Let`s 学校訪問!
夏休みも終えた9月某日。1年1組と2組の合同体育にて。
なぜかこの日は男女別々ではなく、また―――
と、
「よし! 全員集まったかい!?」
竜崎スミレがパンパンと手を叩いた。彼女は教科では数学担当なのだが、実はここ青春学園では体育のみ少々特殊なシステムを組み込んでいる。
文武両道をモットーとし、そのために優秀な指導者も多い青学。それを己の担当する部活にのみ与えるというのはもったいない。そこで体育は種目によってこのように体育教師ではなく部活の顧問が見る場合があるのだ。
そしてこれはその典型。現在このクラスがやっているのはテニスだった。
「じゃあ今日は簡単なサーブのテストとラリーの練習を行なう。そして―――」
妙な間。
「―――今日は特別講師が来てくれた。元ウチの生徒でアンタたちの先輩だ。名前くらいは知ってるヤツも多いと思うが今世界を舞台に活躍してるプロのテニスプレーヤー」
「え・・・・・・?」
「まさか・・・・・・」
竜崎の―――なぜか歯に物がはさがったかのような言い振りに―――周りがざわめきだす。何となくだが全員の頭に共通の人物が浮かび上がってくる。
『名前くらいは知っている』―――どころではない有名人の笑顔が。
「そういえば・・・・・・」
「外に集まってんのって、どう見ても取材、だよなあ・・・・・・」
「うん。私服だし、年齢ずっと上だし・・・・・・」
などと囁き合う生徒の前で、竜崎が結論を述べた。その顔が多少引きつっている事に気付いたのは―――恐らく同時に同じように顔を引きつらせた帽子の少年ただ1人であろう。
「おいで、不二」
『やっぱり!!』
ぎゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!
フェンスをくぐって(普通に扉を開けただけだが)入って来た人物に、半分は予想が当たったと喜び、残り半分は意味の伴わない反射的な悲鳴を上げた。
「ってちょっと静かにおし!!」
竜崎の一括も、この大興奮を前には全く意味をなさないものとなった。
のだが―――
「―――今日は。初めまして。元青学生の不二周助です。今日は僕が特別コーチということで来ました。いきなりの事ですがこの1時間、よろしくお願いします」
注目の彼―――つまりは不二周助が話し出した途端、嵐のようにうるさかった一同がぴたりと静まった。不二の声にそれだけの力がある―――というわけではない。まあある時はあるのだが、とりあえず今回は違う。
ただ単純にスターの声を一言一句聞き逃すまいと鼻息荒く(ただし音は立てず)聴き惚れる一同。その中で、そんなものとうに聞き飽きるほど毎日聞かされているリョーマのみ無音のまま肩を落としてため息をついていた。
「えー、今回の事は珍しく不二自ら申し出てくれた事だ。
不二なら実力があるだけじゃなくて人に教えるのも上手い。多分参考になる事も多いと思う。特に構えたりせず分からないことや聞きたいことは何でも訊くように」
殊更『珍しく』が強調されるのは―――実際初めてだからだ。プロで忙しいからともいえるが、不二は同期の元レギュラーらの中で最も後輩育成に興味のなかったヤツだ。アメリカ留学、そして世界へ進出する中で今現在まで一度たりとも青学へ来た事などない。
そんな彼が何を血迷って授業にまで顔を出しているのか―――名目はこうだった。
「なお今日こいつがここにいるのは不二を中心にしたドキュメンタリー制作の都合で、不二が母校で後輩を指導するという状況を撮る為だ。だからカメラなんかがあちこちにあるが気にすんじゃないよ」
それにしては妙にカメラだのなんだのの数が多い。実際9割はその話を嗅ぎつけた者達だろう。実際有名な、そしてドキュメンタリーなど作りそうにない各種雑誌やらニュースやらの名の入った機材を持つ者も多い。
「じゃあ練習始めるよ!!
―――ついでに不二! アンタは特定の生徒にばっかり『指導』はしないように!!」
§ § § § §
「まずサーブのテストだ。左右どっちから打っても構わない。計10本でサービスエリアに入った本数を数える。1本につき1点だ。
以上。何か質問はあるかい?」
竜崎の質問にほぼ全員が首を横に振る。テレビの前ではいい子ちゃんで映りたい、というのもあるし、それに不二に少しでもいい印象を持ってもらいたいというのもある。
実際そのどちらにも当てはまらない輩は横を向いて帽子のツバを直していた。どちらにも当てはまらないが―――竜崎に逆らう事はあまりやりたくない人物は。
それに竜崎は鷹揚に頷き、
「よし! じゃあ全員練習開始! テストは10分後から。好きなヤツと組んでお互い計り合う事!」
『はい!』
威勢良く返事し、全5面あるコートへと散っていく生徒。それを見送り、
「―――アンタもまた珍しい事始めたねえ」
竜崎は独り言『のように』呟いた。
「そうですね」
当然の事ながら独り言でない以上返事は返ってくる。
隣でにっこりと笑っている不二へ向けて、竜崎はやれやれとため息をついてみせた。
「またどうしたんだい? テニス一筋のアンタが視聴率稼ぎに荷担するなんて」
「確かに過去の話[ドキュメンタリー]なんて全く興味はないですね」
製作者らが聞いたら間違いなく涙するであろう毒舌をさらりと言い、不二が茶目っ気たっぷりの(つまりはいつもと変わらない)笑みで返す。
「でも、口実としては丁度いいでしょう? これからの事と天秤にかけるなら過去なんて安い代償ですし」
「おや? そうかい? てっきりアンタの過去は高くつくかと思ったけどね」
