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12月25日。クリスマス。
不二家の営む喫茶店はこの日もまた大盛況だった。21日から25日の5日間にかけて行われる、日本最大のプロアマ合同テニス大会。これに今や世界で活躍する日本選手の不二周助が招待選手として招かれていたからだ。
彼が試合の日(厳密には公式戦の日)は、彼を応援するためこの喫茶店に来ようとするファンが多い。このため彼の試合の日には馴染みの友人らを臨時バイトとして雇うのだが・・・・・・。
「―――今日、にゃんか不二調子悪いね・・・」
「っていうか、明らかに様子おかしいですよね・・・・・・」
カウンターによってきてこそりと耳打ちしてくるウエイター姿の英二に裕太も同意した。いつもならキャーキャーそれこそ肝心のテレビの音すら聞こえないほど騒ぐ客たちも、今日はただ静かにざわめくだけだった。
試合は3セットマッチで現在3セット目。不二と相手は互いに1セットずつ取っているものの、完全に試合のペースは相手が掴んでいた。
2日目の相手は不二より6歳上の徳川プロ。その分プロとして活躍している歴も長いし、こういう試合も慣れてはいるだろう。が、不二も大きな試合経験は少ないとしても周りに呑まれるような神経の持ち主ではない。それに世界で活躍している以上、さらに多くの視線に注目された試合も多い。怒声・罵声・歓声。それらは彼にとってはほとんど何の意味もなさないものだった―――たった1人のものを除いては。
「―――あ!!」
客の誰かの小さな悲鳴。また不二がポイントを落とした。これで3回目のサービスゲームのブレイク。
風に吹かれた草のように、漠然とした不安が広まっていく。
「今の・・・彼の取れない球じゃなかったわよね・・・・・・」
カウンターに座っていたせなが顎に手を当て考え込む。不二のスポーツ栄養士を担当している彼女は、試合・練習含め不二のテニスを長年見てきただけあって彼のプレイをよくわかっていた。
「それにさっきからミスが多い・・・・・・」
「珍しい、ですよね。兄貴はまずミスしないのに・・・・・・」
「そうだね。俺不二があんなにミスすんの始めて見た・・・・・・」
ぼそぼそと呟き、3人そろって一方向を向いた。テレビではないものを横目で見る。恐らく原因であろう―――というかここ最近の不二の好調不調すべてを操っているといっても過言ではない少年は今日もまたカウンター端の指定席にて試合を観戦していた。
「・・・・・・なに?」
3人の視線に気づいたらしく少年―――リョーマがストローに口を当てたまま目だけを向けてきた。
(うっわ〜。越前の奴何があったんだよ・・・・・・)
(ゔ〜。おチビがメチャメチャ怖いよ〜・・・!!)
(というかこちらはこちらであからさまに様子おかしいわね・・・・・・)
見る―――というより一目瞭然で睨み付けてくるリョーマに3人の感想はぴったりそろった。
「言う事ないんならそうやってこっち向くのやめてくんない? ウザい」
(怖いよ〜! おチビが怖いよ〜〜〜!!!)
(わかりましたから俺の後ろに隠れようとするのやめてください・・・!!)
裕太の肩にしがみつき震える英二にそれを引き剥がそうと必死な裕太。2人に冷めた(据わった)視線を一瞬だけ向けた後、リョーマは再びカウンターにコップを置いて飲み始めた。
「―――!!」
またも誰かの悲鳴。先程から何度も繰り返されるそれを聞いても、リョーマはただちらりとテレビに視線を走らせる程度だった。
『・・・・・・・・・・・・』
明らかにおかしい。好調不調に関わらず不二の試合をここにいる誰よりも熱心に見ているのはリョーマだ。態度には出さないものの、試合中は手に持っている食べ物や飲み物の存在すら忘れるほど食い入るようにテレビを見つめ、1挙手1投足見逃さないはずだ。
「―――ねえ、越前君・・・」
怯える2人をよそにせながリョーマに話し掛けた。
「だから何?」
相も変わらず冷たい反応。それでも彼女は気にせず続けた。
優しく笑顔を浮かべ、尋ねる。
「不二君と・・・何かあった?」
『不二』という言葉を聞き、リョーマの眉がより一段と険しく引き締まる。
「・・・・・・別に」
そっけなく答え、そっぽを向く。肯定したも同じその反応に、せながなおも質問しようとしたところで―――
「ただいま〜」
カロンカロンとドアが開き、寒そうにコートの襟を立てた由美子が中へ入ってきた。
「あ、由美子さん。こんにちは〜」
「姉貴、どうしたんだよ? 今日デートだろ?」
「デートだったわよ。デートでたまたま寄ったレストランで周助の試合が流れてて、気になって帰ってきちゃったわよ。
―――どうしたの、今日の周助?」
他人の目から見てすらおかしいのだ。姉が気付かないわけがない。
「えっと、その―――」
裕太がリョーマを横目で見る。原因については予想がつくが理由がさっぱりわからない。ようやく聞き出せるかと言うところで由美子が帰って来たのだ。
「ああなるほど」
((さすが・・・・・・))
何も言ってないにも関わらずあっさり納得する由美子に、裕太と英二2人で妙に納得した。さすが不二の姉、頭の回転の異常な速さについては互角らしい。
それ以上説明の仕様もないので口を閉じると、由美子が何を思ったかカウンターを横切り、一番奥の席―――不二の指定席のイスを引いた。
「あ、姉貴、そこ―――」
一応注意しておこうかと裕太が言いかけ―――るよりも早く、
ギッ―――と、
そんな音がしそうな勢いで隣に座っていたリョーマが横目で由美子を睨みつけた。
が、構わず座る由美子。睨みつけるリョーマの正面になるようにイスを回し、身を乗り出す。
優しく微笑み、首を傾げた。
「周助と・・・何があったの?」
目の色こそブラウンと、碧色の不二とは違うが、それでも浮かべられたその笑みは不二のものと全く同じで。
睨んでいたリョーマの目に逡巡が混じる。
泣きたいのを堪えるかのように唇を噛み締め俯く彼が何を考えているのか、それは誰にもわからない。だからそのまま動かないリョーマを誰もが見守る事しかできなかった。
「リョーマ君・・・?」
由美子がもう一度話し掛ける―――と、
ドン!!!
「『一日中は一緒にいられないけど、けど「今日」は最後まで一緒に祝おうね』って言ったのは周助なんだ!! なのに何で来なかったんだよ!! ずっと待ってたのに!! 俺周助が来るのずっと待ってたのに!!!!!」
カウンターを叩きつけた音とリョーマの叫び声、店内にその2つが響き渡り、客の視線がテレビからこちらへ移る。その中で、叫び終えたリョーマがずるずると上半身をカウンターに落としていった。
置きっ放しだった右手の握り拳に額を乗せる。ひっく、ひっくと時折聞こえるしゃっくり、そして嗚咽。
「待ってたのに・・・なんで、来てくれなかったんだよ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
なんて不器用な彼だ。これだけの状態ですら利き腕である左手は無意識で守った。左手を痛める事、それは不二との一番の接点であるテニスが出来なくなる事を意味する。たとえ恋人という関係を無くそうと、これだけは捨てる事が出来なかったのだろう。本当に―――不器用で、いとおしい。
(周助も、こんなところが好きなのかしら・・・?)
