Let’s Show Off!
「――でさー、凄かったよな〜、今日の先輩たち」
「そうだよね。ほんと、さすが全国制覇しただけあるよね」
「うん。僕たちもいつかあんな風になれるのかな?」
「ばっかだな〜。そう簡単になれるわけないだろ? だから凄いんだろうが!」
「そんな事ないわよ! リョーマ様なら絶対なれるわよ! ね、桜乃!?」
「う、うん。リョーマ君ならきっと・・・・・・」
部活を終えた帰り道。校門に向かう1年達の話題は、今日もまた指導に来てくれている元青学レギュラー達の事についてだった。今の青学にももちろん現役のレギュラーはいるが、やはり目はどうしても遥かに技術の高い先輩らのほうに行く。
「ま、今日なんてったって凄かったのは不二先輩と手塚先輩のゾーン練習!! 模範とか言いながら2人ともアレ絶対本気だったよな〜!」
「うんうん! もう僕手に汗握っちゃったよ!!」
「でも僕達って本当にラッキーだよね。なんていったってあの不二選手が僕達の先輩だなんてね」
「しかも本人が教えに来てくれるのなんて今年が始めてだっていうし――」
言いながらその『理由』に目線を送るカチロー。それに習って堀尾・カツオ・朋香・桜乃もそちらを横目で見る。
5人の視線の先で――
「――あ」
その『理由』たる越前リョーマは校門を抜けたところで足を止めた。5人の視線に気付いて、ではない。彼は彼で道の先を凝視していた。
「あ,おチビ〜v」
「みんな片付け終わったのかい? ご苦労さん」
校門から少し出たところで、壁に寄り沿って談話していた英二と大石がこちらを見つけ話し掛けてくる。
そして――
「みんな、お疲れ様」
「せ、先輩・・・!!」
やはり1年達に気付いた不二が、振り向き笑顔で挨拶してきた。
先程まで話題にしていた憧れの主に声をかけられ硬直する1年トリオ。「きゃ〜vv 不二先輩に声かけられちゃったvv」と小声で騒ぐ朋香にやはり小声で注意する桜乃。
そんな様子は一切お構いなしに歩み寄ると、不二はリョーマに手を差し伸べた。
「リョーマ君、一緒に帰ろv」
「・・・・・・・・・・・・」
差し出された手を見て黙り込むリョーマ。普通この状況で手を差し伸べられたら繋ぐのがお約束だろう。
「にゃ〜v おチビと不二ラブラブ〜vv」
「おいおい英二、あんまりからかうなよ・・・」
が、残念ながらリョーマは『手を繋いで下校』などという爽やかカップルのような真似を平気でする程純粋無垢ではなかった。
「はい」
「?」
差し伸べられた不二の手にテニスバッグをかける。
「持ってよ。そのくらい当然でしょ?」
「・・・・・・・・・・・・」
ボーン!!!
素晴らしいリョーマの態度に効果音付きで固まる一同。不二もまた笑顔のまま暫し静止し・・・・・・
何を思ったか少し離れた車道へと近付いていった。
そこに止めてあった車のガラスをこんこんと叩く。
「――で、もう帰れるの?」
窓を開け、そう問い掛けてくる人物に自分とリョーマの分、2つのテニスバッグを掲げて見せた。
「姉さん。悪いんだけどこれ、家に持って帰ってもらえないかな?」
「別にいいけど――私はあんたのパシリじゃないのよ」
「ごめんね」
ため息混じりの苦笑に首を傾げ素直に謝る不二。由美子も肩を竦めて後ろのドアを開けてやった。
「ウチでいいの? 越前君の分も?」
「うん。リョーマ君の分もv」
「はいはい」
「な――!?」
短く切り上げ、本当にリョーマのテニスバッグを積んだまま走り去る車を見てリョーマが口を開けた。車が走っていく方角は当然の事ながら自分の家のほうではない。
「何すんだよ!?」
そう不二に詰め寄るも、彼の反応は至って冷静なものだった。いつもの如くにっこり笑って、
「というわけで明日の朝練に出たかったら僕の家においでねv」
「にゃろ・・・・・・」
「――っていうか不二、それは脅迫・・・」
「ん? 何か言ったかな、大石?」
「イヤ、何でもない・・・・・・」
「じゃあリョーマ君v」
はいvv と再び差し伸べられる右手。
「おチビ〜、諦めて観念しろ〜♪」
「英二、それは同じ意味だぞ・・・」
「にゃ? そーなの?」
そんなやり取りが周囲で行われる中、さすがに諦めたかため息をついたリョーマが不二に歩み寄っていった。
差し出された手に視線を送り――
そのまま通り過ぎる。
「・・・?」
きょとんとした不二が、自分の左脇をすり抜けようとするリョーマを上半身を振って見ていると、
ぐいっ!