しれっと皮肉を言う竜崎。現在これだけ有名になっているにも関わらず、不二の過去というのはあまり表ざたにされていない。ごく大まかなものならわかっているのだが、不二自身がいつもはぐらかせるため客観的にしか分からないのが実状だ。不二がそれほど深い付き合いを他人としていないのも1つ。また深い付き合いをしたと予想される者らは『不二が何も言わないんなら』となかなか言ってくれない。
そんな彼女の言葉に―――
不二は一度開けた瞳を細め、コートへ向かってのんびりと歩く少年の後ろ姿を見つめた。青学テニス部期待のルーキー、その姿を。
「それに―――」
口の端を僅かに吊り上げ、実に面白そうに笑う。
「『主観的な過去』なんていくらでも捻じ曲げてしまえますから」
「・・・・・・。つまりアンタの口はアテにするな、とでも言いたいのかい?」
「さすがスミレちゃん。そんな結論に辿り着ける人少ないですよ。相手の『信頼』を得るのは得意ですから。僕は。
―――ああ、せっかく『指導』に来たのにこんなところで立ち話をしててはカメラも撮るものがなくて大変でしょうから、そろそろ行きますね」
言うだけ言って本当に去っていく不二。適当にのんびりと生徒の様子を見―――その実1人にしか注目していない彼に、竜崎は本日早くも何度目かのため息をついた。
「相変わらず変わらないねえ、アンタは。
―――だからいい加減『スミレちゃん』って言うのは止めておくれよ」
§ § § § §
さて『後輩指導』を始めた不二。如何にこれがただの口実、薄っぺらな建前であろうとそう宣言してしまった以上ちゃんとこなさなければならない。しかも竜崎に釘を刺されたため『特定の生徒への集中指導』は出来ない。
(これって実は意外と退屈・・・・・・?)
彼に少しでも指導してもらおうと懸命に頑張る一同の思いをぐりぐりと踏みにじる事を考え、不二は口をすぼめ、柳眉を僅かに動かした。
それが伝わったらしい。彼が顔を向ける(ただし特に見てはいなかった)コートにて練習をしていた男子生徒がびくりと肩を震わせた。
「あ、あの・・・!! 何かご不満な点があるのでしょうか・・・・・・!?」
サーブを打っていた少年とその斜め前で着地地点の判定とリターンの練習をしていた少年、さらに周りにいた一同に注目され、
「いいや。割とスピードもあるしちゃんとエリアに入ってる。上手いと思うよ」
おぼろげながらかろうじて覚えていたような気もする事を適当に並べ立てる不二。それでありながら全く相手にそうと悟らせないのは、それを平然と確信もって言い切る度胸の良さによってであろうか。ははあ、とまるで殿に支える家臣の如く周りが頷く。
―――やはりそれに気付いていた一人が「何やってんの」と言いたげにツバの下から不二を半眼で見ていたが。
「後は―――それだけコントロールが出来るならエリア内でもなるべく奥を狙った方がいいよ」
「奥、ですか?」
「そう。今回のテストでは関係ないどころかヘタをするとアウトになるけどね。
けど実際試合をするならそっちの方が相手も取りづらい。
―――少しいいかな?」
ラケットを掲げて見せると、少年がコートを譲ってきた。斜め前の相手もコートから出ようとし―――
「あ、君はいてくれないかな? それで僕のサーブを打ち返してくれないかな?」
「ええ!?」
「無理ですよ!! 絶対!!」
「そんな事はないよ。絶対当てはしないから。君は来た球に向かって思いっきりラケットを振ってくれるだけでいいから。ね?」
にっこりと笑う。だが相手の態度は変わらなかった。『世界トップレベルのテニスプレーヤー』と『テニス初心者のただの1中学生』の関係としては普通かもしれないが。
そうやって自分を敬遠する周りの目。幼い頃から―――『天才』と周りに言われるようになった頃から変わっていないそれ。自分達とは違うもの、そう雄弁に語る瞳は―――
―――非常にムカつく。息苦しくてたまらない。
もちろんそんな事はおくびにも出さずに、不二は優しい雰囲気で交渉を続けた。いっそ現在共に世界相手にプレイしているかの友人のように「俺様が相手してやるっつってんだからおとなしく従えよな。アーン?」などと言えたとしたらそれはそれで楽なのかもしれない。
・・・・・・イメージ総崩れになるため絶対言わないが。
それはともかくとして、向こう側―――少年らはやっと結論に辿り着いたらしい。
「あ! だったら不二選手!! アイツがいいですよ!!」
「そうそう!! テニス部だしテニスめちゃくちゃ上手いし!! まあ無愛想だけど」
「アイツだったらまだ少しは不二選手の相手出来ると思います!!」
そう口々にいい指差した先で、その『テニス部だしテニスめちゃくちゃ上手い』『少しは自分の相手が出来るらしい』少年は目を見開いてモロに「げっ・・・!!」と呻いてくれた。
(う〜ん・・・。そう来たか・・・・・・)
かろうじて洩れ出る苦笑を心の中に収め、不二は笑顔を保って見せた。彼―――リョーマの呻き、これは良しとしよう。先程から彼がこちらと係わり合いにならないよう懸命に逃げているのは知っていた。何より何をやらせても見ていて可愛いのでOK(断言)。
が、この上ない接近のチャンスでありながら残念ながら不二はその選択肢を選ぶ事が出来なかった。今からやる説明の内容に問題がある。『サーブは奥に打つといい』。テニスを行なう上では基礎中の基礎なのだが―――相手がリョーマとなればたとえ奥だろうが手前だろうが9割9分は間違いなく打ち返される。なお残り1分はカットサーブなどの変則球、あるいは卑劣な手段(笑)により行動不能とした場合なのだが・・・・・・それでは指導の意味がない。
さてどう断ろう、などと考える不二の心配は無用のものとなった。
「ヤダ」
即答。
「俺サーブ練習で忙しい。ンな遊びに付き合ってるヒマない」
「っておい越前!! せっかくあの不二選手が直接指導してくれるんだぞ!?」
