完成品 〜The Perfecter








 関東大会2日目。これは、青学対城成湘南の試合が行なわれるこの日のちょっとした出来事。



 試合会場入り口にて。
 きゃ〜〜〜〜〜vvv
 現れた城成湘南テニス部の、青いバスを見て、入り口付近で固まっていた女子たちが騒ぐ。同じ制服のところからして同じ中学なのだろう。
 彼女らの興味関心の矛先は―――
 バスから降りてくる女性、そしてジャージ姿のテニス部員。その中で、明るい髪色をした下がり目の―――一言で曰く軟派顔の少年に、少女らが群がった。
 「頑張ってください!」
 「今日も勝っちゃってくださいねvv」
 などなど言う彼女ら、いわゆる親衛隊の面々に、彼―――若人が甘いマスクで答える。城成湘南にとってはいつもの事に、他の部員たちも慣れた感じでため息をつくだけだった。
 「当然だよ」
 が―――
 本日は、『いつもの事』とは少々異なった。
 キッ―――
 タイヤの擦れ音を上げて、城成湘南のバスの後ろに1台の車が止まった。赤いハデ目のスポーツカー。窓は全てスモークガラスになっているため中の様子は全くわからない。
 「ん?」
 何となく、ヒマだったその他部員の視線がそちらへ行く。ついでに親衛隊らに冷めた視線を送っていた他の者たちの視線もまた。
 その視線の先で―――車道側の後部ドアが開いた。
 きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!
 現れた人物に、若人とは比べものにならない程の悲鳴が上がる。今や国民の大多数が知っている有名人。実のところ若人親衛隊を除いてここにいた者のほぼ全てが『彼』の到着を待っていたのだ。
 悲鳴と注目を一身に浴び、しかしながらそれを全く以って気にしない様子で優雅に逆側に回りこんだ不二が、そちらのドアを開け軽く腰をかがめた。
 「リョーマ君、着いたよ」
 「ん〜・・・、あとちょっと・・・・・・」
 「ダメだって。さ、ホラ、起きてv」
 「む〜・・・・・・」
 優しい声色とは裏腹に見た目より遥かに強い腕力で腕を引かれ、持っていたテニスバッグごと車外に引きずり出されるリョーマ。
 「周助、帰りは普通に帰ってね」
 「うん。ありがとう、姉さん」
 短いやり取りを終え、ばたんと不二がドアを閉める。まだまだ収まる気配を見せない周りの歓声を―――完全に無視して愛しの恋人の頭を撫でた。
 「まだ眠い?」
 「めちゃくちゃ眠い」
 「あはは。頑張ってv」
 「誰のせいだと思ってんだよ・・・・・・」
 リョーマの呟きも、後半はあくびにとって変わっていた。
 ふわ〜あ、と手を口元に当て大あくびするリョーマ。その背中を笑いながら押して歩く不二。
 すっかり注目を独占されて眉をヒクつかせる若人は他所に、彼らをじっと見ていた顧問らしき女性が手を上げて呼び止めた。
 「キミ! ちょっと待って!」
 「リョーマ君、呼ばれてるよ」
 その呼びかけに―――先に気付いた不二がまたもどこかに意識を飛ばしかけていたリョーマの腕を引っ張って振り向かせた。
 とろんとした目で振り向くリョーマに、彼女が笑顔で淀みなく続ける。
 「キミ、越前リョーマ君ね」
 「・・・・・・」
 「今日はよろしく。城成湘南テニス部コーチの華村です。会えて嬉しいわ」
 「どーも」
 眠い頭を何とか起こして答えるリョーマ。返事しつつ―――なんでこんな事でわざわざ呼び止めたんだよ!! と隣にいる恋人を睨む事は忘れなかった。
 まだまだ続く彼女の話。
 「キミは素晴らしい素材ね。ずっと注目していたのよ。
  キミ、城成湘南[ウチ]にくればもっと伸びるわよ。私ならキミを最高の作品に完成させられる」
 (ソザイ・・・? サイコーのサクヒンにカンセー・・・・・・?)
 眠い頭でいまいち漢字変換が上手くいかない。とりあえず意味を理解する事に務めたリョーマは・・・・・・
 (ふーん。『最高の作品』に『完成』ね・・・・・・)
 不二が彼女の言葉に目を細く開き、彼女を見つめていた事には当然気付かなかった。そして、その視線が自分にも向けられた事も。
 「関東大会が終わってからでも構わないわ。考えてみて」
 「やだ」
 その言葉が終わる頃には意味を理解していたリョーマが、関東大会が終わってからと言わずに即座に返事をした。
 きょとんと驚く華村を見上げ、にやりと笑う。
 「完成って―――それで終わり、って事でしょ?」
 その嫌味に、城成湘南のレギュラーたちがむっとする中で、
 不二が一人、口元に手を当てくつくつと軽く笑った。
 「・・・・・・何? 周助」
 レギュラー達、そして華村、さらに顔をしかめたリョーマに睨まれ、その笑い同様軽く手を振る不二。
 「いや、別に君を笑ってるわけじゃないし、それに彼女の方針に対してとやかく言うつもりもないよ。
  ただね―――
  『完成された最高の作品』
  ―――手塚に合うな、って思っただけだよ」
 「手塚先輩?」
 「うん。僕の知る限り彼は最も『完成』に近かった。他の誰もが自分の不完全さを何で補うか喘ぐ中、彼だけは彼自身のみで補っていた。いや、『補う』っていうと少し語弊があるかな? 彼はわざわざ補うことなんてしなくてもそれだけで完全体―――『完成品』だったんだから。
  けどね・・・・・・」
 ふと、右手を見下ろす。彼の完全ぶりは、この右手が、この体全てが覚えている。数ある不足を補い、かろうじて不完全さを隠していた『完璧なる天才』でしかなかった自分では決して届かない高み。
 「彼と中学で初めて対戦した時、確かに僕は彼の事を『完全』―――彼女の言い方を借りるならば『完成された最高の作品』だと思った。
  そして彼がテニスを止めるまでの3年間、僕が彼に対して持っていたその考えは変わらなかった。
  でもね―――」
 一拍、置く。自分でも信じられないその事実。それを口にするのは今だにためらいがある。
 「彼は3年間で強くなっていたんだよ。決してそこで『終わり』じゃなかったんだ。
  ―――ねえ、彼は『完成』した上で、そのレベルを上げていったのかなあ? それとも本当は『完成』していなかったのかなあ?」
 「・・・・・・つまり俺の言ってる事に反対なワケ?」
 半眼で問うてくるリョーマ。まあこの話の行き着くところは必ずしも『完成=終わり』ではない、という事。ならば彼がそう思ったところところで不思議ではないだろう。
 「いいや」
 それがわかった上で、不二が肩を竦めた。
 「実のところ今の手塚の話は単なる前振りだったんだけどね」
 はっきりと、本人が聞いていたらまず間違いなく泣くであろうことを平然と言ってのけ、本題に入る。
 「君の言う事は合っていると思うよ。少なくとも君に関しては。
  けど・・・・・・同時に君は最もその心配をしなくていいと思うよ」
 「何それ? 俺じゃ絶対『完成』しないって事?」
 「君に『終わり』があるとはとても思えないな」
 「わかってんじゃん」
 にやりと笑うリョーマ。
 『完成になり損ねた』自分と、『完成に最も遠い』彼。
 『完成品』ではないからこそ面白いのかもしれない。少なくとも、完成しているものがいい、という自分の考えを粉々に打ち砕いてくれた目の前の少年に、不二はこの上なく楽しそうに微笑み返した。
 「さ。こんなところでのんびりしてたらその手塚に怒られるよ。『会場周り
20周!』とか言われるかも」
 「うげ・・・・・・」
 呻くリョーマを促し、華村に軽く一礼をして去っていく不二。
 そして・・・・・・





