Motivation
―『人が他人を好きになる要因』においての実験とその考察―
「―――ねえ、リョーマ君・・・・・・」
「んー・・・・・・?」
耳元で囁かれた声に,リョーマは眠い目をこすって首だけ僅かに後ろに傾けた。確認する必要はない。声の主は先ほどからずっと自分の後ろにいる―――正確には自分を後ろから抱き抱えてカーペットの上に座っている。
『周助が好きだから』と言い訳してやってるこの体勢、実は不二の体温を全身で感じられて自分も結構好きだ―――なんて事は絶対に口にはしない。
目の前にはテレビ。2人でテニスの試合を観戦していたはずが、気が付いたらバラエティー番組になっていた。
「何、周助?」
不二の胸に体を預けて斜め上を見上げる。こうするといつも笑顔で不二が見下ろしてくる。そしてそのまま自然とキスをして来る。
「・・・・・・?」
いつもとは違う不二の挙動に、リョーマは傾けていた首を元に戻した。
一言名前を呼んだきり自分の肩に顔を埋め黙り込む不二に、ため息を漏らす。
「何? 周助」
これで寝てたら大爆笑なのだが、不二は決して寝てはいない。その証拠と言わんばかりに、リョーマが名前を呼びかけると彼を包んでいた腕に力が篭った。
(まったくこの人は・・・・・・)
いつも飄々として、笑顔以外の表情が思い浮かばない不二も、時折何の脈絡もなしにナーバスになる事がある。丁度今のように、こうやって―――自分の前でだけ。
(ホント、何考えてるんだろ・・・?)
呆れる。ワケのわからない事で悩み込む不二に対してか、それともそれをわかってあげられない自分に対してか。
「あのね・・・・・・」
ようやく口を開く不二。埋もれ、くぐもる彼の声を一言も聞き逃さないよう、リョーマの注意がそちらへ向いた。
「社会心理学では、対人魅力、つまり『人を好きになる要因』っていうのは5つに分類されるんだって・・・・・・」
「へえ・・・」
「1つ目は身体的魅力、2つ目は類似性、3つ目は相補性、4つ目は返報性。
―――そして5つ目は近接性」
「ふーん・・・・・・」
一応頷いてみる。が、意味は半分もわからない。
多分―――いや絶対それがわかっていながらも、不二は構わず進めてきた。つまりはそこはどうでもいいという事か。
「結論だけ言うとね・・・・・・。
・・・・・・心理学上『遠距離恋愛』っていうのは成立しないんだって」
「え・・・・・・?」
「近くにあるものほど人の気持ちっていうのは向きやすいから。離れていても心は1つなんて言うけど、実際は物理的距離がそのまま精神的な、心の距離になるんだって」
「何、言って・・・・・・」
聞き返すリョーマの声に震えが帯びた。不二が世界各地を点々とする以上『遠』距離恋愛とは言いがたいが、日本に帰ってきてこうして一緒にいられるのはせいぜい月に3〜4日。できる限りスケジュールを調整して一緒にいられるようにしていると言うし、実際数時間のみの帰国なんていう事もざらにある。が、それでも2人で持てる時間はせいぜいこの程度だ。常に一緒にいられはしないという意味においては『遠距離恋愛』であることに変わりない。
(けど、それじゃあ・・・・・・)
まるで別れ話ではないか。
絶望し―――そして納得する。
そもそも自分と不二が付き合っているというほうがおかしいのだ。男同士で、年齢も倍―――とまでは言わないがそれに近い程離れている。不二は世界的に有名なテニスプレーヤーだし、ファンレターだって世界中から贈られてくる。しかも圧倒的に女性が多い。不二と一緒にいれば、どこであろうと彼にそういう目を向けてくる人は大勢いる。その気になれば毎日どころか毎時間とっかえひっかえしたって相手には困らないだろう。
なのに自分。そんな環境下で選んだのはこの自分。愛想のカケラもなくて、口を開けば生意気な事しか言えない自分をなぜ彼が選んだのか。出逢ったきっかけから考えても、ただの興味本位で―――そして飽きたと考えるのが妥当だ。
「周助・・・・・・」
だとしたら、この部屋に来るのも、こんな体勢になるのも―――こうやって名前を呼ぶのも今日がラストになるのだろう。『赤の他人』の自分がファーストネームで呼ぶのもおかしい。
「周助・・・・・・」
名残惜しげに呼ぶ。こういうのは自分に合っていないと心の片隅で苦笑しながら。―――本当に、合っていない。
「周・・・・・・ん!!?」
不二の事を見られず下に向けていた顔を上向きにされて、突如目の前を、そして口を塞がれた。
「んんん・・・・・・!!!」
息もつげないほどの激しいキス。驚いて目を見開いている間に、いつの間にそこからすり抜けたのか後ろに押し倒される。
上半身の傾斜によって痛みの疾る腹筋。だが痛みは一瞬だった。
力を入れるより早く不二の手が体を支え、ゆっくりと下ろしていく。自分も彼の首に手を回し倒れないようにすると、背中にカーペットよりも更に柔らかい感触が当たった。
不二が首尾よく用意したらしいクッションに体を預け、手を離したリョーマ尋ねた。
「・・・・・・で?」
「ところでリョーマ君、『サブリミナル効果』って知ってる?」
「はあ?」
逆に尋ねてきた不二が、いつも通りのわけのわからない笑みを浮かべているのを見て、リョーマの目が半眼になる。
(さっきまでのはなんだったんだよ・・・・・・)
「さっき言った『近接性』に少し似てるんだけどね、なにも物理的な距離だけじゃないんだよ、近くていいのは。CMで何度も見たものをつい手に取るって言う事があるでしょ? あれは何度も見聞きしているうちにだんだんよく思えてくるからだよ。たとえ集中して見てなくてもね。選挙の時方針よりも立候補者の名前をひたすら連呼するのもこの1つ」