「だから何? そんな基礎今更わざわざ教わらなくったって知ってるし」
「え〜ち〜ぜ〜ん〜〜〜〜」
情けなく呟く相手―――堀尾を前に、本当にさっさとサーブ練習を再開させるリョーマ。いきなり放ったツイストサーブが『こっちに話題振んな』と如実に物語っていた。ついでにそれを喰らった哀れ堀尾氏は間一髪で避けていたが。
「す・・・!! すみません不二選手!!」
「アイツ本気で愛想ないですし生意気ですから!!」
自分の事でもないのに真っ青な顔でぺこぺこ謝ってくる一同を見て、
―――不二は口元に手を当てクスクスと笑った。さっきまでの苛つきはもうない。
(ホント、リョーマ君って面白いよね)
彼は言った通りの事しか考えていないであろう。後は話題を早く切り上げさせろという欲求か。
だがそのような、自分を全く特別視しない態度はとても心地良い。
(これだからリョーマ君からは離れられない)
楽しげに―――事実楽しく思い、不二は軽く肩を竦めた。
「まあ彼がそう言うなら仕方ないよ。それにあれだけ出来るなら確かに今更僕の講師なんていらないでしょう?」
―――さり気な嫌味も込めて。
「じゃあこれから僕が同じ球をエリアの手前と奥に打つから見ててくれないかな? どっちの方がバウンドした後速いか」
と前置きして2球打つ。もちろん奥に打つ方が入射角が浅いためバウンドする際球の持つエネルギーを地面に吸収されず、よって速いのだが。ついでに『同じ球』と言いつつ解り易いように微妙に速度と回転数を変えたのだが、まあそんなイカサマは不二本人とそれを見ていたリョーマと竜崎、そして動体視力の良さで『何か違うが何だったんだろう?』という程度に見抜いた朋香の胸の中にでもしまっておくとして。
「わかりました! ありがとうございました!!」
すっかり不二(のプレイ)に魅了された生徒が大きく頭を下げてくる。こんな様は見ていていい。
それに軽く手を振って答え、さらにその後何人かのプレイの指摘をして、いよいよ一番奥のコート。
彼の待ち構えるそのコートへ。
(さ〜ってリョーマ君。これで逃げられないよ・・・・・・)
そう言いたげな不二の雰囲気を読み取ったか、そこで待ち構えるリョーマも『ウゲ・・・。最悪・・・・・・』という雰囲気を醸し出していた。もちろん指導や打ち合いが嫌いなわけではない。それを人前でやるのが嫌いなだけで。
そんな感じは表に出さず、まるで荒野の決闘の如く闘志ばりばりで向き合う2人。その距離5m。
3m。
2m。
―――と、ここで邪魔者だか救いの手だかがフェンス越しの隣のコートから押し寄せた。
「リョーマ様〜!! サーブ教えて〜〜〜〜〜〜!!!」
朋香の悲鳴と共に、張り詰めていた『気』が抜ける。
勝った、とばかりににやりと笑うリョーマ。
仕方ないなあ、と肩を竦める不二。
2人がすれ違い―――
「ふ〜ん。『人に教えるのも上手い』ねえ。『イカサマ付きで』なんて、オバさん言ってなかったと思うけど?」
「嘘でない限り多少の誇張は許されるものだよ」
すれ違いざまになされる会話。相手を見もせず交わされたそれに気付けた者はいなかったであろう。
「ま、時間なんてまだまだあるしね。覚悟しててね、リョーマ君v」
そして去り行くリョーマを見送り、不二がこの上なく物騒な台詞を吐いた事もまた・・・・・・。
§ § § § §
そして女子の固まる2面コートに何のためらいもなくずがずが入り込むリョーマ。両手をブンブン振る朋香にうるさげに視線を送り、
「で? 小坂田、何だって?」
「サーブのやり方教えて!! さっきっから入ったり入んなかったりすんの!!」
「・・・。竜崎に教わったらいいじゃん」
ちらりと見た先では、桜乃がなぜかしゅんと肩を落としていた。
「桜乃に教わったら余計わかんなくなった〜〜〜!!!」
「だろうね」
「酷い、リョーマ君・・・・・・・・・・・・」
呟きつつも一応自覚はしているのか、桜乃はさらに首を項垂れさせた。はっきり言って桜乃より朋香の方がテニスセンスがある。それは時折2人を見る中で、歴然と現れた差だ。テニス部にも入っていない朋香は弟'sの世話もあるため練習が出来るのはリョーマが教える際のみ。しかもそれも3回に1回は休むほど。それでありながら上達の仕方は桜乃を上回っている。やり方さえわかれば上達の仕方はやたらと早いのだ。そう。まともなやり方さえわかれば。
「―――じゃあとりあえず1球打ってみて」
「じゃあ。
行っきまーす!!」
掛け声と共に放たれた1球は確かにサービスエリアより僅かに外で・・・・・・
「・・・・・・。小坂田、コート見てる?」
その様を見て、リョーマは半眼で問いた。彼女の目はトスを上げて以来ず〜っとボールを見っぱなしだった。全く照準せずに勘だけで打てばそりゃ『入ったり入らなかったり』するだろう。
「え? だってボール見てなきゃいつ落ちてくるか分からないし・・・・・・」
「だからってずっと見てなくったっていいじゃん」
「う〜ん・・・・・・・・・・・・」
唸る朋香。首を捻り考え込むその間に移動したリョーマは、彼女の手にボールの入った籠を握らせ、
「自分がどういうトス上げてるのかわかったらいつ落ちてくるかわかるでしょ? ボール全部使って慣れるまでトスの練習しなよ。ラケットは持たないでただ上げるだけ」
「はーい」
言われた通りコートの端でトスの練習を行なう。いつものとおり。それを見て―――
(さすが・・・・・・)
無表情のままリョーマが呟いた。カゴ全部などといったが、10球もたたないうちにもう朋香のトスは安定したものとなっていた。
さらに5球ほど確認して、
「じゃあ次」
「え? 次?」
「トスだけ上げられたってしょうがないでしょ?
