Robing Game 〜2日目〜






 「―――あ、はい。そうです」
 夢うつつにて、最初に聞こえたのはそんなぼそぼそとした話し声だった。
 「ええ。まあ・・・・・・」
 布団の中で手を伸ばしてみてふと気付く。いつも隣にあるはずのものが今はなくて、ぽっかりと空いた空間が気温とはまた別の寒さを伝えてきた。
 「では、そういうことでよろしくお願いします」
 寝ぼけ眼をこすって周りを見る。声の発信源は、ベッドに浅く腰をかけ備え付けの電話を耳元に当てていた。
 くすり、と洩れるいつもの笑い。
 「はい。わかりました」
 そして電話をテーブルに置く彼を仰向けに寝転んだまま見上げ、ようやくリョーマは口を開いた。
 「―――何やってんの、周助?」
 「ああ、リョーマ君おはようv 珍しく早いね」
 「・・・どっかの誰かが近くで話してたりしてたからね」
 「あはは。ごめんごめん」
 そう言って、受話器から手を放した不二は座ったまま腰をかがめ、目覚めた―――とはいっても半分以上瞳を閉じたままのリョーマの頬に『おはようのキスv』をした。最初こそはリョーマも怒って(本人曰く)、又は照れて(不二曰く)いたものの、慣れというのは恐ろしいもので今ではすっかりごく普通のものとして捉えられていた。
 「で? 朝からどこに電話してたワケ?」
 「ああ。竜崎先生の所にね」
 「オバさんの?」
 「うん。明日からリョーマ君は部活を休みますって伝えたんだよ」
 「はあ!?」
 なぜか既に決定事項となっている事に、リョーマががばりと身を起こした。
 確かに三が日も終わり、明日から冬休み終わりまでみっちり部活はあるが・・・
 「なんで休まなきゃいけないんだよ! 出るに決まってんだろ!?」
 「じゃあ今日負ける?」
 「あ・・・・・・」
 今日のお天気でも言うかのようにさらりと言われた一言にリョーマが固まった。そういえば今は大会の最中だった。昨日いきなり決まった事だったため見事に忘れていたが・・・・・・よくよく考えてみれば今こうして不二と同じ部屋で(さらに同じベッドで)寝ているのもそのためだった。
 この大会は昨日から7日にかけて行なわれるが、その間参加選手や役員たちは1つのホテルを借り切ってそこで寝泊りする。まあ海外から来た選手や家が遠い選手らには助かるだろうが、家がこの会場からさして離れたところにあるわけではない不二には実のところあまり必要のないサービスだったりする。実際部屋を取ってもらって悪いが、最初は家に帰るつもりだった。が―――
 リョーマがこの大会に参加するのなら話は別である。飛び入り参加の彼にはもちろん部屋はない。家に帰る、と言ってはいたが、ここから彼の家まで、遠くないとはいえ電車やバスなどの交通機関を利用すればお金がかかる。それも何日も連打ということになればなかなかにいい額となる。車で送ってもらおうにも初日の帰り、「俺はお前のアッシーじゃねえ」と父親にはっきりきっぱり言い切られていた。ならば、とこの部屋に招いたのだが・・・・・・おかげでいい思いが出来た。それも大会終了まであと4夜も。
 ―――不二1人が泊まる予定だったこの部屋、当然ベッドは1つである。何も知らされずに案内されて卒倒しかけたリョーマ。あからさま過ぎる不二の狙いにやっぱり帰ろうとした彼をを引き止めたのは、「毎日食事バイキングなんだよね。朝から
和食が食べられるよv」という一言だった。がめついと言うなかれ。『朝から和食』はそれだけ魅力的なものなのだ!
 「部活は午前午後ずっとでしょ? 試合は日程表が一応あるけどいつになるかわからないよ。その状態で両方出るのは無理じゃないかな?」
 「ぐ・・・・・・!」
 黙り込んだリョーマに、不二がにっこりと笑いかけた。
 「じゃあ決定だね。竜崎先生も快く承諾してくれたよ。『まあ頑張りな』だって」
 途中で負けることを全く以って考えていないかのような発言だが、不二はともかくスミレの場合はそれでも最後まで試合を見てくるだろう、と予想しての許可だった。・・・・・・本気で不二の場合はどうなのか疑問だが。
 「はいはい・・・・・・」
 適当に頷いて―――再び寝転んだリョーマ。
 「あれ? リョーマ君起きないの?」
 「何で? だってまだ試合まで3時間くらいあるじゃん」
 リョーマの試合は本日もまた最初で9時から。だが現在はまだ6時半。確かに起きるには早いだろう。
 「けど部活の朝練って6時
50分からでしょ?」
 「・・・・・・部活じゃないじゃん」
 「でも生活のペースは乱さないほうがいいし。ああ、レストランは6時から開いてるからもう食べられるよv」
 「・・・・・・・・・・・・。眠い」
 朝食の話題に心引かれたが、それでも寝ようと頑張る。が、
 「そう? まだ寝る?
  ―――じゃあ一緒に寝ようかvv」
 「アンタもう起きてるだろ!!!」
 ―――結局、布団に潜り込んできた不二に(また)何をされるかという恐怖に勝てずに飛び起きたのだった・・・・・・。







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 大会2日目。ジャージ(青学レギュラージャージではなく私服の方)の上にジャケットを羽織り、早くも冷たくなり始めた手を擦り合わせて『練習場所』へ向かったリョーマ。不二に続いてそこに入り―――
 きゃーーーーーー!!!
 いきなり耳をつんざくように響いてきた超音波に顔をしかめた。
 「ねえ・・・・・・」
 前を行く不二の背中を叩く。
 「何かな? リョーマ君」
 「何でこんなトコで準備運動[ウォーミングアップ]するわけ?」
 そこは昨日から使用している試合会場だった。確かにもう練習を開始している人たちもいる。が、それと共にまだ試合まで2時間以上もあるというのに観客席は既にほとんど埋まっていて―――訂正。立ち見までいて完全にごった返していた。
 (その中で・・・・・・なんで準備運動?)
 そうリョーマが思ったところで何の不思議もないだろう。が、
 対する不二はもちろん理由を知っているため笑って答えた。
 「ああ。別に大した理由じゃないんだけどね。
  何日も進行にかかる場合、特に今回みたいに大会自体がイベント性を強く持つ場合、選手たちは試合だけじゃなくて練習風景も公開するっていうのが習慣になってるんだよ。いわゆる『ファンサービス』ってものだね。
  そのために会場も朝早くから入れるようになってて―――今回は確か5時からじゃなかったかな?―――朝練見たさで徹夜で並ぶ人とかも多いらしいよ」
 「はぁ・・・。物好きが多いんだね」
 呆れ返ったように言うリョーマ。だがまあファンとしては試合中の真剣な場面ばかりではなく、練習中の和やかなところも見たい、と思うのも当然だろう。なにせ普段はライバルと評される2人が実は友人同士で仲良く(?)しゃべっていた(例として跡部と不二)、とか、いつも厳しいイメージのある人が失敗して笑いをとっていた(例として跡部。ただし不二と千石に騙されて)、とか、とにかく話題は豊富に出るのだから(特に日本勢)。
 「だから、たとえば―――」
 と、不二がここで話題を切り、観客をぐるりと見回した後適当な位置に向かって手を振った。
 
きゃーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
 一気にヒートアップするそこらへん一帯。それを満足げに見て、視線をリョーマに戻す。
 にっこりと笑って、
 「ね?」
 「・・・・・・最低」
 「ヤキモチ焼かないでv ただのファンサービスの1つなんだからvv」
 「はあ!? 誰がそんなの焼いてるって言ったんだよ!!」
 「まあまあvvv」
 「だから人の話聞けよ!!!」
 そっぽを向き歩き去ろうとするリョーマに後ろから抱きつく不二。じゃれる2人もまた、観客達にはいい見物だった・・・・・・。







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 「朝練のセオリーって言ったら・・・・・・やっぱまずは走る事?」
 「嫌味?」
 指を立て提案してきた不二に、半眼で問うリョーマ。朝かなりの確率で遅刻しては手塚にグラウンド
10周を言い渡される彼がそう思うのも当然だろう。
 「やだなあ。そんな意味じゃないよ。
  ただ単純に今日は寒いし体を早くあっためておこうって思っただけで」
 「ふーん・・・・・・。
  ―――まあいいけど」
 と、最初のメニューはあっさり決まり、2人はジャケットやバッグを脇にまとめ、観客席に沿うようにぐるりと大きく円を描いて走り出した。







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 「んで次は?」
 適当に走り終わり、体も温かくなってきたところでリョーマが尋ねた。別に尋ねるまでもなく自分でメニューを考えこなせばいいのだろうが、まがりなりにも不二はプロ。とりあえず自分用のプログラムの1つや2つはあるだろうし、それに現在彼はコンディションの回復中。たとえそれが意図したものではなかったとしても、その原因はしっかりと自分にもある。となれば彼のものを優先して自分はそれに付き合うべきだろう・・・・・・と、思ってのことなのだが。
 と、
 「あ、おチビ! 不二!」
 「2人とも早いなー・・・」
 「お? おっはよ〜お二人さんv」
 先ほど2人が入って来た場所から声がかかる。やはり朝練のためだろう。英二・大石・千石、そしてまだ声はかけていないが忍足に向日もいる。
 2人を見つけた英二が駆け込んできて・・・・・・いつもの如くリョーマに抱きついた。
 「おっはよ〜んおチビ! どーしたん? 早いじゃん」
 「苦しいっスよ英二先輩。
  ―――ただ周助に起こされただけっスよ。まだ眠いのに」
 「あ〜にゃるほど。けどまだ眠いって・・・・・・もしかして昨日不二とにゃにかやってた、とか?」
 にや〜っと笑ってリョーマの頭を小突く英二。その腕の中でリョーマは真っ赤になる・・・素振りも見せず半眼で振り向きかけ―――
 「むしろ『何か』やってたのは英二達じゃない?」
 リョーマが抱きつかれた事に対し苛ついてか、不二が綺麗に微笑んでそんな事をさらりと言い出した。
 「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ〜にい言ってるんだよふふふ不二ぃ////////!!!!!」
 「・・・・・・凄まじい動揺の仕方ですね」
 「ほんと。見事に噛んでるし」
 「ううううるさいにゃ〜!!!」
 今度は逆に英二が真っ赤になって握り拳をぶんぶんと振った。
 そんな彼に―――ため息がかけられた。
 「あーあ、初っ端っから色ボケかよ。こんなんで大丈夫なのか?
  まあ少なくとも一応は選ばれたんだからそれ相応の活躍はしろよ?」
 「にゃにを〜・・・・・・・・・・・・!!!」
 横を向いてあからさまにため息を洩らす向日に、頬をひくひくさせ英二が突っかかる。
 とりあえず毎度恒例じゃれ合う2人は置いておくとして、
 「不二、お前もー普通に練習して平気なん?」
 「ああ、大体は回復したからね。けどまだ万全とは言いがたいかな。一応筋トレとストレッチはやってたんだけど、ラケット握るのは1週間以上ぶりだからね。だから今のところは練習っていうより体慣らし」
 「へ〜。じゃあ俺達も一緒にやっていい?」
 「うんいいよ。じゃあ僕達は適当に打ち合ってるからみんなは体ほぐしてきなよ」
 「そうだね」
 「せやな。
  ―――岳人、行くで!」
 「英二! 俺達も行くぞ!」
 この間何があったか両手を組ませてがるるるる・・・と威嚇しあう向日と英二に声を掛ける相方2人。それであっさり怒りを納め去っていく彼らに―――
 「何なワケ? あの人たち・・・・・・」
 「まああれがいつもの事だから」
 リョーマはため息をつき、そして不二はそれこそ『いつもの』笑みを浮かべたのだった・・・・・・。