苦笑し、由美子がリョーマの髪をなでようとしたところで、
「「―――っあああああああああ!!!?」」
英二と裕太がカウンターに(今度は)両手をついて叫んだ。
「おチビもしかして知らなかった!!?」
「昨日いきなり大雪が降ったせいで電車遅れて―――てかほとんど止まってたんだぞ!!?」
「え・・・・・・・・・・・・?」
目を見開きまくし立てる2人にリョーマが顔を上げる。自分も昨日は確かに電車を使った。だがその時はちゃんと動いていたはずだ。
「―――あ・・・!」
「お前確か昨日兄貴の試合前に待ち合わせ場所に行ったんだろ? そん時まだ雪降ってなかったよな?」
「うん・・・・・・・・・・・・」
昨日―――12月24日。クリスマスイブでありリョーマの誕生日でありさらに不二の試合の日となんだか行事が詰まったこの日、更にリョーマにはもう1つ用事があった。中学生としては平凡な行事、終業式が。
終業式は午前中、そして不二の試合は午後からとずれたおかげで日中は一緒にいられなかったのだが、代わりに不二が試合終了後ぜひ連れて行きたいところがあるから待ち合わせしようと提案してきた。その場所はこの喫茶店と試合会場の中間地点で、ここで試合を見てから行けば丁度いい筈だった―――普通に行ければ。
自分の方向オンチはよくわかっている。初めての場所ならまず間違いなく迷う。道案内を頼もうにもクリスマスイブに暇な人はなかなか見つからない。そしてなぜか見知らぬ人に訊いて更に迷った経験多数。だからこそリョーマは試合後ではなく試合前、終業式が終わると同時に制服姿で学校から直接その場所に向かったのだ。不二もそれは予想していたか、待ち合わせ場所からはビルに取り付けられた大画面で試合が観戦できるようになっていた。
雪が降り出したのは試合の最中。画面の向こうとこちら、同時に同じ事が起こり、2人の距離の近さを実感したのをよく覚えている。
「それで兄貴ずっと足止めくらってたんだよ。だからお前にそれ言おうとして―――
・・・・・・って越前、お前携帯どうしたんだよ? 掛けても繋がらないって兄貴ウチにまで電話してきたぜ?」
「携帯・・・・・・家忘れた」
「「はい・・・?」」
「昨日―――じゃなくて一昨日、親父に勝手に使われて、電池なくなってたから充電して・・・・・・そのまま忘れた」
毎朝恒例のモーニングコールは昨日もあった。ベットで話したのは覚えてるから、そのままコードを差しっ放しで忘れてきたのだろう。それに気付いたのが不二の試合が終わってからだったため取りに行けなかった。
頭をぽりぽりと掻くリョーマの発言に、ぐったりと肩を落として裕太が言った。
「家帰って着信記録見てみろ。多分全部兄貴のになってる。5分おきに電話もメールも送ってたって言うし・・・・・・ストーカーか、あいつは」
「まあにゃんていうか・・・不二らしいね」
このままだとなぜか違う方向に飛びそうな勢いを見せる会話をせなが止めた。
「―――で、その後どうしたの?」
そしてリョーマが一晩待ちぼうけ、という単純な展開ではないだろう。それならば不二が不調で試合に臨む理由がない。これが世間にバレると「プロとしての自覚が足りない」と文句が来そうだが、彼ならばリョーマに逢うため試合の1つや2つ簡単に休んでくれる。電車のダイアはまだ完全には直っていないものの昨日に比べれば大分走っている。第一昨日交通機関が完全にマヒしていたわけではないのだ。行こうと思えば昨日中に行けたはずなのだが・・・・・・。
その事にリョーマもまた気付いたか、上向きかけていた調子がまた下降していった。
リョーマに代わって裕太が答える。
「そんでウチに電話来て、遅れそうだから越前に伝えてくれって言われたんだけど―――なんせ昨日はイブだったしな。しかも兄貴の試合があったって事で店すっげー混んじまって、俺も母さんも手が離せなくって・・・・・・菊丸さんに代わり頼んだんだけど」
「ゔ・・・・・・・・・・・・」
裕太の視線を受けて英二が呻いた。確かに裕太に電話で頼まれた。大石とのデートが控えていたが、かわいいおチビが待ちぼうけ食らってるとあれば放っては置けず、こちらもこちらで少し遅れると事情を説明してリョーマ達の待ち合わせ場所に行こうとした・・・・・・!!
「電車遅れてるって俺もそん時まで知らにゃかったんだよ〜〜〜!!! しかも他のヤツに頼もうにも全員電車使わなきゃ行けないトコだし!!」
「・・・・・・ちなみに、電車以外の交通網は?」
冷や汗を垂らしたせなの、笑顔のままの突っ込みが胸にぐさりと刺さる。
「ゴメン。忘れてた・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・。まあ多分どれも大混乱してたでしょうね。それで?」
「兄ちゃんに電話して車で来てもらったんだけど・・・やっぱそっちも混んでたりしてたみたいで結構遅くなっちゃって、それでもとりあえず行こうとしたら裕太から電話あって『もういい』って―――」
「ああ、俺も姉貴から電話あって、車で兄貴拾ったって言ってたから・・・・・・菊丸さんから辿り着けないって電話来てたからもしかしたらまだ行こうとしてるかなって思ってたんだけど・・・・・・」
そこで全員の視線が由美子に集中する。恐らく不二もまた英二同様車で行くという手に思い至ったのだろう。で、しっかりそれは実現された。それなのに今だに話が噛み合わない。
「ええ。多分周助は私が仕事終えるの待ってたからだと思うけど、電話が来たのは7時過ぎで、雪はもう道にも積ってたけど私は雪道走るのは慣れてたから駅に向かって―――」
「慣れて・・・?」
「ああ、私が免許とったのはアメリカでだったけど結構雪がよく降る地方だったから。
―――で、周助乗せてその待ち合わせ場所の近くへ行って―――あ、そこ車で入れないところだったから―――周助が降りて確認してきたんだけど・・・・・・
『リョーマ君まだ来てないみたいだから僕は待ってるね』って・・・・・・・・・・・・」
「ウソ・・・・・・」
「雪も酷くなってたし、もしかしたら帰ったんじゃないかって言ってみたんだけどそれでも待つ、って」
「ウソだ・・・・・・」
「けど今考えてみたらあのときから少し様子おかしかったかも・・・・・・」
「ウソだ! 俺ずっと待ってた!!」
「―――おチビ・・・」
再び騒ぎ出すリョーマに、英二が制止を掛けた。今の話、間接的にしろ直接的にしろ由美子も裕太も本人に接触した以上不二の行動は本当だろう。それでありながら話がかみ合わないのは・・・・・・。
「おチビ、答えて。
―――昨日本当にずっと待ち合わせ場所にいた?」
リョーマを疑っている訳ではない。だが由美子が不二から連絡を受けたのが7時。この時点で試合終了から既に4時間経過している。待っている側にしてみればそれ以上に感じるだろう。しかも日も沈み、ライトアップされた街中では時間感覚がおかしくなっていたとしても不思議ではない。
「わかんない・・・・・・。時計、見てなかった・・・・・・」
「道路が込んでて私が周助を乗せたのが8時過ぎ。待ち合わせ場所についた時は10時を回っていたわ」
7時間。リョーマにとってはどれだけに感じた?