コート入って」
「うん」
「ラケット持ったら1回さっきと同じトスの練習して」
「うん」
しゅっ―――! っと投げ上げられるトス。さっきと同じその軌道を見て。
「そしたらサーブ打ってみて。ただしボール投げ上げたらどこに打つかそっちを見て」
「え? でもそれじゃ―――」
「いいから。タイミングだったら俺が言うから」
「うん。じゃあ―――」
一瞬ためらい、朋香がまたトスを上げた。ラケットを構え―――
ガキ!!
同時に振り上げたリョーマのラケットにより構えたまま動かなくなる。
「リョーマ様!?」
「ちゃんと前見て」
「う・・・うん」
驚く朋香を無視して、投げ上げられたボールだけを目で追うリョーマ。
そして―――
「―――今」
呟き、ラケットの枷を外す。
反射的にぶん! と振られたラケットが、ドンピシャで落下中の球に当たった。
スパ―――ン!!
小気味よい音をたてて飛んだボール。それは、
―――サービスエリアの内側にてバウンドした。朋香の狙った通りの位置で。
「凄い凄い!! 入った!! リョーマ様見た!? 今ちゃんと狙ったところ打てたよ!!」
「はいはいわかったから・・・・・・」
大喜びで抱きついてくる朋香を適当にあしらい、
「じゃああと2・3球同じ事やって、次は合図だけ出すから自分で振って。後はできるでしょ?」
「はーい!!」
はじけそうな笑顔で応える朋香。言った通りに練習を行ない、自力でやる頃にはほぼ全球がエリアに入るようになっていた。
(やっぱ早いな・・・・・・)
他のサーブへの応用が全く出来ないという欠点もあるが、今のサーブの打ち方に関してはもう充分テニス部1年(もちろん自分は除く)に並ぶ。
そんな事を思うリョーマの後ろで―――
(へえ・・・・・・・・・・・・)
不二もまた、似たような事を考えていた。
そして、
くすりと笑った。
「それじゃこれで終わり」
「ありがと〜v リョーマ様vv」
再び抱きつかれる前にさっさと踵を返すリョーマ。フェンスをくぐり、元いたコートへ戻り―――
―――その過程で、再び不二とすれ違う。
「君も充分、『人に教えるのも上手い』よ」
「そりゃどーも。イカサマはしてないけどね」
§ § § § §
そして始まったサーブテスト。
リョーマのサブは当然この人、テニス歴2年の堀尾―――
「―――あ、ねえねえ。僕代わるよ」
「え? ええええええ!? わざわざ不二選手が!?」
「ね? いいでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
―――ではなく、有無を言わさぬ迫力に堀尾が負けたため不二へと交換された。
「じゃあ、越前君、だよね? 始めていいよ」
「ういーっス。不二先輩」
白々しい不二の呼びかけに、リョーマもまた白々しい返事をし、
「あ、ちょっと待って」
トスを上げようとしたところでふいに止められた。
「君テニス上手いんでしょう? じゃあ少し難易度上げてみようか」
それだけ言い、いつの間に持っていたかボールの入っていた缶2つをシングルスコートの右端と中央に置いた。左側から打つ事を選択したリョーマから見れば、ちょうどサービスエリアの両端に置かれた事になる。
「はい。いいよ」
置き終り、リョーマの隣―――コートの右側に移動した不二が笑顔で言う。
「あ、不二・・・先輩」
脇にいた堀尾がオズオズと手を上げる。恐らく不二はあれを打てと言うのだろうが―――
「越前のヤツならあの位簡単に当てますよ?」
仮入部前に2年の先輩らにカモられてやった『缶倒しゲーム』。リョーマが全球命中させたのは間違いなく目の前にあるこの缶だった。
「そう?」
しかしそれを聞いても不二はただ微笑むだけだった。
(出来ないってタカくくってんのかなあ・・・・・・?)
自分の忠告を全く聞き入れてもらえない事に一抹の寂しさを感じつつも、堀尾は口を引っ込める事しか出来なかった。ここで意固地になれば不二の機嫌を損ねるかもしれない。
「じゃあ、さっさといきますんで」
こちらは完全に堀尾を無視したリョーマが言葉通りさっさと1球目を放った。
放たれた球は―――まあ当然の如く外側にあった缶を弾き飛ばし―――
と、
ここで不二もまたサーブを放った。
アンダーサーブ―――というよりロブと言われた方がしっくりくるほど山なりに飛び上がった球は・・・・・・
「な・・・!」
空中で跳ね上がっていた缶と接触し、元の位置へと缶を落下させる。
リョーマの2球目。今度はコート中央に立っていた缶を弾き飛ばした。
―――が、やはりこれも結果は同じ。
「にゃろ・・・・・・・・・・・・」
唸って隣の不二を睨め上げる。相も変わらずの笑顔。絶対に缶をエリアの外には出させないつもりか。
3球目、4球目と間をおかずそれぞれの缶に当てる。一瞬の混乱を狙ったのだが、残念ながらこの程度で惑わされてくれるほど可愛くはなかった。
「頑張ってv あと6球」
にっこり笑顔で凄まじい嫌味。
「この・・・・・・!!」
用意されていたカゴに手を突っ込み、リョーマは何球も何球もサーブを放ち続けた。外へ中へ、中へ外へ。
5球目、6球目、7球目、8球目、9球目・・・・・・
(ここだ・・・!!)
