プチ小説20 六角編3



 自分達が危険な状況に置かれているとわかったその夜。
 「サエ! どこ行くんだよ?」
 「ああ、ちょっと用足し」
 「危ないんじゃねえのか? 一緒に行くか?」
 「まあすぐだし。それに・・・・・・『トイレ友達』って男子でやんのもなんだしな」
 「『連れション』って言わない辺りがお前だよな・・・・・・」
 そんな意味不明な会話の後、佐伯は1人仲間の元を離れた。既に残り2人となってしまった、仲間の元を。





 『すぐそこ』と言いつつ暫く歩き、適当に開けた場所―――ついでに用を足すにはかなり恥ずかしい場所―――を見つけたところで。
 「で? 襲うんならさっさと襲ったらどうだ?」
 とりあえずどこも見ず、顔だけは足元へと向けたまま佐伯が呟いた。見てはいないが――――――わかる。囲まれている。
 (5人、ってトコか。まあ、武器によりけりかな?)
 何が、かは明らかにしないまま、佐伯はさらに呼吸のストロークをゆっくりにした。自分を失くし、代わりに周りを得る。感覚というツタを、自分の周囲全てに張り巡らせる。
 月明かりは上々。視界は良好。開けた場所である以上、飛び道具でもない限り相手は自分を倒すために必ず姿を現さなければならない。飛び道具もまた然り。『視覚』が最も得意な自分には打ってつけのステージだ。ただし人間の視界は
360度展開されない以上必ず死角が生まれる。いや、例え360度あったとしても上に下に、さらには遠くに、その全てを目だけでカバーするのはどだい無理な話。だからこそ頼りになるのは他の感覚。
 足音を聞き分け、風の流れを肌で感じ。戦闘における勝利の―――まあ割と大事な鉄則は、感覚を全て支配する事だと思う。第六感、ともいえそうなもの含めて。
 簡単な挑発に、相手は簡単に乗ってきた。背筋に冷たいものが疾る。前に身を投げ出す佐伯の後ろで、鎌が空を切った。一瞬前まで立っていた位置。投げ出さなければ背中を斬りつけられていただろう。
 ついた手の位置を調節して、前ではなく横へと転がる。転がりつつ、飛び込んできた鎌の持ち主の足を払った。簡単に転倒。弾みで自分を斬ったようだが知った事ではない。
 予想外の迂回に、同時に飛び込んできた2人目の棍棒も空振りした。地面に付きっぱなしだった手を力を込めて離し、足へと体を引き寄せる。頭を狙った3人目の攻撃もまた外れる。
 (あと2人)
 一気に呼吸数を上げ、体を活性化させつつどこよりも血を送る脳は冷静に保つ。実際の戦闘になれば張り巡らせた感覚など毛程度の役にしかたたない。自分において近距離戦で有利なのはやはり視覚だ。だからこそそのために一度相手を全て視界内に収まるまで引きずり出す必要がある。
 が、
 (まいっか)
 意外とあっさり諦め、佐伯は現れた3人―――のたうち回る1人を無視すれば後2人―――の相手に専念する事にした。2人倒すか、それに近い状況にしてやれば必然的に出てくるだろう。焦って燻り出す必要はない。
 反動そのままに起き上がる。地面を転がる自分をさして長くない武器で狙った2人。当り前だが前に屈み込んだ姿勢となっていた。
 より近くにいた3人目の首筋を横から蹴り飛ばす。踏みつけて完全に立ち上がる頃にはそいつは泡を吹いて気絶していた。
 その頃にはもう2人目は体勢を立て直していた。が、逆にそれが仇となった。
 急いで起こされる上半身。最も動いた顎を狙いハイキック。足場が悪く威力はさして強くないが、2重の勢いに頭から引っくり返った。都合よく突き出ていた石へと。
 足場を確保したところで次なる攻撃が始まった。羽根も針も黒く塗りたくった吹き矢による攻撃。
 「おっ・・・と」
 笑みを零して避ける。毎日飛んでくる豪速テニスボールに比べれば可愛らしい攻撃だ。ただしそれを受けるラケットは今持っていないが。
 避けた先に5人目が現れる。なかなか上手い手だ。さらに避ければ吹き矢2撃目に当たる。わかっていて―――
 佐伯はさらに避けた。吹き矢が飛んで来る。先ほど倒した2人目だか3人目だかの体を起こし、簡易盾にしてそれもかわした。
 役に立ってくれたありがたい盾を5人目に向かってぶん投げ、吹き矢の飛んできた方―――4人目へと向かう。夜に慣れた目は森の中に潜む更なる影を僅かながら見せてくれた。
 その影が、筒を投げつけ逃げ出した。
 (何だ・・・?)
 あからさまにおかしい展開に、筒を手で外へ払い―――
 「―――!?」
 再び背中に疾る寒気に、さらに腕を後ろへと回した。寒気―――空気が動いている。それもこちらに向かって。
 勢いで半回転[ターン]する体。すぐ後ろに、5人目が迫っていた。『盾』を跳ね飛ばし、追いかけてきたのだろう。
 (なるほどね。陽動[チームプレー]か)
 逃げるやつを追いかけていれば後ろからやられていただろうが。
 「仲間はもう少し労われよ」
 「言われずとも労わる。貴様を殺した後な」
 至近距離でなされる会話。2人の間には佐伯の腕があり、そして5人目の振り下ろす大きな剣があった。覚悟を決め、頭上でクロスさせた両手を握り締める。
 ガキィ―――!!!
 硬質音が広がる。骨に当たった音ではない。裂かれた袖からは金属棒が顔を覗かせていた。
 「何・・・!?」
 次驚いたのは男だった。
 「生憎と、武器持ってんのはお前たちだけじゃないんだよ」
 律儀に答え、佐伯は手に持っていたそれの先端でそいつを殴り倒した。