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 さて5人もまた走り終わり、不二とリョーマも適当に―――という言葉を見事忘れて本気で打ち合っていたのを近寄ってきた英二に突っ込まれ我に返った(笑)ところで・・・
 「このメンツで練習・・・って、何やるん?」
 「そーいやそっか」
 忍足の(今更ながら)基本的な疑問に、英二がぽんと手を打った。まずシングルスとダブルスで分かれる。さらに一人一人タイプが違う。そして今回、そこに『体慣らし』が加わる。
 はっきりきっぱりこのメンバーで共通の練習というのが無理に近い。
 「けど別々にしたらせっかくみんなでいる意味がなくなるし」
 千石もう〜んと唸る。
 いい意見もなく時間だけがただひたすら過ぎ去ろうとしていた。と、
 「あ、だったら『ゲーム』なんてどう?」
 顔を上げ、不二がそう提案してきた。
 「試合[ゲーム]?」
 「シングルス? ダブルス?」
 「けどそれだったら時間かかんじゃねーか?」
 「それに試合ならこれから行なわれるわけだし」
 次々飛ぶ意見。どちらかというと反対に近い。だが不二はそれらを笑ってかわし、続けた。
 「違うよ。僕が言ってるのは試合じゃなくて単純な『ゲーム』。
  そうだね、例えば・・・・・・」
 ボールのいっぱいに入ったカゴを持ち、コートへと入って―――
 それをセンターラインより前にぶちまけた。
 「何するん?」
 「簡単な事だよ。これを順に逆側からサーブ1発で弾いていく、とか」
 「へー。面白そーじゃん」
 「まあ、コントロールを身につけるのには役に立つか・・・・・・」
 同意してきたのはリョーマ。遠まわしながら一応賛成してきたのは大石。そして―――転がったボールを眺め、暫し考え込むその他4人。残念ながら彼らは前3人ほど自分のコントロールに自信を持ってはいない。
 「―――ま、いっか」
 「せやな。他に案もないし」
 肩を竦め千石が頷き、さらに忍足も了承した。
 「・・・・・・おっし、やってやろーじゃねーか」
 「絶対負けにゃいからな!」
 ラストながら、瞳に闘魂の炎を燃やして向日と英二も勝負を受けた。
 と―――
 「あ、勝負っぽくする? じゃあ罰ゲームでも決めておこうか」
 「へ? って、勝負のつもりじゃ・・・・・・」
 「僕は単にちょっとした遊び程度のつもりで言っただけだけど? けどなんか君たちが特に燃えてるみたいだからそれ相応のものにしようかな、って」
 「・・・・・・いや、それで全然おっけーだから」
 真っ青になって訴える英二。不二が『罰ゲーム』などという単語を持ち出したら出てくるものは1つしかない。

 「そ、そーだよ周助!」
 「せっかく懇談の意味でのゲームなんだからそんな罰ゲームなんて・・・・・・」
 それに気付いたリョーマと大石も必死に止めようとする。だが、『それ』を知らない者は当然彼らの態度の理由も知らないわけで、
 「何だよ菊丸。まさかびびった、なんてわけじゃねーだろ?」
 「あれ? リョーマ君昨日はあんな威勢良くいってたのにどーしたの?」
 「はあ!? ンなわけねーだろ!?」
 「別にびびってるわけじゃないからな!」
 「いやあの2人とも、問題はそこじゃなくって・・・・・・」
 いらん事を言ってくる向日と千石。あっさり乗せられる英二とリョーマ。大石の制止も虚しく、不二が置いておいた荷物の方へと近付き、『それ』を取り出してきた。
 「―――じゃあ罰ゲームはこの、特製乾汁スーパーデラックスバージョン4でいいかな?」
 『はい・・・・・・?』
 初めて聞く名に元他校生3人が注目する中、
 こぽこぽこぽこぽ・・・・・・
 『――――――!!!!!!』
 ガラスコップに注がれていく怪物体。3人のみならず、それを知っていた元及び現青学生3人もまた、大口を空けて硬直した。
 『バージョン4』―――確かにその名のとおり、まず青臭さで今までのものを大幅に上回っていた。更にその色。最早何色だか持っている知識の中からは表現し様のないそれが、怪しさをより際立たせている。
 最初に我に返った(慣れのため)英二が、とりあえず現実として目の前にあるものを無視して差し障りのない疑問を口にした。
 「これって・・・・・・やっぱ乾の作ったの、だよねえ?」
 「そうだけど?」
 普通に答えてくる不二。一体彼はいつ乾からこれを受け取ったのか?
 「つまり・・・・・・不二は、こんな事が起こると最初から予測していた、と?」
 大石もまた尋ねる。今こんな展開になっているのは偶然のはずなのだが・・・・・・。
 「そんな事はないよ。ただ乾に、『何かあった時に使うといい』って言われて」
 (何を想定した何を・・・・・・!)
 心の中で思い切り乾を罵倒する。
 「ちなみにこれって・・・・・・人間の飲める物?」
 ようやく口が聞ける程度には戻ってきたらしい千石が、ガラスコップを指差し、だが直接指すのは怖いのか、微妙に外しつつ聞いてきた。
 「もちろん」
 自信たっぷりに言う不二。そんな彼に対し―――『それ』を知らない千石らは、彼ではなくその後ろでぶんぶんと首と手を振っている3人をむしろ信用したくなってきた。が、時既に遅し。
 「じゃあこれで決定ねv」
 『それ』を目の前に思考回路が停止し、反対を言うどころではなかった6人の沈黙を肯定と受け取ったらしい不二の一言で、文字通りのサバイバルが始まった!







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 とりあえずその後(かなりヤケクソ気味の)千石の提案により、ただ順に打っていくだけではなく王様ゲームもどきとなった。割り箸で即席クジをつくり、当たりを引き当てた人が適当な番号を指定してやらせる、というルールである。
 これ以上は最早どんなルールだろうとさして変わらないだろうと、反対者0で―――どころかそういった盛り上がることが好きな英二や不二・忍足・向日らには大賛成されたのだが・・・・・・。
 「よ〜っしラッキー! 俺が王様!!」
 さすが『ラッキー千石』。その持ち前の強運を活かして、さっそく最も安全な『王様』という立場に収まった。
 「んじゃあね〜・・・・・・。
  やるのは2番の人!」
 「―――あ、僕だね」
 「ゔ・・・・・・」
 いきなり引き当たったのは全ての提案者である不二。笑顔を一瞬しかめて呻いた千石に、何やらボールペンのようなものを渡す。
 「ただ打って弾くだけじゃ『偶然』も起こり得るでしょ? それじゃつまらないから、どれを狙うか、それも指定したらどうかな?」
 「ああ、じゃあこれって―――」
 「うん。ポインター。伸ばしたら5
mくらいになるよ」
 「じゃあそれ以外に当てたら?」
 「もちろん失格でしょ?」
 「へ〜。それも面白いかも。
  じゃあ不二君が狙うのは―――コレ!」
 と、指したのは端っこにある1つ。最初なので難易度は低めに設定したのだろう。
 「それね」
 頷いて―――さほど間も置かずに不二がサーブを打った。まるで引き寄せられたかのようにその1つに向かって一直線に球は伸びていき・・・
 どんぴしゃで当たり弾かれる球に、観客席から惜しみない拍手が贈られた。具体的に何をやるかはさすがに聞こえなかっただろうが、何やら面白い事をやりそうだと感じ取っていた一部の客に注目され続けていたのだ。
 「はい。じゃあ次行こうか」
 今の拍手で更に注目が集まる中、全くそれを気にする事もなく、不二はやはり普通程度にしか感心しない一同に、先を促した。