9球目で打ちあがった缶がやはり撃墜される。だが缶が落ちるよりもリョーマの10球目の方が僅かに早かった。
カ―――ン!!
空中でさらに弾かれた缶が、フェンスに激突した。
片方缶のなくなったサービスエリアを見て、そして不二に視線を送り、リョーマがにやりと笑った。普段あまり感情を露にしない少年だが、その顔は如実に『ざまあみろ』と物語っていた。
のだが、
「あ〜。越前君惜しい! 9点」
「は・・・・・・?」
「だから―――」
顔はリョーマに向けたまま、手前を指す不二。
「これはサーブのテストだよ? 君の今の球じゃホームランじゃないか」
「な・・・!!」
確かにリョーマのラストの1球。缶に当たり、その後缶ごと後ろのフェンスに当たった。サービスとしては壮大なアウトだ。
「アンタがあんな缶置いたからだろ!?」
「でも僕は、『缶に当てろ』とは一言も言ってないよ? 主旨を取り違えたのは君の責任」
「あんな紛らわしい事やられたら誰だって缶狙うだろ!?」
「けどちゃんと最初に説明あったじゃない。『サーブのテストだ』って。君もそのつもりでやってたんでしょ?」
「ぐ・・・・・・」
「お疲れ様v」
―――『ゲームセット! ウォンバイ不二!』
この上なく嫌な事ながら、そんなコールが頭の中を駆け巡ったような気がして、
リョーマはがっくりと項垂れた・・・。
§ § § § §
「さて、とりあえずサーブのテストは全員終わったね?」
再び一箇所に集められる。次のラリーの説明か。
竜崎が手にクリップボードに各自の結果を書き込んでいき、
「まず10点満点は・・・・・・堀尾に小坂田―――おや? リョーマは入らなかったのかい?」
手を上げたのはその2人だけ。満点確実だと思っていたリョーマは外方を向いて膨れていた。
代わりに、竜崎の隣にいたこの人が答える。
「越前君なら9点ですよ。先生」
「1球外したのかい? そりゃ珍し―――」
「アンタのせいだろアンタの!!」
竜崎の驚きの声を遮り、リョーマが拳を戦慄かせた。
が、もちろんこの程度で堪える不二ではない。
いつもの笑顔で人差し指をぴっと立て、
「やだなあ。だからスミレちゃんはちゃんと『サーブのテストだ』って言ったじゃないか。どういう理由であろうとサーブが決まらなかった以上10点満点にはならないよ」
「・・・・・・何があったかは訊かないが、だから不二、いい加減アタシの事を『スミレちゃん』って呼ぶのはよしとくれよ。生徒らに笑われるだろ?」
「そんな事ないですよ。よくお似合いで」
「・・・・・・・・・・・・。アタシに向かって真正面からケンカ売ってくんのは伴爺かあのクソガキ、さもなきゃアンタくらいだよ。
―――言っとくけど誉めちゃいないからね」
「それは残念」
さして―――どころか全くもって残念そうには見えないのだが・・・・・・間違いなく本気で残念がっているのだろう。彼との付き合いも早7年目となり、ようやく竜崎は不二について理解してきた事がある。
即ち―――彼は決して意味のない嘘はつかない、という事を。ただし意味のない冗談はしょっちゅう言うが。
そこについてそれ以上深く突っ込む事はせず―――『スミレちゃん』発言をこれ以上許すのは恥ずかしいため―――先へと進める。
9点以下も全員訊き終え、
「じゃあ次はラリーの練習だ。
―――越前! それに不二! お前たちコートに入りな!」
「俺?」
「え? 僕ですか?」
「デモンストレーションに他に適役はいないだろ? ホラホラ。さっさとお入り」
「でしたら先生がやられては?」
「アタシは説明があるからね。それに来るだけ来て何にもしないんじゃあちらさんもヒマだろう?」
「・・・。ああ。そういえば被写体でしたね。僕」
呟きコートへ入る不二。あれは本気で忘れていた。
コートの右側に立った不二がジャージから出したボールを打とうとしたところで、
「ああ、よく知ってるだろうが―――
不二! そいつはウチのテニス部期待のルーキーだ。まあある程度はお前ともまともに打てるだろう。
越前! そいつはまがりなりにも世界相手に立ち回ってるヤツだ。腕は文句なくいいよ。
お互い遠慮せず行きな。ただしデモだって事を忘れんじゃないよ!」
「はい」
「ういーっス」
竜崎の言葉にお互い頷き、そして再び向かいあった。
―――『よく知ってるだろうが』
確かによく知っている。言われなくとも手加減する気などない。
「じゃあ―――いくよ」
呟き、リョーマの笑みが深くなったのを確認して不二は球を放った。
§ § § § §