「わかんないけど・・・・・・待ってたら竜崎に会って―――」
「竜崎って、先生―――なワケないか」
いくらリョーマが生意気であろうとあの顧問の竜崎スミレを呼び捨てに出来る程の度胸はさすがにないだろう。そんな度胸があるのは彼女を本人の目の前で『スミレちゃん』などと呼んでいる不二程度だろう。
「桜乃の方。なんでいたか知んないけど。
で、俺見つけてこのままじゃ風邪ひくからって車に連れて行かれて、そのまま竜崎の家に行って―――」
「越前はそれに従ったってのか?」
「周助来ないし、もうどーでもいいかなって思ってきて・・・・・・」
「それで? 今朝帰ってきてなかったわよね?」
続けて発したせなの言葉にさすがにぎょっとする3人。なぜ彼女がそこまで知っているのか。
「今日も試合あるから、不二君には6時には来るように言っておいたんだけど、来なくって。彼にしては珍しい事だから、気になって携帯に電話したんだけど出なかったの。今日―――もう昨日だけれど、越前君に会うって事は聞いていたから越前君の携帯にも電話したんだけどやっぱり出なくって―――」
僅かに彼女が苦笑した。出なかった理由は先程のとおりだろう。
「それで家のほうにも電話させてもらったら『今日は帰って来ない』って仰られて」
今のリョーマの姿は青学レギュラージャージにテニスバッグ。今日は部活がない以上恐らくどこかで泊まって制服から着替えたのだろう。
「竜崎ん家泊まった。家帰りたくなかったから・・・・・・」
多分昨日は不二の家か、どこかに泊まりになるのだろう―――そう思って家族には予め言っておいた。そのまま帰れば何か聞かれることは目に見えていた。
「そういう事・・・・・・」
せなが頷く。
「え・・・?」
「どーいう事?」
これで不二とリョーマが会えなかった理由はわかった。だがまだ疑問が残る。なぜ不二はリョーマが『帰った』ではなく『まだ来ていない』と思った? いくらリョーマが方向オンチだろうが遅刻の常習犯だろうが7時間(待ち合わせ時間はもう少し後だっただろうが)も遅れるとは考えにくい。しかも由美子の話からすると自ら探すのをあえて拒み、待つことを選んだように思える。
「多分、不二君は越前君が竜崎さんに連れて行かれるのを見たんじゃないかしら? だから探しに行くのを拒んだ。それを現実として受け入れたくなかったから」
「え? けど見てたなら一言声を掛ければ―――」
「見てた、といっても会話まで実際聞こえるわけはないでしょう? 不二君からは2人が何をやっているのかわからない。越前君が竜崎さんに連れて行かれたのか、それとも自分でついて行ったのか。
たとえどんな事情があろうと不二君が待ち合わせに何時間も遅れたのは事実。その間に越前君が何をしていようと彼に責められる権利はない」
「そんなワケないじゃん! 遅れてようが恋人が違うヤツと一緒に行こうとしてたら止めて当り前だろ!!?」
「一般論は重要じゃないわ。問題は不二君がどう思っていたか」
この言葉に周りは黙り込んだ。親友。姉と弟。そして恋人。ここにいる者は全員不二の性格をよく知っている。不二は普段はとことん勝手気ままに行動するクセに、いざというところで立ち止まる。周りから見ればなんでそんな事でいちいち悩むんだと呆れ返りたい事に、1人で深くはまり抜け出せなくなる。
ため息をついて、せなが続ける。彼女はこの中で最も不二に遠い立場だ。だがだからこそわかることもある。
「これは不二君に口止めされてた事だけどね、彼今日具合悪いの。風邪ひいて、熱が酷くて―――もしかしたら肺炎にかかりかけてるかもしれない」
『え・・・・・・?』
4人の視線がテレビに向く―――テレビの中で、今だ試合を続ける彼に。
「不二君が時間になっても来なかった話はしたわよね? それで由美子さんにも電話して待ち合わせの場所聞いて、一応行ってみたんだけど・・・・・・
―――一晩中ずっとそこにいたみたいで、雪が体中に積る中しゃがみ込んでて・・・・・・私が呼びかけたら朦朧とした目で『リョーマ君・・・』って呟いて気絶したの」
「その状態で・・・今試合してるの・・・?」
「めちゃくちゃじゃねーか!! なんで止めなかったんだよ!?」
「試合する理由は・・・・・・多分さっきの越前君と同じだから。だから、なのかしら・・・? どうしても止められなかった」
彼女だけではない。不二を見た医者も、コーチも、誰1人として試合参加を止められなかった。解熱剤を打ち、極力試合以外の運動は避けさせたが本来なら今すぐにも病院へ運び込むべき病人なのに。なぜかそれでも止められなかった。
「俺と、同じ・・・?」
「多分、ね。たとえ恋人という関係を無くそうと、テニスだけは捨てる事が出来なかった。今ここでテニスを拒否してしまえば、越前君との繋がりは0になる。だからどうしても出たかったんだと思う」
「周助も、不器用な子だから・・・・・・」
由美子が呟く。そもそも彼がテニスを始めたきっかけも裕太とテニスをしたいという単純なものだった。それが裕太との関係により深い溝を作るとは思いもせず・・・。
彼らには余りにも酷すぎる時間のいたずらだった。僅か一瞬。時間にして1分もなかっただろう。それが彼らの運命を変えた。もしあの時、桜乃が来るのがもう少し遅かったとしら? もしあの時、リョーマがすぐについて行かず少しでもその場で留まっていたとしたら? もしあの時、不二が辿り着くのがもう少し早かったとしたら?
「ねえ、リョーマ君・・・」
俯くリョーマの髪をなで、囁きかける。顔をゆっくりと上げてきたリョーマに微笑みかけ、
「あの子は―――周助は、周りからは大人びてるって思われてるけど実際のところは酷く子どもっぽいの。だから一度転ぶと自分じゃ起き上がれない。どうしていいかわからない」
語りかける由美子の言葉にリョーマも目を広げたままこくりと頷く。
「だから、起こしてあげて。それはあなたにしか出来ない事だから。
ね? 周助を起こしてあげに行きましょう?」
わーっ! と、テレビからの音が大きくなる。
≪不二選手ついに2セット目を落としました! これでもう後がない! プロデビュー以来数々の大会で華々しい勝利を飾っていた彼が、故郷のここ日本で敗北してしまうのでしょうか!? この決勝戦で徳川選手に負ければ彼は日本No.2に成り下がってしまいます!!≫
テレビから聞こえてくる解説者の声に英二と裕太がビクリと反応した。『No.2』―――それは中学時代の不二の称号。天才と呼ばれるその裏で、手塚に負け、勝つために喘ぐ彼の姿にこの呼び名は実によく合っていた。
また負けてしまうのだろうか、不安が取れない。
と・・・・・・
「俺、行ってくる!」
リョーマがテニスバッグを肩に掛け、立ち上がった。
「ここからなら電車で1時間以内に行けるでしょ!?」
「それなら車出すから乗って! 早ければ30分で着くわ!」
同じく立ち上がる由美子に頷き、入り口へ駆け出すリョーマ。
「早ければ30分って、間に合うのか、それで!?」
「そーだよ! あと1セットしかないんだよ!?」
1セット。展開が早ければ15分で終わってしまう。しかも今日はまだ雪が残っている。とてもここから30分では行けない。
2人の言葉に、ドアを開けたままリョーマがぴたりと止まると―――片手で帽子のつばを軽く上げた。
にやりと笑う。
「周助がそんな簡単に負けると思ってんの? まだまだだね」
カロンカロンと音を鳴らし閉まるドアを暫し呆然と見つめ、2人が噴出した。
「相っ変わらず生意気だなー、越前のヤツ!」
「ホンット! けどおチビらしー!」
笑い転げる2人の前で、冷めた紅茶に口をつけせなはドアの上についたベルを横目で見た。出て行った本人の勢いが伺えるそれは、今だに音を発し続けている。
(あとはよろしくね、越前君・・・)
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
「間に、あった・・・?」
試合会場2階にて由美子が呟く。応援席はまだ騒がしい。だがこれは試合中の応援なのか、それとも試合後の歓声なのか。
「あ、リョーマ君!」
止める間もなく、リョーマが人込みを掻き分け前に進んでいった。
(早く! 早く・・・!!)