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 十数球それが続き・・・・・・
 「ぐ・・・・・・」
 「大石!?」
 ついに失敗者が現れた。原因は周りからの応援。妙な盛り上がりと共に何球も繰り広げられるスーパープレイに、観客や他に練習していたものたちも次第にこちらに注目してくるようになっていたのだ。
 
20球近くになると会場中の人から見られるようになり、そのプレッシャーに耐え切れなかった大石がコントロールをミスしたのだった。
 「さて大石・・・・・・」
 両手を突いて項垂れた大石に笑顔の不二が迫る。手にはもちろん怪物体。
 額から汗をダラダラ流して受け取る大石に、緊張感を帯びた視線が集中した。
 数瞬ためらい―――
 一気に飲み込む!
 「ゔ・・・・・・!」
 ふら〜り、ふら〜り・・・・・・
 ばたり。
 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
 目を開き、2・3歩千鳥足で進んだ後声もなく倒れ伏した大石に、会場中が沈黙した。
 「大石!? 大石!? 大丈夫!? 大石!!!」
 大石のパートナーにして最もこの手の事態に慣れた英二が真っ先に彼に駆け寄った。揺すり起こそうとする英二と、被害者1号と、そして全ての原因たる彼の男を順に見やり・・・・・・忍足が呟く。
 「盛ったんか・・・・・・」
 「まさか。そんな事するわけないでしょう?」
 「せやけど死んどるやろ、あれは」
 「まあ1時間くらいしたら蘇ってくるんじゃないかな」
 笑顔でしれっと答えてくる不二に、忍足・向日・千石はこの『罰ゲーム』の意味をはっきり察した。そして―――このゲームに賛成(?)した自分達を心底呪いたくなった・・・・・・。







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 さて、大石離脱後もゲームは続き、
20数球目にして初めてリョーマが『王様』になった。
 「ん〜・・・・・・」
 コートに散らばったボールを見て、更に5人を見回し―――
 「ねえ、ルール変えていい?」
 「え・・・?」
 「ただ番号の人がサーブ打つだけじゃいつまでたっても勝負つかないじゃん。だったらもう少し変えてみない?」
 「それも・・・そうだねえ・・・・・・」
 頷く不二をリョーマはちらりと見た。先程の大石の場合は例外だが、このゲーム、集中力さえ続けば回数が増すほど難易度は下がるのだ。少し考えれば解るように、1回ごとにコートの中のボールは減っていき、それに伴ってボール同士の間隔も開くため間違って2個以上弾き飛ばす可能性が少なくなっていく。ならば恐らくボールが全てなくなるまで続けたところで2・3人は残るだろう。気の短い英二らならばともかく、こういったことが得意そうな不二・忍足・千石ならば間違いなく。そして―――
 (絶対残ったら周助は全員に飲ませる・・・・・・!!!)
 握り拳で鼻息荒く、むしろ大声で叫んでもいいほどにこの考えには自信がある。だからこそ早めに潰さなければならないのだ。自分以外全員を!
 「でもルールを変えるって、どうやって?」
 「せやなあ・・・。
  だったらいっそ王様の言った通りに打つ、ってのはどや?」
 「ああなるほどな。サーブ以外でもオッケーってワケか」
 「あ、それ面白そう♪」
 ―――と、いうわけで。
 「じゃあ4番の人がサーブで1番向こうのボール打って、それで跳ねたボールを2番が打つ、って事で」
 「あ、僕4番」
 「うげ! 不二、マジ・・・?」
 リョーマの『命令』に、不二が手を上げ、そしてそれを見た英二が思い切り嫌そうな顔をした。
 「へえ。
  ってことは菊丸が2番か。ま、頑張れよ」
 「うっせー!!」
 鼻で笑った向日の、全く慰めになっていない声援に押され―――英二は不二の肩をがっしりと掴んだ。
 「不二! 絶対お前変なコトするなよ」
 「変な事・・・って・・・・・・」
 「いいから。
絶っっっっっ対!!! 普通にやれよ」
 「?
  わかってるよ」
 苦笑しながら頷く不二。さらに3度ほど念を押し、ようやく安心したのか英二はラケット片手に場所についた。
 リョーマの言ったのは丁度コートの中央、センターラインとセンターサービスライン、2つのラインが
T字を作るその上にあった。まず右側から不二が打ち、跳ねた不二の球を左側から英二が打つ事になったが・・・・・・。
 不二がトスを上げた―――時点ですぐそばにいた4人がまず首を傾げた。わざとトスに回転をかけたのだ。それもカットサーブとは回転の向きが違う。
 パァ―――ン!
 上がったボールを打ちつける。これまた普段とは違う体勢で。強いて言えばカットサーブを逆回ししたような打ち方か。
 (いや・・・。アレは・・・・・・)
 4人の心の中に、それよりも遥かにしっくりくるものが浮かんでもきたが、それを思い出すよりも早く、
 ギュルルルル!!!
 「は!?」
 サーブのモーションのまま固まる英二の声を引き連れ、ボールを弾き地面に接触した後、全く弾まない球がコートを駆け抜けていった。
 当然の事ながら弾む事を前提に放たれた英二の球は見事何の的にも当てられぬまま、てんてんと情けなく跳ねていく。
 それを見送り、湧き上がってきた既視感に納得のいった一同が手を叩いた。
 「ああそっか。つばめ返し」
 「どっかで見た事あるモーションだって思ったら」
 「けどあれってカウンターじゃなかったか?」
 「せやからあのトスやろ。そんで回転かけたんや。
  ―――まー少し浮いとったところからするとさすがに完璧には打てへん、ちゅう事か」
 「まあトスだけじゃかけられる回転なんてたかが知れてるしね」
 和やかな会話になる4人+不二。その和気あいあいとした雰囲気を英二の怒鳴り声―――というより叫び声が打ち砕いた。
 「不二!!! お前普通にやるって言っただろ!!?」
 「普通にやったけど?」
 「どこがだよ!! ボール打つだけでンな変化球使うな!!!」
 ラケットを上下にぶんぶん振り息を荒くする英二。だが・・・
 「―――せやけどそこまでクレームつけられるほどのもんやったか?」
 「ぐ・・・!」
 「う〜ん。サーブ前のモーションから予想しようと思ったら出来たと思うし」
 「ゔ・・・・・・!!」
 「英二先輩位の動体視力があればトスの回転見抜けたでしょ?」
 「ンなのまで注意して見てるわけないだろ!!?」
 「なんだ。結局てめーの責任じゃねーか。それで文句つけよーってか?」
 「にゃにを〜・・・・・・!!!!!?」
 見物人(笑)からの悪意がばっちり込められた批評に、あえなく撃沈された。
 「さ、英二v」
 この上なく優しげな不二の笑顔。そしてその手に件の怪物体。
 「・・・・・・・・・・・・不二のバカヤローーーーーーーー!!!!!!!!!」
 全てを飲み干しお手洗いへと走り去りながら、英二はそうしっかり叫ぶことは忘れなかった・・・・・・。