「いいかい? ラリーの基本はクロスに打つ事。サーブと同じくバウンドまでの距離が長くなる分バウンド後も球威が落ちにくいし、それに角度のあるショットで相手を出来るだけ外側に走らせればその分オープンスペースが出来る。
―――一般的には」
「嫌味っスか?」
「僕らも充分『一般的』だと思いますけど?」
言われた通りクロスに打つためお互いコートの右側に立ち、打ち合う2人。それはいいのだが。
―――『デモンストレーション』などと銘打ったのが悪かった。お互い本気で言われた事しかやろうとしない。
ため息をつく竜崎、そして呆気に取られるその他一同の前をボールが飛び交う。恐るべきはそのコントロールの良さ。始めて以来2人とも同じ体勢で同じコースに同じ速度で同じ回転数の球しか放っていない。精密機械並のその正確さ。まるでビデオをエンドレス再生しているかのようだ。2人が口を開かない限り本当にそう映るかもしれない。
それがどれほどの技術を必要とするのか、テニスをやっている者ならわかるだろう。やっていない者もまた感じ取っているであろう。
が、これでは全くデモの意味がない。クロスに打てとは言ったが、常に同じ位置に打てなどとは言っていないし仮に言っていたとしても他の生徒らに実現はまず不可能。
『一般的』ではない天才2人による惜しみない―――そして無駄な才能の披露、というか浪費。
やはりまだ自分がやるべきだったかと後悔する竜崎を他所に、
「さすがに上手いっスね、不二先輩」
「ふふ。ありがとう。君もとても上手だと思うよ」
「でも―――
―――ヒマそうっスね」
「そうかな?」
ボールを打ちながらにやりと笑うリョーマ。ラケットを構える間に肩を竦める不二。
「なんだったら・・・・・・ボール、もう1個増やしましょうか?」
一応疑問形で尋ねるリョーマの足が初めて動いた。コート脇に置いてあったカゴへとラケットを入れ―――
中にあったボールを1つ跳ね上げ、不二に向かって打ち付けた。
『ええ!?』
周りから驚きの声が上がる。が、増えたボールをもまた不二は楽々と返してみせる。
ボール2個に増えてのラリー。休む事無く手を動かし続けながらも、2人にあったのは『余裕』だった。
乱れたのは1打目のみ。再び完全に膠着する。
そこから醸し出される安定感を見る限り、やたらと楽勝そうに見えるのだが―――
「・・・・・・まあこんな事やれとは言わないよ。さすがに」
竜崎のつくため息はさらに深くなっていった。
そしてその『安定』をぶち壊すように、
今度は不二がくすりと笑った。
「随分と楽そうだね」
「そりゃ楽勝っスから」
「ふふ。頼もしいね。
じゃあ・・・・・・ボール、もう1個増やしてみようか?」
やはりリョーマ同様一応の疑問形。言い終わる頃にはもうボールを握っていた。ついでにラリーをしながら左手人差し指でくるくる回すなどという曲芸まで見せてくれる。
飛び交う2球。その合間を絶妙なタイミングで捕らえ、2球目が放たれる。
と同時に、
リョーマがついに動き出した。
前に詰め寄りタイミングを外す形で打ち返してくる。
不二もまた笑みを消し双眸を弓のように細め、連続で返される3球を伺った。
1球目以降は後ろに下がりつつ打ち返す。まずやらない打ち方。力の込められなかった球は一気に速度を落とし、
そして2人に1拍の猶予を与えた。
ネットギリギリまで詰めるリョーマ。
ベースラインより後ろへ下がる不二。
お互い最も得意なボジションへとつく。
その上で、問う。
「『デモ』っスよね」
「ああ。『デモ』だね」
確認。『デモンストレーション』である以上打てる球はクロスのみ。
球数が多いためスピード勝負になるであろうが、コート反面に限定されてのいわゆるゾーン練習なら充分ついていけるだろう。
周りの空気を『安定』から『緊張』へと塗り替え、2人の勝負が始まった。
§ § § § §
「あのバカどもが・・・・・・」
ウンザリ呟く竜崎の前で、まず見られない特殊ラリーが続く。見られない理由は2つ。1つはボールを3つも使って打つような事がないため。そして2つに―――
―――これだけのハイレベルな選手はそうざらにいないから。
リョーマは動体視力と瞬発力のよさで3つのボールを楽々返し、
不二はそれらこそないが、ボールに緩急をつけ自分のところに戻ってくるタイミングをそれぞれずらしている。
またも膠着するかと思われたラリー。意外と変化は早かった。
「―――っ!?」
不二が打った球を返そうとラケットを構えるリョーマ。そのすぐそばで―――
打たれた球が加速した。
(―――じゃない!!)