「―――!!」
ようやく人が切れ、到着した最前列。目の前に見える大きな電光掲示板を見て、リョーマが愕然とした。2セット取られて現在3−5と相手のリード。しかも相手のポイントは40。これであと1ポイント落とせば不二の敗北が決定する。
「ウソ・・・・・・」
リョーマの後ろで由美子もまた無意識にそう呟いていた。不二がここまで追い詰められた試合を見るのは初めてだ。予想はしていたが現実として目の前に横たわる事実に、ショックが隠せない。
状況は最悪だった。今から1階に降りて、中に入れてもらうには時間がかかる。仮に出来たとしても、もうコートチェンジのための休憩はない。かといって2階の応援席から呼びかけたとしても騒がしすぎて聴こえるかわからない。万一聴こえたとしても誤解を解いて―――などとやるのは不可能。
「フォルト!」
迷う間にも、1球放たれ―――そしてネットに当たる。正真正銘これで後がなくなった。
「どうすれば―――」
焦る由美子の声が、リョーマを見て止まった。手すりギリギリに身を乗りだして、大きく息を吸うリョーマ。
(まさか―――)
驚く由美子の目の前で、リョーマは彼女の予想通りの、そして普通に考えれば馬鹿馬鹿しいと結論付けられる事をやった。
ねえ、周助。
昨日のは、本当にただ偶然が重なっただけなの?
ずっと待ってたら、本当にアンタは俺のところに来てくれたの?
アンタは―――まだ俺のことを好きでいてくれてるの?
信じさせてよ。
証明してよ。
アンタが俺のことをまだ好きなら―――届くはずだよね、この声は。
「周助――――――!!!!!」
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
「ポイント40!」
審判の声に、不二は額にかいた汗を拭った。体中が熱い。試合中の高揚感ではなく、単純に体温が高いから。先程から解熱剤に加え休憩の度水分を補給し少しでも体温を下げようとしているが、元々の体温が低い上、体質かそれとも頭痛薬などをよく飲むせいか薬の効きが悪い。
「不二選手。サーブを・・・」
「あ、はい・・・!」
審判の声に、現実に戻る。僅かな時間でも気を抜くとそのまま倒れてしまいそうだ。
トスを打ち上げ、上を向く。昨日とは打って変わって青空が目に眩しい。
(・・・・・・!!)
くらりと体が揺れる。平衡感覚の消失。どれが現実なのかわからない。
朦朧とする頭に、昨日の光景が浮かんだ。桜乃の手に引かれ、歩き去っていくリョーマ。俯く彼の顔は髪に隠れ見えなかった。ただそれでも、力なく項垂れる様子から予想はついた。
自分がそんな顔をさせたのだという事はわかっている。
追いかけられなかった。呼び止められなかった。桜乃がリョーマに抱いている気持ちは知っている。彼女なら、リョーマをあんな顔にはしないだろう。彼女なら、リョーマが必要だと思った時すぐ駆けつけ、そばにいてあげることができるのだろう。
「―――っ!!」
焼きついて離れない光景を振り払う様に振るったサーブはネットにかかり情けない音をたてた。
「フォルト!」
判定を聞き、髪を掻き上げる振りをして目に手を当てた。目元が濡れている。どうやら自分は泣いていたらしい。
顔を手で覆ったまま薄く笑う。できるなら大声で笑いたいくらいだ。
頭はくらくらする。脚はがくがくする。気持ちは悪い。こんな状況で何試合などしているのだ?
(負けようかな・・・?)
このままもう1球サーブをミスすればダブルフォルトで相手への加点。3セット取られて負けが決定する。
(それもいいかもしれない・・・・・・)
手塚には勝てない。リョーマはもう自分を目指してはくれないだろう。自分がテニスをする『意味』はもうなくなった。
自分は弱い人間だ。他人と比べなければ自分の居場所すらわからない。誰もいない中自分の進む道を探し出せるほど強くはない。
そういえば、と苦笑する。そもそもテニスを始めた時も自分は裕太を目指していた。結局自分は最初から最後まで誰かがいてくれなければ進むどころか存在する事すら出来なかった。
最後の1球。上げられた球がやたらとゆっくりに見えるのは『最後』だからと惜しがっているためだろうか。
ラケットを構える不二の耳に――――
『それ』が届いた。
「周助――――――!!!!!」
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
「聴こえた、の・・・?」
ラケットを振る事も忘れ、ゆっくりとこちらを振り向いてくる不二を見て、由美子が信じられないと言いたげに呟いた。周りの客も驚いている。それはそうだろう。肝心の場面でいきなり選手が試合放棄ともとれるようなことをしては。
彼女の目の前で、ただ一点―――見開かれた不二の碧色の瞳を見据え、リョーマが怒鳴り続ける。本物の不二の瞳。同じもの、ではなく、今度こそ本物。何よりも見たかった存在[モノ]。
「アンタ『ここ』まで上がって来いって言ったよな!? そのアンタが落ちてきてどうするんだよ!!
アンタを倒すのは俺なんだからな!! それまで誰かに負けたら絶対許さないからな!!!」
―――『僕は君が来るまでずっと「ここ」で待ってるから』
それは数ヶ月前、不二が彼相手に全力で戦い、そして負けた自分へ言った言葉。
不器用で口下手な自分には気の聞いた言葉など思いつかない。だからこの言葉に全てを詰めた。
『愛してる』なんてキザな言葉は言えない。だからこの言葉に想いを込めた。
―――貴方の元へ、必ず行きます、と。
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
(リョーマ、君・・・・・・?)
全てが消えた世界で、ただその声だけが響く。
(なん・・・で・・・・・・?)
もう来ないはずだった。自分は行けなかったのだ。彼が来てくれるわけはない。
ただ、これだけは言える―――あれは間違いなくリョーマの声だった、と。たとえ何千人、何万人の人間が同時に同じ事を言おうと、彼の言葉だけが絶対に聞き分けられる自信がある。
ゆっくりと振り向く。急いで振り向くと、シャボン玉のようにその瞬間に消えてなくなりそうで。
見開いたその目に、見慣れた青いジャージが、そして誰よりも会いたかった存在[ヒト]が映る。
「アンタ『ここ』まで上がって来いって言ったよな!? そのアンタが落ちてきてどうするんだよ!!
アンタを倒すのは俺なんだからな!! それまで誰かに負けたら絶対許さないからな!!!」
乱暴で、自信過剰なその言葉に、不二の中で今までぐちゃぐちゃに凝り固まっていたものが全て溶けた。
無性に笑いたくなって、俯く。堪えきれなくて肩が震えた。
自分は何を考えていた? 『負けようかな?』 ふざけるな。負けてたまるか。『下』には彼が待ち構えているのだ。隙を見せれば食いつかれる。引きずり落とされる。
(落ちた僕じゃ、君にはふさわしくないでしょ?)