「え・・・?」
突如伸びてきたリョーマの左手に袖をつかまれ、思い切り引っ張られる。
「わ・・・!」
振り向く時の重心の移動も手伝って、リョーマの方に体が傾く。
体を半回転させ体勢を立て直したときには、不二はリョーマに腕を絡まれた形となっていた。
「リョーマ、君・・・?」
彼からこのような行為に及ぶのは珍しい。不二が呼びかけると、更にしっかり腕を絡めてきたリョーマはこちらではなく斜め後ろに視線をやっていた。
リョーマの口端が吊り上がった。
「『見せ付け』ならこのくらいやらなきゃ」
にやりと笑って言う言葉のとおり、彼の視線の先――電柱やら塀やらの影から出てきた男達が、カメラ片手にちっと舌打ちした。どうせ不二のスキャンダル的なシーンを狙って隠し撮りでもしようとしていたのだろうが、生憎とリョーマの視力と動体視力の良さから逃れる事は出来なかったようだ。
用事はもう済ませたといわんばかりにぱっと手を離すリョ―マ。
(あ〜あ、せっかく可愛かったのに・・・・・・)
残念そうに不二も心の中で舌打ちし、ふと思い直す。
「『見せ付けならこのくらいやらなきゃ』だよね、リョーマ君v」
「え・・・?」
顔を上げるリョーマの顎を左手で支え、男達に向かって手を広げた。
カメラからリョーマの口元を隠して、顔を近づけていく。カメラからは死角――では彼女からは?
不二は冷たい笑みを彼女――何をやるか予想がついたか目を見開いて驚く桜乃に一瞬だけ送り、瞳を閉じた。
「何・・・?」
と訊いてきつつも嫌がるそぶりを見せないリョーマの頬にキスをする。当たるか当たらないかのギリギリの高さに落とされたそれに、不満そうな顔をするリョーマの頭をなで、
「どうかな乾。いい写真撮れた?」
「――構図としてはなかなか面白いものがね」
不二の言葉を受け、男達より更に後ろからデジカメを持った乾が現れた。
「うわっ!? 乾先輩!!」
驚く堀尾らに「やあ」と挨拶し、不二に近付いた。
「けどこれは意外だったね。てっきり不二ならキスくらい人前でも平気でするのかと思ってたよ」
「僕は構わないけど、リョーマ君がね」
「越前が? だが越前が帰国子女だろ? キス程度なら挨拶で慣れてるんじゃないのかい?」
「慣れてるって――頬までしかやりませんよ、普通挨拶なら」
「けど今のは頬だっただろ? 隠す必要がどこにある?」
「さあ? 俺に周助の考えてる事なんて解るわけないでしょ?」
「それに関しては大いに賛成だね。――しかし成る程。不二の思考パターンは恋人ですら理解不能、か・・・・・・」
「そんな事もないと思うけど・・・・・・。
――まあ今のについては『リョーマ君の可愛い顔はこれ以上僕以外の人に見せたくないから』かな?」
「なるほど・・・・・・」
愛用のノートに赤ペンを走らせる乾。この瞬間彼のノートに記されていた不二の性格『独占欲非常に強し』は、最も強調されるものとなった。
「あ、乾。後でその写真頂戴ね」
「なんでまた?」
不二のその要求に、そばで聞いていた大石が疑問を投げかけた。
「僕とリョーマ君の写真って少ないから。僕が撮るわけにもいかないでしょ? まあやろうと思えば方法は色々あるだろうけど」
「まさかとは思うけど――週刊誌なんかに写真取らせてるのはわざと、だったりするのかい?」
「載った分に関してはきちんとスクラップしてるよv あと編集社の方にも頼んでもらってるかな?」
「は!?」
初めて知らされた事実にリョーマが驚愕した。そういえばここ最近不二が見せてくれる写真に2人撮りのものが多くなったとは思っていたが・・・。
(英二先輩とかに撮らせてたんじゃないのか・・・!?)
知ってはいけない事を知ってしまったような気がする。
「そ、そんな事より早く帰ろ」
これ以上放置しておくとこの人は何を言い出すかわからない、と不二の手を引っ張りズンズン歩き出すリョーマ。そんな彼もまた微笑ましく想い、不二はくすりと笑った。
「不二〜。お幸せに〜v」
「アリガトv」
英二の声援を背中に受け、不二は上機嫌でリョーマの後を付いていった。
残された者たちを代表して乾が呟く。
「結局のところ、越前も不二もしたかったことは同じか・・・・・・」
周りへの牽制。リョーマは不二のファンの子達へ、そして不二はリョーマに今だ淡い恋心を持っている桜乃ヘ。
「やっても無駄だとは思うけどね」
周りがどれだけアピールをかけてこようがお互い以外全く何も見えていない(むしろ見ていない)2人には完全に無駄な行為だ。
つまるところ本当に2人がしたかったのは、周りを牽制するという行為によるお互いへのアピール。
「――つくづく自己中心的な2人だね」
巻き込まれる方も大変だね――そう呟く乾の周りでは、今だ不二を鑑賞しに来た少女らの悲鳴が木霊し、そして――
「桜乃? おーい、桜乃!」
朋香に肩をつかまれ前後にシェイクされながら「リョーマ君が、リョーマ君が・・・」とうわ言のように呟く桜乃がいたりする。
――盗み撮り見事失敗!
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