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 「―――はい、アンタ失敗」
 「てめ〜・・・・・・!!!」
 鼻で笑うリョーマを睨み、向日はその襟元を掴み上げた。残り5人になったさらに次の1回。王様は不二。内容は先ほどリョーマの言ったものと同じだった。
 選ばれたのはリョーマと向日。サーブはリョーマが、2球目は向日が担当する事となった。
 そして・・・・・・
 「何?」
 掴み上げられ、爪先だけで経ちながらも平然と訊いてくるリョーマに、向日が唾を飛ばす。
 「なんでいきなりツイストサーブなんか打ちやがる!! てめー俺の事なめてんのか!!!」
 「別に? ボールに当てりゃいいんでしょ? どんなサーブでか、なんて言われてなかったじゃん」
 「この・・・・・・!!!」
 ―――というやりとりからわかるように、リョーマは最初の1球にツイストサーブを放った。通常のスライスサーブとはバウンドした後の軌道が大きく違うそのサーブ、普通のサーブだと思いその軌道を狙って打った向日のボールは・・・・・・先程の英二同様見事何の的にも当てられぬまま、てんてんと情けなく跳ねていくだけだった。
 更に激昂する向日に、これまた先ほど同様の見物人の批評が突き刺さる。
 「けどリョーマ君のツイストサーブって前のモーション長いからね」
 「うん。昨日見てたから大体の予想はつくよね。それにさっきと違ってしっかり跳ね上がったから打とうと思えば打てたわけだし」
 「つまり気付かへんかった岳人のせいやな」
 「まだまだだね」
 「〜〜〜〜〜〜!!!!!」
 とどめとばかりに加えられたリョーマの台詞に、岳人は数秒間歯軋りをした後、まだ掴んでいたリョーマの体を思い切り突き飛ばした。
 地面で器用に受け身を取って起き上がるリョーマ。非難と心配の眼差しが2人に集まる中―――
 がっ、と。
 向日は不二の手からコップを受け取り、中身を一気に飲み干した。
 「岳人・・・・・・」
 何も言わず俯く向日の肩を忍足が叩く。向日の今の態度は誉められたものではない。だが彼は自分の知る限りこういった人間だ。周りに対し必要以上に牙を剥き、多くの敵を作り続ける。まるで突如人間社会に放り出された野生の獣のようだ。
 それがわかっていて自分は彼とチームを組んだ。彼のパートナーとなった。ならば・・・今自分がすべき事は一方的に彼を責める事ではないのだろう。
 と・・・・・・
 ずるり。
 「へ・・・?」
 手を乗せた肩から、向日の体が崩れ落ちた。
 「オイ岳人? どないしたん?」
 うつ伏せになった向日を支え起こす。白目を剥いたその口からばぶくぶくと泡を吹いていた。
 「気絶・・・しとる?」
 「つまり、俯いていたのは別にリョーマ君や自分の行為に対して何か思ってたわけじゃなくって、単純に飲んだ瞬間立ったまま卒倒したからなんだね」
 呆然と呟く忍足の後ろで、人差し指を立てた不二が的確な解説をつけてきた。
 「そないなアホな・・・・・・」







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 倒れた向日をベンチに運び込み、何とか卒倒を免れた英二に大石共々世話を任せ、勝負が再開された。
 「お? ついに俺も王様やな」
 割り箸を眺め、珍しそうに忍足が声を上げた。実のところこの『王様ゲーム』。既に
30球近く目でありながら王様になった回数はやたらと個人差があった。というかはっきり言って千石と不二以外が王様になった回数はほぼ0である。千石は運のよさで片付けられるとしても、何故一切カラクリのないクジで当たりの約半分を不二が引き当てるのか・・・・・・?
 自分を見つめる6つの目を順に見つめ返し、忍足は暫く悩んだ後、口を開いた。
 「せやなー・・・・・・。まあやることは前の2つと同じやな。んで、やるのは2番と3番」
 「あれ? 君ならもっと変わった事言ってくると思ったけど?」
 笑いながら小首を傾げる不二に、ため息をついて答える。
 「そーしたいんやけどなあ・・・・・・。この人数だと他に思いつかへんわ」
 「まあこの人数じゃね。
  とりあえず2番は僕だけど?」
 「また2番? 周助よく当たるね」
 「じゃあもしかして3番ってリョーマ君?」
 そんな期待に不二が嬉しそうに笑った。誰もが見惚れるその笑顔を前に―――リョーマもまた笑った。ただしこちらはにやりと楽しそうに。
 割り箸を不二に見せ付け、
 「残念。俺1番」
 「・・・・・・・・・・・・」
 笑顔のまま固まる不二。それを維持したまま横を向くと、3番の人―――千石が、えへv とこちらも笑っていた。ただしこちらはこちらで『愛想笑い』という言葉[マニュアル]どおりの笑みだったが。
 「不二のサーブを千石が打つ。それで決まりやな」
 「頑張ってくださいね。不二先輩
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 不二のサーブ。今度は露骨にカットサーブの構えだった。
 なので。
 (不二君のカットサーブ。だったらボールが通るのはあの辺かな?)
 千石はそう予想し、そこに向かって自分の球を放った。どこかで誰かが言っていそうな台詞だが、『来る場所がわかっていれば打てない球はない(ただし『打つ』の意味が違うが)』、そんなものである。
 ―――筈なのだが。
 ぎゅるる・・・とスピンしてボールに当たる球。千石の極めて優れた動体視力はその様をしっかり捉えていた。そして、その後消え(たように見え)る球も―――
 「え・・・?」
 「消え、ない・・・・・・?」
 ボールを弾き飛ばした不二の球。だがそれはほぼ直角に曲がる事はなく、己が弾いたボールを追うかのように真っ直ぐ飛んでいった。
 「え〜っと・・・・・・」
 これまた前の2人同様虚しく的外れの方向へ飛んでいく自分のサーブを見送り、千石は頬に一筋汗を流した。
 「消え・・・なかったんだけど・・・・・・?」
 先ほどと同じ、曰く『愛想笑い』を浮かべ不二に尋ねる。が、答える彼は、こちらは先ほどとは打って変わったような笑みを浮かべていた。
 ゆっくりと、諭すように不二が言う。
 「そうだねえ」
 「もしかして・・・・・・失敗?」
 「だとしたらよかったのかも知れないけど、これも技なんだ。応用編」
 「つまり〜・・・・・・」
 「失敗したのは君。残念だったね」
 はい、と手渡されたコップ。だがこの中身以上に渡す不二の笑顔の方が怖い。
 千石は己の運よりも遥かに強力なものも存在するのだと悟り、逆らわぬままおとなしくその『運命』を受け入れた。