君にふさわしい僕であり続けるため、僕は勝ち続けてみせるよ。
―――いつまでも君に、愛してもらえるように。
俯いたついでに、足元に転がっていたボールを拾い上げる。まだ終われない。まだ終わらせない。
ぎゅっとボールを握り、目の前にいた対戦相手の徳川に頭を下げた。今までの失態を詫びる。こんな自分では対戦している彼もさぞかし迷惑だっただろう。
いつもの笑顔で謝る不二に、徳川もその意味を察したか軽く手を振ってくる。
(さあ、ここからが始まりだよ・・・)
心の中でリョーマに告げ、不二は手でボールを回転させアンダーサーブを放った。
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
(驚いたな。これが不二君の『実力』か・・・・・・)
止まるところを知らない不二の快進撃を目の前にして、徳川は口の端を吊り上げた。形成は一気に逆転した。現在互いに2セットずつ勝ちを収めての5セット目。だが試合の流れは先程までとは逆に、完全に不二が握っていた。
必殺のトリプルカウンター。そしてその中にこそ入っていないものの充分必殺技として通用するカットサーブ。だが彼の実力はそれら派手なものだけではない。繊細なラケットコントロール。慎重だが強気の、決して相手には読ませないゲームメイク。
世界を相手に自分もまた戦い、中にはトップレベルと称えられる人たちもいた。だがその中にあって、今の不二の実力は際立っていた。
(さすが『天才』といわれるだけの事はある・・・・・・)
先程までの彼の不調には徳川も気付いていたし、恐らくは精神[メンタル]面での問題だろうと予想していた。いくら決勝とはいえ、そうそう体調の悪い人間を出しはしないだろうというのもあるが、それ以上にテニスは精神面が大きく左右するスポーツだ。不二と直接会うのは初めてだが、テレビなどからの情報と異なり、全く以って笑みを浮かべていなかった今日の彼を不自然に思っていたのだ。
今までの不調を詫びたのだろう、頭を下げ謝ってくる不二に構わないと手を振り―――そして顔を上げた彼に正直ぞっとした。
目が変わった。今までの、力なく下を向く眼差しではない。カメラ越しに見るいつもの笑顔でもない。自分のテリトリーに入った哀れな獲物を全力で潰す目。自分の勝利を信じた絶対的な自信の満ち溢れる強い光。
自分は今まで2人、この目をする人間と試合をした。プロになる前の自分のコーチをしてくれ、今でも憧れている越前南次郎。テニスを怪我して引退する前の、プロデビュー確実と言われた手塚国光。いずれもこの目を前に、自分は敗れている。
それでも不満はない。こんな凄い人たちと試合が出来たのだとむしろ歓喜が沸き起こる。
そして今回もまた・・・・・・
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
≪ゲームセット! ウォンバイ不二!!≫
審判のその判定を聞き先程までとは打って変わって騒がしくなる店内で、英二は裕太とせなに親指を立て、ウインクした。残念ながら先程のシーン、カメラは驚く不二を追うのが精一杯で何があったのかわからなかった。だが、
「やったね! あれでこそ不二!!」
「越前君、間にあったみたいね」
「やっぱあの2人はああでなきゃダメっスね」
テレビの向こうでそんなやり取りが行われている同じ頃、テレビの中では―――
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
「ありがとうございました」
「いやこちらこそ。凄く面白い試合だったよ」
試合を終え、堅く握手する不二と徳川。手を離した不二が、笑顔から一転して真面目な表情になる。
ネット越しに、再び頭を下げる。
「今日は申し訳ありませんでした。テニスプレイヤーとして最低の行為をしてしまいました」
常に万全の状態で試合に臨む、それはテニスプレイヤーとして―――いや、何かを行う者として当然成されるべき事だ。何があったにせよ自分はそれを怠り、最悪のコンディションで彼に挑んだ。これは自分の勝敗だけの問題ではない。彼への侮辱にも繋がる。
「いや。けど後半の巻き返しは本当に凄かった。それだけでも僕には充分に光栄な事だよ」
先程同様、頭を下げた不二に徳川は手を振った。後半、巻き返しが始まってから自分は1ゲームも取れなかった。ここまで差がつくと今までの『手抜き』を怒るよりも格の違いに圧倒される。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。
・・・・・・ところで」
「何ですか?」
目を閉じ彼独特の笑顔に戻る不二に、にやりと笑って尋ねる。
顔を寄せ、審判にも聴こえないように小声で、
「彼―――リョーマ君はどうだい?」
「―――ああ、やはりご存知でしたか、彼のこと」
「やっぱりって・・・・・・ああ、そういえば君も今は南次郎さんに教わってるんだっけ。うん。僕もリョーマ君には何度も会った事があるよ。面白いだろう、彼?」
「そうですね。確かに面白い。彼がどれだけ強くなるか、これからが楽しみですよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうしましたか?」
「いや・・・何でもない。それより―――優勝おめでとう。君のような若手が世界と互角に張り合うのを見れて、本当に嬉しいよ」
「徳川さんもまだまだこれからでしょう? 頑張ってください」
「はは・・・。後輩に励ましてもらうっていうのもいいね」
そんなやり取りでコートを離れ―――
「―――おう、残念だったな」
「南次郎さん!」
選手用に設置されたベンチになぜか座ってふんぞり返っている南次郎に、徳川は思わず声を上げた。
「・・・なんだよ。そんなにビックリすんなよな」
「すみません。・・・けど不二君を見に来られたのでは?」
「別にそういうワケじゃねーぜ? ただ教え子同士の試合って事だし、暇だったから見に来ただけだ」
「そうですか。でも凄いですね、彼は。
まさかあそこまで強いとは思いませんでした」
南次郎の隣に腰を下ろし、不二を見つめ言う徳川に、南次郎が口の端を吊り上げた。
「『強くなるとは』だ。あれがアイツの『実力』じゃねえ。
あのコンディションを普段から出せるようになったら、そん時やっと『実力』って言えるんだ」
「では、今回の試合は特別、と・・・」
「まあな。全くあの馬鹿息子も面白れえ事してくれやがる」
くっくっくと笑う南次郎。隣では徳川が先程の出来事を思い出し、苦笑した。不二の豹変のきっかけはリョーマの登場。あの時の言葉が不二の中に眠る、彼自身ですら恐らく知らなかったであろう未知の力を引き出した。
「青春だねえ」
「いいですね。そんな関係」
お互いがお互いを支える。お互いがお互いの力を引き出す。まさに理想の関係だ。
「お、羨ましいかい? いやホント、残念だねえ、徳川」
ニヤニヤ笑って肩を叩いてくる南次郎に、徳川は笑って言った。
「そんな事ないですよ。こんな試合出来て、むしろ嬉しいです」
「はあ〜? 俺が言ってんのは試合の事じゃねえよ」
「え・・・?」
「強えヤツと対戦できるってのは勝ち負け関係なしに嬉しいもんだ。試合で残念って思う時は強いヤツが実力を発揮出来ない時だ。
―――不二君は実力以上のものを発揮してくれた。そうだろ?」
「ええ!