その球の後ろから現れる2つ目のの球。それが前の球と空中で激突したのだ。
「しま―――っ!!」
悟った時にはもう遅い。掲げたラケットの僅かに先を、1球目のボールが抜けていった。
コート後ろをてんてんと跳ねる球。不二の冷酷な宣告が突き刺さる。
「まず1球」
「くそ・・・・・・!!」
動揺を打ち消し、リョーマはかろうじて後から来た方を返した。
「ねえ、あれっていいの?」
それを見ていた朋香が指を指し桜乃に尋ねる。
「え? 『あれ』って?」
2人のやり取りについていくのが限界で、今行われたリョーマ曰くの『イカサマ』に桜乃はもちろん気付いていなかった。
「だから―――」
説明しようとした朋香。その更に隣から声がかけられた。
「普通なら禁止じゃろうな。ただし普通ならそもそもボールを2球以上使ってのラリーなどまず行なわれない。しかも今のを『偶然』じゃなくコントロールして自らやるプレイヤーなどそうそういるもんじゃないからね。
まあ今回で言えば、リョーマが了承したなら反則じゃないさ」
「え? じゃあやっぱ今のって難しいんですか?」
「難しい、どころじゃないよ。
リョーマはあのボールに触れなかった。となると不二が点を取るにはリョーマのコートに正確に入れなければならない。
ボールにボールを当て思い通りの方向に飛ばす。難易度はビリヤードの比じゃないよ。なにせ3次元だ。しかも調節する時間んて与えられていない。
―――そういうのも出来るから、アイツは『天才』なんて呼ばれるんじゃがな」
「そういうの『も』?」
「アイツが『天才』たる理由は幾つもあるからね。天性のテニスセンス・吸収力の良さ・上達の早さ・ボールやラケットコントロールの緻密さ・世界最高とも賞される決して読めないゲームメイクなどなど。
ああいう曲芸まがいのことも楽々こなすよ。アイツは」
「へ〜・・・・・・・・・・・・」
素直に感心する朋香。結局わけのわからない桜乃。もう完全についていけないその他ギャラリー。
それら一同を見回し―――
竜崎は足元に転がっていたボール2個を拾い上げた。
先程同様2個に戻ったボール。だが今度は打つ側の様子が違った。
通常の半分に制限されたコートを右へ左へ走りまわる。それは皮肉にも竜崎が説明した通り。ただし半面限定でそれだけオープンスペースが作れるのも、オープンスペースに打たれた球を返せるのも2人ならでは。
単純に比較すると後ろにいる不二の方が左右に走らさせられる距離は長い。だが持久戦を得意とする不二がこの程度でバテる筈はない。
(けど・・・・・・)
そんな不二が逆に苦手な―――少なくともあまり得意ではないものがある。そしてリョーマはもちろんそれを知っている。
都合よく2球同時に返ってきたボール。今までの打球から一転、リョーマはラケットを上に向け、軽く上げた。
ラケットの先と根元の方へと当たった球。先の方のは上へ上げられロブ、根元の方はただ転がされただけのドロップショットとなった。
「―――っ!?」
今度息を呑んだのは不二だった。どちらの球も地面へ落下するタイミングは同じ。両方返すとすればロブで上がった球をジャンプして打ち、そしてネット間際を自由落下する球に追いつくか。
だがそれをすれば2球目を返す際確実に体勢が崩れる。半端に戻された球はネットに詰めたリョーマにとってはラッキーボール。スマッシュでも打たれてあえなくエンドだろう。
一瞬のためらいの後、不二はドロップの球を諦め、ロブのみ返すことに専念した。
「これで2球目」
その不二の考えを読んだのだろう。ボールが落ちきる前にリョーマがにやりと笑った。
「さすがっスね。苦手なネット戦は止めたんだ」
「苦手って言うほどでもないけどね。
―――けどまあ君に比べると『苦手』の部類に入るかな。凄いね。それだけ動けるなら、ネットプレイで君に張り合えるのって英二くらいでしょ?」
確認ながら本当に尋ねる。知らないのだ。リョーマが青学[ここ]でどうしてるのか、指導に来てる元レギュラーら自分の友人たちと上手くやっているのかなど。間の悪いことにリョーマが青学へ入学した4月以降、不二は海外で試合が詰まり、青学へ行ける機会がなかった。本当ならリョーマの入学式から参加したかったというのに・・・!!
「ネットプレイ限定ならね。普通にやんなら俺が勝つけど?」
「へえ。シングルスで? ダブルスで?」
「・・・・・・。シングルス」
痛いトコロを突かれたか、残り1球となった球がぶれた。英二がシングルスで弱いというわけではないが、彼の真骨頂は大石とのダブルスにて発揮される。ならばシングルスで勝ったところで本当に勝ったとは言えない。だからだろう・・・・・・。
―――と、リョーマの『痛いトコロ』をそう推測した不二だが、実際のところは桃と組んだダブルスでの試合で黄金ペアにボロ負けしたからというのがその理由である。なおリョーマとダブルスをしたなどバレた時点で桃の命は危ういため、その事は不二には報告されなかったが。
それはともかく残り1球である。この1球で勝負が決まり、なおかつ今まで2人が使ってきた小細工[テ]は使えない。
1球勝負になり少し余裕が出たからか前へと詰めてくる不二。コート中央に引かれたサービスラインぎりぎりまで来たところで、
くすり、と小さく笑った。
同時に放ったボールが少し浮く。
明らかな誘い。
だが―――リョーマが不二について知るように不二もまたリョーマについて知っている。彼ならこういう誘いに間違いなく乗る。単純だから、というわけではない(血気盛んだから・ケンカっ早いからとかとは言えるが)。乗った上でそれを攻略する。決して敵が仕掛けた罠を迂回するような精神の持ち主ではない。
(けど、コレは攻略できるかな?)
浮いた球を―――なされた挑発を―――逃すわけはなくスマッシュの構えになるリョーマ。不二も挑発とは違う凶暴な微笑[えみ]を浮かべ、体を反転させようとし・・・・・・
スコ―――ンッ!
「うお・・・!!」
ラケットを振り上げたリョーマの頭がいきなり右に傾いた。
「何・・・!?」
思わず棒立ちになる不二。そこへ、第2波がやってきた。
スコ―――ンッ!