 「気に入ったわ・・・・・・」
 眼鏡を輝かせ怪しく微笑む華村の後ろで、
 「俺への声援はどーなったんだ〜〜〜!!!」
 すっかり不二に陶酔された一同を見て、若人は思い切り地団太を踏んで叫ぶしかなかった。



―――End









・     ・     ・     ・     ・     ・     ・     ・     ・     ・     ・

 つまるところ言いたかったのは・・・・・・<若人ばっかに注目が集まるのがムカつく>ということでした(そっちかよ・・・・・・)。
 だって青学なんてリョーマの
FCあり《青学最大の危機》では大石が2年8組の教室に行くだけであれだけ騒がれたりしたんですよ?
 なのにその彼らの活躍する大会、それも全国目前の関東大会! それなら青学応援団があったところで全く不思議じゃないじゃないですか(イヤ、不思議だから・・・・・・)!! 確かに朋ちゃんとかそこらへんはいましたけど(あ〜朋ちゃんのチアガール可愛かった〜vvv)校内ランキング戦であれだけ騒いでいた女子らは肝心の大会来ないんでしょうかねえ・・・・・・?
 あと華村コーチの台詞、聞いてて不二先輩と同じ考えに至りました。なんっか手塚に合いません? あの説明。少なくともリョーマは『完成品』には程遠いような・・・・・・。
 う〜む、しかし一発芸みたいな技の名前、スネイクよりむしろトリプルカウンターの方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 ―――暫しの沈黙。そして・・・





不二:「 あれ? 哀里。どうしたのさ。人呼びつけておいてこんな所で寝てるなんて。(爽やかな笑みで)
まあいいかな?
そんなワケで何かと盛り上がります(哀里が)城成湘南戦。次はパラレルじゃなくて普通のバージョンでいくみたいだね。けどそっちも僕とリョーマ君が主に出るみたいだから読んでくれると嬉しいな。
じゃあそろそろ僕は行くね。ああ、リョーマ君が何であんなに眠そうだったかだけど―――まあ皆の好きなように考えてね。
じゃあね」



2003.4.2021