不二先輩―――越前の事、頼みますよ。
Focus
ED.『仲間』として
リョーマが去って行ったそのあとで。
「う〜ん。さすがに怒ったか・・・」
何事もなかったかのように身を起こす不二。これに関しては今更突っ込むほどのことでもなかったため誰も何も言わない。
代わりに―――
「―――けどよかったじゃん。『大っ嫌い!!』だって。不二、愛されてんねv」
これまた何事もなかったらしく、普通に走って戻ってきた英二がそう言う。
―――『「嫌い」と「好き」って実は同じなんだよ。それだけ相手の事をよく見てるって意味ではね』
この計画を始める段階にて不二が電話越しに言っていたこと。それを思い出しにやにやと笑う英二に、不二も軽く微笑み返した。
「ありがとv」
と、
「―――やはりな」
今まで沈黙していた手塚が小さく呟いた。
「何が?」
「今回の騒動、やはり踊っていたのはお前ではなかったのか」
「当たり前でしょ?」
軽く言い切る不二。重いため息をつく手塚。
疑問げに2人を交互に見やる一同に、
「越前の指摘ポイントとは違うが、俺たちも最初から疑うべきだった。今回の騒動、不二らしくなさすぎた。不二が受動的に自分を崩すことなどまずありえない。ならば自ら『らしくない』演技をし続けた―――つまりはわざと『踊って』いた、という事になる。他の者ならともかく俺たちならばそれに気付けたはずだ。気付こうとさえ思えば」
『あ・・・・・・』
手塚の指摘に声をあげる元レギュラーこと不二の『友人』達。確かに誰もが何度も『おかしい』と思い続けていた。自分たちも、また今日はいないが不二の弟・裕太も。彼は姉から指摘を受けたと言っていたが、先ほどのリョーマの話からするとその姉も一枚かんでいたらしい。どこからかはわからないが、もしかしたら彼女は誰よりも早く『それ』に気付いたのではないだろうか。
「うん、そうだね。姉さんはあっさり気付いたみたいだしね」
「だろうな」
あっさり頷いてみせる不二に、手塚もまた軽く頷いた。
「だが、なぜ今行動を起こした?」
不二とリョーマが付き合い始めてもう1年半以上。今まで不二はリョーマとの交際を知人友人除き特に公表などしていなかった。今回の騒動を考えると隠したかったから、というわけではあるまい(まあリョーマは公表されれば嫌がるだろうが)。ただなんとなく言わないまま今まで過ぎた、という感じだ。だが逆に、ならばなぜ今更わざわざそれを崩したのか、その疑問が残る。
「ああ、一応きっかけならあるといえばあるよ」
凄まじく曖昧な言葉とともに、不二が懐から紙切れを取り出した。
手塚の周りにいた他の者もそれを覗き込む。
それは1枚の写真だった。夜の公園で、ベンチに座って抱き合う不二とリョーマの写真。少々遠くからで、しかも背もたれ越しのため具体的に何をやっているのかはわからないが、向かい合う2人の視線とリョーマの後頭部に回された不二の手を考えれば今回不二と英二によってばら撒かれた写真同様、キスをするところだったのだろう。
「実はこんな写真が送られてきちゃって。『これをマスコミに渡して欲しくなければ次の大会出場を辞退する事』だって」
あっけらかんとした様子で明るく言い放つ不二。
「えええええええ!!?」
「それって脅迫状じゃないか!!」
「笑ってる場合か!! 十分大事だろう!?」
桃、河村、大石の順で突っ込む。声にこそ出さないが、手塚と海堂もまた険しい顔で写真と不二を見比べていた。―――まあ乾はいつもの如くノートにその事実を書き込んでいたが。
それを英二もまた後ろからひょい、と見て、
「へ〜。それが問題の。
―――けど写り方悪いね」
「でしょ? これだとリョーマ君の顔があんまり見えないし、体も背もたれに隠れてるでしょ? その場にいて一部始終見てた盗撮者ならともかく、これだけを見せられてリョーマ君が男だって気付く人少ないんじゃないかなあ」
「だね〜。けどそれならそれでいんじゃん?」
「ダメだよ。それじゃインパクトがない。ただの『恋愛騒動その1』で片付けられるじゃないか」
「そっかにゃ〜・・・・・・?」
「少なくともここまで話題にはならなかったでしょ?」
「ん〜。まあ確かに」
「―――待て不二。なぜそこまで『スキャンダル』にこだわる?」
「え? それはもちろん・・・・・・」
乾の質問に一瞬不二が止まり―――
次いで全員が止まった―――というか硬直した。
この上なく幸せそうに、むしろ溢れんばかりの幸せが思い切り溢れ返ってるかのような感じで幸せのオーラだのビームだの花だのを垂れ流して不二が微笑んだ。
「だってせっかくの交際宣言じゃないかvv ちゃ〜んと大勢の人に聞いてもらわなきゃvvv なにせリョーマ君を狙ってる不届き者は多いからね。一掃しておかなきゃvvv」
「不届き者・・・って・・・・・・」
「ああ、ごめん。『滅殺目標』だったねvvv」
「そういう訂正の仕方をされても・・・・・・」
「確かにリョーマ君の可愛さは世界的財産だからね。それに魅了されるのは人として仕方のないことだと思うよ。
けど僕のリョーマ君に手を出そうなんて考え持つこと自体が既に万死に値するよ」
「うわさらっとスゴい事言いますね」
「前半と後半、どちらに突っ込むかが問題だな」
「というかその基準だと今度は逆に、不二のファンの子全員が越前の『滅殺目標』になるんじゃ・・・・・・」
「あ、それいいねvvv」
「いや同意を求めたわけじゃないから・・・・・・」
「で、話を戻すけどね。脅迫状云々は別にどうでもいいんだけど―――」
「いいのか・・・・・・?」
「いいんだろう。マスコミに渡されたところで喜びこそすれ困りはしない」
思わず眉を潜めて聞き返す大石に、不二に代わって乾が答えた。
さらに続く、不二式理論。
「いいんだけどね。ほら、さっき英二の指摘にあった通り、この写真リョーマ君の写りがよくないでしょ?