 倒れた4人の男達を見下ろし、佐伯は服の下に仕込んでいたものを滑り落とした。
 「なるほど。『びっくり必殺技』か。周ちゃんの気持ちがよくわかったよ」
 思い出すはいつも笑顔の幼馴染。テニスにおける彼の『必殺技』の数々は、技そのものもさることながらそれらで相手の意表をつくという目的を持つ。真似していざという時のための隠し技のひとつも持ってみたのだが、今まで素手だのそこらで拾ったものだので対抗していたからだろう。向こうはこちらが武器所持だとは思わなかったようだ。面白いように隙を見せてくれた。
 手に持った武器―――最初に原住民らに会った際、戦利品として勝手にもらったトンファーを見る。慣れない武器はやはり難しい。おかげで奇襲の一撃以外は全て足で捌くハメとなった。
 「まあ、普通に使えばそれなりに役には立つんだろうけど」
 逃げた1人は戻って来ない。他の仲間に伝えに行ったか。今更追ったとしても地の利のないこちらが撒かれて終わる。実際単純に脚には自信があるが、それでも草と土で柔らかい地面を走るのは向こうの方が早いようだった。
 「だとすると・・・・・・」
 呟き、もう一度周りを見回す。最初に襲ってきて、現在自分除いて唯一意識のある者。
 「こ、このっ・・・!!」
 一応向かって来ようとはしているようだ。放り出した鎌へと手を伸ばしている。
 それが丁度届いたところで
 だん!
 佐伯は手ごと武器を―――いや、逆か?―――思い切り踏みつけた。
 「ぐあっ・・・!?」
 そいつのくぐもった悲鳴が、森に飲み込まれていく。
 「一応この間来たのには言っておいたんだけど伝わってなかったみたいだな。まあいいや。直接言いに行くし。
  ―――というわけで、いろいろ聞きたいんだけど答えてくれるよな?」





 「帰って来ねえな、サエ」
 「またかよ・・・・・・」
 佐伯が出て行って既に
10分。亮の言葉に、黒羽は頭を抱えた。10分程度ならば・・・・・・まあ『用足し』という用事を考えれば充分有り得る時間なのだが、
 「周り危ねえんだからさっさと帰って来いよ」
 「でもま、サエだからトラブルの1つや2つ・・・・・・」
 言い・・・・・・2人で止まる。
 思い出すは前回こうして佐伯が帰って来なかった時。彼は何と言っていた? 『そういえばちょっと危険っぽい生物に遭遇したよ』?
 「人間って・・・・・・『生物』だよな・・・・・・?」
 「あの馬鹿野郎ーーーーーーー!!!!!!!」
 吠え、黒羽とそして亮はテントから飛び出したのだった。