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 「さて、残り3人になったね」
 「どーするん? このまんま続けても仕方あらへんのやないか?」
 「う〜ん・・・・・・」
 と、口元に手を当て悩む不二を見やるリョーマ。
 (やっぱここで終わり、とかは考えないか・・・・・・)
 そんな不完全燃焼では自分も満足出来はしないが、あの乾汁と天秤にかけるのならばその気持ちなど軽く捨てられる。だが自らそれを提案するのも、なんか自分の負けを宣言したみたいでムカつく。
 (どっちか言わないかな・・・・・・)
 そんな、人として当然の要求を心の中で2人に出す。が、当り前のことながらそんな心の中での要求が2人に伝わるわけもなく。
 「あ、じゃあサドンデスにでもしよっか? そしたらいつかは必然的に終わるよ」
 「サドンデス? どないするん?」
 「今までと逆の事をするんだよ。ボールをサーブ1本で当てた後、それを外に出さない
 「外に出さん? 弾き飛ばさんっちゅう事か?」
 「それもあるけど、打ったボールそのものも出さない。そうすると今度は1回ごとに1つずつボールが増えるわけでしょ?」
 「な〜る。増えよったらボールの間隔も狭くなるっちゅう事か」
 「それに今度は端を狙わせれば弾みで転がって外に出る確率が増えるしね」
 「サドンデス、やな」
 「どう?」
 「ええで。乗った」
 「リョーマ君は?」
 いきなり振られた話題に、リョーマは暫し悩みこんで・・・・・・
 「―――いいけど」
 結局乗る事にした。いくら天才2人といえどその条件ならいつかは必ず『失敗』する。問題はその前に自分が失敗しないか、だが・・・。
 (ま、平気でしょ)
 毎度恒例の自信過剰―――もとい、生意気台詞で自己完結する。
 そして、いよいよこの勝負も最終章へ突入した!







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 勝負は極めて順調に進んでいた。まあ途中でリョーマが「ぐ・・・!」と一言残して退場していったが。
 そして―――
 「あ、失敗」
 笑顔のままの不二が、ゴルフでもやっているかの如く目の上に手を翳して呟いた。その言葉通り、スピンをかけて落下した球は目当てのボールにぶつかり・・・・・・ラインより僅かに外まで転がっていった。
 「あとちょっとやったなあ」
 感心したように忍足が呟く。際どいどころか失敗確実の端ギリギリを指示したのだ。なのにボールが外に出たのはごく僅か。当てられた側のボールもほとんど動いていない。
 「もーちょっと内側のやったら成功しとったな」
 「けど失敗は失敗だからね。残念」
 言葉とは裏腹に、全く悔しそうな顔をせず不二はコップに怪物体を注ぎ込んでいった。
 それを口につけ、
 「お、おい・・・」
 思わず止めようとした忍足の目の前で、ためらいなく飲んでいく。
 ごく・・・ごく・・・ごく・・・・・・
 ぷは〜。
 「あー負けて悔しいなあ」
 「ちょい待ちい! その笑顔はなんなんねん!!」
 目の前で見せ付けられた不条理な現実。今まで飲んでは倒れるか洗面所行きかだったそれを、まるでビールでも飲むかのように(いや、彼はまだ未成年だが)飲み干した不二にすかさず忍足が突っ込んだ。
 「え? やっぱり運動後の冷たいものって落ち着くでしょ?」
 「そらそうやけど・・・・・・」
 納得できなくもない言葉に、ふと考え込む。よくよく考えてみれば自分はまだ『アレ』の味を知らない。見た目、匂い、そして前5人(不二は除外)の様子を見れば予想―――というより確信は出来るが、なんとなくここまで来ると実際のところどうなのか気になる。
 (悪いクセやてわかっとるんやけどなあ・・・・・・)
 昨日相棒にも注意されたばかりだ。だがついつい『未知のもの』となると気になって仕方ない。根っからの『面白好き』の性だ。
 「なあ不二・・・」
 「ん?」
 「それ、どないな味なん?」
 「飲んでみる?」
 はい、と渡されたコップ。ご丁寧な事に中身は再びいっぱいに注がれている。
 それを手にとり、
 ―――ちょっとだけ指先につけ、舐めてみる。自分は『面白好き』ではあるが『無謀家』ではない。一杯全て飲むような真似をするつもりはさらさらなかった。
 が、
 「ぐ!?」
 襲い来る衝撃に忍足は口を抑えてくぐもった呻きを上げた。
 たった一舐め、それだけなのに迅速かつ遅延に伝わるなんとも表現の仕様のない味。まるで全身から刺を生やしたナメクジが口の中を這っているようだ。刺激は一瞬で脳まで到達するのにその広がりはえらく遅く、いつまでも残り続ける。
 (一舐めでこれかいな!!)
 一杯全て飲んだ5人を心底気の毒に思う。そして―――
 (恐るべし不二・・・・・・)
 それを飲み、何事もなかったかのように平然とする目の前の男に、今までとは違う意味で尊敬の念を抱いた。