せっかくいろんな人に見られる、っていうのにこれじゃリョーマ君の価値が下がりそうじゃない」
「上げれば上げたで滅殺目標だろ・・・・・・?」
「けど下げて見られたらムカつくじゃない」
「ムカつくって・・・・・・」
「不二・・・。お前は一体何がやりたいんだ・・・?」
殊更『何が』を強調する手塚。だがこの程度では不二には全く以って何のダメージを与えられなかった。
「自分の好きなものを相手も好きになったらなんか横取りされたみたいで嫌だけど、だからといって蔑まされたりしたらムカつくじゃない。微妙な乙女心ってものだよ」
「『乙女』を目指すならせめて策略は控えろ」
「「「「「「おおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」
ぱちぱちぱちぱち!!!
不二の発言に突っ込む事もなく自分の意見を通す。常人には到底真似の出来ないその妙芸に、両者を除く元レギュラーらが感嘆の声と惜しみない拍手を送った。
ようやく1本取られたとでもいいたげに不二が肩を竦め、話題を戻す。
「そんなわけで、どうせ見せるなら満足出来るツーショットにしよう、って事で英二に頼んで撮ってもらったんだけどね」
「やっぱ俺の撮ったほうがずっとおチビ可愛かったでしょ?」
「うん。ありがとね、英二v」
「いえいえvv あんなちゃっちい脅迫状送ったヤツなんかより俺のほうがよっぽどおチビの事愛でてるからね〜v まあ当然っしょ!」
「ふ〜ん・・・・・・。
―――英二、ちなみに今キミも『滅殺目標』に入ったけど、なにか言い遺した事はないかな?」
「うえええええええ!!!?」
「ついでにキミ数日前のインタビューでいろいろ面白い事言ってたよね。それに1週間リョーマ君と一緒に生活してたし」
「あ、あれは桃もじゃん!! てゆーかどっちかって言うと桃の方が夜もおチビとずっと一緒にいたし!!」
「えええ!!? 先輩ヒドいっスよ!! 俺に責任全部なすりつけるつもりっスか!!?」
いきなり振られた『災害』に、桃が両手を上げて必死に阻止しようとする。が、
「も〜もv」
「ゔ・・・・・・」
既視感[デジャ・ビュ]。
―――というか昨日とぴったり同じ展開に、その先に来るであろう台詞を予想(というか確信)して桃はため息をついた。
「『先輩命令』っスか・・・・・・?」
「お〜よくわかってんじゃん。さっすが俺の舎弟」
危機から脱した者特有の―――そして同時に自分以外の他人が危機に陥った時特有の、やたらと嬉しそうな笑顔で言う英二。
「じゃあ桃から行こっかv
―――何か言い遺した事はある?」
「遺言・・・ッスか・・・・・・?」
「正式な手続きを踏んでないから正確にはそうは言えないね。けどまあ桃がそうだと判断するんならそれでいいんじゃないかな」
「じゃあ1つ―――」
遺言云々は別にして、リョーマにこの騒動のカラクリを聞いて以来どうしても言いたかった。言ってやりたかった。
ぎゅっと拳を固め、顔を上げる。不二の閉じられた瞳を真っ直ぐ見やり、決心を決めて桃は口を開いた。
「不二先輩・・・」
「ん?」
「俺も、殴っていいっスか?」
『ええええええええ!!!!!!!??????』
静かな桃の一言に騒ぐ一同。いかにもガタイのいい桃が殴って不二が無事なワケがない、と思う外野。そして―――
「止めるんだ桃!」
「本気で殺されるぞ!?」
「どうせ死ぬならばと躍起になったか・・・!!」
「見上げたカミカゼ精神だ」
「けっ・・・。その根性だけは認めてやる・・・・・・」
「墓石には『勇気ある者ここに眠る』と彫っておこう」
・・・・・・なんだか本気で心配してるんだかなんなんだかよくわからないが(特に後半)、あの不二に逆らうという無謀すぎる行為を嘆く身内。
そんな中―――
桃同様彼の目をじっと見、不二が苦笑した。
「いいよ」
「なら遠慮なく」
瞳を閉じて俯く不二。無防備なその姿に向かって、ゆっくりと手を上げる桃。
『――――――!!!!!!』
息を吸い込む鋭い音が響く中で―――
こつん。
「え・・・・・・?」
「エンリョしときます。越前がもう自分でやりましたし」
不二の額を軽く裏拳で叩き、桃がにっとはにかんでみせた。
「それに、俺には先輩を殴れるだけの度胸はありませんから」
「桃―――」
「ただし・・・・・・」
呟きかけた不二を遮り、真顔に戻ると桃は言葉を続けた。