「痛・・・!!」
衝撃と共に頭が左へと傾く。星など飛ばしそのまま気絶したくなるほどクラクラするが、とりあえず何が起こったか確認するため衝撃の来た方を見やる。リョーマも倒れる寸前で止まり、不二と同じ方向を見た。
「ホラホラアンタたち! 何勝手に遊んでんだい!!」
コート脇、そこには桜乃に借りたラケットを持った竜崎が仁王立ちしていた。あの様子ではお得意のホレホレアタックを使ったのだろう。そういえば、白濁しかけた意識の中で微かに黄色いものが見えたような・・・・・・。
「先生、相変わらずテニスお上手ですね・・・・・・」
痛む頭をさすって不二が呻いた。動き回っていたにも関わらずピンポイントでこめかみに当てられたボール。ないだろうがもし数センチずれて耳に当たっていたとしたら大変な事態になっていたかもしれない。
さりげなく危険な技を生徒に放った教師は、彼の皮肉を無視して台詞を続けた。
「アタシはラリーのデモンストレーションをやりなって言ったんだよ!? 誰が勝手に遊べって言った!?」
「言われた通り『デモ』やったじゃないっスか・・・・・・」
同じく頭をさすって呻くリョーマ。そして同じく無視する竜崎。
「口答えするんじゃないよリョーマ! 2人ともグラウンド20周!!」
「え〜」
「部活じゃないんだから」
「お黙り。グラウンド走りはテニス部の伝統だ! 次反抗したら5周増やすよ!!」
「「は〜い」」
反省0不服満点のいい子ちゃん返事×2に竜崎が再び怒鳴ろうとする―――
―――が、敵の方が素早かった。
さっさとラケットを置いて出て行く2人。しかし文句は忘れない。
「『テニス部の伝統』って何!? ンなモンが伝統なワケ?」
「さあ・・・。僕のいた頃は大和部長が使っててそれを手塚がマネしたんだから、やっぱ『伝統』に入るのかなあ?」
「サイアク!! どこの世界にテニス部の伝統がグラウンド走りなんてモンがあんだよ!?」
「まあ・・・・・・乾汁が伝統になるよりはいいんじゃないかな?」
「ってゆーかもしかしてその2つが今の『伝統』になってない・・・・・・?」
「あはは。手塚と乾がいる限りそうなるだろうね」
「もうヤダここの部活ー!!」
「頑張ってv あと2年半だよv」
「つまり入ってまだ半年しか経ってないって事じゃん!!」
などと騒がしく―――そしてとても今日初めて会った2人のものとは思えないほど親しく―――去っていく2人は無視して竜崎が声を上げる。
「よし! 全員練習開始だ! ちんたらしてんじゃないよ!?」
この教師の『怖さ』はよ〜くわかった一同は・・・・・・
『は、はい!!』
ドモりつつも綺麗に返事をし、急いでコートに駆け戻っていったのだった。
§ § § § §
さすがにこの不二の情けない姿は撮れないか、誰もいないグラウンドにて。
「で?」
走りながらリョーマが極めて抽象的[アバウト]な質問をした。
「何が?」
やはり隣で走る恋人が、にっこりと笑い、わかっているだろうに質問返しをする。
「だから、何で今日わざわざ来たワケ?」
「聞きたいのは建前かな? それとも本音かな?」
「・・・・・・2つあんの?」
懐疑的に尋ねるリョーマ。その機嫌は明らかに下降している。
その理由共々わかっているからこそ、次の不二の答えは即座に返ってきた。
「あるわけないでしょ? リョーマ君に逢うために来たんだよ? 他に何があるのさ」
「・・・・・・。朝別れたばっかじゃん・・・・・・」
「ん? 誘ってんの?」
がん!
どこまでも自分に都合よく解釈する不二の頭を殴る。
「アンタが! そーゆーコト一晩中したおかげで今日寝不足なんだけど!? でもって授業中2時間爆睡してたら先生に怒られたんだけど!!
って聞ーてる!? 周助!!」
足を止めずに喚いていたリョーマ。その足がふと止まる。いつもなら入るはずの隣からの返事が何も来ない。
眉を寄せ―――後ろを向く。殴った場所にて、不二は今だうつ伏せに倒れたままだった。先程の1撃と相まって、珍しくまともに気絶したらしい。
頭をぽりぽりと掻いて、
「・・・・・・・・・・・・。ま、いっか」
―――結局リョーマは無視して走りつづける事にした。
§ § § § §
「さすが慣れてると早いねえ。
―――おや? リョーマ、不二はどうした?」
「さあ。なんかいきなり倒れたっスよ? 夏バテじゃないっスか? あの人体弱そうですし」
「・・・・・・・・・・・・そうかい」
しれっと言い切るリョーマに、竜崎もそれ以上は追求せずに授業に戻っていった。
ちなみに不二は―――
暫し後、『準備』を終え彼の様子を見に来た英二の手によって、無事保健室まで運ばれたのだった。
―――さあ、続きは【Wanna Rise!】にて!
§ § § § § § § § §
タイトル若干変更されましたがさてようやく来ました『前編』。・・・・・・本っ気で【Wanna Rise!】と別々にして良かった的な長さですね。なんか変な事入れまくった成果ですが。そしてこれだけ2人で会話しまくればもう関係はバレバレのような気もしますが。とりあえず一応みんなの前では他人行儀な話し方(? 不二に差は無いし、さり気にリョーマも年上に向けて私語多いよなあ。特にアニプリ・・・ってコレはそっちが原点だし)でいってます。
さあ、これで【Wanna〜】にて言われていた謎が全て解けた―――ハズ! あ、ちなみにまたまた予告。今度は【Wanna〜】の方を元にパロディ版が出るかもです。その名も【BAKA Life!】。タイトル通り単純にバカ話。今度こそ完全に周り無視でバカップルがイチャつきます。
では。早朝1時に不二先輩に<心からありがとう>と云われ悶絶しそうな管理人でした。
2003.9.5〜9.9
―――そういえば余談。リョーマが朋香にやっていたラケット止め。バッドに変えるとマンガ『タッチ』にて鬼監督の教え方になります。それはカーブの打ち方でしたが。