリバリの自分。ここで頷くというのはいくらなんでも・・・
「だよな!? 手塚!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ」
ぎゅっと肩を掴まれ、否定すれば両方潰されそうなほどに力を込められ。
手塚に拒否する権限など始めからなかったらしい。
Act2.不二の場合―――
青学に帰ってきた。副部長の大石とその他面白い土産話を期待したレギュラー一同の前で、あった事を伝える。もちろんラストはカットして。
「ほえ〜。さっすが不二。氷帝にまで評判広がってんだ〜」
感嘆通りの表情でため息をつく英二。不二の方を見やると、
「そっか〜vv 跡部が僕の事言ってたんだ〜vv」
『え゙・・・・・・?』
何とも言えない空間が広がる。その中心で不二は、常にはないほど緩みきった表情で花を飛ばしていた。
「えっと・・・・・・、不二?」
「え? ああ大石、何?」
「いや・・・まあ『何?』って訊かれるほどさしたる用もないんだけど・・・・・・うん」
何となく訊き辛い。別に不二が何で喜ぼうが構わないし怒るよりは喜んでくれた方がいい。たとえばこんな風に、ワケのわからない理由でワケがわからず喜ばれたとしても。
軽く流す方向で全員一致を見、手塚は表情を変えないままオーダーを決めていった。
「では、氷帝戦S1はお前でいいな不二?」
「うんvv 任せてvv」
「え〜ちょっと待てよ!! 跡べーって言ったらめちゃくちゃ性格悪いとか言われてんじゃねえか!!」
「そーっスよ!! こないだ会った時も何かヤな感じでしたし、不二先輩潰されるかもしれないっスよ!?」
なぜだか喜ぶ不二に待ったをかける英二と桃。あんな俺様帝王にこんなほやほやのほほんとした人ぶつけて大丈夫なのか!? もしかしたら再起不能な事になるんじゃないのか!?
本っ当〜に心の底から不二を心配した心温まる発言・・・・・・ではあったのだが。
ぎんっ!!
「うあ開眼・・・」
リョーマの呟きと共に、室内の気温が一気に下がった。
寒さの発生源にして唯一それを感じない人物―――不二は、つい・・・と唇を小さく吊り上げ、
「何かな君達、このオーダーに何か不満でもあるのかな?」
『いーえ滅相もございません!!』
「そう? ならいいんだ」
氷冷解凍。温かくなった空気の中で、
手塚がぽつりと呟いた。
「確かに俺も不二に賛成だ。一見跡部は粗暴なようだが実際は冷静で他者の事をよく考えている。噂に惑わされるのはあまり感心出来んな菊丸」
「だって―――」
口を尖らせた英二を、
再び豹変した不二が遮った。
「そうだよね!?」
どばん!!
非常に感じる既視感。机を叩いて身を乗り出した不二は、それでも足りないとばかりに手塚に詰め寄った。
「だよね!! 跡部って確かに好戦的で敵作りやすいって感じだけど先に威圧して余計な揉め事減らしてるだけだし、間違った方向に燃え盛ってるようだけど実際は冷静沈着だしね!! 本当に凄く優しいんだよ!? 困ってる人見捨てておけないし自分が損してでも人助けるし!!
うん大丈夫!! S1は任せてよ!! 僕頑張るよ!!」
片手を胸に片手を広げ、ミュージカル顔負けのオーバーアクションで話す不二。と、
「あ、そういえばおかげで君の出る幕なくなったけど別にいいよね? 君の後釜はしっかり果たすからゆっくり養生しててね手塚」
恍惚とした表情のまま、花ごと話題を飛ばしてくる。
「いや別に俺は―――」
「ゆっくりお休み手塚vv」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ。そうさせてもらう」
耳元にそっと囁かれ冷気を吹き込まれ。
もちろんこれも口答えする権限はなかったようだ。
* * * * *
そして練習試合当日。
「周!!」
「景vv」
バッ!と両手を広げた跡部。スキップを踏んでその胸の中にすっぽり収まる不二。
「会いたかったぜ周。元気だったか?」
「うんv 1時間38分前と変わらず元気だよvv」
「そーか。部活で嫌なメにも遭ってねえな?」
「大丈夫だよv なんか桃が最近でしゃばって来て邪魔だったけど、ちゃんと君が始末しておいてくれたしねvv」
「お前のためなら当然だろ?」
「ありがとうね景vv」
ふふふ・・・
ははは・・・
2校の中間で突如始まった目に痛い接触。慣れた様子で目を逸らし大きく迂回する氷帝一同を迎え入れ、
「それでは、我々も準備に入るか」
『ういーっス』
青学一同もまた、彼らは完全無視する事に決めたのだった。
* * * * *
Act・・・.手塚の場合―――
2校まとめて全体説明等をしながら、
手塚はその後ろに彼ら―――今だ何やらやっている跡部と不二を見た。
思う。
(確かに俺はお前たちの違う一面を見てみたかったと思ってはいたが・・・・・・)
――――――こんな一面ではなかったような気がする。
―――Fin
* * * * *
ちなみに手塚、別に塚→跡でも塚→不二でもありません。あくまで2人とはいい友人という事で。
2005.9.20〜11.15