「・・・・・・だから?」
「だからこうやって―――」
と、上に乗っていた不二が体を倒し、リョーマの耳元に再び顔を近付けた。
「―――いつも聴かせてるでしょう?」
いつも―――逢えない時には、いつも不二は電話をかけてくる。話す事はお互いの近況報告。別に毎日面白い事がある訳ではない。にも関わらず、不二は忙しいだろうに、毎日夜10時きっかりに。時差を考えたら真夜中から早朝などの事もあるはずなのに、それでも2人でいる時を除き欠かしたことはない。
電話越しではない声に、そしてその内容にリョーマが何かを言おうと口を開く―――より早く。
「それに、他の条件なら完璧でしょ?」
「はあ? 何で」
半眼で問うリョーマに不二が指を立てた。
まずは1本。
「まず身体的魅力。第一印象で悪く思われたことはないよ、僕」
「―――スッゴイ自意識過剰」
次いで2本目。
「それに類似性。僕とリョーマ君の考えならぴったりじゃない。特にテニスとか」
「他は?」
それを無視してさらに3本目。
「あと相補性。人はお互いにないものを求めるっていうけど、どう考えたって僕とリョーマ君の性格は違うからね。
―――そうそう、この相補性って、長期間付き合う人同士で重要視されるんだって。親友とか、家族とか、あと恋人とか」
「・・・で?」
最早何も言う言葉が浮かばないリョーマ。そして4本目が上がり、
「最後に返報性。好意のギブ&テイクの事で、相手にどう思われてるかによって自分がその相手をどう思うか変わるらしいけど、これは絶対問題ないでしょ!」
「・・・・・・。どこが?」
「それはもちろん―――」
寝転んだままの(不二にのしかかられているせいで起き上がれないともいう)リョーマに抱きつき不二が言った。
「僕がリョーマ君を愛してるんだからリョーマ君が僕を愛してくれてるのは当然の成り行きじゃないvvv」
「〜〜〜〜〜〜〜/////!!!!!」
それこそいつもの事ながら『照れ』とか『恥じらい』とかいう言葉を存在の果てに置き去りにしてきたらしい不二の爆弾発言に、リョーマの顔が真っ赤に染まった。
硬直するリョーマを見て何を思ったかくすりと笑い、不二がリョーマの着ていたトレーナーの首元を引っ張り、そこに顔を埋め舌を這わしてきた。
「―――ってちょっと!! 何やってんだよ!?」
「ん? リョーマ君が可愛いからvv」
「全っ然! 理由になってない!!」
「ホラ、もう夜も遅いし、そろそろ寝なきゃvvv」
「『寝る』の意味が違うだろ!!?」
「まあまあv」
「〜〜〜〜〜〜!!!
・・・・・・たく」
先ほどとは全く違う意味でため息をつく。やはりこの人はこういうほうが余程合う。
「周助・・・」
「んv?」
顔中にキスの嵐を降らせる不二を見上げ―――リョーマはブラウスの襟を引っ張り、お返しとばかりにキスをする。
「・・・・・・っ!?」
珍しく顔を赤らめた不二に、にやりと笑った。
「わざわざ理由つけなきゃ何も出来ないワケ? まだまだだね」
「―――・・・!」
リョーマのそんな態度に不二は暫しあっけに取られ―――くす、と笑った。
「まさか」
笑みを浮かべるリョーマの頬をなで、そこに自分の顔を落としていく。
唇が触れる寸前で、リョーマの目を見据えて口の端を上げる。
「好きだからしたいしする、それだけだよ」
「充分」
笑みを更に深くしたリョーマが腕を伸ばし、不二の首に絡める。
そのまま2人、どちらが誘うともなく再びキスに没頭していった・・・・・・。
ねえ、周助。アンタさっき言ったよね。『僕がリョーマ君を愛してるんだからリョーマ君が僕を愛してくれてるのは当然の成り行きじゃない』って。
それだったらアンタも俺の事ずっと好きでいてくれるの?
俺はアンタの事、アンタが思ってるよりずっと『好き』なんだよ。
絶対、言わないけどね。
『ゲーム』は手札全部見せちゃつまらないでしょ?
テニスじゃまだ勝てないけど、このゲームは勝たせてもらうよ。
もちろんいいでしょ? ―――ねえ、周助。
―――countitued forever・・・
Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ
さる12月11日の心理学Bの講義にて(とここまで限定すると同じ学校の人がいたらわかるだろうなあ・・・)。『対人魅力』について聞いた時、即座にこの話を思い浮かべました。まあテストがあった都合上書けたのは今日ですけど。
いいなあ心理学。ネタにしやすすぎ。しかも『心理学上遠距離恋愛は成り立たない』は本当に先生が口にした言葉です。反論の意味でも書きました――というほど大げさなものではないですけどね。先生もここに『理論的には』と付けましたし。けど遠距離恋愛自然消滅への過程を淡々と語る辺り、「経験者か?」と突っ込み入れたくて仕方なかった。最近心理学の講義はやる度『これはこのキャラに似合いそうだなあ・・・』などとひたすらに考え込んでます。先生、ごめんなさい。講義中にそんな妄想に耽ってます。
―――けど最近性格についてひたすらやってるし。生まれた順番による性格の違いなんてテニプリキャラじゃないけど某兄弟そっくりだ・・・・・・。
そういやこの話、ラストが『cool〜』と同じでしたね。なんだかバリエーションのない話題構成ですみませんとひたすら反省。は〜。なんか変わった話が書きたい・・・・・・(いろんな意味で誤解を生む発言)。
2002.12.13