・・・・・・では・・・?」
「俺が言ってんのはあの馬鹿息子の事だ。
―――お前さん、リョーマの事好きだったんだろ?」
「え・・・・・・!?」
先程までのフザけた様子はどこへやら、肩に手を乗せたまま前を向き、紫煙をふーっと吐き出す南次郎を、徳川は目を見開いて振り返った。誰にも言うつもりのなかったこの気持ちを、彼はなぜ気付いたのだろうか。
リョーマの事は彼が小さい頃から知っていた。成長していく彼を父親のような視点で見守り続けていた。まだ本格的にテニスを始めるとは決めていなかった彼に、遊び感覚でテニスを教えたのは自分だった。
テニスを本格的に始め、そのずば抜けたの才能であっという間に同年齢の子どもたちの頂点に立つ彼を、さらには上の、大人たち相手にしてすら一歩も引けを取らず互角に張り合う彼をずっと見ていた。そして―――強すぎるが故に、孤立し、笑顔を失っていく彼もまた。彼にとって生意気な態度とは自分を守る唯一の手段だった。テニスのみを己の価値観とし、自分より弱い相手は容赦なく切り捨て自ら孤立を選ぶ彼を、自分はただ見ているしかなかった。
いつからだろう、自分がリョーマを見ている目が『父親』から変わったのは。いつだっただろう、自分とリョーマの年齢がそれほど離れていない事に気付いたのは。
笑顔を無くす彼に笑顔をあげたかった。独りで戦い続ける彼の支えとなりたかった。
だが・・・・・・。
「いつからご存知で?」
「馬鹿言っちゃいけねーよ。俺にとっちゃ教え子ってのはみんなガキみてーなもんだ。てめーのガキの考えてる事くらいお見通しだっての。
―――しっかしお前さんにしろ不二君にしろ、なんであんな馬鹿息子がいいかねえ?」
その言葉に、徳川は今度は客席最前列で試合を見ていたリョーマを見やった。今も周りのファンたちのように不二の勝利を飛び上がって喜んでいる訳ではない。だがそれでもフェンスに肘を乗せ身を乗り出す姿からは喜びの感情が溢れていた。そしてその目は自分ではなく不二のみを見続けていた。
―――その眼差しは幼い頃の彼に見たものと同じで。
ふーっと、長々と息を吐き、多分正解であろう事を答える。
「さあ、どこでしょうね。けど1つだけは言えますよ」
「ほう?」
「彼―――不二君と僕が好きになったところは全く逆でしょうね」
先程のリョーマの言葉を思い出す。―――『アンタ「ここ」まで上がって来いって言ったよな!?』
自分は孤立するリョーマに手を差し伸べたいと思った。不二はそんなリョーマに更に上を目指す事を教えた。
リョーマがどちらを必要としていたか―――どちらを望んでいたか、それは今のリョーマを見れば明らかだろう。自分のはただの庇護欲でしかなかった。
「それでお前さんはいいのかい?」
南次郎の言葉に迷わず頷く。今のリョーマの『笑顔』を見て吹っ切りがついた。
「はい。さらに若い芽たちが花開くのを応援しますよ」
「お前さんもまだまだこれからだろ? 頑張れよ」
「はい・・・・・・」
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
何だかんだありつつも5日に渡って行われた大会、男子シングルスの部は不二の優勝で幕を閉じた。名前を呼ばれ、表彰台に堂々と立つ不二にリョーマも拍手を送った。と、
「ん・・・・・・?」
「どうしたの、リョーマ君?」
「何でもない・・・・・・」
由美子に訊かれ、リョーマは寄せていた眉を元に戻した。
(何か今、周助と目が合ったような・・・・・・)
そんな訳はない。彼は今、表彰台で大会役員からメダルを掛けられている。
(気の、せい・・・だよなあ・・・・・・?)
だがなにせ相手はあの不二。すべての不条理を笑顔で成し遂げていく彼ならば、この程度の事朝飯前のように思えてならない。
(また変なコト考えてるんじゃないだろうな・・・・・・)
そしてリョーマのその予感は見事的中した。
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
『結果発表と表彰を行います。まずは男子シングルスの部。3位、千石清純選手。2位、徳川辰治選手。そして今大会の優勝者は―――不二周助選手!』
拍手と歓声が鳴り響く中、台の頂上に立った不二が2位の徳川、そしてその徳川に敗れつつも3位決定戦で勝った千石と握手を交わした。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
大会役員長から金色のメダルを掛けられ、司会者にマイクを手渡される。
『では、見事優勝を果たした不二選手に、現在の感想を伺ってみましょう』
「感想、ですか。そうですね・・・・・・・」
呟き、不二は手渡されたマイクを左手に持ち替えた。悩む振りなどしてみたが、実のところ言おうとしていた事は最初からそれ1つと決めていた。
空いた右手でメダルを首から外し、リボンを人差し指に垂らす。
何をするつもりかと驚く一同の前で、クルクルとそれを振り回し―――勢いがついてきたところで背後へと飛ばした。
『え・・・・・・?』
『天才』の名に相応しく、ボール同様完璧なコントロールで飛んでいったメダルは、2階応援席最前列で今も自分の姿を見続けていたリョーマの手にスッポリと収まった。
首だけを上に向け、マイクを口に当てる。
『あげるよ。今日のお礼』
自分を見、そして手の中の金メダルに目を落とすリョーマににっこりと笑みを送り、不二は驚く役員や選手たちに視線を戻した。
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
飛ばされてきた金メダル。
『あげるよ。今日のお礼』
(ホンット、何考えてんだか)
金メダルを―――作られた当初はまさかこのような扱いを受けるとは予想だにしなかったであろうそれを見下ろし、リョーマは長々とため息を洩らした。
前を向きなおし、今度は普通の事をマイク越しに言う不二の後頭部に向かって狙いを定める。
手首のみを使った横投げで再び放たれたそれは、それまで不二の動向を注目していたであろう周囲数人の驚きの声とともに不二の後頭部へと飛んでいき―――
パシリ、と
後ろを振り向かずに掲げた不二の手の中に見事収まった。
振り向き、笑顔で首を傾げる不二。恐らく予想していたのであろう。自分がこれを返す事も―――自分がこの後言う台詞も。
「いらない」
短く告げ、にやりと笑う。
「俺は『もらいたい』んじゃなくて『奪いたい』から。
―――必ず奪ってみせるよ、アンタから」
この騒ぎだ。多分この言葉は不二には聞こえないだろう。それでも満足そうな笑みを浮かべた不二に、伝わった事を確認する。
そして――――――
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
『本日は皆様ありがとうございます。優勝できた事、光栄に思います。それも皆様の声援のおかげだと―――』
等々『お決まりの台詞』をマイクに吐き掛けつつ、不二の意識は別の方向を向いていた。
(そろそろ、かな?)