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 『では本日の対戦、まずは男子シングルスですが―――』
 『注目株はやはり飛び入り参加した越前リョーマ選手ですかね。昨日の試合、リチャードのミスだと責める者も多かったですが、越前選手の実力を評価する者も出て来ましたからね。今日の試合、彼がどのような活躍をするのか楽しみですよ』
 等とアナウンサーと解説者が話す中、
 ギュルルルル!
 ドン!
 バン!
 ズダン!
 『注目』の男子シングルス1回戦、その1ゲーム目は昨日以上のスピードで終わった。
 『すごい! 凄いです越前選手! 開始からまだ1分たっていません! なのにもう1ゲーム先取! しかもサービスブレイクです!!』
 『本当に凄いですねえ・・・・・・おや? なんか彼の様子がおかしいですね』
 『本当ですね。なんか、気分悪そうですね』
 『そういえば、彼と同じベンチに座る選手たちもどこかおかしいですねえ』
 『何かあったんでしょうか・・・?』
 等々やはりアナウンサーらがいろいろ言う中・・・・・・。







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 「おえ・・・、キモチワル・・・・・・」
 「ナイスゲーム。リョーマ君v」
 1ゲームを取り、口を押さえのろのろとベンチに戻ってきたリョーマ。それを笑顔で迎えた不二―――の隣では・・・
 「おチビ〜・・・ふぁいと〜〜・・・・・・」
 体を背もたれに預け、顔全体に濡らしたタオルを乗っけてこの上なく適切な応援をして来る英二。
 「越前・・・・・・あと少しだ、頑張れ・・・・・・」
 両肘を脚につき、組ませた両手の上に額を乗せて荒い息をつきつつも、なんとか顔を上げ弱々しい、というか明らかに無理をした笑顔を送ってくる大石。
 「あとちょっと・・・って、最低後2セットと5ゲームはやらなあかんやろ?」
 手を止めず、疲れたため息を洩らしつつ呟く忍足。その手は隣でベンチに横座りになり背もたれに突っ伏して「うえ〜・・・」と呻き続ける向日の背中をさすっていた。
 「ま、まあとりあえず始まった以上終わりは見えてきたわけだし・・・・・・v」
 そして残った千石もまた、口調と台詞こそいつもの前向きで明るい感じだったが、その顔は真っ青で脂汗もダラダラ流し、さらに全身には痙攣も走っている。
 特製乾汁スーパーデラックスバージョン4。それは極めて恐ろしいものだった。卒倒、あるいはそれに近い状態から回復してなお影響を与え続けている。
 「リョーマ君大変そうだね?」
 「誰のせいだよ・・・・・・」
 タオルを渡しつつそんな事をほざいてくる不二に、半眼で皮肉を言うリョーマ。だがそれを受けた主は何をどう考えたのか、
 「じゃあ少しでも楽になれるようにv」
 と、リョーマの腰を抱き顎を上に向かせると口を近付けた。
 「む・・・」
 気持ち悪さで機敏性が低下したリョーマにそれを避ける術はない。おとなしくされるがままにキスをし―――
 「ぐ・・・・・・!!!
 不二の舌が入って来たところで暴れだした。
 「むぐぐぐぐあがががが!!!!!」
 「にゃあああああ!!! 不二ぃぃぃぃぃぃ!!!」
 両手と言わず両足と言わず体ごとじたばたと動かし、全身で嫌がる彼の様に、ようやく『それ』に気付いた周りがリョーマ救出に走った。
 「混ぜるなあ!!!!
 どばきっ!!
 何とかテニスラケットで不二を殴り自力で這い出る。涙目でぜえはあと息をつく彼の肩を英二が両手で掴んだ。
 「あああああ!!! おチビいいいい!!! 大丈夫かああああああああ!!!!!!」
 「え・・・じ、せんぱ・・・くる・・・・・・し・・・」
 ガクガクとシェイクする英二に、意識を飛ばしかけるリョーマ。そして―――
 『おええええええ・・・・・・・・・・・・』
 激しい運動に2人同時に限界を迎え、ベンチに突っ伏した。
 「英二、越前、大丈夫か!?」
 さすが現在でも尚『青学の母』と呼ばれる大石。こんな時でも自分のことを差し置いて2人に近寄り看病する。
 「だ・・・ダメっぽ〜・・・・・・」
 「先輩の、せい・・・っスよ・・・・・・」
 「俺・・・? 不二の、せい、じゃん・・・・・・」
 「てゆうか周助・・・・・・。うがい、してなかったワケ・・・・・・?」
 せっかくうがいをし歯を磨きガムを噛み臭い消しの錠剤を飲みあまつさえ牛乳の一気飲みまでやったというのに、今の不二の行為のおかげで全てが無となった。
 「越前、1つ、忠告しておく・・・・・・」
 「はあ・・・・・・」
 「今日、絶対に不二には近付くな・・・・・・」
 「・・・・・・そーっスね」
 大石の心温まる忠告に、リョーマは本日1番のため息をついた。





 「ゲームセット! ウォンバイ越前!」
 「ありがとう」
 「ども・・・・・・」
 溜まったウサを晴らすが如く、本日のリョーマの攻撃は凄まじいものだった。その迫力に押される形で全くまともな試合が出来なかった相手は、握手をしつつも悔しそうな表情を全く隠そうとしなかった。
 が、その先でリョーマは、
 (やっと終わった・・・・・・)
 ある意味では今までで最高の疲労と充実感と抱き、胸には最高潮のむかつきを抱えていた。
 「ゔ・・・・・・・・・・・・」
 コートを出た途端、解放感が襲い掛かる。
 胃からと言わず上から下から、全てのものが口に押し寄せてきたかのような猛烈な吐き気に、たまらずラケットを落とし口を押さえるリョーマ。その様子に気付いた審判が声を掛けてきた。
 「き、君! 大丈夫かい!?」
 「へーき・・・・・・」
 心配げに訊く審判に、口を押さえたまま小さくそう言う。他人に心配されるのは嫌いだった。が、
 「リョーマ君、おめでと〜vvv」
 「アンタはちょっとは心配しろ!!!」
 笑顔で明るく駆け寄ってくる『原因』を指さし、思い切り叫んだ後―――
 全てを終え、リョーマはその場で崩れ落ちた。