「越前にはちゃんと謝ってください。あんな風に言ってましたけど、アイツ本当に先輩のこと心配してましたから」
思い出すのは、自分に泣きついてきたリョーマ。付き合いがそんなに長いわけではないが、それでもわかる。リョーマはあんな泣き方は普通しない。ましてや人にそれを見せるような真似は絶対しないだろう。それすらもしたのだ。なりふり構わず。それだけ追い詰められていたのだろう。
「そう・・・・・・だね・・・・・・・・・・・・」
きょとんとしていた不二が、視線を落として弱々しく微笑んだ。わからなかったわけじゃない。想像もつかなかったわけじゃない。今回の計画で唯一の不安材料だった事。自分の選んだ行為がどれだけ彼を傷つけるか。それでも彼―――リョーマはそんな自分をまだ好きでい続けてくれた。2度と戻ってきてくれはしないと思っていたこの腕の中に、リョーマは戻ってきてくれた。
今度は、自分の番だろう。突き放しても、それでも想い続けてくれたリョーマのように。今度は自分が想い続けよう。たとえどんなに突き放されようと。
「桃、ありがとう―――」
「っていうのは・・・・・・」
「うん。わかってる。ありがとう、とは言わないよ。『リョーマ君が世話になったね』とは言わせてもらうけどね」
ありがとう―――そう最初に言うのは彼にではない。全てをわかって、それでも自分に協力してくれた英二にでも、これだけの騒ぎになり批判を浴びたにも関わらず応援してくれたみんなにでもない。
―――周りからのとてつもない重圧に押しつぶされそうな中で、それでも想いを貫いてくれたリョーマに。
「―――ていうか先輩、やっぱさり気に俺の事まだ滅殺目標の第1位になってません?」
今の台詞、『リョーマ君』を『弟』に変えると中学時代観月に向かって言ったものと同じになる。ちなみにその観月は今だに恨みを買い続け、会う度にあからさまな嘲笑と罵倒を浴び続けている。
ははは・・・と渇いた笑いを浮かべる桃に、不二もまた微笑んでみせた。にっこりと。見る者に幸福と―――そして絶望を与える笑みで。
「当り前じゃないか。何を今更v」
あははははは・・・・・・とさらに広がる笑い。いつの間にかそこには2人の他に元レギュラーらも加わっていた。
「まあとりあえずそっちは保留しておくとして、そろそろ僕も行くね。これ以上ほっておくと本当にリョーマ君がグレそうだからね」
手を振り踵を返す不二に、順に声が掛けられる。
「お〜っし行って来〜い!!」
「不二が越前の元へたどり着くまでにかかる時間と越前の『グレる』確率は明確に比例の傾向を表している。早めに行くことを薦めるよ」
「ま、まあ不二なら大丈夫だって思うけど、一応・・・頑張ってね」
「ただし、とりあえず大怪我はしない範囲でな」
「自分でまいた種だ。自分で完全に刈り取れ」
「先輩のやった事、完全には賛成できないっスけど・・・・・・それでも越前は先輩のこと待ってると思いますから、早く行ってやって下さい」
そして・・・・・・
「不二先輩!」
最後に桃が不二を呼び止めた。
「次、アイツの事泣かせたら遠慮なく俺がもらいますんで!」
強気な笑みを浮かべ、そういう桃に、
不二もまた、唇を軽く吊り上げ笑ってみせた。
「2度と泣かせるつもりはないけどね。
―――ああ、けど『啼かせ』はするけどね」
『――――――!!!!!!』
不二の台詞。その意味を100%理解し全員が硬直した。ほとんどの者が大口を開け、ごく稀に眉間の皺をより深くする者もいたり、さらに無言のままノートにペンを走らせている者もいたりした。
「じゃあねv」
ひゅー・・・・・・と冷たい空気が吹き荒れる中、全ての元凶たる不二は手を振って去っていった。
その後、このバカップルがどうなるのかは―――
誰もが知る通りである。
Never End
ζ ζ ζ ζ ζ ζ ζ ζ ζ ζ
むしろ『救いなし』って感じですね。
というわけで今度こそ終わりました。世間一般巻き込んでの大騒動。終わってみれば徹頭徹尾バカップルに振り回されただけ。うっわ〜最低だ〜!!
さて、これで公衆の面前でリョーマといちゃつけるという特権を手に入れた不二様。今後どうなるか―――当然の如くそれを行使しまくってますね。
では、皆様今まで長々とご愛顧(誤)いただきありがとうございました。これからもバカップルはひたすらにバカップルし続けていきます。
2003.4.14〜16