適当に予想をつけ、右手を後頭部に回す。場所はここで間違いないだろう。彼ならば絶対にここを狙う。
そんな不二の予想通り、ほとんどドンピシャのタイミングで掲げた手の中に硬い物が飛んできた。確認するまでもない。物も―――犯人も。
にっこりと笑って振り向く。その先で短く口を動かした犯人―――リョーマがにやりと笑った。
何を言っているのかは聞き取れない。だが彼のことだ、『奪ってみせるよ』などと生意気な台詞を言っているのだろう。
(いいよ。奪えると思うのなら奪ってごらん)
自分を強い眼差しで見てくるリョーマに、自分もまた同じ眼差しを、同じ笑みを返した。
前を向き直そうとして―――
そこで体中が脳による支配を放棄した。
膝が笑う。腰が抜ける。立っていられない。暗転する世界。ぐるぐる回る。地面がどこだかわからない。
―――『周助!?』
手放す意識の中、最後に自分を呼ぶリョーマの声が聞こえたような気がして、不二は嬉しそうに微笑んだ・・・・・・。
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
「周助!?」
皆の見守る中崩れ落ちる不二を見て短く悲鳴を上げる由美子。ここに来る前にせなの言っていた事を思い出す。
―――『これは不二君に口止めされてた事だけどね、彼今日具合悪いの。風邪ひいて、熱が酷くて―――もしかしたら肺炎にかかりかけてるかもしれない』
その状態であれだけの試合をしたのだ。倒れても不思議ではない。むしろ今まで平然と立っていた方が不思議な位だ。
「―――ってリョーマ君!?」
あんな不二を見て、本来なら真っ先に呼びかけるであろう少年は、だがしかし一言も声を発しなかった。
代わりにフェンスに足を掛ける。
「まさ、か・・・・・・?」
先程と同じ驚き。だが今度はさすがに声に出た。
「リョーマ君!?」
手に力を込め足の踏み込みを更に手助けする。そうしてためらう事無く2階の応援席から飛び降りたリョーマを慌てて見下ろす。ここから地面まで4〜5メートル。無理をすれば飛び降りる事もできるかもしれないが・・・・・・。
そんな由美子の心配を他所に、テニスで鍛えた筋肉の柔軟性とバランス感覚を存分に発揮し、着地の衝撃を膝で殺すとリョーマは台から落ちそうになる不二の元へ駆け寄った。
『リョーマ君!?』
事態が飲み込めず口を開けるだけの一同の中、不二の両隣にいた千石と徳川、2人が反応した。
不二の体を抱きとめ、支えきれずに自分を盾に後ろへ倒れ混むリョーマの体を台から飛び降りた千石が滑り込んで捉え、そしてのしかかろうとする不二のぐったりとした体を徳川が後ろから抱えて支える。
リョーマは自分が下敷きにした千石に謝る事もせず、徳川の手から地面に下ろされた不二にかがみ込んだ。
「周助!? 周助!! どうしたんだよ、ねえ周助!! 目、開けてよ!! 周助!!!」
パニックを起こして不二の体をガクガクとゆするリョーマ。これにはさすがの2人もあっけに取られ―――
ごん。
「―――って!!」
「―――落ち着け馬鹿息子。気を失っただけだ」
うるさいリョーマの頭を後ろから殴り、南次郎は不二の体を抱き上げると周りを見回し、馴染みの知人である不二のコーチに言い放った。
「てなわけで不二君は病院連れて行くからな。このまんまじゃ肺炎起こしちまうだろーが」
「だったら救急車呼んだ方が良くないか?」
不二の今日の体調については朝病院に付いていったため2人とも知っている。時間がなく詳しい検査は一切してこなかったが、状況がただの風邪といえるほど生易しいレベルでなかったのは医者の口調から明らかだった。推測ではあったが・・・だからといってそれで安心出来るわけもない。
「こっから一番近い病院だったらそんなに時間かからねえだろ? 乗り心地は悪いが車がある。それで連れてく。それに―――」
にやりと笑って、視線を落とす。抱えた不二に―――そして今もそのそばをうろついて離れないリョーマに。
「このまま救急車が来るまでここに不二君置きっぱなしじゃコイツがうるせえ」
「そうか・・・。なら、宜しく頼む」
「おうよ」
「―――君にも、いろいろ助けられたよ。不二を宜しく」
「え・・・? あ・・・・・・はい・・・・・・」
∫ ∫ ∫ ∫ ∫
そして、それから2日が経ち・・・・・・。
「おはよ、リョーマ君v」
「ん・・・あ・・・・・・」
病院の個室に取り付けられた仮設ベッドでは、今朝もまた毎度恒例のいちゃいちゃタイムが繰り広げられていた。
「も〜可愛いなあリョーマ君はv けどそういう風にしてると襲っちゃいたくなるよねvvv」
「だからそういう事ばっかしてるからこんな騒ぎになったんだろ!!?」
がばりと起き上がったリョ―マがいつものように突っ込みを入れ―――
「・・・・・・って、アレ?」
「どうしたの?」
「周助・・・目。覚めたの・・・・・・?」
「うん。だから、おはよv」
点滴を打ってずっと眠り続けていた不二の目覚めに暫し頭がついていかないリョーマ。ベッドに半分埋もれたまま呆然とする彼を、同じくベッドに腰掛けた不二が優しく抱き締めた。
「今まで心配掛けてごめんね。それと―――何日遅れちゃったかわからないけど、誕生日おめでとう」
耳元で囁かれた声に、リョーマはようやく思い出した。そういえば3日前は自分の誕生日だった。この騒ぎですっかり忘れていたが。
ずっと欲しかった言葉。ずっと欲しかった温もり。
「ども・・・・・・」
小さな呟きの裏で、2度と離さないようにしようと不二の体をぎゅっと抱き締める。それが伝わったのか、不二の手にも力が篭り、2人は隙間なく抱き合った・・・・・・。
どれだけそうしていたのだろう。高揚していた気分も収まった頃、力を緩め手を離した不二から謎の発言が飛び出した。
「けどリョーマ君もこれで13歳か。あと5年だねv」
「何が?」
「結婚適齢期」
「はあ!!?」
「日本では男性満18歳、女性満16歳だよv」
「ンな事訊いてないだろ!? 何だよその結婚って!!?」
「2人が同じ籍に入ることだけど?」
「誰と誰が!?」
「もちろん僕とリョーマ君がvvv」
「〜〜〜〜〜!!!」
「あ、仕事はちゃんとやってるし、リョーマ君が大学まで行くんなら費用も出せるよ。それに両家公認だしねvv ホラ、問題はないでしょ? 後はリョーマ君が結婚出来る年齢になるのを待つだけvv」
頭を抱えるリョーマの斜め前でなおも『自分賛歌』を続ける不二。
「その前に日本じゃ男同士じゃ結婚出来ないだろ!!?」
根本的問題をぶつける。が、
「それなら同性による結婚を認めている外国に行けばいいだけでしょ? それに後5年だよ? もしかしたら日本でも民法が改正されるかもvv」
現在あながち出任せとは言いがたくなった不二の言葉に、リョーマは更に痛みだした頭を抱えた。しっかりと原因を作り出したのは自分達―――というか不二なのだが。
テニスの世界プロとしてその名を世界に轟かす不二。スポーツファンに留まらず一般の人々にまでその存在を浸透させた彼の同性愛は、世の同性愛者たちの大きな希望となった。最初は回りからの反感も多かったものの、余りにも堂々とした態度(というか周りの目一切お構いなしに見せつけるイチャイチャぶり)に気が付けば回りもすっかり容認していた。おかげで今全世界的に同性愛を普通のものとして受け止める方向にあり、特に2人の故郷であるここ日本では大々的に同性愛者たちのためのキャンペーン等が行われている。政府が折れるのも時間の問題だろう、というのが現在の見方だ。
「もういいけどさあ・・・・・・」
人生13年にしてこの男にしっかり捕まりプロポーズまでされている自分は果たして幸か不幸か。その結論が出されるのはどうやら当分先になりそうだ・・・・・・。
―――Fin
おまけ
幸い不二の病気はそうひどい事もなく、軽い肺炎にかかっていたものの治りは実に早く(多少人間として在り得ないスピードで)、もう動いても何の支障もなかった。だがそれとは別に寝不足による疲労がたまっており、年末いっぱいは休養のため入院する事になったのだ―――直接的原因は不二自身にあるにせよ間違いなくその『寝不足』の一端となったリョーマとしては耳が痛い話だったが。