 誰か―――確か佐伯に告白しようと頑張っていた女子、の中のやはり誰か―――が言っていた言葉が蘇る。
 ―――『佐伯君って、絶対日の光より月の光の方が似合ってるよね』
 それを証明したいわけでもあるまいに―――
 「いた!!」
 ようやく森の奥にて佐伯を探し当てた2人。彼は森の切れ間、月明かりに照らされた最高のスポットにいた。
 「サエ!!」
 呼びかけ、駆け寄ろうとする亮を、
 「待て!」
 黒羽が片手を上げ押しとどめた。
 「何でだよ!?」
 「ちゃんと見ろ! 様子おかしいぞ!!」
 黄色い月から放たれる白い光。当たる彼の姿が輝いて見えたのは単に色素の薄い髪に反射しただけか、それとも月光に照らされ彼の中に眠る何かが目覚めたのか。目覚めたそれがオーラを放っていると言われても、今の彼を見たならば信じざるを得ない。
 いたのは佐伯だけではなかった。彼の足元、いや、彼の周りには、昼間襲ってきたのと似たような格好をした人間がいた。それも1人ではない。ざっと数えて4人か。
 そのいずれもが―――
 ――――――周囲に様々なものを撒き散らして倒れていた。
 中心に目を戻す。探し人の元へ。
 佐伯は、足元でやはり蹲る人間へと話し掛けていた。彼お得意の好意的な口調で。そしてこちらからは見えないが間違いなく好青年たる笑顔で。
 「で、いろいろと訊きたいんだけど答えてくれるよな?」
 「ぐ・・・、う・・・・・・!」
 蹲るそいつは答えない。顔を上げようともしない。
 (じゃ、ねえか・・・・・・)
 蹲っている理由がわかった。武器らしきというかあからさまに武器である鎌を持った手ごと佐伯が踏みつけているからだった。必死に手をどけようと藻掻いている。
 それを見下ろす佐伯の後姿。肩が僅かに上下した。どうやら竦めたらしい。
 肩を竦めて―――
 足に体重を乗せていった。
 「うぎゃああああああああ!!!!!」
 ばきっ! ぼきっ! ばしりっ!
 それに合わせてそいつの悲鳴と・・・・・・理由を知りたくない、何かを折り、砕く音が響いた。
 ようやく足をどける。あらぬ方向へと曲がった指がついた手首を逆の手で持ち無言で戦慄くそいつへと、
 「で、いろいろ聞きたいんだけど答えてくれるよな? もちろん
 「は、はい・・・! 何でも答えさせていただきます!!」
 先程の台詞に付け加えられる一言。それこそ『もちろん』そいつは承諾した。





 そんな彼を、後ろの方から見て思う。
 「確かに、サエって『とりあえず、ただの揉め事[トラブル]なら大丈夫』だよな。『頭いいし、いくらでも切り抜けられる』ようだし」
 「・・・・・・・・・・・・そうだな」
 それを代弁した亮の言葉に、
 黒羽はただただため息をつくしかなかった。


Survivor――黒羽・佐伯・亮






 ―――はい六角編3話目。サエがどこどこ黒くなっていきます。書いてて自分でもちょっぴりエグかった。そして歪んだ愛情の為せるワザでしょうか。やったら長いような気がします。不●峰とは大違いだ。
 ではこんな彼らにて合流点に向かいます。なお最初の時点でサエが何と言ったのか・・・・・・まあご想像通りです。そういえば通常戦闘シーンといえば緊迫感とスピード感を出すものでしょうが、今回あえてローテーションかつ盛り上がり0の1本調子でいってみました。サエはそういうのも流れるように淡々と行きそうだなあというイメージで――――――決して文章力がないためではげふんごふん。

2004.4.34