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 参加人数が多く、日にちの短いこの大会、いくつもあるコートで試合は同時に進行していく。
 リョーマの試合を終えた頃、男子ダブルスも幾つか試合が終わり、黄金ペアの番となっていた。
 第1セットは大石のサーブからスタート。さっそくオーストラリアンフォーメーションの陣形を作る。
 難易度の高く珍しいこの形に相手も戸惑いを見せたものの、さすがプロの招待選手。冷静に見極め、リターンは英二が動いた方向と逆に打ってきた。
 だが、もちろんこの2人の持ち味はこれだけではない。逆を抜けようとするボールを英二が得意のアクロバティックで返す。
 これにはさすがに驚く相手ペア。
 「
15−0。大石・菊丸ペアリード」
 「ナイス、英二」
 立ち上がった英二に大石が近寄る。普段ならここでハイタッチを交わすのだが・・・・・・
 「大石ぃ〜・・・」
 振り向いた英二の目が、なぜか潤んでいる。
 「え、英二・・・・・・?」
 その様子に、思わず赤くなる大石。だが、続く英二の台詞はそんな大石の気持ちを完全に打ち砕くものだった。
 「にゃんか・・・腹ん中、ヘンなもんが蠢いてる〜・・・・・・」
 アクロバティックは激しい動きを要求される。当り前だが、ただでさえ気持ち悪い状況で激しく動けば更に気持ち悪くもなるだろう。
 目をうるうるとさせ縋りつく英二に、大石が出来る事は2つだけだった。1つは出来るだけ英二の負担を減らす事。そして2つ目は、
 「頑張れ英二、『あとちょっと』だ・・・・・・」
 「ゔゔ〜・・・・・・」
 英二の肩に手を置き、大石はそう静かに言い聞かせた。





 「ゲームセット! ウォンバイ大石・菊丸ペア!」
 「ふ、ふにゃ〜・・・。やっと・・・終わった〜・・・・・・」
 「だ、大丈夫か、英二!」
 審判のコールと共に崩れ落ちる英二を慌てて抱き留める大石。その腕の中で気を失う相棒を見て、まず確認する。
 (よかった、とりあえず息はしている・・・・・・)
 自分ですら死にたいほどの猛烈な吐き気に襲われているのだ。3セット、早く終わらせたいがため普段以上に動き続けた彼の負担は如何ほどのものか。
 「だ、大丈夫ですか・・・!?」
 「は、はいまあ・・・・・・」
 先程のリョーマ同様声を掛けてくる審判に、大石は何とか返事をし―――そのまま医務室へと直行した。







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 黄金ペアに続いて、忍足・向日ペアの試合が行なわれた。
 さて1球目。『ヒット
&アウェイアー』の名に相応しく、2人の得意技は一撃離脱。まず向日の月面宙返り[ムーンサルト]で相手を掻き乱し、立ち直らせる暇を与えず一気にけりをつける。
 「0−
15。忍足・向日ペアリード」
 響く審判の声。そしてそこにいつものように向日の挑発が―――
 入らなかった。
 「岳人? どーしたん?」
 前を見たまま動かない向日に、嫌な予感が訪れる。この展開、先ほどと同じではないか・・・・・・?
 そんな忍足の予感に違わず、
 へなへなへなへな・・・
 ネットに手をかけ、向日がぺたりと座り込んだ。
 「おええええええ・・・・・・。気持ち悪りい・・・・・・」
 「―――せやろなあ・・・」
 英二でもあれなのだ。それ以上のアクロバティックをする向日ならば受けるダメージは更に大きいだろう。
 「頑張れ岳人。『あとちょっと』や・・・・・・」
 「全っ然慰めになってねーよ!!」
 向日の肩に両手を置き、そう静かに言い聞かせる忍足に、向日は思いっきり叫び返した。





 「ゲームセット! ウォンバイ忍足・向日ペア!」
 「終わった・・・・・・」
 ―――ちなみにこれは勝った側の向日の台詞である。その一言を残し崩れる彼の体を、予想していた忍足がしっかりと支えた。
 「大丈夫、ですか・・・?」
 やはり声を掛けてきた審判。忍足の落ち着いた様子を見てだろう。前2人と比べると幾分落ち着いて訊いてくる。
 「ん? あ、ああ。大丈夫や。心配掛けてすまんわ」
 「だったらいいのですが・・・」
 なおも心配する審判を背に、完全に気を失った向日を肩に担ぎ上げて退場しつつ、今回唯一無事だった忍足は、深く深くためいきをつくと誰に向かってだか良くわからない言葉を送った。
 (ホンマご苦労さん・・・・・・)







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 そしてこの人、千石の試合も行なわれ―――
 「ぐ・・・!」
 「ゔ・・・・・・」
 加点するごとに喜びよりも先にこみ上げてくる吐き気を堪えつつ、千石は何とか試合を進めていった。





 「ゲームセット! ウォンバイ千石!」
 「ありがとう・・・ございました・・・・・・」
 「いえ・・・・・・、こちらこそ・・・・・・」
 青褪めた―――を通り越して土気色の顔に笑みを浮かべ、手を差し伸べる千石にかなり引く相手。お互い震える手を握り合い、型どおりの挨拶を終え、
 千石はその場に倒れた。
 「大丈夫ですか!?」という審判の言葉を消え行く意識の隅に捉えながら、お決まりの台詞を心の中で呟く。
 (最後まで、もって・・・ラッキー・・・・・・)







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 倒れた千石を見ながら、ベンチで不二が首を傾げた。
 「みんなどうしたんだろうね?」
 (どうした・・・って・・・・・・)
 その肩にもたれ、リョーマがかろうじて保っている意識で突っ込む。他の人の試合が見たいからと医務室で薬だけもらって来たのだが―――順に襲ってくる吐き気と意識喪失に、試合観戦どころではなかった。
 ―――ちなみに同じく医務室へ行った2ペアは今だに戻って来ない。
 タンカに乗せられた千石を見やり、
 (もう2度と絶対! 周助とゲームはしない・・・・・・!)
 リョーマは安心して気絶した。



―――Next:3日目
















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 2日目。試合がめちゃめちゃオマケっぽいですね。まあ注目する対戦もないもので。
 では次いで3日目。これまた試合がオマケっぽく(というかオプションっぽく)なります(断言)。なにせ注目試合は4回戦以降なもので。そう、本文ではまだ書いていませんが、ダブルス対決も4試合目です。さて、次は何をやらかすのかヒマ人不二選手(笑)!

2003.2.233.7



 ―――あ、ちなみにエセカットサーブ。
GBAソフトの2003シリーズでは実際に出来ます。ついでにエセ白鯨も。