―――と、いうのを逆手に取られ、由美子とせなに「じゃ、よろしくねv」と言い渡され味方と思っていた裕太は肩に手を置き「頑張れよ・・・」と呟くだけ。かくてリョーマは冬休みである入院期間、泊まりこみで不二の世話をすることになった。
さて不二が目覚めてからさらに3日たった12月30日。年末で忙しい中ここ不二とリョーマの同棲する―――もとい不二の入院する病室では、忙しいのか暇なのかよくわからない時間が流れていた。
「―――相変わらずすごいねえ・・・」
「そうだね・・・・・・」
今日もまた病室に届けられた見舞い品の山にリョーマと不二が率直な感想を述べた。花やら果物やら包みやら。よくまあこれだけみんな送ってきたなあと感心せずに入られない。
「けどこれでもいろいろ選んだ成果だって言うし。なんでも事務所のほうは大変みたい。贈り物の整理が追いつかないって。
困ったね。花とか果物とか、日持ちしないものも多いのにね」
「英二先輩とかにおすそ分けしたら?」
「初日で全部回っちゃったって。今は喫茶店に一部使って、あとはいろんなところに寄付してるらしいよ。帰ったら中に入れない、なんて言ったら笑えるね」
そう言い、本当に笑い出す不二にリョーマは呆れ返った。病院を出ていない彼は知らないだろう。本当にその可能性がある、などという事は。
「でもこういうのって実際問題抜きで本当に嬉しいよね。皆僕のこと心配しててくれるんだな、って凄く伝わってくる」
ベッド脇のテーブルに置かれた籠からりんごを取り出し、それを手の中で転がす。
「これなんて見て。僕がりんごが好物だって皆どこで知ったんだろう? 果物の中でもりんごが特に多いんだよ」
ピクリと反応するリョーマに気付いているのか否か。
「それに激辛せんべいとかあったよ。リョーマ君おせんべい大好きでしょ? 後で一緒に食べようねvv」
「周助!!」
鼻息も荒く制止を掛けてくるリョーマにくすりと笑い、不二は彼の頬に素早くキスをした。
「////!!!」
「もちろん僕が一番元気になるのはリョーマ君の看病で、だけどね」
「・・・・・・・・・・・・本当に?」
「疑り深いなあ。ホントだって」
「絶対?」
「うん。だから―――はいvv」
と持っていたりんごを差し出してくる不二に、リョーマが首を傾げた。
「何?」
「何って・・・食べさせてvv」
「丸ごと?」
「・・・剥いてくれると嬉しいかな。ついでに食べやすい大きさに切ってくれると」
「注文多いなあ・・・・・・」
「この位は看病される側として当然の訴えじゃないかな?」
「ふーん。ま、別にいいけど」
いつでも食べられるようにだろう、テーブルの引き出しに入っていた果物ナイフを不二から受け取りリョーマがりんごの皮をむき始めた。
10分後。
「ゴメンリョーマ君。もういいよ・・・・・・」
「まだ剥き終わってないけど?」
(その前に実がもうないように見えるんだけど・・・・・・)
その状況で何故まだ皮が残っているのか、むしろこれは逆の意味で凄い事のような気がする。
そういえば、とふと思い出す。毎年青学で行われる夏合宿。不二は試合が重なったためついていけなかったが、同行して行った英二がリョーマに料理厳禁命令を出したとか言っていたような・・・。
(こういう事情か・・・・・・)
確かにこのリョーマに料理を任せると食材が妙やたらと無駄になる―――というかまず完成しないのではないだろうか?
「後は僕がやるよ」
「そ?」
あっさりと果物ナイフとりんご(のカス)を返してくるリョーマに、不二は笑顔を維持しつつも心の中でため息をついた。
(せっかくリョーマ君に『看病』してもらおうと思ったのに・・・・・・)
看病の基礎的行為―――「はい、あ〜んv」。ぜひともやって欲しかった・・・・・・!!
と、ふと気付く。
(この状況って・・・・・・)
『それ』にリョーマが気付かないうちに手早くりんごを剥いていく。するすると1本に繋がったままの皮に珍しく素直にリョーマが感心する。
形よく切り終わって、
「リョーマ君v」
「え・・・?」
「『はい、あ〜んv』」
「な・・・////!!?」
りんごをフォークに突き刺しリョーマに差し出す不二。何をやりたいかわかったのだろう、リョーマの顔が赤く染まる。
「出来るわけないだろ!? 大体病人は周助だろうが!!?」
「けど僕だけが食べるんじゃ悪いでしょ?」
「悪くない! 悪くないからさっさと1人で食べろ!!!」
ごほっ。ごほっ。
「ああ、リョーマ君が看病してくれないから具合が悪くなったような・・・・・・」
「わざとらしく咳込むな!!」
「天国のお祖父さん、お祖母さん。僕もそろそろそっちへ行きそうです・・・・・・」
「周助のおじいさんもおばあさんも生きてるだろうが!! 縁起悪い冗談言うの止めろよ!!!」
「じゃあ食べてくれる?」
「それとこれとは話が別だろうが!!!」
ごほっ。ごほっ。
「わかった! 食べる! 食べますから!!」
「そうv じゃ、はい、あ〜んvv」
「・・・・・・たく」
ため息をつき―――これ以上間を伸ばしても不二が何をしだすかわからないためさっさと顔を寄せ口を開ける。
『あ〜・・・』
2人の不協和音が響き―――
がちゃ
「すみません。取材を申し込んでいた月間―――ですけど・・・・・・」
開くドアに固まるリョーマ。同じく固まる開けた側の記者たち。
「あ、は〜い」
そんな中、1人笑顔で不二が対応した。まず2人の間にあったリンゴを固まったままのリョーマの口に入れ、どうぞ、と記者たちを招く。
「え、は・・・どうも・・・・・・」
「あ、あの・・・お邪魔、だったんじゃ・・・・・・」
病室に入りつつも2人を見比べおどおどする記者2人。そして―――
「ふーふへ! ひょーおみあいはいっへひっへははろ!!?」
「リョーマ君v 口に物を入れたまましゃべるのはマナー違反だよvv」
不二の言葉にリョーマは口いっぱいにほおばっていたりんごを噛み締め、飲み下し再び叫んだ。
「周助! 今日お見舞いないって言ってただろ!!?」
「『お見舞い』はないよ。『取材』があるだけで」
「おんなじだろ!? 変な屁理屈つけんな!!」
ごほっ。ごほっ。
「あ、リョーマ君と言い争ったせいで熱が・・・・・・・」
「まだ30秒も経ってないだろ!!?」
ごほっ!
「―――あ、血が・・・・・・」
「はあ!!?」
さすがに驚いたリョーマが不二の手を引っ張り―――
「・・・・・・・・・・・・・周助」
「何? 最期の最期になってようやくリョーマ君も優しくなってくれるとか・・・・・・?」
バキッ!!
「紛らわしい事本気ですんな! タバスコ飲んで平気な顔してんな!!!」
バン!!
「越前君、少〜し、うるさいかな・・・・・・」
「・・・・・・すんません」
「そうだよリョーマ君。病院内では静かにねvv」
「アンタのせいだろーが!!!!」
「越前君!!!」
そんなこんなで不二が目覚めてから退院するまでの4日間。ここの病院では毎日毎日どこででも怒られるリョーマの姿が見られたとか見られなかったとか。
―――えんど。
∫ ∫ ∫ ∫ ∫ ∫ ∫ ∫ ∫ ∫
ようやっと出来ましたクリスマス話。どこがどう誕生日ネタなんだか。
えっと、この話は24日にUPした『Wanna Rise!』から繋がってます。とは言っても繋がってるのは不二先輩の『僕はここで待ってるから』云々の辺りだけなんですけどね。
さ〜って序盤(本編)の暗さを一気に吹き飛ばすED&おまけ。よくよく考えてみたらこれらの台詞はリョーマというよりむしろ裕太にあってるような・・・・・・。
あ、徳川さん登場。勝手に名前やら立場やら設定。いいんかい、これで・・・。しかし徳リョ。なんかいいなあ。というか徳→リョ。ちなみにさり気に南リョもいいなとか思ってたり。徳リョが精神面重視なのに対し南リョは肉体面重視。・・・・・・次は南リョの裏話か・・・?
では誕生日企画最終章。皆様、長々とお付き合いいただきありがとうございました。そして―――リョーマ君HAPPY BIRTHDAY!!
2002.12.20〜26